「ごきげんよう、こんな時間にうろついては補導されてしまうわよ、三年の長谷奏海君?」
「……名前、知ってるんだねぇ」
真紅の髪が印象的な美少女が笑いかけてくるのに対して、俺は咄嗟に場違いな問を投げかけてしまう。
「あら、貴方だって知っているじゃない。私の名前」
「学園のアイドル様と、極普通未満の昼行灯じゃ話が違うと思うんだけど……」
言いつつ、彼女に気取られないようにPSIの一端……
背中から生えた、イッセー君の記憶にあったのとはまた違う黒翼。何より発光する魔法陣から現れて、血塗れのイッセー君を見て平然としている……彼女もまた、
彼女があの痴女の仲間ならもちろん、正義の異能者でも現状は少々不味い。最悪イッセー君殺しの犯人扱いされかねないのだ。
「あら、お上手ね。それで? ……夜のお散歩、というわけではなさそうだけど」
「あっはー……純然たる夜のお散歩の帰り道なんだけど、信じてくれたりは……」
どうする、逃げるか?相手が異能者ならこれまた練習不足な
「そう、ならちょっと退いてくれないかしら」
「え? あ、うん。……え?」
「ありがと」
俺が脳内で積み上げてたこの場を凌ぐ算段を全部すっ飛ばして、ぽかんとする俺を素通りしたグレモリー。
彼女はイッセー君の側にしゃがみこんで、なにやらジャラジャラと取り出した。
「……チェスの……駒?」
ライズにより強化された感覚は、夜の闇の中でも彼女の手元を明確に視認する。イッセー君の体にチェスの……それもポーンらしき駒が8つ、吸い込まれていく。
気になったのが、それを成した本人が少し目を見張っていたことだが……
「……これで、ひとまず大丈夫。完全に治すにはもう少し時間がかかるけれど」
「…………君は一体、何者なのかな?」
イッセー君の腹の傷がふさがっているのを見て少なくとも悪人じゃないと判断した俺は、純粋な疑問を問いかける。
彼を治したという一点だけならば治癒が得意な異能力者だの魔法使いだのでいいんだろうけど、今のはなんとなくそういうものではないという気がしたのだ。
……なんというか、副産物?傷“も”治せる、みたいな……
「私としても貴方に問いたいところね。この姿、様子を見てもさほど驚いている様子はないし……いえ、それ以前に、私が召喚されるまで何をしていたの? 警察や救急車を呼ぶわけでもなく、取り乱すわけでもない……ちょうどこんなふうにしゃがみ込んでたわね?」
「……あー……質問に質問で「今見たけど、傷口も中途半端に治りかけてたわ」………………」
誤魔化すのは不可能だと悟る。彼女は何らかの確信を持って、形式上質問という形をとっているだけなのだ。
「……やれやれ、これまでどうにかバレないようにやってきたんだけどねぇ……」
苦笑しながら、お手上げという素振りで肩を竦めてみせる。
「ご察しの通り、俺は……」
彼女もまた、我が意を得たりと不敵に笑った。
「神器使い、ね」
「そう、神器―――ん?」
「え?」
………………気まずい沈黙が、降りた。
「……畜生、一体全体どうなってるんだよ……?」
とうとうこの学校の何処にも、誰にも夕麻ちゃんの痕跡が残っていないことを知って……俺は途方に暮れていた。
確かに夕麻ちゃんを紹介したはずの松田も元浜も端から妄想扱い、その後は俺を心配しだす始末。電話帳からはメルアドが消え、写真も何も残っていない。
「あの数日は全部夢だったってのか……? くそっ、そんな筈……」
俺の記憶にしか無い彼女。俺の記憶にしか無い数日間。そんな奇妙な現実に、打ちひしがれそうになった時だった。
「おっ、あれは……ごめん島津君、俺ちょっと今日はあっちの彼と帰るわぁ」
「はぁ!? 長谷おまっ、急に何を……今さっきカラオケ行こうって!?」
「すまんすまん、また今度なー」
視界の端でもめていた上級生二人の内一人が、此方に歩いて……え? 此方来る?
「というわけで行こうかイッセー君!」
「は、え、ちょ、センパ……ってかなんで名前!?」
「おー、それ言われる側だと結構気持ちいいねぇ。なんか強キャラっぽくて」
どうもふざけたというか、気の抜ける言動の先輩にあれよあれよと言う間に首根っこをひっつかまれ、その態度からは想像できないような強引さで、俺は半ば拉致された。