肉色のボディに六輪の多脚戦車。胴からはマニュピレータを持った二本の腕。その腕が倒れている彼女らを摑もうとして闖入者に気付き動きが止まる。
倒れている少女らを挟んで、戦車の正面に出てしまった浜面。
「なん、だ…?」
まさに拉致誘拐の現場。
グッと多脚戦車の筐体が上がり、浜面たちを向く。
「つッ!滝壺!!」
浜面の声に、咄嗟に滝壺理后はフレメアを抱いて角に身を隠し、絹旗最愛と浜面仕上は真横に跳ぶ。と次の瞬間、機銃掃射が三人の居た軸線を薙ぎ、滝壺が隠れた角を払った。
腕のマニュピレータから銃身が伸び、白く硝煙を上げている。肉色の戦車は移動して 倒れている少女の上に立ちはだかっている。まるで卵を護る母蟹のようだ。
気を失っているのか、二人に動きは無い。
「現場を見た者の口は封じるって、お決まりの展開? アンチスキルもお構いなしに こんなモン持ち出すって、一体何者だ」
「被害者は常盤台中学の生徒のようですが、表の人間、しかも超素性の知れた名門校の学生を、こんな荒っぽい方法で拉致るなんて、暗部の人間じゃありませんね」
「このまま帰してくれそうもないし、見ちまった以上仕方ねえな」
浜面仕上は懐から短身PDWを取り出し、多脚の関節を走りながら狙う。ベルギーのFN P90に似ているが、ぐっとコンパクトに出来ており拳銃のように胸のホルダーに収まる代物。
連射される弾は正確に多脚を支える球体ジョイントを打ち据えた。が、びくともしない。
花壇裏に飛び込み身を隠したと同時に、身を竦めた頭の端を機銃が走り、コンクリートが弾け飛ぶ。
「流石、学園都市製ってか」
苦虫を噛み潰したように浜面は毒付いた。
射線が浜面を捕えている隙に絹旗も走る。前傾に重心を傾けている多脚の一本に窒素 装甲の拳を揮う。学園都市第一位の演算を応用した並の装甲なら風穴があく威力。
しかし何も起こらない。はじき返されるでもなく衝撃が肉色の表面に吸収されてしまう。丁度緩衝マットに卵を落とした感じ。が硬度は明らかに鋼性のものだ。
「コイツ、超ダメージが無いみたいなんデスけど」
戦車から金属質な高音が流れ始めた。
途端に、絹旗と滝壺が顔を歪め苦しみだす。
「・・・・これ、キャパシティ・・ダウン!」
レベル0の浜面には影響がないが、演算を乱し能力者だけを苦しめる音響兵器。だがスピーカーのようなものは見当たらず、昆虫が身体を震わせて音を出すように戦車の全身から発せられているようだった。
しゃがみ込んで身動きが取れずにいる絹旗に、戦車のアームが伸びる。
咄嗟に浜面がボールを投げる。野球ボール程のそれから同じような音が流れる。しかし位相を真逆にしたもの。携帯型盗聴防止装置を基に開発されたアンチ・キャパシティダウン。原理は音を音で打ち消す位相音キャンセラと同じものだ。キャパシティダウンが音であるなら、その波長と真逆の波長を重ねてやればよい。機械を破壊されれば効力を失うが、それはキャパシティダウンも同じこと。要は能力を取り戻して先手を打てれば良い。
身体の自由を取り戻した絹旗がアームから逃れる。
能力が戻った滝壺が、戦車を凝視している。彼女の能力はAIMストーカー。能力者の持つ固有のAIM拡散力場を観測しどこまでも追い続けることの出来る能力。それは相手の能力を威力と共に知覚できるという事。知覚するだけでなく操ることが出来れば『学園個人』当然レベル5の能力だ。
「浜面、その戦車。能力者だ」
「なんだって、中に能力者が居るのかよ。これを操縦してる奴ってどんな能力だ」
「違う。中に人のAIM拡散力場は観測されない。戦車そのものがAIM拡散力場を出してる」
滝壺が信じられないようなことを言う。
「え、機械が能力者? え、え、どういう意味だ? その場合パーソナルリアリティってのは、どうなってるんだぁ」
「よくわからない。自我のようなものは感じられない。でもこのAIM拡散力場は肉体強化系のもの」
戦車の機銃がアンチ・キャパシティダウンを捕え斉射。粉々に弾き飛ばす。
また例の高音が復活する。
戦車が戦利品を守護することを止め、滝壺とその傍らに身を潜めるフレメアに近付いて行く。狙いを変更したようだ。
浜面がそれに気付きPDWを乱射しながら叫ぶ。
「逃げろ!」
だが滝壺は動けない。フレメアも苦しむ滝壺を前にしてどうしたらいいか混乱している。
浜面は二人に駆け寄り、前面に立って銃を撃ち続ける。が、弾はむなしく弾かれるだけ。そのうち弾も尽きてしまう。
万事休す。
そのとき、耳をつんざいて戦車に爆発が起こった。
襲い掛かる爆風と熱。思わず身を伏せる。
轟々と燃え盛る炎の音。
「いったい何がっ」
突然の出来事に訳が分からず、混乱しながら顔を上げると、炎の中に動きを止めた戦車がいた。
筐体を地面に着けアームがだらりと垂れている。六本の脚は静止し、キャパシティダウンの音もない。滝壺も絹旗も突然の展開に呆然としている。
「助かった、のか・・?」
自然に爆発? いや何者かによる攻撃。浜面は身構える。が、新たな勢力が現れる気配はない。
辺りに立ち込める揮発油と有機物が燃える臭い。炎の中で戦車はバラバラに崩れ出す。駆動脚がもげ、倒れている襲われた二人の少女に倒れ掛かっていく。
「・・・・!!!」
思わず浜面は駆け寄り、二人の上に覆い被さった。勿論ただでは済まないが彼女らの上に直に当たるよりいい。
目を瞑り身を固くして衝撃に備える。
バン!と空気のはぜる音がし、ガランコロンと、倒れ掛かっていた脚が浜面らの脇に転がる。
「ふう、間一髪というところですか」
横に右拳を突き出して、仁王立ちしている絹旗最愛。
さっきは効かなかった窒素装甲が、機能を停止した戦車に通用している。倒れて来た脚に空気の盾を打ち込んで弾き飛ばしたのだ。
「なに女子中学生を押し倒してるんですか。超キモいです」
絹旗の言葉に、あわてて少女から離れる浜面。
「浜面、怪我はない? それと、見知らぬ女の子にむやみに覆い被さるのはどうかと思う・・」
「見てただろ!どーしてあれが女の子襲ってる図になるんだよ!」
「いつもの事だから標準設定。でも、そんな浜面を応援してる」
「所詮バカ面ですから」
フレメアがトトトと駆け寄って浜面の背中に抱きつく。
「はまづら団は正義の味方なんだにゃあ。お姫様を護るのはヒーローのおしごと!」
「ううう、フレメア。判ってくれて有難う…」
一人男泣きする。
「それにしても彼女たち、なぜ襲われてたのかしら。それに一体これは何?」
燃える残骸を見ていると、
「ん・・んん・・・・」
小さな呻き声。気を失っていた少女が目を覚ましたのだ。
しかし大丈夫かと声を掛ける間もなく、目の前で燃え盛る自分を襲ってきた戦車の残骸を目にすると、ヒッと身を強張らせたまま、少女は再び気を失ってしまった。
「彼女たちはアンチスキルに任せましょう。じき騒ぎになる」
確かにここに居て良い事は何もない。色々非合法なものを所持していてのこの戦闘だ。拉致誘拐の実行犯とされても言い訳できない。
と、炎に包まれる残骸の上に、浜面は黒い影があるのに気付いた。
「・・・犬・・・?」
犬のように見える四本足のそれは、黒いシルエットの中で眼だけが光っていた。その目が自分たちを見据えている。
『プラチナとゴールドのタグか・・・』
確かにそう言うと、影は炎の中に消えた。