……頭が重い。懐かしい感覚だ、これは確か、ぶっ倒れるまでPSIの特訓して目が覚めた時の……
「…………知らない天井だ」
「貴方の自宅です」
仰るとおり。
「ええと……一年の塔城小猫ちゃんだったっけ? なんで俺の部屋に?」
頭を振りながら改めて体を起こし、違和感を感じている俺が変なんじゃないかというほど堂々と、俺の机で俺の本を読んでいる少女に声をかける。
え、なんで名前知ってるのかって?我が友島津君は少々ロリコンの気があるのである。以上、多くは語るまい。
彼女は
「部長は瀕死のもう一人で手がいっぱいだったので」
「あそう」
……会話が途切れた。
この娘は口数多い方じゃ無いみたいだし、これはどうしたものかな。ええと……確か昨日はイッセーくんと喋りながら下校して、途中であのハット堕天使に襲われて、イッセーくんが俺をかばって刺されて、なんとかパンチかましてからぶっ倒れて……
「……あーあー、で、ちょーどそこに颯爽とリアスちゃんが、多分またあの赤い魔法陣とかで現れて。あれを倒すなり追い払うなりして……」
「あちらは部長が家まで運んで治療。私は部長に呼び出されて、長谷先輩をここまで連れてきたということです」
「なーるほど。あとでお礼言わなきゃねえ、死ぬとこだった……あ、奏海でいいよー小猫ちゃん」
あっはー、と笑う俺を、小猫ちゃんは無表情に見やる。
うーんクールだ。しかし負けないぞ。
……というか
「ともあれ小猫ちゃんも、わざわざありがとね。しかし便利だなぁ魔法陣」
「いえ、別に……それに、先輩は普通に運んできましたよ?」
は?
「……誰が」
「だから、私が」
「…………」
小猫ちゃんの頭の天辺から爪の先までまじまじと眺める。
67、57、73といった所か?キュッ、キュッ、キュッ、である……おっと、視線が冷たい。そうじゃない。
「……どう見ても……無理そうなんだけど」
そう、彼女の身長は目測で150あるかないか。対して俺は170はあったはずで……あっ、視線がもっと冷たい。
「……私が。気絶している先輩を。抱えてここまで来ました」
「やーははは、ごめんごめん別に他意があったわけじゃないんだ。ありがとね小猫ちゃん。それも悪魔パワーってやつ?」
静かに不貞腐れる小猫ちゃんを思わず撫でようとすると、そっと逃げられた。ごめん、そういえばこういうのもセクハラになるんだっけ?
「その辺りは今日の放課後、部長から説明があるはずです……あと小猫ちゃん言わないでください」
「あっはー、ごめんね小猫ちゃん。ってえ? 今日?」
なにやら口を開きかけた小猫ちゃんを無視して起き上がり、カーテンを開けようとして……カクン、と膝が曲がる。
「おわぁっ!? ……とぉ」
「……何をしているんですか」
無防備にすっ転びそうになった俺を支えに来てくれた小猫ちゃんの呆れ顔が、目と鼻の先にある。ううむ、幼さの残る整った顔立ちは、友人以下熱の入ったファンの存在も納得である……そのうえあの鈴のなるような声音で毒舌でも吐かれれば、その筋の輩には堪らないのだろう。いや俺にはその
「……落としていいですか」
「おぉーっと、失敬失敬。ありがとね。でもマジかぁ、あれから倒れて今翌朝?」
勘がいいなぁこの娘。何かを感じ取ったらしい小猫ちゃんが発言を行動に移す前に話題をそらす。
「……はい。いざという時のために目を覚ますまでついていましたが、一晩中ぐったりしていました」
「みたいだねぇ……しっかしなんだろうこれ。膝が笑っちゃって力が……」
「部長が言うには、昨夜は堕天使に一矢報いていたそうです。只の人間に出来る事じゃありません……何か、心当たりがあるのでは?」
「堕天使……あー、うん。そっか、当然といえば当然かなぁ」
探るような視線を受け流しながら、彼女の言う心当たりについて思いを馳せる。
昨夜あれと張り合うために使ったライズ。あそこまで全力で使ったのは久々だった上、極普通の帰宅部だった俺の体にあの超人的な挙動はだいぶ無理があったのだろう。なんせ身体強化といってもベースはノーマル男子高校生。
前者のツケが数分の使用で意識を失うほどの脳の負担に、後者のツケがこの筋肉痛として現れているのだ。
「やー、ははは。ちょっと頑張り過ぎちゃった結果?」
「……まぁ、それも放課後聞きますけど。どうするんですか、その体」
そういえば小猫ちゃんはすでに制服を着ている。そういえばそのまま一晩ここで過ごしたのだろうか、お風呂とかどうしたんだろこの娘……じゃなくて、このまま通学するつもりなのだろう。
「ううむ、どーしよっかなぁ。時間を置けばまぁ慣れて動けるようにはなるだろうけど……」
数日前イッセー君に試みようとしたように、PSIの力の一つにキュアという物がある。読んで字の如く傷や病を癒やす力なのだが……
「……苦手なんだよねぇ、治すの。というかそもそも、自分には使えないんだよ。キュア」
「そうなんですか?」
理屈としては人体の再生能力を補助するライズを、バーストの形で放射して相手に体に作用させるキュアは、精密な操作とか集中力とは何となく違う、センスのようなものが必要らしく……未だに気休め程度にしか作用しない。そして自分に使うくらいならライズで治癒力を高めたほうが早いのだ。
しかし現状はライズに耐え切れなかった体が悲鳴を上げているわけで……ここでさらにライズを重ねがけすると加わる負荷と治癒力でプラマイゼロ、むしろ脳への負担分でマイナス。
結局自然に収まるのを待つしか無く……
「んー……うし、今日は休もっかなァ」
正答に行き着いた俺は再びベッドに戻ろうとして、自由に歩けないんだったと想い出す。
「小猫ちゃーん、というわけでベッドまで頼むよ。…………小猫ちゃん?」
「…………」
ジト目をした彼女と目があう。
彼女の手には、俺の制服。
あ、これあかんやつや。
その日、俺は校内で有名人となった。
「……な、何だこの部屋は」
オカ研部室の扉が開く音に顔を上げると、困惑するイッセー君と目があった。
「あ、どうも奏海センパ…………どうしたんすか」
「んー? ……ふふふふふ……別に……なんでもないさぁ……」
何やら怯えるような目を向けてくるイッセー君に朗らかに笑いかけてやると、何やら沈痛な面持ちで目をそらされた。ははっ。
「(せ、先輩は一体どうしたんだよ?!)」
「(さぁ……尋常な様子ではないけれど)」
彼と小声で話しているのは、わが校の女性との熱視線と男子生徒の妬みを一身に受けて爽やかに笑うイケメン王子。二年の木場祐斗君だったか。
ぼんやり考えながら机の上の羊羹に手を伸ば……小猫ちゃんに見もせずにはたかれた。
「彼女は一年の、塔城小猫さんだよ」
「…………」
祐斗君がイッセーくんに紹介するのに合わせて、すまし顔で小猫ちゃんが一礼する。イッセー君は何やら感激している様子だった。
「で、知り合いらしいけどそっちが……」
「やぁやぁイッセー君、昨日ぶり。奏海先輩だよ。お腹の怪我の調子はどうだい」
「あ、いえ、大丈夫ッス。リアス先輩が治してくれて……」
「そうかい。よかった」
気を取り直して挨拶しつつ、俺は席を立って彼に頭を下げる。
「……昨日は済まなかったね。んで、ありがとう」
「わっ、ちょ、そんな。俺はただ……咄嗟に体が動いちまっただけで」
きまりが悪そうに俺の頭を上げさせたイッセー君は、照れくさそうになにやらもにょもにょと言っていた。昨日も思ったけど、やはり根は今時珍しい好青年なのだろう。
……と、微笑ましく感心していたのもつかの間。リアスちゃんのシャワーの音を聞きつけて鼻の穴をふくらませる様子に苦笑する。
「いやらしい顔」
「まぁまぁ小猫ちゃん、健全な青少年なんてこんなものさ」
切れ味するど小猫ちゃんの一言に固まるイッセー君の肩を叩きつつ、内心こっそり笑っていると……いつのまにやらそんな様子をこれまた微笑ましげに眺めてあらあらと笑っている女性が一人。
「あらあら、うふふ……貴方が新しい部員さんですわね?」
どぎまぎするイッセー君に歩み寄り挨拶するのは、リアスちゃんに並ぶこの学校のアイドル。三年の
「(しかし歩く度に揺れるとは、眼福だねぇ。リアスちゃんの若々しい魅力とはまた違った、大人の色気とでも言うべきものが―――ぁいたっ」
「……あむっ」
背中に走った痛みにそちらを見やれば、すました顔でお菓子をほおばる小猫ちゃん。
……その爪楊枝で刺したのかこの娘。意外とアグレッシブだなぁ……というかやっぱり察し良すぎないかい。また悪魔パワー?それとも女の勘というのはトランス的な何かだった……?
そういえばなんとなく朱乃ちゃんの目も怖い。違うよ? 老けてるとかじゃなくて成熟した色香というかね?
「おまたせ……ごめんなさい、貴方の家にお泊りしたままだったから」
タオルで髪を拭きながら現れたリアスちゃんによって、一旦微妙な空気が塗り替えられる。
「や、どーもリアスちゃん。それじゃ約束通り、いろいろお話しようか?」
「ええ、そのつもりよ……イッセー、貴方もかけて頂戴」
「あ、はいっ」
オカ研のメンバーに加えて俺とイッセー君。全員が揃っているのを確認して、リアスちゃんは笑った。
ついに、この激動の数日間の種明かしが始まる。