カンムスレイヤー第1部「アウェイキン・ウルフ・ライゼス・ザ・オータム・ストーム・ヨコスカ」 作:屋敷犬都馬
あの可愛らしくも闇を抱えた少女達の造形。
因果律を無視するかのごとき断章的構成。
視聴者を置き去りにしたあの最終回。
彼女たちを、救いなき世界の中で輝かせたいと……。
ハッシュタグ #カンムスレイヤー でTwitterに公開した文書を下書きとして加筆、公開しました。段落頭一字下げなど、小説としての体裁が整っていないのはその名残りです。
投稿字数制限により、前後編分割でお届けします。
◆1◆~◆16◆:前編
◆17◆~◆27◆:後編
◆◆1◆◆
秋も深まるヨコスカ・チンジフ。
草木も眠るウシミツ・アワーを少女が歩く。立ち並ぶ赤レンガの倉庫を二つ、三つと通り過ぎ、足を止めた。少女が纏うのは、着崩れたセーラー服。季節にそぐわぬ夏服であった。夜風は無遠慮に薄い衣服に染み入る。少女は身震いした。
人類生存を賭した、対シカイ・セイカン戦争。チンジフはそのための前線基地である。チンジフが擁する戦力は少女の形をした兵器、カンムスだ。人類救済というあまりにも重い使命。そこから逃げ出す少女も少なくはない。疲労と空腹を抱え、ウシミツ・アワーを歩く彼女、フブキもその一人だった。
新月の夜。しかしチンジフは暗闇に包まれてはいなかった。強烈な対シカイ・セイカンサーチライトは、休みなく夜空を焦がしていた。低い雲に照り返した光が薄明かりとなり、終わらない日暮れのような青一色の景色を作っていた。
雑に分けた野暮ったい前髪。その奥に、薄闇に浮き立つ真黒い瞳。フブキは、錆びた鉄扉の上の看板に「米倉庫」のミンチョ文字を見た。犬の遠吠えじみて腹が鳴る。グーググーグググゥォオオーン。「食ってやる」フブキは低く呟き、タタミ半分ほどもある巨大な錠前を睨んだ。
フブキは背を丸めた無造作な立ち姿のまま、両の手を目いっぱいに広げ、全身にカラテを漲らせる。すると、その目が細まり、センコ花火めいて赤く灯り……おお、如何なる超自然的原理であろうか? 両腕には2基4門の連装砲が忽然と姿を表した! それは12.7cm連装砲──ギソウである!
カンムスを兵器たらしめるのは、その身に宿す古代のイクサ船のソウル、カンムスソウルである。彼女たちのカラテにカンムスソウルが形を与え、カンムスはギソウと呼ばれる特殊兵装を纏う。ギソウの砲雷撃はその実口径の十倍以上の破壊力を持つ。しかも、カラテによる砲雷撃は、実際弾薬を消費しない! ノーカラテ・ノーギソウ。カラテこそがカンムスの戦闘力の全てなのである。
フブキの背負うギソウ機関部。その煙管型の吸気管が夜露を吸う。フブキは広げた両腕を横から縦一直線とし、牙めいた構えを作る。薄闇に光る2基4門の12.7cm連装砲。ギソウの名称は実口径ではない、その威力を表している!「イヤーッ!」フブキはカラテ・シャウトと共に連装砲を繰り出し、半畳もある巨大錠前に噛みつき敢行!「喰らえ!」そして発砲! GYAOOONE!! 貫通する四本の牙! 錠前は粉微塵に砕かれた!
死力を振り絞った一撃であったのだろうか。発砲直後、フブキは膝から崩れ落ちる。硝煙だけが夜風に流れ、数瞬の静寂が過ぎた──。再び目を開けたフブキの瞳は、深い鳶色であった。飢えた瞳は、爆風で僅かに開いた扉の隙間に米袋を見つけた。「ギンシャリ!」フブキは鉄門扉を蹴り開け、米倉庫に突撃せんとする。
その時、視界が斜めに傾いた。「イヤーッ!」カラテ・シャウト! まさに背後からのアンブッシュである! 後頭部への致命的トビゲリを受け、フブキの意識は途絶えた──。「曲者め!」着地した柿色の人影は、マフラーめいた布を靡かせながら、侵入者に残心のクナイを突きつける。
「ナイストビゲリ! センダイ!」ハイタッチを求めるナカ=チャンに構わず、センダイは荒縄で曲者を縛る。縛りながらも右手のクナイは無論手放さない。「ギソウを使う米泥棒なんて……。世もマッポーね」ジンツウが眉をひそめる。
センダイ・ジンツウ・ナカ=チャン。三人は柿色の衣服と似通ったギソウを纏い、姉妹のような印象である。事実、ギソウを纏う彼女等も、またカンムスである。彼女たちは軽巡洋艦センダイ・タイプ。ヨコスカ・チンジフの優秀な夜警である。
◆◆2◆◆
目が覚めたら腹筋だった。「ドーモ。米泥棒の……フブキ=サン。秘書艦ナガトです」ハスキーな声で腹筋がアイサツ! 否、フブキは己が逆さ吊りにされていることに気づいた。ナガトと名乗る女の割れた腹筋は、眼球に触れんばかりの近さに迫っている。その見るからに強固な腹筋は、声の主が並々ならぬカラテの持ち主であることを雄弁に物語っていた。その通り、戦艦ナガトはチンジフの最上位カンムスたる秘書艦なのだ!
「アイエエエ!」フブキは反射的にギソウを装着せんとするも、両腕は荒縄で後手拘束。ナムサン! フブキは恐る恐る足元を見上げた。ナガトと名乗った女と目が合う。長身。長い黒髪。ギソウはまとっていないが、頭には艦橋めいたヘドギア。フブキは彼女もカンムスなのだと理解した。その向こうに、イポン杉の太枝と己を繋ぐ荒縄が見える。
フブキはスカート姿で逆さ吊りである。その体勢が少女にもたらす悲劇は……当然命の危機以外にない! 断じてない!
ナガトは、腕組みしたまま害虫を見るような目でフブキを睨み、宣言した。「これより、テイトク権限代行にて、グンポー・ミーティングを開始する」「「「オネガイシマス!」」」柿色の三姉妹が最オジギ姿勢を取る。
アンブッシュで意識を絶たれたフブキには知る由もないが、フブキを捕らえたのはこの三姉妹だ。「センダイ。侵入者捕縛の功により、意見を許す」三姉妹長女のセンダイが叫ぶ。「米泥棒はオキテにより、解体!」夜警筆頭に慈悲はない。
「そうだな。だがまあ、急くな」ナガトが腹筋を歪めて笑う。「ただの解体より、人類のお役に立てる道も……あるではないか?」意味深に問うナガト。三姉妹次女のジンツウが、ツインアホゲ・ライクな前髪を振り乱して叫ぶ!「ダメソレ! ステカンタブー! わよ!」取り乱す彼女に、いつもの物静かな気配は微塵もなかった。
「ふあぁ……」殺気立つ空気を、欠伸が緩めた。舵を模したハイヒールが、露天教練施設、ウン・ドージョーの砂を踏みながらやってくる。彼女は戦艦ムツ。ナガトに負けず劣らずの腹筋所持者だ。「……あら。遅れてごめんなさい。始まってた?」栗色の短髪には、ナガトと揃いの艦橋ヘドギア。揃いの割れた腹筋。オフザケなアトモスフィアとは裏腹に、彼女のカラテも並大抵ではない!
ムツを見つけて、三姉妹三女のナカ=チャンが手を振る。「あ、ムツ=サンだ! この米泥棒、どうする? やっぱりステカン?」軽巡と戦艦。彼我の格差を省みないシツレイ態度!「そう……ねえ。どうする? ナガト」ムツは返事を濁し、艶やかな唇を指でなぞる。相手が男なら羨みを禁じ得ない、妖艶な笑みをナガトに向けた。
「ア、アイエエエ? ステカン、ステカンナニ? アイエ?」未知の単語に逆さ吊りの重力が加算され、超過血流がフブキのシナプスを締め上げる。赤く霞む視界と思考。「フン……。ステカンも知らんとは。捨てる価値もない。フビン!」ナガトは艦橋ヘドギアで荒縄を切断する。
──ビダン! フブキはコラシメ・イポン杉から砂地に垂直落下! 鼻血を流しながら脳天を強打した痛みにのたうつフブキ。台風翌朝のミミズめいた醜態であった。
「知らぬなら──聞け」「聞いてね」フブキは砂まみれの顔を上げた。ナガトとムツはオフタリ・カラオケめいて手を繋ぎ、奥ゆかしく語りだした。
「私達は」「使命があるの」「シカイ・セイカンを」「駆逐するの」「世界の海から」「一匹残らず」「多大な犠牲を」「払おうとも……ね」ムツはウィンクで締めたが、どこかソローだった。二人の腹筋は見事なシックスパックだった。
「そう……。だから、私は……逃げた」フブキは小さく呟いたが、秋風にかき消された。
◆◆3◆◆
賢明な読者諸氏には常識であろうが、カンムスをめぐる歴史的経緯について改めて語る無作法をお許し頂きたい。
コーコク歴2645年。南氷洋に、謎の巨大海洋生物の群れが観測された。クジラめいた外見の彼等は爆発的に増殖し、数年で三百万匹の群れを形成した。その生態調査すら進まぬうちに、「水産資源の枯渇予防」を名目として、A国海軍が駆除を開始した。
当初は哨戒艇の機銃や捕鯨モリで一方的に屠られていた彼等だが、ある日突然、大砲めいた筒状器官を備えた個体が出現した。その器官は実際大砲であった。原理不明の砲撃により、たちまち哨戒艇部隊は全滅。ナムサン! そのニュースが世界に流れると、人類は一種の恐慌に襲われた。
国際世論は即時殲滅の大合唱! 呼応したA国海軍は巡洋艦を展開し、彼等を殲滅! さらなる大型砲と魚雷を備えた新個体出現、原理不明の砲雷撃により、巡洋艦部隊全滅。ナムサン!
国際世論は即時殲滅の大合唱! 呼応したA国海軍は空母を展開し、彼等を殲滅! 対空機銃と艦載機めいた飛翔生物を備えた新個体出現。原理不明の航空攻撃により、空母部隊全滅。ナムサン!
国際世論は即時殲滅の大合唱! しかしおお、ブッダ! A国海軍が戦力の逐次投入の愚に気づいた時には、全てが終わっていたのだ。人類最強の海軍戦力を誇るA国海軍が壊滅した後、彼等を止める手段などあるわけがなかった。人類最大の脅威となった彼等には、日本の国生み神話に登場する海の怪物──シカイ・セイカンの名が与えられた。
ジゴクめいた時代の始まりであった。以降数十年に渡り、人類はジリー・プアー(訳注:徐々に不利)な戦線後退を繰り返しながらも、海の奪還を諦められず戦い続けた。勝算なき消耗戦! その結果は必定、果てしない国力疲弊である。
漁業と海上輸送を失った人類は、必定としてウエジニ・ハザードに襲われた。実際50億人がアノヨへ旅だち、生き残ったのは十億足らず。彼等は内陸に点在するシェルタ・シティで、飢えと寒さに震えて暮らしている。
時に、コーコク歴2678年。ブッダ・アポカリプスもかくやというこのマッポーの世。血の池ジゴクより恐ろしい海に囲まれた、島国日本。その人口は? ──なんと、一億人! その奇跡を支えるのは無論、カンムスである!
日本は先の大戦に破れ、陸海空の無期限徹底武装解除を施された。マッポすらジュッテとナゲナワで武装する国。それが戦後の日本であった。
ならば、各国海軍がシカイ・セイカンに敗れ去り、石油も食糧も輸入を絶たれる中、武力なき日本はなぜ一億の国民の命を繋いでいられたのか? それは、大戦中のダイホンエ・ヘドクォーターの発したキアイ・ドクトリン「物資は有限であるが、カラテは無限である」の体現たる、物資を消費せぬ海上戦力のオカゲサマである。
「銃が持てぬならカラテを持てばいいでしょう」大戦末期のヤバレカバレ・スローガンを体現したカラテ駆動海兵少女存在、すなわちカンムス。戦後数十年の長きに渡り、日本の有事に備えてチンジフはカンムスを発掘し育ててきた。表向きは観光客向けのコスプレ少女集団の体を装いながら。
欺瞞は完璧であった! 当の日本人ですら、彼女たちを貴重な外貨を稼ぐコスプレ少女集団としか思っていなかったのだから。しかし、今や彼女たちは欺瞞のヴェールを脱いだ。彼女たちカンムスは、実際戦力としてシカイ・セイカンを退けているのだ!
コーコク歴2678年。日本近海のきわめて限定的制海権を有するのみながら、日本国民が最低限度の文化的生活を送れるのは、ひとえにカンムスのオカゲサマである!
◆◆4◆◆
狼藉の末捕縛されたフブキには、もう立つ力すら残っていなかった。意識を朦朧とさせながら、サヨナラ寸前の金魚めいて口を開閉するばかりである。「結局アイサツもできんとは。本当にカンムスか? 貴様」ナガトはセーラー服の刺繍を見た。「フブキ……。トク・タイプか」トク・タイプは非常にありふれた駆逐艦だ。
「所属を誰何……できる状況ではないか。これではスパイとも泥棒ともつかんな」ナガトは舵めいたハイヒールでフブキの手を踏む。皮が破けて血が滲むが、フブキはもはや叫び声さえあげられない。「可愛い顔して、アンタイ・チンジフなテロリストさんかも……ね?」ムツは膝を抱えるように座り、フブキの手に滲んだ血を指先に絡める。
「ジンツウ!」「アッハイ!」ナガトの怒声に不意を突かれた三姉妹次女が、油切れのジョルリ人形めいた敬礼をした。「貴様に任す。指示あるまで生かしておけ。他の連中では殺しかねんのでな」「アッハイ!」ジンツウは、血と砂に塗れたミノムシと化したフブキを肩に抱える。
「では、私は医務室へ。姉さんとナカ=チャンは夜警の引き継ぎを」ジンツウはいつもの可憐なアトモスフィアを取り戻していた。しかし、少女一人を化粧品の入ったズダ・ポーチのように軽々と肩に掛けて歩くその姿は、カンムスたるなによりの証拠だった。
ジンツウが医務室へ向かった後、ムツが告げた。「あ、この件はご内密にね? 機密事項よ?」「「アッハイ!」」センダイとナカ=チャンは弾かれたように敬礼する。たとえ片目をつぶって悪戯っぽく囁かれようが、上級艦の命令は絶対である。チンジフでは思考は許されない。ただ遂行あるのみだ。
──電解質・乳酸・ブドウ糖。最低限の栄養点滴が静脈へ注がれている。下着姿のフブキは包帯を巻かれ、マグロめいて眠っていた。
ここは未明の医務室。フブキが眠るのは、古机にシーツを張っただけの簡素な寝台だ。砂と血は拭き取られ、生傷には、申し訳程度のガーゼがあてがわれている。ジンツウの手当だ。
ジンツウはフブキの隣に座り、見守って……否、見張っている。実際、フブキの手足に錠前付きの鎖を巻いたのもジンツウであった。「カンムスが泥棒なんて。いったい何があったの……」ジンツウの声は、四方を囲むカーテンに吸われて、消えた。
◆◆5◆◆
ヨコスカ・チンジフに朝が来た。
未明の狼藉は一般のカンムス達には知らされず、チンジフは普段通りに運営されていく。朝の訓示に始まり、学科・食事・教練。
夜警の特権で早上がりをしたセンダイ・タイプの三人は、自室でくつろいでいた。三人部屋を基本とするチンジフの部屋割りは、三姉妹には格好である。
「あの米泥棒、もう解体されたかな?」センダイが魚雷クナイを研ぎながら呟く。「マダー。テイトク=サンが話を聞くってー」逆さ天井にぶら下がるナカ=チャンは、アンドン・ライクなオブジェと化していた。「ザッケンナ!」センダイが柱にクナイを投げる。
「当たらないでください。姉さん」ジンツウは名刺でも受け取るように、そのクナイを人差し指と中指でさり気なくキャッチ。ワザマエ! 柿色の三姉妹は日常生活でもカラテの鍛錬に余念がない。「それより、米泥棒した子が捕まったって話。機密なのに、なんでもーチンジフ中に広まってるのかなー?」
ナカ=チャンの疑問も無理からぬことである。昨晩のウン・ドージョーの一件。秘書艦補佐たるムツが、直々に機密事項と言ったのだ。規律遵守重点のセンダイ・タイプの三人が、無論機密を漏らす訳はない。ならば。
「まさか、ムツ=サンが──」センダイの言葉を遮るように、ジンツウがクナイを向ける! 「姉さん。いけない」ジンツウの目はクナイよりも鋭く光っている!「そうだよね。疑問を持つだけでもケジメ案件……だよね。あはは」センダイは両手をマイッタ姿勢に開き、乾いた笑い声をあげた。
◆◆6◆◆
ヨコスカ・チンジフ本館5階。火の見櫓めいて西に突き出した一室が提督室だ。秋の夕日に豪華な調度が照らされ、愁嘆場めいたアトモスフィアが漂っている。「ヤッテモータン? ホンマカイナ?」呪詛めいた響きが静寂を破った。テイトクのカワチ・ダイアローグだ。
カワチ・ダイアローグは、安土桃山時代の僧侶が使った奥ゆかしい言葉だ。だが現代では、タイコモチに使われる面白可笑しい言葉という印象が染み付いている。しかし、ヨコスカ・チンジフにおいてカワチ・ダイアローグを笑うカンムスは、明日の朝日を見ることなく解体される。コワイ!
ヨコスカ・チンジフ2代提督。彼は単にテイトクと呼ばれている。なぜなら、彼が本名も素顔も明かさないからだ。提督室の姿見にテイトクが映る。ガイコツめいた長身痩躯。フォールン・サムライじみたザンバラ髪は、灰色に枯れ果てている。
ただ一つ、桜の徽章を戴いた海軍帽だけが小奇麗であった。テイトクの纏う白詰襟は、第二種軍装の成れの果て。その袖は、手も足も鉤裂きと油染みでボロ布同然であり、その背中にはマントラめいた無数のミンチョ文字が刺繍されている。
異様なのは衣装だけではない! 目深に被った海軍帽の下で、彼の目は旧式のLEDボンボリめいて緑に曳光している。さらに! 目から下を覆い隠すのは鈍色の鋼鉄メンポだ。幽鬼の一種と見紛うばかりの恐怖満載の佇まい。カワチ・ダイアローグの面白さなどでは到底中和不可能である。
そしておお、ブッダ! 鋼鉄メンポに刻まれた文字を見よ! 悪鬼が鉤爪で刻んだかのような禍々しい字体の「提」「督」のニ字を! このブッダデーモン的驚威形相の男が、ヨコスカ・チンジフ司令、テイトクである!
「この錠前をイテモータノ? えっと……フブキ=サン?」鈍色メンポの下から響くカワチ・ダイアローグは、拍子抜けするほど甲高い。この落差で解体されたカンムスは少なくない。「アッハイ。やりました」だが、パイプ椅子に座るフブキは、クスリともせず真顔で答えられた。餓死寸前のニューロンが幸いした! 点滴された糖分で辛うじて意識を保つフブキに、タイコモチを理解する余裕はない。
「コレを。ハーホンマ」テイトクは金属片をボンボリにかざした。「コレな。VH(ヴーェリ・ハドー)鋼板やノニ。ブチ壊シヤネンで。この可愛らしいお嬢チャンが」テイトクが白手袋の中で弄ぶ金属片は、昨晩フブキが12.7cm連装砲で破壊した錠前の破片だ。
テイトクは、廃城に千年も置かれたような白い玉座に音もなく座り、問うた。「ナガト=サン。この錠前イテマエ言われたら、ドヤ?」「無理です」ナガトは生真面目に即答した後、唇を噛んだ。ナガトの誇る強力ギソウ、41cm・ツヨイ・カノンでも、VH鋼板を抜くことはできないのだ! カタイ!
国生みの神話に連なるジョモン・エイジに、シカイ・セイカンを滅ぼしたという戦艦ヤマト・タイプ。考古学上はその実在を疑う声も多いが、コーショー・ルインから時折発掘されるVH鋼板は、彼女達の残骸と言われている。「マ、エエわ。生かしといたり」テイトクはフブキの生存を暫時許可した。
「ならば、死ななければ裁量は自由──と」ナガトが黒い瞳でフブキを睨んだ。「セヤナ」テイトクはナガトを見向きもせず、執務机にお品書きのマキモノを広げた。緑の眼光が一品一品をサーチライトめいてなぞる。イザカヤ・バー「ホーショー」で最初に頼むべき一品を熟考しているのだ。
グググーググォーン。生きていられる。フブキのニューロンがそれを理解した瞬間、腹が吠えた。「アエエ……。スミマセン」腹を抑えて謝罪するフブキ。出し抜けに、提督室の隅でマネキンめいて直立していたムツが、腹筋を抱えて笑いだした。「あはははは……。うんうん。『腹が減ってはセプクもできぬ』よね」ムツは、江戸時代のツジギリテロ集団「フレッシャーズ」のコトワザを引用しながら、フブキの額を小突いた。
「フン。点滴では足りんか。食っていいぞ、貴様」「……ああ、その前にアイサツしろ。トク・タイプの、雑魚でも、そのぐらいは、できるな?」ナガトが不器用な嫌味を零した。フブキはパイプ椅子から飛び上がる。「アッハイ! ドーモ、ナガト=サン。トクワン・タイプ駆逐艦、フブキです!」フブキは、このチンジフで初めてのアイサツを交わした。
◆◆7◆◆
「食堂はねぇ……。アッチ・コッチ・ソノヘン。リョーショー?」ムツからアンニュイに食堂への経路を説明された。しかし飢えたフブキには必要なかった。生存本能のまま、カロリーの臭う方向に走るだけだ。食堂の扉は門と呼ぶほど大きく、白く、分厚かった。「タノモー!」フブキは返事も聞かずに扉を全開、中に転がり込む!
「空母アカギ食事中につき、立入禁止。ヨコスカ・チンジフは如何なる事故発生にも責任を負いません」ご丁寧にも、日・独・英の三ヶ国語で書かれた警告標識は伊達ではない! 食事中の空母アカギは、冬眠前の熊が狸めいて見えるほどの獰猛性を発揮して食糧を貪る。しばしば、食糧以外も!
ガッシャバグーン! その食堂は白を基調としていた。床は磨きぬかれた大理石、天井にはシャンデリア提灯、壁にはブッダ十二エンジェルのレリーフ。完璧に調和した大正時代の建築趣向であった。ガッシャバグーン! なお、この怪音はガッシャバグーン! 空母アカギがメインディッシュ、「ヌ級のドリア ディアボロソースがけ」を殻ごと喰らう音である! ガッシャバグーン!
食堂への全力疾走により低血糖がヤバイ・レベルに達したフブキ。その目はもう霞んで見えない。その耳には、アカギの発する怪音も、かつて母が歌ってくれた子守唄として聞こえている。
「♪アサリ……シジミ……ハマグリ=サン……♪」
おぼろげに見える長髪の女。母も長髪だった。彼女がオタマで掬うのは汁か。母の作ってくれたミソ・ジルなのか。フブキの意識は混濁していた。
奇遇! 今フブキが手を付いてヨタヨタと進む、果てしなく長いテーブルの向こう、空母アカギが啜らんとするその汁椀は、貝類山盛りミソ・ジルである! フブキは濃厚アミノ酸の発する悪魔的匂いに誘われて虎口へと自ら入る。飛んで殺虫LEDに入るバイオカメムシのごとくに! ナムサン!
フブキが力なく伸ばした手が、誰かに触れた。柔らかく、大きな。包み込むような手であった。
DOGWAAAN!! そして発砲! GYAOONE!! さらに発砲!手と手が触れたら発砲。これは如何なる因果か!?
──冷静な読者諸氏は、まずボクシングを想像して頂きたい。仮に、未熟なインファイター同士が頭を付けて打ち合っているとしよう。彼等は互いの顔など見ない。相手の足から体の位置の見当をつけたら、あとは闇雲にボデーを殴るだけだ。交錯する拳と拳。その精度は低いが、威力は重い!
空母アカギは20cm砲を所持する。飛行甲板にベコベコ・クライシスを引き起こすため禁じ手とされる武装だが、食糧を護る為なら発砲に躊躇いなどない。DOGWAAAN!! アカギの鮮やかな紅白の袴装束が、磨き上げた空母道防具が、中破ライクに無残に吹き飛ぶ。豊満な胸の突端をアサリが隠す。ゼンネンレイ!
ズッズ、DOGWAAAN!! ズッズ、GYAOOONE!! サツバツ! アカギとフブキは顔を合わせず、砲撃しながらミソ・ジルを啜る! 手持ちの汁椀が空となれば、食卓上の寸胴に満たされたミソ・ジルを直接汁椀で掬って啜る。サツバツたる会食にはアイサツも舌鼓もない。ただ貪食と砲撃あるのみ!
DOGWAAAN!! 啜りながら撃つ! GYAOOONE!! 撃ちながら啜る! 流れ弾に壁のブッダ十二エンジェルが次々と撃ち砕かれる。おお、ブッダは寝ているのですか! カンムス二人の描くこのマッポー絵図を、この惨劇を止めてはくださらないのですか!
ズッズ、DOGWAAAN!! ズッズ、GYAOOONE!! アンビリーバボー! とうとう二人は弾とミソ・ジルが尽きるまで、顔を合わせずに食欲を満たしきった。
「ご馳走様でした」アカギが満面の笑みで顔を上げる。「あらあら?」アカギがムツ・ライクな間投詞を発したのも無理はない。食堂の壁は蜂の巣となり、イオージマの激戦を描いた壁画めいていた。そしてホッペにはご飯粒。
そしてフブキは? フブキは如何に? 彼女は食卓上に身を乗り上げ、マグロめいたオブジェと化していた。その薄い胸板が僅かに上下する。生存! ブッダは起きていたのだ! もし、アカギが二つの汁椀を交互に啜る連装砲スタイルを取らなかったなら、どうか? アカギとフブキは直撃弾を応酬し、おそらくフブキは轟沈していた。
フブキの手には、その生命を救った汁椀が、しかと握られている!「おいしそう」アカギがフブキの細腕に手を重ねる。ナムアミダブツ!「でも、腹八分目ね」ゴリヤク! フブキの命を繋いだのは、ブッダの加護ではなく、アカギの健康志向であった。「お願いしまーす」アカギは真鍮のベルを鳴らした。
「挺身隊」と書かれた鉢巻装備のヨウセイ=サン達の群れが食堂へと突入する。掌に乗りそうな彼等だが、マッポー絵図と化した食堂を修繕するために馳せ参じた決死の義勇軍だ。また別の一団が湯気の立つ樽を持ってやってくる。アカギが夕食後に欠かさない抹茶樽を運んできたのだ。
バズソー。ネイルハンマー。ドリル。レンチ。セメント。木枠とワイヤー。アンコロモチ。ブッダの秘蹟めいたヨウセイ=サンのワザマエにより、アカギが抹茶樽を飲み干す前に食堂の修復は完了していた。中破したアカギの装束さえも元通りに! 「お風呂入らなきゃ」アカギは白く静謐な姿を取り戻した食堂を後にする。
ヨウセイ=サン達の業務はまだ終わらない。食べ残しや欠けた食器や壁の破片や焦げた薬莢やフブキやらを乱雑にドクロマークの巨大バケツに詰め込むと、食堂裏のゴミ処理施設へと運び込む。バケツの中身をワショイとぶちまけると、ヨウセイ=サン達は蜘蛛の子を散らすようにいなくなった。
ぬめる生ゴミに塗れながら、夢を見ている。眠るフブキは乳飲み子めいて、ミソ・ジルの残滓たるハマグリの蝶番をバリボリと咀嚼している。「オカアサン……」故郷からマイヅルへと赴く娘に託されたオマモリは、ディアボロソースに黒く染まっていた。夢に見る母の笑顔はやがて般若めいたトネ=サンの顔となり、彼女は教導棒を振りかざした。「ナムサン!」夢は終わった。
◆◆8◆◆
飢え渇いた哀れなフブキが、提督室をまろび出てから小一時間後。
ゴングラー。ゴングラー。扶桑型の艦橋を形象したウォールナット製壁掛け時計が奥ゆかしく鳴った。チンジフの昼が終わり、夜が始まったのだ。普段は大股にイザカヤ・バー「ホーショー」に直行するテイトクだが、今日は座したままムツの腹筋を視姦中だ。
「あらあら。もしかして、火遊びのお誘い?」下腹部に刺さるテイトクの視線を感じても、ムツはヨユウ・アティテュードを崩さない。「ムツ=サンや。あのコ、アカギが飯クートルのに行かしタン?」ムツの微笑が僅かに引きつる!「ムツ=サンもアコギやノー」臍。肋骨。豊満な胸。端正な顎。テイトクは緑眼でムツを舐めまわす。
「あらあら。ウッカリ」ムツは失念を装った。しかし、食事中のアカギが殺人バイオイナゴの大群めいた無差別捕食者であることは、チンジフの常識。最古参のカンムスの一人であるムツが、それを知らぬわけがない! ムツはコケシティッシュな微笑みを絶やすまいと努め、テイトクの出方を探った。
テイトクは、机上に広げていたお品書きのマキモノを丸めながら言った。「グッドバブルなら事故に見せかけてMIA(訳注:作戦中行方不明)。アカギが綺麗にオソージして証拠隠滅。セヤロ?」「あら。まさか」ムツの掌に重油ライクな汗が滲む。舐めたい。「ホンマ、ムツ=サンが一番ゴッツイ」「ナガトは所詮ヘタレヤシ」秘書艦の特権、一番風呂の主はクシャミをした。
「あのコ、フブキ=チャン見て、ナンゾ思い出サンカ? ムツ=サン」テイトクの鈍色メンポに夕陽が差す。禍々しい「提」「督」の二文字が赤く浮き彫りとなった。それを見たムツは、メンポから血が滲み出す幻を見た。「アシガラ……って言いたいの? テイトク=サン」
アシガラ。自らその名を言わねば、メンポに滲む提督の血がクナイとなって飛びかかり、心臓を貫かれるのではないか。因果律が破綻した恐怖。ムツの余裕は失われつつあった。「セヤ。アシガラ。大概やったナー」提督はムツから視線を外し、水平線に沈みゆく夕陽を見た。
「そうね」気取られぬよう、ムツは掌の汗を拭う。過剰に健全な太腿を限界まで露出させた、過剰に不健全なプリーツスカートで。アシガラ。彼女は飢えた狼と形容する他あり得ない、無数の兇状持ちのカンムスであった。提督が眺める夕陽にムツも視線を重ねる。「ひどい娘だったわ」自然と、ムツのニューロンに過日の吠え狂うアシガラの姿が思い浮んだ。
ムツは呟く。「命令違反。喧嘩。銀蝿。飲酒喫煙に不純異性交遊」そんなアシガラも膝に爆弾を受けて実戦部隊を退き、今では駆逐組の教官を務めている。「アシガラ。殺しても死なヘン感じ」「そうだった」「セヤカラ、フブキ=チャンもアカギに飯で食わせたぐらいでは死なヘンと?」
テイトクのテニヲハ誤用は、無論故意だ! この問いかけの真意は? テイトク=サンは己に殺意はなかったと擁護しているのか? ムツは訝った。ウン・ドージョーで見たフブキの姿。荒縄で拘束され、コラシメ・イポン杉に逆さに吊るされても、なおギソウを顕現せんとするその反骨。野良犬的気概。それは確かに感じられた。しかし。
「でも……」ムツはキムスメめいて返答に窮している。ハイクにも詠まれるように、秋の日はクレーン落とし。一瞬の沈黙の間に、夕陽は完全に水平線に没した。同時に対シカイ・セイカン探照灯に日が灯る。アーク放電がチンジフの空を焦がし始めた。「でも、ワイがアシガラをツコータ理由は、ナンヤ?」ムツは自らを抱くようにして、僅かな声を絞りだす「リアルカンムス……」
カンムス。それはゴウコンによりフナダマを宿した娘。ゴウコンとはフルイ語で「合魂」と表記され、処女の肉体にイクサ船の魂であるフナダマを宿す儀式である。娘に宿りしフナダマはカンムスソウルと呼ばれ、その超自然的戦闘力の根源となる。ゴウコンの神秘性はブッダの秘蹟に相当する、しかし!
ムツは己の震えを止めようとでもしているのか、細い二の腕に爪を立てながら、かすれがちに叫ぶ「リアルカンムス! ゴウコンに依らず、独力でカンムスソウルに目覚めた。いえ、目覚めてしまった稀有な存在。アシガラはそうだった!」
テイトクは即答しない。日没後の僅かな時間、世界のすべてが青に染まるマジックアワー。提督室も深海めいた色彩を帯びる。「セヤデ」テイトクは赤錆びた金属片を手にとった。再び沈黙が訪れる。
その沈黙に耐え切れず、ムツがまくし立てる「どんなに凶暴でも! 残忍でも! リアルカンムスは唯一無二の存在。だから許された。全てを!」「セヤナ」「でも、あのコは、フブキは違うわ!」「セヤロカ」テイトクはVH鋼板の破片を爪弾いた。それは、ムツの鎖骨の中間に当たり、汗を潤滑油として、豊満な胸の谷間に敷かれた蠱惑的レールを滑落していく!「ンアーッ!」ムツの嬌声!
健全なる読者諸氏よ。貴方がもし男性ならば、かの金属片に羨みを禁じ得ないであろう。しかし、それは今論ずべき事柄ではない!
「ソレ。証拠ヤロ」テイトクは膝から崩れ落ちるムツに構わず、マキモノを懐にしまい席を立つ。「あのコは……アン……違うわ……」ムツは艶かしい吐息の間に否定の言葉を紡ぐが、テイトクの姿はすでに無かった。しめやかなドアの音だけを残して。
「ハー。今日はノッケからチャワンムシやな」チャワンムシ! 大股にチンジフの赤ジュータンを踏むテイトクは、ボンとクリスマスの祝祭料理をイザカヤ・バー「ホーショー」で注文する腹づもりであった。
◆◆9◆◆
「砂抜き」というケジメがある。
ゴウコンによりカンムスソウルを宿したカンムス達の超人的肺活量は、10分程度の潜水なら苦にもしない。たとえ、キッコー縛りにされゴエモン・バスタブめいた満水巨大タライに沈められようとも、簡単には溺死しない。しかしガーボガゴボボボ! それが12分となればガーボボガ! フブキも限界が近い! ゴボボ! そう、今が砂抜きケジメの真っ最中なのだ!
「米泥棒、けっこう粘るっぽい?」ゴンガ! 鋲付き指貫グラブを装着し、打楽器めいて満水巨大タライを殴打するカンムスがいる。彼女はユウダチ。このチンジフで唯一、カイニ練度に達したカンムスであり、駆逐艦カーストの頂点に立っている。「12分だよ。いっちばーん! じゃない?」腰巾着第一位のシラツユが、風呂場の天井に向け中指を突き立てる。イケナイ! エックスレイテッドサインだ!
13分経過! 瀕死のフブキはつい先刻の出来事を思い出そうとするも、記憶の断絶を埋められない。一つは心温まる会話の記憶。「ひとつお願いを聞いてください」「このチンジフでは、お風呂で歓迎会をするんだよ」はにかみながら語った少女の栗色の髪。リスめいた瞳。
もう一つは悪夢めいた暴虐の記憶。フブキはキッコー縛りにされ、「はい。米泥棒な」と敗北主義的ショドーされた米袋を被らされ、満水巨大タライにイポン背負いで投げ込まれた。「オポーッ! エビじみて!」泣き笑いで奇声をあげ、一連の凶行に及んだ少女の栗色の髪。リスめいた瞳。
14分経過! フブキの記憶の断絶は何故? 酸欠によるニューロン機能低下なのか? 実際酸欠は重点であり、フブキの頭を覆う米袋から漏れ出ていた気泡が……止まった!
「このアサリ、砂も吐かない。失望したよ」腰巾着第二位のシグレの呟きが、カラオケ・ザシキじみて残響する。
そう、ここは風呂場である。そして、「砂抜き」とは、駆逐艦カースト内で行われる、残虐風呂場ケジメ行為の隠語なのである! ちなみに、現在風呂場に存在するカンムス全員が着衣である。ゼンネンレイ!
ユウダチ・シラツユ・シグレ。彼女等の属する駆逐艦シラツユ・タイプは、少数ながらヤバイ級の武闘派である。シラツユ・タイプは駆逐艦カーストを力で支配している。サツバツたる駆逐風呂場は彼女等の恐怖支配を確保する手段の一つに過ぎず、市井のセント(訳注:銭湯)のような憩いなどない。
「そろそろヤバイっぽい? イヤーッ!」ユウダチが鋲付き指貫グラブで裏拳を放つ。半円の残像を引いた一撃がタライを粉砕、ワザマエ! 溢水が市松パタンのタイルを濡らす。フブキはユウダチの足元に頭を向け、ツキジ・マグロめいて不動。 「シグレ、気付けするっぽい」 ユウダチが振り向くと、すでにシグレの両肩には高圧放水ホースが装着済! コンボ!
「おはよう。いい雨だね」シグレはセイラン・天気予報を告げるヨウセイ=サン的に無抑揚で呟き、高圧放水! 「はい、米泥棒な」と敗北主義的ショドーされた袋が吹き飛ぶ! フブキの顔が見えた。その顔面は蒼白。唇は紫に震えている。震えながら小さく開き息を吸う。唇がキッと結ばれた。アライブ!
フブキの無残な姿を見ておののき、ノメーンめいた無表情になっていたユウダチの顔が綻ぶ。「良かったっぽい! 流石に轟沈だと私も立場が──グワーッ!」ユウダチの体が真っ二つに折れる! 強制オジギ姿勢となったユウダチが見る市松パタンのタイル。その上には巨大タライの残骸のみ。フブキの姿がない!
0コンマ4秒前! 一呼吸でその体を励起させたフブキは、水を得たマグロめいた殺人タックルを敢行! 「イヤーッ!」「私も立場がグワーッ!」一瞬の慢心の隙を突かれ、ユウダチは鳩尾に頭突きの直撃を受けた! 「イヤーッ!」GYAOOONE!! さらなるカラテ・シャウトと共に、12.7cm連装砲の至近距離射撃。いわゆるワン・インチ・ファイアだ!
「ッポーイ!」しかし砲撃は空を切る! ユウダチは腹部に殺人頭突きを喰らい、迷走神経反射で胃液を吐瀉しながらも、UNIXめいた冷静な予測で追撃に備え、三連続バック転で距離を取っていたのだ。カイニ練度は伊達ではない!
「見つけたよ!」シグレは中腰姿勢で連装砲を突き出すフブキを発見。高圧放水! BARATATATATATA!! フブキは高圧放水を機銃カラテで迎撃! 機銃の猛威が水流を千切って濃霧に変える。密閉された風呂場空間に濃霧が立ち込め、視界はゼロとなる。
ああ、フブキはいずこに? このカラテを繰り出したフブキですら、今はまだ知る由もない。しかしこれは古代海上カラテ「霧隠れ」が、悠久の時を経て蘇った瞬間であった!
不意打ちの痛み。胃酸に灼けた口内。未知のカラテで白く塗られた視界。ユウダチは無性に苛立ち、闇雲に裏拳を放つ。「イヤーッポイ! ッポイ!」事態の急変に対応できず、ヒョーロクめいて立ち尽くしていたシラツユが、その猛威の犠牲となる!「きゃあっ! 痛いって──グワーッ!」フレンドリ・ファイアを受けたユウダチは5メートル吹っ飛び、壁画の烈風に激突する。
「チィィィッポイ!」ユウダチは舌打ちして目を凝らす! 白塗りの濃霧の中で、センコ花火めいて赤く曳光するその点は……奴の目であろうか? ならば格好の標的だ! 「ソコッポイ! ファイア!」PAZOOOM!! ユウダチの12.7cm連装砲はBタイプ、一味ウマイ!
発砲音の残響は瞬時にかき消され、霧の風呂場はハカバめいた静寂に支配された。ユウダチはその静寂に恐怖した。
──私は間違いなくあの赤い光をスナイプしたっぽい。なのに、この手応えのなさは何っぽい? ホラーっぽい!
「テイトクが着任しました」背後から、ジゴクめいたハスキーボイスが鼓膜をアンブッシュ! コワイ!
「オバケっぽい!」BARATATATATA!! ユウダチは振り向きざまに機銃を唸らせ、アンタイ・アンブッシュ攻撃! しかしその手応えはなく──再び、背後からのテリブルボイス!
「忘れ物。サンズリバーの渡し賃だよ」 ユウダチの頸動脈に突き立てられた砲弾は、先刻彼女が放ったものだ! その砲弾からは一切の熱が奪われていた。アリューシャンの流氷めいた冷気が、首筋からユウダチのニューロンへと忍び寄る。「ぽ……。ぽっぽっぽ、POOOOI!!」ユウダチの耳めいたアホゲが、野良猫に強襲された鳩のごとくに羽ばたく。許容量を遥かに超えた恐怖がニューロンを犯し──ユウダチはしめやかに失禁した。
フレンドリ・ファイアの犠牲となったシラツユ同様、ヒョーロクめいて立ち尽くしていたシグレ。しかし、ユウダチの絶叫がようやく彼女の意識を揺り起こした! UNIXめいた高速思考がニューロンを駆ける。──奴の動きは止まっている。攻撃せねば。奴は誰だ。まさか、これが噂の──
水とは明らかに異なる液体が、ユウダチの太腿に恥辱の跡を刻む。サセボからヨコスカにトレードされてから二年近く、駆逐艦カーストの女王であり続けたユウダチ。おお、なんと彼女には想像しがたき痴態であることか! シグレは思わず目を背けた。
その刹那!「イヤーッ!」「グワーッ!」鈍器の一撃にシグレの意識はシャットダウンされた。フブキは、シグレが視線を外した一瞬の隙に背後を取り、冷徹な砲弾でシグレの延髄を殴打したのだ。釣り上げた殺人ガツオを一撃でカイシャクする、カツブシ漁船員めいた一撃。これもまた、古代海上カラテの一型、「カツオタタキ」である!
古代海上カラテを二度までも使い、ヨコスカ・チンジフ最強の駆逐艦シラツユ・タイプの二艦を沈めたフブキ。しかし、その目からすでに赤い光は失せていた。糸が切れた三連ジョルリのごとく、フブキ・ユウダチ・シグレの三者は同時に膝から崩れ落ちる。市松タイルをヒノキ桶が転がり、カラコロと音を立てた。
オツヤめいた静寂の中、次第に霧が晴れていく。壁画への激突により気絶していたシラツユが目覚めた。彼女が見たのは再びツキジ・マグロめいて不動なフブキと、ポイと鳴くだけの濡れ犬と化したユウダチ。そして、コブラめいてうねる高圧放水ホースに蹂躙されるシグレだった。
繰り返すが、現在風呂場に存在するカンムス全員が着衣である。ゼンネンレイ!
「お、終わった?」ノビタキのような小声。風呂場の入口、磨りガラスの引き戸が小さく開いた。顔をのぞかせたのは、駆逐艦ムツキである。リスのような瞳をシラツユの手が塞ぐ。「ここにカンムスはいない。いいね?」「アッ、ハイ」
即答であった。ムツキの生存術は従順、その一点のみ。旧型駆逐艦ムツキ・タイプは、ヨコスカ・チンジフ内ではすでに戦力とみなされていない。彼女等は強者にへつらう術を磨き、このザクニクキュショク(訳注:弱肉強食)のチンジフで日々を凌いでいる。
◆◆10◆◆
風呂場でのマッポーめいた惨劇から、遡ること二十分。食堂裏のゴミ処理施設には、ヌタウナギ水煮の空き缶を蹴る少女がいた。ヌタウナギ水煮はこの時代、日本で最もポピュラーな缶詰である。「非番でも、することないからお暇にゃしぃ……。」この、あからさまに媚びた口調の少女は何者か?
賢明な読者諸氏は、訝ってはおられないだろうか? すなわち、少女がお風呂場で戯れるだけという、先章でのララバイめいた退屈描写により、いささかならぬ眠気を催している読者へ、作者が一種のバリキとして、このキワモノを配したのではないか? ……と。
アニハカランヤ! その少女の外見が、あからさまにムツキなのだ! リスめいた瞳。ハネ気味の短髪は奥ゆかしく栗色を基調としつつも、午後の日差しで僅かに赤味を帯びる。要所を緑に彩られた夏服セーラーはその華奢な肢体を涼やかに彩る。黒タイツはおお、なんと! テイトク指定の40デニールだ! 血色の良い太腿を僅かに透過させる、その黄金デニール数たるや、まさにマーベラスルーセント!(訳注:素晴らしき透け)
これはムツキに対する客観的な容姿の記述であり、それ以上でも以下でもない。
駆逐艦はチンジフの雑兵である。その駆逐艦カーストで最下層に置かれたムツキ・タイプ。彼女たちの心労をご想像頂きたい。自分を押し殺し、パーシリとしてバシャホースじみた毎日を送るムツキが、時折垣間見せるアナザーソウル。それが睦月なのだ。
「みんな……。もっと睦月を、大事にするがよいぞ!」ムツキはヌタウナギ水煮の空き缶を蹴り飛ばす。缶は何かに当たりムツキの額に反射直撃。イタイ!
「ふぇぇ……」涙目でキムスメ座りするムツキ。「壁に当たったかな?」無慈悲なことに壁ではなかった! 「およ?」塵芥から突き出した煙管型の吸気管に、僅かな傷。トクワン・タイプ駆逐艦だ!
ムツキは苛立ち紛れに缶を蹴り飛ばし、名も知らぬカンムスを傷つけてしまった。これは暴力沙汰でありケジメ案件である!
[[[[[ゴメンナサイ!]]]]]
ムツキは決断的に最オジギ姿勢を取り、五連発ゴメンナサイを繰り出す! これぞムツキ必殺のショセイ・ジツだ! ワザマエ!
空き缶が当たったのはギソウの吸気管だが、ギソウはカンムスにとっては手足の延長。当然に痛覚を覚える!
「ナムサン!」フブキはブディスト的間投詞と共に飛び起きた。夢心地ニューロンは今やニルヴァーナの彼方。鋭い痛みと最オジギ姿勢でゴメンナサイを連射する眼前の少女だけが現実であった。
「アエエ……?」UNIXはおろか、ペケロッパ級の演算すらおぼつかないフブキのニューロンでは、この状況を理解するのは不可能に近い。ヒョーロクめいた顔で立ち尽くすのが精一杯である。息切れして顔を上げたムツキと、フブキの目が合う。
「あれ? あなたは米泥棒。な、なんでもありませんごめんなさい!」
【【ゴメンナサイ!】】
読者諸氏には、ムツキのゴメンナサイ速度が低下したと思われるだろうか? 否! ムツキのゴメンナサイ速度はすでに秒間24発となり、ホーミー共鳴を起こしたゴメンナサイが唸りをあげているのだ! タツジン!
「い、いいよ? 謝らなくて」フブキは、痛みの原因と眼前のゴメンナサイ速射砲との関連性に、ようやく気づいた。「本当ですか?」「本当です」「責任の所在をウヤムヤしていただけますか?」「ヨシナにウヤムヤします」「それはヨロシク重点です」互いにオジギ姿勢でサラリマンめいた美辞麗句を交換し、再びフブキとムツキの目が合った。
「ドーモ、フブキ=サン。ムツキです」「ドーモ、ムツキ=チャン。フブキですアバーッ!」ケジメ級インシデント発生! UNIXコマンド並の厳格さを要するアイサツ儀式において「チャン」を誤用するとは! ムラハチにされても文句は言えない!
ムラハチとは「駆逐艦叢雲《むらくも》に8時間罵られるほどの精神的苦痛」を表す概念的用語であり、その実体は最悪な集団リンチである! 「アバーッ! 私チャン言ったと聞きましたか?」ムツキはオカメ・ライクに目を細めて言う。「聞かないので、ひとつお願いを聞いてください」
「ヨロコンデー!」フブキは最オジギ姿勢で目を閉じ、ムツキの宣告を待つ。すでにギソウの靴裏や煙突の煤なら舐める覚悟は完了していた。「えっと、一緒にお風呂に来てくれるかな?」「アッ……ハイ?」「あと、アイサツも終わったし、私のことはチャンでいいよ。フブキ=チャン」フブキは思った。このマッポー絵図じみたチンジフに、天使が舞い降りたかと!
堅苦しいオセジ・プロトコールの時間は終わった。フブキとムツキは、ようやく少女に似つかわしい笑顔を取り戻した。しかしムツキの笑顔が僅かに曇る「言いにくいけど、汚れてるね。フブキ=チャン」「ゴメンナサイ。泥棒だから……」「人格じゃなくて。服とか」「アッハイ」
見れば、フブキは残飯とヌタウナギの粘液に塗れ腐臭を発していた。その醜態は、控えめに言って死後三日経ったドブネズミであった。今すぐ風呂に入らねば手足が腐るだろう。今すぐに!
「フブキ=チャン。このチンジフでは、お風呂で歓迎会をするんだよ」ムツキはフブキの手を取り、風呂場へと曳航中である。フブキは知らない。欺瞞的駆逐浴場は、血も凍るムゴイ級処刑場であることを! 「フッ・フッ・フーー・フッ・フッフーー」ムツキの口笛は耳慣れぬメロディで、やけにスタッカートが効いていた。
「それ、ヨコスカで流行ってるの?」フブキは聞いた。「そうだよ」欺瞞! ムツキはフブキと視線を合わせぬよう、口笛に合わせて頭を左右にドリーした。リスめいた瞳が潤んでいた。欺瞞的口笛はヨコスカ・ローカルのモールス信号。ムツキが繰り返す「サバ・サバ・サバ」は、「敵艦鹵獲セリ」を表す暗号である。敵艦とは無論、フブキ!
折しも、特権的一番風呂を堪能せんと脱衣所に来ていたユウダチは、犬耳ライク・アホゲにて欺瞞的口笛を聴取した。「さあ、素敵なパーティしましょ!」ユウダチはギソウを装着し、秘密周波数で無電を送る。シラツユ・タイプの僚艦を、無慈悲なケジメの観客として召喚するために。
哀れなフブキが脱衣所に着くと、すでにシラツユ・タイプの三艦がギソウを纏って待っていた。「アエエッ! シラツユ・タイプ! 三人も! ヤッターカコイイ!」フブキからこぼれた感嘆の声。その、なんと純粋であったことか!
マイズル・チンジフにて不遇をかこつ日々、フブキは毎夜カンムス図鑑を眺めて心を癒していた。「実戦派駆逐艦、シラツユ・タイプ」穴のあくほど見つめたカンムス図鑑。その写真通りの三人が、いま目の前にいる! フブキには、彼女たちがブッダエンジェルのごとくに輝いて見えた。アイロニー! 彼女等はブッダデーモンより冷酷な処刑者だというのに!
「フン。この米泥棒はアイサツもできないっぽい?」ユウダチが顎をしゃくる。蝶リボンを正面に飾った長い金髪が、ササラめいて流れた。「アバーッ! シツレイでした。ドーモ──グワーッ!」アンブッシュ! アイサツは中断された!
ユウダチの顎動作は、フブキの背後で身構えるムツキへの合図だったのだ! 「カンニーン!」ムツキは奇声を上げながら、フブキの頭に袋を被せる。米袋には敗北主義的ショドーで、「はい、米泥棒な」と記されている。かくして、凄惨なケジメが開始された!
「見えない、見えませんアバーッ!?」視界を奪われ、混乱するフブキ。「カンニーン!」ムツキは、その背後から渾身タックル! 「痛いよアバーッ!」顔面を強打しのたうつフブキ。「カンニーン!」ムツキはフブキをさらに縛めるため、荒縄でキッコー縛りにしていく!
「さすが、ムツキは手馴れてるっぽい」 ゴウランガ! シラツユ・タイプ三艦がヨコスカ・チンジフにトレードされて以来、この血も凍るケジメ行為は、新入り駆逐カンムスへの恒例行事なのだ! そしてムツキも、この非道なケジメ行為に毎度加担させられているのだ!
「今回は米泥棒に相応しく、米袋のオプション付きだ。失望させないでくれよ」シグレが冷めた目で見下ろしている。「何分持つかな? いっちばーんを狙ってね!」シラツユがストップウォッチのネジを念入りに巻いている。シラツユ・タイプはこの残虐ケジメ行為により新入り駆逐カンムスに恐怖を植え付け、支配構造の礎としているのだ。コワイ!
ムツキは泣いている。顔で笑ってソウルで泣いている。なぜ米袋をかぶせねばならないのか。なぜキッコー縛りにせねばならないのか。久しぶりに何の気取りもなく、チャンで呼び合ったばかりのその相手を。当然だ。シラツユ・タイプに逆らった駆逐艦は、ヨコスカの朝日を拝めないのだから。
「オポーッ! エビじみて!」 ムツキは涙を奇声に変え、ひたすらに強く縛る。「カンニーン!」そして、渾身のイポン背負い! フブキを満水巨大タライに轟沈せしめた! ワザマエ!
──その後のマッポー的惨劇の顛末は、読者諸氏がすでに御覧の通りである。フブキは、何かに憑かれたような凶行に及び、シラツユ・タイプを粉砕した。ユウダチとシグレはシラツユが自室へ運び、フブキはムツキが医務室へと運んだ。当然、二人とも事の次第を誰にも語らなかった。
◆◆11◆◆
惨劇から一夜明けた。スズメの戯れる声がして、フブキは目覚めた。また医務室の簡素な寝台だった。朝の光が眩しくて、フブキはウェイアンコー(訳注:抜錨)めいた寝返りを打つ。すると、枕元に巨大なスズメがいた。否、ムツキが突っ伏して寝ていたのであった。
栗色の髪の下敷きになった、ささくれたか細い指。その先に紙片。包装紙の裏に書かれた丸文字が見える。字は震え、最後の一文字は滲んで読めない。「ご め ん な さ──」 その下には銀紙の包みがあった。
「いいよ」フブキは銀紙を剥いて、ヌタウナギ・ガムを手に取る。一口噛むとあふれる粘液。そして潮臭い苦味。「おいしいよ。ムツキ=チャン」それでもフブキは、ムツキが起きるまでガムを噛み続けた。粘液あふれる潮臭いヌタウナギガムを。
ヌタウナギは、円口目ヌルイ科に属するウナギめいた生物である。まだ漁業が成立していた時代には、彼等は深海に沈んだ生物を粛々と腐食する分解者に過ぎなかった。彼等は時折漁網に紛れ込んでは大量の粘液を発し、その重量で網を破壊しては漁師に疎まれる。その程度の卑小な存在に過ぎなかった。
しかし。このマッポーの世において、よもやヌタウナギが主要な食料になろうとは、ブッダの智慧をもってしても想像できなかったのではあるまいか? この経緯も説明せねばなるまい。ヌタウナギがシカイ・セイカンの残骸を喰らうことが発見されたのは、約二十年前のことである。
その数年後。日本政府直属の極秘研究機関「オクライリ」は、禁断の研究報告を上梓した。それは、シカイ・セイカン・ヌタウナギ・人間の三者を、食物連鎖で繋ぐという驚愕の内容であった! 毎年百万人弱の餓死者を出していた日本政府は、なんとこれを許可した!
かくして、一億の日本国民はヌタウナギを食しはじめた。ヌタウナギはシカイ・セイカンの死骸さえあれば容易に養殖可能であった。また、シカイ・セイカンを食したヌタウナギには必須アミノ酸の全てが含まれていた。つまり、食味以外の全ての面で理想的なタンパク源であったのだ。そう、粘液と潮臭みあふれる食味以外は!
◆◆12◆◆
朝のウン・ドージョー。鉄骨組の朝礼台に、秘書艦ナガトが仁王立ちしている。訓示の時間だ。ナガトの隣でコケシめいて直立するのはフブキである。よく見れば、フブキの膝は細かく震えている。コケシと振動。よもや、タノシイコケシを連想したヨコシマな読者諸氏などはおられぬであろうか? おられるならば、自らを決断的にケジメしていただきたい。
見慣れぬ顔にザワめくカンムス共。秘書艦ナガトは舵めいたハイヒールで鉄板を一踏みした。パンジャン! ドラじみた轟音が、ウン・ドージョーに静寂をもたらす。「紹介する。マイヅルからの特別研修生、フブキだ。今日から駆逐組に入る。歓迎してやれ」
《──マイヅルとアレしてもナニやし。転属はアカン。名目はヨシナで頼ムデ──》ナガトは、テイトクの曖昧模糊な指示を思い返して歯噛みする。マイヅルに記録を照会すると、確かにフブキなるカンムスが所属していた。しかし、訓練記録も出撃記録も一切非公開だと言うのだ。まともな理由など付けられるわけもない、ならば──。
ナガトはフブキに紙片を渡した。ナガトの黒い目は無言で命じている。一言一句間違えずに読めと。「アッハイ」フブキは小声で答え、朝礼台の中央に進み出る。そして、千秋楽でオスモウ・チャンプにヒョーショージョーを読み上げる某国大使めいた甲高い声を張り上げた。
「ドーモ、皆さん。フブキです。私はマイヅル・チンジフ所属でした。だが、病気のため、カンムスとしての教練は、座学のみ、履修してきました。この度、快癒に伴い、実習開始の運びとなりましたが、マイヅルは、これをサイオーホースとすべく、最も駆逐の運用が充実した、ヨコスカで学べと命じました。ヨシナに、オネガイシマス!」
読み終えたフブキは最オジギした。ウン・ドージョーは一瞬の沈黙に包まれた。フブキは恐る恐る頭を起こし、壇上から居並ぶ数十のカンムスを見た。彼女たちは互いに顔を見合わせるばかりだ。
……これは無反応? 拒絶? シカト花札?
やがて、まばらに拍手が起こった。その数秒後、ウン・ドージョーは拍手と歓声に包まれた。CLAPP!! 「カチコチカワイイ!」CLAPP!! 「マッカカワイイ!」CLAPP!! 「イナカカワイイ?」CLAPP!! 「ヨロシクカワイイ!」おおむね、好評である!
秘書艦ナガトは、舵めいたハイヒールで鉄板を一踏み。パンジャン! ドラめいた轟音で、再び静寂が訪れる。「朝の訓示は以上。各自配置に就け」BROOOOW!! ムツが法螺貝を吹き、訓示は終わった。ムツは、この法螺貝を吹くためだけに、朝礼台の横で直立していた。
◆◆13◆◆
一限が終わりに近づいている。木造校舎の一室に教科書を朗読する声が響く。朗読しているのはフブキだ。隣の席のムツキから借りた教科書、『対深海闘争史・序』を、背筋を正して読んでいる。「真面目っぽーい」最後列の窓際でユウダチが呟く。その右にシラツユ。その右にシグレ。一帯は、シラツユ・タイプの専有する教室一等地であった。
『……かくして、ヌタウナギ水煮が大量生産されることにより、日本人は慢性的タンパク不足から救済されたのです。ヌタウナギ水煮の製造工場、およびヌタウナギの養殖法は国民には極秘です。しかし、これは国民の安定食料供給のため、やむを得ぬことなのです。』
フブキは、模範的速度で立て板に水の朗読を終えた。教官が言う。「よろしい。そこまで」フブキは着席を許可されたのか判別できず、立ったまま隣のムツキを見た。教官はフブキに構わず問う。「では、極秘とされるヌタウナギ水煮の製造工場。それはどこにある? ──そこ、キサラギィ!」 SNAAAP!! 教官はノーモーションでチョークを射出!
紫紺のジャケット。黒のスカート。やや性的な曲線をタイトな衣装に包み、肘から先には白手袋。ウェーブの効いた長髪には、アンテナを模ったヘドギア。一見柔和な女教師じみた外見だが、それを決定的に否定するのは、狼めいた鋭い眼光! そう。彼女こそが、駆逐組教官にして伝説的リアルカンムス、マスタ=アシガラである!
アシガラがチョークを放つとき、命の炎が一つ消える。彼女が晩酌の肴とする自作焼き鳥は、スズメやカラスやハトポッポをチョークで射止めて調理したものだ。スラッグ弾めいた殺人チョークが迫る。スヤスヤと眠るキサラギの頭に、ピンクの羽めいたアクセサリごと頭蓋骨を射抜かんと迫る! アブナイ!
ムツキに促され、着座したばかりのフブキの右コメカミをかする軌道を描き、第一殺人速度に加速されたチョークはキサラギを襲う! そしてキサラギは──微動だにせず! 哀れ、アノヨへのヘンロの旅に? 「ヌタウナギはもうイヤです……」寝言! キサラギは生存している! では、殺人チョークは何処に?
「マスタ=アシガラ。この、チョーク、あの、どう……すれば?」 フブキは右手を曖昧に上げる。人差し指と中指の間、確かに存在する一本の白き棒! それは、間違いなくマスタ=アシガラが放った、必殺のチョークであった。(止めた?)(マスタ=アシガラのチョークを)(ありえない)私語が死後となるアシガラの授業では非常に稀なことではあるが、さすがに駆逐達もドヨメキを禁じ得ない!
アシガラとフブキは無言のまま、しばし見つめ合う。アシガラの鋭い目が見開かれ、やがて僅かに潤んだ。しかし、この時のフブキにはその意味を知る由もなかった。
「チョークはやる。代わりに答えろ。フブキ。どこだ?」「ハラショー島です」「……アタリだ」アシガラは教本を畳んだ。「今日はここまでだ。キサラギは起こしておけ」アシガラが言い終えるや否や、級長のムツキが号令を発した。
「キリーッ!」号令にキサラギが飛び起きる! 「レイ!」 「「「「アリガトゴザマシタ!」」」」駆逐組全員の、一糸乱れぬ最オジギ! アシガラはやや右足を引きずりつつも、悠然と教室を去る。その間、駆逐達は最オジギ姿勢を堅持していた。「あいつ、化け物っぽい……」ユウダチは最オジギ姿勢のまま、フブキが手に持つチョークを見ていた。
「やるって言われても、チョークなんて──アバーッ!」DIIIING DOOONG!! 授業終了を告げる鐘の音が時限信管を作動させたかのごとく、チョークが榴弾めいて爆裂した! 「アバーッ! 制服汚れちゃうよアバーッ!」フブキの一張羅、緑と紺が不揃いに配された、いかにも田舎臭いセーラー服が粉塗れになる!
「フブキ=チャン! 擦ったらダメ!」「……あら。もしかして、助けていただいたのかしら? お返しをしませんと」ムツキとキサラギは、チョーク粉を落とそうと躍起となるも、その甲斐なくフブキは無慈悲な白い粉末に汚染されていく。決して白い液体にではない。ゼンネンレイ!
「イヤーッ!」ついに、フブキは自らにフートン叩きめいた掌打を見舞い始めた! 「イヤーッアバーッ!」「目が、目が痛いよアバーッ!」必定、自爆である!
その喜劇的光景を遠巻きに見ていたのは、シラツユ・タイプの三人であった。「頭はアレっぽいけど、カラテはヤバイ級だよ、あの子。関わらないのがいっちばーん……かな?」珍しく小声でシラツユが言う。「フッ。雨は、いつか止むさ。好機を待とうか」シグレも同調する。
「なに? 二人ともビビってるっぽい? 敗北主義っぽい!」ユウダチは年齢相応の胸を張り、鋲付き指貫グラブを装着する。授業中は優等生を演じるために外しているのだ。何たる欺瞞的態度!
「私、昨日はちょっと油断しただけっぽい! 今日こそソロモンの悪夢を見せてあげるっぽい!」
威勢を張りながらも、ユウダチの目が泳いでいたのを見逃す二人ではなかった。「ヨリ!」「ドリ!」「ミドリ!」窓に向け奇声を発しつつ、ジャブを繰り出すユウダチ。その後ろで、シラツユとシグレは目を合わせて頷いた。「ポイ! ポイ!」ユウダチはワンツーポイポイのシャドーを反復していた。
◆◆14◆◆
ヨコスカ・チンジフ南南東、百四十五海里。
艦隊が浅海に差し掛かると、水平線に掲揚塔めいた三本煙突が見えてきた。ハラショー島ヌタウナギ加工場である。
テンリュウが叫ぶ。「全艦微速! 缶は焼けてないな?」「やっと着いたっぽい?」ユウダチは鋲付き指貫グラブで額をぬぐった。疲弊しきったその姿。普段のジョックス的増上慢は見る影もなく、犬耳ライク・アホゲもヘタレている。テンリュウ以下五艦は、ようやく死地を脱した。
──遡ること、十六時間。
教練終了から夕食までの、短い自由時間のことだった。チンジフ各所に配されているチャボウズ社のスピーカーから、ナガト秘書艦の声が響いた「司令部から連絡。以下のカンムスは、ウン・ドージョーのイポン杉前に整列せよ。テンリュウ。タツタ。ムツキ。キサラギ。フブキ……」そこまで聞いて、ユウダチは嗤った!
自室で隠匿センベイを齧るユウダチ。そのニューロンは、名の上がったカンムス達の戦歴を、UNIXめいた高速検索で参照し検討、弾き出される結論! 「ハッ! あのクズ共、とうとうステカンにされるっぽい!」ナガトは僅かに苛立った声で続けた。「……そして、ユウダチ」
「アエエエ? ユウダチ、ユウダチナンデ? アエエ?」教導棒でコメカミを殴られたかのような衝撃に襲われながらも、ユウダチは走る! 「三分で整列完了せよ。繰り返す……」 遅刻はケジメ案件。時間厳守重点なのだ!
ユウダチが駆けつけると、ウン・ドージョーにはオオヨドの姿があった。彼女は軽巡洋艦ながらも参謀という要職を務め、さながら頭脳戦艦とでも呼ぶべきチンジフの枢軸艦である。オオヨドが教練や作戦行動などをすることはなく、普段は作戦室か電探室でモヤシガールを決め込んでいる。その彼女が、午後の日差しに眼鏡を晒している。不吉だ!
「私がステカンにされる理由なんて……」ユウダチは、自らの行状をUNIXめいた高速検索で参照し検討、弾き出される結論! 「いっぱいありすぎるっぽい!」もし、ユウダチが隠匿センベイで乾いた喉をオチャで潤していれば、過剰水分による失禁は免れなかったところである。
「お早いですねユウダチ=サン。トンボのようです。秋の気配を感じますよ」オオヨドの淀みないサラリマン・オセジ! 戦闘艦ではない彼女だが、オセジ一つにも漲るカラテには、流石に枢軸艦の風格が漂っていた。アンダーリムの眼鏡が鈍く輝き、ユウダチには死神のカマめいて見えた。
ユウダチは飼い主に粗相を詫びるシバ・ドッグめいて、わめく!「今までのことは湯で洗います! 眼球の着色を変えて頑張ります! ステカンをやめて懇願します!」何たる無教養オセジであることか! 焦燥に駆られるユウダチに、オオヨド並のサラリマン・オセジは不可能であった。
オオヨドは、眼鏡をかけ直してから言った。「ユウダチ=サン? ヘイキンテキを保ってください。今日お願いするのは、ただの輸送任務です。ステカンなんて使いませんよ?」「……アエエっぽい?」ユウダチはヒョーロクめいて立ち尽くす。乱れた息が整う間に、前二艦、後ろ三艦の複縦陣がやってきた。
陽気に手を振りながら、眼帯のカンムスがやって来た。「おうオオヨド。どうせまた輸送任務だろ?」三歩遅れて、泣きぼくろのカンムスがやって来た。「死にたい船はどこかしら?」古参テンリュウ・タイプの二艦である! 彼女等の放つテンキョー(訳注:比類なき知性)・アトモスフィアはあまりに独特であった。
テンリュウ・タイプは、度重なる遠征任務で頭のネジを海に落としてきたのではないか? ……と、ユウダチは常に訝しんでいる。しかし、それを口にする愚は犯さない。無論オクビにも出さない! ユウダチは第一オジギ姿勢を堅持し、次なる行動を思案する。
実際、テンリュウ・タイプは軽巡洋艦の末席に過ぎない。しかし、艦種が決定的な身分の差となるチンジフにおいて、上級艦種にシツレイ行為をはたらけば、すなわちケジメが待っている。それを知らぬユウダチではない! 「ドーモ。テンリュウ=サン。ならびにタツタ=サン。ユウダチです」第二オジギ姿勢からの、高難易度ダブルアイサツが見事に決まった。ワザマエ!
しかし、二人はユウダチのダブルアイサツを一顧だにせず! 「オオヨド=サン。オレを前線に出せってテイトクに言っとけよな」「戦闘任務なら、私のほうがテンリュウ=チャンより上手でしょう?」ユウダチは負け犬めいて唇を噛む。アイサツを完全無視されることは、ドゲザ級の屈辱だ!
(オジギを返せ、このテンキョー共!)ユウダチは、心中にダブルエックスレイテッド単語を去来させながら耐え忍ぶ! ニンニク!
怒りと屈辱に震えるユウダチが目にしたのは、さらなる不可思議光景だった! あの米泥棒フブキが、ムツキ・タイプの二人に左右から腕を抱かれながら微速前進中なのだ!
「すごいよフブキ=チャン」「アエエ……」「まったく、すごいわよ」 美少女二人に両脇から褒めちぎられる、冴えない田舎者という不可思議配置! 何たる軽小説ハレム主人公的退廃態度であることか! ユウダチは呟く。「き、昨日食べ過ぎたポンシャブが、今頃効いてきたっぽい?」
ポンシャブ。それは疲労を超回復し、ニューロンをキラキラにする鍋料理の名称である。ポンシャブの由来は、シャブシャブ風に茹でた魚介や野菜を、ポン酢でいただくことによる。ポンシャブは完全合法料理であり、実際健康悪影響は一切無い。
ポンシャブ鍋の真正面に陣取るのは、ヨコスカ・チンジフ唯一のカイニ練度駆逐艦としての特権である。ぐらぐらと煮立つ紫色の鍋を、小皿に取り分けては喰らい、取り分けては喰らう。そうして、ユウダチは記憶が飛ぶまで鍋を貪り、至上の幸福感にニューロンを浸すのであった。
「マスタ=アシガラのチョークを止めた人なんて、見たことないよ?」「ぐ、偶然であり、ワザマエではありません」「フブキ=チャン。実習したことないなんてウソでしょ? マイヅルの秘蔵っ子だったじゃないの?」「あ、アエエ……」困惑のフブキを挟み、ムツキとキサラギの質問十字砲火。談笑的態度の三人が、イポン杉を背にしたオオヨドの前に居並んだ。
ふと気づけば、駆逐三人はユウダチにアイサツも済ませていない! 日頃の駆逐共の自分への畏敬の念はいずこへ? もしや自分は、カイニ練度無意味的状況に投げ込まれたのか? ユウダチは戦慄した。「はいはーい。皆さん、緊張感が足りなさすぎですよ。時間前集合のユウダチ=サンを見習ってください」ユウダチの自尊心は深海底から急速浮上した!「オオヨド=サンの言うとおりっぽい!」
オオヨドはアンダーリムを爪先でなぞると、マキモノを広げた。「はい。ここに手引書があります。どうせ読みませんよね? 貴方達」「おう。よくわかってんじゃねーか」テンリュウは悪びれる素振りもない! 「では口頭説明で。一度しか言いませんよ」「わわっ。 メモしないと」フブキはスカートのポケットに手を入れた。
制服のスカートにポケットがある。おかしいと思いませんか。あなた。
実際、標準的マスラヲの殆どは、この真実を知らずにアノヨへと逝く。なんと。セーラー服のスカートには、ポケットが装備されているのだ! これは国家機密であり、その漏洩はセプク案件である。図らずしてこの真実に触れてしまった読者諸氏は、シャカリキを決めていただきたい。
フブキがポケットからメモ帳とちびた鉛筆を取り出す。それを見てムツキが笑う。「輸送任務にメモとか要らないよ? フブキ=チャン」「アエエ?」フブキの頭上に疑問符が浮かび、ヤジロベめいて揺れている。それでも、その手は律儀にメモを取っている。
オオヨドは一連のやりとりに構わず、事務的に通告する。「旗艦テンリュウ。軽巡は空缶満載。駆逐は用具一式を所持の上、餌用イ級を1匹曳航。南南東100海里地点まで到達後、漁労開始。ハラショー島で物資引渡しの後、半舷休息。帰還時には各艦水煮缶満載のこと」任務説明の文言はトンボじみて風に乗り、秋空に消えていった。
ムツキは、リスめいた目でフブキの綴るメモを見ている。「任務内容、メモしてどうするの? 誰かに見られたら軍機漏洩だよ?」「アエエ……。しかし、任務失敗はケジメ案件の事ですね?」サラリマンめいた言葉遣いは、困惑したときのフブキの癖だ。ムツキとフブキは、相互に理解不能アトモスフィアを漂わせている。
その時、珍事が起こった! テンリュウと自分の二人だけの世界に生きているがごとき、リリー(百合)的態度を常とするタツタが、他人の会話に割って入ったのだ! 「構わないわ? 自分のやり方で、どうぞ」「アッハイ。アリガトゴザマス」フブキが声の主を見ると、吸い込まれそうな茜色の瞳と目が合った。フブキは慌てて目を逸らした。
「えー。続けてよろしいですか? 要するにいつものアレです。用具を持って出港さえしていただければ、半分寝ていても目的地には着くでしょう。あとはヨシナでヨロシク重点です」オオヨドは早口で言い捨て、マキモノを高く放るとチンジフ正門へ踵を返した。「イヨッシャー!」テンリュウは前方回転ジャンプでマキモノをキャッチ、体操選手めいた着地を完璧に決めた! ワザマエ!
「漁労……。水煮缶満載重点……。」メモを読み返すフブキを見て、キサラギがはたと手を打った。「あっ。もしかして……フブキさんは、遠征任務のことを、ご存知ないのではないでしょうか?」キサラギは、栗色の長い髪を指先に絡めながら、遠慮がちに聞いた。「……アッ。ハイ……」フブキは、消え入るようなか細い返事をした。イポン杉前の一同に、ざわめきが走る!
如月は目を見開いて急接近。フブキの手をとって指を絡ませる! リリー!「ああブッダ! やっぱり、実戦専門の特殊カンムス部隊にご所属だったのですね! フブキ=チャン!」堰を切ったように、インタビューの嵐がフブキを襲う!「ブッダエンジェル……。駆逐のくせに実戦オンリーかよ! お前、どんだけエリートなんだよ」「あら、さぞかし夜もスゴいのかしら?」「あ、ありえないっぽい……」
「ア、アノ。エット、ソノ……」インタビューの嵐に翻弄されつつ、フブキはコケシめいて固まっていた。見かねたムツキが声をかけてくれた。「えっと、フブキ=チャン? 遠征任務は、ギソウの半自動航行機能を使えば、座標も時間もどうにでもなるんだ」「う、ウン……」フブキは、キサラギに指を絡まれたまま、首だけ横を向いて答えた。
ムツキは小動物的に首を縦に振りながら続けた。「うん。でも、実戦はそうもいかないもんね……やっぱりスゴイね。フブキ=チャン。うん」ムツキのリスめいた瞳が輝く!「あっ!? そんなに優秀なら、もしかして南方の最前線にいたの? だったらスゴイ級! もはやヤバイ級だよ! フブキ=チャン!」ムツキは夢想的ソンケイを募らせ、ブッダのごとくフブキを拝み始めた! ナムサン!
フブキは、己が一瞬にしてキンカク・テンプルの高みに祭り上げられてしまったことに戦慄し、失禁寸前だった! なぜなら、フブキは実戦はおろか、遠征任務に「すら」出たことがなかったのだ。当然、ギソウの自動航行機能など知る由もないフブキが、任務の説明を聞いて律儀にメモを取ったのも、無理からぬことであった!
「じ、自分は一駆逐として、本分を果さんと奮励克己して参りましたが、如何とも戦局厳しく、力及ばぬ所大であり……」焦るフブキは、サラリマン的言明癖のままに舌を駆動し、意味不明語彙を羅列するばかりであった。それを聞き、タツタは口元に黒手袋を添えて艶めいた笑みを浮かべる。「いやねえ。堅苦しいわ。もしかして、マイヅル・チンジフはみんなこうなの? ねえ?」
タツタが軽く身を捩る。悪趣味になる手前まで胸部を繰り抜いた上着から白いブラウスが突出し、豊満強調的艦影が秋の陽に浮き立つ。そしてなんと、タツタがフブキに流し目を送っている! テンリュウの立場は? もしや、突発的トライアングル・リリー状況なのか? ヨロコンデ!
「まあまあ。いくら優秀なフブキ=チャンも、そんなにいっぺんにお話されたら、固まってしまいますわよね?」キサラギは、ようやくリリー的に絡めた指を解放した。「アッハイ……エト、お話は後で、ユックリ」キサラギからの助け舟に、フブキは思う。駆逐艦ムツキ・タイプは、タムロする如来かと! しかし、フブキは忘れている。そもそも、このインタビューの嵐を呼んだ張本人がキサラギであることを。 これはコトワザに言う「消防局謹製の時限爆弾」だ!
「ヨッシャコラー! 嫁入り支度の時間だ、お嬢様共。フブキ様の武勇伝は、波の上で聞くとしようや!」旗艦テンリュウの号令が下り、一同は遠征の支度に取り掛かった。フブキは作業の最中、マグロめいた目で必死に弁明の台詞を考えていた。しかし、そのペケロッパ並の頭では、どんな理屈もひねり出せそうになかった。
◆◆15◆◆
任務開始のその瞬間、全ての欺瞞は露呈した!
なぜなら、フブキは自力では直進航行すらおぼつかなかったからである! ブザマ!
──そして、二時間後。ヨコスカ・チンジフ南2海里。フブキは目を泣き腫らしつつ、心中で末期のハイクを詠んでいた。
(改になりたくない/海の底の貝になりたい)
もし、両腕をムツキとキサラギに支えられていなければ、フブキは今この瞬間にも12.7cm連装砲でセプクするであろう。まさに、父親に上下揃いの下着を買い与えられ、目の前で着替えさせられるレベルの恥ずかしさであった。
「まさか、基本の航行もできないなんて……。アッ。悪口じゃないよ。うん」ムツキは白い手で口を押さえる。「本当にカンムスなのかしら……あっ。ゴメンナサイ。フブキ=チャン」キサラギはグッバイハンズ。フブキは補助輪自転車めいてフラつきながら左右を支えられ、辛うじて微速前進を続けている。
「餌運びが私の担当なのは納得できないけど、あの米泥棒が恥をかいてるのは爽快っぽい!」ユウダチは、駆逐三人の後方で毒づいている。腰に巻いたロープの先には、口中にアンカーを撃ち込まれた哀れなシカイ・セイカン・イ級が一匹牽引されている。ドウグ社製のアンカーロープは強靭そのもので、重量数トンに達するイ級の曳航にすら耐える。タクミ!
「全艦原速に増速! 落伍する奴は水平線に置き去りだ!」ボボンボボンボ。混焼缶から太い排煙をたなびかせ、単縦陣の先頭を行くのは旗艦テンリュウ。外洋航行の基本速度である原速を指示した本人は、どう控えめに見ても一段上の強速まで加速していた。
必定、テンリュウは後続艦に大きく水を開けていく。それを見てユウダチは呟く。「まったく、テンキョーっぽい」「そうかしら?」サプライズ! 振り向けばタツタがいた。「ねえ? いま、テンリュウ=チャンになんて言ったのかしら?」ユウダチの喉元に突きつけられたのはタツタ・グレイヴ。カラテが刃物の形をなした、オリジナル・ジツだ!
タツタの狂執的テンリュウ・リリーな態度は、無論ユウダチも知るところである! 一撃必殺のオリジナル・ジツを突きつけられ、ユウダチは心中で末期のハイクを詠む。(表門のタイガー、裏門のタコ)──これではハイクではなくコトワザだ! しかし、物理的カイシャクの時は訪れない。
息がかかるほどの近くで、タツタが囁く。「秘書艦ナガト=サンが言ってたわ。『シラツユ・タイプは、風呂も静かに入れんのか』……って。うふふ」「アバーッ!」ムザン! 精神的カイシャクの刃が、ユウダチの中枢ニューロンを両断した! 「砂抜き」と称した風呂場での新人ケジメが、秘書艦ナガトにバレていたのである! ナカヨシ重点のチンジフにおいて、リンチは言語道断のセプク案件である。
ユウダチは震える舌を必死に駆動する!「間違いです! 忘年会の一発芸に備えて、タライにサーベルを刺して脱出する練習をしていたら、不器用な新人が勘違いして大騒ぎになったっぽ──グワーッ!」ユウダチの気道をグレイヴの柄が激しく圧迫する! 「んー。斬新な命乞いね。永く苦しみたいのかしら?」頸動脈の圧迫と異なり、気道の圧迫は永く苦しむが、容易には気絶へと至らない! クルシイ!
「アバッ。アババ───アエッ?」ユウダチがアノヨへ旅立つ寸前、タツタが拷問の手を止めた。困ったわ、とでも言いたげに眉をひそめて言う。「あら。コレじゃまるでリンチね。リンチなんかしたらセプク案件になってしまうわ。許してくれるかしら? ユウダチ=チャン」欺瞞! しかしユウダチは間髪入れず絶叫!「ハイヨロコンデー!」
水平線にまで届かんばかりのユウダチの絶叫! 驚いた前方の駆逐三人が振り返ると、タツタが保母めいた笑みで手を振っていた。「は~い。みんな注目! ユウダチ=チャンが、今日から駆逐のみんなにチャンで呼んでほしいって。わかった?」タツタは右手を振りながら、左手一本でユウダチの首根っこをグラップル。猫めいて軽々と釣り上げる。「ユウダチ=チャンも。わかった?」ユウダチは間髪入れず絶叫! 「ハイヨロコンデー!」
ナカヨシ重点の象徴たる「チャン」の呼称で呼び合うことは、ユウジョウとビョウドウを意味する! 「ユウダチ=サン……じゃなかった。ユウダチ=チャンって呼んでいいの?」フブキは戸惑っている。ムツキやキサラギ、その他の駆逐艦が、怯えを露わに「ユウダチ=サン」と呼ぶ光景を見ていたからだ。
「いいも悪いも……。軽巡様に言われちゃったら、駆逐は従うしかないよ。うん」「そうね。上級艦種命令遵守は重点だから、仕方ないわよね」ムツキとキサラギは揃って腕組みし、シシオドシめいた頷きを繰り返した。己を納得させようとしたその動作が、悲劇を招く! ザッボンガ! 両腕の支えを失ったフブキが、海中に没した!
ムツキが叫ぶ! 「ユウダチ=チャン! ロープ! 早く!」ユウダチも事情を察して駆けつけようとする。「でも、腰のイ級が重いっぽ──アエエ?」背中が突如羽毛フートンめいた軽量感となり、ユウダチは前につんのめる。「預かっておくわ。お友達のピンチよ。行ってらっしゃい」なんと、タツタのグレイヴがイ級を槍玉にあげている! 紫血を幾筋も白肌に滴らせながら微笑むタツタ。サイコパスめいてコワイ!
フブキは轟沈じみた速度で深く海中に没していく。ユウダチはフブキの沈没地点に向かって全速前進、マサカリめいた勢いでアンカーロープを投錨する!「あのときは意地でも浮いてきたのに、なんで今度は素直に水没してるっぽい! フブキ──フブキチャン!」ユウダチが、フブキをチャンで呼んだ!
アンカーロープに手応えあり! ユウダチは直ちに引き揚げにかかろうとするが、フブキはトロール網のごとくに海中を漂うばかり。そこで、ユウダチはUNIXめいた思考の冴えをみせた! 「井戸端メソッド! ムツキが滑車、キサラギは一緒に牽引っぽい!」「「ヨロコンデ!」」突然の惨事にヒョーロクめいて立ち尽くしていた二人だが、ネジを巻かれたかのように動き出した。
井戸端メソッドとは、高度なベクトル変換である。ムツキが滑車めいた支点となることで斜めの水中ベクトルを直上へ変換し、フブキを効率的に引き揚げようというのだ! ムツキもキサラギもこの意図を察し、見事な連携によりフブキは浮上を始める。おお、コトワザの「如来も三人合体なら阿修羅」とは、まさにこのことか!
イ級片手に駆逐達の連携を見守るタツタ。その後方で、テンリュウが肩をすくめて言う。「まったく。最初っからそうしろってのに」「あら? お先してたんじゃなかったの? テンリュウ=チャン」「フッ。お前らが遅すぎるから、地球一周しちまったぜ」
テンリュウは海上でアグラ・メディテーション姿勢となりながら愚痴る。これは上級カラテである! 「ユウダチもよぉ。力があって頭もキレんだからよ。相手を馬鹿にさえしなけれりゃ、ソンケイなんて勝手に付いてくるもんだろが。それをあの増上慢は……」テンリュウは海賊じみた眼帯を引っ張り、ボリボリと顔を掻いた。
「いいじゃない」タツタはテンリュウに青いハンケチを差し出す。「伸びるだけ伸ばして、サクッと刈る。そういう方針でしょう? ヨコスカは」「まーな?」ハンケチの奥でテンリュウの目が光る。ダテギワク? 「それにあのグラブ、テンリュウちゃんのマネッコらしいわよ。可愛いじゃない」「んだよそりゃ」タツタは悪戯めいた笑みを浮かべる。そして、遠くに歓声!
「トッタデー!」ユウダチが叫ぶ! 水柱とともに釣り上げられたフブキは、カツオ・イポン釣り漁めいて宙を舞い、甲板代わりにムツキの華奢な胸板に激突! 「グワーッ!」
「ア、アイエ……」フブキが呻いた! 「痛いよ、痛いよフブキ=チャン」だが、ムツキは笑顔であった! ムツキを押し倒しているフブキの背に、白い腕が重なる。「でも、あったかいよ。フブキ=チャン」秋の日はリリー的雰囲気で暮れゆく。
「アババーッ!」ムツキの胸板で瞬時の安眠を得ていたフブキが、寝耳に水の体で飛び起きた。給食スプーンの先が割れていてもおかしい年頃の駆逐達は、遠慮なく笑う。ユウダチなどは、シツレイにも涙を浮かべながらフブキを指さしている。
「殺す気っぽい! 私を笑い殺す気っぽい!」ユウダチは、爆笑のあまり過呼吸めいて息も絶え絶えだ。「その間抜け面とか、主機停止なのに浮いてるとことか、もう最高っぽ──? ブッダクライストーッ!」過剰シツレイなユウダチをどう諌めようかと思案していたムツキとキサラギも、異常に気づいた! フブキの主機が停止しているのである!
賢明なる読者諸氏には常識だろうが、主機と書いてモトキと読む。カンムスの海上機動、その全ては動力源の主機あらばこそ可能なのだ。主機が止まったギソウは単なる鉄の塊である。もし海上で主機が停止すれば、ヤクザにコンクリケジメされて港に沈むドシロートのように、二度と浮上することはできない!
フブキの背負う主機は吸気も排気もしておらず、一切の駆動音を立てていない。ギソウが動作している限り、たとえ停泊中でもカンムスの喫水面からは絶えず波が立っている。しかし今、フブキはアメンボめいた無波無音で海面に棒立ちである! これはカラテのワザマエなのか? はたまたブッダのキマグレなのか? 「あ、あはは……。バレちゃった?」フブキは、乾いた笑い声をあげながら頭を掻いた。
◆◆16◆◆
しめやかに艦隊行動が再開された。沈没騒動による任務進捗の遅れを取り戻すべく、粛々と14ノットの強速航行が続く。旗艦テンリュウを陣頭、タツタを殿《しんがり》、間に駆逐四艦を横並びとした、変則の輪形陣である。フブキは駆逐の左端で──走っている。そう。波立つ海上を、マラソンめいて走っているのだ!
「昔からできたんだ」フブキは語る。腰からイ級を牽引し、古典的鍛錬じみた姿で走りながら。右から駆逐達の当惑と好奇の視線を感じるが、目を合わせることはない。「私、物心がつく前から、水の上を歩けたんだって。オカアサンが言ってた」フブキはうつむいたまま、訥々と語る。
「四歳か五歳だったかな。近くの川で歩いてたら、飛んできたオカアサンに怒られたの。『人前で水に入っちゃダメ! ゼッタイ!』 ……って」主機に頼らぬ自力走行。14ノットで走りながらも、フブキの息に乱れはない。ヒキャクめいた持久カラテは驚嘆の域である!
「ずっとプールのない学校にいたから、問題はなかったんだ」「でも、友達と土手にイナゴ取りに行ったら、友達が川に落ちちゃって。どんどん流されて。気がついたら川を走ってた」「あとは……その日のうちにマイヅルに喚び出されて、色々」フブキは言葉を濁した。駆逐達も何も聞けなかった。
日はとっぷりと暮れ、上弦の月が巻雲を照らす。五つの主機と一つの足音が、協奏曲となって波間を漂う。「色々、あったんだよね」ムツキがフブキの右手を優しく握った。
しめやかに前編をお届けしました。後編は戦闘シーン重点です。