魔法少女リリカルなのは―畏国の力はその意志に―   作:流川こはく

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プールとか温泉とかなんかそんなんばっかな気がする。


第九話『休息と九個目』

 快晴の空。

 澄み渡る空気。

 ここは海鳴温泉地。なのはたちは大型連休を利用して毎年恒例の温泉旅行に来ていた。

 メンバーは高町一家にバニングス兄妹、月村姉妹に月村家に仕えるメイド姉妹、そして今年から参加のユーノの計9名と一匹である。

 

「到着~!」

「待って、アリサちゃんー!」

「あ、おいてかないでー!」

 

 ちびっこたちが我先へと旅館に向かう。

 何より目的は温泉である。

 部屋から浴衣を取り出して、大浴場へと向かう。

 ただここで問題が一つ。

 アイリがどちらの風呂に入るかである。

 去年も一騒動あったのだ。小学校を卒業したばかりだし小さいし構わないだろうと、アリサの強引な説得で女湯に入れられたのだ。

 もちろん平静ではいられなくて、顔を真っ赤にして途中でのぼせてしまったのはほろ苦い思い出である。

 アイリとしては、普段から時たまアリサと一緒に風呂に入る事もあるため、年下勢と一緒に風呂に入る事には何の抵抗もない。

 ただ、年上勢は別である。誰もが皆、かなりの美人だ。そんな中に裸で突入する勇気はアイリにはなかった。

 

「じゃあ、僕は男湯に行くから」

 

 アイリはさっと身を翻し、男湯へと向かう。

 だが、アリサに服を掴まれた。

 

「アイリはこっちに決まってるじゃない! あたしと一緒よ!」

「いやぁ……、流石に中学生が女湯に行くのはまずいって。アリサが男湯にくればいいじゃん!」

「だってみんな女湯じゃない! せっかくだからみんなで入りたいわよ」

「その中に師匠と兄さんをいれてあげて! お願いだから」

「あぁ、俺と桃子は少し付近を散歩してくるよ。みんなは先に入るといい」

「じゃあ、恭也さんが女湯に入ればいいわけね!」

「アリサ……、お前は俺を社会的に殺す気か」

「いやそれ僕も同じだから。僕も行かないからね」

 

 議論の末、アイリは男湯に入る権利を勝ち取る。

 それを残念がる女性一同。すずかだけは少し恥ずかしそうに顔を赤らめていた。アイリはわりとアウェイだった。

 アリサはせめてもの抵抗にユーノを女湯へと連れ込んだが、アイリにはその事に文句を言う気力は残っていなかった。

 

 

第九話『休息と九個目』

 

 

「兄さん背中流してあげる」

「あぁ、ありがたい」

 

 アイリは恭也の逞しい傷だらけの背中を見て思う。自分も五年後には、こんな背中になっているのだろうかと。そして五年前を思い浮かべる。五年前の恭也の姿を思い浮かべて、絶望した。

 

「いいなぁ……。僕も鍛練してるのに、なんでこんなに格好に差がついてるんだろう……」

「だが筋力は中々のものだろう。むしろその体でそれだけの力が出せるのが不思議だ」

「でも、見かけも重要だよ。プロテインでも飲もうかなぁ」

「見せかけだけの筋肉はどうかと思うぞ。第一お前には似合わん」

「こ、根底から否定された……」

「それにこんな傷だらけな体を羨ましがられても困る」

 

 言葉の通り、恭也の体には所々傷があった。それは歴戦の戦士の証。固く引き締まった体に走る傷痕はだが決して不格好なそれではなく、むしろその肉体に魅力を与えていた。

 アイリは何だか悔しくなって恭也の二の腕をぺちぺちと叩く。

 

「ずるい! こんなに太くて逞しくて……。ほんとどうしたらこんなになるの?」

「知らん。気がついたら勝手になっていた。経験の積み重ねだろう。お前だって俺ぐらいの年になったらこれぐらいになってるかもしれないぞ」

「ほんとかな……。いや、兄さん僕ぐらいの年の時から既に結構凄かったよね。よく一緒にお風呂に入ってたから覚えてるよ!」

「そうだったか? あんまり覚えてないな……」

「昔はよく風呂場で組み合ってたじゃん。その時泣かされたの覚えてるからね。始めは優しかったくせに、途中から容赦なくてさ」

 

 バシャーン!

 

 露天風呂の壁の向こうで何か慌ただしい音がした。

 

「そうだったか?」

「始めは凄い優しかったのに、途中から弄んできたじゃん!」

「あぁ、あの時の話か。あれは、お前の反応が思いの外良かったからな。つい、楽しんでしまった」

 

 ーーぐはっ!

 ーー忍お嬢様、お湯に血が……。

 

「やられた方はたまったもんじゃないからね、全く……」

「それにお前だって案外、……確かに一見柔だが……ほら少し固くしてみろ」

「え、ちょ、ちょっと! 比べられるの恥ずかしいんだけど」

「どうせ俺たちしかいないんだ。構わんだろう」

「むぅ、強引だなぁ……」

「ほら、握っててやるから」

「はぁ……ちょっと待って…………どう?」

「ほう。やはり大分固いじゃないか」

「そう言いながら思いっきり握りしめないで! 痛いから! 力込めないで!」

 

 ガラガラガラガラッ!

 

 隣で何やら桶が大量な転がる音がした。

 ーー恭ちゃんッ!!

 ーー美由希お嬢様、備品が……。

 

「そもそも固さも太さもさしたる問題じゃないだろ」

「それは持ってるからこその発言だよ!」

「それにお前の体には不釣り合いだ。その体で一部分だけごつかったらなのはが泣くぞ」

「また全否定……。なんでなのちゃん? なのちゃんだって僕が逞しかったら喜んでくれるに決まってるよ!」

「確かにあれは受け入れるだろうが……喜ぶかはまた別問題だ」

「ぐぐぐ……内心では否定されるって、男としてどうなんだろう……」

「まぁお前はまだまだこれからだ。相手なら好きなだけしてやるから経験を積むんだな」

「むぅ……うまくごまかされた気がする。じゃあ今からいつものする?」

「構わんさ。じゃあそこの岩場でやるか。ほら、握れ」

「うん。今日こそは勝ってみせるよ!」

 

 ミシッ、ミシミシミシ……。

 

 何やら竹製の壁が悲鳴をあげている。

 反対側から強く押されてるかのように音を立てている。

 

 ーー忍さん押さないで下さい!

 ーー美由希ちゃんだってそんなに寄りかかったら……! あ、ちょっ、ダメーッ!!

 

 バッターン!!

 

 突如、男湯と女湯を隔てていた壁が倒れ込んできた。そしてその壁にへばりついて倒れてきた女性が二人。

 

「…………何してるんだ? 美由希、忍」

 

 恭也とアイリは突然のことに固まった。岩場を机に見立てて腕相撲をする姿勢のままで。

 

 

 

 

 アイリたちが長風呂をしている間、先に上がったなのはたちは廊下で知らない女性に絡まれていた。

 

「へー、あんたが内の子をあれしちゃってる子かい?」

 

 橙色の長髪の女性。額には赤い宝石のアクセサリーがつけられている。旅館の浴衣からはその豊満な体が見え隠れしていた。

 その視線の先には確かになのはがいる。だが、なのはにはこの女性に心当たりはなかった。

 

「えっと、その……、人違いじゃないですか?」

「ふ~ん、そう?」

 

 口では否定しつつも、絡むのをやめない。なのはのことをじろじろと観察してくる。嘗め回すように眺めたあと、ようやくなのはに絡むのをやめた。

 

「あっはっは! 人違いかもねぇ! いや~悪い悪い!」

「ほっ、そうですよね……」

 

 なのはもやっと気まずい雰囲気から脱却できて人心地ついた。だがその時、頭に直接声が響いてきた。

 それは、最近なのはが感じ取れるようになった魔法の力。その魔法の力で、目の前の女性の声が伝わってくる。

 

(……今日の所は挨拶だけね。いい子は部屋で大人しくしてな。あんまりおいたが過ぎると、……ガブッといくよ!)

(……っ!!)

 

 それは魔法関係者であるということ。そして自分のことを知っていて、尚且つ自分に敵対意志がある。

 そこから導き出せる答えは、……この前の少女の関係者か。

 なのはは自然と体が固くなる。肩の上ではユーノも最大限の警戒をしていた。

 

「あっはっは、じゃあねぇ~」

 

 そう言って手を振り去ろうとしたが、なのはの後ろにいるアリサに気付く。

 

「ん、あんたは……。聞いてた容姿とそっくりだね。あんたが内の子を助けてくれた子かい! いやぁ、あんがとね。おかげで幸先いいスタートがきれたよ!」

「なんのことですか! あたしはあなたの事なんて知りません!」

「あー、あたしじゃなくてね……あたしの身内があんたの世話になったんだ。金髪で目の色が赤色の子だよ。あの子の嬉しそうな顔は久しぶりに見れたんだよ。だからあたしもお礼が言いたくてねぇ」

「え、あの、その……」

 

 なのはに対してやたら失礼な女性に食って掛かったアリサだったが、自分に対しては感謝の念を示してきたことに泡を食う。

 

「その……、やっぱり記憶に無いです……」

「ありゃりゃ。聞いた感じとそっくりの姿だったんだけど、人違いかい。そりゃあ混乱させちゃったかねぇ。悪いね。今のは忘れてちょうだい」

 

 そう言うと、今度こそ本当に立ち去った。

 怒りのやり場を見失ったアリサは「なんなのよー!」と廊下で叫び声をあげることとなる。

 

(やっぱりあの子もジュエルシードを集めてるんだ……。これからジュエルシードをめぐってぶつかり合うことになるのかな……。どうして集めているかわからないけど、なんとかお話できないかな……)

 

 なのははあの綺麗な赤い瞳の少女に想いを馳せる。ジュエルシードを集めている理由。悲しい瞳の理由。どうしてあんなに戦い馴れているのか。

 ……初めて出会った自分と同じ魔法少女。魔法について語り明かしたい。お互いの事について知り合いたい。話したいこと、聞きたいことが山ほどある。もう一度会いたいと、強く思った。

 

 再開の時は想像していたよりも遥かに近い。ジュエルシードがそこにある限り、なのはと少女は廻り合い続ける事となる。

 

 

 

 

 遊び倒して日が暮れて、夕食を食べた後、一同は思い思い過ごす。

 ちびっこグループは昼間の反動か、ファリンが話しを寝聞かせたらすぐに夢の中へと突入していった。

 大人グループは夜こそが本番とばかりに、お酒を飲んでどんちゃん騒ぎを繰り広げていた。その際に、忍と美由希の頭にたんこぶが出来ていたのはご愛嬌である。

 そしてアイリはというと、ジュースと間違えてお酒をガブガブ飲んでしまい、盛大に酔っぱらっていた。

 酔っぱらった勢いで部屋から飛び出し、たまたま遭遇した橙色の毛の大型犬に絡んでいた。

 

「かわいいよぉ~。いいないいな。うちでもこんな大型犬飼いたいな~」

 

 酔っぱらいながらも、その犬をあやす手つきは玄人のそれである。不躾な様子で絡んでいってはいたものの、そのテクニックと愛情は飛び抜けていた。

 突然の接触に最初は驚いていた犬であったが、途中からは腹を見せ、されるがままであった。

 

「かわいいな、かわいいな。飼い主は誰なんだろう。色々語り明かしたいな~」

「わふ~ん」

 

 犬も自分を褒められて嬉しそうである。アイリの撫で技も大したことから、すっかり警戒を解いてアイリに懐いていた。

 

「かっわい~な。かっわい~な。む……、不穏な気配。でもいーや~。頭がふわふわしていい気分ー。ね~! みーちゃーん」

 

 初めて会った犬に勝手に名前をつけるぐらいに自由であった。

 みかん色だからみーちゃんである。酔っぱらいに細かいことを聞いてはいけない。

 

 突如、されるがままだった犬がガバッと起き上がった。それは飼い主からの念話を受け取ったためである。

 この大型犬は金髪の魔法少女、フェイトの使い魔であった。昼間の橙色の髪の女性でもある。

 名前をアルフという。みーちゃんは掠ってもいなかった。

 

(アルフ、ジュエルシードの位置が特定できたよ。今どこにいるの?)

(さすがあたしのご主人様! あたしはちょっと今、酔っぱらいに絡まれてるよ……)

(大丈夫? 男の人?)

(男というよりは男の子かねぇ。多分フェイトが会ったっていう子だよ。それにあたしは今犬の姿だから変なことされてるわけじゃないよ)

(ならいいんだけど……。なるべく現地住民に魔法をばらさないようにね)

(わかってるって。何とか撒いてそっちに合流するよ)

(いいよ、私一人で大丈夫)

(でも……、前に会ったっていうジュエルシードの探索者だって近くにいるじゃないか)

(あの子なら大丈夫。戦いなれてない様子だったし、戦っても私が勝つよ)

(そりゃあフェイトの腕を信用してないわけじゃないけどさぁ……)

(あの子が来たよ。また後でね)

(あ、ちょっとフェイト! ほんとに大丈夫かい?!)

 

 アルフは急いでフェイトの周りの状況を観測する。

 フェイトは例の魔法使いと対峙していた。

 

 ――賭けて、フェイトちゃん! お互いの持ってるジュエルシード、一つずつ!

 ――構わない。勝つのは私だから……。

 

「みーちゃん急に立ち上がってどうしたの~?」

「うぅぅ……、ちょいとフェイトに合流したいから離してくれるかい? …………あ」

「みーちゃんしゃべれるの? すごいな~」

 

 いきなり声を出してしまい、魔法バレの恐れがあったアルフだった。けれど、酔っぱらったアイリはそれを普通に流した。

 内心冷や汗を流しているアルフだったが、一度喋ってしまったものは仕方がない。割りきって再度アイリに離れるように頼もうと思った。

 

「あー、それでだねぇ……ちょいと離してくれるかい? あたしも用事があるんだよ」

「みーちゃん! 僕の名前はアイリアスだよ! アイリって呼んでね!」

「あー、アイリだね。あんたの事はフェイトから聞いてるよ。それとあたしはアルフっていうんだ。みーちゃんじゃないからね」

「むー、みーちゃんじゃなかったか~。じゃあアルちゃんだね!」

「それでいいよ……。いい加減離しとくれ。あたしはフェイトのところに行って、ジュエルシードを回収しないと……」

「フェイト? なんか聞きおぼえがあるような~。無いような~。…………あ! あの金髪のかわいい子の名前と同じだ!」

「いや、多分本人じゃないかねぇ。というか大丈夫かい? ほんとなんでこの子は酔っぱらってるんだい。まだ幼いだろうにお酒なんて十年早いよ、まったく。――――ッ!!」

 

 その時、空に金色と桜色の砲撃が輝いた。

 それは激しい戦闘が行われている事に他ならない。

 アルフは自分の主人の事を信頼している。一番側で彼女の頑張りを見てきた。

 まだ本当に幼い頃から、只ひたすらに強くなろうと努力してきた姿を知っている。

 それがアルフにとって気に食わない彼女の母親のためだとしても、フェイトが幸せになれるなら……。そう思って感情を飲み込んでいる。

 そんな彼女の努力が、平和な地で当たり前に甘やかされている子供なんかに負けるわけがない。

 負けるわけがないと、信じてはいるが……、彼女の事を心配する気持ちは別物である。

 

 ハラハラとした気持ちで空を見上げる。思えば、前回は戦闘に参加してこなかったらしいが、使い魔を連れていた。

 それに、只戦うだけでなくジュエルシードを確保しながら戦わなくてはいけない。

 ジュエルシードが暴走でもしたら、それの制御も平行して行わなくてはいけない。

 やっぱり、戦わなくていいと言われていたとしても、ジュエルシードの確保だけでも自分がしておこう。

 そう思い動くが、やはり自分にしがみついているアイリに気をとられた。

 

「悪いね、あたしは行くよ。ジュエルシードだけでも確保してフェイトの負担を減らしてあげなくちゃね」

「行っちゃうのアルちゃん? ジュエルシード? なんか最近聞いたことがあるような~。無いような~」

「またそれかい。ほんと酒は控えときなよ。じゃあね」

 

 そう言ってアイリを振り払い、フェイトのもとへと向かうため脚に力を込めた。さぁ行こう、と爪先を蹴り出す瞬間にアイリの言葉が耳に入る。

 

「あ! 思い出した。これのことかぁ」

 

 そう言って、何でもないことのように懐からⅩⅡと印の入った青い宝石を取り出していた。

 

「へ? …………はあああッ?!」

 

 それは確かにジュエルシードだった。厳重に封印処理がされていて、魔力が全く漏れ出していないから気付けなかった。

 しかし、その特徴的な形、そして中央に刻まれているシリアルナンバーはそれがジュエルシードであることを悠然と物語っている。

 

「な、ちょっ……あんたそれどうしたんだい!」

「ん~、どうしたんだっけ? 確か……ひろったような~、おそわれたような~」

 

 ひょっとして、フェイトが現地の魔法少女と戦っている間に落とした? 自分の気付かないうちにアイリが拾ってた?

 

(フェイト! フェイトぉ!!)

(…………何? 今戦闘中だから手短にお願い)

(フェイト、ジュエルシードを落としてるよ! 回収しなきゃ!)

(……? アルフ何言ってるの? ジュエルシードは私が確かに確保してるよ。もう封印も完了してる。後はこの子を退けるだけ)

(え、本当かい? 本当に持ってるのかい?)

(そうだよね、バルディッシュ?)

《Yes, sir.》

(それならいいんだけど……。また後で連絡するよ)

(うん、またね。アルフ)

 

 フェイトは確かにこの地にあるジュエルシードを確保している。となると、目の前にあるこれは?

 まさか感知できなかった別のジュエルシード?

 

「どうしてジュエルシードを持っているのかはこの際置いておくとして、それをあたしにくれないかい?」

 

 原因なんてどうでもいい。要はジュエルシードがここにあるという結果だけが重要なのだ。

 以前渡してくれたというアイリなら、また渡してくれるかもしれない。そう思い尋ねが返事は否。アルフの期待は裏切られる事となる。

 

「ダメ!! これは危ないやつだからアルちゃんがもっちゃダメ!」

 

 それは自分の身を思いやっての発言であった。

 一般人であるアイリからすると、怪しげな力を解き放つ宝石を知り合いに渡したくないという思いはごく自然といえる。

 だが、アルフの目的はそのジュエルシードだ。それを回収するためにこの星にやって来たのだ。

 

「それが危ないやつだってのは何となくわかってるよ。でもあたしにはそれが必要なんだ! 渡してくれないなら、力ずくでも戴くよ!」

 

 そう言って臨戦態勢をとる。

 つられてアイリも構えた。アルフの殺気で一気に酔いがさめる。条件反射的に意識と体が戦闘態勢へと切り替わった。

 

「む、最近しつけはしっかりしなきゃいけないって学んだばっかだからね。悪いけど、本気でいくよ」

 

 そう言って凄むアイリからは確かな迫力を感じる。

 魔法使いではない只の現地住民のはずなのに、決して侮ってはいけないとわかる。

 じりじりと距離を詰め、勢いよく襲い掛かる。

 魔力で強化した自慢の斬撃は、しかし、アイリの両手に握られた両刃の剣に防がれた。

 

「なっ?! どこから出した?!」

「ここならバレて困る人はいないし、こいつを使える。ホラホラホラッ!!」

 

 繰り出される斬撃は、その小さな体からは想像できないほど速く、重い。握られている重厚な剣だって体には不釣り合いな大きさなのに、自然体で振るわれている。

 

「な、こんな……魔法使いでもない子供なんかに、負けられるかァァーッッ!!」

 

 魔力と強靭な肉体を駆使して戦う。拳を振るい、体当たりをしたり魔力弾を放ったりとあらゆる攻撃手段を用いる。

 だが、倒せない。始めは魔力を使った攻撃に驚いている様子だったが、すぐに慣れられてしまった。年齢のわりに恐ろしく戦い馴れている。

 それに、アイリからの攻撃は非殺傷設定がされていない。非殺傷という概念自体が存在しないから仕方ないのだろうが、一撃一撃に込められた力が恐ろしい。

 たまらず、空に退避する。

 

「はぁッ、はぁッ……なんなんだいホントに!」

 

 フェイトからは、アイリがこんなに強いなんて聞いていない。いや、フェイトの口調だと本気で戦うような事態にはならなかったらしい。寧ろ協力的だったと聞いている。

 だが、これも一つの結果だ。ちょっとしたことで、争い合う事になる場合だってあるのだ。自分とアイリは別に知り合いでも何でもない。意見がすれ違ったら、争うことでしか解決できない。

 

「犬なのに空を飛ぶなんて、ずいぶん器用なんだね。それもさっきから使ってる怪しげな力の一つなのかな」

「さてね! 上空には攻撃できないだろ。こっから攻撃させてもらうよ!」

「確かに上空に逃げられると面倒だけど、その力に頼りきるのはどうかと思うよ。いくらでも使えるわけじゃないんでしょ?」

「あんたを倒すぐらいはもつさ!」

「…………ホントかな」

 

 その言葉と共に、持っていた剣を上空に向けて構え詠唱を始めるアイリ。

 

「呪文詠唱?! そんな、魔法はこの世界には無いはずなのに……。いや、違う! 魔力を感じない。でもこの威圧感は……一体何なんだいッ!」

 

 ――死ぬも生きるも剣持つ定め……

 ……地獄で悟れ――

 

『暗の剣!!』

 

 ザクッ!!

 

 アイリが剣を振りかざした瞬間、アルフの体を巨大な剣が貫いた。どうやってだとか、いつのまにだとか、何故か物理的なダメージがないだとか、疑問は幾らでもある。だがそれよりも、何よりも問題なのは……自分の魔力に直接攻撃されたことだ。

 

「ガハッ……!」

 

 地面へと落下する。アルフはフェイトの魔力によって世界に維持されている使い魔である。そんなアルフにとって、魔力とは己れの生命線そのもの。

 魔力に直接攻撃をするなんて話は聞いたことが無かった。だからこその油断。

 普通の攻撃なら、いつもなら喰らった上ではね除けていた。だから喰らうこと自体が致命的な攻撃はアルフにとって初めてだった。

 

 アイリの足音が迫ってくる。

 もう、戦えない。魔力の回復に努めるので精一杯だ。

 

(ごめんよ、フェイト……。あたしは……ここまでみたいだ)

 

 自分たちがしているのは悪いことだっていうのはわかっていた。そもそも、この地にロストロギアがばら蒔かれたのだってフェイトの母親が関与している可能性がある。

 だから、負けた時の事は覚悟していた。

 脳裏に浮かぶのは優しい自分の主人の姿。自分が消えることは構わない。だが、自分が消えたことでフェイトが悲しむのは堪らなくつらかった。

 

 瞳から涙が溢れ落ちる。

 

 その涙は――アイリの手によって拭われた。

 

「ごめんね。でもやっぱりこれはあげられない」

 

 その手は慈愛に満ちていて、アルフを害そうとする意思は感じられなかった。

 

「あたしを……どうするんだい?」

「どうもしないよ。僕は自他ともに認める大の犬好きなんだから」

「ははっ、なんだいそりゃあ……。あたしに告白かい? でもまぁ……見逃してもらえるなら助かるよ」

「そういうのは人間に生まれ変わってからにしてね。僕は犬とそういう関係になるつもりは一切無いから。いや、本気で」

 

 アルフは人化する事が出来るのだが、話がややこしくなりそうだから黙っておいた。

 

「ようやく酔いが覚めたみたい。ってかここはどこだろ。旅館まで帰れるかな……」

「旅館はあっちの方向だよ。こっからそんなに遠くない」

「そうなの? ありがと。また来年ね、アルちゃん」

「いや、あたしは別にここに住んでいるわけじゃないんだけど……」

「そうなの? じゃあ、また会う機会があったりするのかなぁ」

「あたしとしては、会いたいような、会いたくないような微妙な気分だよ」

「そんな寂しいこと言わないでよ。この宝石はフェイトちゃんにあげないといけないから渡せないけど、ほねっことかドッグフードとか用意してあげるからさ」

「あぁ、確かにこの世界の犬用のご飯はかなり美味しかったねぇ。……………………ん?」

 

 今アイリはとんでもないことを言わなかっただろうか。

 

「ねぇアイリ。今のセリフもう一回言ってもらえるかい?」

「へ? 犬まっしぐらのこと? あれはうちの飼い犬にも大評判でさ。特に……」

「そっちじゃないよ! いや、そっちも微妙に気になるけどフェイトの事だよ!」

「……? アルちゃんフェイトちゃんのこと知ってるの?」

 

 この酔っぱらいは、自分がフェイトの名前を出していたことをすっかり忘れているらしかった。となると、自分とフェイトの関係に全く気付いてないに違いない。

 

「フェイトはあたしのご主人様だよ……」

「え、そうなの?! スゴい偶然だね! フェイトちゃん元気してる? 怪我とかしてない? 物騒なことしてない? 前会った時鎌振り回してたんだけど」

 

 少し間の抜けたアイリの問いに、アルフの緊張は一気に弛緩していった。

 

「元気だよ。ちょっと責任感が強くて危なっかしいから、しっかり見てないといけないけどねぇ。物騒なことは、まぁあれだよ、あれ」

「フェイトちゃん僕の妹と同い年ぐらいだと思うんだ。海鳴に住んでるなら、一回僕の家に遊びに来てくれると嬉しいな。もちろんアルちゃんもね」

「一応住んでるのは隣町だけど……あたしたちには遊んでる暇はないんだよ」

 

 昼間会ったのは妹だったのか。アルフは以前会った少女とアイリを見比べて、ぱっと見でそっくりだと反芻する。

 

「むぅ、そーかー。そういえばフェイトちゃん前も忙しそうだったなぁ。何してるのかは知らないけど、手伝えないのかな」

 

 あんたがよく持っている宝石を必死になって集めてるんだよ!

 そう叫びたかったアルフだが、流石に自制した。

 でも欲しいことは伝えておかなくては。

 ため息をつきながも問いかける。

 

「結局ジュエルシードは渡してもらえるのかい。それが最大の手助けになるんだ」

「え、ジュエルシードを? うーん、これって結構危なかったりするんだけど保管とか大丈夫?」

「そこらへんはあんたよりも確りしてるさ、心配しなくても大丈夫だよ」

「なら、まぁいいかな……」

 

 ⅩⅡと描かれたジュエルシードはアルフの手に渡った。

 

「というよりも、あんな危険なのばら蒔かないで欲しいんだけど。あれって何個あるの?」

「いや、ばら蒔いたのはフェイトじゃなくて……恐らく鬼ババじゃないかね。フェイトは回収しているだけだよ。んー、個数ね。確か全部で21個だよ」

「うわぁ、聞きたくなかった……。予想よりも更に増えたよ」

 

 悪化した事態にアイリは思わず天を仰いだ。

 その後、アルフはジュエルシードを見つけた際に連絡してほしい住所を伝える。

 アイリは出来ることならば、そんな厄介な事にならないことを祈りつつ話を聞いた。

 

「ちなみに今何個集めたの?」

「んー、二個……いや、五個かな」

「それって大分違うよ、ってか少ない! 半分も回収してない!」

「もう五個も回収したんだよ! これって結構大変なんなんだよ!」

「知ってるから! 身をもって体験してるから! ってかそのうちの二個は僕のじゃん!」

「そ、それは、まぁ感謝してるけどさ」

「ほんとお願いね! 特に動物に食べられないようにね!」

「動物が発動した方が、魔力の方向性が単調だから対処が楽なんだけど……」

「なら、すぐに現場に駆けつけてね! 僕が襲われてたら助けてね!」

「あんたは何大声で情けないこと言ってんだい。ってかあんたはあたしより強いじゃないか」

「いや……時と場合によりけりで……。相手が好意をよせてきたら殴れないわけで……。僕は犬好きなわけで……」

「あたし相手に剣を振りかざしといてよく言うよ、全く」

「う、それはともかく頼むね。何かもうそういう状況になったらフェイトちゃん家に強制転送させるからね」

「うーん、助かるんだか……迷惑なんだか」

 

 情けない話をしながらも、話をつめていった。

 ただ、残されたジュエルシードは16個ではなかった。

 限られたパイを狙っているのはフェイトだけではないのだから。

 現在のジュエルシードはなのはが四つ。フェイトが五つ。

 本当に残されたジュエルシードは12個。

 事態は少しずつ、しかし確実に進展していっていた。




しばらくしたら、魔力吸い出す人が現れますが、それはまた別の話。
ってか使い魔とか魔力蒐集されたらそのままアウトですよね。
殺しはしないって言ってたけど、シャマルさんがついうっかりとか……。

追伸:映画版だとアルフもばっちり蒐集してたわ。手当してるって言ってたから多分手加減はしてくれたんでしょう。

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