とある無能力者の絶対能力   作:ノナノナ

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占い館

 やがて驟雨が降り出した。冷たく氷混じりになりそうな雨。

 墓碑も木々も濡れそぼり、闇に沈む。

 安下宿のアパートメントも黒い街路と一つになって雨の下に眠っている。

 何処をどう歩いて来たかは覚えていない。留学の同僚が寝静まった宿に、濡れ鼠のまま辿り着きそのまま夏目はベッドに倒れ込んだ。

 

 翌日、気は向かなかったが同僚と一緒に博覧会に行く。

 すぐにもイェイツを探しに行きたかったが、旅程は決められている。官費で来ている身そうそう自由にはならない。ロンドンへ発つのは明日の予定だ。つまり今日がパリ逗留最後の日。

 「昨日はずいぶん遅いお帰りだったみたいだが、何処でお楽しみだったんだい」

 などと聞いてくる同僚のにやけ含みな軽口も耳に入らず、心ここにあらずだった。

 会場のお祭り騒ぎも人の群れも豪勢な建物も、みな上滑りに自分の前を通り過ぎていくばかり。そんな中で、日本館の西陣織や陶磁器が心に染みた。見慣れた物の方が今の夏目には心安かった。

 ホームシックではない。昨夜の異常な体験と友への焦燥には、科学の威光よりもこれらの物の方が頼りがいのあるように感じたのだ。地に足が付いている感じ。

 いつの間にか同僚たちは夏目から離れてしまった。もう二度と見ることは叶わぬ世紀の催し物を見聞する最期に、観るでもない様子の者と行動を共にはしたくないだろう。一人取り残され、夏目は会場をぶらついた。こんな所にいても何にもならない。かといって出たところで行く当てもない。ここはロンドンでなくパリなのだ。ロンドンにいたところで手がかりがある訳でもないのだが。

 会場の喧騒から外れた一角に出た夏目は、小さなパビリオンを見た。

 目立たず人気も無いのか、周囲に人の姿もあまりない。

 一見、サーカス小屋を小さくしたような三角テントの建物。そこだけブローニュの森を思わせた。

 何の気なしに入ってみる夏目。

 中はゴブラン織りで仕切られ、天井から釣り下げられたランプが灯り、薄暗い中に円盤オルゴールやビスク人形が置かれてある。仄かに沈香の匂いも漂っている。

 『何を占って欲しいの』

 と、目の前のビスク人形が口を開いた。

 びっくりする夏目。

 自動人形かと思ったそれは、人形のように整った顔立ちの少女だった。

 「お兄さん、何を聞きたいの」

 どうやら、縁日などによくある占い屋のようだった。そういえば、入り口に『レディリーの占星館』とあったような気がした。

 「あ、いや。特に訊きたいことがあって入った訳じゃないんだ。」

 「そう・・。探し物をしているような顔だったけど。」

 そのまま立ち去ろうとした夏目に、少女は背後からひとりごちた。

 「科学と魔術が入り混じり書き換えられてしまう世界でも、私は変わらず生き続けるだけ。狭間に立ち会う者なら、私の終わりをもたらしてくれると思ったのだけれど・・・」

 夏目の足が止まる。

 振り返ってビスク人形の少女に向かい合った。

 整った顔立ち。透き通るような肌。吸い込まれるような蒼い眼差し。ローズウッドの机に置いた手元には、散らばったタロットカード。

 「君、いま何と言って」

 「あら、あなた魔術師ではないのね。魔法圧の匂いがしていたから・・・どこかで強い魔術に遭遇でもした?」

 「君は魔術師か」

 「いいえ、私は魔術を使えないわ。でも魔術を感じたり理解することは出来る。私の身体を循環しているものが魔術みたいなものだから。」

 「座って」

 レディリーが円卓の椅子に誘う。促されるまま席に就く夏目。

 カードを裏返したままテーブルで掻き回し、散らばったカードを纏めて切る。伏せたまま並べていく。

 「あなたが探しているものは、友人の行方ね」

 コクリと頷く。

 「友人は魔術師。あなたは魔術師じゃない。でも強烈な魔術に関わってしまった。」

 「その友人しても強い力は持っていないただの魔術師。普通なら関わり合う事の無い次元の違う魔術に関わっている。あなたたちいったい何者なの」

 レディリーの問いに答えられない。イェイツと出会ったのはつい昨日。あの夜あったことは理解の範中を超えている。ただ解るのは彼がクロウリーと呼んだ人物とは知り合い同士らしいという事。そしてその男が彼を連れ去った。

 七枚が並べられ、一枚ずつカードをめくっていく。

 不思議な絵が描かれてあるカード。中にはさかしまになった絵札もあるが、なにを意味しているのかさっぱり解らない。ただ知識でこれがタロットと呼ばれる西洋の占いだという程度、トランプの起源になったとか――。

 「まあ、見事にバラバラね。」

 

 テーブルに現れた絵札を見てレディリーは呆れた。

 絵札には、それぞれ『魔術師』、『塔』、『恋人』、『運命の輪』、『吊るされた男』、『死神』、『星』。

 絵札を見ながら呟くように語る。

 「友人は、時の狭間にいるわ。過去が渦巻いている時間の牢獄。」

 男が消え去るとき、『ロンドン』とだけ言って何時ロンドンの何処とまでは言わなかった。

 「それは何処だ?」

 「場所は特定できない。時間が流れる川であるように、時の狭間も移ろい行く。それぞれの場に合った時と場所に現れる。」

 「それが開かれるのは、そうね、過去と現在が入り混じるときといったところかしら」

 「いったい何が起こるんだ」

 「解らないわ。時間の牢獄に見合った事が起きるんでしょうね・・・」

 ――私も時の牢獄に囚われているようなものだから――

 そう続けたような気がしたきりレディリーの占いは終わった。

 お代を置いて立ち去る夏目にレディリーは続けた。

 「あなたも興味引かれるけど、おくにの方がもっと興味深いわ。ぽっと出の国が列強から小突き回され、全世界と戦争して、インドラの矢やソドムとゴモラに出て来るような科学の魔術で焼け野原となって、それでも戦う目的はしっかり果たし何事も無かったように復活する。普通だったらあり得ない、まるでそのものが魔術のような国だわ」

 何を言ってるんだと夏目は思った。確かに列強から小突き回されているが、それは他のアジアの国々と同じ。それが世界と戦争だなんて皇国が滅びるなんて。

 無言で立ち去る夏目にもう一言付け加えた。

 「時の牢獄に立ち会うつもりなら止めときなさい。あなたは長生きできないわ。魔術の奔流に当てられて体の気が乱れてしまう。魔法力が逆循環して血を吐き苦しむことになるでしょうね。」

 

 

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