魔法少女リリカルなのは―畏国の力はその意志に―   作:流川こはく

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少女一時帰宅中。


第十四話『決戦前夜』

「と、そんな感じの10日間だったんですよ~」

「ほー、それは大変だったんですなぁ。ボーイスカウトですか」

 

 なのはは一時の間海鳴へと帰還していた。実家に帰ると、一気に日常に戻ったことを実感する。もっとも、横に家族と会話しているリンディがいるせいか未だに魔法に関わる世界から帰ってきていない感じもしたのだが。

 

「これ、うちの店の売れ筋商品なんですよ。よかったらどうぞ~!」

「あらあら! ありがとうございます。私甘いの大好きなんですよ~」

「このシュークリームなんて特に絶品ですよ。桃子の一番得意なお菓子でしてね」

「まぁ、そうなんですの」

「異世界の人の口に合うといいんですけど……」

 

 ブーッ!!

 

 なのはは飲んでいた紅茶を吹き出した。

 今自分の母はなんと言っただろうか。異世界なんて単語が聞こえなかっただろうか。

 

「え……と、あぁ、私は出身はイギリスなんですよ。日本に来てまだ日が浅いからですか、日本語が正しく聴き取れなかったりしたかもしれません」

「こら、桃子。リンディさんが困っているだろ。こういうのは秘密にしておかなくてはいけないんだぞ」

「え、そうなの? ごめんなさいね。私ったら……」

「そうだよ、かーさん。場合によっては魔法使いは自分の正体がばれたらオコジョにされちゃったりするんだから」

「そういう事もあるのか。俺も父さんも母さんもそちらには疎いからな……。オコジョ化か、恐ろしいな……。案外ユーノも元は人間だったりしてな」

「はっはっは。さすがにそれは無いだろう、恭也」

 

 談笑する家族を前に冷や汗が止まらない。

 何かがおかしくないだろうか。

 ちらりとユーノを見ると、見ていて気の毒になるくらい動揺していた。

 

(ななななのは、どういうこと?! なんでみんな魔法のこと知ってるの?!)

(私だって分かんないよ! っていうかユーノ君はずっと私と行動してたでしょ!!)

(なのはさん……。魔法の無い世界で魔法のことを吹聴するのは推奨されませんが、何も家族にまで絶対に隠し通せとは言いません。ご家族が理解してくれるならそれに越したことはないですから。でも……既に説明していたのなら、そのことは伝えてほしかったです……)

(違いますから! 何も説明してないです! そもそも、地球じゃ魔法とか言っても信じてもらえな……、そうだ! みんなが魔法を信じてるのはおかしいよ!)

 

「みんなどうしちゃったの? ま、魔法とか……そんなのあるわけ無いよ!」

「大丈夫。分かってるよ、なのは」

「お姉ちゃん……」

「私はなのはの味方だから。なのはの言葉も信じてるから」

「うん、うん!」

「だから、あとでこっそり変身した姿見せて欲しいな」

「全然分かってないー!?」

 

 家族の中ではもう完全に自分は魔法使いになっていた。普通こういうことは突拍子もないことを言い出す方がおかしくて、周りが常識的なことを言って認めないとかそういう感じでは無いのだろうか。なぜか立場が逆転している気がする。

 おかしい。自分がアースラに行く前は確かに普通だったのに……。早朝の訓練も、ジュエルシード探しも家族には見つかってないはずだ。ましてや、アースラに搭乗してからは尚更ばれるはずが無い。

 自分が魔法使いだってことは家族だって友達だって知らない。

 

(知らない? 誰も? ……本当に?)

 

 そこまで考えて、頭の中に少し前に別れた少年の姿が思い浮かぶ。

 

「あーーっ!!」

 

 間違いない。アイリが話したのだ。そういえば、説教されるのが嫌で逃げたままだった。口止めを頼んでいない。

 急いで電話で連絡してみるが、繋がらない。

 仕方なく、家族をごまかそうと言葉を繋ぐ。

 

「アイリ君でしょ! アイリ君が変なこと言ったんでしょ!! だ、ダメだよ。アイリ君の冗談を信じちゃっ! アイリ君たまにお兄ちゃんの真似して真面目な顔して嘘つくんだから!」

 

 アイリがどんな説明をしたのか知らないが、少なくともいきなり魔法とか言い出すよりは自分の言葉の方が信じてもらえるはずだ。……はずだった。

 

「そうは言っても、俺は以前魔法使いに会ったことがあるしなぁ」

「えーっ?!」

 

 衝撃の事実が父の口から放たれる。初耳だった。魔法という、わりと現代の価値観を壊す存在に既に出会っていたと言うのだ。というよりも、魔法が地球にも存在していたことに驚きだった。

 

「え……それって、どういう……」

「あぁ、そういうことなら俺も数年前に出会ったな」

「えぇーーっ?!」

 

 次いで、兄も会ったと言う。なんだろう。兄は凄い剣士だから、ひょっとして裏の世界とかでは案外普通に存在したりするのだろうか。

 

「あ、私も半月前ぐらいに会ったよ。あの時はお菓子代が効いたなぁ」

「えええええ――っっ?!!!!」

 

 姉は……。ええと、姉は……。綺麗だから魔法使いにナンパでもされたんだろうか。

 いきなりな情報に頭がついていかない。

 

「どどどどういう……」

「なのは」

「な、何? お父さん……」

 

 士郎が少し真剣そうな顔をする。

 いつも陽気な姿ばかり見せていたから、そんな顔を見るのは久しぶりだった。

 

「父さんたちはいつでもなのはの味方だ。どうしてもやりたいことがあるんだろ? 応援してるから、必ず元気な姿で帰ってくるんだぞ」

「あ……」

 

 本当に、自分の家族は優しい……。

 何も言わず、自分を支えてくれる。

 きっと危ないことがあるであろうことも、自分の手の届かない所に行ってしまうであろうことも分かった上で、後押ししてくれる。

 

「……うん」

 

 なのははそんな家族の一員であることが誇らしかった。

 なのはの隣で話を聞いていたリンディはその様子をじっと見ていた。

 そして士郎の気迫に感じるものがあったのか、偽りの姿を捨てて真摯な態度でなのはの家族に向かい合った。

 

「不実を語ったことをお詫び申し上げます。……私たちはとある事件を追っている最中です。……危険が無いとは言えません。ですが、お子さんは必ずや無事にお返しすると約束致します」

 

 子を思う気持ちは、リンディも痛いほどよく分かっていた。なぜならば彼女もまた、一児の母なのだから。

 

 

第十四話『決戦前夜』

 

 

 時の庭園の主の間にて、アイリアス=バニングスとプレシア=テスタロッサは対立していた。

 

「アリシア……。そう、もうそこまで辿り着くなんて、管理局にも優秀な人材がいるようね。あんな組織に眠らせておくには少し惜しいわ」

「僕は管理局員じゃないよ。ただの現地住人だ」

「何ですって……ふざけてるの? ただの現地住人ごときがここに来られるはずが無いわ」

「まぁ、正確には現地の魔法使いでもあり、フェイトちゃんの友達でもあるよ。ここにだって一度来たことがあるんだ。あなたに追い出されたけどね」

「……そう……そういうこと。あなたが以前フェイトが言っていた協力者だったのね」

 

 以前フェイトが自分に会わせたいと言ってきた少年か。管理局員じゃないというのなら都合がいい。つまり、まだ管理局はここの場所を把握していないということだ。この少年を始末すればここの情報が漏れることもない。

 プレシアはそこまで考えて、ふと違和感を感じる。

 

「おかしいわね。あなたはどうしてここに来れたのかしら」

「変かな? ここに一度来たことがあるんだから、もう一度来れてもおかしくないと思うよ」

「呆けないで。この庭園は定期的に次元空間を移動しているの。あの時とは場所が違う。一度来たことがあるからといって、再度来れるものではないわ」

 

 移動した座標をリアルタイムで把握しているのは、自分とフェイトのみ。そしてフェイトはここでずっと眠っている。この少年がここに来れるわけがないのだ。

 

「ありゃ、そんな仕組みになってたのか。……まぁ、細かいことはいいじゃない」

 

 確かにそうだ。疑問は残るがこの目の前の少年を消せばそれで終わる話だった。

 

「そうね。わざわざ来てもらって悪いのだけど……退場してくれるかしら」

「……物騒だね、プレシア=テスタロッサ。僕は話し合いに来たって言ったけど?」

「残念だけど、私は話すことは無いわ。……さようなら」

 

 杖に魔力を込める。

 

「成し遂げたいことがあるんじゃないの? 僕は魔法使いだからね。どんな願いも、一つだけ叶えてあげる」

 

 ピクリと、指先が動く。

 

 ――くだらない。

 

 思わず反応してしまった自分が滑稽だった。こんな誰とも知れない子供の戯れ言に惑わされるほど、追い詰められていたとは思わなかった。

 

「あなたには無理よ」

 

 この世界の誰でも無理なのだ。それが長年の研究の結果で分かった残酷な真実。だからこの世界を捨てると決めた。どんなに低い可能性だとしても、望みのある世界へ旅立つと決めたのだ。

 

「でもあなたは決して褒められた種類の人間じゃないみたいだから、対価はもらうよ」

 

 目の前の少年は、勝手に話を進めていた。本当にくだらない。叶えられるはずは無いのだ。

 

「フフッ、対価……ね。本当にアリシアを生き返らせることができるんだったら、なんでも払ってあげるのに。私の財産だろうが、この庭園だろうが。あぁ、そこの失敗作を付けてもいいわね」

 

 そうだ。もしまたアリシアが目を覚ますなら、他に何もいらない。自分とアリシアだけいればいい。

 

「そう……、なら対価はあなたの残りの人生の半分かな」

「……何ですって?」

 

 この少年の意図が分からない。寿命をもらうだなんて、死神にでもなったつもりか。

 

「あなたの残りの人生を半分もらうと言ったんだ。いいでしょ? どうせ今にも尽きようとしている命なんだから」

 

 ……やはりこの少年はおかしい。

 自分が死に瀕していることを知る人間などいるわけがない。それはフェイトにも黙っていたことだ。

 

「あなた……何者?」

「ただの魔法使いだよ。ね、悪くない条件でしょ? あなたは残りの人生の半分をアリシアに……、もう半分をフェイトちゃんに注げばいいだけなんだから」

 

 ――――殺す。

 

 反射的に魔力を解き放った。

 手加減など考える余地の無い、殺傷設定の攻撃を目の前の少年にぶつける。

 フェイトも巻き込んでしまうが別に構わないだろう。運がよければ生きてるはずだ。

 

「私の残りの人生も、優しさも! 全てアリシアのものよ! あんな人形に与えるものなんて何一つだって無いわ!!」

 

(不用意にここへ来たことを後悔しながら死んでいけ)

 

 そう思うも、攻撃が少年に届くことはなかった。

 

 キンッ

 

 魔法は何かの障壁にぶつかって暫くした後、攻撃を放ったプレシアの元へ跳ね返ってくる。

 

「何ですって……。くッ!!」

 

 急いで障壁を張って防ぐ。

 以前も目の前の少年は魔法攻撃を弾く障壁を張っていた。どうやら、防御魔法に長けているのかもしれない。

 あの時は魔法を散らすので精一杯だったのに、今回は完全に反射してきた。

 

 目の前の少年を睨み付けると、その足元に額に紅い宝石をつけた緑色の小型獣がいることに気づく。

 その姿は、フェイトの忌々しい使い魔を連想させた。どうやら今の障壁は、少年ではなくこの獣が張っていたらしい。

 でもどこからやって来たのだ。確かにさっきまでいなかったはずだ。

 

「ありがとう、カーバンクル。でも、もう戻っていいよ」

 

 そう言って少年は緑色の獣を魔方陣に乗せて転移させる。

 あれは送還陣か。となると、目の前の獣は召喚獣なのだろう。

 

「召喚のレアスキル……多才ね。でも下げてよかったのかしら?」

「まぁ、巻き込むわけにはいかないしね」

「巻き込む? 何を言って……」

 

 突如、少年の周りに膨大な魔力が渦巻いた。

 その密度はあまりにも大きい。

 足元から練られる魔方陣が少年のみならず、フェイトや自分のもとまで伸びて青白く光輝いている。

 

 ――不味い。自爆する気だ。

 

 直感的にそう思った。

 あれは個人で制御できる域を越えている。一度発動してしまったら術者を中心に破壊の渦に飲み込まれ、次元震すら起きるかもしれない。

 持てる魔力を全て防御に回せば、自分一人なら耐えることは出来るだろう。だが次元震が生じたとなると、管理局にこの場所が特定されてしまう。

 

 いや、問題はそんなレベルではない。

 この魔法が発動したら、アリシアが危ない。

 

「……なりし…………よ……」

 

 詠唱が響く。

 発動させるわけにはいかない。

 急いで体中の魔力を集める。

 

「ゴホッ……」

 

 吐血するが、構わない。

 何としても発動を阻止しなくてはいけない。

 しかし……、一歩間に合わない。

 少年の魔法は発動され、辺りは青白い光に包まれる。

 プレシアは妨害も防御も出来ないまま光に飲み込まれていった。

 

 

 

 

(あれ、ここはどこだ? あたしは……)

 

 確か自分は、死んだんじゃなかったのだろうか。となると、ここは死後の世界か。

 酷く体がだるい。自分の体じゃないみたいだ。

 

「ーーッ!!」

 

 突如として、体が痛みを訴えてきた。痛い、痛い……なんて痛いんだろう。

 この痛みが、今自分は確かに生きているということを証明していた。

 

「あ、気がついた?」

 

 声につられて目を開けると、一人の金髪の少女がいた。

 その姿は自分のよく知る人物に似ていた。しかし、どことなく漂わせる雰囲気が異なる。

 

(アイリ? ……いや、違う。この匂いは……あたしはこの子に会ったことがある。……そうだ、この子は温泉の時にあの栗色の髪の子と一緒にいた……)

 

「あんた本当に危なかったんだからね。自分の体は大切にしないとダメだぞ」

 

(この子が助けてくれたのか……)

 

 そうだ、この子はアイリの妹で、フェイトのことをやたら気にかけている栗色の髪の魔導師の子の友達だ。

 自分の体には所々治療された痕があった。きっとこの子が治療してくれたのだろう。

 この子も、アイリも、栗色の魔導師も、この地の住人はとても優しい。なんの見返りも求めずに、困っているからという理由で助けてくれる。

 栗色の魔導師――名前を何て言ったか……そうだ、なのはだ。高町なのは。彼女は敵対関係にあるはずなのにいつもフェイトのことばかり気にしていた。自分やフェイトが突き放しても決して諦めずに、フェイトの隣に立とうとしてくれた。

 アイリだってフェイトを陰ながら支え続けてくれた。他人の感情に臆病になっていたフェイトに、温かみを教えてくれた。

 アイリの妹だって、見ず知らずの自分を無償で手当てしてくれて、傷ついた自分の心配をしてくれている。

 

 やっぱり、あの母親の元にいてもフェイトは幸せになれない。優しさの欠片もないあの女の側にいても不幸になるだけだ。

 人の優しさに触れると、そのことをより一層実感する。

 どうせもう逃げられない。ならば何もかも手遅れになる前に、アイリやなのは……そして管理局に助けを請おう。

 それがたとえフェイトに恨まれることになろうとも。いつかフェイトに明るい未来が訪れることを願って。

 

「大丈夫? 無理しちゃダメだぞ。食べやすいように軟らかいごはん置いておくから、元気な時に無理せず食べてね。首輪してないみたいだけど、毛並みがいいから誰かのペットなのかな……。ご主人様探しもしてあげるから、しばらくは安静にして傷を治しちゃいなさいよ」

 

 少女の温かな優しさに包まれながら、アルフは再び夢の中へ、久しぶりの穏やかな眠りについた。

 

 

 

 

「なんで……攻撃してこなかったのかしら……?」

 

 アイリの放つ光に包まれたプレシアであったが、なぜか魔力暴発に曝されることはなかった。

 それどころか場に満ちていた魔力もすべて消滅していた。光が収まった空間は、依然として今までと同じ光景を保っている。となると、先程の魔力は威嚇だったのかもしれない。自分はいつでもこの場を破壊できると、目の前の少年はそう伝えてきたのだ。

 

「もとより、攻撃する予定じゃなかったしね。言ったでしょ? 僕は話し合いに来たって」

「そう……ならその話しは終わりね。お断りよ。私はあの子にあげるものなんて何もないの。成すべきことは自分の力で成し遂げるわ」

「それは、アルハザードで?」

「…………そうよ」

 

 もはや理由は問うまい。この少年はすべてを知っているという前提で考えたほうがいい。

 自分の最大の障害となるものは、あのジュエルシードの探索者たちでも、時空管理局でもない。目の前のこの少年だ。

 言動からしてフェイトのために行動しているのだろう。となると、自分の行動はさぞかし許せないに違いない。

 目の前の少年を排除しないことには、自分の目的は達成されない。

 

 ……連戦が体に響く。次元干渉攻撃を三発も放ち、フェイトの使い魔と戦い、先ほどもだいぶ魔力を消耗した。

 病気に侵され続けてきたこの体はもう限界だ。

 それでも、止まれない。

 あとほんの少しなのだ。

 あと少しですべてを取り戻せる。

 

 そのまま戦いになるかと思われたが、少年は両手を上げて降参の意思を示した。

 

「だから戦わないって。邪魔もできるだけしない。フェイトちゃんと貴女の意思を尊重するよ。……まぁ、僕にできることは貴女の意思が変わってくれるのを待つだけかな」

「……それは本当かしら」

 

 この少年が何を考えているのかは分からない。だが、未知数の戦闘能力を秘めているのは間違いない。

 どんな思惑があるにしろ、積極的に戦わないと言うならその誘いに乗った方がいいだろう。

 どうせ、次に次元攻撃をした時に位置を補足される可能性が高い。

 それならば今はできるだけ戦いを避けよう。

 

「邪魔をしないと言うのなら、消えなさい。この子も、あと数日で好きにしていいわ」

「…………そうさせてもらうよ。僕の言葉、忘れないでね。プレシア=テスタロッサ」

 

 少年はそう言い残し、白色の魔力光を煌めかせながら消えていった。

 場に残るのは、プレシアとフェイトのみ。

 色々と思うところはあるが、残された手は非常に少ない。今はフェイトを起こして管理局にぶつけさせることにしよう。

 

「……起きなさい、フェイト。私のかわいいフェイト……」

 

 フェイトを起こしている傍ら、最後にもう一点だけ気にかかったことがあった。

 あの少年の魔力光は、確かに白色だった。それは海上の時も確認している。

 では、さっきの膨大な魔力を放っていた時の青白い魔力光は一体……。

 

 その魔力光が、どことなくジュエルシードの放つそれと似通っていることが気にかかった。

 

 

 

 

「うへぇ、着信がたっぷり……」

 

 アイリが時の庭園から海鳴に戻って携帯電話の電源を入れたとたん、携帯電話が揺れ続けた。

 

 着信――高町なのは20件。

 着信――アリサ=バニングス2件。

 着信――クロノ=ハーヴェイ46件。

 他メール数件。

 

 不在着信の連絡が大量にあった。

 とりあえずクロノのことは放っておいて、なのはがこんなに自分に連絡を取りたがるなんて珍しかった。

 そもそも、別れてから半日も経っていない。一体なんの用があるというのか。

 一緒に来ていたメールを確認する。

 

『アイリ君お父さんたちになのはの事しゃべったでしょ! リンディさんに来てもらってごまかしてもらおうとしてたのに全部台無しになったんだよ!』

 

 ……これも置いておこう。

 アリサからは何の連絡があったのだろうか。

 

『今どこにいるの? ちょっと色々あって、大型犬を一匹うちで保護することになったから。庭にでっかいのがいるからびっくりしないでね』

 

 画像が添付されている。

 開いてみると、なるほど、これは大きいと思わざるを得ない。

 自宅で飼っている大型犬よりも二回りは大きい。横たわっていて全容は分からないが、その橙色の巨体は圧倒的存在感を放っている。額に赤く光輝く宝石も特徴的だ。

 

「ってアルちゃんじゃん! 何でだ!!」

 

 時の庭園で会わないと思っていたら、自分の家にいたとは……。

 怪我してる様だが、何かあったのだろうか。 

 いや、何かあったのだろう。プレシアと。

 自宅でアリサが看病してる経緯は分からないが、怪我をした理由は推測できる。

 

(すれ違いになったのか……)

 

 それが良かったのか悪かったのかは分からない。アルフがアリシアのことを知ったら、余計にプレシアに突っかかっていったに違いない。

 だが、どちらにせよアルフがプレシアを見限ったのは確定だ。これであちらの陣営はプレシアとフェイトのみ。

 フェイトがプレシアから離れようとすることは無いだろうが、プレシアはフェイトを容易く切り捨てるだろう。

 

 プレシアの意思は固い。恐らく、第三者の自分が何を言っても心動かすことは無いだろう。

 プレシアの心を動かすことができるのは、あくまでフェイトだけだ。自分は、そのために出来ることをするしかない。

 

「本当に、儘ならないなぁ」

《……苦労をかけます》

 

 見上げた夜空は雲で覆われていて、暗鬱とした心の内を現しているかのようだった。

 

 

 

 

 次の日、学校から帰ったアイリはわりと困っていた。

 昨夜も今朝もアルフが寝ていたために、怪我人を無理に起こすわけにはいかなかったアイリは帰ってきてから話を聞こうと思っていた。だが、学校から帰ってきたら自宅の中のアルフの小屋の前に怪しいディスプレイが浮かんでいる。そこに映るのは我らが執務官殿だ。足元にいるフェレット状態のユーノと、アルフと共に何やら話し込んでいる。

 

 お前ら人の家で何やってるんだ! そう叫べたらどれだけいいだろう。

 フェレットと映像ディスプレイに住居不法侵入が適用されるのかは分からなかったが叫びだしたかった。

 後ろめたいことがある自分は、ただ何事もなかったかのように気配を殺して家に入るのみである。アルフにはまた時間のある時に話を伺えばいいだろう。そうだ、何も今でなくてもいい。

 ここはひとまず隠れるんだ。部屋でひっそりと時間が経つのを待とう。

 二人にばれないようにこっそりと家に入る。

 

 カランカラン

 

 バニングス家では、セキュリティ強化の意味も含めて玄関を開けると音が鳴るようになっている。そのため、誰かが扉を入ったら中にいる人はすぐに分かるようになっていた。

 

 ――あれ、アリサちゃんだれか来たみたいだよ?

 ――あぁ、呼び鈴も鳴らなかったし、今の時間帯だとアイリが帰ってきたんでしょ。

 ――へぇ、そう……アイリ君が……。それはいいことを聞いたかも……。

 

 ――――詰んだ。

 直感でしかないが、アイリはそう確信した。

 

 

 

 

 夕方の高町家。なのはの部屋にて、アイリは吊し上げられていた。

 その場にはなのはとユーノ。映像越しにはアルフとクロノがいた。

 

「アイリ君、何か言い訳はある?」

「えと、それは何に対してでしょうか……」

 

 最近わりと後ろ暗いことだらけだったアイリは、心当たりを探った。

 

「もちろんなのはのこと魔法使いだってばらしたことに決まってるでしょ!」

 

 なのははどうやら、自分が魔法少女だとばれたことにお冠のようだった。

 

「えぇー。でも僕も別に言いふらしたわけじゃあ……。なのちゃんがフェイトちゃんと市街地でジュエルシード放ったらかして戦ってた時に巻き込まれた時に、ちょっとなのちゃんがリリカルマジカルだったよって兄さんに教えただけなのに……」

「にゃあああ! あの時いたの?! あ、でも確かに次元震に巻き込まれたって……。待って! あの時の変なクリスタルってアイリ君がやったの?!」

「な、何の事? 僕はただの剣士だから、魔法関係の技なんて使えないからね」

「あれ、確かに順番的にそうかも……? 魔法に出会ったのって次元漂流してからだって言ってたし……。でもクロノ君と戦ってた時も剣技とか言って無茶苦茶してた気がするの……」

「気にしないで! とりあえず、僕はその後は特に何もばらしてないから! ってか、そもそも黙って危ないことしてたなのちゃんが悪い!」

「うっ、それは……」

 

 始めの勢いは何のその、アイリとなのはの攻守は今完全に逆転していた。

 このままの勢いでうやむやにするしかない。そう思ったアイリは、さらに言葉をつめようとした。

 

『あぁ、あの時はありがとねアイリ。代わりに封印してくれて本当に助かったよ』

 

 しかし、アルフの言葉にすべてが台無しにされる。今まで無関係を装っていただけに、悪化すらしたかもしれない。

 

「アイリ君……どういう事……?」

 

 上目遣いで覗き込んでくるなのはに、可愛い以外の感情が浮かび上がってくるのは何故だろうか。冷や汗を流しながら、アイリはそう思った。

 

『少しいいか』

 

 クロノが言葉を挟んだ。

 

『アルフから現状について大体の話しは聞いた。こちらが集めている情報と照らし合わせても、概ね真実だろう。…………テスタロッサ家の子供についての裏付けも取れた。これからは、ロストロギアの探索改め、プレシア=テスタロッサの捕縛で捜査が進められていく事になる』

「あ……、その……フェイトちゃんは……」

『フェイト=テスタロッサはプレシア=テスタロッサに親子という関係を盾にいいように使われているだけだろう。ひとまずは、武力制圧した後に保護する形になる。処罰の裁定はその後だ』

「…………フェイトちゃんと戦うの、私にやらせてもらえないかな」

 

 なのはは緊張した趣で話し出した。

 

「フェイトちゃんと、しっかり話し合いたいんだ。まだ、友達になってっていう返事もらってないし……。あの子と、本気でぶつかり合いたいの。きっとすべてはそれから、それから始まると思うんだ」

『なのは……』

 

 あくまでフェイトを主体で考えるなのはに、アルフは思わず声が漏れた。なのはが本当にフェイトを大切に思っている気持ちが伝わってきたからだ。

 

『相手の目的はこちらのジュエルシードだ。フェイト=テスタロッサを誘き寄せて戦うということは、ジュエルシードをかけて戦うということになる。彼女は本当に強い。君に彼女が倒せるのか?』

「……勝つよ、絶対。私とレイジングハートが勝ってみせる」

『………………そうか。なら彼女は君に任せる。僕たちはプレシア=テスタロッサの捕捉と捕縛に全力を注ぐ』

「ほんと?! ありがとうクロノ君!」

『べ、別に君のためじゃない。僕たちだって自由に動けるからだ!』

 

 二人は何やらいい雰囲気である。だが、アイリは些か唐突ではあるけれどどうしても言っておきたいことがあった。

 

「ねぇクロノ、話しの輿をおって申し訳ないけど何で僕は普通にこの場に巻き込まれてるの? 僕はどちらかというと、フェイトちゃんの方に付きたいんだけど……。いや、プレシアさんの目的を叶えるってわけじゃなくてね、あくまでフェイトちゃんの手助けをね」

『ユーノ。そこの馬鹿を念入りに縛ってアースラに転送してくれ』

「あ、え~と……分かった!」

「え、ちょっ待っ……!」

 

 ユーノの手際よいバインドでがんじ搦めになったアイリは、これまた手際よいユーノの転送魔法でアースラへと飛ばされた。

 

『さて、対決は明日の朝に行ってもらう予定だ。…………君には期待してる』

「うん! 任せて!」

 

 こうして最後の決戦の前夜が過ぎていった。




明らさまな伏線がッ!!
……スルーして下さいw


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