とある無能力者の絶対能力   作:ノナノナ

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黄昏

 

 第七学区にある窓のないビル。

 その奥深く、溶液に満たされたビーカーの中で、淡いピンク色の手術着を纏い逆さまに浮かぶ一人の人間。

 若者にも老人にも男にも女にも見える顔が目を開ける。

「よお、目が覚めたかい?」

 窓も入口もない暗がりの中でゴールデンリトリバーが声を掛けた。

 「殴り込みに行って、ブチ切れて、ボコボコにされた挙句に三週間意識不明――」

 「…………」

 闇に中に、ゴールデンリトリバーが燻らす紫煙が消える。

 「体の三分の一が炭化状態。冥土返しが『また手酷くやられたねえ』と呆れていたよ。電話でもいいからお礼を言っとくんだな。お蔭でこちらは理事長不在のゴタゴタに奔走させられる毎日だよ。―――君らしくない暴走だったが、あれは必要なコトだったのかい? 時期尚早だったのでは」

 「あれは、これから起きる事への布石に必要なことだったのだよ。この都市の不穏な動きもプランの一つだ」

 ゴールデンリトリバーの前に一個のチップが現れる。

 「接触で得たデータだ。これで『不死』をひとり狩ってもらいたい。一晩で獲物を全滅させ罠を破壊した君なら造作もないだろう?」

 「やれやれ、ゴタゴタの後始末の片手間に、本来の仕事をしろってか」

 ゴールデンリトリバーはチップを受け取りながら腐った。

 「以前の君なら、喜んで走って行ったが」

 「あまりに歯応えのない仕事ばかりだったもんでな。今度のは、ちっとは手ごたえがある相手なのか」

 「聖人とは異なり一応『魔神』なのだが」

 「このところ感じていたあの臭いか――」

 ゴールデンリトリバーの貌に不敵な笑みが浮かぶ。

 「ほお、科学である君に、奴らが判るか。つくづく君らしい」

 「体を焦かれ意識を失っても、プランを構築実行中ってわけか。――なあアレイスター、君でも夢は見るのかい」

 「夢かね? 私にとって夢は過去と未来が混在した現在だよ。さっきも、五〇年以上の過去にいた。」

 

 

 照明の消えた、病院の院長室。

 街の灯が煌めき始めた外を見れば、ビル群の間に立つ風力発電の風車が、この季節特有の山から吹きおろす空っ風を受けて勢いよくまわっている。

 土地の様相は変わったが、吹く風は昔と変わらない。

 学園都市が出来る前、ここは山間の寂れた寒村だった。自分が生まれ育った、先祖代々住んできた土地。――その面影はどこにもない。カエル顔をした初老の医者は、つくづくその変わりようを思った。七つあった村の家の人間も今は自分を残すのみ。もっともその『一族』はこの街の至る所にはびこっているが。すべては五〇数年前にあの男をここに匿った時から始まったのだ。

 普段この街を睥睨している一際高い建物に目をやる。窓のない直方体のビル。特殊な素材で覆われた建物も街のシルエットに溶けている。

 その建物を見ながら、冥土返しは自分の村に伝わる古い伝承を思い出していた。かつて枯野と呼ばれたこの土地の名の由来。

 

 ――武蔵国に一つ高木ありき。その木の影、朝に不二(富士)を隠し夕に香澄流海(霞 ケ浦)を覆う。日差さず土の気吸われたれば草木絶え、この地を枯野と謂ひき。

  故、この樹を切りて船を作りしに、甚捷く行く船なりき。もろもろの民草を乗せて 遠国に漕出しき。この船、破れ壊れて、塩を焼き、其の焼け遺れる木を取りて琴を作 るに、其の音、七里(ななさと)に響きき。――

 

 「あのビルが現代の高木に見えるよ。科学の影がそれこそ世界を覆っている。枯野は痩せた土地となったが、あのビルはこの街の若者たちから何を吸い取っているんだろうねえ・・・」

 とりとめなくそんな思いを巡らしていると、デスクの電話が鳴った。電話は自分の患者からのものだった。

 「やあアレイスター。気が付いたのかい。君から経過報告とは珍しいね」

 「つい先程ね。意識が戻ったら、お礼を言っておくよう知人に言われたのでな。君を恩人とする古い知り合いからだよ」

 恩人という言葉に冥土返しは苦いものを覚える。

 「あれは助けたとは言わない。命というものをまだよく解っていなかった若さの過ちだよ」

 「彼にとっては命の恩人に違いないだろう。息を与えられたのだから。――私にとってもね。」

 「君はまだ死んでいなかった」

 「・・・・・・・・」

 その言葉に相手は応えない。

 「なあアレイスター、枯野の船は大勢の人を乗せてどこへ行ったんだろうねえ。私はその船に乗らなかった七人の末裔だがね。」

 「・・・・・・・・」

 ぽつりそう言うと、冥土返しは返事のない受話器を置いた。

 

 

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