とある無能力者の絶対能力   作:ノナノナ

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アニュス・デイ

 ガラスが割れるような音と共に、木原脳幹は光の中に放り出された。

 動きを止めたAAAのオプションパーツが、ガチャガチャ音を立てて木原脳幹の身体から外れ、ガラクタの山からゴールデンリトリバーが現れる。

 音は、ない。

 そこは真昼のダイヤノイド前、第15学区にある大型複合施設の広場。木原脳幹とエテルヌスが対峙した場所だ。いつもなら行きかう人々の喧騒に満ちている。時間が止まったような人払いの魔術は、位相世界に行く前のままだった。

 十二月の寒風が吹き抜ける。

 向かい合った時と同じにエテルヌスはいた。褐色の肌にパレオという季節外れな姿のままで。

 「ここで力を揮うと世界が壊れるんじゃなかったのかい」

 「隠世ハお前ニ壊されちまっタからネ。なんダかんダ言ってモ、私はこノ現世が好きだっタらしい。未練だガ、まだやり残したことガあったヨ」

 木原脳幹はマズった!?と思った。

 この世界が壊れないように鏡合わせの分割まで用意した魔神。それが無限の分割を止めて一人に戻るということは、気儘に振る舞って世界が壊れても、もうどうでもいいという事。

 だが、そんな心配と無縁な表情が、その瞳に浮かんでいることに気付いた。

 「・・・お前、なにか吹っ切れた顔をしてるな・・」

  木原脳幹の感想に構わず、エテルヌスは言う。

 「魔神ノ力なんカどうでもいい。

 能力者ノ計算式を使っタ多重能力モどうでもいい。

 魔術モ科学モ、異能の力なんテどうでもいい。

 ゾンビを助ケられるのハ、ゾンビだけダったんだ」

 「・・・・・・・・。」

 そううそぶいた魔神に、あの無能力者なら何と返しただろう。

 『どうでもいいだ?

 何人も殺しておいて、もういいだ?

 お前の下らない後悔のために、何人死んだんだ。

 やりたいことが一杯あった筈だ。友達と泣いたり喜んだり騒いだり、そんな日常がお前に殺された者たちにはあったんだ。

 システムスキャン毎に、やっぱり上がんねーやとがっかりしたり進歩してるって嬉しがったり、ちっぽけでも新しい力にドキドキしたり、そんな経験が犠牲にされた能力者にはあったんだ。

 一緒にいられる友達が居た。たまには鬱陶しいと感じつつ、それでもやっぱイイもんだと思う家族が居た。

 それをお前は全て奪った。今も未来も時間ごと、殺した者から、殺された者の家族や友達からな!』

 木原脳幹は、私的な事のために人を殺したことは無い。これまでも沢山の人間を殺めてきたが、あくまで学園都市秩序のための排除だ。相手にしても自分が殺される理由ぐらい心当たりがあったろう。それを正当化しようとは思わない。自分は必要悪の存在だ。相手もこの街が生み出したものだ。自分が“仕事”をする時に相手の理由は尊重する。それでこそロマンがある。だからこそ――通り魔から少女を守ろうとして犯人を殺めてしまい、少年の未来を奪ってしまった朋の苦悩を知っている。

 

 「一つ聞いていいか。お前は魔神だ。世界を作り変えることだって出来る力を持ちながら、なぜ学園都市の能力者なんかを襲った」

 木原脳幹の問い掛けに返ってきたのは、意外な答えだった。

 「魂――」

 「この街ハ、魂の在リ処ヲ研究していたソウじゃないカ。随分と魔術的ナ課題だヨ。魔術ハ観念的に魂ヲ捉えるガ物理的な概念デはない。ゴーレムのように入れ物ニ『魂』と称する記号ヲ入れ込ム魔術や、過去の記憶ヲ呼び出す降霊術なンてものモあるガ、所詮アイテムとしてノ記号や観念的ナものに過ぎなイ。人間トいう入れ物ニある魂とハ何かを魔術ハ扱っていないンだヨ。自明ニ『そこに在るもの』トの前提でネ。そンな魔術ノ枠組みデは、人形は作れてモ、人間は作レない。ソれこそ『神』ノ領分だからナ」

 「お前たち、魔神は『神』なんだろ?」

 その問いに魔神は答えない。

 「この街デ能力者を決定づけテるものハ、パーソナルリアリティ。直訳すれバ個人的な現実感? パーソナルリアリティは一人ニ一ツ。それは個性トいうより天地一切ノものに対すル自己、自分自身に対すル各個人の認識ヤ観念、ツまり自我ダ。

 能力者ガ無自覚に発散している力場ヲAIM拡散力場ト言うそうダが、能力の種類ニ限らず集合体を取り物質化スらすル。」

 魂の顕現化。

 AIM拡散力場は、周辺に満ちた形を持たぬ意識に反応して、飽和溶液のなかで結晶化するように実体を持つことがある。風斬氷華がそうだ。しかも彼女は無意識の集合体である幻想猛獣(AIMバースト)と違って自我を持つ。

 「微細構築、風力操作、広域テレパス、肉体系や精神系能力・・・随分トいろいろなタイプのパーソナルリアリティーが集まったヨ。色んナ魂がナ。」

 「神様として、AIM生命体でも創るつもりだったのか? それにしては幻想猛獣が出現したという話は聞かなかったが」

 「ある魂を固定化すル核として必要ダった。それモ自明とされル現実を歪める魂魄がナ。人は死んデ土に還るトいう常識を歪めルには、非常識を常識トする能力者のソれは、実に都合ガいい」

 エテルヌスが学園都市の能力者を狙った訳は、AIM拡散力場の集合体を核に、自分だけの現実を総動員させて今は散ってしまった魂の欠片を集めるため。しかし――。

 核はおろかAIMバーストすら発生しなかった。

 「まあそうだろう。そもそもAIM集合体には核が必要だからな」

 そもそもなんて無駄な労力を。

 「自分が核にナればト試してモみたよ。MNWを使ったレベル6シフト、あのトき変容シた第三位は、魔神のキャパシティーを納めるノに丁度いい。ゾンビという枷から離れルことモ出来るからナ」

 あの大覇星祭の時のヤツか。――それで妹達を狙った。

 と思った時、あることに気付く。幻想猛獣は木山春生の幻想御手ネットワークから出現している。しかし木原幻生が多才能力を使った時は発生していない。ただ単にネットワークに繋がった人数の違いからだったか。

 「ダが、アれは目的とするにハ全く違ウものだっタ。既死者を取り込んでハ、結局いまト同ジこと・・・」

 (死ぬのは嫌)

 という声がしたような気がした。

 (一人ぼっちは嫌)

 という思いが、またよぎる。

 「かつテ、人間を創り出した魔術師がイた。」

 「ホムンクルス。ガラス管ノ中で作らレ、人間ト同じ容姿を持チ、何ラ変わらぬ知性ト意識を持っタ自ら行動する人造人間。なんト自我まデあっタそうだ。似せた入れ物ダけなら作れル。だガそこに宿った自我は何ダ?」

 そのいきさつを木原脳幹は知っている。まだエセルドレーダだった頃の話だ。失った娘を黄泉返らせようとしたものだった。

 「それヲ科学的なアプローチで、その魔術師ハ成しタ。魔術界ノとんだ裏切り者だヨ」

 ために、魔術界を追放されてダートムーアをさまよう事になる。

 「そのホムンクルスを僧正が屠っタ。死者ヲ黄泉返らせルこと、命を創り出スことは神の領分だトいう理由でナ。尤も、魔『神』デある自分にモ不可能な事へのやっかみダったノかも知れないガ、手段を選ばズ破壊シたんダ。」

 (死ぬのは嫌)

 という声がする。

 (一人ぼっちは嫌)

 という思いがよぎる。

 ・・・ああ、もうすぐだよ・・・。

 「で、現世に戻った魔神様は、これから何をするつもりなんだ?」

 手はもうないんだろ、という質問にエテルヌスは微笑んだ。いや、ちょっと待て。方策が無いと言いながらなぜ俺と戦ったのだ? 

 命を創り出すことは神の領分だと言った。ここ学園都市では、クローン、ケミカロイド、試験管の中で人工的に命が生み出されている。それらに木原一族は深く関わっている。幻生や病理などはその代表だ。僧正のようにそれが許せなかったのか。それにしてはやることが回りくどい。最初からこの都市を壊しにかかればいい。目的は何だ? 昔話をするためか、何のために? 手慰みに戦たかっただけなのか?

 「魔神ニなっタ理由を摑みたかっタ。クローンに接触したトきから、あノ少女に触れたトきから、ずっトもやもやガ強くなっタ。・・・いや、そウか。あノ人間が隠世ニ現れたトき爆弾を仕掛けヤがったンだ。ソれが、あノ少女に触れテ発動シた。『何がしたかったのか』を。お前トの戦いノ中で、はっきりと気付いたヨ。したかったんジゃなく『したいか』だっテ事を。」

 そう語るエテルヌスの体に、表面に細かな粉が浮いていた。紫外線消毒のように、皮膚の表層が焼かれ白くなったのに似ている。だがそれは、さらさらと次から次とエテルヌスの身体から生じてくる。

 もう動かなくなったAAAのスカウターが反応していたら、彼女の体の変化に気付いていただろう。現世に戻った時から、その内部から、徐々に崩壊が起きていたのだ。それが表面にまで届き目に見えている。

 「――おまえ――」

 あの吹っ切れた表情の意味がいま解った。

 「気付いタ時から始まっテいたヨ。『何をしたい』がトリガーだったンだ。望みが達成されるためノね。だガ、消えるだけでは足りなイ。魔術ノ神とシて、象徴的ナ記号がいるンだ。」

 失われていく身体を補うように、周囲から街灯の鉄骨、ベンチ、アスファルト、電線など無機物を吸い寄せ、身にまとう。

 その姿は、まるで十字架を背負っているように見えた。

 「ゾンビを殺せるノはゾンビだけ。だがソれは魂をゾンビの枷かラ解き放つだけデ、肉体を失ったゾンビの魂までハ救えなイ。魂は施術者ノ意志デか死でシか救われナいんダ。死んでゾンビになっタ者なラ、明らかな死を得テ魂の壺からノ解放で済むガ、生きたままゾンビとなった者ハ死ガ得られなイ。永遠に魂ハ彷徨うんダ。」

 「――彼女の魂はまだ彷徨っている。ゾンビを救うニはゾンビの神ガ必要なノだよ!」

 事実、エテルヌスは十字架を背負っていた。鉄線が鉄骨ごと彼女を縛り付け、パイプが手足を貫き、散々になりそうな体を固定している。

 人の罪を背負い十字架に掛かった神の子の再現。ゾンビの業を背負い『神』に昇華する。

 

 

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