やはり私の居場所はここである。   作:もす代表取締役社長

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テニス回
執筆者はテニス未経験です。
今回の話を書くにあたって、事前に少しルールなどは勉強したつもりですが、読み苦しい部分は多々あると思います。
以上のことを理解した上で読んでいただければ幸いです。


彼女は他人を頼らずとも彼を信じる。

「プレイ!!」

 

戸塚君のコールと共に、火蓋は切って落とされた。

テニスコートの周囲はいつの間にか、野次馬の生徒達で埋めつくされていた。

 

「かわいそー、雪ノ下さん。こんな大勢の前で惨めだわー」

 

「それはどちらかしらね。恥をかくのはあなただと思うのだけれど」

 

負けるつもりは毛頭ない。

負けるはずがない。

テニスは、あの人の得意なことだったから。

 

────雪乃ちゃんは自由に生きなさい。自分の好きなことをやるの。

 

いつかあの人に言われた言葉を思い出した。

あの時、私は何と応えたのだったろうか。

思い出せない。

だが、一つ言えることはある。

 

私は奉仕部が好きだ。

 

 

「雪ノ下さん、知らないかもしんないけど、あーしテニス超得意だから」

 

「そう」

 

私は頭上高くにボールを放った。

ボールが最高点に達したことを見届け、地面を強く蹴る。

『パンッ』という音が鳴ると同時に、ボールは三浦さんの横を通過した。

三浦さんが呆然と立ち尽くし、一瞬でオーディエンスのざわつきが、ピタリと止んだ。

刹那、時が止まったかと錯覚するほどに。

 

「15-0」

 

「うおおおおォォォ!!」「何だ今の!?」「速すぎだろ」

 

歓声により我に返ったのか、三浦さんは私に鋭い視線を向けた。

 

「あなたは知らないと思うけれど、あたしもテニスは得意なのよ」

 

その言葉を聞いて、三浦さんの目付きはより一層鋭くなる。

 

「調子乗んな!!どうせ素人だと思って油断しただけだし!!」

 

「最初に言っておくべきだったかしら。ごめんなさい」

 

私は再びボールを投げ上げた。

同じタイミングで跳び、同じモーションでラケットを振る。

ボールはコート端に吸い込まれるかのように真っ直ぐと飛んでいく。

三浦さんは深いポディションで、ようやくそのボールに追いつくが、強く返す余裕などなく、ラケットに当てるのが満足だった。

その弱々しい返球は高く浅いところへ。

私はその球を、強くコート中央へ叩きつけた。

 

「30-0」

 

「ゆきのんすごい・・・優美子、中学ん時、女テニで県選抜なのに・・・」

 

「退くなら今の内よ。力量が判断できたら、決断しなさい」

 

「ごちゃごちゃ言ってないで、さっさと打て!!」

 

「そう」

 

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

 

この後も試合に変化はなく、私があっさりと2ゲーム選手した。

今回の試合は1セット3ゲーム先取、デュース無しのルール。

昼休みの少ない時間でフルセットは難しいからである。

私はアゴから垂れる汗を拭い、3ゲーム目に臨む。

2ゲームとも完封された三浦さんは、威勢をほぼ失い、それでもまだコートに立っていた。

自尊心のためか目には幾分か、私への敵意を感じるが、やはり当初の勢いはまるで持っていなかった。

 

「サーブ、あんたなんだけど」

 

「申し訳ないわ。それじゃあ始めましょう」

 

このゲームを取れば私の勝ち。

戸塚君の依頼は、このまま滞りなく進められる。

ファーストゲーム、三浦さんは私のサーブをまともに拾えていなかった。

このゲームで勝負を決められるだろう。

 

私は額から流れる汗を拭い、ボールを投げ上げた。

跳んで腕を振る。

打球音と共にボールが飛んでいき、一度強くバウンドする。

そのまま決まるかと思われたサーブは、横から伸びてきたものに阻まれ、反発し、こちらに進行を変えた。

三浦さんのラケットがボールを捉えたのだ。

今までとは違い、完全に追いつき、その上コート端に打ち返す余裕まで見せた。

私はどうにかその打球に喰らいつき、既のところでボールに触れた。

運良く私の返球は白帯に絡み、三浦さん側に落ちた。

 

「15-0」

 

サーブが悪かったのか。

打ち損じた。コースが甘かった。コースが読まれた。

どれも違う。

いつも通りのサーブだったはずだ。

いや、今は気にしても仕方が無い。

次のサーブに集中しよう。

 

いつも通りのトスから、いつも通りのジャンプ。

全ていつも通りのはずだったが、またしても悠々と返球されてしまった。

三浦さんの返球は横いっぱいのクロスショット。

 

────間に合わない

 

私は後のことなど考えずに、その球に跳び付く。

しかし、無情にも球は私の横を走り抜けた。

 

「アウト!30-0」

 

戸塚君のジャッチはアウト。

どうやらサイドラインを割っていたらしい。

助かった。

まだ私の優勢。

しかし三浦さんの目は、先程とはうって変わり、自信に満ち溢れていた。

まるで勝者が敗者に向けるような、そんな目だった。

 

彼女の自信の正体は何だ。

それを探るために次のラリーを使う。

ラリーが続けば、自ずと彼女の狙いも見えてくるだろう。

 

私は機械的に精密な動きでサーブを打つ。

やはりそのサーブは楽に取られ、またしても横いっぱいのクロスショットで応酬。

その後も左右に振り回される形のラリーが続いた。

どんどん球が遠くなっていく。

どんどんコートが広くなっていく。

そんな錯覚に陥りながらも、懸命に球を追い続けた。

そして遂に私の動きを球が上回り、私の射程外に飛び出していった。

 

「15-30」

 

「うおおおおオオオオオ!!」「遂に優美子が取ったぞ!!」「このまま勝っちまえ!」

 

周囲が歓声を上げる。

今まで手も足も出なかった彼女が、実力でもぎ取った一点。

それに湧き、歓喜し、讃えた。

それでも彼女・三浦優美子は満足していない。

見下したような目で、自分が優れていることを確信しているような目で、私を睨んでいる。

 

「サーブ、早くしてくんない?」

 

「ええ、お望み通り」

 

三浦さんは腰を落として、次のサーブに備えた。

その姿を視認して、私はサーブモーションに入る。

トスを上げ、跳ぶ・・・・はずだった。

私はある異変に気づいた。

跳んだはずの私の両足が、重さを感じている。

足裏が何かを踏みしめているのだ。

目線の高さは変わらず、ただ放った球が落ちてくるだけ。

いつも通り跳んだつもりの私に、力強いサーブが打てるはずもなく、サーブは勢いのない、相手に得点させるには十分のものだった。

三浦さんはそのボールに素早く飛び付き、この試合で初めてのスマッシュを放った。

それが功を奏したのか、球はエンドラインを飛び越え、勢い良く柵にぶつかった。

 

「40-15」

 

「ゆきのん!!大丈夫!?」

 

異変に気づいたのか、由比ヶ浜さんが不安げな表情でこちらを見つめていた。

 

そうか。

私の体力は既に底を尽きていたのか。

疲労も感じないほど余裕がなかったなんて、私は相当熱くなっていたらしい。

きっとあの人のせいだろう。

テニスでも何でも、あの人には勝てたことがないから。

今の相手はあの人ではないのに。

 

「大丈夫よ、由比ヶ浜さん。私が負けるはずないじゃない」

 

既に少しも跳ぶことができないくせに、やはり負けたくはない。

私は負けず嫌いだから。

 

 

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

 

 

「40-40」

 

「雪ノ下さんさあ、さすがにもう限界っしょ」

 

三浦さんが鼻で笑った。

悔しいがその通りだ。

もう動く体力など微塵も残ってはいない。

このゲームを取らないと、もうチャンスはないだろう。

あと一点だけ。

あと一点取れば勝利。

でもどうすれば・・・・

 

 

 

 

「おい。何の騒ぎだよ、これ」

 

 

 

 

唐突に発せられた声の主は、救急箱を携え、テニスコート入口に立っていた。

 

「ヒッキー!!」

 

「悪いな。平塚先生に捕まって遅くなっちまった」

 

比企谷君は由比ヶ浜さんに救急箱を渡し、戸塚君の処置をするように指示した。

そして私の方に振り返り気怠そうに言った。

 

「で、この状況は?」

 

 

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

 

 

私はここまでの経緯を比企谷君に説明した。

彼は呆れたように溜息を吐き、今度は葉山君の方へ歩いて行く。

 

「おい葉山。ここはお前らは使えないんだ。出ていけ」

 

「その話はもう雪ノ下さんとしたよ。その結果、今の状況だ」

 

比企谷君は再び溜息を吐いた。

 

「お前ら全員認識を間違えてるぞ。ここは戸塚名義じゃない。奉仕部名義で使ってるんだよ。戸塚はテニス部だから申請なんて必要ない。だからお前らは使えない。戸塚の手伝いだとしてもな」

 

葉山君は驚いたように目を見開き、なぜか満足そうに笑顔を見せた。

 

「そうか。それなら意味はないな。優美子、もう教室に戻ろう」

 

葉山君の笑顔を見て、あの光景を思い出した。

何かを探すようなに辺りを見回した、あの行動を。

私にはあの真意が分からなかった。

しかし、あの時の行動と今の笑顔が、どこか彼の中で一致している。

そう見えた。

 

葉山君たちがテニスコートを後にしようとする。

その姿を見た三浦さんが声を荒らげる。

 

「ちょっと隼人!!試合だからマジでカタつけなきゃマズイっしょ」

 

そう言って、私の方へ向き直る。

 

「ほら、続きやるよ」

 

比企谷君はその姿を一瞥し、私の方へ戻ってきた。

 

「雪ノ下、大丈夫か」

 

「ええ、大丈夫よ」

 

比企谷君は突如目を閉じ、黙り込んでしまった。

静止する比企谷君の髪の毛が風に揺れる。

 

この男、やはり目を瞑ると、整った顔立ちをしている。

あの腐った目さえ無ければ、女子達は好感を持ちそうなものだ。

まあでも、あの目で無ければ、比企谷君じゃないわね。

 

そんなことを考えている内に、風が止んだ。

比企谷君は目を開け、私を見た。

 

「何だよ。俺のこと見つめて。何なの好きなの」

 

「い、いや。何でもないわ」

 

比企谷君は足元にあるテニスボールを拾い上げた。

 

「次のサーブ、弱く山なりに打て。その様子じゃまともにラリーできないだろ」

 

「ラリーできないなら尚更サーブで決めるべきだと思うのだけれど」

 

比企谷君は私にテニスボールを渡して、いつもと変わらぬ気怠そうな声で言った。

 

「たまには信じろよ」

 

私は彼の目を見て応える。

彼の真剣な目を見て。

 

「あなたの性格の悪さなら、いつでも信じてるわ」

 

そう言って私はコートに戻った。

彼の言葉を信じて、相手に向き合う。

 

「これでカタをつけるから、おとなしく敗北しなさい」

 

「は?自分の状況分かってんの?」

 

私は笑う。

彼のようにニヒルに笑う。

 

「私、暴言も失言も吐くけれど、虚言だけは吐いたことがないの」

 

もうすぐ昼休みが終わる。

いつもなら部室で由比ヶ浜さんと昼食をとっている時間。

音が聞こえた。

それは最近私が、私たちが聞いていた風の音。

 

ボールが風に乗って弱々しく三浦さんに向かっていく。

 

三浦さん、あなたは知らない。

昼下がり、この付近でのみ発生する、特殊な潮風を。

 

真っ直ぐと三浦さんの方へ向かっていた球は、まるで彼女を避けるかのように方向を変え、そのまま地面に着いた。

三浦さんは慌てて方向転換し、飛び上がった球を追う。

 

しかし、あなたは知らない。

この風が吹くのは、一度ではないことを。

 

先程の風が海へと帰っていく。

その風に煽られ、球は三浦さんを嘲嗤う。

またしても、急に向きを変える球に反応するも、返球には到らない。

球はそのまま二度目の地面との衝突を迎えた。

 

 

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

 

 

試合が終わり、今のテニスコートには私たち四人。

あの後、不貞腐れて今にも泣きだしそうな三浦さんを連れて、葉山君はテニスコートを後にした。

今は少し離れたベンチで由比ヶ浜さんが戸塚君の怪我の処置をしている。

私はベンチに座り、その様子を見ていた。

 

「お前が勝ってよかったよ」

 

私の横に立っている比企谷君が言った。

 

「あなたが私の勝ちを望んでいたなんて意外だわ。私が負ければあなたの嫌いな仕事が一つなくなるところだったのに」

 

「仕事より負けて機嫌損ねたお前の方が面倒くさいだろ。それに戸塚に限っては一切面倒だとは思わん」

 

私は軽く笑った。

 

「あなたは本当に捻じ曲がっているわね。でも、その斜め下すぎるやり方で、救われてしまう人もいるのよね。残念ながら」

 

比企谷君は何も言わなかった。

何も言わずに校舎の方へ戻って行った。

 

「雪ノ下さん。あのー、ありがとう」

 

処置を終えた戸塚君が目を輝かせて横に立っていた。

 

「私は別に何もしてないわ、礼なら彼と処置をしてくれた由比ヶ浜さんに言いなさい。さあ私たちも戻りましょう」

 

私は疲労が溜まり重くなった身体を持ち上げる。

 

「あの、それと。僕、昼練のことテニス部員に声掛けてみるよ。僕一人で上手くなってもダメだよね。だから明日からは僕達で頑張るから!今日まで力になってくれてありがとう!」

 

そう言うと戸塚君は比企谷君を追って走っていってしまった。

 

彼は成長したのだろう。

以前は自分から踏み込めず、自分の勇姿を見せて魅せることで、相手からの接触を待っていた。

しかし、自分から踏み込み、共に努力する決意をしたのだ。

仲間を信じ、行動を起こそうと決心したのだ。

原因は私の知るところではないが、今回の騒動で思うところがあったのかもしれない。

今までが間違えていたわけではない。

彼が出した解が正解というわけではない。

それでも彼が変われて、その上周りを変えられるなら、それはやはり成長なのだ。

当初望んでいた成長の形とは異なっていたとしても────

 

「とりあえず依頼達成かしらね」

 

昼休み終了のチャイムと共に、強い風が私の髪を揺らした。

 

 


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