究極大英雄の山田次郎かく闘えり!   作:うぃっちべーす

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第十話『山田くん焼肉を奉行す』

 

上空から容赦なく照りつける光。四季で一番の猛威を振るう苛烈な陽光。

鉄の折の中で炭が赤黒く鈍く光る。そして炎の臭いが染み付く。むせる。

眼鏡の奥から反射する光などは数ミリ先で四散、光景の反射に流される。

 

眉の下から滲む汗は、すぐさま玉となり雫となって落ちるか、蒸発する。

七三分けの髪型のままでは限界があった。巻かれたタオルのみが味方だ。

腕や首は完全に無防備。陽光に負けず劣らず、反射した汗で輝いていた。

 

 

 

「やっぱ男の子がいると助かるわー。あ、お肉足りないわよ山田クン。」

 

「女子会とは思えん肉率だねマイハニー。2時間、肉焼いてるんだが。」

 

「じゃあ遠慮なく頂きます山田センパイ。……うーん、お・い・しー!」

 

「―――私はトウモロコシが欲しいです。そろそろ、焼けてますかね?」

 

「トウモロコシはもうちょい先!マイノリティに厳しい世界ですまん!」

 

 

 

山田くんはBBQ奉行として焼き肉台を管理、そして全てを焼いていた。

濃いグレーのマッチョタンクシャツの背に、とある文字が書かれている。

 

『私はパンティを盗んで履いて喜ぶ変態です。国立市在住、山田次郎。』

 

力強い字体で大きく書かれている。鑑定を待たずとも山田次郎作と判る。

だが山田次郎は残念ながら、辱めを受けるのが好きな紳士では無かった。

書かされた物だ。彼のマイハニーが交換条件で山田にそれを命じたのだ。

 

 

 

「ほらほら、お肉なくなるわよー?阿形さん、許してくれないかもー?」

 

「ぁ、ぅ、うははははは!肉肉野菜肉肉肉肉!肉のゲシュタルト崩壊!」

 

「ですねー。もっとお肉、食べたいなー。でももう無くなりそうだー。」

 

「トングなぞ面倒だ!割り箸カモン!指が焦げてなくなるまで焼くぜ!」

 

「―――あのー、私のトウモロコシって、どうなりました?山田先輩。」

 

「火が通るまであと少しだ!トウモロコシは一日にして成らずなんだ!」

 

 

 

なぜ山田は病み上がりなのに焼肉奉行を命じられて酷使されているのか。

それを理解するには、昨晩から続く事件の流れを追わなければならない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

昨晩彼は、結局タオルケットも剥がされ大浴場で身体を洗う事となった。

 

そして阿形が双葉と交渉をしてサラダ大盛りを貰う事となったのは前段。

サラダは二皿に分けられ、大きな皿は阿形、小さな皿は石川が受け取る。

石川は皿を持って自室に帰り、阿形はその大皿を持ってリネン室にいた。

 

ちなみにリネン室とは、シーツやカバーなどを収める専用の部屋の事だ。

この別荘では利便性も考え、横に大きな洗濯機と乾燥機を設置している。

嬉しそうに山田くんの洗濯物をを畳む双葉さん。無論ここで洗濯した物。

 

その横で、そんな光景を不思議そうに眺めつつ料理を頬張る阿形が居た。

 

 

 

「あのー、田中センパイ?お話してもいいですか?邪魔しませんから。」

 

「いいわよ?あ、二人きりだし、プライベートでも答えてあげるわよ。」

 

「……山田センパイの事ですけど、正直な所、からかってるんですか?」

 

「心外だわね。私が山田クンのことが好きなのって、そんなに変かな?」

 

「はい、ぶっちゃけると山田センパイって、そんなに魅力無いでから。」

 

 

 

今、山田の入っているお風呂は大きい。旅館の大浴場以上の規模である。

更に源泉かけ流しであり、湯は常に岩の上から流れ込んでいる本格派だ。

その為に浴場内では水音が反響して、外部からの雑音は全く聞こえない。

 

だから本人が聞けば2週間は立ち直れなさそうな情報も、耳に入らない。

 

 

 

「まぁ、いま山田クンと出会って好きになれるかって言われるとねえ。」

 

「からかってるんですね?センパイが打たれ弱いのは知ってますよね?」

 

「そうでもないわよ?山田クンって結構タフなのよ。ああ見えてもね。」

 

「持ち上げて落とすとか趣味悪いですよ。嫌いにしてもヤリスギです。」

 

「じゃあ『アタシの大事な部長様には手を出すな!』って言いたいの?」

 

 

 

伏せ目がちの目元のままに半笑いをして、阿形の顔に鼻先を寄せる双葉。

阿形の鼻腔には交じり合った匂いが入り込む。柑橘系の香りと僅かな汗。

彼女にも経験がある。体臭を誤魔化すには柑橘系を使うと誤魔化し易い。

 

 

 

「本気なら別にいいんです。冗談だったら私にだって考えがあります。」

 

「本気も本気。山田クンがOKするんなら映研に入ったっていいわよ。」

 

「……だったら、手綱を締めてくれません?正直言って迷惑ですから。」

 

「ああ、キスのこといってるの?もしかして、初めてだったのかしら?」

 

 

 

そこを突かれて言葉に詰まってしまう阿形。巧い切り返しが浮かばない。

否定をしようかとも思っても双葉には全て見透かされている様に思えた。

もちろん田中双葉にはESPは無い。だが、対人折衝に長けているのだ。

 

 

 

「…………はい。いけませんか?」

 

 

 

阿形は耳まで赤く染めて、精一杯の勇気で真実の吐露をする決断をした。

一方の吐露された方の双葉は表情を崩さぬままに半笑いで見つめていた。

半笑いで見下ろしている双葉の姿勢に、阿形はとある誰かを思い出した。

 

 

 

「そうね、山田クンってば自覚が足りないわね。主にダーリンとして。」

 

「ダーリン、ですか。そのセンスってもしかして田中センパイですか?」

 

「違うわよ。私もどうかと思うけどさ、山田クン海外ドラマ好きだし。」

 

「あー、そんな感じしますね。ファザーとかマザーとか言ってますし。」

 

 

 

山田は海外と言うかハリウッドものが好きである。特にアクション系が。

大爆発、予定調和、派手な動き、気取ったセリフ、そういうのが好物だ。

それは彼の、強い指導者たらんとする気持ちの裏返しであるとも言える。

 

 

 

「山田センパイは言ってます。『映研は続く、だから次を見ろ』って。」

 

「あー、いかにも山田クンらしいセリフね。ほんとガーさんそっくり。」

 

「鈴木センパイには悪いですけど私は山田センパイが上だと思います。」

 

「それ、絶対彼の前で言っちゃ駄目よ?ガーさん貶すと本気で怒るし。」

 

「言いませんよ。でも映研の『次』には山田センパイが必要なんです。」

 

 

 

彼女は彼女なりに映研という組織を慮っていた。たった8人の技術集団。

 

二年生が現在の現役部員の枢軸。しかし彼らには運営の意識が足りない。

一番問題なのが自発性が足りない点。常に受身で動こうとする癖がある。

特にリーダーになるはずの次期部長一之瀬雄大が、お飾りになっている。

 

そんな中で精神的な牽引が出来るのは自分と宇佐美。だが宇佐美は兼部。

映研を能動的に動かす牽引部が足りない。そしてその為の精神的支柱が。

石川の『山田やめちゃうかも』という一言から、阿形は悩んでいたのだ。

 

 

 

「……まぁ気持ちは判るわ。実はこう見えても部長だったりするのよ?」

 

「知ってます。でも山田センパイは、映研の代えられない柱なんです。」

 

「じゃあ山田クンは引き抜かないって約束するわよ。条件があるけど。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちょ、本気でやべえ、視界に紫色が入ってきたぜ……だれか、水……」

 

「―――水なら、阿形さんが持ってます。早く飲んだ方がいいと思う。」

 

「あ、あのー、阿形さん?よろしければお水を頂戴したいのですが……」

 

 

 

山田は皿を持って立つ三人に向かい、おどおどとした視線を投げかける。

しかし石川はトウモロコシを注視していて、それどころではないようだ。

もちろん双葉は頼めば喜んで水をくれるだろうが、出来れば遠慮したい。

 

そうなると彼の頼みの綱は、当然アニメ班で気心の知れた阿形なのだが。

 

 

 

「あー、これ?ちょっと唇に違和感あるんで、すすいでるんですけど。」

 

「み、水くらい我慢しないとね!大丈夫!何とかなるなる成瀬川なる!」

 

 

 

どうも寝ぼけて唇を奪ってから、おかんむりのご様子で対応が氷点下だ。

そして肉が消える。水分の補給も出来ぬまま金網に肉を乗せねばならぬ。

山田次郎はエセフェミニスト。女子のご機嫌が悪いと何でも引き下がる。

 

 

 

「―――阿形さん、急に山田先輩に、きつくなった。一体どうしたの?」

 

「石川ちゃん、こっち来て。山田センパイには絶対聞かれたくないし。」

 

 

 

これ見よがしに大声でそう告げる阿形。山田は肩を落として肉に向かう。

ちなみに阿形と田中で交わされた条件とは、単純で判りやすい物だった。

 

『山田次郎という男を好きにならない事。部活動の範囲なら別とする。』

 

双葉はそれだけを条件とした。そして阿形はその条件をすぐさま飲んだ。

寝ぼけてキスをしてしまったことを盾に無理を言い山田と距離を置いた。

 

 

 

『……ってワケなのよ。別に困る事も無いしOKしてみたんだけどさ。』

 

『―――阿形さんがそう判断したんだったら、私もそれでいいと思う。』

 

 

 

部長として良い行動をした時には素直に褒めて慕っても構わないとする。

だが万が一肉体関係に発展したら殺人を犯すのも厭わないと双葉は言う。

どう考えてもそれは有り得ない、と後輩二人は先輩の杞憂を笑いあった。

 

そして、オブザーバーとして双葉が山田を補助しても良いとも約束した。

 

 

 

「私が飲ませてあげるわ山田クン?ただし水補給は口移しになるけど。」

 

「勘弁しておくれマイハニー。後輩たちがこっちを見てるじゃないか。」

 

「―――立場の弱い相手には強引に迫るくせに。山田先輩のド外道男。」

 

「いいっ?!い、石川さん?別に俺はそういうつもりじゃなくてね……」

 

「パンツ盗まれても許してキスまでしてくれる人、いないですよねー。」

 

 

 

条件を聞いた石川が参戦する。これは包囲網。山田次郎に逃げ場は無い。

双葉のオブザーバーとしての協力は、石川にとっても魅力的だったのだ。

微笑む双葉がミネラルウォーターのボトルを手にジリジリと寄っていく。

 

しかし山田は決して無能ではない。ピンチを乗り越えた事も少なくない。

例えば膀胱が破裂しそうになった時に気合で我慢し公共機関まで走った。

例えばコンビニで会計をしようとしたら財布を忘れた事に気づき謝った。

 

 

 

「何を勘違いしてるんだいハニー。熱いベーゼは月光の下が普通だろ?」

 

「そう言われると心が動くわね。ロマンチックに免じて許したげるわ。」

 

「よかったですね山田センパイ。私が言われたら正拳五段突きですよ。」

 

「うははははは!もう絶対に俺はそういうことしないって!ねっねっ?」

 

 

 

握られた拳を突き出す動作を5回ほど行う。それを正拳五段突きと呼ぶ。

ただ、それだけ聞くと何やら格闘ゲームの超必殺技にも聞こえたりする。

もちろん本来は稽古の一種。素早く正確な突きを出す為に反復して行う。

 

山田の前で霞むほど拳を突き出す姿は、恐怖を与えるのには十分だった。

 

 

 

「阿形さんって段位取らないのかしら?確か初段は型と組み手でしょ?」

 

「良くご存知ですね田中センパイ。でも取ったら取ったで色々面倒で。」

 

「ああー、有段者の身体は『凶器扱い』になるって奴?本当なのアレ?」

 

「都市伝説です。でも『殺すつもりは無かった』が通用しないそうで。」

 

「あ、あははははははは!ツモリが無くても殺しちゃ駄目だと思うな!」

 

 

 

既に水分が不足しているのに更に滝のような脂汗を流しだした山田くん。

流石に限界なのか双葉のペットボトルをつかみ一気に喉奥に流し込んだ。

空気抜きすらもどかしいのか、ベコベコと水の容器がへっこんでいった。

 

気がつけば容器は小さく潰れており、1リットルの水は0となっていた。

 

 

 

「いよっし!超気合入った!もうちょっと頑張る!助かったよハニー!」

 

「いやに素直に褒めてくれるわね。……そっか、内助の功ってやつか。」

 

「けど肉が無くなってます。いちゃつく前に早く肉を焼いてください。」

 

「―――トウモロコシが、やっと焼けたみたい。では、いただきます。」

 

 

 

開始からかなりの肉が消費されているにも拘らず、まだ高く詰まれる肉。

業務冷蔵庫のキャパシティは計り知れない。それが3台も有るのである。

ただ、もっと驚くべきは莫大な肉の約半分が細身の双葉に消えた事実だ。

 

そして更に2時間後。水分補給を繰り返した山田にも遂に限界が訪れた。

 

 

 

「う、腕が上がりません。正直に言います。テニス部サボってました。」

 

「―――4時間も焼き続けだし、仕方ないです。許してもいいのでは。」

 

「あら、私ずっと山田クンの味方よ?でも、後輩を襲っちゃったしね。」

 

「少し休んで午後は別な事しません?あ、山田センパイは焼肉どうぞ。」

 

 

 

女子特有の高いトーンでのトークが続いているが、山田は輪に入れない。

もちろん彼は女子ではないし、更にトークだって得意という訳ではない。

だがそれ以上に、硬く握られた阿形の拳の放つオーラに逆らえないのだ。

 

 

 

「わーい、ひとりで焼肉うれしいなー、うれしいなったらうれしいな。」

 

 

 

悲しそうな瞳で喜びの台詞を呟き、喜びのダンスを始めだした山田くん。

少し表情を曇らせて何かを告げようとする阿形に、双葉が手で制止する。

そこでトウモロコシを持つ石川が、阿形の脇を抜け山田に立ちはだかる。

 

 

 

「むむ?石川さんどうしたんだい?ま、まさか、俺と一緒に焼肉を……」

 

「―――トウモロコシ、もう一本ください。出来たら取り来ますんで。」

 

「あ、はい、トウモロコシを一本ね。そっか、ついでに焼けるもんね。」

 

 

 

膝を折り地面に両手を付く山田次郎。その目にはうっすらと涙さえ滲む。

向かうところ敵だし。一寸先は敵。渡る世間は敵ばかり。人生塞翁が敵。

元々山田はメンタルが強くない。一旦落ち始めればどんどんと沈み込む。

 

そんな光景にも特に感慨は無いのか、石川は踵を返し集団に戻っていく。

 

 

 

「―――こんなもんですか田中先輩。やりすぎは逆効果と思いますが。」

 

「みんなやるわね。ウチの後輩イイ子ちゃん揃いで融通きかないのよ。」

 

「ずっとこうだと山田センパイもちませんよ?適当に持ち上げないと。」

 

「判ってるわ。別にイジメがしたいわけじゃないし、見定めてるわよ?」

 

 

 

母屋に入る玄関ホールのすぐ先で、しゃがみこんで膝を寄せている3人。

山田くんには見えぬ位置で、聞こえぬように声を潜めての密談であった。

ちなみにカカトを上げてしゃがむ阿形に対し二人はべったり付けている。

 

ここに宇佐美嬢が居れば上げていただろう。要はバランスと筋力なのだ。

 

 

 

「くっくっく、BBQの醍醐味といえば後片付け!浅はかな者どもめ!」

 

 

 

山田くんは大食漢ではない。早々に焼いて一人で食べ、そして片付ける。

 

余り素材は素早く冷蔵庫に仕舞い、使用済の紙皿と割り箸は燃えるゴミ。

空になったペットボトルやプラ容器はプラゴミ、その他は燃えないゴミ。

使用済みの金網はある程度焼きカスをこそげ落として、その後に水洗い。

 

ただ、大皿に残ったトウモロコシだけは、そっと別荘内の食堂に置いた。

 

 

 

 

 

一方、女性陣はあられもない姿。応接間で足を投げ出し居眠り中である。

 

ソファーは応接間にしかない。最初は飲み物を手に優雅に歓談していた。

リラックスムードはだんだん口数を減らし、血液も胃袋に集まっていく。

優雅な歓談が単なる雑魚寝に変わるのに大した時間は必要としなかった。

 

ただし、トウモロコシを1本しか食べていない石川を除いて、であるが。

 

 

 

「―――おつかれさまです山田先輩、一人焼肉終わったみたいですね。」

 

「あ、トウモロコシなら食堂だよ。そういえば、他の人はどうしたの?」

 

「―――みんな寝てます。暇なんで、お話でもしませんか?山田先輩。」

 

「いいよ。……あの、ほんとに俺と話してもいいの?他の人怒らない?」

 

「―――別に誰かに命令されてるわけじゃないんで。好きにやります。」

 

「じゃあ食堂行こう!トウモロコシだって冷めすぎたら旨くないしね!」

 

 

 

上機嫌で前を歩く山田。その姿を見て、石川は少し違和感を感じていた。

昨晩から先程までの間、度が過ぎる寸前かそれ以上の意地悪をしてきた。

確かにその都度。絶望を顔に浮かべていた。その後すぐに復帰している。

 

何故平気なのか?そんな感覚が山田という男への興味を沸き起こさせた。

 

 

 

「焼く時のコツは、ズバリあまり転がさない事!覚えとくといいぞう!」

 

「―――いや、別に、自分で焼いてまで食べたい訳じゃないんですが。」

 

「いいや、来るね!トウモロコシを体が求める時が!眠れぬ夜とかに!」

 

「―――たしかに、夜中起きて『食べたい』って思うときありますね。」

 

「そうだろう?んでさっき試して気づいたんだが、大火力は必要ない!」

 

 

 

山田の出す元気すぎる声とオーバーアクションでの喋り方を眺める石川。

彼女には透けて見えていた。山田は自分と仲良くなりたくて必死なのだ。

それは、彼女の思い出したくない過去と、非常に良く似通っているから。

 

 

 

 

 

 

石川真理子は体が弱い。難病ではなく、いわゆるアレルギー疾患である。

特にアレルギーと喘息を併発してからは、彼女は中学を休みがちだった。

そしてお決まりのコース。クラスでの微妙な距離感、そして疎外、追放。

 

両親は根気よく手を尽くした。しかし、体質はそう簡単に改善できない。

特にアレルギー反応は程度の問題であって、元々人体の持つ機能である。

抗アレルギー剤を飲み症状を押さえる以外には、さして手段も無いのだ。

 

 

 

「ねぇ、石川さん休み多くて勉強大変なんじゃない?何か手伝おっか?」

 

「ありがとう、でも大丈夫よ。今日みたいな日はあんまり辛くないし。」

 

 

 

教室に一人だけ、彼女を心配してくれる人間がいた。クラスの委員長だ。

彼女は休みがちな石川を気にかけ、登校するたびに世話を焼いてくれた。

喘息を抑える薬を常時飲むことは良い事ではないと医者に言われている。

しかし、彼女の前で普通にしゃべりたいから、彼女は登校の度に飲んだ。

 

石川はある日を境に、あれだけ拘ってた喘息薬の服用をピタリと止める。

 

 

 

「石川さんマジ助かるわ。」

 

 

 

トイレで喘息薬を飲んできた後の石川の耳に、そんな委員長の声が入る。

マジ助かるという言葉。だが、自分は彼女に対し何も助けてなどいない。

教室のドアから再び廊下に出て、よく通る彼女の声をそっと耳で追った。

 

 

 

「今日さ、担任に呼ばれてさ、『石川の両親からお礼がきてる』って。」

 

 

 

石川にも初耳であった。確かに委員長が助けてくれてるのは親に伝えた。

しかし、それに対してお礼を出したという事は彼女の耳に届いていない。

そして覗き込んだ石川は、一番見たくなかった存在を見てしまったのだ。

 

それは紙幣。中学生にはかなり高額である一万円札が、その手にあった。

 

 

 

「実はこれ今日だけじゃないんだ。結構前から貰ってたりするのよね。」

 

「いいなー、あたしもお友達になろうかしら?領収書持って!あはは!」

 

「人数増えたらアリガタミ薄れるからだーめ。委員長の役得って奴よ?」

 

「なによケチー詐欺師ーていうかどうでもいいからケーキ奢ってよー。」

 

「しょうがないわねー、ドーナツならいいわよー?私欲しい服あるし?」

 

 

 

彼女が喘息薬を飲まなくなった理由、それは単に必要が無くなったから。

何故なら彼女はその後学校にも行かなかったし、委員長と会わなかった。

そしてなにより、彼女は自分から話をしたいと思う事がなくなったから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――山田先輩、質問があるんですけど。一つ聞いてもいいですか?」

 

「一つとかケチ臭いこと言うな!どんどん聞いてくれたまい石川さん!」

 

「―――あの、山田先輩って、……コミュニケーション障害ですよね?」

 

 

 

彼の顔がさっと青くなる。その単語は実は医者から言われた事があった。

中学を境に初対面の人間の前で声が出なくなり、その事を尋ねに行った。

その医者は専門は内科だが近所であり、山田家のホームドクターだった。

 

小学校高学年辺りから出始めた症状について中学になってからの相談だ。

情報不足だし門外漢だから専門医を斡旋しようとしたが、山田が断った。

大げさにしたくない。そう言われ町医者なりに調べた結果の病名だった。

 

 

 

「な、な、なんの事やら?映研部長はナイスガイと昔から決まってる!」

 

「―――じゃあクラスの人に聞いてもいいですか?ナイスガイかって。」

 

「あ、いや、ウチのクラス、全員俺に惚れてるから本音を言わないよ?」

 

「―――男子まで含まれますよソレ。パンティ泥棒で両刀使いですか。」

 

 

 

ここで話題を流そうと試みる山田。しかし、それを石川は許さなかった。

彼は会話中に目線を逸らす癖がある。というより相手の視線が怖いのだ。

石川はわざと逸れた方に身体を移動させて、正面から山田と向き合った。

 

それで充分だった。この少女には全てがお見通しなのだと判ったからだ。

 

 

 

「……実はYES。巧く隠せてたつもりだったんだけど、いつ判った?」

 

「―――だって、部員以外と話をしてた時に、顔を伏せてましたから。」

 

 

 

心当たりがあった。恐らくクラスの人間と挨拶をした時を見られたのだ。

不意を突かれて巧く声が出ずに心中で毒づいた、あの朝に違いなかった。

部内でしか自分はスイッチが入らない。来るべき時が来たのだと悟った。

 

 

 

「その、みんな知ってるのかなそれ?」

 

「―――たぶん知らないと思います。」

 

「そ、そうかー。そいつは助かった。」

 

 

 

鈴木前部長こと鈴木一浪に、山田次郎は部長研修時代に厳命されていた。

 

『部員に部長は選べない。部長のみ部長を選べる。だから部長なのだ。』

 

だからこそ、部長は常に頼れなければならない。弱くあってはいけない。

部長に対する不信感、部長を小馬鹿にする気持ち、それは排除するのみ。

鈴木はそれを行い、しかしそれでも部員は去った。もしも自分だったら。

 

 

 

「―――山田先輩、私と絵の勝負をしてください。もちろん真剣にで。」

 

「勝ったらどうしたい?俺を追い出す?それともウチを辞めちゃうの?」

 

「―――先輩が勝ったら私に本気で絵を教えてください。負けたら……」

 

「いや、よくわかんないよ。そんな事しなくったって絵くらい教える。」

 

「―――ゲホッゲホッ、負けたら私と、付き合ってください。恋人として。」

 

「待て待て!色々おかしいし、今の咳ちょっと変だぞ?何か音が違う!」

 

「―――薬、が、切れかかってる、だけ、です。部屋にあるし、平気。」

 

 

 

上体を折り、みぞおちの辺りを右手で押さえながら、左手を上げる石川。

対する山田は既にパニックの真っ最中だ。平気な人間のポーズではない。

対処法を知らない山田は、とりあえず背中をさする。本来、効果は無い。

 

だが石川には変化があった。山田の胸が近い。ぶ厚いという言葉が蘇る。

彼女の左手がふっとその胸板に触れる。確かに思ってたよりも硬かった。

偶然なのか、何かが作用したのか、その時に苦しかった発作が止まった。

 

 

 

「―――勝手に触らないでください。好きにするのは勝ってからです。」

 

「いやいや、好きにしないよ!誤解してるがそこまで非道な男じゃ……」

 

 

 

発作が落ち着いたのを確認した石川は、サマーセーターを頭から脱いだ。

そして水色のシャツのボタンをもどかしそうに次々と外し始めていった。

何が起きているのか全く判らず、ただただ呆然と光景を眺めている山田。

 

やがてシャツが床に広がり、デニム地のキュロットパンツも床に落ちた。

 

 

 

「―――今ここで、私が声を上げたら、田中先輩、どう思いますかね?」

 

「いや、その、たぶん彼女はすごく驚くんじゃないかなーとは思うが。」

 

「―――たぶん驚くより怒るでしょうね。山田先輩と、そして、私を。」

 

「うーん、そーか、確かに怒るか。だけど100%俺だけ怒られるな。」

 

「―――どっちにしてもただじゃ済みません。私と勝負、してみます?」

 

「する。正直、俺も男だし、ムラムラだってする。悪いがガチで勝つ。」

 

 

 

山田はそう言い放ち拳を握り締める。石川真理子はそんな男の目を見る。

今度は視線を逸らそうという気配がない。山田にスイッチが入ったのだ。

こうなった山田はきっと手を抜かないだろう。今の山田は、部長の目だ。

 

そして、それとは別に彼女は山田個人に対して、ある感想を抱いていた。

 

 

 

 

 

 

ムラムラするって言葉のセンスはちょっと古すぎるんじゃないかな、と。

 

 

 

 

 

山田太郎による真剣勝負の行方は。

そして石川真理子の貞操の行方は。

疾風怒濤の合宿編第4幕に……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

つづく。




ついに山田くんは最大のピンチを迎えました。
大丈夫か!とうとう後輩に実力で負けるのか!
女の子の裸をガン見とかいい加減やめなさい!
(まぁ普通の健康男子なら見るでしょうけど)

山田くんがどういう勝負をするかは次号のお楽しみです。

ではではw

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