やはり私の居場所はここである。   作:もす代表取締役社長

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そして、また新たな疑念が生まれる。

憂鬱だ。

朝からつくづく気分が優れない。

原因は言うまでもない、昨日の一件だ。

部活の時間が近づくにつれ、地に足がつかないような感覚が強くなっていく。

 

しかし、無情にもチャイムが放課を知らせる。

今日は部室に行くのに気が進まない。

昨日の由比ヶ浜さんの言葉を思い出す。

 

────もしかしてあの事故に関係あったりするのかな?

 

私はその質問に答えることはできなかった。

あまりに粗野で異状、不躾の極み。

頭では分かっていながら、心が受け入れなかった。

私の心が疑念で真実に靄をかけ、私に確信を許さなかった。

 

そんな私がどう彼女の顔を見れば良いのだろうか。

どう接すれば良いのだろうか。

 

考えても答えが出るわけはなく、ただ虚しく時間が過ぎていく。

臍を噛んでも仕方が無い。

今日は依頼人も来るようだし早いところ、部室に行こう。

 

私はその侘しい感情を断ち切り部室に向かった。

 

 

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

 

 

「ごめんなさい。少し遅れてしまったわ」

 

「おお」

 

比企谷君が軽く返事をする。

部室には由比ヶ浜さんの姿はなく、いつも通りの静寂に包まれていた。

昨日のこともあり、由比ヶ浜さんが来ていないことが少し気にかかったが、どうしても自分から彼女のことを比企谷君に聞く気にはなれなかった。

 

「依頼人が来るんじゃなかったかしら」

 

私は紅茶を淹れながら、比企谷君に声をかけた。

 

「由比ヶ浜が呼びに行ってるよ」

 

比企谷君は目を合わせないまま答えた。

ひとまず由比ヶ浜さんのことについて安堵したのだが、次に比企谷君が目を合わせないことに対し心が波打つ。

目を合わせないのはいつものことだ。

しかし私は愚かにも、由比ヶ浜さんから例のことを聞いたためではないかと考えてしまった。

そんなことはありえないと分かっている。

彼女は私が解を出すまで、自分の胸にしまっているのだろう。

 

「なあ雪ノ下」

 

「何かしら」

 

妙に緊張して次の言葉を待つ。

 

「お前、テニス部に入部してみないか」

 

「言葉が足りないわ。なぜテニス部員ではない貴方に、テニス部に勧誘されるのかしら」

 

比企谷君は頭を掻きながら、こちら顔を向けた。

しかし私は目を合わせることができなかった。

 

「今回の依頼人がテニス部員なんだよ。昨日少しそいつと話したんだが、お前がテニス上手いって褒めちぎっててな。入ってほしいらしいんだ。何でも弱小高から脱却したいみたいでな。部員のレベル向上に上手い人が入ってくれればってよ。お前も無理矢理入れられた奉仕部から抜けれるし、部活という集団活動を通して平塚先生のねらいを達成させることもできる。誰も損しない良い提案だと思うがな」

 

────誰も損しない。

 

なぜか私はこの言葉に少し胸を痛めた。

私には彼が必要、彼には私が必要、そう思ったことがあった。

これが正しい考えだったのかは判断しかねるが、これだけは言える。

 

「あなたがどうかは分からないけれど、少なくとも私は此処が嫌いじゃないわ。あなたの提案は悪くないかもしれないけれど、それは無理な相談ね。それに集団活動ができないから此処に流されたのよ。正しくは集団が私を拒絶するのだけれど。私を排除する為に一致団結するなんてことはあるかもしれないけれど、けどそれが彼ら自身の向上に向けられることはないわ。今までも誰一人として私に負けないように自分を高める人間はいなかったわ・・・・あの低能ども」

 

過去のことを思い出し、気が荒立ってしまった。

比企谷君は引き攣った、困ったような笑顔で応答した。

 

「そうか。お前がそれならいいんだけどな。それにお前みたいな可愛い子だと仕方ないんじゃないの」

 

「───っ!」

 

おどろいて驚いて声が詰まってしまった。

 

「あまり変なこと言わないでくれる。怖気が走るわ!」

 

「いや、怖気は走るものじゃないからね」

 

比企谷君は頭を掻きながら、ぶつぶつ何かをボヤいていた。

そうだ。

彼はそういう人間だった。

自分の優しさを他人に見せないことに徹しているが、やはり優しいのだ。

彼の提案は嘘で固められ、元の姿を隠した優しさだったのだ。

それが分かって胸の痛みはすっかり消えていた。

 

直後、教室のドアが不必要な強さで開かれた、

 

「やっはろー!今日の依頼人連れてきたよ!」

 

由比ヶ浜さんが帰ってきた。

彼女の後ろから、ジャージ姿の女の子が顔を出した。

私と目が合い、軽く会釈をする。

 

「テニス部のさいちゃん!」

 

由比ヶ浜さんの紹介と同時に依頼人は再度頭を下げる。

 

「よろしくお願いします。戸塚彩加です」

 

私は椅子を用意して座るよう促した。

その時由比ヶ浜さんと目が合った。

彼女は落ち着いた柔らかい笑顔を見せただけだった。

 

 

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

 

 

「それで、テニス部を強くしてほしいわけね」

 

戸塚さんは心配そうな顔で比企谷君の方を見た。

 

「強くして・・・くれるんだよね?」

 

「昨日比企谷君がどんな説明をしたかは分からないけれど、私は奉仕部は便利屋ではないと思っているわ。あなたの手伝いをし自立を促すだけで、強くなるもならないもあなた次第ね」

 

「まあそうだな。今回は戸塚が頑張るしかないかもな。雪ノ下もテニス部には入らないみたいだし」

 

戸塚さんは肩を落とし、溜息をついた。

 

「そうなんだ・・・・」

 

落ち込む戸塚さんを見て、由比ヶ浜さんが慌てて言葉をいれる。

 

「でもさ、ヒッキーとゆきのんなら何とかできるしょ?」

 

この由比ヶ浜さんの言葉は私を動かすには十分なものだった。

何とかできるしょとはよく言ったものだ。

まさか由比ヶ浜さんが私を挑発してくるとは。

 

何とかできるしょ・・・できないの?

 

「由比ヶ浜さん、あなたも言うようになったわね。いいでしょう。あなたの技術向上を助ければ良いのよね」

 

「は、はい。ぼくがうまくなれば、皆も一緒に頑張ってくれると・・・・思う」

 

戸塚さんは胸に手を当て、困ったような表情をしていた。

同性の私から見ても、かなり良い容姿をしている。

このような表情で見られたら、比企谷君のような人間は勘違いで地獄に堕ちるのだろう。

案の定、比企谷君の表情筋は機能していなかった。

しかし、私はこの依頼人に違和感を覚えた。

どこか見落としているような気がしてならない。

 

「で、どうやるんだよ」

 

比企谷君の顔面が平常時のものに戻っていた。

 

「部長である貴方が、私を頼らないで貰えるかしら。貴方も思考しなさい」

 

「お前がテニス上手いらしいから聞いてんだよ。俺とか由比ヶ浜とか経験ないからね」

 

「勝手に決めつけんなし!・・まあ確かにないけど・・・・」

 

「そうね・・・放課後は部活があるから・・・・」

 

戸塚さんが唾を呑み、私の言葉を待つ。

なぜか由比ヶ浜さんまで少し緊張している様子だ。

 

「昼休みに死ぬまで走って、死ぬまで素振り、死ぬまで練習、かしら」

 

 

 

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

 

 

 

依頼人の戸塚さんが部活に戻り、私たちも今日は解散することにした。

テニスの練習は翌日の昼からと決まった。

なぜか比企谷君がいつもより高揚しているようだったが、原因は不明。

まったく気持ちが悪い。

 

「そういえば、比企谷君、よく女子と普通に喋れたわね。意外だわ。話している時の顔は気持ち悪かったけれど」

 

私は帰る支度をしながら言った。

 

「女子?誰のこと?」

 

由比ヶ浜さんが首を傾げる。

おかしい。

ここに来た人間なら一人しかいない。

疑問が生じる内容ではないはずだ。

 

「女子って戸塚のことか?」

 

「他に誰がいるのかしら。愚問で時間をとらないでもらえるかしら」

 

そう言いながら、二人の方に顔を向けると、由比ヶ浜さんがポカンとしていた。

そして比企谷君は苦笑いをしている。

どういうことなのだろう。

私は的外れなことを言ったのだろうか。

 

「雪ノ下、戸塚は男だ」

 

え?

今、比企谷君は何と言ったのだろうか。

確かに耳は音として、その波を受け取ったはずだ。

しかし脳に到達するころには、分散され、意味を持たない文字列となっていた。

今何と言われたのか、耳を疑うしかなかった。

 

「戸塚さんが・・・男?」

 

由比ヶ浜さんが唇に指をあて口を開いた。

 

「さいちゃん、男子だよ?」

 

この時、私は依頼人に対する違和感を思い出した。

あの時、私が感じた違和感。

 

 

────は、はい。ぼくがうまくなれば、皆も一緒に頑張ってくれると・・・思う

 

────ぼくがうまくなれば

 

────ぼくが

 

ぼく!!

戸塚さんは自分のことを僕と称していた。

こんなことにも気づかないなんて、私としたことが。

その上、この二人の前で手抜かりをするとは。

 

「そう。かなり中性的な顔立ちで、判断を誤ったわ。今のは忘れてもらえるかしら」

 

私はこのような恥ずべき失態を二度と起こさないよう、心に刻み込んだ。

それにしても、男子だと分かっていながら、あの緩みきった顔をしていた比企谷君はまさか・・・・

 

その疑念だけが、虚しく私の頭を満たしていた。

 

 

 

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