エテルヌスの身体は崩壊しつつあった。しかし魔神が消える訳ではなかった。彼女を魔神にしていたエーテルはそのまま。
さらさらと彼女が砂となっていくごとに、その身体に生まれた亀裂から光が洩れ、エーテルが溢れ出して来る。
彼女の身体が壊れることで、内にあった膨大なエネルギーが解放されようとしている。
その意味することは、学園都市の、いや現世を巻き添えにした世界の消失。
「自壊で天地創造(ビッグバン)を始めようってか、この世界が好きだったんじゃなかったのか、言ってる事とやってることが破綻してるぞ!」
「神なんテものハ、いつモ矛盾だらけデ身勝手なものだヨ。『気に入らない』トいうダけで世界ヲ水に沈めるシ町を焼きモする。シかも責任トいうやつにハ頬っ被りダ」
解き放たれつつある終末。しかし木原脳幹にそれを止める術はない。たとえAAAが生きていたとしても、骨船でエネルギーごと魔神を宇宙のどこかに飛ばせたとしても、その余波で学園都市の消滅は避けられなかったろう。
「心配スるな。何も自壊シようというンじゃナい。神トなるプロセスなンだ。そこで君ニ頼みたイことがある。取引トいっタところか」
「・・・・・・・」
「私を槍デ貫いテくれないか。『神の処刑』イベントの再現だヨ。神の子ハ、ただ磔で息絶えたンじゃない。人によっテとどめヲ刺されたンだ。人の罪ヲ背負うにハその過程ガ必要だったンだ。ゾンビの業ヲ背負うニは、死ヲ経たものガ必要。ツまりお前ダよ、一度ならズ二度までモ死を経験シた。一度目ハ魔術デ、二度目は科学デ・・・。
勿論君たチ側にメリットはある。一番大きな利点ハ私のエーテルからこの世界ヲ護れるトいうこと。私という枠カら外れたエーテルは神の処刑の再現デ魔神殺しのエネルギーに還元されル。それニこのエネルギーは、鏡合わせノ分割で集まったエネルギーなンだ。僧正らが現世にいられるようにシた術式だヨ。魔神ガ持つ無限を有限にシた時の抜き取り分サ。これによって、私以外の魔神たちハ永遠ヲ失い死ヲ得たンだ。ツまり殺せる対象だっテこと。――まあ、ソれでも苦労はスるだろうがネ。
神の処刑ガ成されなけれバ、エネルギーは撒き散らサれて世界は壊滅、鏡合わせノ分割も解けて元の魔神たちノ所に帰る。私を刺せバ世界を救えテ他の魔神へモ対処出来る。ドうだ、選択の余地も無イほドいい取引ダろう。」
そう言う間にも彼女の身体は崩壊しエネルギーがオーバーフローして来ている。しかしゴールデンリトリバーははっきりと言った。
「断る。自殺のギブ・アンド・テイクを言う奴に、ロマンなど無い。」
「・・・ロマン、か。私ハ既に死ンだ者ダ、自殺デはないのだがナ・・・。私のロマン(夢)は、叶わなかっタ想いを、体験ヲ、喜ビや哀シみや、楽しみヤ怒リを、取り戻シたかっタ。普通に恋をシ、結婚をシ、挫折ヤやり直シを繰り返シ、自分ノ人生を全うさせル。そンな普通な未来を彼女ニ返シてあげたかっタ。魔神ニは出来なイ。だが神にハ出来る。私も神ヲ名乗る以上、神らシいことをしたいんダ」
木原脳幹は、自分がよく識る人間を思い出した。
あいつもただ、たった一人の少女のために、全てを犠牲にして行動している。その犠牲には自分も含まれている。恐らく彼自身さえも。それがもう失われた命だというのに。
無駄に、不可能に、非常識に抗う。だからこそロマン。だからこその学園都市。
あの無能力者ならどうしただろう。善悪も無く、正否も関係なく、
『その少女はお前の中に生きているんだ、お前が生きてさえいれば、少女は消える事は無い。それを否定することは彼女を本当に殺すことだ。そんな幻想は――』
なんて説教をするんだろうな。
でも少年よ。永劫の時間がどんなものか、満更知らない訳でもあるまい?
では、どう応える。
その間にも、彼女の身体はサラサラと分解していく。
「夜の街を駆け巡り、握った拳で並み居る猛者をなぎ払い、気に入った女は老いも若きも丸ごとかっさらって、草の根一本残さないと言われる少年が、あのビルに居る。絶賛コウジカビ野郎と対峙中だよ。――お前も、彼に出会っていれば救われてたんじゃないか?」
「ああ。そうだっタかも知レない。でモ無理だろう。私の救いハ『みんなが笑って帰る世界』ジゃないかラな。私の夢は、神浄トは相性ガ悪い」
「きわめてエゴ(個人的)か。嫌いじゃない。」
そう言うと、ゴールデンリトリバーは、散らばっていたAAAのパーツの一つを咥え、素早くエテルヌスに投げた。
棒状のそれは、槍となって、正確に魔神の胸を抉る。
棒がアンテナとなって、溢れ出そうとしていたエーテルが彼女に還流する。
人の形をした光に包まれる中で、エテルヌスは自分を貫いてくれた者に礼を言った。
「ありガとう。コれで夢ガ叶ウ。お礼ニもう一つ伝えテおくよ。能力者狩りニ遭った者たちの魂はユグドラシルに在る。魂の壺トいう訳だ。施術者(私)の死で魂は自由になれる。肉体が残っていれば復活も可能。入れ物は、学園都市の再生医療なら容易いだろう?」
眩い輝きに消える中で、彼女は呟いた。
「ああ、目を覚ませと呼ぶ声が聞こえる・・・」
光が丸い球となり、魔方陣が浮かんだ。これが彼女の魔法名なのだろう。エテルヌスを名乗る前の、彼女の名前にちなんだ真名。AAAから離れたいまの木原脳幹に、それは読めないが。
魔法名を刻んた図形が光に溶けていき、やがてその光も消えて行った。
あとには、エテルヌスの骸が残されていた。一本の槍に貫かれながら。
音も動きも無い。
だが、人払いの術の施術者が居なくなったいま、この空間の時間もじきに動き出す。その前にこの惨状を片付けなければならない。十字架に掛かった少女の死体なんて人が気付いたら大騒ぎだ。それにばらばらになったAAAも。
「AAAの始末は唯一にやって貰おう。彼女の消息は、まあ魔神様たちに知らせてやるのが義理ってもんか」
木原脳幹は、十字架に瞬間移送装置を取り付けると、自身と共にダイヤノイド前広場から消えた。