あのクソ神父に撃たれて、治りきってない足の痛みを意識的に無視して歩く。部長の言うことには悪魔にとって猛毒な光が、それこそ毒の様にジワジワと効いているんだとか。
こんな状況ではまともに自転車なんて漕げないしと、部長に休むように言いつけられたのだ。学校の欠席がどーだのはきっと既に手を打ってくれてるんだろう。あの学校は部長……というかグレモリーの御家の持ち物だそうだから、融通が利くんだって。
「……はぁー……」
児童公園のベンチで深い溜息をつく。どうしても鬱陶しく疼く足の痛みが、昨日の悔しさを風化させずに居た。
俺は、弱い。
悪魔として成り上がってハーレムだ―、なんて舞い上がっていられたのは最初の頃だけだった。下積みとしての契約もまともに取れず、堕天使どころかその下っ端の悪魔祓いにも一方的にやられ……今もこうして、ウジウジと昼間から燻っている。
「……腹、減ったなぁ」
……下手の考え休むに似たりだ。ここで考えてたってぜってーいい考え浮かばない自信あるし。
とりあえず、今できるっつったら筋トレか?奏海先輩は俺がチラシ配ってる間になんか木場達とやってたらしいし、俺も混ぜてもらうよう頼もう……って難しいかな、悪魔の仕事もあるもんな…………
そんな風に、ちょっと今後の目標を立てつつ重い腰を上げる。その時ふと、視界の端に映り込む金色。
半ば無意識に目で追えば、そこには見知った少女がぽかんと此方を見ていた。
「……アーシア?」
「……イッセーさん?」
ちょうどいいとばかりに彼女を引き連れ、まずは腹ごしらえにハンバーガーショップだ。箱入り娘みたいにいちいち目を輝かせるアーシアにこう、グッと来るものを感じながら連れ回す。
……彼女がどっか思い詰めてたのは、俺にもなんとなくだけど察せたから。せめて今は笑わせてやりたかったんだ。
レーシングゲーム、クレーンゲーム、ダンスゲームにシューティング……ゲーセンで遊び倒して、帰る頃にはとっくに夕日になってた。学校サボってゲーセン三昧って、俺も悪い奴……って、悪魔だからいいのか?
「あー、遊んだなぁ……」
「は、はい……少し疲れました……」
苦笑気味の彼女の腕には、俺が取ってあげたラッチュー君の人形がぎゅっと抱きしめられている。
いちいちすごい素直で、だからこそホントに喜んでくれて、楽しんでくれたんだってことが分かったから俺もすげー楽しかったな。
「……イッセーさん、足……見せてもらって構いませんか?」
……だから、悲しげに目を伏せながらそう言われた時「しまった」って思った。何やってんだよ俺、こんくらいの虚勢張り通せっての。
「……バレてた?」
「…………」
小さく頷くアーシアに観念して、ズボンの裾を持ち上げる。昨日あのクソ神父に撃たれた銃槍が目立つふくらはぎを見て、彼女はそこに跪いた。
アーシアの瞳と同じ、優しく淡い緑の光を放つその手が、傷にそっと触れて……痛みがすぅーっと引いていった。
「これで、どうでしょうか?」
「お……おおお! すげーっ! 傷が無かったみたいに……!?」
その場でジョギングするように小刻みに足を動かしてみる。痛みどころか何の違和感もない。
「すげえよアーシア! その神器って、人間だけじゃなくて悪魔も治せるんだな……アーシアにピッタリだよ、優しい力だ」
満面の笑みを浮かべて見遣ったアーシアは、それを聞いて……こう言っちゃ不謹慎だけど。それはもうハッとするくらい綺麗で、儚げな笑顔を浮かべたんだ。
アーシアは、神器によって人生を滅茶苦茶にされた……聖女の成れの果てなのだという。
やがて堪えきれなくなったように溢れだした涙と共に語られた彼女の人生は、俺から言葉を根こそぎ奪った。
治癒の力を持つ聖女として、自分の意志は無視されて祭り上げられたアーシア。それでも優しい彼女は神の加護を役立たせようと、文句ひとつ言わずに待遇に甘んじていた。
誰もが彼女を“聖女”、“治癒の力”としか見ず、アーシア・アルジェントという女の子は疎外感と孤独を理解していたというのに。
彼女の受難はそこで終わらない。優しいアーシアはある日、偶然見つけた怪我人を……それが悪魔だと理解して尚、治療してしまう。
神輿の上の聖女はあっさりと見捨てられ、魔女として唾棄され、石を投げられることになった。
誰よりも真摯に神に祈りを捧げてきた、誰よりも優しく生きてきた彼女は、そうして今も堕天使共に利用されている。
「……きっと、私の祈りが足りなかったんです。ほら、私、抜けているところがありますから」
涙を流しながら、無理に明るい調子で空元気を出すアーシア。あまりの痛々しさに見ていられない……いや、目を逸らせない。
「これも主の試練なんです。まだまだ修行が足りないシスターに、こうやって一人前に成れるように、修行を与えてくださってて……」
健気に自分に言い聞かせる様子に、俺は、喉の奥の方からグツグツと湧き上がるモノを自覚する。
「お友達も、いつかたくさんできると思うんです!聞いてくださいイッセーさん、私夢があって。お友達と一緒にお花を買ったり、本を買ったりして……」
「アーシア……」
「たくさん……おしゃべりして…………っ」
「アーシアッ!」
……頭で考えるより先に、手が動いた。
涙に濡れる彼女の目を真っ直ぐ見つめて、その手を掴む。
「俺が、なってやるから」
「え……?」
「友達! 悪魔だとか人間だとか、神様がどーのとか知ったこっちゃねえって! 俺達、一緒にヘトヘトになるまで遊んだし、中身の無い馬鹿話も、しんどかったことだって腹を割って話した。これでいいんだ、こんなことするのに、神器の有る無しだって何も関係ないだろ?……買い物は、まだだけど。いつだって行けるぜ、連絡先教えるからさ!」
空回ってる自覚はある。何口走ってるかとか、頭で考えてるわけじゃなかった。ただ、口を開いたらもう止まらなかったんだ。
「イッセーさん……」
「俺にはアーシアの“これまで”の辛さなんて、想像するしか出来ないけど……そんなの頑張っても思い出せないくらい、楽しい思い出いっっっっっっぱい作ってやる自信がある! だからアーシア」
再び涙をぽろぽろと零すアーシアに、精一杯の気持ちを込めて笑いかけた。
「……俺と、友達になってくれないかな」
「……はいっ……!」
その言葉に、アーシアは泣き笑いで、顔をくしゃくしゃにしながら頷いてくれた。
見てやがれ、神様。アンタが救ってやらないから、こんな健気な信者が悪い悪魔に攫われるんだ。全力で幸せにしてやる、後から返せっつったってもう遅い、ざまーみろ。
これから俺達は友達として、バカみたいに楽しく遊びまくるんだ。買い物にだって行くだろう。邪魔するものからは、俺が守って―――
「無理よ」
のぼせあがった頭に冷水をかけるような、冷ややかな声が耳に入った。
見れば、良く知った……忘れられるはずもない顔。
「……ゆ、夕麻ちゃん……?」
喉が枯れるほど叫んで、血塗れになるまでアスファルトを殴りつけた。
……そんなことしたって何が変わるわけでも……アーシアが戻ってくる訳でもない。あれだけ大見得を切った舌の根も乾かない内にこの有り様だ。取り残されたのは黒い羽と、ラッチュー君の人形。そして惨めったらしく涙を流す、弱っちい男が一人。
アーシアを、守れなかった。
「(……ち……くしょ……)」
アーシアを連れ戻しにやってきた夕麻ちゃん……いや、堕天使レイナーレを前に、俺は完全に無力だった。神器を使っても尚、羽虫を払うように片手間に這いつくばらされ……殺すまでもないと、放置されたのだ。
『1の力が2になったところで……』
「―――ッ!!」
レイナーレの嘲笑が頭をよぎり、欠けるほど激しく歯噛みする。唇を噛み切って、口の端から血が流れた。
俺に力がないから。俺がただの
……俺は……弱い。
結局、全部そこに行き着くんだ。
「ちく、しょう……」
―――力が、欲しいか?
「畜生……っ!!」
力だって?ああ、欲しいね!アーシアを守れるだけの、俺の邪魔をするあれこれを全部殴り壊せるだけの力が……
―――力が欲しいなら……
こんな風に、理不尽に負けて泣き寝入りせずに済むような、…………?
―――欲しい、なら……あー……
「……何、やってんスか……奏海先輩」
「あ、バレちゃった?」
割りと本気で、多分殺意にまで半歩引っかかったレベルで睨みつけても暖簾に腕押しと受け流す、未だによくわからない男の人。缶コーヒーを片手に、俺を見下ろしていた。
「や、イッセー君。男前が上がったね……とりあえず飲み給えよ、涸れるゾー」
有線トランスとやらを俺から引っこ抜きながらヘラヘラと笑う様子に、怒る気力も余裕も無かった俺は引ったくるように缶を受け取った。