魔法少女リリカルなのは―畏国の力はその意志に―   作:流川こはく

10 / 15
なのは VS フェイト、三度目の衝突。家政婦は見たかもしんない。


第十話『次元の震動』

「なのちゃんの様子がおかしい?」

 

 アリサは最近感じていた疑問を兄にぶつけてみる。少しでも何かしらのヒントが得られればと思っての行動だった。

 

「そうなのよ。最近いつも上の空で、何か悩んでるみたいだし……。でもあたしたちには何も打ち明けてくれないのよ!」

「なのちゃんが悩みねぇ。アリサたち関連じゃないとしたら、クロノ君と何かあったのかな」

「……? 誰よ、クロノって」

「誰って…………なのちゃんの彼氏だよ」

「へ? ………………はあああっっーーーー?!」

 

 あまりの音量に付近にいた飼い犬たちは起き上がり、窓辺にいた小鳥たちは空へ飛び立った。

 だがアリサにはそんな周囲の情報は入ってこない。

 

(なのはに……彼氏? 彼氏っていったらあれよね。恋人の事よね。なのはに……恋人? ……一体誰が! いつのまに……。あたしのなのはが?! ……いや、そもそもなんでなのははあたしに紹介してくれないわけ? な、悩んでたのって彼氏の事? そんなの……、あたしじゃ力になれないじゃない!!)

 

 バニングス家の朝は忙しなかった。

 

 

第十話『次元の震動』

 

 

 朝のホームルーム前にて。

 

「ねぇなのは、あたしに何か報告しなきゃいけないことがあるんじゃない?」

「にゃ、な、なんのこと?」

 

 魔法の事を親友にも黙っているなのはには心当たりが多々あった。最近急に秘密が増えてしまって、国語力の無い自分としてはどうごまかしたらいいものかわからない。

 

「別に報告しなきゃいけないことなんて無いよ? ど、どうしたのアリサちゃん?」

「へぇ、そう……ふ~ん」

 

 なんにも無いと言ったのに、アリサは納得してない様子だった。その様子になのはは少し疑問を覚えた。

 

 

 昼休み、屋上での昼食時にて。

 

「ねぇなのは、最近何か人には言えないような悩みを抱えてるんじゃないかしら」

「ななな、なんの事?! なのはは別に心配事なんて無いよ!」

 

 嘘だった。ジュエルシードの破壊から街を守れるか不安だった。金髪の少女――フェイトに対抗できるか不安だった。そして何より、フェイトについてもっと知りたかった。お互いの事を知り合って、友達になりたかった。

 そのためにも、フェイトときちんと話し合うためにはどうすればいいのか、ずっと思い悩んでいた。

 それこそ親友に心配させてしまうぐらいには。

 

 

 放課後、教室にて。

 

「ねぇなのは、あたしに紹介したい人がいるんじゃない?」

「にゃー!! な、ななな、何言ってるのアリサちゃん!!」

 

 ここにきて、なのははアリサが既に何かを知っていることを前提に話していることに気付く。

 自分がフェイトの事を考えているのがばれていた。友達になって、親友にも紹介したいという思いが筒抜けであった。

 いつの間にバレたのかわからないが、そこまでバレていたのならもう隠しておくことは出来ない。幸い魔法関連の事じゃないから隠さなきゃいけないことでもない。

 姿勢を正し、答え直す。

 

「うん、実は……ずっと気になってる子がいるの。今まで黙っててごめんね」

「そ、そそそ、そう。ふ、ふ~ん。別に、動揺なんてしてないわよ。えぇ、してないったらしてないわ。それで、ど、どんな奴なのかしら?」

「あ、うん。実はあんまり自分の事話してくれなくて……。凄く強くて、冷たくて。なのはのことを全然見てくれないけど、凄く寂しそうな眼をしてるの。だから、もっと知りたいんだ。あの子のこと。もっと、仲良くなりたいんだ」

 

 アリサは思った。何故そんな自分を見てくれなくて冷たい奴を好きになったのかと。いや、強いってなんだと。変な人に絡まれているところを助けられでもしたのかと。

 あれか、自分を見てくれないから逆に意識しちゃうとか、吊り橋効果とか、自分が支えてあげなくちゃダメなんだというようなダメ男に引っ掛かる感覚か。

 ドラマならそんな展開には興味津々で眺めていたかもしれないが、実際に知り合いがそうだと驚愕を覚える。

 というよりも、なのはがダメ男に引っ掛かってしまったことが衝撃的であった。

 普段からぽわぽわしてるこの子のことは、近くにいる自分がもっとよく警戒してあげなくちゃいけなかったのだ。

 後悔しても始まらない。まずはクロノとやらに会わなくては。アリサは一人決意を新たにした。

 

「そう、わかったわ。何はともあれ、あたしもそいつに会いたくなったわ。なのは、放課後空いてるわよね」

「にゃ、あ、その、放課後は……ちょっと用事が……」

「アリサちゃん、今日はバイオリンのお稽古が夜まで入ってるよ。なのはちゃんに着いていくのは無理じゃないかな」

「あ、むむむ……!! 今は稽古よりなのはの方が大事よ!」

「にゃー!! なんでそんな大事に?! 別に大丈夫だから! それに別に危ないことなんて、……あ! えと、その、あんまりしてないから!!」

「へ?」

「え?」

 

 アリサどころか、すずかまでもがなのはに対して不審な目を向けた。なのはは喋っているとどんどん墓穴を掘っているのを実感した。

 なので、これ以上悪化する前にこの場から逃げることを選択した。

 

「アリサちゃん! すずかちゃん! また明日ね! ばいばいー!!」

 

 普段の運動音痴っぷりはどうしたと言わんばかりの見事な逃げっぷりであった。

 

「逃げたわね」

「逃げちゃったね。それで、アリサちゃん。なのはちゃんが何に悩んでるか知ってるの?」

「間違いなく、今話した奴のことで悩んでるわね。全く、いつの間に……」

「アリサちゃん、なんかその人に対してあたり強くないかな。知ってる人?」 

「知らないわよ! 知らないけど、知り合ったらボコボコにする自信があるわ」

「やっぱりあたりが強いよ……。なんでそんな怒ってるの?」

「すずかは悔しくないの?! なのはが変な男に引っ掛かっちゃったのよ!!」

「引っ掛かったってそんな言い方、というより男の子なの?」

「男に決まってるでしょ!! なのはの彼氏なんだから!!!!」

「え、……ええーーっ?!!!」

 

 あまりの展開に流石のすずかも動揺した。なのはが友達を作りたがってる話かと思ったら、全然違う内容だった。

 

「えと、えと。アリサちゃんの勘違いとかじゃないのかな? 友達を作ろうとしてるだけじゃない?」

「アイリから聞いたし、恭也さんにも確認とったわよ! 最近そいつと夜遊びばっかしてるって苦々しい返事が返ってきたわよ!」

「そ、そんな……なのはちゃんが……。私、なのはちゃんはてっきり……――君が好きだとばかり思ってた……」

「ん、何か言ったかしら、すずか。とりあえず、今出ていったのだってそいつに会いに行ったに違いないわ」

「そうだとしても、なのはちゃんがその人を好きなら邪魔しちゃダメだよ。やっぱりちょっと信じられないけど」

「何言ってるのよ! 軽く聞いただけでもダメダメなやつじゃない! たとえなのはに怒られたって、あたしの目の黒いうちはあの子を不幸になんてさせないんだから!」

「あ、アリサちゃんってあれだね。……イケメンってやつだね」

 

 アリサの熱意にすずかは顔を赤らめた。やはりアリサはこうでなくては。熱血こそが自分の親友の持ち味だ。

 アリサとなのはとすずか。

 きっかけこそはケンカがスタートだったが、今では本当に相手のことを大切に思い合える、かけがえの無い関係になった。

 その関係はちょっとやそっとの秘密なんかでは少しも崩れないことは、身をもって知っている。

 なのはが本当に何を隠しているのかはわからないけれど、秘密を抱えているからって自分たちの関係が変わることなんて無い。

 ならば、自分はただ待とう。最近になってやたら忙しそうななのはが、秘密を話してくれるまで。

 それがどんな内容であれ、なのはの味方になってあげよう。怒るのがアリサの役目なら優しく手を握ってあげるのが自分の役目だ。

 横で色々とせわしなく動いている親友を見ながら、すずかはそんなことを思った。

 

「よし。あたしは夜まで稽古だけど、頼りになる助っ人を呼べたわ」

「あ、ごめんアリサちゃん。少しぼうっとしてた。誰を呼んだの?」

「ふっふっふ。事情を知ってるアイリと恭也さんになのはの後をつけてもらうことになったわ」

「後をつけるって……。そんなことしたらなのはちゃんに怒られるよ?」

「あの二人なら万が一にもばれることなんて無いわよ。まぁアイリは渋ってたけど、恭也さんにはノリノリで賛同されたわ!」

「恭也さん……やっぱり妹の彼氏とかって気になるのかなぁ」

 

(アリサちゃんに彼氏が出来たときも、きっと同じような事が起きるんだろうなぁ。今度はアイリ君が主催で)

 

 すずかは兄貴分のメンバーの暴走に、そっとため息をついた。

 

 

 

 

「ふむ、何か目的地があって動いているようには見えないな」

「うーん、どこかに行くというよりも誰かを探しているっていう方がしっくりくるかな」

「となると、そいつがなのはを誑かした男か」

「いや、誑かしたって……。なのちゃんはあんなに可愛らしいんだから、そろそろ彼氏の一人ぐらいいておかしくないよ」

「いや、あの後考え直してみたが、やはりなのはが急に見知らぬ奴を恋人にするなんておかしい。ならば、その男を確認しておく必要がある」

「おかしいって……。もう思春期に入るんだから好きな男の子ができてもおかしくはないと思うけど、……って痛ぁっ!!」

 

 何故か恭也に頭を叩かれ、アイリは涙目になった。

 わけもわからず叩かれたことに抗議の目を向けるが、恭也はその視線を素知らぬ顔でスルーした。

 

「む、動くぞ。というか、いつの間にかユーノがいるな。どうやって来たんだ?」

「うぅ、なのちゃんがこっそり学校に連れていったんじゃない? 兄さん今日は朝から講義だから家にいなかったんでしょ?」

「確かにそうかもしれないな。だがこんな街中で放し飼いとは……。ユーノは確かに賢いが、迷子になったらどうするつもりだ」

「動物は人の気配に敏感だからね。念のためもう少し離れておこうよ」

 

 達人に片足を突っ込んでいる者たちに隙はなかった。その尾行はばれることなく、日が暮れて夜に突入するまで続いた。

 

 

 

 

(結局ジュエルシードは見つからなかったね)

(うん、この近くにあるのは間違いないんだけど)

 

 結局なのはは誰と合流するわけでもなく、只ひたすらに街中を歩き続けただけだった。

 

「アイリ、どう見る?」

「う~ん。その男の子って訳有りなのかも。なのちゃんもどこにいるかよくわかってない? 家を知らないみたいだね」

「だからってこんな人混みの中を探し回るものなのか? それに日が暮れても繁華街にいるのはどうかと思うぞ。変なやつが出ないとも限らない」

 

 そう言う恭也の後ろには、頭を叩かれて気絶している男の山があった。

 

「いや、なのちゃんをちょっと意識したっぽい男の人を闇討ちしていくのは止めようよ。こんな時間に子供一人が歩いてる事に気になっただけかもしれないじゃん」

「安心しろ。無闇に攻撃しているわけじゃない。下心を持ったやつだけをやっている」

「えぇ、ホントかなぁ。っていうか僕に道を尋ねてきた人も倒したよね? 確かに一緒に来てくれってしつこかったけど、やっぱり無闇やたらに攻撃してるじゃん!」

「いや、お前な……。そいつはどちらかというと真っ黒だ」

 

(なのは、今日はもう帰った方がいいよ。もうすぐ夕食の時間だ。後は僕一人で見て回るよ)

(大丈夫? ユーノ君)

(大丈夫さ。僕の分のご飯残しといてね)

 

 キィーーン

 

 その時、周囲を一迅の魔力が流れていった。

 

(この感じは人工的な魔力波……。誰がなんのために? まさか、前の子が無理やりジュエルシードを起動しようとしてる?!)

(どういうこと?! ユーノ君!)

(魔力粒をあてて無理やりジュエルシードを活性化させて位置を特定する気だ! なんて無茶苦茶な……)

 

「兄さん、なんだかピリッとしない?」

「いや、何も感じないが。何か感じるのか?」

「なんかぞわぞわする」

 

 ――キンッ――

 

 そしてジュエルシードが活性化しだした。

 

(ジュエルシードが! こんな無茶苦茶な! えぇい、封時結界発動!!)

 

「兄さん、なんかまずいよ。なのちゃんを連れて一旦離れよう。……兄さん? ちょっ、兄さん足が消えてるよ?!」

 

 信じられないことに、恭也の下半身が消えていた。いや、下半身どころか、どんどん体全体が消えていっている。

 

「違う! 消えてるの……お前の……ッ!!」

 

 とっさに恭也はアイリに手を伸ばすが、その手はアイリの体をすり抜けていった。あまりの事態に混乱をするも、状況はどんどん変化していく。

 足から消えていった恭也の姿は、腰へ、上半身へと進んでいき、やがて完全に消えていった。

 

「ちょっと、冗談でしょ? いくらなんでもこれはないよ……」

 

 付近にはあれほどいた人影が全くない。最後の恭也の言葉を信じるならば、消えたのはどうやら自分の方らしかった。それか、やはり自分以外が消えたか。

 どちらにしろ、自分だけが今まで側にいた人たちから遠ざけられたのは間違いなかった。

 

「この状況なんかデジャヴなんだけど。あれって夢じゃなかったのか……。もしかして今が夢? 悪夢? 立ったまま寝てた?」

 

 現実逃避していても始まらない。あの時はどうやって戻ったんだったか。確か、時間経過だった気がする。何分気絶している間に戻っていたからよくわからなかった。

 仕方なしに周囲を探る。何かしらの手懸かりがあるかもしれない。

 

「っていうかなんで僕だけ……。やっぱり呪われてるの? もう一回お祓いに行こうかなぁ」

 

 こんな状況に陥りだしたのも、あの時民族衣装を着た男の子の夢を見てからだ。

 あの時助けてと言われたのに助けられなかったから、あの男の子の無念が自分を縛り付けているのかもしれない。

 

「うん。明日那美さんに本格的なやつを頼もう」

 

 那美は日本でも数少ない本物の霊媒師である。

 その実力は、彼女目当てに遠く県外から、いや、日本中から人がやって来るほどである。

 

 ――サンダースマッシャー!!

 ――ディバインバスター!!

 

 ふと、何か聞き覚えのある声が聞こえた。

 でもどこから聞こえた?

 自分以外にも人がいる?

 そう思い周囲を見渡すと、遥か上空に人影が二つ見える。

 暗闇の中、空に浮かぶ人影なんていう見つけにくいにも程がありそうなものに気づけた理由は簡単である。

 その人影が光を放っていたからだ。

 いや、光というよりも光線か。桜色と、金色の光がそれぞれの人影から地上のとある一点に向かって放たれている。

 

「Wow、Exciting……」

 

 あまりの光景に呆けるしかない。いくらなんでも、自分の街を舞台にして空を飛び回ったり光線を撃ち放ったりするのは勘弁してほしかった。一般常識的に。

 アイリは自分の事は一先ず置いておいてそう思った。

 そういえば、少し前の巨大樹の事件もわりとあり得ない感じだったが関連があるんだろうか。

 疑問に思いながらも光線が何を撃ち抜いていたのか気になり、建物を上り視界が良好な位置へと移動する。

 

「あれって……まさか、ジュエルシード?」

 

 来る途中で拾った双眼鏡を覗き込んで見えたものは、最近よく目にする青色の宝石であった。

 

「なんでジュエルシードに対して砲撃を? それに、さっきの二人はジュエルシードを無視して離れたところで高速移動しながら戦ってるし……。本当にどうなってんの」

 

 先程協力してジュエルシードに攻撃していた二人は、上空をそれぞれ特徴的な光の粒子を巻き散らかしながら飛び回って戦っている。

 

(空に浮かぶって発想はあったけど、翔びまわるっていう発想はなかったな。地上戦ばっかり考えてた……。やっぱり実戦となると、想定外の事ばっかりだ)

 

 アイリは改めて自分の力の使い方を見直すことにした。非現実的な光景とはいえ、自分も片足突っ込んでいるのだから有効活用しない手は無かった。

 今まで自分が魔力を使うとなると、単純な自己強化か特殊な補助魔法か、そして大抵は固定砲台になるかだった。

 上空の二人のように魔力自体で移動したり、前回のアルフのように魔力に特徴をつけずに飛礫のように打ち出したりと、魔力の使い方は奥が深そうだ。

 

 密かに新たな練習メニューを考えていたら二つの光体が地上に、というよりもジュエルシードの元へと突き進んでいた。

 互いに掲げる杖を突き出し、ジュエルシードを挟んで衝突していた。

 

(ん、あれは……フェイトちゃん? それにもう一人は……あの顔は……なのちゃん?!)

 

 まさかの知り合いである。いや、フェイトに限って言えば確かにジュエルシード絡みで知り合った。ジュエルシードを探していると言っていたから、これがその現場なのだろう。だからってよくわからない空間を作り出さないでほしい。巻き込まれたほうはたまったものではなかった。

 フェイト自身が怪しい光の鎌を振り回していたこともそうだが、アルフが喋ったり飛んだりしている時点で彼女たちは超常に関わりがあっておかしくはないのだ。

 

 だがなのはは違う。

 彼女とはもう六年の付き合いになる。それもただの六年ではない。彼女が三歳から九歳になる間の六年という、彼女の人生の大部分を共に過ごしてきた。

 アイリの中では、なのははアリサと同じく目に入れても痛くない大切な妹のような存在だ。

 なのはの事はなんだって知っていると思っていた。最近はそれが覆されてばかりだ。

 最近夢で知らない男の子と仲良さげな光景を見せられた時も大分切なくなったが、今回はどうしたものか、まるで実感がない。

 大切な妹分が、今まで見せたことの無い真剣な顔で、今までその片鱗すら見せなかった力を奮い、最近になって現れた異質な宝石を巡って争っている。

 

 これは夢か。

 腕を抓るが痛みを感じない。

 ならばやはり夢か。

 痛くはないが、抓った痕は赤く染まっていた。

 どうも現実味がない。それもこれも、この空間がまるで現実的じゃないからだ。人は消え、車は止まり、なんの音も発せられることはない。

 閉ざされた空間で存在感を出すのは二人の少女とジュエルシードのみ。そんな空間で混乱しないわけがなかった。

 

 ――トクン――

 

 ――トクン、トクン――

 

 ――トクントクントクン……キィーーーン――

 

 その時、世界が揺れた。

 今までのジュエルシードの発動とは一線を画する。本当の発動の予兆。

 暴走した光が辺りを包む。なのはとフェイトはたまらず弾き飛ばされ、近くの建物に叩きつけられた。

 地面が激しく揺れる。心なしか空間も歪んで見える。

 

(これはっ、よくわからないけど本格的にまずいッ!!)

 

 作り物の空間が悲鳴をあげている。それほどの力がジュエルシードを中心に渦巻いていた。

 

「ダメ!!」

 

 フェイトが駆け寄り、ジュエルシードの暴走を抑え込もうとする。

 杖を突きつけるも、既に杖はボロボロにヒビが入っていた。

 そのまま自身の両手でジュエルシードを抱え込む。手からは血が飛び散り、それがどれだけ大変なことかうかがえた。

 

「とまれ……とまれ!!」

 

 呪文のように同じ言葉を繰り返す。

 だが、少し弱まった程度で暴走が止まる気配はない。フェイトの顔色が絶望に染まる。

 

 このままでは暴走を抑えられない。

 誰もがそう判断した時、フェイトの体を不自然な風が吹き飛ばした。突然の事に、ジュエルシードを手放してしまう。

 抑圧された力が取り除かれたジュエルシードは、更なる光を放ち暴走しようとしていた。

 

 その時である。不意にジュエルシードが巨大なクリスタルの柱に貫かれた。

 

「あれは……?」

 

 その場にいたフェイトとなのは、ユーノは何が起きているのかがわからなかった。ただ一人アルフだけはこの現象に見覚えがあった。

 

「あれは……!!」

 

(あれは、あの魔力を感じない不思議なプレッシャーは……! あたしが最近受けた技にそっくりだ! ならこの現象は、アイリが起こしてるのかい?!)

 

 周囲を見渡す、鼻も駆使して付近の気配を探る。

 

(――いた!)

 

 少し離れたビルの屋上に、確かにアイリの姿がある。両手で剣を掲げ、目をつぶってこちらに意識を向けている。なぜこの空間にいるのかはわからないが、今はどんな助けでもほしい。あの時のように、魔力を弱めることができれば自分たちで封印できるかもしれない。

 

 アイリが剣を降り下ろす。

 それに連動してジュエルシードにクリスタルの結晶が降り注ぐ。

 

 ――命脈は無常にして惜しむるべからず

 ――葬る――

 

『不動無明剣』

 

 それはどんな奇跡か。

 地面から生えたクリスタルに貫かれ、激しく光を放った後に残ったジュエルシードは、今までの事が嘘のように魔力の放出をやめていた。

 それどころか完全に活動を停止し、封印処理がほどこされていた。

 

 フェイトはふらつきながらも、ジュエルシードを掴み取った。その後崩れ落ちる体をアルフが支える。

 フェイトを抱え込み、なのはとユーノにひと睨みしてから無言でその場から立ち去った。

 

 

 

 

(なんとかなったかぁ。ホントに何が起きてるのさ……。ん、フェイトちゃんを抱えた女の人がこっちに向かってくる。なんでわざわざこっちに……。あれ、ひょっとして僕に気づいてない?)

 

 橙色の髪の女性はぴょんぴょんとビルを飛び回り、アイリの前に着地した。そして、まるで顔見知りかのように気軽に話しかけてきた。

 

「ありがとねアイリ! ホント助かったよぉ。まさかジュエルシードがあんな危ないものだったなんて……」

「え、あ、はい。どういたしまして? それでその、ここはどこ? あなたは誰?」

「何言ってんだい。あたしのこと忘れちゃったのかい? 大好きって言ってくれたのに」

「ええええッ?! えと、人違いじゃないですか?」

「間違えるわけ無いだろ。あたしは匂いで人を判別できるんだ。あんたの妹とシャッフルしても見分けがつくよ」

 

 自分の妹のことも知っている。となると、本当に顔見知りかもしれない。だが、よく顔を見てみてもやはり身に覚えが無い。

 告白と聞いて微妙に自分の黒歴史が思い出されたが、彼女とは全然違う風貌である。スタイルが抜群な事を除いたら。

 でも、心なしか彼女の事は知っている気がした。何か非常に、なんとも言えない親しみを感じていたのだ。

 よくよく見てみても、やはり知らない顔だ。だがこの親近感は何だろう。この、頭を撫で回したくなるような感覚は。

 

「あなたとは、どこかで会ったような気がする……。僕たちはいつ知り合ったんですか?」

「いつも何も、つい最近だよ。あんなに絡んできたのに何を言って……あぁ! 今は人型だったね!」

「へ? 人型?」

「あたしはアルフだよ。犬のアルフ。温泉宿で会っただろう?」

「えと、アルフ……犬の……。ええッ?! アルちゃん?!」

 

 最近は人間になるのが流行っているのだろうか。かつて犬として出会ったアルフが、今度はやたらセクシーな女性になって目の前に現れた。

 そういえば、以前人間になってから出直して来い的な発言をした気がする。

 まさか、本気にしてジュエルシードを使って人間になっちゃった? となると、ひょっとしなくても自分のせいだろうか。 

 アイリは内心でだらだらと冷や汗を流す。

 

「えと、ほ、本日はお日柄もよく……」

「何言ってんだい。もう日も暮れて真っ暗じゃないか」

 

 会話が致命的に下手くそだった。

「あ、えと、ご、ご趣味は……」

「趣味と言われるような事はないねぇ。好きに食べて好きに寝て、フェイトの役にたつことぐらい?」

「あ、僕も寝るのは好きです。奇遇ですね!」

「……?」

 

「ってか前と同じ感じでしゃべっとくれよ。なんかムズムズするんだ」

「えと、はい。……ふー。アルちゃんなんで人間の姿してるの?」

「あぁ、あたしは使い魔だからね。ベースは犬だけど、人型にもなれるのさ」

「それって前から?」

「そりゃそうさ。ちっさい頃からそうだよ」

「そっか! それはよかった!! いや、ホントに」

「ん、なんだいそりゃあ?」

「あはは、なんでもないよ。それで、ちょっと聞きたいことが山ほどあるんだけど……」

「あぁ、構わないよ。あんたならフェイトの邪魔をすることも無いだろうし」

 

 聞きたいことは多々あるが、要約すると二つに絞れる。今までの事もこれからの事も、その原因に集約される。

 明らかに異質な存在。異質な世界。日常を侵食する非日常。

 その原因の一端は間違いなく目の前の二人だ。

 

「そっか、ありがとう。なら、教えて欲しい。……ジュエルシードについて。それに――――君たちについて」

 

 嘘やごまかしは許さない。

 アイリはそれまでの緩い空気を一変させ、視線を鋭くしてそう問いかけた。

 

 

 

 

「ジュエルシード、取られちゃったね……」

「今回は仕方ないよ、なのは」

 

 残された二人の雰囲気は暗い。

 二人の心中は複雑であった。

 

(あの空間の揺らめきは……、なのはとあの女の子――フェイトの魔力の衝突の影響? いや、それにしてはおかしい。あれはあまりにも巨大過ぎる。もしかして、あれこそがジュエルシードの本来の力なのかも……。たった一つであの魔力なんて。なら、あれを集めているフェイトの目的は一体……)

 

 ユーノは自分の発掘したロストロギアについて今一度考えていた。

 壊れた願望器。だが、壊れていても内包する魔力は大したものだ。あれは個人が手にしていいレベルを越えている。なんとか封印して、しかるべき場所へ渡さないといけない。

 でも、自分たちだけで本当に集める事ができるんだろうか。

 ユーノの未来予想図は決して楽観視できるものでは無かった。

 

 

 なのはも思い悩んでいた。

 

 ――教えてフェイトちゃん! どうしてこんなことをするの?!

 ――私は……。

 ――フェイト、言わなくていい! 甘えられた環境でぬくぬくと生きてきたやつなんかにフェイトの事がわかるはず無い!!

 ――ッ!!

 

(甘やかされた子供、か……)

 

 自分は確かに家族にも友人にも恵まれている。少し寂しい時期はあったけれど、今のこの環境になんの不満もない。

 だからってそれを理由に諦めたくなかった。

 確かに自分とフェイトにはなんの関係もない。寧ろジュエルシードを巡る敵対者と言ってもいい。

 でも、なんでだろうか。フェイトの事がとても気になるのは。

 あの寂しい瞳を、何とかしてあげたいと思うのは。

 理屈じゃなかった。

 

(今度こそ、ちゃんと話し合いたいな……)

 

 ジュエルシード集めの傍ら、なのはの意識はフェイトへと移っていった。

 自分の中の気持ちをうまく表現できずに、燻る気持ちをその胸に。

 なのはは己の小さな手のひらをじっとみつめた。

 

 

 

 

 アイリを捜索していた恭也に、一通のメールが届く。

 

『無事です。ちょっと外泊します。適当にアリサに修行とかなんとか言っといてください。僕が怒られない感じでお願いします』

 

 散々人に心配させておいて何だそれは、と訝しがる恭也にもう一通メールが届く。

 

『なのちゃん、まさかの魔法少女でした』

 

 恭也はますます混乱した。

 どういう事か説明しろとアイリに電話を繋ぐが、ブチッと切られてしまう。

 眉間に深く皺を寄せながらも、今度会ったら問い詰めてやると誓った夜の事だった。




アイリ、フェイト組に合流。確信に一歩迫ります。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。