魔法少女リリカルなのは―畏国の力はその意志に―   作:流川こはく

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物語もそろそろ佳境です。


第十五話『譲れぬ思い』

■5月11日 5時55分 海鳴海浜公園

 

 公園は市民の憩いの場であり、それは一日のどの時間を切り取っても変わらない。

 朝も昼も夜も、それぞれの時間にそれぞれの顔を見せる。そしてそれは早朝であったとしても変わらない。早朝の海鳴臨海公園では、いつもならば幾人かの市民がそれぞれの一時を過ごしているはずだった。

 だが今現在、この場所にいるのはなのはとユーノ、そしてアルフのみである。

 その原因はユーノが公園の周囲一帯に広域結界を張っているからに他ならない。魔力を使った特異な結界。普通の人は認識することすら出来ずにその結界に拒絶される。

 一方で、魔法関係者なら侵入することは容易い。もとより、ユーノは侵入者を受け入れるのが目的で張っていたのだ。

 

「出てきて、フェイトちゃん。ここなら……いいよね」

 

 そんななのはの呼び声に応えて、闇の中からフェイトが姿を現す。

 目には寂しい決意の光を湛えて、愛機バルディッシュを展開させていた。

 

「フェイトっ! もう止めよう! あんな人の側にいてもフェイトは不幸になるばっかりだよッ!!」

 

 アルフの慟哭が響く。

 しかし、アルフの思いとフェイトの思いは交わる事は無い。お互いがお互いの事を大切に思っているのに、すれ違い続ける。

 フェイトは、アルフがどうして母から離れていったのか知るよしもない。プレシアとアルフが戦った事も、その理由も知らない。ただ、プレシアからはアルフはもう辛いのが嫌だから逃げ出したとだけ聞いている。

 それで構わない。アルフにはずっと迷惑をかけてきた。不甲斐ない自分のサポートをするのは、さぞかし大変だっただろう。アルフが幸せになれるんだったら、それは自分の側でなくても構わなかった。

 

「アルフ……私は不幸なんかじゃないよ。私には母さんがついてくれているし、離れ離れになってもアルフが元気でいてくれれば、私はきっと大丈夫……」

「大丈夫なもんかッ!! フェイトはもうずっと笑ってない! 今までだって苦しんでたのに、リニスが消えちゃってからはずっと泣き続けてるッ!!」

「…………そんな事ないよ。私はもうそんな泣き虫じゃない。……それに母さんは約束してくれた。この事件が終わったら何でも一つお願いを聞いてくれるって……。だから、優しい母さんに戻ってもらうんだ。私とバルディッシュで、温かな過去を取り戻すんだッ!!」

 

《Scythe form, get set.》

 

 悲痛な感情を言葉に乗せ、フェイトは戦闘体制をとった。

 

「違うよ……。それはきっと間違ってるよ、フェイトちゃん。そんなの、本当の優しさじゃないよ!」

 

《Stand by ready, setup.》

 

「きっとフェイトちゃんの世界はまだ始まってもいないんだよ……。世界は、空は本当に大きくて雄大で……辛いことも大変なこともいっぱいあって……、それでも前に向かって進み続ければ目の前の光景はいくらでも広がっていくんだから!」

 

 なのはもデバイスを変化させ、白色が映えるバリアジャケットを羽織りながら叫ぶ。

 

「私がその光景を見せてあげる。一緒に歩いて、一緒に飛んで! 切っ掛けはきっとジュエルシードだから……全部かけよう。お互いが持ってる、全部のジュエルシードを。やろうよ。最初で最後の――文句無しの真剣勝負!」

「……構わない。勝つのは、私だから……」

 

 それは奇しくも、以前と同じ台詞だった。

 だが、その言葉にのせられた思いは測り知れない。

 一人の少女の今後の人生をかけた戦いが今始まる。

 何度も衝突してきた少女たちの、最後の決戦の火蓋が満を持して切って落とされた。

 

 

第十五話『譲れぬ思い』

 

 

 アースラでは、管理局員及びアイリがモニター越しに二人の戦いの様子を見ていた。

 アイリは結局あの後一時帰宅も許されず、事件には関与していないものの重要参考人扱いを受ける。不自由はさせない代わりに、事件が終わるまで身柄はアースラ預りとなった。

 またこの戦闘を始めるにあたって、アイリは二人の勝負に手を出さないことを約束させられている。

 

「いい子でしょ。あの子うちの娘なんですよ」

「確かに彼女は心優しいが、君の娘では無いだろう」

「まぁ妹分であるのは間違いないんだけど、なんかこう成長が嬉しいというかね、胸に込み上げてくるものがあるというか」

「……君たちは血の繋がりは無いように思えるが、かなり親しかったりするのか?」

「なのちゃんが3歳の頃から面倒を見てるんだ。昔から、他人の事を思いやれるいい子でね~。……なぜか最近になってやたら暴力的になってきたんだけど。どっかのフェレットに化けた少年に唆されて、怪しげな力を使うようになったり、どっかの真っ黒な少年の口車に乗せられて、怪しげな組織に身を寄せたりして……兄貴分としては気苦労が絶えないかな……」

「なっ、僕は別に彼女を騙してなんか…ッ!」

「ほらほら二人とも、なのはちゃんの雄姿を見なよ。あの子に負けてないよ」

 

 モニターの先では、桃白の閃光と金色の閃光が流星のように空を飛び回っている。

 光の通り過ぎた後には幾重の爆発が遅れて生じ、時折閃光同士が激しく衝突している。

 空を縦横無尽に翔け回るその姿は、もはや素人のそれではない。ここにきてなのはは将来の一流魔導師の片鱗を見せつつあった。

 アースラスタッフはその成長を感心の念で眺めていたが、一方でアイリの心境は複雑であった。

 

「どうしてこんなことになったんだろう……。おかしいな……なのちゃんは将来の夢はお嫁さんって言うような平凡な女の子だったはずなのに、何故あんな殺伐とした世界にどっぷり浸かってるんだろう。……どこの黒助が悪いんだろう。誰かが責任を取って引き取ってくれなかったら、どこかの執務官を殴り倒してしまうかもしれない」

 

 そう言って横のクロノを覗き見る。

 ちなみに、なのはが以前その台詞を言った際にアイリの事をちらちらと見つめていたことにアイリは気付いていなかった。

 

 どうやらクロノとなのはは夢の中のような関係では無いようだが、だからといってそうならないとは限らない。それに多少堅物な感があるが、クロノは優良物件な感じがした。

 なのはのためにも、最大限のアシストはしておこうとアイリは思っていた。

 

「いや待て。何でそうなる。……そもそも、責任と言うのなら元凶はユーノだ」

「うーん、ユーノはなぁ~。出会いが最悪だったことは置いておいても、信じてなのちゃんを託せるかと言われたら厳しいかも。まだ子供だけど、フェレットになれることをいいことに黙って毎日女の子とお風呂に入ってるみたいだし……、なんか女の人の水着を集めるのが趣味みたいだし……。いい子だとは思うんだけど……どうもなぁ」

「なんだって?! あのイタチ管理外世界なのをいいことにそんなことしてたのか?!」

「あの子可愛い顔しておいてむっつりだったのかぁ。意外だ」

 

 アイリのユーノに対する印象はあまりいいものではない。その一部の間違いが正されること無く、ユーノに対する勘違いは広がっていった。ユーノは後日この誤解を解くのに多大な労力を要することとなる。

 

 その頃、モニターの中では桃色に輝く砲撃が写し出されていた。

 

 

 

 

(初めて会った時は、魔力が大きいだけの素人だったのに……今は違う。恐ろしいスピードで強くなってる。もう本当に気を抜けない)

 

 フェイトにとって、魔導師としてのなのはは今まで脅威たり得なかった。だが会う度になのはは強くなっていった。

 スピードでは自分が勝っている。手数でもだ。それでも攻撃が通らない。幾つか軽い攻撃は通っても、本命打はあたらない。

 目が恐ろしくいいのか、あたるだろうと思った攻撃も紙一重で躱される。

 

(これならッ!!)

 

 フェイントの攻撃をばら蒔きながら、なのはの死角に回り込む。誘導弾を駆使して、なのはの目の前から攻撃しているかのように惑わす。

 なのはからは自分の姿は完全に見えていない。

 僅かな罪悪感と供に、背後からバルディッシュを振り下ろした。

 

 ギィィィンッ!!

 

 しかし、その攻撃はあたらない。

 直撃かと思われた攻撃は、前を向いたままの状態のなのはが張ったシールドに防がれていた。

 

「なっ?!」

 

 フェイトは体制を立て直すため後ろに下がろうとしたが、バルディッシュが動かせない。バルディッシュの刃がなのはのシールドに噛み込まれている。

 こんな芸当偶然ではあり得ない。狙ってやったとしか思えなかった。

 

(ホールディングシールド! 死角からの攻撃を完全にッ! ……この子は、ただ目がいいんじゃない――――空間把握能力がずば抜けているんだ!!)

 

「……掴まえた」

《Cannon mode. Divine buster, stand by.》

 

 なのはの杖先が光輝く。

 

「ディバイ――ン、バスタ――――ッッ!!」

 

 ゼロ距離での砲撃を受け、フェイトは海面へと叩き付けられた。

 

 

 

 

「ぷはっー!」

 

 フェイトは水面から顔を出し、思いっきり息を吸い込んだ。

 

「こら、――。お風呂の中で遊ばないの」

 

 プレシアが、そんなフェイトを優しくたしなめる。

 

「ごめんなさ~い。でも、かなり長い間水の中にもぐれるようになったよ!」

「あら、凄いわね。って、だから危ないからお風呂で遊ばないの。ほら、こっちに来なさい。髪を洗ってあげるから」

「はーい!」

 

(これは、昔の記憶だ。母さんがまだ私に優しかった頃の記憶だ)

 

「――もいい加減自分の髪ぐらい自分で洗えるようにならないと駄目よ?」

「別に洗えないわけじゃないもん! ただ、自分で洗ってると目にシャンプーが入ってくるからイヤなだけだもん!」

「フフっ、それじゃあきちんと出来てるとは言えないわね」

 

 プレシアは苦笑しながらも優しくフェイトの髪を洗い流す。

 

「ねぇ、――。そろそろあなたの誕生日でしょう? 何か欲しいものはあるかしら」

「ん~、急に言われてもなぁ。こんど考えとくね!」

「えぇ、よろしくね。母さまもできる限りお願いを叶えられるよう頑張るから、何でも言ってちょうだい」

「うん! ほんとに欲しいものを精いっぱい考えてみる!」

 

(そうだった。誕生日のプレゼントを母さんが用意してくれるって張り切ってたんだ。私は結局、何を頼んだんだっけ?)

 

 思い出そうとしても、記憶が昔過ぎてかよく思い出せない。

 

(何か、母さんが凄く困ってた気がする。私は何を頼んだんだろう。誕生日に何を貰ったんだっけ。……あれ? 私は、誕生日を……向かえたんだっけ……?)

 

 何をおかしな事を考えているのかと自嘲する。ずっと昔にした約束だ。その時の誕生日などとうに過ぎている。

 少し、ぼうっとし過ぎているのかもしれない。

 

「ほら、こっちにいらっしゃい、――」

 

 そうだ。しっかりしないと。自分がしっかりしないでどうするのだ。

 

「どうしたの? そんなところでぼうっとして。ほら、母さまのところへおいで――アリシア」

 

 

 

 

「――っ!!」

 

 フェイトは海面から飛び出し、思い切り息を吸い込んだ。

 

(何を呆けているんだ。今は戦闘中だ)

 

 自分の手が掴んでいるのは、母の手ではなくリニスの残したバルディッシュ。自分の目の前にいるのは、母ではなくジュエルシードを巡って敵対する魔導師だ。

 意識を引き締め、再びなのはと相対する。

 しかし、一度崩されたペースは中々巻き返せない。

 巻き返せないと言うよりも、戦況が変化して削り合いへと突入していった。

 

(あの子……本当に防御が硬い。このまま削り合いは危ないかも……まだ未完成だけど……アレで攻めてみるか……防御の上から撃ち抜く一撃を。接近したクロスレンジで攻めてみよう)

 

 今まで飛び回っていたフェイトは空中で静止し、気持ちと意思を切り替えた。

 

「バルディッシュ、ザンバーフォームを」

《Yes, sir. Zamber form.》

 

 そして魔力を電熱の剣へ変換し、いざなのはに飛びかかって近接戦闘へとシフトしようとした時に互いの間の空間にディスプレイが現れた。

 

『あーテステス。これちゃんと表示されてる? フェイトちゃんに聞こえてる?』

《――――。》

『なら大丈夫かな。んーでもなぁ、これ絶対に後で怒られるよね? 大丈夫? いや、ダメな未来しか見えないけど……』

 

 そこに映し出されたのは自分を時々助けてくれていた少年。

 以前母親の攻撃から助けてもらった際に、管理局に収艦されたはずの少年だ。

 今は管理局に身を寄せているのだろうか。

 自分に一体何の用があるというのか。

 

『フェイトちゃんに伝言ね。フェイトちゃんの「一番得意なこと」は何? フェイトちゃんの一番の武器、そしてバルディッシュの一番の強みは何かを思い出して。……今まで鍛え上げてきた君の強さを信じて、だって』

『君はなんで敵に助言しているんだ!』

『え、ちょっ……なんでデバイスを変型させッ……!』

 

 ザー――――。

 

 映像は少し乱れた後消えていった。消える直前に執務官が少年に殴りかかっている姿が映った気がした。

 突然ではあったけれど、その少年の言葉は何故か心に響いた。

 

(…………そうだ。私は自分の武器をまだ出し切ってない。できることを、ちゃんとやろう。相手の反応が素早くても更に認識の外からの攻撃を。速度とシャープショットで圧倒してみせる!)

 

 あんな風に指導されたのは久し振りだ。

 フェイトは、その少年の助言がまるでいなくなった自分の先生のようだと思いながらも、意識を再び入れ替える。

 先ほどまでの弱気で後ろ向きな気持ちから、少しだけ前向きな気持ちへ。

 自分の持てる力を目の前の少女にぶつけよう。

 

「いくよ……」

「……うん。きて、フェイトちゃん。何度でもぶつかり合おう。言葉と気持ちが伝わるまで、何度でも。私だって……絶対に諦めないから!」

 

 フェイトは体制を立て直し、雷刃の剣を戦斧に戻して再びなのはと激突する。今までで一番速く、一番鋭く。

 なのはもそれに応えて飛翔し、時には砲撃を、時には頑強なシールドを展開してぶつかり合う。

 

 戦闘は佳境へと突入していった。

 

 

 

 

 アースラのブリッジで、アイリは頭にたんこぶを作り正座させられていた。

 

「手は出さないと約束したはずだが?」

「だから手は出さないで、口だけ出したのに……」

「屁理屈を言うなッ!」

 

 ガンッ! っとクロノが再びアイリの頭にS2Uを振り下ろした。アイリは恨めしそうに自分の胸元のデバイスを見つめたが、セリスは何の反応も返さなかった。

 エイミィがモニターを観察しながら告げる。

 

「フェイトちゃんの動きが結構良くなってる。さっきまではなのはちゃんが押してたけど、今はどっちが勝ってもおかしくないよ」

「本当に余計な事を……。なのはがまっすぐ戦う事だけに意識を向けられているのがせめてもの救いか」

「なのはちゃんには、あの事を伝えてないもんね……」

「……アイリ、正直に答えてくれ。君はフェイト=テスタロッサの出自について知っていたな?」

「うん、知ってたよ。彼女のことも、アリシアのことも……」

「そして知っている理由を話すつもりも無い。……そうだな?」

「申し訳無いけど……。ゴメンね、あやしくて」

「全くだ。そもそも君の立場は微妙なんだ。管理外世界の住人で、魔法についても偶然に出会った。そして管理局に対して敵対の意思を示しているわけでもない。明らかに今回の事件の一被害者に過ぎないはずだが、何故か事件の全容を知っている可能性がある。あくまで無抵抗じゃなかったら何らかの理由を作って無理矢理にでも拘束しているところだ」

「うーん、そこのところは感謝してるよ。クロノは優しいね! メチャクチャ拘束されたような気はするけど」

「別に優しくはない。これ以上少しでも変なことをしたら本当に独房にでも突っ込んでおくからな」

「あんまり無断外泊ばかりしてたら、実の妹の雷が落ちるから勘弁かなぁ。っていうか、もしもの時はごまかすのに協力してね。なのちゃんと違って魔法使いってバレてるわけじゃないから説明よろしく!」

「何と言うか……君は案外いい性格をしているな」

 

 なのはの秘密はバラしておきながら自分の秘密は隠し通そうとするアイリに、クロノは少し呆れながらも同意したのだった。

 

 

 

 

「あれっ、動けないッ!! バインド?!」

 

 フェイトの攻撃を避け続けていたなのはだったが、ある空間を通った瞬間に四肢を拘束される。フェイトが設置したライトニングバインドだった。

 止まった的。動かせない体。無条件に相手を攻撃できる最大の好機。

 この最高の好機を前に、フェイトはすぐさま攻撃に移るような真似はしなかった。

 僅かなダメージではダメだ。本格的なダメージを通さなくてはこの少女には勝てない。この戦いの中で、その事を実感していたためである。

 フェイトはその拘束時間を利用して、自身の最大攻撃呪文の詠唱に入る。

 自分にとっての最後の切り札――フォトンランサー、ファランクスシフト。

 発射口となるスフィアを次々と空中に出現させていく。

 

「アルカス・クルタス・エイギアス。

 疾風なりし天神、今導きのもと撃ちかかれ……」

 

 一つ、二つ、五つ、……十……二十……三十……。

 出現が止まらない。最終的に計三十八個ものスフィアが現れる。

 一つ一つが今までのフォトンランサーのスフィアと同質の存在。そこから雷撃の槍が秒間七発、四秒間連続で発射され続ける。

 合計にして1064発のフォトンランサーを放つことにより、どんなに相手が堅かろうと防御ごと削り取るフェイトの技の集大成だ。

 そのかわりに、この技は魔力を大量に消費する。この技を耐えられたら、もはや自分に戦える力は残っていない。

 

(問題ない。この技で倒せない相手なんていなかった。リニスから教わった、私の必殺技だッ!!)

 

「バルエル・ザルエル・ブラウゼル。

 フォトンランサー・ファランクスシフト。

 ――撃ち砕け、ファイア――ッ!!」

 

 空が金色に光輝く。

 幾重もの雷が下から上へと、自然の理を反するかのように突き進んでいった。

 

 なのはは動けなかった。バインドから抜け出すことが出来ずに、シールドを何枚も展開する。

 しかし、そのマルチシールドも全て破壊される。一撃一撃が鋭く、とても全ては防ぎきれなかった。

 なのはの体に槍が刺さる。一度シールドが崩れたら止まらない。二本、三本と体にフォトンランサーが突き刺さっていった。

 

 爆発が続く。

 もはやなのはの体は魔力と水蒸気によって作り出された煙幕で確認することは出来ない。

 フェイトは最後の一つを投擲する。とりわけ魔力を込めた、巨大な雷槍だ。

 放たれた槍は煙幕の中心へと吸い込まれていった。

 

「スパーク、エンド……ッ!!」

 

 全ての力を出しきった。

 バインドで拘束からのファランクスシフト。自分の必勝パターンだ。

 ただ、やり過ぎてしまったかもしれない。相手の事を気にしている余裕など無かった。それほどの接戦だった。

 自身の出来る最大の攻撃を完全に与えた。非殺傷設定だが、死なないだけで後遺症が残るかもしれない。

 やり遂げた後に残るのは、相手に対する配慮の心。

 自身の目的のために踏み台にしてしまった少女の事が気がかりだった。

 

 煙が晴れていく。

 あの少女が墜落した様子は無い。

 ならば、まだ意識は残っているという事か。

 しかし、いつ意識を飛ばして海に落下してしまうか分からない。

 フェイトは、対決した少女が遥か上空から海に衝突してしまわないように下に回り込もうとした。

 その時に気付く。気付いてしまう。

 自身の体が、バインドで拘束されている事に。

 

「なっ、バインド?! そんな、まさか……ッ!!」

 

 晴れていく煙の中で、桃色に光る遥か巨大な光球が徐々に姿を現した。

 

「……そんな……」

「受けてみて、私の最後の力。ディバインバスターのバリエーション……」

 

 場に散らばっている魔力が、少女の杖の先に収束していく。

 それはあまりに大きく、今までの魔力砲など比較にならない規模で、全てを飲み込む圧力で……。

 

「そんな……」

「スターライトォォオ――」

 

 今までの戦いで全ての魔力を注ぎ込んだフェイトからしたら、この段階でのこの威力の攻撃はあまりにも非常識で……。

 

「……そんな……ッ!!」

「ブレイカ――――――ッッ!!!!」

 

 視界の全てが、桃色の魔力光で満たされた。

 

 

 

「死んだか……?」

 

 モニターで様子を見ていたクロノは、思わず呟いた。

 先打ちのフェイトの攻撃もあり得ない威力だったが、その後のなのはの攻撃はもっとヤバい。

 あれは砲撃系魔法の極致の一つ、収束魔法だ。

 いつの間にそんなものをという気持ちもあったが、今はそれの直撃を食らったフェイトの容態が心配であった。

 

「な、なのちゃんが人殺しに……? え、フェイトちゃん……え?」

 

 アイリは顔面蒼白で顔を震わせていた。

 妹分が友達を殺す現場を目撃してしまった。

 

「二人とも落ち着いて! 非殺傷設定なんだし、大丈夫だよ。…………多分」

 

 フォローするエイミィも、少し不安げである。

 モニターの中では、海へと墜ちたフェイトをなのはが救出していた。

 

「あ、ほら! 目を開けた! 生きてるよ!」

 

 エイミィの指摘通り、フェイトの意識は残っていた。

 バリアジャケットはボロボロで、魔力残量はゼロに等しい。バルディッシュも待機状態へと戻っていた。それでも息はあった。

 

 一つの勝負が終わった瞬間であった。

 

『私の……勝ちだよね、フェイトちゃん』

『…………うん』

 

 勝負の確認をするなのはに、フェイトは様々な思いを秘めながらも同意した。

 そしてそれは、ずっと続けてきたフェイトの孤独な戦いが終わってしまった瞬間でもあった。

 

《Put out.》

 

 バルディッシュから11個のジュエルシードが排出される。

 なのはにとってすべての始まりのジュエルシード。フェイトにとって母が望み、母に与えたかったジュエルシード。

 戦いの果てにそれを手にしたのはなのはだった。

 その様子を眺めながら、クロノが警報を鳴らす。

 

「来るぞ。エイミィ、最大警戒体制だ」

「うん。了解、クロノ君!」

 

 執務官たるクロノは正義を目指す青い若者であるが、決して蒙昧ではない。

 これ程の事件を起こした首謀者が、ジュエルシードがただ渡されるのを見逃すわけがないと睨んでいた。

 

 そしてその読みは的中する。

 

「次元跳躍攻撃、来ます!」

 

 アースラクルーのランディが叫ぶ。

 前回の攻撃があってから、アースラのシールド強化を突貫で行っていた。

 だが、所詮は付け焼き刃。

 大魔導師であるプレシアの本気の攻撃を相手にして無傷というわけにはいかなかった。

 大きな振動がアースラを襲う。

 10秒にも満たない間だが、アースラの機能が一部停止し行動不能となる。

 その時、アイリがぼそりと呟いた。

 

「……現地も危ない」

 

 クロノはアースラへのダメージを確認しながら、横にいるアイリの言動を反芻した。

 確かにその通りだ。本当にジュエルシードを狙うなら優先度はアースラよりも現地の方が高い。

 

 咄嗟に見つめたモニターの中では、アースラに降り注いだような紫電が今にも二人に降り注ごうとしていた。

 

「セリス、座標は分かるよね」

《問題ありません》

「じゃあ、大丈夫かな……」

 

 その瞬間、アイリの姿が消えた。

 一体どこに、という問いの答えはすぐに表れた。

 現地の映像にその姿が映っていたからだ。

 

 ――静寂に消えた無尽の言葉の骸達

 ……闇を返す光となれ!

 

《リフレク》

 

 戦闘が終わって疲弊した二人に直撃するかと思われた次元跳躍攻撃だったが、アイリの放つ光の魔法障壁とぶつかり合う。

 バチバチと激しい音をたてながらも、障壁が破れることは無い。攻撃を四方八方へと弾きながらも、なのはとフェイトへと紫電を通さない。

 暫く攻撃が続いたが、終に紫電が二人に直撃することはなかった。

 

 クロノはそんな一連のアイリの行動を驚愕の目で見ていた。

 アースラに対するものに比べれば大分威力が抑えられた攻撃であったが、それでもかなりの威力の攻撃を防ぐ障壁を一瞬で作り出したこと。そして転送魔法と防御魔法を同時並行的に行使したこと。それに何より――一連の動作が疾いこと。

 次元転送魔法はかなり高度な魔法に属される。大がかりな機械や術式を使えば汎用性は高いと言えるが、逆に個人で使うとなるととたんにハードルが高くなる。

 ユーノが実践レベルで使いこなせているのだってかなりの実力者に分類される。

 しかし、それでもあくまでそれは転移自体の話であり、同時に他の魔法を構成するなど無茶苦茶であった。仮に戦場へ転移するならば遠く離れた所に転移するか、息のあった相方に臨戦態勢をとってもらっておくか、ともかく、アイリは普通はツーマンセルで行う行動を一人で賄っていたのだ。それもそれらを一瞬で行使した。

 

 クロノはここで改めてアイリの魔法の才能を認識する。そして同時に、それを危うくも思う。アイリが突如降って湧いた力に溺れてしまうのではないかと不安に思った。

 同じように才能の塊であるなのはについては、共に過ごした十日間である程度の信頼が置ける事は分かったつもりだ。彼女はただ自分の街と、相対する魔法少女の心配ばかりしていた。

 ならば、彼女の兄を自称するアイリも恐らくは心優しい人物なのかもしれない。今までも、力に酔っているような様子は見られない。

 だが、先入観は禁物だ。力を持つという事は、力に振り回されないようにする義務を発生させる。そしてアイリが負う義務は恐らくかなり重い。

 

(やはりアイリにはこの事件が終わったら、管理局の戦技訓練に参加させて心身を鍛えさせるか……。艦長も管理局に抱えたがってるし、丁度いいかもしれないな)

 

 何だかんだ言っていても、クロノの本性は世話焼きであった。

 そんな事を思っている間にも、事態は動く。

 現場をモニタリングしていたアレックスが唐突に悲鳴をあげた。

 

「現場にて次元転送反応! ジュエルシードが転送されていきます!!」

「直ぐに追跡だッ! そこがプレシア=テスタロッサの居場所だ!!」

「…………ッよしッ!! クロノ君、追跡完了! 座標軸特定したよ!」

「尻尾を掴んだぞ、プレシア=テスタロッサ……。武装局員は転送ポートへ待機! なのはたちはフェイト=テスタロッサを連れてアースラに一時帰還だ! これより、プレシア=テスタロッサの要塞の拿捕に移る!」

「了解!」

『了解!』

 

 クロノは各員へ次々へと指示を出しながらも、状況の把握に努める。

 

(次元転送をしたらこちらが動くことは分かっていたはずだ……。それでも行ったという事は、居場所がばれても問題ないと思っているのか? それほど迄に追い詰められているのか、それとも…………管理局が攻めてきても追い返す自信があるのか?)

 

 クロノは暗闇の中を手探りで進まなくてはならない時のような不安を感じながら、じっとモニターを睨み付けた。

 嫌な予感がどうしても拭えなかった。

 

 

 

 

 フェイトたちがアースラに収艦され、武装局員が時の庭園の各施設を次々と制圧していく。道中には障害も妨害もなく、不自然なほどスムーズに進行していった。

 そしてついにプレシアのいる主の間にたどり着く。

 その光景を見ていたリンディはフェイトに対して、自分の母親が逮捕される場面を見せるのは酷だと別室での待機を進言するが、フェイトはそれを拒否した。

 フェイトはどんな結末になったとしても自分の母の姿を見届けたかった。

 モニターの先では、プレシアが主に座って不敵な笑みを浮かべている。

 

『プレシア=テスタロッサ! 時空管理法違反及び、管理局艦船への攻撃の容疑で逮捕します!』

 

 武装局員がプレシアに杖を向ける。

 庭園の奥へと次々と局員が足を踏み入れる。

 そして、ついに――――それを見つけた。

 

 生体ポットに浮かぶ、金髪の少女を。

 

「え……?」

 

 それは誰の漏らした声だったのか。

 それを目にしたすべての人間の意識が一瞬止まる。

 金色の長髪に、白魚のような肌。目は閉じられていて分からないが、顔の造形はフェイトと瓜二つ。

 

 フェイトそのものといえる人間が、生体ポットの中で静かに漂っていた。

 

『私のアリシアに触らないでッ!!』

 

 紫電が空間を走った。

 プレシアが突如激昂して、ポットの付近にいた武装局員を魔力波で弾き飛ばす。

 

「あり……しあ……?」

 

 フェイトはその様子をただ呆然と眺めていた。

 初めて聞く名前なのに、何故か耳を離れない。

 フェイトの中の何かが、警鐘を鳴らしていた。

 

 ――見ちゃいけない。

 

『もういいわ……。もう終わりにする』

 

 プレシアが杖を振るうと、時の庭園に仕掛けられたトラップが発動した。

 庭園全域を強烈な電撃が襲う。

 

『があぁぁッ!!』

 

 その電撃のあまりの威力の高さに、武装局員は為すすべなく全員戦闘不能へと陥る。その攻撃力に対して事態を重くみたリンディ主体のもと、すぐに武装局員のアースラへの緊急送還が行われた。

 その場に残っているのは、またプレシア一人に、いや、プレシアと一人の少女のみとなった。

 

『もう終わりにするわ……。この子を無くしてからの暗鬱な時間も、この子の身代わりの人形を娘扱いするのも』

 

 ――聞いちゃいけない。

 

『ねぇ、聞いていてフェイト? あなたの事よ。せっかくアリシアの記憶をあげたのに、似ているのは姿だけ……』

 

 プレシアはアリシアのポットを愛おしそうに撫でながら言葉を続ける。

 

『アリシアはもっと優しく笑ってくれた。時々わがままを言うことはあったけど、アリシアは私に温かな心を運んでくれた……私を幸せにしてくれた……』

 

 あまりの事実に、フェイトは茫然自失状態に陥る。

 母が何を言っているのか分からない。分かりたくない。

 エィミィが顔を下に伏せながら補足をした。

 

「プレシア=テスタロッサはヒュードラの駆動炉の実験の際に一人娘を無くしてるの……。その子の名前はアリシア=テスタロッサ。その後プレシアが取り憑かれたのが禁じられた秘術、死者蘇生の研究……。フェイトって名前はね、その一環の記憶転写型人造生命技術の名称……プロジェクトF.A.T.E.から来てるの……」

 

 ――知っちゃいけない。

 

『よく調べたじゃない。ええ、その通りよ。そこの失敗作は文字通り人の形をしたお人形。アリシアの出来損ない。あぁ、そうだ。いい事を教えてあげるわ、フェイト。私はねぇ、あなたを造み出してからずっとあなたの事が――――』

 

 ――気づいちゃ、いけない。

 

『大っ嫌いだったのよ』

 

 プツン、と……。

 フェイトは自分を構成していた最後の要素が、自分を支え続けてきた細い細い糸が切れてしまった音を聞いた気がした。

 

「――トちゃん! しっかりして、フェイト――!!」

『私は旅立つのよ、――ザードへッ! アハハハハッ、アハハ――――!』

 

 手から溢れ落ちたバルディッシュが、地面にぶつかり砕け散った。それはまるで、今のフェイトの心情を表しているかのようだった。

 何も考えられなかった。

 自分は一体……。今までの人生は一体なんだったのか。今までの努力は一体なんだったのか。

 崩れ落ちていく中で、フェイトは自分の生きる意味をすべて無くした虚脱感に包まれていた。

 

 ジュエルシードに端を発した事件は、ここに来て終局へと迫っていった。




別にユーノ君アンチとかじゃないんです。
ただ、なんか巡り合わせが悪いというかなんというか。

以下念話内容。
セリス「私にいい考えがあります」
アイリ「ふむふむ」
セリス「手出しは禁止されましたが、口出しは禁止されていません」
アイリ「な、なるほど!」

結果は推して知るべし。

なのはVSフェイト戦終了です。
次からはフェイトとプレシアさんのお話。

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