人口1700万人を誇るフィオーレ王国の国境付近に存在する森林地帯。
通常の森林と異なり、触れしまうだけで傷を負ってしまう木々が密生し、奇声を発する魔の鳥は群れをなし、強靭な爪と牙を生やした獣は魔法を纏い獲物を狩る。
はたまた、それ以上に狂暴な生物をも住処とする森は近隣の村人どころか魔導士さえも寄り付かない。そんな魔の森に二つの影があった。
「待ってよ~ナツ~!」
「遅いぞ。ハッピー」
桜色の髪をもち、白銀のマフラーを巻いた青年。ナツ・ドラグニル。その後ろをノロノロと付いていくのは相棒の青い猫。ハッピー。
「少し休もうよ。オイラお腹へったよ~」
地面に座り込み、タイミングよく空腹を主張する音がハッピー方から鳴り響く。
その音は森中にコダマし、ナツの耳にも届いた。ハッピーの腹の虫を聞いたナツは背負っていたリュックを降ろし座る。
「つってもよ、食料も金も尽いつまったから、食う物なんてねぇよ」
「それじゃあ、どうするのさ? オイラもうお腹が限界だよ」
ハッピーのお腹の音はさっきよりも大きく鳴った。
どうやら、大袈裟に言ったのではなく本当に限界と理解したナツは頭を働かせる。
食料もない、それを買うお金をない。しかし、ここは森のなかだ。危険な生物がいるとはいえ、食べられない訳じゃない。近くに川の流れる音もナツには聴こえていた。
「しょうがね、ハッピーそこで待ってろ。そこら辺で食い物採ってきてやっから」
「よいしょ」と声をあげながら立ち上がるナツ。
「あい! オイラ魚が良い!」
「おう、分かった。腹一杯獲ってくるぜ!」
相棒からのリクエストを貰ったナツは、滅竜魔導士の恩智によって強化された嗅覚と聴覚を駆使し、魚が居るであろう川を探すため森のなかに消えていく。
◇◆◇◆◇◆
水の音と匂いを頼りに、川のほとりにやって来たナツは、目当ての魚が居るかどうか水中を覗きこむ。
「お、たくさんいるな。うし、さっさとやるか」
腰をおとし中腰の状態になり、腕を引き構えをとる。すると腕から手にかけて炎が迸る。
そのまま川の中心めがけ、炎を纏った拳を振りかぶる。
「おらっ! 火竜の鉄拳!!」
瞬間、森中に爆音と地響きが起こり、少し遅れて大量の水しぶきがナツに降り注ぎ、高温によって水蒸気が煙と化し、ナツと含め周囲を包み込んだ。次第に水煙は晴れ、視界が鮮明になる。
「わっははは! 大漁、大漁!!」
歓喜の声を上げるナツの視線の矛先は水面に浮かぶ物に注がれていた。
先程の行動により起こった爆音で魚が何十匹も気絶している。
「早くハッピーに持っていてやらねとな」
空腹と動けない相棒の為に、素早く気絶した魚達を回収し始める。
◇◆◇◆◇◆
「う~ん。お腹が空き過ぎてお腹と背中がくっ付きそうだよ~」
空腹で動けないハッピーはリュックを壁代わりにもたれ掛かり、ナツの帰りを待っていた。 いまだ鳴り止まない腹の虫は、森に巣食う危険生物を呼び寄せてしまう。しかし、空腹を止めるにはナツが食料を持ってこない限り止めることは出来ない。
ハッピー自身も森に自生する木の実やらキノコを見つけようと残り少ない体力を使い辺りを散策したが、見つかったのは不気味に光り輝く赤い石一つだけだった。その行動が悪かったらしく体力を使いきったハッピーは一歩も動くことが出来ずにいった。
「う~、もうダメ、限界だよ。きっとオイラこのまま野たれ死んで動物のお昼ご飯にされちゃうだ~」
「そんな奴ら、返り討ちにして俺たちのメシにしてやんよ」
ハッピーの目の前には捕まえた魚たちが入った袋を肩に担いだナツが現れた。
「ついに幻聴まで聞こえちゃったよ。やっぱりオイラこのまま死んじゃうだ」
「何いってんだよ。おら、寝ぼけてないで起きろ。メシ持ってきてやったぞ」
「うわぁん~! 声だけじゃなくて、感触まであるよ~」
目の前の現実を幻と信じこんでいるハッピーに、頬を叩き強制的に醒まさせようとするが信じようとせず、遂には涙まで流す始末だ。
「泣きながらアホ言ってる暇あんなら、メシ食えつうの。ほら、魚獲ってきてやったぞ」
魚が大量に入った袋から一匹取り出し、ぺちぺちとハッピーの頬を叩くが、それも空腹による幻覚だと宣う。ならばとナツは片手に火を灯し魚を焼きはじめた。絶妙な火加減で炙られた魚は、次第に香ばしい匂いが漂う。
「うぅ、魚の匂いがするよ。この匂いは……本物の魚だ!! って、ナツ!?」
「よっ、ハッピー。やっと気付いたのかよ。ほら、魚だぜ。腹へってんだろ? 食えよ」
そう言い。丁度よく焼けた魚を持つ手を差し伸ばす。それを間髪入れず受け取り、ムシャムシャと頬張る。
「ナツ、旨いよ~! オイラこんな美味しい魚食べたことないよ」
少しばっかり大袈裟に聞こえるそれは、嘘ではなかった。ナツが捕ってきた魚は、市場でもめったに出ることのない高級川魚。産卵の為に登ってきた魚が魔の森を流れる川を泳いでいた所を偶然にもナツによって捕まえられてしまった。それを食べれるハッピーとナツは幸運だが、偶然通りかかった魚達は不幸以外のなにものでもない。
「そっか、旨いか。まだ沢山あっから、もっと食って良いぞ」
自分で獲ってきて、調理した魚を嬉しそうに食べる相棒を微笑みながら魚を奨める。
「あ、ナツ。オイラこんな物見つけたよ。町に持っていたら売れると思って」
ある程度お腹が満たされたハッピーは、ある物をナツに見せる。小さな手に握られていたのは、ハッピーが偶然にも発見した不気味に輝く赤い石だった。
「うんだそれ、宝石か?」
「オイラにも解らないんだ。けど、売れそうだったから持ってた」
「ふーん」と相槌を打ち、石を観察する。
感触は何の変哲もない石。重さも普通で、変わっていると言えば石から伝わってくる力。
自分たちが扱う魔力と異なるが、何処か似た力を感じる。
「なぁ、ハッピー。これ何処に落ちてた? 」
「向こうの木の間に落ちてたよ」
ハッピーが指し示す方向を注視する。しかし、何も感じない。そもそも、なにか感じていたら直ぐ様分かると視線を石に戻す。
「……ただの石や宝石じゃねぇし、ラクリマとは何か違うしよ。一体なんなんだよ、これ? 」
苦悩する。珍しいとハッピーは思った。
普段のナツならこんな訳の分からない石など、捨てるなり売るなりするが、今回は何時までも悩んでいる。
「(多分、ナツは分かるまで考える、オイラには分かるよ)」
長年一緒にいたハッピーだからこそナツの考えが分かる。相棒が、友達が悩んでいるなら自分はそれを一緒に考え、助けてやるのが筋と考えたハッピーはナツ同様頭を働かせる。
「ナツ。魔力を通してみれば? ラクリマじゃくても魔法道具なら何かしら反応するかもよ」
「おぉ、ハッピーお前頭良いな」
褒められ体をクネクネと動かし照れくさそうにする。
「そんじゃ、早速魔力通してみるぜ」
「壊しちゃダメだからね」
「言われなくても分かってるっての」
石を掌に乗せ、少しずつ魔力を通していく。
石と言う器を壊さないように、丁寧かつ慎重に魔力を流す。しかし、魔力を流し続けているが石からの反応は全くない。
「…うんともすんとも言わないね。壊れてるのかな? 」
「…ふん! 」
すると、ナツは何を思ったのか力を入れた。
先程流していた魔力の量を越える過剰とも言える魔力を流し込む。
「ちょっ、ナツ! 何やってんのさ!? 」
「いや、魔力が足りねぇのかなと思って」
「しれっと言わないでよ! 壊れちゃたらどうするのさ!? もう、貸して! 」
予想外の行動に驚き、石を奪う。
壊れていないか確かめるが、驚愕な事が分かった。
「え、嘘。ナツのバカみたいな魔力流したのにヒビ一つ入ってない」
「あれ、今俺バカにされた? 」
「…それにしても、一体この石何なんだろう? 」
分かりやすい話のすり替えをするが、ハッピーの言う分は間違っていなかった。
宝石、ラクリマ、魔法道具…と自分達が知っている物とは明らかに違う謎の物質に頭を捻らせる。そこでハッピーは、まだ魚を食べ切っていないことを思い出す。今すぐにも食べられる魚といくら思考しても理解出来ない石。一体どっちらが自分に有益であるかは考える間もない。
「……もういいや」
ポイと擬音が聞こえてきそうな程潔く石を捨てる。
「おおい! ハッピー何してるんだ!? 」
「だって、分からないんだもん! それにオイラ石よりも魚の方が大事だよ!! 」
「言いきりやがった!? 」
本能に忠実な青猫にツッコミを入れてしまう。
「たく、しょうがねぇ相棒だな。ん? あれ、石何処だ? 」
「ナツー、あそこにあるよ」
魚を齧りながらハッピーが示した場所に確かに石はあった。
あったことはあった、しかし、何か違和感を感じる。
「……ハッピー」
「…なに、ナツ」
赤かった石はより深い深紅の色に。
「光ってねぇ? 」
「光ってるね」
紅い光を小さく放出し始める。
「なんかよ、ヤバくねぇか? 」
「うん、ヤバイね」
光で分かりにくいが、膨張した石は今にも破裂しそうだ。誰が見ても危険なのは分かる。
「逃げるぞ。ハッピーッ!!」
「あい! 掴まってナツ!!」
自身の魔法【翼(エーラ)】を使い空へと飛び立つ。飛び立つ瞬間ナツの首根っこを掴み回収する。しかし、光り続ける石は止まらず、次第に光りは空を飛ぶ二人を包み込んだ。
「ぐっ! 」
「うわっ! 」
短い叫びを上げ、光りは完全に二人を包み姿が見えなくなる。
石が放つ光りが無くなると、其処にあった二人の姿は消え、割れた石だけが残っていた。
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