「いや、ホントすみませ……ぶっふぅ」
「……」
ぶん殴るぞ。
……すんでのところで飲み込んだ。
結果から言えば、アーシアちゃんは助けられたらしい。
聖堂が崩落し、今までの負担だとか残りの戦える時間だとかを考える暇もないまま、全力のライズで瓦礫から身を守った辺りで意識が途切れ……およそその直後に合流したらしい部長たちに回収された俺は、仏頂面でその報告を聞いていた。
「……わ、笑っちゃダメよイッセー。これは名誉の負傷なんだから、く、くふふ……」
「そ、そうだよイッセー君。彼は人間なのに、一人であのフリード相手に……くっ」
「あらあら、私は可愛らしいと思いますよ?なんだかやんちゃな子供みたいで」
「…………」
「あっはー、小猫ちゃん?すまし顔でお茶濁すなら露骨に顔そむけるのもやめないかい」
八つ当たり気味に笑ってみせるが、声が震えているのが自分でもわかる……俺だって、イッセーくんがこうしてたら笑……うけどこんな感じじゃないなぁ。多分俺がっていう人選もこの滑稽さに拍車をかけているんだろう。こう、キャラ的なね?
「……はぁ、しょうが無いじゃんか! だって止まらないんだもの! そのままだと服ダメになるし!」
半ば自棄けになって大きな声を出すと――鼻に詰めていたティッシュがぽろりと落ち、起きた時から止まらない鼻血が流れた。
「…………鼻息荒くするから……っ」
「「「……ぶっ!!」」」
小猫ちゃんの、震え声での追い打ちが止めとなり……部室はしばらく笑い声に満ちた。
俺は真顔でテレキネシスを発動させ――
「……で。結局アーシアちゃんは神器を抜かれることもなく奪還されたわけかい」
「は、はい。おかげさまで……あの、長谷さんは事前調査だとか、すごく頑張ってくれたそうで……ありがとうございました!」
しきりにイッセー君の方を気にしながらも、勢い良く頭を下げてくるアーシアちゃん。大丈夫だよ、指を突っ込まれたくらいのダメージしかないから。俺のと違ってすぐに止まるさ……イッセーくんも甘んじて受けるべきだと、悟ったような目でアーシアの治療を拒んでいる。
「あっはー、偶然みたいなもんだし気にしないでいいよ。ありがたく思ってるなら、もうちょいフレンドリーに『奏海さん』って呼んで欲しいかなぁ」
「は、はいっ、奏海さん!」
「……あ、もうちょい肩の力抜いてソフトに」
「か、奏海さん……?」
「疑問符も抜いてどもらずに。さん、はい」
「……奏海さん」
「なんか貞淑な奥さんでももらった気あいたぁっ!」
「……あほらし」
呆れ顔の小猫ちゃんに、脇腹をフォークで刺される。この感じもなんだか久々に思えるなぁ……
「……ごめんなさい、助けてもらったのに。私の力不足で……」
からかったのを気にしないどころか申し訳無さそうにしょんぼりするアーシアちゃんに、思わず罪悪感が芽生えつつも苦笑する。
「やー、仕方ないよ。アーシアちゃんの神器も疲労までは直せないんでしょ?これはきっとそういう類のリバウンドだしねぇ……いやはや、イッセー君と違ってガチンコしたわけでもないのに、結果としては一番のけが人。いっそウケ取れたほうが、キャラ的には気が楽なんだけど?」
「ですが……」
彼女がしきりに気にかけるのは、ずっと止まらない俺の鼻血だ。いや、厳密に言えば鼻血だけじゃない。俺が意識を取り戻した時は、閉じたまぶたの間で血が乾いて、目が開かなくなっていた。あれは流石にパニックになりかけたなぁ。
まぁ、言うまでもなく……過度なPSY使用の。言い換えれば脳の酷使の反動である。
「ま、完全に格上だったしねぇ。煽り倒して必死の時間稼ぎでこれっていうのは流石に泣けてくるけれど……部長達も結局間に合ってくれたし。結果オーライってことでね?」
「……気休めに聞こえるでしょうけれど、大金星ですわ。相手は戦闘のプロフェッショナル、かたや付け焼き刃の一般人で、引き分けたのですから」
「そりゃもう、師のご薫陶の賜物ってことで」
「あらあらまあまあ」
先達らしくフォローしてくれる朱乃ちゃんに茶化し半分で返してみせると、まんざらでもなさそうに頬に手を当ててはにかんでいる……あ、ダメだこれ。見るからに達成感というか使命感というか、やる気がみなぎってるや。
「……アーシアは、私達の協力者として……つまり、奏海くんと同じ立場として、グレモリー家の庇護下に置くことになったわ」
「ま、しれっととんぼ返り、なんてわけにも行かないよねぇ」
「……あうぅ」
責める視線が痛い。しゅんとするアーシアちゃんに心を傷ませてると、イッセー君と小猫ちゃんの「もっと気を遣え」というジト目が突き刺さってくる……ごめん。ごめんって。
「まぁ、悪いことばかりでもないわ。彼女はただの被害者だから、少なくとも強引に信仰すら妨げられることもないでしょうし……他に教会の者も居ないこの町でなら、肩身の狭い思いをすることもない」
「そだねー、ポジティブに行こう、ポジティブに。……んで部長、勢力間の不干渉云々っていうのは大丈夫なん?」
「……あっけないほど簡単に許可が降りたわ。まぁ、三大勢力だってもう一度戦争がしたいわけじゃないはずだもの。事後承諾とはいえ、堕天使の横暴からの保護っていう大義名分もあるし……あとは勝手に、各々が都合よく結果に意味を肉付けしてくれるわ」
「あっはー、開き直ってるねぇ」
「煩い」
ふいとそっぽを向く部長は、蚊帳の外でいじける子供にも見えた。さすが悪魔のご令嬢ってだけある立ち振舞だけれど、ときたまそういうところは歳相応というか、なんというか……俺と朱乃ちゃんが生暖かい目を向けているのに気づくと、コホンと咳払いをする。
「とにかく! そういうわけで、彼女とはこれからも付き合っていくことになるわ。改まって、というのも変な感じだけれど……オカルト研究部は貴女を歓迎するわ。よろしくね、アーシア」
「よっ、よろしくお願いします、部長さん!」
まるで姉妹のように微笑ましい遣り取りをする二人。イッセー君以外の、彼女とはほぼ初対面に近い部員たちが彼女に話しかけていくのを見やりながら、ふと思う。
「(……公爵家のご令嬢、将来を期待された王に、才気溢れる配下達……
思いを馳せる。やがて彼らは多くの試練を経験し、そのたびにぶつかり合い、認め合い、高め合い……今回のように、着実に前に進んでいくのだろう。
悪魔の社会がどのようなものかは知らないが、彼らがこれで凡百なはずはないだろうし……やがて一廉の者として大成していく。
――そこに、俺はいない。
「(ま、当然だよね。悪魔の誘い蹴っちゃったし。てか乗っても無理だよ、今回の一件だけでも俺神父一人相手に死にそうだったのに、イッセー君と違ってカッコよく逆転とか無理だったし……まぁソレも当然っていうか?俺はガチでやりあったわけじゃないしね。命がけって言っても、時間稼ぎに徹するわけで、真っ向からぶつかり合うわけじゃないから余裕もあったし……仮に誘いに乗ってもあのメンバーと比べられるんじゃねぇ、引き立て役にしたってもうちょっと役に立つ自信がないと、ホラ。というかこの立ち位置にしたって今回みたいに何度か首突っ込んじゃうことになるだろうし?)」
それだって俺のような、ちょっと普通じゃない高校生には掛け値無しに上等で、波乱万丈だ。
「(こうやって高校時代に、人生で一生モノになるような思い出作って、その内受験に本腰入れて。そして……)」
――そしていつか、俺は彼らの過去になるんだろう。
イッセー君は高校は卒業まで通うだろうから、来年なんかはこの街で何度か顔を合わせるだろう。そうすると懐かしんで、偶に遊んだりしながら……進学した俺は大学生活に溶け込んでいき、彼らは悪魔としての生活に溶け込んでいく。
進めば進むほど俺と彼らの道は離れていく。文字通り住む世界が違うのだ、やがて連絡どころか思い出すことすらまばらになって……例えばその内、アドレス帳の引っ越しから、何の感慨もなく漏れて…………
…………吐き気がした。
「……先輩?」
我ながら嫌に生々しい未来予想図に思いを馳せているところを、今目の前にいる小猫ちゃんに引き戻される。珍しく、純粋に心配したような……どこか、あっけに取られたような顔だった。
「……んー?どしたん小猫ちゃん。物憂げに考えこむ年上男子にときめきでも……」
「…………物憂げというか、泣き顔みたいでしたよ」
「―――は?」
すとん、と。無造作に投げ込まれたような言葉に、心が一気に冷え込むのがわかる。
それでもいつもの笑顔はぴくりとも動かさずにいられたのは我ながらすさまじいとは思ったが……小猫ちゃんは、一層驚いたような顔。
普段の軽口に対するように茶化されたのだ、と遅れて気づく。
「………………あっはー、いやごめんごめん。鼻血ネタさんざん引っ張られたからさぁ。ちょっとネタに対する余裕がね? 大人気なかったなぁ、俺らしくもない。まだまだ修行がたりないねぇ」
「先輩、あの」
「鼻血も止まったし、ちょっとまだ体調すぐれないから……あっちに水差すのもあれだし、部長に伝えといて」
何やら物言いたげにする小猫ちゃんに、漠然とした危機感を感じ……半ば無意識的に言葉をかぶせると、俺はひっそりと部室を後にする。
家につく頃には、普段通りの俺になる。
第一巻、これにて終了。