ツルハシの幸運 作:びっくら国王
「やっと、帰ってこられた」
迷宮都市オラリオ、その北部に位置する、大通りと面するように設けられた半円状の広場、そこに立って、俺は深く息を吸った。久しぶりにオラリオの空気を味わう。
通りゆく人たちはみんな俺をいぶかしむように見ている。無理もない。今の俺の格好は、奇抜そのものだからだ。こげ茶色の外套に身を包み、その下には黒のスーツ、頭には中折れ帽。極め付けに、背負っている大剣とツルハシ。これで注目されないわけがない。
辺りを見回すと、懐かしい風景に思わず感慨にふけってしまう。
「ここに来るのも、5年ぶりなんだなぁ」
あの事件があってから、寄り道もしたけど、なんとか帰ってこられた。俺のふるさと、オラリオに。
俺、ジェフ・サンチェスはこのオラリオで生まれた。冒険者の父さんと定食屋で働く母さんの下で、裕福ではなかったけれど幸せな日々を過ごしていた。
俺が10歳のときに、父さんが一度故郷に帰ることになり、母さんも付いて行くことに決めたが、何分オラリオからかなり遠い村だそうで、俺も一緒に連れて行く余裕がなく、しかたなく俺を父さんの友人の鍛冶師、オスカルおじさんに預けて出て行った。
その日から、俺はオスカルおじさんが所属するギルド、へファイストスファミリアに入団して鍛冶の技術を習得しようとした。しかし、いくら真剣に取り組んでもちっとも上達せず、落ちこぼれ扱いされていた。それでも父親譲りの馬鹿力で、冒険者業で稼ぎを上げていた。
1年経って、父さんと母さんがしばらく向こうで生活する、という旨の手紙を送ってきた。おじさんには申し訳なかったけれど、その後も2年間お世話になった。
転機は俺が12歳の時、ちょうどレベルが2になった頃だ。へファイストスファミリア内で素材収集のための部隊を編成することが決まり、俺もそのメンバーとして駆り出されたのだ。
それからすぐに二つのスキルを習得した。両方とも採集にとても役立つ。おかげで俺は多くの成果を上げ、へファイストス様からも信頼を寄せられるようになった。そして、レベル3にもなれた。
そのせいだろうか、他の団員からいじめを受けるようになった。オスカルおじさんをはじめ、特に有名な鍛冶師の人たちはそんなことはしなかったんだけれど、徐々にそれは大きくなってしまって結局俺は殺されかけた。
間一髪生き残ったと思ったらそこは見たこともない変な世界。言葉は通じないし、スキルも使えない、ステータスは意味をなさない、とんでもないところだった。そこでもいろんなことがあったわけだけれど、それはまた別の機会に。ともかく俺は、そこで出会った人たちのおかげで、オラリオに戻ることができたのだ。
…………でもさぁ
「これからどうすりゃあいいんだあああああああああああ!?」
(何にも考えてなかった!戻ることに一生懸命で!)
思わず膝をついてしまう。体中から嫌な汗が流れていく。考えれば考えるほど、頭がクラクラしてくる。
(そもそも、このせかいで俺はどういう扱いになっているんだ?死んだってことにされているのだろうか?)
そこまで考えたところで、誰かが俺の前に立つ気配がした。
「あのぅ、だいじょうぶですかっ?」
「いや〜、心配かけてごめんね、えっと、ベル君だっけ?」
「いえいえ、そんな」
声をかけてくれたのはベル君という少年で、ある人との待ち合わせ場所であるこの広場に早く着いたところ、うなだれている変人(俺)を見つけ、心配になったのだという。
「大したことじゃないんだ、ちょっと悩みがあってね」
「悩み、ですか?」
ベル君はすこし首を傾げて訊いてくる。なにこの子かわいい。
「気にしないでよ、本当に大したことじゃないからさ」
一応、誤魔化しておく。
「そういえば、君は誰かと待ち合わせって言ってたけど、いいのかい?」
そう訊くとベル君は顔を真っ赤に染めて、もじもじしながらちょこっと頷いた。だからなにこの子ちょうかわいい。
「大丈夫です、まだ来てないみたいですから」
「そうかい、まあこれ以上ここにいてもなんだから、俺はそろそろ行くよ」
じゃあね、と背を向けると、ベル君が尋ねてきた。
「あの、お名前「おーい、ベールくーん!」っ!」
どうやら待ち人がきたようだ。
さて、俺も行きますか。
昔母さんが働いていた、
『豊饒の女主人』に
「ベル君、さっきの人誰?」
「僕もよくわからないんです、名前訊く前に行っちゃって」
「ふ〜ん。でも珍しいね、ツルハシ持ってるなんて」
「サンチェスさんの友人の方、とか」
「そういえば今日だよね、ジェフ・サンチェスの命日って」