やはり私の居場所はここである。   作:もす代表取締役社長

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こうして、彼と彼女は出逢う。

「青春とは嘘であり悪である。

青春を謳歌せし者たちは、常に自己と周囲を欺く。

自らを取り巻く全ての環境を肯定的に捉える。

何か致命的な失敗をしても、それすらを青春の証とし、それを疑わない。

だがそれこそが欺瞞である。

失敗を失敗と捉えず、青春のスパイスとする。

これは自己の問題からの逃避である。

彼らは自分を変えることができないと錯覚し、変えようという努力までもせずにその選択肢を捨てるのだ。

自分を変えずに他者の力を借り問題を解決しようとする。

これは愚行だ。

これでは悩みや問題は解決せず、いずれ周りの人間にも災難が降りかかるだろう。

故に彼らは悪だ。

結論を言おう。

他者を頼っても誰ひとりとして救われないのだ。」

 

 

 

「・・・君もか・・・・なぁ雪ノ下、私が授業で出した課題内容はなんだったかな?」

 

「『高校生活を振り返って』というテーマの作文だったと思うのだけれど、違いましたか?」

 

平塚先生は大きくため息をついた。

なぜかはわからないのだけれど、どうやら平塚先生は私の作文が気に入らなかったみたいね。

それに、『君も』とはどういうことかしら。

 

「テーマはそうなのだがな、何なんだこの作文は?一応言い訳があれば聞いてやる」

 

「私はしっかり高校生活をおくった上で感じたことを書いたつもりだったのですが?」

 

先生は煙草をくわえて火を近づけた。

この様子を見た限りだと、かなり呆れているようだ。

それにしても校内で煙草を吸うのはいかがなものだろうか。

 

「君、友達はいるかね?」

 

質問の意図はわからないが、嫌な予感がした。

 

「そうですね。ではまずどこまで親しめば友達なのかということを定義していただいてもよろしいでしょうか」

 

「ああ、もう大丈夫だ。それは友達いない奴の台詞だぞ」

 

やれやれ、という様子で平塚先生は煙草の火を消し立ち上がった。

 

「付いてきたまえ」

 

 

 

 

 

 

私は平塚先生と特別棟に繋がる廊下を歩いていた。

 

「平塚先生、どこに行くのですか?」

 

私の前を歩く平塚先生は振り返ることなく質問に答えた。

 

「実はな、君と全く同じワードで作文を出してきた奴がいてな」

 

「私の質問とは回答がズレていますが?」

 

「まあ、黙ってついてきたまえ」

 

黙ってどこかを目指し歩く平塚先生の後ろ姿は、心做しか少し喜んでいるように感じた。

 

 

そこから少し歩いたところで先生は立ち止まった。

そこは何の変哲もない教室の前。

ルームプレートには何も書かれず、端っこに机と椅子が積み上げられた普通の教室。

 

ここから、この教室から私の人生は変わり始める。

この教室での出会いが、私の人生を、私自身を大きく変えることになる。

これはその物語である。

何もできない自己犠牲のヒーローが一人の少女を救う、世界一ちっぽけな英雄譚である。

 

「さあ、入りたまえ」

 

平塚先生が扉を開け、私に手招きをしている。

何もない、まっさらなその教室に私は足を踏み入れた。

 

─────息を呑んだ。

まるで美しい絵画を見たような気分だった。

そこには椅子に座り本を読んでいる少年が一人いるだけだったのだが、私は少しの間その少年から目が離せなかった。

 

しかし、その感動も瞬間的に姿を消した。

その少年と目が合った、その瞬間に。

 

「平塚先生、入るときにはノックの一つぐらいして下さい。ってこれ毎回言ってるんですけど」

 

その少年は一言で表すと目が腐った人間だった。

まるで全てを諦めたような、そんな目だった。

私はその目がひどく気に入らなかった。

 

「君は返事をしたためしがないじゃないか」

 

「まずノックをしたためしがないじゃないですか」

 

少年は本に目を落としたままに話している。

 

「平塚先生、あのぬぼーって感じの男は誰ですか?」

 

率直な疑問をぶつけた。

この時点での印象は最悪だった。

 

「そうだな。まずは紹介しよう。彼は比企谷八幡。例の君と全く同じワードで作文を提出した人間だ」

 

「やっぱりぬぼーって感じの男って俺のことですよね」

 

比企谷八幡という男はなぜか落ち込んだ顔をしている。

ここは構わない方がよさそうだ。

次に平塚先生が私を指して紹介した。

 

「こっちは雪ノ下雪乃。入部希望者だ」

 

「はっ!?先生、聞いてないのですが」

 

「当たり前だ。今言ったのだからな」

 

先生は少年のような笑顔で言った。

しかし勝手に話を進められるのは困る。

 

「失礼ですがお断りします。この男と共にいることに身の危険を感じます」

 

本音だ。

この男の目を見てると不安になる。

 

「大丈夫だ。この男、比企谷八幡は自己保身には長けていてな。刑事罰になるようなことだけは絶対にしないような小悪党だ」

 

「いや、常識的判断ができるだけですからね」

 

妙に説得力があるわね。

お陰で納得してしまったわ。

 

「比企谷、お前には雪ノ下の更生を依頼したい」

 

「待って下さい、私は入部を認めた覚えはないのだけれど」

 

「雪ノ下、君に異論反論抗議意見口応えは認めない。とにかく一度やってみるといい。君には必要だと思うぞ」

 

正直なところ、どうしても入部したくない訳ではない。

しかし意図が見えない以上、これを受け入れる気はない。

 

「平塚先生、雪ノ下さんの更生って要するにどういうことですか?」

 

「それは私も気になっていたところだわ。説明お願いします」

 

先生は少し真剣な顔になり、話を始めた。

 

「雪ノ下、お前は人を頼ることを知らなさすぎる。これは社会で必ず自分の身を滅ぼすことになるだろう。だから、ここで人を頼ることを覚えてもらう」

 

比企谷八幡と目が合った。

すると比企谷八幡は渋々といった様子で立ち上がり言った。

 

「あのー、まず俺が他人頼らないのに雪ノ下さんの問題を解決できるとは思えないんですが」

 

私の気持ちを汲んでくれたのかしら。

目が合った途端に否定するなんて。

 

「誰が君が教えろと言った。この部の依頼者に触れ合わせることによって、頼られる側から体験してもらえば自ずと解決に向かうだろうという企みだ」

 

平塚先生は扉の方に歩いて行った。

 

「それでは、比企谷頼んだぞ」

 

平塚先生は出て行ってしまった。

 

「立ってるのもなんだし、椅子出して座ればどうですか」

 

「そうさせてもらうわ」

 

 

 

 

 

しばらくの間、二人の間に息苦しい静寂が続いた。

二人とも本を読み、コミュニケーションをとろうとはしない。

自分でも驚くことに、初めに沈黙を破ったのは私だった。

 

「あの、比企谷君、ちょっといいかしら」

 

「あ、何だ?」

 

特に用はなかったのだけれど、なぜ彼に声をかけたのだろう。

私は冷静を装いながら、必死で話題を探した。

 

「ここは何部なのか、まだ知らないのだけれど」

 

なかなか自然な話題が振れたわね。

少し安堵した。

 

「逆にしよう。何部だと思う」

 

「ボランティア部といったところかしら。平塚先生も依頼だのなんだのと言っていたし」

 

「いやっ、分かんのかよ。しかもなかなか即答」

 

失敗したわ。

自分から話を振っておいて悩みもせず答えるなんて。

少し不自然だったかしら。

 

「確信がなかったから一応確認しただけよ」

 

「そうか」

 

何で私は不自然だとか考えているのかしら。

 

ここに来てから自分の言動の真意が分からない。

それに私は入部を認めた訳ではない。

ここに残っている理由もないはずだ。

なぜ私はこの教室に、自分の意思で残っているのだろうか。

 

「奉仕部。ここは奉仕部だ。まあ、雪ノ下の目的は『他人を頼ることを知ること』らしいが、くれぐれも俺は頼らないでくれ」

 

「言われなくても、あなたみたいな腐った目の人間は頼らないわ。安心しなさい。それに私の目的ではないわ。平塚先生の目論みよ」

 

『俺のことは頼るな』

そう言って私を突っぱねた比企谷君は、どこか悲しげな表情だった。

皮肉に混ぜて助けを求めている。

強がって寂しさを偽っている。

そんな気がした。

 

「あなたも同じなのね・・・・」

 

私は無意識にそう呟いていた。

 

 

 

 

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

 

 

 

 

「邪魔するぞ」

 

平塚先生が唐突に教室に入ってきた。

 

「ほら、ノックしないじゃないですか」

 

「ノックをしても君は返事をしないからな」

 

「まず先生がノックをしたためしがありません。ってこれ二回目ですが」

 

「まあ、いいじゃないか。ただ様子を見に来ただけだ」

 

平塚先生は私達二人を交互に見た。

そして「ふむっ」と頷いた。

 

「仲が良さそうで結構だ」

 

どこをどう見ればそうなるのかしら。

 

「そういえば一つ言い忘れたことがあってな。雪ノ下、ここにいる比企谷八幡は社会不適合者予備群だ。そこで君にこの男の捻くれた性格の更生を依頼したい」

 

その言葉に不満気な顔で比企谷君が反応した。

 

「あのー、先生勝手に話進めてますけど、俺は性格の更生とか求めてないんですけど。しかも雪ノ下がそれを請け負うことは、『他人を頼ることを知る』という目的に関係ないですよね」

 

私は最初から言いたいことがあった。

平塚先生にここへ連れられた時から。

それを言うのは今しかない。

 

「私からも一つ。先生も比企谷君も勘違いしているわ。私が『他人を頼ることを知らない』ですって。そこがまず大きな間違いよ。私は『頼らない』だけ」

 

驚くことにここで私に反応したのは比企谷君だった。

比企谷君は真っ直ぐと私に目を向けた。

憐れみを帯びた、酷く鋭い目で。

 

「勘違いしているのはお前だぞ。『頼らない』だけなんて良く言えたな。自分に嘘はつくなよ。『頼らない』んじゃない、『頼れない』んだ」

 

「いえ、『頼らない』のよ。他人を頼るなんて、責任、負担から逃げる口実でしかないわ。相手に負担を押し付けて、自分が逃げているだけ。これでは問題は解決しないし、相手を押し潰しかねないわ。だから自分で解決するしかないのよ。問題がある以上、自分を変えないといけないの」

 

「自分を変えるね。それこそ逃げているだけだ。変わるってのは結局現状から逃げるために変わるだけだろうが。逃げないってのはな、変わらず、その場で踏ん張ることなんだよ」

 

「それじゃあ問題は解決しないし、周りも、自分自身も、誰も救われないじゃない!」

 

気づいたら私は声を荒らげていた。

なぜこんなにムキになっているのかしら。

自分でも分からない。

 

「まあまあ、二人共自分の意見を持っていて素晴らしいではないか。その調子で二人仲良く頑張りたまえ」

 

平塚先生は笑顔でそう言って、教室をあとにした。

おそらく、先生なりに空気を変えようとしてくれたらしいが、その気遣いも虚しく、教室には再び息苦しい静寂が続いていた。

 

時計の針の音、本を捲る音、遠くで響く運動部の声。

何分間もの間、それのみが場を支配していた。

 

 

「さっきは悪かった。俺も雪ノ下に共感する部分はあった。確かに『頼ること』は負担や責任の押し付けだ。でもな親しい人間を『頼ること』は負担や責任の信託だと俺は思う。だから、頼っても良いんだ。ほら、よく言うだろ。『人』って漢字は人と人が互いに支えあっている、なんてな。でもよく見てみろ。あれ片方寄りかかってんだろ。だから誰かに寄りかかる時があっても良いんだ。人ってのは、そうして関係を保っていくものなんだよ。まあ俺は頼れる友人とか、関わりがある人とかいないんだがな」

 

比企谷君は本に目を落としながら、私に向けてそう言った。

 

ようやく理解できた。

私がこの男・比企谷八幡を初めて見たとき、言葉が出なかった理由が。

比企谷八幡に対する自分の言動の真意が。

先程、感情的になり声を荒らげた理由が。

私はこの男に自分を重ねていたのだ。

私と比企谷八幡は似ている。

強がってはいるが理解者が欲しい。

それでも強がり続けて、自分の心を偽り続ける。

偽ることで生まれるものは何もない。

そのことは理解しているのだろう。

しかし、そんなものは有り得ない、そんなものは存在しないと認識しながらも、必死に何かを求め続ける。

擬い物ならいくらでも掴む機会は目の当たりにしてきた。

それを棄て、目もくれずに“本物”に手を伸ばしてきた。

それは実体のない霞や霧のように、いくら手を伸ばしても掴むことはできない。

比企谷八幡は自分を変えるのは逃げだと言った。

私には理解できる。

比企谷八幡は自分を変えることを自分の生き方を否定することだと思い、それを拒絶しているのだ。

自分を失うのが怖い。

変わらずとも理解し合える、そんな関係を待ち続けている。

私は比企谷八幡を失ってはいけない。

私達はお互いに求めている理解者になれる、この少年となら“本物”に手が届く、そんな気がしたのだ。

 

「そろそろ帰るか」

 

「そうね。帰りましょうか」

 

私は比企谷君より少し先に教室を出た。

 

私には比企谷八幡が必要だ。

比企谷八幡には私が必要だ。

 

私は振り返り、柄にもなく笑顔を作った。

 

「さようなら、比企谷君」

 

 

 

 

 

 

 

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

 

 

 

 

 

 

 

 

HR終了のチャイムが鳴った。

 

今日も私は奉仕部の教室に行き、いつもの位置に座る。

横に目をやると、静かに本を読む彼がいる。

私はそんな彼を一瞥し、本を開き目を落とす。

 

今日もこの部屋は心地良い静寂に包まれている。

 

 

 




今回はこの作品を目に止めていただきありがとうございました。
駄文で読み苦しい部分もあったかと思いますが、なかなか微笑ましい話にまとまったかな、と思います。
よければ感想もお願いします。

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