究極大英雄の山田次郎かく闘えり!   作:うぃっちべーす

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第十二話『二宮くん藤沢に到着す』

そのバイクは原付と言うにはあまりにも大きすぎた。原付であるならば。

 

全長は2070mm、全幅は725mm、全高も1070mm程有った。

車重は194kg、6速変速ギア搭載で、排気量399立方cmである。

燃料タンクの横には、翼のエンブレムにメーカーロゴが入れられていた。

車体色は赤を基調として塗装されており、白黒をアクセントにしている。

 

そんな非常に大きな原付バイク(?)が少し斜めに立てかけられている。

そして、その横にはライダースーツをきた少し小柄な男が煙草を燻らす。

赤いヘルメットの口元部分を左手で持ち、ゆっくりとぶらつかせていた。

 

 

 

「なにやってんだあいつら?イチとかまさか寝坊じゃねーだろーなー。」

 

 

 

長い茶髪も今日はバンダナで隠れている。もちろん運転用なのと汗対策。

やがて同じ型のバイクが二台、待っていた二宮少年の横へと滑り込んだ。

基調塗装色は青と黄色。しかし白黒の部分は全く同じデザインであった。

 

 

 

「わりーわりー、買い出しに行っててチョット遅れたんだぜ!どうよ!」

 

「どうよじゃねえよ。少しはすまなそうにしろイチ。いい加減怒るぞ。」

 

「どっちにしろエノが遅れてるし一緒だろ?そんなに怒るなってニノ。」

 

「お、噂をすればなんとやら……ん?……あいつ一体誰を積んでんだ?」

 

 

 

半目で遠くから近付いてくるスクーターをじいっと見つめる、二宮少年。

近付いてくるにつれて、原付特有の軽い排気の音が大きくなっていった。

どうも榎本くんの後ろには、横座りをしたスカートをはいた人物がいる。

 

 

 

「マジすんませーん!いやー、宇佐美積んでたらコイツ意外と重くて!」

 

「ほんと失礼ねー。これでもねー、ウェイトかなり絞ってるんだよー。」

 

「……えっと、イチ?確かお前さ、エノにはちゃんと事情伝えたよな?」

 

 

 

ヘルメットを取りキョトンとする一之瀬。あごに手を当てて悩み始める。

そのまま上半身を少し折ってウンウンと唸りながら悩みを深めていった。

そして体を起こして手を叩き、人差し指を上げて満面の笑みを浮かべた。

 

 

 

「忘れてた!そうか、なんか忘れてると思ってたんだ!これだったか!」

 

「おいっ!藤沢合宿は定員4人だって設定だったんだぞ!どうすんだ!」

 

「まー、こりゃしょうがねえよニノ。事情は今から話せばいいじゃん。」

 

 

 

榎本たちから離れて頭をつき合わせて密談をする一之瀬、二宮、三狩屋。

その輪の中から二宮が抜け出し、榎本と宇佐美の待つ場所へと向かった。

ここは立川駅前からかなり離れた有料駐車場で彼ら以外には誰もいない。

 

ちなみに『事情』とは箱根と藤沢の旅行を企画した二宮氏の意図を指す。

二宮から一之瀬たちに伝えられた意図は、簡単に説明すると以下の通り。

その1:山田センパイに女の子をあてがう。他の男部員は全員参加禁止。

その2:その間に自分たちは海でナンパる。他の女部員は全員参加禁止。

 

ただ宇佐美だけはハンド部の合宿とブッキングの為不参加のはずだった。

 

 

 

「宇佐美ちゃん、ハンドの合宿行くんだったよな?そっちはどしたん?」

 

「急にキャンセルになってー、榎本くんに相談したら、一緒にってー。」

 

「俺聞いてねえけどな。幹事に知らせないで人数増やすとかどうなん?」

 

「えぇ?!一之瀬センパイに連絡したっスよ?そしたら大丈夫だって。」

 

 

 

きりきりとした頭痛を感じた二宮は、こめかみに指を当てて目を閉じる。

三狩屋は横にいる男の脇腹をひじで突く。不思議そうな顔をする一之瀬。

再び一之瀬が手を叩き、人差し指を上げて満面の笑みを浮かべて叫んだ。

 

 

 

「そうだった!ニノ、エノが宇佐美連れてっていいかって聞いてたぜ?」

 

「いい加減にしろよテメェ!俺様の緻密な計画が全部パーじゃねえか!」

 

「しょーがねーなー。イチに任せたニノが悪い。ちょっと待ってろよ。」

 

 

 

三狩屋が頭をかきながら、苦笑を浮かべて榎本と宇佐美の方に歩き出す。

空気を読んだのか気まずそうな表情をする榎本。満面の笑みの宇佐美嬢。

二宮と一之瀬は困った事があると調整力に定評のある三狩屋に頼るのだ。

 

 

 

「宇佐美ちゃん悪い、一之瀬が伝言忘れててさ、人数オーバーなんだ。」

 

「確か二宮センパイの藤沢の家ってー、何部屋もあるし貸切だってー。」

 

「ちょ、おい、何でそこまで知ってるんだよ!……エノは知らねえし。」

 

「俺が教えたぜ?ニノの別宅、ありゃあ10人ラクに泊まれるからな!」

 

「…………イチ、フォローは流石に無理だ。ニノの好きにしていいぜ。」

 

 

 

二宮の鉄拳が一之瀬に殺到する。しかし顔面と拳の間に手の平が現れる。

一撃一撃が非常に重いパンチだが、一之瀬は笑いながらその拳をかわす。

二宮も本気で叩き潰そうとは思っていないが、一之瀬は更に非凡なのだ。

 

そんなじゃれ合いを数分間過ごした後、二宮が宇佐美の前に顔を出した。

 

 

 

「来てもいいぜ?けど男4人に女1人だ、間違い起きても知らねえよ?」

 

 

 

そう言い放つと二宮は半目の笑顔のままに宇佐美の乳房を両手で揉んだ。

表情どころか顔色一つ変えぬまま10本の指で動かし揉みしだいている。

しかし宇佐美もまた笑顔を曇らすどころか顔色一つ変えぬままであった。

 

 

 

「いいですよー?ハジメテじゃないんでー。ただしカツラはヤかなー。」

 

「か、カツラ知ってんの?!ちょ、宇佐美ちゃん!ニノにはそれ禁句!」

 

「……面白いことを言うなー宇佐美ちゃん。カツラとか何のことだよ?」

 

「同中の子が言ってましたー。スる時にはカツラ被せるんですよねー?」

 

 

 

運動部は情報コミュニティが発達しており悪く言えば高速で噂が広まる。

縦である先輩後輩ライン、横の同輩のライン、そして運動部同士もある。

その中に身を置く宇佐美もまた、望む望まないに関わらず情報が集まる。

 

 

 

「……で?それがどうした?俺は髪の長い子じゃないと勃たないんだ。」

 

「じゃあー、他の二つのオプションもですかー?限定されますよねー?」

 

「面白いな宇佐美ちゃん。仮に限定されても、俺はなにも困らないぜ。」

 

「じゃあー、箱根にいるアガっちゃんにもー、知らせていいですかー?」

 

 

 

脳裏に計算が始まる。山田と違い二宮はクレバーさの方向性が違うのだ。

地位確保と怠惰で構成される山田くんと違い、彼の思考は結果ありきだ。

想定した結果に阻害要素が発生したときに、いかに阻害を無効にするか。

 

 

 

「藤沢班に入れてやるぜ宇佐美。けど後で帰りたいってのは無理だぜ?」

 

「いいですよー。ハンドより体力使わなそうだし、全然OKですよー。」

 

「うわ、二ノが折れたぜ。ニノのあんなカオ初めて見た。どうよイチ?」

 

「ふぉわ?ふぉっふぉふぉ、ふぁっふぁふぁふぃふぁふふぇふぉふぇ。」

 

「ガリガリくんは夜に喰おうって約束しただろ!何の為の買出しだよ!」

 

 

 

腕を組みつつアイスを頬張る一之瀬に三狩屋の拳がクリーンヒットする。

殺意どころか単にツッコミ目的の軽い衝撃だからこそ彼も避けていない。

ただし口に入っていたガリガリくんは噛み砕かれ地面へと吸い込まれた。

 

肉体的なダメージは軽微だったが、失った物の大きさに一之瀬は涙した。

 

 

 

「原チャじゃ二ケツで藤沢までは無理だ。サンタ、俺らでケツ回すか?」

 

「そりゃ無理だろニノ。バイクは置いて電車でいくしかねーだろーな。」

 

「まじかー!久々の遠征で気合入れてきたのによー!誰が悪いんだよ!」

 

 

 

傷心を癒すべく二本目のガリガリくんを取り出しつつ文句も言う一之瀬。

ぼりぼりと頭を掻き一之瀬の手にあるアイスを奪いむさぼり尽くす二宮。

一之瀬の手からクーラーボックスを奪い取り、守りの姿勢を取る三狩屋。

 

 

 

「「どう見てもイチが悪いに決まってるだろーが!いい加減にしろ!」」

 

「なんだよ二人して!なんでもかんでも俺が悪いってワケじゃねえぞ!」

 

「「今日はなんでもかんでもお前だ!反省しないとアイスはやらん!」」

 

「……も、申し訳ございませんでしたー!だからガリガリ君は許して!」

 

 

 

こうして一之瀬の反省をもって会議は終了、藤沢班は総勢5人となった。

しかし、そうこうしている間に出発予定の10時を過ぎてしまっていた。

スタート地点にすらついていない。バイクを何とかしなければならない。

 

宇佐美を除く各々が自宅に一旦帰り荷物を持って立川駅前に再集合した。

 

 

 

「ま、折角のナンパ旅行だしお洒落するって選択肢もあったんだよな。」

 

「何がナンパだよニノ!海辺で適当に捕まえて逃げられるだけだろが!」

 

「大丈夫、ニノはちゃんとセイコウしてるぜ?その後逃げるんだがな。」

 

 

 

流石にバイクではなくなったので誰もライダースーツは着ていなかった。

 

一ノ瀬は膝下までの都市迷彩柄のズボンと、薄いグレーのタンクトップ。

二宮は英軍払下げのバミューダショーツに、濃いグレーの迷彩Tシャツ。

三狩屋はダメージ入りショートデニムと、ディープパープルのTシャツ。

 

 

 

「榎本くんさー、もうちょっとセンパイたちみたいにお洒落すればー?」

 

「いや、おめーに言われたくねーよ宇佐美。お前だってオンナだろが。」

 

 

 

ただ厚手だというだけの無地Tシャツに、無加工のデニムパンツの榎本。

そして紅一点の宇佐美は、それに相応しく学校指定の赤ジャージ上下だ。

 

 

 

「ちょい!さっきスカート穿いてただろ宇佐美ちゃん!何でジャージ?」

 

「えへへー、だってコッチのが楽ですしー。その辺で着替えましたー。」

 

「運動部すげえ!ど根性ってレベルじゃねえ!俺らも着替えるかニノ!」

 

「やるなら一人でやれよなイチ。言っとくけどもう絶対止めねえから。」

 

「とりあえずこっから藤沢だと東と西で電車が違うぜ。どうするんだ?」

 

 

 

手元の携帯電話をカチカチと操作をしながら三狩屋が二宮に声をかける。

 

『東』とはこのまま南武線で町田まで行き小田急線で南下するパターン。

『西』とはまず中央線で八王子に行き相模線に乗って南下するパターン。

私鉄を多用する東回りは料金も安く、距離も短く済むために時間も短い。

対してE電を多用する西回りは高くつく。更に途中単線で時間も掛かる。

 

 

 

「空いてる西でいーだろ。もうさっさと行くぞ!藤沢組しゅっぱーつ!」

 

「おおー!やっと楽しい合宿の始まりだぜー!みんな声出してけよー!」

 

「良くそんな元気でいられるよなイチ。今日は全部お前のせいなのに。」

 

 

 

男女五人による映研リア充チームは、そんなこんなで出発に漕ぎ付けた。

 

こちらは基本的に体力精神力ともに箱根組よりも高いメンバーばかりだ。

電車酔いも無く、ローカル電車に興奮する事も無く、淡々と進んでいく。

ただし圧倒的に進行が遅い。特に橋本からの単線路線がネックといえた。

 

 

 

『♪♪バイバイサンセッ、エン、ファインアウ、行き場の――――♪♪』

 

「おいニノ、デンワが鳴ってるぜ。一応出た方がいいんじゃねーのか?」

 

「やべ、マナーモードにし忘れてたか。チャクシン切って無視るかな。」

 

「馬鹿だなニノ。下りの待ち合わせって奴で5分は電車出ねえんだぜ。」

 

「お前に馬鹿呼ばわりされるとはな……今日は無茶苦茶ハラ立つわ……」

 

 

 

そう一之瀬に促され出入り口のボタンを押して電車から降りだした二宮。

そう、相模線橋本以南の区間は単線の為に自動で扉は開かないお約束だ。

そして上りと下りを入れ替えるのに電車は何度も駅に停車して待つのだ。

 

現在も上下線入れ替えによる停車で、車内で待ちぼうけの状態であった。

 

 

 

『―――あ、二宮先輩ですか?石川です。良く判らないんですけど……』

 

「石川ちゃん?箱根楽しんでる?空気良いから少し楽なんじゃないの?」

 

『ちょ……代わっ……二宮くん?……声遠い……もしか……やつか……』

 

 

 

山田の久々の声を聞いて頬が緩む。そして状況が目に浮かぶように判る。

山田はスマートフォンの向きが判らず右往左往しているに違いないのだ。

そして冷めた目で見る石川、状況を楽しむ田中、フォローする阿形の姿。

 

 

 

『……代わって下さい。あ、もしもし?阿形ですけど。今大丈夫です?』

 

「賑やかだな。その感じだと無事に着けたんだな?よかったよかった。」

 

『山田センパイ大混乱ですけどね。なんで田中センパイがいるんです?』

 

「んー、サプライズ?みたいな?楽しそうだし大丈夫だって思うけど。」

 

 

 

車両を降りて話をする二宮。その耳にはヘッドホンが覆い被さっている。

ゼンハイザー製のノイズキャンセルタイプの無線ヘッドホンで、お高い。

外音の遮断率も極めて高く、オーディオの再現率も本格的な数値である。

 

 

 

『……判りました。あと、何でそっちの人たちは箱根来ないんですか?』

 

「センパイ純情だから。遊び倒してもいいし、童貞誰か食っちゃえば?」

 

『やっぱゲスいですね二宮センパイ。山田センパイにもそう言います?』

 

 

 

少し間を置く二宮。気にはしないが一捻り入れて箱根組を楽しませたい。

 

そんな思案をしていると向かい側のホームに橋本方面行きが入ってきた。

背にしていた自分の電車を振り返るが、未だに動き出す気配は無かった。

携帯の時計を確認する。一之瀬に言われてからまだ2分も経っていない。

 

 

 

「そうだな、藤沢は4人乗りなんだ悪いなノビ太って言っといてくれ。」

 

『判りました。あたし、二宮センパイにはちょっとガッカリしました。』

 

「若いなー。世の中ってさ、正論と正拳突きじゃ解決できないんだぜ?」

 

『その時は胴回しで解決しますから。では失礼します、二宮センパイ。』

 

 

 

苦笑して電話を切る二宮。阿形直美は同じ空手使いとして話も合う女だ。

しかし、性格が真面目な分だけ不真面目な自分と衝突する事も多かった。

脳裏に阿形の入部時のセリフが蘇る。山田はそれを聞いて青褪めていた。

 

『私の得意技は上段突きと下段回し蹴りです!よろしくお願いします!』

 

そんな挨拶は空手部以外では不要。どう考えても映研には必要無かった。

その後彼女のマンガ好きが判明して山田は安心したのだが、疑問が残る。

ではどうして美術部に入らなかったのか。何か別な要素があったのでは。

 

 

 

 

 

ふと振り返ると、下り茅ヶ崎列車がゆったりと走り出ているのが見えた。

 

 

 

「―――!――――――――!――――!―――――!――――――!」

 

 

 

口をパクパクさせ手招きする三狩屋。腹を抱えて指を差している一之瀬。

その時にやっと二宮はヘッドホンのノイズキャンセル機能を思い出した。

急いでヘッドホンを外すと、電車特有のモーター音と枕木音が耳に入る。

 

 

 

「なにやってんだニノ!次の駅で待ってるからな!ちゃんと降りろよ!」

 

「うわははは!見ろみんな!馬鹿がおる!馬鹿がおるわ!見てみろー!」

 

「二宮センパーイ、みんなで一足お先に行ってますねー。ではではー。」

 

「二宮センパイ、電車降り方判んねッス!マジ見捨ててないスからね!」

 

 

 

電車の窓から声をかける4人。呆然と見送る二宮。そしてのどかな風景。

完全開放式のその駅の全てのホームから電車が去り、誰も居なくなった。

見渡す限り広がる畑、遠くに広がる丹沢の薄蒼の尾根、そして晴れた空。

 

ホームにはベンチすらなく、古ぼけた時刻表の板がただ立っているだけ。

 

 

 

「……すげーな相模線。」

 

 

 

時刻表の脇にしゃがみこみ、胸のポケットから柔らかい紙箱を取り出す。

その箱をゴソゴソと弄り、何かを取り出して口に咥えてから元に戻した。

そしてズボンの脇ポケットから着火具を取り出し、やはり口元で弄った。

 

 

 

「やべーな、こりゃ今度一人で来るしかねえな。ガンレフとか持って。」

 

 

 

この駅はホームに全く設備が無く、跨線橋がホームの先頭にあるだけだ。

木造の古びた駅舎が橋先にあり改札と駅員室とベンチがそこにあるのだ。

そしてローカル線なので運行間隔は長い。ホームにいる意味はないのだ。

 

すぐに無人になる。風景を邪魔しない構造。理想的な撮影場所といえた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方、車内では酷い状況になっていた。

 

 

 

「ウシャシャシャシャ!ニノ、取り残されて、やんの!ヒーッヒッヒ!」

 

「こんな喜んでる人初めて見ましたー。人間って転がって笑うんだー。」

 

「いい加減にしろよイチ!お前が5分とか適当なコト答えたせいだろ!」

 

 

 

狂人寸前と言っても良かった。涙を流しながら床で転がって笑う一之瀬。

たまに止まったのかと思えば、床を叩いて足をばたつかせて暴れている。

さすがに温厚な三狩屋も暴力解決しようと踏み出したが、榎本が制した。

 

 

 

「あの、一之瀬センパイも悪気が有ったワケじゃないッスよ。たぶん。」

 

「ウヒヒヒヒヒ!ヒグゥ!そ、そう、悪気なんか全然……ウヒャヒャ!」

 

「エノ!どう見たらコレに悪意がねえってんだよ!最悪の態度だろが!」

 

「でもー、ここ誰もいませんしー、騒いでても迷惑かかんないかなー?」

 

「そういう問題じゃねえって!あーもう、何で俺が保護者なんだよ?!」

 

 

 

頭を抱える三狩屋くん。まるで腕白な子供を抱えるお母さん状態である。

不幸中の幸いだったのは宇佐美の言うとおり隣の車両まで無人だった事。

ケンカや口論にはならなくても、冷たい視線に曝されるのは確実なのだ。

 

もっともローカル線では決して珍しい現象ではない。悲しい現実である。

 

 

 

「そーいえば、藤沢って海が近いんですかー?夏だし泳ぎたいですー。」

 

「……イチ、おまえ変な情報ばっかり伝えてて藤沢の事教えてねえの?」

 

「ヒーッ……ヒーッ…………えっと、緯度35度で経度139度だろ?」

 

「それは聞きましたー。でも調べたらー、地球儀みたいの出てきてー。」

 

「緯度経度で伝わるかよイチ!宇佐美ちゃんは惜しかった!あと少し!」

 

 

 

良い子の宇佐美を優しく撫でて、駄目な子の一之瀬を厳しく叩く保護者。

気がつけば列車はもう停車しており、窓外には入谷という文字が見えた。

二人を掴んでドアから飛び出した三狩屋。それと同時にドアは閉まった。

 

 

 

「……あれ?イチと宇佐美ちゃんだけ、だと?エノ、まさか、お前……」

 

「このドアって、どう開けンだか全然わかんねえッスよ、センパイ……」

 

 

 

屠殺場に向かう子供の食用牛でもここまで哀しい瞳はしなかっただろう。

手動ドアを必死に手で開けようとしている榎本を乗せ、電車は出発した。

呆然と見送る三狩屋の後姿は、それはそれは大変哀しげであったそうな。

 

 

 

「おいおい大丈夫か?いったい何時になったら藤沢に着けんだコレ……」

 

「うはははははは!馬鹿が増えた!今度はエノが取り残されてやんの!」

 

「見てくださいよー、この駅って改札無いみたいですよー?タダの駅?」

 

 

 

ちなみに先ほどの駅からこの駅までは、長閑な風景が延々と続いている。

相模線の名誉の為に記しておくが。田舎なのは番田~海老名間ぐらいだ。

あと南橋本~上溝間と社家~北茅ヶ崎間で相模線のごくごく一部である。

 

そして5人がやっと涙の再開を果たしたのは15時、海老名駅であった。

 

 

 

「俺、寂しかったッスよー!一之瀬せんぷぁぁい!二宮せんぷぁぁい!」

 

「いやー、エノもニノも超お馬鹿だよな!ムチャ笑かせてもらったぜ!」

 

「見つけたぞイチッ!!笑った分だけテメェは殴る!いいや!殺す!!」

 

 

 

 

流石に相鉄乗り換えのある海老名駅ともなれば、駅のホームに人も多い。

右手に怪しげな殴打製品を嵌める二宮くんだが、大っぴらには出来ない。

それを知ってか知らずか横柄な態度で人差し指を立ててしゃべる一之瀬。

 

 

 

「そういえば宇佐美ちゃんてさ、水着を用意してないっては本当かね?」

 

「そうなんです一之瀬センパイ。藤沢って良く知りませんでしたしー。」

 

「それはイカン。非常にいかん。遺憾である。そうだな宇佐美ちゃん?」

 

「でもー、水着買うほどお金は持ってないしー、困っちゃいましたー。」

 

「安心しろ。俺らはな、可愛い後輩の頼みを無碍にしたりはせんから。」

 

 

 

そこで一之瀬がワザとらしいウィンクをし二宮に大袈裟な手招きをする。

そして何故か宇佐美までが真似をして可愛いウィンクと手招きを始める。

口を半開きにして首を傾げる二宮。一之瀬が向きを戻して再び話し出す。

 

 

 

「しかし、タダっちゅうワケにはいかんのう?俺はエロ男爵だからネ!」

 

「ええ、困っちゃうー、大事なミサエを奪われちゃうー、でも水着ー。」

 

「じゃあ奪われとけば?ミサエ奪われて困るのってヒロシぐらいだろ。」

 

 

 

ホームに設置されている長いすに腰掛けながら、ツッコミを入れる二宮。

彼をチラ見しながら、宇佐美と一之瀬が三文芝居を演じ続けていからだ。

しかもそれが、どうも台本と若干違うセリフらしく一之瀬が慌てて訂正。

 

 

 

「ち、ちげーよ宇佐美ちゃん、そこはミサエじゃなくてミサトだって!」

 

「ちがうだろイチ!ミサト奪われても困るのシンジだけだぞ!操だろ!」

 

 

 

二宮が流石に耐え切れなくなったのか訂正の間違いにツッコミを入れる。

きょとんとする一之瀬と宇佐美、頭を抱えだす二宮、ほくそ笑む三狩屋。

そこで流れに気がついたのか、宇佐美が訂正を受け入れて芝居を続ける。

 

 

 

「そーそー、それです。大事なミカサが奪われちゃうー、でも戦艦ー。」

 

「ちょ、おま、確信犯だよな宇佐美?!今お前戦艦って言ったよな?!」

 

「うへへ、大丈夫、俺の30サンチ砲でぶち抜いたるけん痛くないぜ?」

 

「30サンチとか人間じゃねえ!しかも抜いたら怪我じゃすまねえぞ!」

 

「うるせえぞニノ!水着を買ってやらんお前に文句を言う資格はねえ!」

 

「買ったるわ!丸井でもヴィナウォークでも行こうじゃねえかクソが!」

 

 

 

シートから立ち上がって宇佐美の手を引く二宮。最後の煽りは三狩屋だ。

ニヤニヤしながら後をついていく三狩屋。何も考えず先頭に行く一之瀬。

はじめて見る神奈川辺境の風景に恐怖しながら、小走りで後を追う榎本。

 

彼らは駅を降り、連絡通路を使って相鉄線側の海老名中心部へと向かう。

 

 

 

 

 

 

海老名駅周辺地域は辺鄙な相模線側と賑やかな相鉄線側に分かれている。

ちなみにE電の相模線と私鉄の相鉄線は似ているが全く違う路線である。

相模線は元々貨物路線で、海浜部と山間部を結んだ為に沿線人口は極小。

対して相鉄線は横浜の中枢部を横断する路線の為に、非常に人口は多い。

 

その為に駅周辺開発の投下資金は大きく、特に海老名はその基幹だった。

 

 

 

「ニノの奢りだから遠慮はいらねえぜ?イチバン良いの買っちゃえよ。」

 

「そこはひとまず遠慮させろイチ。遠慮するなってのは俺のセリフだ。」

 

「うわ、こんなん着るんスか最近……すげえっスね三狩屋センパイ……」

 

「エノ、そりゃ水着じゃなくインナーな。どう見たってはみ出るだろ。」

 

 

 

相鉄海老名駅前には丸井もある。彼らはその婦人服階にやってきていた。

平然として眺めている三狩屋。その背中に隠れキョロキョロとする榎本。

そして平然として、何の躊躇も無くマネキンの水着を下ろしだす一之瀬。

 

 

 

「やっぱ二の腕とか隠したいじゃないですかー。タンキニですかねー。」

 

「けど宇佐美ちゃん、焼け跡どうするよ。部活でシャツ焼けしてんべ。」

 

「そーなんですよねー。やっぱ綺麗に焼くには腕出すべきですかねー。」

 

「マダラにする位ならもう全部焼かないか、出して全部焼くかだろな。」

 

「腕が太いしー、足も太いしー、でも泳ぐのも大好きなんですよねー。」

 

 

 

二宮は宇佐美と一緒に売り場を回って平然としながら相談に乗っていた。

もちろん女性知識の深さもあるのだが、気にしてないというのが大きい。

変に意識するからぎこちなくなり不自然になるが、二宮にはそれが無い。

 

 

 

「一応言っとくけどな、シャカパンとかで逃げるのはやめとけよ、な?」

 

「あれー、何で判っちゃいましたー?足だけでもって思ってたのにー。」

 

「中途半端って余計に下品だぜ?やるからには突き抜けるしかねえぞ。」

 

 

 

そう言うと、肘まで隠れる地味なワンピースの水着を彼女の肩に当てる。

そのサイズの札を見て宇佐美が少し驚く。自分の数値と同じなのである。

何度か裏表を当て直すと、さっさと畳んで元あった場所に戻してしまう。

 

 

 

「ババァかっての。無理無理、アレを着る子は江ノ島に来ちゃ駄目だ。」

 

「自分で持ってきてたんじゃないですかー。ひどいですよセンパイー。」

 

「つまり宇佐美ちゃんはピチピチだから、思いっきり露出しろって事。」

 

「でもー、あんまりヒラヒラとかってー、正直受け付けないですねー。」

 

 

 

そこで二宮は視界の外にあった商品を見つけ、彼女を置いて走り出した。

取り残され、ポカンとしたまま二宮の後姿を目で追いかけている宇佐美。

視界から消えて一分も経たない内に、丸い物を持って二宮が帰ってきた。

 

 

 

「……あれー、二宮センパイ?なんでサングラス持ってるんですかー?」

 

「いいからコレ付けろ。――おっけ、やっぱ似合う。これで決まりだ。」

 

「あの、な、何が決まりなんですかー?ちょっとー?二宮センパイー?」

 

 

 

どんどんと物を集め始める二宮。近くの店員にも幾度か声をかけている。

宇佐美は、コーディネーターが水着以外にも集め始めたのに気がついた。

更に場所も売り場奥側の商談スペースからレジと試着室の近くに移った。

 

 

 

「まずホルターとパンツな。競泳セパが欲しかったが、無いんだとさ。」

 

「え?えぇー?きょ、競泳?セパレートの競泳とか、あるんですかー?」

 

「テレビでビーチバレーの奴らが着てるだろが。アレが競泳のセパだ。」

 

 

 

宇佐美だって女の子だ。お化粧とかファッションには、当然興味はある。

しかし、本職女子をもってしても段々と単語の理解が怪しくなってくる。

それ程までに二宮の女性への探究心はディープな領域に入っているのだ。

 

 

 

「ヒラヒラ系は禁止。むしろ締めて上げて無駄の無い体をアピるべし。」

 

「ほぇー。」

 

「あとキャップも茶目っ気とか変な色気モノは駄目。ベイモノでOK。」

 

「ほぇー。」

 

「ただ露出が思ったより大きくなる。道歩きにはボーダーのキャミな。」

 

「ほぇー。」

 

「あとカーキでボードショーツ探してもらった。これは俺とお揃いだ。」

 

「ほぇー。」

 

「水陸両用で靴はクロックスな。外水道で水洗いしてから玄関入れよ。」

 

「ほぇー。」

 

「宇佐美ちゃん?さっきから同じ返事だけどさ、ちゃんと聞いてるか?」

 

 

 

怪訝そうに二宮が振り返ると、そこには宇佐美の姿は全く見えなかった。

自分の持ってきた商品の山があるばかり。だが逃げられてはいない様だ。

詰まれた箱と布の向こう側から、振られている宇佐美の手先だけ見えた。

 

 

 

「二宮センパイ、あのー、それでー、この中で、どれ買うんですかー?」

 

「どれって……じゃあさ、俺パンツだけ買うわって言っていいのかよ?」

 

「えーと、別にいいですー。そしたら上はジャージで頑張りますしー。」

 

「馬鹿言うなよ。たった4日だがな、この二宮様のツレなんだぞお前。」

 

「えー?!そ、そーなんだー。じゃあ全部買ってー、なんちゃってー。」

 

「はなからそのツモリだっつーの。んじゃ店員さーん、コレお会計ー。」

 

「え?ええ?ええええええええええええええええええええええええ!!」

 

 

 

日頃あまり慌てるそぶりを見せない宇佐美嬢だったが、さすがに慌てた。

冗長になるので割愛したが、実際には二宮の集めた商品は58点に及ぶ。

待機していた店員が、さっさとタグを取ってレジへと打ち込んでいった。

 

 

 

「お支払いはカードでございますね?一応、チェックさせて頂きます。」

 

「支払いは一括で。……審査は無いと思うけど、そん時はよろしくね。」

 

 

 

合計金額は225680円。そして二宮の予告通り審査請求は無かった。

平然と明細レシートと渡したカードを受け取り、店側欄にサインをする。

その間に店員は手馴れた様子で次々とロゴ入り紙袋に商品を詰めていく。

 

 

 

「お、やっと終わったかー。エノー、荷物運ぶぞー。イチどうしたー?」

 

「あー、一之瀬センパイだったら下着売り場いったッス。呼びますか?」

 

「下着も大丈夫だ宇佐美ちゃん、旅行の着替えはこれで揃った筈だぜ。」

 

「は、はぁー。でも一之瀬センパイ、私のサイズを知ってますかねー。」

 

「大丈夫だ、イチには俺が教えた。タイホされなきゃ戻ってくるだろ。」

 

 

 

大きな袋を手に持って、一之瀬の安否にはあまり興味がなさそうな二宮。

そして通路の逆側から同じ様に手に袋を下げた男が上機嫌で歩いてくる。

その頭には何故か女物のブラジャーがネコミミ帽子の様に被さっていた。

 

 

 

「うはははは!すげえコレ!手触りが超軽い!さすがは国産なんだぜ!」

 

「タイホされてりゃ静かで良かったのに。とにかく、これで出発だな。」

 

「贈り物だから試着させろって言ったら怒られたぜ!ケチくせーよな!」

 

「ほれ、それは宇佐美ちゃんに渡しとけって。あと頭のは袋に入れろ。」

 

 

 

袋といっても決して小さなものではない。アパレルの衣料用紙袋である。

その中を覗き込む宇佐美。そこにはぎっしりと下着が詰め込まれていた。

ふと一之瀬が頭に装着してたブラのタグを見る。またもサイズは的中だ。

 

 

 

「二宮センパイ、もしかして、あの時サイズ判っちゃったんですかー?」

 

「別に予想して揉んだわけじゃないがな、俺は無駄はせんタチだしな。」

 

「もったいないですよねー。変態じゃなきゃー彼女選び放題でしょー。」

 

「変態だからこそ今の俺様がいるんだっての。さ、とっとと行くぞー。」

 

 

 

大きな紙袋を両手で8個ほど持つ榎本くん。他の面々は1個づつである。

文字通りかなりのウェイトを占める榎本くんだが、特に表情を変えない。

丸井の紙袋を持った少年少女の集団は、海老名駅から再び相模線に乗る。

 

そして今度は誰も脱落することもなく、のんびりと茅ヶ崎駅に到着した。

 

 

 

「さてと、流石にこっからはタクシーだな。ニノ、ここは俺が出すわ。」

 

「んだな、俺はちょっとカードを休ませないとだし。イチはどうする?」

 

「どうするって、何で俺にソレを……ハッ!そ、そうか!そうなのか!」

 

 

 

ゆっくりとその場で膝を付き、流れるように両手も地面に付いた一之瀬。

目を閉じて、一之瀬から視線を逸らし、哀しそうに口元を押える三狩屋。

そして二宮は、膝を折っている旧友に向かって、そっとその肩を叩いた。

 

 

 

「残念だが、タクシーって客員定員4名までなんだよ。悪いなノビ太。」

 

「くそ!タクシーの奴めぇ!なんでバスみたく補助席が無いんじゃー!」

 

「補助席つけても駄目だってのイチ。車の法定積載量の問題だかんな。」

 

 

 

そして、タクシー乗り場で上着を脱いで、屈伸運動を始めだした一之瀬。

残りの面々は運転手と相談しながら次々とトランクに荷物を詰めていく。

ぽかんとしている宇佐美を二宮が手を引いてタクシーの中へと誘導した。

 

ちなみに何故榎本がタクシーで先輩の一之瀬が走るのかお判りだろうか?

理由は簡単、榎本くんは今回初めての藤沢なのであり道を知らないのだ。

そして一之瀬は当然道を知っている。二宮がナンパ中にぶらついている。

 

一之瀬はナンパ旅行であってもナンパをしない。彼には興味が無いのだ。

 

 

 

「んじゃ宇佐美姫、奥へどーぞー。着いたら起こすから寝てていいぜ?」

 

「あのー、一之瀬センパイってー、もしかして本気で走る気ですかー?」

 

「ああ、奴は悪い意味で有言実行だ。ガチで車と競争する奴だからな。」

 

 

 

運転席の後ろに通される宇佐美。その横に、二宮、三狩屋と続いていく。

運転席横には榎本が座り、運転手に紙を見せて目的地の指示をしている。

外にいる一之瀬選手は、既にクラウチングスタートの体勢をとっていた。

 

 

 

「もう6時半かー。宇佐美ちゃん、悪いが一日目はお出かけ無しだな。」

 

「すっごい楽しいですよー?このまま、ずーっと移動でもいいかもー。」

 

「勘弁してくれ宇佐美ちゃん、これ以上イチの子守とか無理だっての。」

 

 

 

タクシーはガス車独特のエンジン音を唸らせ駅前ロータリーを発進した。

そして一之瀬もまた彼独特の唸り声を上げタクシー横からダッシュした。

普通は数秒で車が先行するものだが、一之瀬は延々と併走し続けていた。

 

 

夏の旅行、藤沢班。ナンダカンダ有ったが、まもなく現着の模様である。

 

 

 

 

 

つづく。




こっから夏の旅行、藤沢編です。
いままで影の薄かった後輩三人組と宇佐美嬢のお話となります。

短くしようしようと思っておりますが、何故かまた1万字超え。
それで立川から茅ヶ崎までの移動で終わってしまうという状況。
まぁそれなりに展開上の意味はあるんですけど、実際長いです。
脇キャラの旅行なんで飛ばして良いという訳でもないんですよ。

つか、このSS最終話までが異様に長いのに今気がつきましたw
出来るだけ短くしますので、皆様、見捨てないでくださいませw


ではでは。
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