ツルハシの幸運 作:びっくら国王
アゴ痛い…………
『豊饒の女主人』
俺の母さんが働いていたこの酒場はオラリオのメインストリートにある。夜になると迷宮帰りの冒険者でごった返すこの酒場は、出される料理が絶品であることはもちろん、働いているのが女性ばかりで、なおかつなかなか可愛い人、綺麗な人が多い。また、有名どころのファミリアも利用することもあって、かなりの人気を誇っている。
とはいえ、こんな真っ昼間には営業はしていないが
店の前に来ると、従業員と思われる方が2人、せっせと開店に向けた準備をしていた。一人はどこかで感じたことがある気配がするエルフの女性、もう一人はこの店で何度もお世話になった、恩人のシルだ。
「っ!」
シルを見た途端、目頭が熱くなった。ああ、本当に俺は、帰ってきたのだ、オラリオに。
「うちに何かご用でしょうか?」
「えっ」
エルフの女性が話しかけてきた。こちらに気づいたらしい。涙を見られてしまっただろうか。気恥ずかしくなって、目を合わせずに答えた。まずい、現在のオラリオの状況を把握していない今、ここで俺のことがバレるのは、危険だ。奴らにバレる可能性がある。
「ああ、はい。ミアおば……いえ、店主のミアさんはいらっしゃいますか?」
「申し訳ない。ミア母さんは今留守にしていて……」
彼女が言い掛けたその時、
「どうしたの、リュー」
シルがやってきた。
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今日は、あの人の命日。この日、『豊饒の女主人』には、あの人を偲ぶ人たちが多く集まり、あの人が大好きだったピザを食べながら、思い出を語り合う。いつもは笑い声が絶えないこの酒場も、今日はしんみりとした雰囲気に包まれる。
わたし、シル・フローヴァと、あの人、ジェフ・サンチェスとの出会いは、もう8年も前のことになる。ジェフさんのご両親が、遠くの村へ旅立つ前に、この酒場に挨拶に来た時のことだ。同い年のわたしと彼を引き合わせようとしたのか、あるいは、おせわになった酒場に自慢の息子を見せに来たのかはわからないけれど、とにかく、私たちは出会った。お互いまだ10歳で、男と女を意識し始める時期にはもう少し早かったにもかかわらず、わたしはなぜかすごく緊張したのを覚えている。向こうはそうでもなかったみたいで、終始笑顔で話しかけてくれた。1日の多くをこの店で過ごしていたわたしにとって目の前の男の子はとても新鮮だった。
ご両親と別れ、一人オラリオに残った彼は、へファイストスファミリアの幹部でオラリオで五本指に入ると言われる鍛冶師、オスカルさんに連れられて度々来店するようになった。彼は来るたびに特大サイズのピザを注文し、その半分をわたしにわたしにくれるのが、お約束になった。
彼が迷宮へ出入りするようになってから、ほぼ毎日彼はここを訪れた。常連さんからは、わたしと合わせてこの店のマスコットキャラだとからかわれもした。見せ物みたいで少し嫌だったけど、この頃が一番幸せだったのだと、今振り返ってみて思う。
やがて彼は疲れ切ったような笑顔を見せるようになっていった。後から聞いた話だと、ちょうどその頃からへファイストスファミリア内で彼に対するいじめが過激になっていったらしい。
その後、彼が、あの忌々しい事故のせいでその命を落としたとの知らせがあったとき、このお店は異様な雰囲気に包まれた。状況が飲み込めなかったわたしは涙を流す大人たちを見てうろたえるばかりだった。大粒の涙を流しながら、ミアお母さんがわたしを抱きしめたとき初めて、悲しいことが起きたのだということに気がついた。それが彼のことだと理解したわたしは、涙が枯れるまで泣き続けた。
それからの日々はただただ、漠然と過ごしていた。路地裏でリューを見つけて助けるまで、わたしは感情を持たない人形のように過ごしていた。ミアお母さんがリューを匿ってくれたのは、もしかしたら、ミアお母さんも彼を亡くして寂しかったのではないかと思った。それからすぐに、『豊饒の女主人』は悲しみや喪失感を表に出すことはなくなったし、わたしもいつもの調子に戻ることができたが、みんな身近な人の死に敏感になってしまったように感じる。
あれからもう5年、わたしはベルさんと出会った。彼と出会ったときと同じ感じがしたのは気のせいだろうか。彼と比べると少し頼りないかもしれないけど、一生懸命頑張る姿は彼にそっくりだった。先日の一件で、市街地で勇敢に戦うベルさんを見て、思わず見惚れてしまったのは、彼と重なるところがあったからかもしれない。こんなこと、してはいけないと分かってはいるのだ。でも、少しでも彼に似ている人を見つけると、彼の面影を重ねてしまう。前向きに頑張っているベルさんを見ていると、わたしもいい加減、彼のことを忘れなきゃいけないなと思うのだけれど。
そんなことを考えながらお店の準備をしていると、リューが店の前で、誰かと話をしているのが目に入った。奇妙な服装の男性。ただ一つ気になるのは、背負っているツルハシ。もしかしたら彼の知り合いかもしれないと思ったわたしは二人の会話に入っていった。
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懐かしい。また涙が出そうになる。ぐっとこらえて、シルを見る。お互い大きくなったものだ。シルはとても綺麗になった。もう、あの頃のからかわれて泣きついていたお嬢ちゃんではないのだろう。
「この方がミア母さんに会いに来たそうなんですが」
リュー、と呼ばれた女性がシルに説明してくれた。
「そうなんですか」
シルがこちらを一目見て申し訳なさそうに答えた。
「ミアお母さんは今買い出しに出かけていて、いないんです。」
「よろしければ、ご用件を伺いますが?」
そう言うとシルはこちらを見つめてくる。
「いや、ならいいんです。また来ますよ」
そう答えて俺は『豊饒の女主人』に背を向けた。これ以上はいけない。
「待ってください!」
シルの声に立ち止まる。
「あなたは、ジェフ・サンチェスと関わりがありませんでしたか?」
「なぜそんなことを?」
「だって、今日、ツルハシを持っているということは……」
うん?今日?
「待って、今日って特別な日だっけ?」
するとシルはリューと顔を見合わせて、不思議そうな顔をして答えた。
「だって今日はジェフ・サンチェスの命日ですよ?」
へえ、そ〜なんだぁ……
んん!?
え、俺死んだの?
「不思議な人だったね」
「先ほどの青年ですか?」
「うん。ツルハシを持ってたから、ジェフ君の知り合いかと、思ったんだけど」
「そういえば、ジェフ・サンチェスのツルハシはあんな感じなのですか?」
「いや、あんな鉄の色の普通な感じじゃなくて、金色の豪華な装飾付きだったよ」
「……さすが、神の鍛えるツルハシは違いますね」
「あれを使ってたジェフ君もジェフ君だけどね……」
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