とある無能力者の絶対能力   作:ノナノナ

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黄泉比良坂

 攻めあぐるエテルヌス。魔神としての圧倒的な魔術も、学園都市の能力者から獲った超能力も効かない。しかもここは自分のフィールドだ。何度でもやり直せるし、力の増減も自由自在。なのにコイツは。

 「フン、ばけもの。」

 「魔神様に認めて頂けるとは。一応、褒め言葉と受け取っておこう」

 苦々し気な魔神に、木原脳幹は葉巻に火をつける。

 漆黒の虚空に甘い香りがたなびいていく。

 エテルヌスは顔を顰める。彼女はこの香りが嫌いだ。カリブ産の葉巻、それは自分たち奴隷たちの血と汗で生み出された産物だから。

 「さっき、お前ハ何で無事なンだト聞いタね。そのママ返すよ。私ハ既に死ンでる身。今更血ヲ吐く肉体など持っちャいない。だガお前ハ生きている。能力開発を受けてイないから? はん、犬が喋っていテ何が無能力者だヨ。お前ハ“立派に現実を歪めている”じゃナイカ」

 確かに学園都市には、特定動物との精神感応(テレパス)やクオリアを受信できる能力者がいる。そしてこのゴールデンリトリバーは、木原の始祖によって脳を開発された。そもそも、ただの仔犬が、エセルドレーダになったきっかけは何だったか。

 エテルヌスの指摘に、先程の考察がよみがえったが、いまは分析することを止めた。木原脳幹にしても、この駆動鎧は膨大なエネルギーを利用できるこの位相だから対等に渡り合えているだけで、決して魔神の能力に打ち克っている訳ではない事を知っている。空間に満ちているエーテルを絶たれれば、即、詰みだ。だが。

 エテルヌスにも、自分の放つ攻撃がまるで暖簾に腕押し状態に違和感があった。いくら魔術を操るにしても、こちらの魔法力は桁外れに膨大。それを奴は難なく対応しきっている。その魔法力は何処から来る? まるで鏡に映った自分に力を揮っているようだ。

 鏡?

 この位相は鏡合わせの術式で無限に連続させた空間。自分が持つ無限のエネルギーを分割したものだ。

 エテルヌスは、相手が自分と同じエネルギーを持って対抗している訳ではなく、単に無限となった空間のエーテルを利用しているだけなことに気が付いた。

 「そういうことかい。じゃあ位相そのものを消してしまえば、お前はガス欠という訳だ」

 分割された位相が消えれば、再びエテルヌスに無限のエネルギーが還元される。ただ一つの世界に一つの個体となり、相手が利用できるエーテルはそこにはない。

 エテルヌスは両手をさし伸ばした。

 無限に連なっていた空間が一つに塗りこめられていく。

 そして、彼女にエネルギーが集約されていく。

 彼女の姿に異形の神が重なって浮かぶ。

 黒いシルクハットにサングラスをかけた死霊。燕尾服を着て手に髑髏とつるはしを持つ、バロン・サムディ。

 それは十字教に拠らないゾンビの神。死とセックスの精霊。聖人では聖エクスペディに比定されているが、それは物事の早期解決や旅人の導きという一面でしかない。彼の本質は、「死霊ゲデの首領」だ。

 神々の住処ギネーに向かう永遠の辻に立ち、冥界と現世を繋ぎ、空間のどこにでも現れ、時を超えて連綿と続く影響力。刹那も永遠も彼の掌(たなごころ)にある生死の絶対者。

 無数の彼女がいた各位相から全ての彼女が集まって、ただ一つの位相にたった一人の彼女になる。やり直しがきかない一発勝負の世界。

 そこは、彼女の隠世。

 木原脳幹の目が光る。

 そう、これを待っていた。自分のホームステージを手放して、一度解放された魔力を再び隠世に戻すことを。

 隠世は、いちどアレイスターによって破壊された(そのために彼も体の三分の一を失う事になったが)。その隠世は、魔神たちが潜むための観察所だった。位相から一枚薄皮を隔てたところにある『どこでもない場所』だ。それを破壊され現実世界に出ざる負えなくなった魔神たちが、現実世界を壊さないように用意したのがエテルヌスの鏡合わせの分割。

 彼女の魔術は「位相そのものを操る」だ。魔術師はそれぞれに神話や霊装の象徴性に立って魔術を使う。魔術を揮うには何かしらの足場がいるのだ。位相は魔術の結果であって立脚点ではない。では何処から? それは位相でもない『どこでもない場所』、距離や時間の概念が意味を持たず、髪の毛一本分の隙間が無限の距離に広がるような場所、過去から未来までが一つになった世界。隠世が彼女の立脚点なのだ。

 以前隠世でブチ切れたアレイスターが仕込んだ「アレ」が正しく作動すれば、魔神は著しく弱体化されてAAAでも打ち倒すチャンスが生まれるかもしれない。

 これは賭けと言ってよかった。正しく発動するかもだが、この隠世は、彼女の魔術の核となっている距離や時間の支配者バロン・サムディそのもの。かつての隠世のように存在しない数字で埋め尽くされた空間座標を10進法に変換する程度では解析できない。そもそも座標が数字ではない。埋め尽くしているのは、怨念だった。

 バロン・サムディにより、何もない扉がガコオオオンン・・・と開く。

 冥界の門が開き、時空を超えた思念が渦巻く。

 

 私に不義密通の事実などありません

 私の首は小さいですからね

 この髭は大逆罪を犯しておらんのでな

 どうすればいいの、どこなの

 兄さま母様はどこ

 友よ、お前もか!

 われ、第六天の魔王となりて災いをなさん

 

 かつて仔犬だった頃に、自分に流れ込んできた思念。

 

 お前は誰だ。食べる訳でも無く何故こんな事をする

 最後まで私に付いて来てくれたのは、お前だけだったようだね。エセルドレーダ

 枯れた野という意味だが、君がいたのがダートムーア(荒れた湿地)というのも何かの縁かねえ。なあアレイスター、枯野の船は大勢の人を乗せてどこへ行ったんだろうねえ

 ごめんね、ごめんね、ごめんね、どうしても好奇心を押さえきれないの。ごめんね・・・

 

 エセルドレーダだった時に聞いた声。

 生きている者のものもあるが、まあ人外であることには大差ない。

 

 幾千万の努力が、たった一つの能力に打ち砕かれる現実

 学園都市って残酷よね。能力を数値化して、どっちが優秀かはっきりさせちゃうんだもん

 この街に来たのは、能力者になるっていう夢を叶えるためだった。でも、夢はどこまでも夢でしかなくて。

 

 学園都市に渦巻いている、さんざん聞き飽きた怨嗟の声。

 

 私を、食べて。・・・ゾンビに、なる前に・・・

 もし自分に悲劇を変える能力があったら!

 もし自分に悲劇を生まない世界を創る術があったら!

 もっと自分に『力』があったら!

 

 魔神となる前の彼女のものも流れて来る。

 

 機械が決めたことに、人間が従っているからよ

 ああそォだ!! 守りてェンだ! 失いたくねェンだ!! そんな事を想像したくもねェンだ!!

 あのたった一つの幻想を守り抜くためなら、俺はどンな現実とだって立ち向かってやる!!

 そんなに簡単に割り切れないんじゃないかな…過去の自分があって今の自分がある訳だし…その過去が大事なら尚更…

 ひとりの命で一万人が救えるなら、素晴らしい事でしょ。もう、それでいいじゃない

 待って!これは能力じゃないの…ッ! 学園都市の嫌な物を叩き潰したい…消し去りたいっていう、私の心が呼び出したものなの!だから私が……ダメぇッ!!!

 地獄の底までついてきてくれるかな

 誰かが犠牲にならなきゃいけないなんて、そんな残酷な法則があるのなら――

 その幻想をぶち殺す!

 

 ――って、お前ら死んでないじゃねえか!

 

 『警告。空間カラノえーてる補給ハ絶タレテイマス。現在、反物質バッテリーデ起動中。空間カラノ圧力ニ反射デ対応シテイマスガ、二十分シカ持チマセン』

 ひしひしと伸し掛かって来る黒い圧力に音声ナビが警告を発する。じっと耐えていても二十分後には圧潰。動こうとすればバッテリーはがりがりと減る。

 それにしても、このどす黒い負の感情はどうだ。

 「まったくブチブチと、いつまでも引きずってやがるもんだ、人というものは。引きずっていると言えば、アレイスターの奴も大概だけどもな」

 満ち溢れる声に木原脳幹は嘆息した。時代も人もばらばらだが、バロン・サムディが開いた思念はみなエテルヌスの想いだ。過去から未来に渡って、彼女が抱き続けて来た悔悟、悲しみ、怒り。

 虐げられた奴隷、紙より薄い命、簡単に擦り潰される人生。だから潰されない力を持って守ろうとした。もう誰も傷つかないようにと。誰を? 有り余る力を得て、残してきたものは何だ? 不死とはいえ百年の時間を奪い、他者の脳を啜ってきた魔神の後ろにあるものは、殺戮と破壊の跡だけだ。

 「AAA、今の状態で魔術は起動可能か」

 『魔術ノ内容ニモヨリマスガ、大規模魔術ハ一回可能デス。タダシソノ後ハ行動不能』

 ――じゅうぶんだ――。木原脳幹はピシピシと悲鳴を上げているコックピットのなかでニヤリとした。

 「アレイスター・ファイル『隠世』を開示!」

 過去の記憶でくよくよするなら、人の思念を借りようってんなら。――まずは、その幻想を! っと、これは俺のセリフじゃなかったな。

 「方程式『隠世』で、空間アポート実施!!」

 『バロン・サムディ空間ニ、アポートヲ展開シマス。術式名、骨船。』

 

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