魔法少女リリカルなのは―畏国の力はその意志に―   作:流川こはく

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管理局登場の回。
冒頭の夢はリリカルなのはINNOCENTより。


第十一話『交差する運命』

「フェイト、アリシアを見なかったかしら?」

「お姉ちゃん? そういえば今日は見てないかも」

「ま、まさか誘拐でもされたんじゃッ! あの可愛さだもの、十分にあり得るわ!」

「母さん、誘拐とかはいくらなんでも……」

「あぁ! もちろんフェイトもとっても可愛いわ! お母さんなら二人ともお持ち帰りね。でも他の誰かが誘拐するならコンパクトなアリシアの方が危ないかも……」

 

 これは、フェイトとその家族だろうか。

 多分母親。そしてこの場にはいないけど、恐らくもう一人姉妹がいるのだろう。仲睦まじい平凡な、だけど幸せに溢れた家庭に見える。

 

(今とあまり変わらない姿だ。つい最近の出来事? それとも未来の?)

 

 場面が切り替わる。

 フェイトは見慣れぬポットの中に、フェイトに似た女の子はこれまた見慣れぬ未来的な電子盤を操作して何かを行っている。

 

「フェイト、調子はどう?」

「うん、問題ないよ。お姉ちゃん」

「あら、テストプレイももう終わりかけね。さすがは私の娘たち、いえ――さすが私の愛娘たちね」

「えっへん!」

「え……えっへん」

「プレシア、勝手に仕事を抜け出さないでちょうだい!」

「こ、これは違うのよ。リンディ」

 

 何かの実験をしてるのか。なんだかひどく楽しそうだった。フェイトも今まで自分が見てきた顔とは全然違う。自然な笑顔だ。

 

(よかった。あの子もこんな風に笑えるんだ)

 

 再度場面が切り替わる。

 

 崩壊する城の中、プレシアと呼ばれていたフェイトの母親が声を荒らげる。

 

「もうたくさんなのよ! あの子を亡くしてからの暗鬱な日々も。あのお人形をアリシアの代わりに扱うのも」

 

 杖を振りかざし、髪を振り乱し叫ぶ。

 

「聞いていて? あなたの事よ、フェイト。アリシアの記憶をあげても、あなたは決して私の可愛いあの子にはなり得なかった欠陥品。いいことを教えてあげるわ、フェイト。私はあなたの事がずっと、ずっと――大っ嫌いだったのよ!!」

 

 ――これは、ナンダロウ。

 

(なんでこんな……。こんなのって……。これがフェイトちゃんがいつも悲しそうにしている理由?)

 

「私は……アルハザードですべてを取り戻すのよ!」

 

 世界が薄まっていく。

 もっと知りたいという思いとは裏腹に、意識は夢から浮上していった。

 

 

第十一話『交差する運命』

 

 

 ――ッ!!

 

 ソファから跳ね起きる。

 隣のベッドにはまだ眠っているフェイトがいる。規則正しく胸が上下に動いていた。髪をおろしたフェイトは、金髪なのも相まってアリサを連想させた。

 

(そうだ、あのあとフェイトちゃんの怪我を癒して……事情を聞いて、夜遅くなったからそのまま泊まったんだ)

 

 多くの事を聞いた。

 

 この宇宙には次元世界と呼ばれる別次元の世界が多数広がっていること。

 そこの管理世界と分類されているところでは、科学の発展と共に魔法という技術が発達していること。

 ここ一連の不可思議な事件の元凶は地球に降り注いだジュエルシードであるということ。

 ジュエルシードは壊れた願望器で、周囲の願いを汲み取りながら暴走し、その被害は地球全体に及ぶであろうこと。

 フェイトたちは母親の命令でジュエルシード集めをしていること。

 ジュエルシードを回収している過程で、現地の魔法少女と敵対関係になっていること。

 ジュエルシードを集めきるまで、その少女と対決し続けることになるであろうこと。

 

 色々な事を知った。

 だがその中には、フェイト自身についての説明が異様に少なかった。

 

 母親との関係は?

 姉は今何をしているのか?

 なぜ、アルフはフェイトの母親をあの女と呼び嫌悪するのか。

 なぜ、フェイトはそんなに寂しそうな顔をしているのか。

 

 まだまだ知らないことが多そうだ。

 

「起きたのかい」

「アルちゃん、おはよう」

 

 アルフは犬の姿から人型になる。本当に変身は自由自在のようだった。

 

「それにしても、まさかあんたが治癒魔法を使えるなんてねぇ。それもかなり高度なやつだ。よくわかんない技は使うのは知ってたけど、魔法も使えたんだね」

「僕のは多分アルちゃんたちが使ってるのとは少し違う。でも回復の効果はしっかりしてるはずだよ」

「それは昨日確認してるよ。あんたといいあの子といい、この星には魔法文化は無いはずなんだけどねぇ」

「僕は、多分あくまで例外。あの子は――なのちゃんは、正直わからない」

「ひょっとして、知り合いの子かい」

「うん。妹みたいな存在の子かな」

「そっか……。フェイトの事を気にかけてくれてる優しい子なんだろうけど、今は敵同士でしかないよ。アイリには悪いけど、フェイトの邪魔をするならぶっ飛ばすまでだ」

「うん、わかってる……」

 

 アルフは本当にフェイトを大切に思っているらしい。フェイトに今何が起きているのかはわからない。ほっとけないような寂しい目をして、傷だらけになってまで何を求めているのかはわからないけれど、少なくともアルフのような自分の絶対的な味方がいることはフェイトの心を守っているはずだ。

 

 それに、アイリはフェイトのことも心配だったが、なのはの事だって気がかりだった。

 

「なのちゃんはいつから魔法が使えたんだろう。ずっと見守ってきたはずなのに、全然知らなかったな……。それに、なんでジュエルシードを集めてるんだろ」

 

 思えば、アイリが初めてジュエルシードを手にした現場になのはは突如現れた。明らかに何かしらの目的を持って神社にやって来て、アイリが持つジュエルシードを執拗に欲しがった。

 あの時には既に全てを知っていたのだろう。

 ジュエルシードが海鳴に降り注いだことを。そして、ジュエルシードの正体についても。

 

「あの子、魔力量はすごいけど戦い慣れてる感じじゃなかったね。多分魔法を習ったのも、ジュエルシードについて教えてもらったのもあの使い魔からじゃないかい」

「使い……魔?」

 

 使い魔。アルフみたいな存在のことか。だけどなのはの近くにアルフのような人語を解する存在がいただろうか。

 

「あのネズミみたいなやつの事だよ。知り合いなら存在は知ってるだろ」

「あ……」

 

 なのはについての疑問の最後のピースが埋まる。

 突如現れた不思議な感じのするフェレット、ユーノ。

 彼が全ての始まりだったのだ。賢い、賢いとは思っていたが、まさか異世界からの来訪者だったなんて想像だにしていなかった。

 なのはにも、そしてユーノにも聞かなくてはいけないことがたくさんありそうだった。

 

 その後、アイリは起きたフェイトに頼み込み、フェイトの母親のいる時の庭園に一緒に連れていってもらうことになる。あわよくばプレシアと話をしてみたいという思いを胸に秘めながら。

 

 

 

 

■次元空間内 次元空間航行艦船 アースラ

 

「先程の次元震の影響ですが、特に重要なものは無さそうです」

「そう、それはよかったわ。小さくても次元震だもの。最大限の警戒であたって頂戴」

 

 巨大な戦艦に乗っているクルーは、先程の揺らぎを捉えていた。

 ここは次元空間内。乗っているは次元世界を束ねる時空管理局員。ここから地球上の日本の一点、海鳴市について警戒網を敷いていた。

 

「二組の捜索者についても以前捜索中です」

「彼女たちがジュエルシードを探しているのなら、すぐに会うことになるでしょうね。その時はよろしくね。クロノ執務官」

「任せてくださいよ、艦長。僕はそのためにいるんですから」

 

 事件はもはや小数の人間の手におさまらない。

 組織の介入するところとなる。

 

 

 

 

(やっぱり、フェイトちゃんと話し合いたいんだ)

(なのは……)

(ジュエルシード集めが大切なことはわかってるよ。でも、やっぱりあの子のことほっとけない)

(うん、なのはならそう言うと思った。……いいよ、なのはの好きにして。後悔しないようにしてほしい)

(ありがとう、ユーノ君……)

 

「なのはーっ! 詳しく話を聞かせてもらうわよ! 昨日も例の子と会ってたんでしょ!」

「にゃー! あ、アリサちゃんなんで知ってるの?!」

 

 次の日の学校、なのははアリサに捕まって問い詰められることとなる。

 

「なんで知ってるなんてどうでもいいのよ! あたしにも紹介しなさいよ! 蹴っ飛ばしてあげるから!」

「アリサちゃん……それじゃあよけい紹介したくなくなるよ……」

「け、けるって……なんでー?!」

「なんででもよ! 今日の放課後会いに行くわよ」

「あ、放課後はちょっと予定が……」

「だからそいつと会うつもりなんでしょ! あたしも行くわ」

「アリサちゃん、無理矢理はダメだよ。なのはちゃんが紹介してくれるまで待とう?」

「すずかちゃん……!」

「あー、もう仕方ないわね! でも必ず紹介しなさいよ!」

「あ……、うん!!」

 

 なのはは友人に支えられ、己れの信じる道を突き進む。

 

 

 

 

■時の庭園 主の間

 

「駄目よ。私はそんな人間に興味はないの。さっさと帰してきなさい。見ず知らずの人間をこの庭園にあげないで」

「でも、その人はジュエルシード集めに協力してくれていて……。母さんと話がしてみたいって……」

「何度も言わせないで。私はこの庭園から消せと言ったのよ。あなたがしないなら私がしてもいいの。報告はその後に聞くわ」

「……わかりました、伝えてきます。……ごめんなさい、母さん」

 

 フェイトの顔色は暗い。

 母親を前にして、甘えることもできずに、傷つけられても離れることもできずに、只々母親がいつか自分を見てくれることを期待している。

 しかし、今日もまた自分を見てくれることは無さそうであった。

 

 

 

 

「しかし、あんなやつと話がしてみたいなんてあんた変わってるね」

「あんなやつって……フェイトちゃんの母親でしょ。ダメだよ、そんな言い方したら」

「母親ならッ、母親ならフェイトをあんな悲しませたりするもんか! あたしはあいつが大っ嫌いなんだ!」

 

 やっぱり、フェイトと母親の関係は歪らしい。主思いのアルフがいきり立つ程に。

 

「ねぇ、フェイトちゃんにさ……姉妹っている?」

「ん、なんだい急に。フェイトは一人っ子のはずだよ」

「そう……。変なこと聞いてごめんね」

 

 フェイトに姉妹はいない? じゃあ、アリシアは?

 朝の夢が思い起こされる。

 夢の中で出てきた少女、アリシア=テスタロッサ。彼女が全ての鍵を握っている気がする。

 

(フェイトちゃんの母親に事情を聞ければいいんだけど……)

 

 先にプレシアに面会していたフェイトが戻ってきた。だがその顔色を見るに、受け入れられたわけではなさそうだった。

 

「ごめんね。やっぱり会えないって……」

「あー、うん。そんな気はしてた。気にしないで」

「それでね……できれば早くここから出てほしいって……」

「そっか……。迷惑かけてごめんね」

「あの鬼婆の事だからそう言うだろうと思ったよ」

「私はまた母さんに報告しに行かないといけないから……、アルフお願いできる?」

「あたしもフェイトがあの女と一緒にいるのが心配だから残るよ。悪いけど、転移ポートを使ってもらえるかい」

「転移ポート?」

「そう。あっちの部屋にあるから。最後にとんだのは第97管理外世界――あんたらでいう地球のあたしたちの住みかだからボタンを押すだけでいいはずだよ」

「わかった。ありがとね」

 

 二人を見送り、隣の部屋に向かう。

 

(やっぱり無理だったか。でもフェイトちゃんに姉妹がいないっていうのはどういうことだろう。アリシア=テスタロッサの名前はどの場面でも出てきたのに……。いや、最後の場面のあれは……。あれが一番近い世界だとしたら……。アリシアは既に死んでいる? そしてフェイトちゃんは……実の子供じゃない?)

 

 嫌な想像を胸に転移ポートを操作する。

 

「このボタンを押せばいいのかな」

 

 特に何か設定することもなく、ポートの中に立ちスイッチを押す。

 転移ポートは特に問題無く動き出したように見えた。

 

「こんな機械で移動するなんて変な感じだなぁ」

 

 ジジジ――

 ジジジジジジ――

 ジジジ――Error code 011. System restart...

 ..........Condition all green. Count start.

 Ten, Nine, ignition sequence start,

 Six, Five, Four,Three, Two, One, Zero,

 All engine running,

 Lift off――

 

『転移します。ご注意ください』

 

 フィン。

 

 次の瞬間には、辺りの景色が入れ替わっていた。それまでの人工的な建屋の中から、緑溢れる自然の中へと一瞬でワープした。

 

「おぉ、ほんとに跳んだ。でも住みかって言ってたのに屋外なのは一体……。ここは海鳴のどの辺り?」

 

 現在位置を把握するため、念のため透明化になる技をかけてから空を飛ぶ。

 その目に写ったものは、見渡す限りの自然。見たことの無い大地。見たことの無い鋭角の山。四枚の翼を使って飛行する地球上には棲息してなさそうな鳥の群れ。

 

 明らかに海鳴の地ではなかった。

 

「ここどこぉーーッ?!!!」

 

 地球から遥か彼方、ミッドチルダの一地方。かつてテスタロッサ家が暮らしていた地、アルトセイムにてアイリの絶叫が響いた。

 

 

 

 

「フェイト、私はあなたになんてお願いしたのかしら」

「ジュエルシードを集めてくるように、って……」

「違うわ、フェイト。全然違う。私はね、ジュエルシードを全て集めてくるようにとお願いしたのよ。それで、あなたが今持ってきたのはいくつなのかしら?」

「…………ごめんなさい、母さん」

「あれだけ時間をかけてたったの六つ。これじゃあ母さんも、あなたを誉めるわけにはいかないの。わかるわね、フェイト」

「……はい」

 

 アイリと別れた後、主の間にて報告を行ったフェイトに待っていたものは労いの言葉ではなく、罵倒のそれだった。

 アルフと共に、こんな短時間でジュエルシードを六つも確保したんだから今度こそ誉めてもらえるに違いないと、そう話し合っていた時が遥か昔に思える。

 

 体に鞭が走る。

 鞭とは本来、拷問、調教のために用いられる道具。致命傷を与えること無く、しかしながら最大限の苦痛を与えることができるのが特徴の武器だ。

 その鞭が、母親の手によって容赦なく娘に襲いかかる。

 

「ああああァァアアッッ!!」

 

 声を抑えようとしても悲鳴が止められない。

 そうだ、母はいつも自分に厳しかった。たったこれだけの成果だから、母を失望させてしまった。厳しい母の期待に応えるためには、もっと頑張らないと……。

 

(厳しい? 違う。母さんはとっても優しかった。愛情に満ち溢れていて、私もそんな母さんが大好きで……)

 

 飛びそうになる意識が鞭で打たれる痛みで戻る度に、そんなことを思う。

 

(そうだ、母さんは……ほんとはとても優しいんだ。だから、悪いのは私……。私がもっと頑張らないと……)

 

 フェイトへの体罰は、プレシアの気が晴れるまで続けられた。

 

 

 

 

■ミッドチルダ南部 アルトセイム

 

「これって本格的にまずいんじゃない? 迷子ってレベルを越えてるよ。どう考えても地球じゃないよね。これ帰れなくない? ってかなんで一方通行なの? ちゃんとこっちにも同じ機械置いとこうよ」

 

 アイリはアルトセイムでどうにか帰還の手懸かりがないか探る。遥か上空まで昇った際に、遠くに一軒の山小屋が見えた。

 山小屋があるということは、文明があるということ。人型かはわからないが、知的生命体があるということ。右も左もわからない状況の中、現地住民とのコンタクトに希望をかけてアイリはそこへ向かった。

 

 だが、アイリを待っていたのは無情な答え。遠目にはわからなかったが、近付いてみるとよくわかる。

 

「この小屋は、もう長い間人の手が入ってない……」

 

 外装のあちこちに埃が溜まり、草が戸に絡み付いている。一日や二日ではない。もっと長い間放置された、死に家だった。

 希望を持っていただけに、失望も大きい。少なくとも、上空から見上げた際には付近に人工的な建物は無かった。

 だからどんなに些細な情報でも、ここがどこだか知るためには目の前の小屋を調べる他無かった。

 

 シダをむしり、扉を開ける。

 簡素な外装と同じように、内装もまたシンプルであった。シングルベッドに、机が一つ。ベッドの横に小柄な棚が一つ。もともと人が長期的に住む目的で建てた家ではなさそうだ。

 

 机の上には綺麗な装飾の本が置いてあった。

 側に置いてあるペンを見るに、日記の類いか。中を覗き見るも、自分の知らない言語であり読めなかった。

 

「まぁそうだよね。逆に日本語で書いてあったらビックリだよ」

 

 仕方なしに他のものを探る。

 特に意識もせずに、棚の上で伏せられた写真立てをめくった。なんの気兼ねもなしにやった行為。だが、その行為の結果はアイリに驚愕を与えた。

 

 写っていたのは三人の女性。

 金髪の幼い子供と橙色の髪の少女。

 そして二人を抱きしめる、優しげな笑みの亜麻色の髪の女性。

 

「これは……。小さい頃のフェイトちゃんにアルちゃん? じゃあ一緒に写っているこの人は……一体……誰?」

 

 そこはプレシア=テスタロッサの使い魔であり、フェイトの家庭教師でもあったリニスの眠る地。この時のアイリは、その事を知るよしもなかった。

 

 

 

 

(なのは、ジュエルシードが発動してる!)

(うん。それに……あの子もいるね)

 

 ジュエルシードの気配と、それと戦う魔導師の気配。四度目の邂逅。今度こそ話を聞きたい。

 その為には、示さないと。自分の思いを。自分がただの甘やかされた子供でないことを証明しないと、話を聞いてもらえない。

 

 ジュエルシードは樹木の暴走体という形をとって発動していた。前回と違い、街を壊して回るほどの規模ではない。だが思念体が乗り移り、意思をもって活動していた。

 

 この場にはなのはの他にフェイトがいる。ユーノにアルフだっている。四人の手にかかれば、封印までは一瞬だった。

 前回暴走させてしまった反省を踏まえ、ジュエルシードに直接魔力をぶつけることがないよう距離をとる。

 

「勝った方が手にいれる。それでいい? フェイトちゃん」

「かまわない。君じゃ私には勝てないから……」

「私が勝ったら、きちんとお話ししてもらうからねッ!!」

 

 杖を振りかざし衝突する二人。

 魔力を杖に込め、互いに相手に向かって突撃する。

 

 空を高速移動で飛行し肉薄する。互いの距離が限りなく近くなったその瞬間、全くの予想外の事態が起こる。

 それは第三者の介入。空から閃光のような衝撃が二人の中間に降り注ぎ、中から現れた少年が両側の杖をそれぞれの方向の手で抑え込んだ。

 

「ストップだ。ここでの戦闘は危険すぎる」

「なッ!!」

「……え?」

 

 自分の攻撃が簡単に止められたことに、二人は動揺を隠せない。二人の攻撃を同時にあしらった少年の勧告は続く。

 

「こちら時空管理局執務官、クロノ=ハラオウンだ。二人とも、武器を納めろ。話を聞かせてもらおうか」

「時空管理局! やっと来てくれた!」

「チッ、厄介なのが……」

 

 明らかな格上の風格を現す少年を前に、なのははどうすればいいのかわからなかった。だが、ユーノが喜んでいる姿を見るに味方なのだろう。

 ならば、応戦することなく素直に言うことを聞いておいた方がいい。なのはは言われた通りに杖を下げた。

 

 しかしフェイト陣営は違った。なのはにとって味方ということは、フェイトにとって敵ということだ。

 アルフが死角から攻撃する。

 クロノは難なく防ぐが、その隙にフェイトが拘束から脱け出しジュエルシードに手を伸ばす。

 クロノは即座に対応し、速効性の魔力弾を連射して仕掛ける。ジュエルシードに気をとられていたフェイトは避け切れずに直撃し、墜落した。

 

 追い討ちをかけようとクロノが杖を向けた時に、なのはが動き出した。フェイトの前に立ち、両手を広げて彼女をかばった。

 

「ダメーッ!! 撃たないで!!」

「…ッ。君は……彼女と戦っていたんじゃないのか!」

「そうだけど、違うの!」

 

 少しの躊躇い。その隙にアルフがフェイトを連れて今度こそ逃げ出そうとする。

 

「逃がすか!」

 

 杖を向ける。

 その一振りでアルフは一瞬にしてバインド魔法で拘束された。クロノの杖先に一瞬で魔力が集まり、アルフたちを射線上に捉える。

 

「そんな、速すぎる! せめて……フェイトだけでもッ!!」

 

 その瞬間、周囲一帯の空間が激しくぶれた。

 

「くッ、なんだ一体!」

『クロノ君! 次元転移反応!! なにか来るよ!!』

「なんだって?!」

 

 突如空間に画面が投影され、そこに映る女性がクロノに忠告を行う。

 次の瞬間、クロノの頭上に一人の人間が降ってきた。咄嗟のことで対応できず、降ってきた人間と頭同士をぶつけることになる。

 

「くッ、何が……ッ!!」

「痛ッたーッ!!」

「え? ……アイリ君?」

「アイリ!!」

 

 降ってきたのはアイリアス=バニングス。

 アルトセイムから無事地球に帰ってきた瞬間の出来事であった。

 

 

 

 

「この写真の人は……誰だろう」

 

 写真のフェイトは幸せそうに笑っている。フェイトの家族は母親とアルフと、恐らく姉と。では写真の女性は……。

 とても親密そうだ。誰かはわからないが、彼女もまたフェイトにとって大切な人の一人なのだろう。だが、この山小屋の状況を見るにここの住民はもう……。

 

《Wait...》

 

 誰もいない空間に、自分以外の声が響く。

 

「え、誰?! どこにいるの?!」

 

 辺りを見回すも、やはり誰もいない。

 

《Please look on the shelf, sir》

 

「棚から聞こえる……。もしかして、この宝石? でも何語? 英語のような、違うような。なんとか翻訳してもらえないかな……。確かアルちゃんは地球のことを第97管理外世界って言ってたような。翻訳。変換。search。第97管理外世界。地球。日本。Japan。ヤーパン。OK?」

 

《One moment, please.........now searching.........well...これでどうでしょう?》

 

「おお、すごい! 合ってるよ! それで君はこの金色の宝石ってことでいいんだよね」

《ええ、その通りですよ。私はマイスターリニスに作られたインテリジェントデバイスです》

「インテリジェントデバイス? それにリニスって誰?」

《インテリジェントデバイスとは人工知能を持って持ち主の魔法行使をサポートする魔導具です。そしてマイスターリニスは私を製作してくれた科学者。そちらの写真に写っている亜麻色の髪の女性になります》

「魔導具……。じゃあここはフェイトちゃんがいた世界……。リニスさんはフェイトちゃんとどういう関係? 今どこにいるの?」

《マイスターリニスはフェイト=テスタロッサの魔導の師です。ですがもう、一年以上前にお亡くなりになりました》

「フェイトちゃんの師匠……。でもやっぱりもう……」

 

 フェイトの味方であった女性はもうこの世には居なかった。ある程度は想像できたことだったが、実際に言葉にされるとやはり切ない。

 

《……私を連れていってください。私はマイスターリニスの願いを叶えたいんです》

「リニスさんの願い?」

《マイスターリニスの願い。それは、愛しい生徒たちと意地悪なご主人様に幸せになってもらうことです》

「な、なんだかずいぶん私怨が紛れ込んでいるよーな……」

《ですが事実です。彼女の主人は決して誉められた存在ではありませんでした。それでも、マイスターリニスは最期まで彼女の主人が幸せになってくれることを願っていました》

「あははは……。それでリニスさんのご主人様ってさ、もしかしてだけど、プレシア=テスタロッサって名前だったりする?」

《はい、その通りです。彼女と面識が?》

「直接あるわけじゃないんだけど、間接的にね」

《ならばいい噂は聞かないでしょう》

「あはは、まぁね」

《ですが彼女にも事情があるのです。繰り返しますが、彼女の行動は決して誉められたものではありません。ですがせめて自分だけでも、彼女の味方になりたい。彼女を絶望の運命から救い出したい。それがマイスターリニスの願いでした》

「プレシア=テスタロッサの絶望……」

《机の上の日記をご覧ください。決して見ていい気分のするものではありませんが、真実が綴られています》

「あぁ、あれちょっと読めないんだ。知らない言語でさ。せめて辞書があればいいんだけど……」

《……そういえばあなたは管理外世界出身のようでしたね。ならば、私が翻訳を……。いえ、やはりここはあなたが直接自分で知るべきでしょう。学習ツールを渡しますからミッドの言語を習得してください。マルチタスクを使えばそこまで時間はかからないでしょう》

 

 そう言うと、金色の宝石は日記を自身の中に収納した。

 物理法則を無視した現象に今更驚いたりはしない。アイリ自身も似たりよったりなことが出来るのだから。

 

「まぁ、自分で読めるに越したことはないんだけど……マルチタスクってなに?」

《……それだけの魔力を秘めながらマルチタスクも知らないとは、あなたは一体……。そもそも、管理外世界の住人のようですがなぜミッドチルダに?》

「……どうやら情報の摺り合わせが必要みたいだね……」

 

 

 そうして、アイリはその場で一通りの情報交換を行った。

 

《あなたは私たちの魔法については完全に初心者だったのですね。それで事故でこの地にやって来たと》

「うん。今度アルちゃんに会ったら文句を言いまくってあげないと」

《……できればお手柔らかにお願いします。こちらの魔法は私が教えていきましょう。そちらの魔法についても、私は魔力運用の補助として役立てるはずです》

「ありがとね。えーと」

《私の名前は……、いえ、出来れば名付けをお願い致します》

「え、僕が? 急に言われてもなぁ……」

《私は武器にもなれますよ》

「武器……。今使ってる剣があるんだけどさ、それと一体化できたりする?」

《剣ですか……、恐らくですが領域を重ね合わせることは可能でしょう》

「そっか、じゃあ決まりだ。君の名前はセリス。Save the Queen with Rynith……よろしくね、セリス」

《セリス……了解しました。以後、よろしくお願いしますね、マスターアイリ》

「うん、こちらこそ!」

 

 

「でもどうやって地球に戻ればいいんだろ」

《マスターは移動魔法を習得していないんですか? 確かに高度な魔法ですが、単独行動をするならば何かしらの補助魔法の習得をしておくことをお勧めしますよ》

「いや、だから迷子なんだってば。移動魔法は覚えてるんだけど、転移先がわからないからどうにもならないよ」

《どうやらマスターはだいぶ優秀なようですね。転移先……姉妹機のバルディッシュの所在ならわかります。そこならどうでしょう》

「バルディッシュ……。聞いたことないなあ」

《フェイトのデバイスです。フェイトの近くに跳べば問題が解決するのではないですか》

「それだ! 魔法の行使は僕が行うから、座標指定をお願い!」

《了解です》

 

 意識を集中して魔力陣を構築する。デバイスのサポートはアイリの魔力運用をはるかに容易にさせた。

 

(すごい……全然負担にならない。これならいくらでも魔法が使えるかも……)

 

 ――行方知らぬ風たちよ

 汝を天高く舞いあげ運び去らん

 平行の空なす回廊へ――

 

『ダテレポ!!』

 

 

 

 

■海鳴海浜公園付近

 

「アイリ君……なんで……。まさかアイリ君も魔法使いになっちゃったの?!」

「なのちゃんには……、いや、なのちゃんとユーノには後でたっぷり話を聞かせてもらうから」

「ぼ、僕の事がばれてる……」

 

 突然の知り合いの出現になのはたちは慌てた。

 それに対して冷静に見えたアイリだったが、実はアイリも動揺していた。フェイトの側に跳んだはずなのに、目の前にはなのはたちがいたり、夢で見たクロノがいたり、アルフが何やら魔力で拘束されていたりと状況がよくわからない。

 以前なのはとフェイトが対立していたことからその延長とも思えるが、なのははフェイトたちに背を向けてクロノと対立している。

 

「これ、どういう状況?」

「今だ、逃げるよフェイト!」

「させるかッ!」

 

 状況を把握しようとするアイリの傍らで、アルフたちが動き出す。アルフが力任せにバインドを破り、フェイトを連れて逃げだす。クロノは今度こそ魔力弾を放ち、背を向けるアルフを攻撃する。

 アイリは状況がわからない。だがフェイトたちを攻撃させるわけにはいかなかった。

 

「闇を返す光よ……リフレク!」

 

 即座に二人との間に魔力壁を張る。二人に直撃するはずだった攻撃は、しかし、そのままクロノへと跳ね返っていく。

 

「反射だって?!」

 

 急いで追撃に用意していた弾で相殺する。その隙に二人は今度こそ逃げ出した。

 

「追跡! 急いで!」

『ダメ! 複数回転移してるし、痕跡も消されてる。逃げられちゃう!』

 

 クロノは急いで画面の向こうの女性に指示を出すも、その答えは芳しくない。

 

「まぁいい……。少なくとも一組は残ってる。彼女から詳細を聞こう」

 

 そう言い、クロノはなのはへと向き直る。

 その後、アイリに顔を向け問いかける。

 

「だがその前に……君は何故邪魔をした。これは立派な捜査妨害だ。それだけの魔法技術を持ちながら犯罪行為に手を貸す気か」

 

 アイリにはクロノの言葉が理解できない。アイリにわかるのは、クロノがなのはと親しくしていたということ。そしてフェイトとアルフに杖を向けていたということだけだ。

 

「捜査だ妨害だとかよくわかんないけど、いい年して魔法だなんだって言い出すのはどうかと思うよ。それに、女の子に暴力奮って正義気取りのつもり?」

 

 そう言って剣先をクロノに向ける。

 

「何を呆けているつもりかは知らないが、僕は時空管理局執務官でさっきの二人は重要参考人だ。それに正義をうたっているわけじゃない。正しくあろうとしているだけだ」

 

 返して杖先をアイリに向ける。

 

「わけの分かんない肩書をだらだらと……、中二病にはまだ早いんじゃないの? クロノ君だっけ。僕は君に言いたいことが沢山あったんだけど……。とりあえず、一発殴らせろーッ!」

 

 クロノに向かって剣を振りかざす。

 セリスの補助によって非殺傷設定を組み込まれたことから、致命傷を避けるといったことをせず思い切り剣を振るえた。

 

 クロノは杖で受けつつも、力で押されていく。

 

「殴るどころか斬りかかってきてるじゃないか! それに君の方こそ言ってることが意味不明だ!」

「うるさい! 君に対する恨み辛みが積み重なってるんだよ! これはアルちゃんの分! これはフェイトちゃんの分! これはなのちゃんの分!! そしてこれは兄さんの分!!」

「誰だ?! 明らかに数が多いだろ!」

 

 クロノは連撃にはじかれて吹き飛ばされる。

 その勢いのまま、空中へと退避する。空中に移動したクロノに、アイリの追撃の手が止まない。

 

「星よ……彼の頭上へ降り注げ! メテオレインーッ!」

 

 燃え盛る巨石がクロノの上空に現れ、超特急で降り注ぐ。クロノはとっさに多重魔力障壁を展開して防ぐが、威力に押され一撃ごとに地上へと押し返される。

 何枚か破壊されたところで追撃が止んだ。

 

「君だって魔法を使ってるじゃないか!」

「これは剣技だッ! 御神の剣士の亜流の技だッ!」

 

 絶対嘘だ。横で見ていたなのはは思った。今まで自分の家族がそんな不思議技を使ったところを見たことがない。

 

 クロノは今一度アイリを観察する。

 行動はともかく、発言は明らかに管理世界の住人のそれではない。

 

「まさか本当に現地住民なのか? 魔法文化はないと聞いたが……例外か。思惑は知らないが、無力化させてもらう。ストラグルバインド!」

 

 地面から青色の魔力鞭がアイリに巻きつき、その行動を厳重に封じる。

 

「うわ、何これ?! 動けない?!」

 

 手足の動きを完全に封じられたアイリは、しかし戦う意思を止めない。

 

「悪いけど拘束させてもらう。君にも聞きたいことがいくつかある」

 

 クロノは杖をカードに戻し、戦闘態勢を解除した。

 クロノは油断していた。バインドで拘束したからもう大丈夫だろうと。アイリの眼光はまだ死んでいなかったというのに……。

 

 ――人が為した陰ならば

 陽で治せぬ道理無し! 病は気から!

 

『気孔術!!』

 

 アイリの体を中心に白く光輝いたと思ったら、体を拘束していたバインドが消滅していた。

 

「なんだって?!」

 

 アイリは続けて攻撃に移る。

 戦闘態勢を崩していたクロノは一歩出遅れる。

 

「これは、これは……! なのちゃんと君の甘い空気をたっぷりと見せつけられたこの僕の分だーッ!!」

 

 剣を振りかぶり、技を放つ。

 

 ――天の願いを胸に刻んで……心頭滅却!

 

『聖光爆裂破ーッ!』

 

「何のことだああああっー!!」

 

 空から降り注ぐ極光がクロノを包み込む。

 見に覚えのないことだとか、全然心頭滅却してないじゃないだとか、様々な思いを胸にしながらも直撃を受け大ダメージを負う。

 

 クロノはフラつく体を杖を取り出して支えた。

 

「くっ、言ってることは意味不明なのに強い……」

 頭の中で戦闘シミュレーションを行う。

 この少年は強い。もしかすると取り押さえられないかもしれない。

 確実性を期すためにアースラに増援を頼むことが頭によぎる。

 

 一方、アイリはヤル気満々であった。

 

「そしてこれも! 大切な妹分を取られたこの僕の――」

 

 ゴンッ!!

 

 その時、場の空気にそぐわぬ音が聞こえた。

 何か、硬い鈍器で頭を殴り付けたかのような音だった。

 

 ……バタン。

 剣を構えた姿勢のまま、アイリが地面に倒れる。その背後には、笑顔でレイジングハートを振りかぶった姿勢のなのはがいた。

 

「アイリ君が迷惑をかけてすみません」

 

 言葉は丁寧だが、何故か目が笑っていない。ユーノはなのはの笑顔を引きつった顔で眺めていた。

 

「あ、いや……協力感謝する。こちらこそろくな説明もなしに済まない」

 

 その後、出るタイミングを見計らっていたのだろう、空間にモニターが現れた。そこに映った緑髪の女性が言葉を続ける。

 

『お二人とも、事情を聞かせてもらいたいから一旦こちらに来てもらえないかしら? えと、そこで伸びてる子も一緒に……。クロノ執務官、案内をお願いしますね』

「了解です、艦長。二人とも聞いた通りだ。悪いようにはしない。ついてきてもらえるか」

「あ、はい」

「僕も問題ありません」

 

 なのはは思う。何やらよく分からない展開になってきたと。三人目の魔法使いに、不思議な技を使う友達。それに怪しげな組織まで登場してきた。

 だが、そんなことは今のなのはの中ではわりと些細なことだった。

 

(アイリ君の誤解をなんとしても解かなくちゃ……)

 

 不屈の少女は挫けない。




アイリ君ついにデバイスを入手。
ここら辺から他の魔法とかから引っ張ってきたりするインチキ詠唱が始まります。
だってテレポとかムーブアビリティだし……。
リミット技とか気孔術とか詠唱無いんだもの……。
詠唱こそがFFTの醍醐味だというのに……。


夢の中のINNOCENTは公式設定の完全平和な平行世界です。
ロストロギアとか、世界の危機とかはありません。

ちなみに前回の夢はリリカルおもちゃ箱です。
クロノ君がヒロインのゲーム原作です。

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