とある無能力者の絶対能力   作:ノナノナ

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忍び寄る影

 仄暗い路地。

 濡れた石畳に響く、ピチャピチャピチャと水溜りを弾く音。

 はあはあと喘ぐ二つの息。

 

 暗闇に呑まれて見えないが、自分の背後に感じる威圧感。それがひたひたと近付いて来ているのが判る。

 

 『ん、はあ、はあはあ…んあ』

 もう大分息が上がっている。引っ張る手も伸びきって、さっきから何度転げなりそうになっているか判らない。

 『ねえ、もう、ダメ…走れな…い』

 『もう、ちょっとだ』

 音を上げる女を励まし、男はなおも手を引っ張って走る。

 二人の顔が濡れそぼっているのは、降っているのか判らない驟雨か汗か。

いくつ角を曲がったか。

 何度目かの細い枝道を折れて、建物に挟まれた狭い物陰に身を隠し、額を拭う。

 

 ――あー、超鉄板な死亡フラグですね――

 しんと静まった中に、ガサガサとポップコーンをまさぐる音。

 

 息を殺したまま、いま走って来た路地の様子を伺う。

 仄暗い蛍光灯の明かりが、点々とその周囲だけを照らしている。

 黒々とぬめっている濡れた地面。しかし、あれほど感じていた、あの圧し掛かるような威圧が無くなっている。普段と変わらない路地の空気に戻っている。

 ほっと息を吐き、男はやっと女の手を放した。

 『今のうちに、ラボに戻ろう…』

 そう言って男は相手に振り向く。

 すっかり息を上げて俯いていた女が、男の声に顔を上げた。

 ――と。

 

 振り向いた女の顔は、――みるみる髪が抜け、ずろりと音がするように皮膚が溶け

 赤い血しぶきと一緒に、剥き出しになった筋組織が解れ、眼球が流れ――

 虚ろになった眼窩から頭蓋が顔を出し、咢の落ちた頭蓋骨がぼろぼろと崩れ出し

 ――白くぶよぶよとした脳が現れる。

 ぎょっとなった男は、咄嗟に離れようとするが、――女は手をぎゅっと握りしめて離さない。

 『あ、あ、あ』

 悲鳴にならない男の声。

 

 「う、げ、ゔぁ」

 真っ暗な空間にしているのは、言葉にならない男の声と、ポップコーンを摘まむ音だけ。

 

 ひくひくとブヨブヨした脳が蠢き、弾け、男の顔面に脳漿と断片が飛び散るのと共に、

 黒い何かが男の頭に襲い掛かる。

 バキ、ボキ、ベシ、グシュ、メキ、ブチ、ブシュ、ビチ……

 肉と骨と血と組織が潰れる音と共に、

 路地の壁。

 濡れた地面。

 暗がりの辺り一面に、鮮血と白いブヨブヨしたものが飛散して、

 つ――と赤い筋が流れていく。

 黒いものの何かが、頭のない二人の体を、ビチャビチャと粘液質な音を立て、貪り喰らう。

 ぼた、べしゅと、原形をとどめない内臓やら皮膚片やらがまき散らされていく――

 

「……うぶっ…」思わず漏れる嗚咽。

 ――お決まりな絵面ですね。それこそが醍醐味というもんですが――

 ――首から上が無いのに、血の吹き出しが少ないんだにゃあ――

 「オレ、ダメ。音的に限界…」

 ――画面に弱音を吐く意気地無しの、そんな浜面を応援する――

 ギブアップで吐く寸前の金髪男をよそに、平然と観賞を続ける三人の少女。

 

 ・・・・・・・・・・・

 

 「普通、この手の映画は90分だろうが・・・」

 「B級といっても、未公開シーンも再編集した完全版ですからね。この位は普通です」

 ――とある限界の毒毒スプラッター、完全版――。ストーリーも何もない、ひたすら血飛沫満載という代物だ。それが六時間エグい場面だけが延々繰り返される。

 拷問からやっと解放され、すっかり意気消沈した男が安っぽいエナメルの長椅子で死んでいる。

 一応R16指定にされているが、セーフなのは意気消沈している男だけ。場末の映画館は年齢制限なんかいちいち気にしない。今日も絹旗最愛のオススメだという事で、一緒に観に来た滝壺理后とフレメア=セイヴェルンに付き合わされた。ちなみに料金は男持ちだ。お金を支払いながら、娯楽なら現実から離れたものがいいだろう、なんで現実社会を追体験しなくちゃならねえんだ、と思う。観終った今も同じ感想だ。

 向かいの長椅子では、二人の少女と一人の幼女が今見た映画談議に盛り上がっている。

 スプラッター物が大好きな絹旗やフレメアが大丈夫なのは解る。意外だったのは滝壺まで平然としている事だ。女性と男性では生理的メンタリティーが違うのかもしれない。

 絹旗がもう一本オススメがあると言い出した時、浜面仕上は、遅くなると麦野がヤバイという説得でこれ以上の地獄を回避した。

 

 映画館を出ると、思わずひやっとなる。日が釣瓶落としに短くなるこの時期、まだ五時前だが外は夕暮れが迫っていた。長時間の映画で疲れた頭に、冷たい空気が心地いい。

 完全下校時刻にはまだ時間がある。もともとそんな取り決めに縛られるアイテムではないが、移動時に警備員(アンチスキル)に関わるのもいろいろ面倒だ。ただでさえスキルアウトの過去で浜面仕上は面子が割れている。

 街灯が灯った裏通り。表通りとさほど離れていないが、緩衝帯を兼ねての公園となっており人通りと喧騒から切り離されている。歩いていて見咎められることもなく人目にもつかない。都市の一寸した隠れ家、真空地帯といったところ。

 

 気配を完全に周囲と同化して歩く四人を、二人の少女が駆け足で追い抜いていく。こんな時間、こんな場所には不釣り合いな常盤台中学の制服を纏った少女。

 「随分遅くなってしまいましたわ。急ぎましょう。この道学び舎の園への近道ですのよ」

 「よくこんな抜け道をご存じですわね。私全然知りませんでした」

 「佐天さんが教えて下さったんです。フェブリちゃんと出会ったのもこの道だそうですわ――」

 すれ違いにそんな会話が聞こえる。

 セブンスミストで時間を取りすぎ学生寮へ急いでいる所なのだろう。

 でもこんな人気のない薄暗がりに女の子だけって、危険じゃないだろうかと見送った浜面は、彼女たちが常盤台の生徒であることを思い出した。

 ――むしろ危険なのはスキルアウトの方だわ――。

 常盤台中学は最低でもレベル3以上の能力者の集まりなのだ。

 

 「――浜面、また女の子のお尻見てる。」

 背後から、ボソッと呟く滝壺の声。

 凄まじい殺気が背中にひしひしと迫る。

 ああこれは、あれだ。さっき見た映画の黒いナニモノかが主人公の男に齧り付くアレだ。

 ダラダラと冷汗を流しながらぎぎぎぎと軋んだ音を立てるように後ろを振り向く。

 ドス黒いオーラを纏ってドアノブを握り潰す隠れ巨乳と、蔑んだ眼差しでゴミを見る様な少女の目と、にゃあと無垢な笑顔を向ける幼女があった。

 「い、いや、これは、夜道に女の子だけって言うのは危険かなあと。むしろ襲う側の方が危ないのであって、そのスキルアウトの身を心配し、決して疚しい視線を送っていた訳では、……どーもスンマセン!」

 そのままジャンピングDOGEZAを決める男浜面。

 

 と、突然、前方から女性の悲鳴が上がる。

 先程彼女らが駆けて行った方角からだ。

 土下座から振り向くと、そのまま駆け出す浜面仕上。三人も一緒に駈け出す。

 

 角を曲がり広場のような空間に出ると、疑似石畳の舗装路の真ん中に、さっきの彼女らが倒れていた。そしてその前に、異形な戦車が立っていた。

 

 

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