究極大英雄の山田次郎かく闘えり!   作:うぃっちべーす

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第十四話『二宮くん悪漢を討伐す』

 

榎本と宇佐美の二人は沈む直前の夕日を眺めながら、砂浜に佇んでいた。

花火セットの脇にちょこんと座って、ただじっと夕焼けを見ているだけ。

そこでジャリジャリと砂を軋ませる雑多な足音がにじり寄ってきていた。

 

音に気付いた榎本が後ろを振り返ると、金髪の少年達が見下ろしていた。

 

 

 

「おろー?!この辺じゃ見ねえツラじゃん?俺らにも女分けてくれよ。」

 

「……んだよおめえら。訛りがキツすぎて判んねえよ、原住民ザルが。」

 

「ねえ榎本くん、向こうに行こう?何かこの人たち、ちょっと怖いよ。」

 

 

 

宇佐美の語尾が延びなくなった。緊張しているというのが榎本にも判る。

しかし榎本は引かなかった。金髪集団の代表らしき少年と視線を絡める。

立ち上がって負けじと見下ろす榎本。顎元から上へ覗き込んでくる金髪。

 

 

 

「おめーの知り合いによ、チャパツがいんだろが?アイツ呼び出せや。」

 

「チャパツくれえその辺でゴロゴロしてんだろが。名前いえねえんか。」

 

「馬鹿にしたような薄ら笑いしたガキだよ!いいからサッサと呼べや!」

 

「おめーらどう見たって馬鹿じゃねえか。馬鹿にすんだろーがよ普通。」

 

 

 

金髪集団は既に10人程に及び、榎本と宇佐美の周りを取り囲んでいた。

全員が金髪に変形学生服に革靴。それぞれの手には何かしら持っていた。

それは木刀だったり、角材だったり、バットだったり、鉄の鎖だったり。

 

どちらにせよ何か平和的にイベントを行おうという雰囲気では無い様だ。

 

 

 

「ざっと10人ってとこか。マジか。マジでそんな人数かよオメーら。」

 

「んだぁ?まさか今時タイマンしろとか言うん?馬鹿じゃねーのお前?」

 

「ちげーよタコ!俺相手に10人ぽっちとか、マジ少ねえってんだよ!」

 

 

 

榎本は基本的に決まった構えを取らない。彼は全てが我流の喧嘩殺法だ。

 

二宮や阿形の様に空手を習っていない。型は知らないし運足も出来ない。

覗き込んできた金髪に榎本は予備動作なしで頭突きをし、そして前蹴り。

蹴りをまともに受けた金髪は、ゴロゴロと仲間の元へと転がっていった。

 

 

 

「ぇんぁだらぉら!ちぁうずぉれぁぁ!ぅおぁああ?ぉぉすぉおるぁ!」

 

 

 

これは暴力行為を嗜む人間が持つ特殊言語であり威圧の為に開発された。

元々は意味のある日本語を並べていたのだが独自に改良がされていった。

特定の音階とデシベルを組み合わせる事で相手を萎縮させる音波兵器だ。

 

ただし同族同士でこの言語が使われる時は戦いの合図だと言われている。

 

 

 

「ぉうとうぁぉらぁ!ぇめぇあとむぇぁんずぉらあああ!ぉかすずぉ!」

 

「……忙しいのにごめんね榎本くん、今、あの子達と何を話してたの?」

 

「はじめまして、榎本と申します、今日は宜しくお願いします、だな。」

 

「判んなかった……みんな顔が怖い割には意外と礼儀正しいんだね……」

 

 

 

嘘である。並んでいた言葉は、殺人予告、暴行予告、そして強姦予告だ。

だからこそ榎本も同言語で応酬した。内容を撤回させると宣言する為に。

この榎本由紀夫が地面に立ってる限り横の女には指一本触れさせないと。

 

 

 

 

榎本は適当に目をつけた相手の襟元を掴んで、殴る。相手も榎本を殴る。

しかし彼の鍛え上げた筋肉がその威力を上げ、相手の打撃を無効化する。

一之瀬のように見切っている訳ではない。二宮の様に避ける訳でもない。

 

 

 

「ぃねやぁぉらぁあ!」

 

「んぁとぉらぉぃや!」

 

 

 

鉄鎖少年が慣れた手つきで榎本の首元に得物の紐を勢いよく叩きつける。

それに呼応して金属バットの少年も、彼の足に棒を勢いよく振りおろす。

側面からは木刀の少年が、やはり無防備な肩口に力一杯叩きつけてくる。

 

その全ての攻撃を榎本は何も防がずに受ける。その場には鈍い音が響く。

しかしそれだけ。榎本は目前の鎖少年の襟を掴んで拳によりねじ伏せる。

やはり先程と同じく榎本の拳撃を受けた鎖少年は転がっていって倒れる。

 

動かぬ榎本。そして数に任せて次々と武器を手に襲いかかる金髪少年達。

その攻撃は全て当たっている。普通に考えれば金髪少年の勝利のはずだ。

だが気がつくと、少年達の数は減り、2人と榎本くんのみが立っていた。

 

 

 

 

「ブッコロスぞオラ!マジブッコロスぞ!!……あ、こ、こいつがな!」

 

「はぁ?!俺が?!いやマジちょっと待て!マジ無理!超無理だって!」

 

 

 

残っている金髪2名が互いを押し合って、榎本から離れようとしている。

ここで榎本は致命的なミスをしてしまう。そこから3歩ほど歩いたのだ。

それはごく自然に金髪少年を追ったに過ぎない。だがそれはミスだった。

 

 

 

「や、やだ、ちょっと、やめて!え、榎本くん!?誰よこの人?やだ!」

 

 

 

宇佐美の逼迫した声を聞き榎本が振り返る。そこに真っ黒い壁があった。

実際には錯覚しただけで本当の壁面ではない。それは、大きな人間の影。

身長180cm越えの大柄な榎本を遥かに上回る、212cmもの巨漢。

 

 

 

「金髪センセーだ!マジビックリしたッスよ!いつの間に来たんスか!」

 

「いつも言ってるだろ。『人』って字は、後ろから奇襲の型だってよ。」

 

 

 

その巨大な右腕に、足をバタつかせる宇佐美が軽々と抱え込まれている。

ただ大きいだけではない。その肩は榎本と同様大きく盛り上がっていた。

長い金髪にグレーの背広というおかしな服装だが筋肉の鎧が更に目立つ。

 

榎本はこの時になって、自分が宇佐美の元を離れていた事に気が付いた。

標的の人数を読み違えて、しかも守るべき対象を奪われる。最悪だった。

 

 

 

「一応聞いとくぜクソガキ。この女をマワしていいなら抵抗してみな。」

 

「……いい趣味してんなジジイ。その歳で馬鹿ザルのボス気取りかよ。」

 

「センセーは40代の老け顔だけどな、これでもまだ16歳なんだよ!」

 

 

 

老け顔発言した少年が金髪先生の空いている手によって、軽く殴られた。

しかしその少年はゴロゴロと転がり、遥か先で動かなくなってしまった。

特に何か感じ入るようなそぶりも無く、再び金髪先生が榎本に微笑んだ。

 

 

 

「俺は残念だが未成年だ。何やっても、ちょっとした悪戯で終わるぜ?」

 

「……あーつまんねー。なぁ宇佐美、しばらく目ぇつむっといてくれ。」

 

「え?えぇ?!だ、駄目だよ榎本くん!この人、本気で危ない人だよ!」

 

「おほ、この馬鹿、オレ様のパンチ喰らっても我慢できるつもりだぜ?」

 

「来なジジイ!見せてやんよ、この榎本由紀夫のど根性ってヤツをな!」

 

 

 

巨漢が手の中の宇佐美を仲間に投げ、両手を胸元に構えて足踏みをする。

もちろん意味の無い足踏みではない。リズムを刻むボクサーステップだ。

見た目に似合わず、軽い足捌きで左右に動きつつ榎本少年の周りを回る。

 

そしてスピードの乗った金髪の軽いパンチが、榎本の左の頬に到着した。

軽い破裂音のような振動と共に、榎本くんの頭が右に大きく飛び出した。

 

 

 

「金髪センセーに殺される前にチャパツの事ベシャれや!マジ死ぬぞ!」

 

「俺ボクシング雑誌買ってるけどよ、オメーみたいなの見た事ねえな。」

 

「そりゃそうだ。センセーは公式戦前に傷害容疑で補導されたかんな。」

 

 

 

そこで今度は巨大金髪がモーションを大きく取ったパンチを繰り出した。

鈍い音が榎本の頭蓋骨から発せられ、胴体は後方へと大きくのけぞった。

しかし二発のパンチを受けてもなお、彼は再び直立姿勢へと戻っていく。

 

 

 

「いてて。で、ジジイのヘナチョコパンチはいつまで受けてりゃいい?」

 

「そうだな、倒れるまでだ。お前が動かなくなりゃこの女はマワすぜ。」

 

「おもしれえじゃねーか。倒れなきゃ宇佐美はマワされねえって事か。」

 

 

 

巨漢の繰り出す拳が速度を増し、重さを増し、そして方向を増していく。

彼の顔はその度に様々な角度に曲がり、様々な方向に飛び、そして戻る。

しかし彼は一発一発の拳撃が収まる度に笑顔を浮かべて、手招きをする。

 

そんな狂った大男と狂った少年の狂った宴は、ただひたすら続いていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

二宮と三狩屋は海岸で皆と別れた後に、国道沿いのファミレスに入った。

個別行動と言いながらも、彼らはなんとなく落ち着かずにブラブラした。

そしてどちらから言い出す訳でもなく、目に入ったこの店に腰を置いた。

 

 

 

「まったくよー、『今年はナンパしまくりだ』って言葉に騙されたぜ。」

 

「そう言うなサンタ。宇佐美姫かわいいだろ?アレで我慢してくれよ。」

 

「だがなー、俺あの子苦手なんだよ。なんかこー、掴みづらいっての?」

 

「根はいい子だぜ?それにちょっとだけど雰囲気が姉さんと似てるし。」

 

「また姉さんかニノ。いい加減にそのシスコンは直したほうがいいぜ?」

 

 

 

目前のカルボナーラを啜りつつ、手に持つフォークで二宮を指す三狩屋。

指された方は薄笑いを浮かべつつ、ストローでコーラを流し込んでいた。

その時、ひとつ隣のテーブルに何やら騒がしい少年達が流れ込んできた。

 

 

 

「聞いたかよ、金髪先生に楯突いた馬鹿がいるんだと。ヨソもんかね。」

 

「そりゃそーだろー。あいつら今100人いるしな、普通モメねえよ。」

 

「あ、メール来た。えっと、チャパツで空手使いらしい。馬鹿だねー。」

 

「どーせちょっとした腕自慢の天狗だろ?いかにも夏って感じだよな。」

 

「あの化け物とやって勝てる訳ねえのに。鵠沼の浜らしいけど、いく?」

 

「やめようぜ、とばっちり来たら洒落になんねえ。大人しくしとくべ。」

 

 

 

騒がしい少年たちの物騒な会話に、じっと耳を傾けていた二宮と三狩屋。

互いに指でジェスチャーする。三狩屋は二宮の頭に向かって指を差した。

そして二人は隣の少年には聞こえぬ様に頭を寄せて小さな声で話しだす。

 

 

 

「ニノ、一応聞いとくけどお前じゃねえよな?喧嘩、売ってねえよな?」

 

「……うーむ、実はヤキソバが買えなくて、雑魚を4人ほどボコった。」

 

「マジかよ……イチもいるから大丈夫だろうけどさ、エノだけだとな。」

 

「いやまて、今って6時半だぞ!イチの奴、おじゃるまる見てるだろ!」

 

 

 

顔色の変わった二宮は立ち上がって、脇のポケットから革の財布を出す。

そして財布を三狩屋の手元に投げつけて、食事を置いて席を飛び出した。

 

 

 

「会計しといてくれ!エノは融通がきかねえから、ちょっとヤベエわ!」

 

「わかった、俺はイチを連れてそっち行く。エノと宇佐美は頼んだぜ?」

 

 

 

行楽地にあるファミレス、しかも夕飯時の7時前。店は大繁盛のさなか。

通路には男女や親子連れ、そして年配の夫婦までがウロウロとしている。

だが二宮は軽快な動きで、かすりもせずに人の波をかきわけ走り抜けた。

 

 

 

「えーと、確か100人だっけか。しゃーねえ、ちょっと準備すっか。」

 

 

 

ズボンのポケットから携帯電話を取り出してボタン操作を始める三狩屋。

一向に話を始めないところを見ると、通話目的ではないという事が判る。

三狩屋はただ黙りこくったままで、ひたすらにボタンを叩き続けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

『聞いて驚愕!見て爆笑!我ら閻魔大王の懐刀!貴様の運命今宵限り!』

 

『な、なんて強い気でおじゃる!気を抜いたら一瞬で吹っ飛ぶおじゃ!』

 

『避ければ宇宙は消し飛ぶぞ!くらえ!超剛力重轟場暗黒金剛撃滅波!』

 

『ぬおおおお!人類の、世界の、宇宙の平和の為に、負けぬでおじゃ!』

 

 

 

正座を崩さず目を輝かせながら教育テレビ、通称Eテレを見守る一之瀬。

小さなお友達に大人気の長寿アニメ、『おじゃるまる』の再放送である。

彼は本放送も視聴済みである。しかし再放送でもしっかり楽しめていた。

 

 

 

『で、デンポォォォ!なんてことおじゃ!防ぎきれる訳無いでおじゃ!』

 

『お別れでございますおじゃる様。私如きで、お役に立てましたか……』

 

『立ったおじゃ!デンポの犠牲は、必ず、必ず無駄にはしないおじゃ!』

 

『愚かなり伝書蛍。分を弁えぬは無駄死によ。あの世で嘆くが良いわ。』

 

『黙るおじゃ蒼ベエェェェェェェェェ!てめェは俺を怒らせたおじゃ!』

 

『デンポの犠牲で辛うじて危機を脱したおじゃる。だが戦いは続く――』

 

 

 

目を潤ませラストナレーションまで瞬きすら惜しみんで見つめる一之瀬。

手はぎゅうと硬く握られ、身を乗り出してまで彼はお話に没頭していた。

そしてサブのエンディングテーマが流れた頃、予期せぬ侵入者が現れる。

 

 

 

「おいイチ、お前また『おじゃるまる』か!とにかくスグ出かけんぞ!」

 

「なんだよサンタ、ちょっと余韻タイムだっての。集合7時過ぎだろ?」

 

「ちげーよ、ワケアリでエノがマズイらしいんだわ!お前も早く来い!」

 

「ワケアリ?!今そんな気分なんだぜ!エノの犠牲は無駄にしねえぜ!」

 

「縁起でもねえこと言うな!とにかく海岸に全力で戻るぞ!急げって!」

 

 

 

三狩屋は自分の発した言葉を後悔した。一之瀬に『全力』と言ったのだ。

三狩屋の視界から一之瀬の姿が消えた。気がつくと後姿さえ消えていた。

急いで追うも、やっと家を出た頃には一之瀬の姿は遥か向こうであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

二宮が榎本と別れた場所に到達すると、そこに見知った二人だけがいた。

ピクリとも動かず仰向けに倒れている榎本、そのそばに座った宇佐美だ。

安堵して近寄っていく二宮。だが二宮は宇佐美の姿に違和感を感じてた。

 

無言で俯いていた。きれいに結んだはずの水着の首元の紐が乱れていた。

こちらの足音は聞こえている筈なのに、宇佐美は何も反応をしていない。

 

 

 

「……宇佐美姫、エノは大丈夫そうか?」

 

「……………………………………………」

 

「とにかく、エノを見せてくれねーか?」

 

 

 

榎本に手を伸ばそうとする二宮。しかし手が届く前に彼の手は弾かれた。

弾いた主は宇佐美の右手。その瞬間に、二宮は宇佐美の状態を把握した。

綺麗に縫製されていた水着は無残に解れて、そして無理に結んであった。

 

彼はここで起きた内容をおおよそ予想した。彼女は暴行の被害を受けた。

 

 

 

「馬鹿じゃない?!真面目な榎本くんに、いつもこんな事させてたの?」

 

「……そうだ。」

 

「見てよ榎本くん、あたしなんか庇ってボロボロよ!意味わかんない!」

 

「……そうだな。」

 

「さっきまで、大丈夫だぜって、センパイ来るからなって、ずっと……」

 

「……だろうな。」

 

「逃げてよかったのに!謝ってよかったのに!見捨ててよかったのに!」

 

 

 

宇佐美は宵口の闇に隠れていたが、ずっと榎本の手を握り見つめていた。

歯を食いしばり、涙を流し、そして、榎本少年に何度も頭を下げながら。

だが二宮は不思議な事に何もアクションを起こさない。膝立ちのままだ。

 

 

 

「悪いがな宇佐美、エノのことはお前に任せる。……お前に出来るか?」

 

「……そしたら、センパイは来なかったって言うわよ、榎本くんにさ。」

 

「それでかまわねえ。宇佐美の好きにしたらいい。全部お前に任せる。」

 

「で、どこに行くの?また意味のない喧嘩するの?誰かまた泣かすの?」

 

「そうだ。俺たちってのは、そういう生き物なんだ。そう思ってくれ。」

 

 

 

ここで二宮はやっと膝立ちから開放され、緩慢に、静かに立ち上がった。

そこで宇佐美は月光に映る二宮の顔を見た。そして彼女の体は硬直した。

 

 

 

「今夜はクソ暑いな。運動するには向かないんだが、しゃーないかな。」

 

 

 

大きく見開かれた両眼。そして引きつっている口元。血管の浮かぶ腕手。

いつもの半笑いのニヒルな表情ではなかった。必死すぎる顔相であった。

宇佐美はこの時、榎本の言ってた事が理解できた。『ガチでヤバイ人』。

 

そして二宮は反転し全速力で走り去った。宇佐美はただ、見送っていた。

 

 

 

 

 

二宮の向かっている方向に二人の影があった。一之瀬と三狩屋であった。

彼らは二宮に気がつくと、その手前で足を止めて二人で彼の肩を掴んだ。

 

 

 

「ニノがその顔してるってぇことは、エノと宇佐美はヤられたんだな。」

 

「らしい。うちらの姫を盾にして、あいつら好き放題やったっぽいな。」

 

 

 

苦虫を噛み潰した様な表情をする二宮。痛ましげな顔で沈黙する三狩屋。

そして不思議な事に、話を聞いても特に何も表情を変えていない一之瀬。

 

 

 

「良くわかんねーけど、暴れていいのか?本気でやってもいいのかよ?」

 

「いいぜイチ。今夜はお祭りだ、情け無用で好き放題にやっていいぜ。」

 

「いよっしゃあ!うれっしぃぃぃ!お祭り久々なんだぜ!な、サンタ!」

 

「まーなー。ニノがそう言ってんならさ、好き放題でいんじゃねーの。」

 

 

 

そこで三狩屋の携帯が軽快な待受音を奏でる。二宮と違って楽曲は無い。

彼ら独特の時候の挨拶を済ませて、ボソボソと会話を交わす三狩屋少年。

そして会話を終えると、今度は親指で素早くボタンを操作をしはじめた。

 

 

 

「ニノ、金髪の奴らの集会場所は新湘南バイパスの赤羽根高架下だと。」

 

「オレとサンタは戻ってチャリ乗ってくる。イチ、お前はダッシュな。」

 

「なんで俺だけって言いたい所だが、言わん!なんせお祭りだからな!」

 

 

 

操作の終わった携帯電話の画面を見せる三狩屋。覗き込む二宮と一之瀬。

三狩屋の携帯は旧式で折り畳みのタイプ。それほど大きい画面ではない。

そこには地図が出ていた。携帯用の小さな画面によるナビゲーションだ。

 

 

 

「あ、そうだサンタ!もし部隊呼んでるなら、帰れって言っとけよな!」

 

「なんだイチ、随分先読んでるじゃねえか。でもなんで帰還させんだ?」

 

「取り分が減っちまうじゃんか!せっかくの祭りなんだぜ!なあニノ!」

 

「めずらしいなイチ、俺も同意見だ。サンタ、これは俺らだけでやる。」

 

「なんだよ、せめてバイクくらい持ってこさせようと思ったんだがな。」

 

「行く場所ちょっと先じゃんか!こんなん逆立ちしたって楽々着くぜ!」

 

 

 

 

新湘南バイパスとは元々が国道一号の渋滞緩和のために作られた道路だ。

しかし時と共にその存在価値は変化して、現在は地域動脈となっている。

そして、首都圏中央連絡道路、いわゆる圏央道が藤沢と茅ヶ崎で繋がる。

圏央道と繋がる事になれば、東名中央関越の各高速との連結を意味する。

 

その為に新湘南バイパスは、ほぼ休み無く改修と補修が進められている。

高架下の整備は遅れており、常に資材と重機と看板が置かれているのだ。

そんな地域治安の隙を突き、暴走族チーム『三年暴組』は集まっていた。

 

 

 

「超スゲかったんだってよ!俺ら10人がかりでも倒せねえヤツだぜ!」

 

「さすがは金髪センセーなんだぜ!これからも頼りにしてるッスよー!」

 

「しっかし、さっきの女さ、攫っちゃっても良かったんじゃねーのか?」

 

「ラチカンキン飼い殺し?あーそれいいかもなー、今度はそーすっか!」

 

 

 

約20台のバイクと60人ほどの人間が独特なファッションで語り合う。

全員が学生服で金髪。無論ノーマル制服は居ない。つまり改造学ランだ。

そして集団から少し離れた資材の上で腰掛ける大男こそが、金髪先生だ。

肩まで金髪は彼だけであり、学生服以外の服装もまた彼だけなのである。

 

20台のバイクで60人とはおかしいのでは?と思われるかもしれない。

二人乗りでも40。しかしこういう不可思議な事は、実は良くあるのだ。

それはチーム構成員の中で集合場所に徒歩でやってくる人が居るからだ。

 

暴走する時には加われないが、いつかは乗ろうと夢見ている二軍である。

 

 

 

「なんなんだよニノ!100人いねえじゃんか!JAROに訴えんぞ!」

 

「まーそう言うなってイチ。あのデカイの特別にお前にくれてやるよ。」

 

「マジで?!あいつかなり強そうだぜ?いいんだな?返さねえかんな?」

 

 

 

そんな集団の屯する高架下に一台二人の自転車と一人の徒歩が合流した。

自転車はその場で早々に乗り捨てられて、後部車輪がカラカラと空回る。

3人組の服装は学生服でもなければ金髪でもない。条件の全てが違った。

 

長い黒髪を後ろで結った、身長170cmほどの緑ジャージの上下の男。

短い黒髪で長いモミアゲ、身長180cmほどのミリジャケチノパン男。

そして、金髪集団が探し回っていた、人を馬鹿にしたようなチャパツ男。

 

 

 

「金髪ッサン!こいつッスわ!不意打ちカマしたチャパツ野郎ッスよ!」

 

 

 

3人に気付いた金髪たちの中で絆創膏を鼻元に張った少年が叫びだした。

ざわつく集団。そして二宮ら三人はあっという間に周りを取り囲まれた。

しかし多勢に無勢の典型的な布陣にも拘らず3人側の表情は明るかった。

 

 

 

「いようビール頭クンたち。俺のこと随分探してたみてーじゃねーの。」

 

「しゃぉらぉぅえあゃんぞぉぁあ!ぶっぉおさぇえんくぁぉぇぅあっ!」

 

「おめーがチャパツ男か。確かイチノセとかって言うんだったっけか。」

 

 

 

一番後ろの資材の上に控えていたはずの金髪先生が既に最前列にいた。

かなりの距離はあった。そして段差もあり、集まっていた雑魚もいた。

しかし彼はその身体能力を生かし、素早く、隙を見つけ到着していた。

 

 

 

「なあサンタ、ニノ、俺をご指名だし始めていいか?始めていいだろ?」

 

「まぁまてまて、向こうさんが話したがってるし、少し待てって。な?」

 

「ウチのツレが暴れたくてしょうがねえんだわ。謝るなら今だけどな。」

 

「あのサンドバッグ面白かったぜ?お前らもアレ位は楽しめるんだろ?」

 

「よっしゃあああ!その喧嘩買ったああああ!宣戦布告と判断したぜ!」

 

 

 

一之瀬がもう我慢できず、手近にいる金髪雑魚に向かって歩みを進める。

曇りの無い笑顔のままに少し腰を落として、踊るように手を次々と出す。

まるで段ボール箱が機械で畳まれる様にリズミカルに金髪は身を沈めた。

 

 

 

「やっちめぇオマエラ!オレら三年暴組に逆らう馬鹿共はぶっコロス!」

 

 

 

集団がまさに『殺到』。手が何本も伸びていき3人の衣服や腕を目指す。

 

しかし、一之瀬に向かって伸びる手は全て鈍い音を立てて弾き返された。

しかし、二宮に向かって伸びる手は全て片手で流され反撃の拳を受けた。

しかし、三狩屋に向かって伸びる手は全て指が届く前に蹴り飛ばされた。

 

気がつけば密集していたはずの三人の周りには空間。そして地面に男達。

3人の顔には焦りも怒りも無い。互いに背を預けて、構えを取っていた。

 

 

 

「ば、バイクだ!バイク持ってこいや!奴らにぶつけんぞ!早くしろ!」

 

 

 

暴組で小回りの効く小型バイクやスクーターがエンジンを響かせ始める。

そして集団の一角が開いて10台ほどのバイクが猛スピードで突進する。

二輪車の運転手は上半身を深く沈めて、風防部で完全に頭を隠していた。

 

 

 

「うはははははは!馬鹿がおるわあ!ニノ、こいつらは俺がもらうぜ!」

 

「いいけどよ、こっちに飛ばすなよイチ。巻き添えはゴメンだかんな。」

 

「こんなチビっこいの流すかっての!来いやオモチャ!オレが相手だ!」

 

 

 

三狩屋と一之瀬が位置を交代して、一之瀬が5台のバイクの正面に立つ。

バイク隊は既にもう4mほどの距離。一之瀬は予備動作も無く、飛んだ。

先頭のスクーター少年は見失った目標を追う為にその顔を上げてしまう。

そこで見えたのは絶望。下を向いた蹴り足のアップとその向こうの笑顔。

 

 

 

「ぷげらっ!」「ごばっ!」「げべろっ!」「ぐぇぇ!」「たわばっ!」

 

 

 

先頭が大きくバランスを崩して転がると、後発のバイクも巻き込まれる。

乗り手を失ったバイクが転倒し、更に後発のバイクが巻き込まれていく。

残っら3台はかろうじて避けれたものの、そこには味方の大集団がいた。

 

気がつけばバイク大作戦は大失敗。10名の乗員と8人の雑魚を失った。

 

 

 

「ええい!押せ!押し込め!たった3人だぞ!全員で押し倒しちまえ!」

 

 

 

戦術的には全く間違っていない。要は相手の対応力を超えればいいのだ。

手は二本で足は二本。どう頑張っても一度に何人も相手は出来ない筈だ。

しかしそれは、多対一の対応を知らない相手、という条件に限られるが。

 

二宮は相手の攻撃を受け流し、その際に敵の体勢を崩し相対面を絞った。

三狩屋は足技で敵を翻弄する。そして押し寄せる側に蹴り倒して絞った。

 

一番無茶なのが一之瀬であった。彼は何も考えない。目前の敵を叩いた。

密集してきた相手がその腕を掴み足を掴んでも、全く動きが止まらない。

6人以上が彼を留めようとしても、彼は笑顔のままで自由に動き続ける。

 

 

 

「……飽きた。なあニノ、もうそろそろデカブツやっちゃってもいい?」

 

「そーだな。残りはザッと20人位だしもういいだろ。好きにしとけ。」

 

「いよっしゃあ、いくぜデカブツ!頼むから俺をガッカリさせんなよ!」

 

 

 

金髪先生の周りにはチーム幹部たちがいた。今までの雑魚とは格が違う。

それぞれが以前は別チームのヘッドであり、そして腕に覚えのある男だ。

得意の武器を手に持って、飛び出してきた一之瀬に見事な一撃を放った。

 

しかし特殊警棒もナイフもスタンガンも、全て一之瀬には届かなかった。

一之瀬は、笑顔で攻撃を避ける。笑顔で弾く。そして笑顔で叩き伏せる。

気がつけば笑顔の少年と巨大な金髪が、高架下で一対一で対峙している。

 

戦っていた雑魚も二宮も動きを止めて、その大小の動向を見守っていた。

 

 

 

「いや、正直これでオッサンまで弱かったら、俺もう我慢できないぜ?」

 

「黙れクソチビ、空手やってるみてえだけどな、最強はボックスだぜ!」

 

「そうそう、そうじゃねえと!最強とか言い出してくれねえと困るわ!」

 

 

 

巨大な金髪がリズミカルにステップを踏み、握った拳を前にし構えだす。

一方一之瀬は脚を少し大きく開き、左手を上に構えて右手を腰溜にする。

特に腰を下げたりしない。脚を開いた分だけ少し重心が落ちているだけ。

 

やがて巨大な金髪はステップのリズムを崩さずに、弧を描いて動き出す。

榎本に対した様に相手の姿勢を崩し、自分のリズムで攻撃するロジック。

 

しかし、巨大金髪は汗をかき始める。自分の前の空手の少年が動かない。

風景は回る、自分も動いている、しかし目の前の構えた少年は常に正面。

目の前の少年の笑顔の側面が取れない。常に少年の笑顔の真正面なのだ。

 

 

 

「う、嘘だろ?このオレの動きに、その構えで付いてこれるのかよ?!」

 

「お前さ、空手なめてるだろ、空手だってな、ちゃんと動けるんだぞ。」

 

 

 

一之瀬の言う事は嘘ではない。空手は型どおりに構えて終わりではない。

 

運足も各流派でイロイロあり、内股だったりそうでなかったりしている。

ただ、実戦的な運足は通常素早くは動かない。金的の餌食になるからだ。

だから内股気味に立つし、足の運び方も内側に半円を描きながら進める。

 

アウトボクサーの巨大金髪の前を維持しながら移動など不可能のはずだ。

だが、相手は確かにそこにいる。巨大金髪はその脚捌きを完全に止めた。

 

 

 

「インファイトならウェイト有る方が勝てんだよ!空手相手でもなぁ!」

 

「いや、足止めてボクサーが空手家に適うわけないだろ。馬鹿かお前。」

 

 

 

身長差を生かして上から打ち下ろすようにパンチを繰り出した巨大金髪。

しかし一之瀬はハエでも追い払うように左手で弾く。そして右手で突く。

彼はつまらなそうな表情で次々と蹴りと突きを繰り出す。その度に異音。

 

異音が響くたびに巨躯は段々と沈んでいく。そして30秒後には消えた。

 

 

 

「つまんね!どういうことだよニノ!肩透かしってレベルじゃねえぞ!」

 

「いや、噂じゃここらの大勢力だったんだって。そうだよな?サンタ?」

 

「そうそう、殺しても死なない不死身の大集団だって言ってたんだぜ!」

 

「マジか!こいつら殺したほうが面白いのか!じゃあ息の根止めるか!」

 

 

 

巨大金髪の襟元を持ち上げる一之瀬。物凄い体重差にも関わらずである。

だが、その表情を見て、一之瀬は悲しそうな顔をして放り投げてしまう。

泣き顔。あの様な行いをする傍若無人な金髪が、幼子の様に泣いている。

 

 

 

「……も、もう許して……殺さないで、ください……お願いします……」

 

「サンタ、イチ、じゃあ記念撮影だな。そいつら全員起こしてやりな。」

 

 

 

彼らの行った事は非常に単純。巨大金髪は顔が見える様に土下座させる。

一方、雑魚金髪は正座して並ばせる。反抗的なら蹴撃してやりなおしだ。

60人近くが個別に撮影され持ち物は没収。個人情報の類は一緒に撮影。

 

 

 

「へえ、金田八郎って言うのか。ウチのエノはオマエがボコったんだ。」

 

「ご……ごめんなさい……ゆるしてください……殺さないで、お願い。」

 

「そばにいた女の写真とか撮った奴は居るのか?正直に話さねえと……」

 

「と、撮ってない!ホントに撮ってない!嘘じゃない!誓ってもいい!」

 

「ま、嘘でもいいぜ?女の写真がばら撒かれた日にはオマエも終りだ。」

 

 

 

『三年暴組』はこの日を境に解散、逃れる様に髪を黒く染め去っていく。

金田八郎は出頭し自供。本人の反省態度も鑑みて、鑑別所行きとなった。

その後に更生してボクシングに専念、日本初のヘビー級世界王者となる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いてててて!ちょ、もう少し優しくしろよ宇佐美!マジ痛すぎだぞ!」

 

「大丈夫だよー。榎本くんってば頑丈だって自分で言ってたでしょー。」

 

 

 

仰向けになった榎本の頭を膝上に乗せる宇佐美。ここは二宮別邸の居間。

目元を腫らして動けない榎本へと、優しく氷嚢を乗せ冷やし続けている。

打痕こそ首元に残っているものの、骨折破裂等の大きな怪我は無かった。

 

 

 

「センパイやっぱスゲエよ。あのジジイ含めて60人ボコんだかんな。」

 

「……そうだねー。榎本くんホントにセンパイのこと大好きだよねー。」

 

「でも、また足引っ張ったし、チームは抜けねーと駄目なのかもなー。」

 

 

 

目の上の氷嚢で榎本は周囲の光景が見えない。だが、手の緊張は判った。

そして彼は朧気ながら覚えている。宇佐美と二宮の、夕闇のやり取りを。

あの『狂犬二宮』に一歩も退かなかった女。しかも自分の為にであった。

 

 

 

「そしたらー、あたしと榎本くんは逃げ出しコンビになっちゃうねー。」

 

「なんだそりゃ。俺はともかく宇佐美は怪我じゃんか。一緒にするな。」

 

 

 

少しだけジタバタと暴れる榎本。アイシングがズレて落ちそうになった。

慌てて手で押えた宇佐美だったが、少し思いついた事があり氷嚢を取る。

 

目の上の氷塊が取り除かれたのを感じた榎本は、恐る恐る目をひらいた。

するとそこには自分を見つめる真っ直ぐな瞳と、プルプルと震える口唇。

余りに刺激的すぎる画面に、榎本少年はすぐさま目を硬く閉じなおした。

 

 

 

「榎本くんさー、もうそろそろ、見えるよーになったんじゃないのー?」

 

「あ、いや、なんも見えん!疲れたんならコオリ置いて行っていいぜ!」

 

「本当に見えないんだねー?うそだったらあたし、怒るんだからねー?」

 

「いやホントホント。宇佐美は怒ると怖いからな、嘘とかいわねーよ。」

 

 

 

その時、ふと榎本少年の唇に柔らかくて生暖かい感触が広がっていった。

薄目を開けると、目を閉じた宇佐美のアップ。その距離は触れんばかり。

そこで彼は生まれて初めての異性とのキスを経験しているのだと知った。

 

 

 

「見えてないんだよねー?!榎本くんぜんぜん見えてないんだよねー?」

 

「み、み、見えてねえ!当たり前だろ!キスとか全然全く見えてねえ!」

 

「見えなくてもキスくらい判るだろエノ。いいかげんにしろよなお前。」

 

 

 

その声を聞いて薄目のままに視界を何とか横に流していく。そして絶望。

呆れ顔の三狩屋、興味本位の一之瀬、そして薄笑いを浮かべている二宮。

全員が集合してしまっているこの部屋でファーストキスが晒されたのだ。

 

 

 

「あーあ、これでエノはうちのチームから『チーム宇佐美』行きだな。」

 

「色香に血迷ったかエノ!この一之瀬を裏切るとはいい度胸じゃんか!」

 

「……あの、ひとつだけ訊いてもイイッスか?いつから見てたんスか?」

 

「「「「最初っから。」」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

榎本が卑怯な条件でリンチにあって砂浜に倒れたのは、昨日の夜の事だ。

3人が3年暴組の討伐を終えて帰還した時には、宇佐美はまだ浜に居た。

彼らを見つけた宇佐美はまるで子猫を守る母猫の様に三人を睨みつける。

 

 

 

「来ないで!あんた達みたいなケンカ馬鹿に榎本くん渡さないからね!」

 

「ケンカ馬鹿……それいいな!オレのあだ名は今日からケンカ馬鹿だ!」

 

「黙っとけイチ。オマエ喋ると混乱すっから戻ってコマンドー見てろ。」

 

「さて宇佐美。榎本の顔色が悪いんだけどさ、ちゃんと手当てしたか?」

 

 

 

三狩屋の質問に宇佐美は動きが止まる。そして不安そうな顔を浮かべる。

そこを読み取った三狩屋は強引に宇佐美を押しのけ榎本の傍に膝をつく。

三狩屋は手を何度か持ち上げて振ったり、首をそっと曲げたりしていた。

 

 

 

「流石エノは頑丈だ。だが、ちーとばかし喰らい過ぎだ。マズイかも。」

 

「え?!ほ、本当ですか三狩屋センパイ?大丈夫です?直るんですか?」

 

「宇佐美次第だな。今度エノにこんな無茶させたら次は確実にヤバい。」

 

「……わ、判りました!榎本くんには今後一切無茶なんかさせません!」

 

 

 

そう言い放つ宇佐美の眼光には迷いなど一切無かった。有るのは決意の光。

だがその眼光も次の瞬間に消え去ってしまう。三狩屋が頭を押さえたのだ。

その衝撃で彼女は思わず目を瞑る。そして三狩屋の手は優しく頭を撫でた。

 

 

 

「エノはチーム『イチニノサン』から卒業。正直俺らじゃ扱いきれん。」

 

「宇佐美、今日からお前さんがエノのヘッドだ。チーム宇佐美、だな。」

 

 

 

半笑いの表情のまま馬鹿にしたように榎本の手をブラブラとさせる二宮。

苦笑いと諦観を混ぜたような表情で、二宮をじっと見守っている三狩屋。

そして宇佐美は、とても久しぶりに心の底から笑顔を浮かべられていた。

 

 

 

「さて、エノを家まで運ばないとな。サンタ、ジャンケンで決めねえ?」

 

「チャリに紐で括り付けて引き摺って帰るってのはどうだろう、ニノ。」

 

「ば、馬鹿言わないでください!榎本くん磨り減って無くなるでしょ!」

 

 

 

そう言うと、宇佐美は180cmオーバーの映研一の巨躯を持ち上げた。

胸元に彼の顔が来るように、『く』の字に折り曲げての運び方であった。

ちなみにその持ち方は一般的にお姫様抱っこと言って、男の役割である。

 

 

 

「わお、宇佐美姫ってば力持ちー。さすが実業団が目をつけた女だー。」

 

「……知ってたんですか二宮センパイ。私、誰にも言ってませんけど。」

 

「部員の素性は俺とサンタで全員調べてるさ。センパイは知らんがな。」

 

「山田センパイは人がいいですしね。嘘つくとか考えてもいなさそう。」

 

「あと、宇佐美は今まで通りあのキャラを通せ。特にエノの前ではな。」

 

 

 

榎本は二宮別邸まで運ばれ、三狩屋と宇佐美の介護を受ける事となった。

彼らの甲斐甲斐しい手当は夜中も続き、日が昇っても皆で見守っていた。

であるから、宇佐美と榎本の恥ずかしいやりとりも最初から見てたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「違うんスよ!お、オレ、本気でチーム抜けるとか言ってるわけじゃ!」

 

「ちがわねーよエノ。お前、宇佐美姫を押さえつけて強姦してたから。」

 

「凄かったぜー?嫌がる宇佐美突きまくり。我慢できねえとか言って。」

 

「え?!嘘?マジすか?!嘘だろ宇佐美?!嘘だって言ってくれよ?!」

 

「いいんだよー。そういうの気にしないって思われてるみたいだしー。」

 

 

 

思い当たる節はあった。昨日の気絶中に何か柔らかい物が当たっていた。

朦朧とした中で彼はその感触に安心して、再び微睡んだりしていたのだ。

実際には宇佐美の握った手なのだが、ボロボロだった榎本には判らない。

 

そしてもう一人状況が判らないのが一之瀬だ。喧嘩以外はほぼ知らない。

どうも榎本宇佐美を巡り二宮と三狩屋が楽しそうだありちょっと疎外感。

彼は仲間外れが嫌いだ。会話を注意深く聞いて参加の機会を窺っていた。

 

 

 

「この一之瀬様が判決を下す!エノ!貴様は宇佐美99年の刑に処す!」

 

「う、宇佐美99年?!一之瀬センパイ、それっていったい何の事……」

 

「この馬鹿者がぁ!宇佐美の為に生きて宇佐美の為に死ね!99年な!」

 

「うわー、さすが一之瀬センパイってば判ってるー。やっぱ凄いねー。」

 

「だろだろ?さすが俺!さすが一之瀬雄大!さすが三次元のヒーロー!」

 

 

 

一縷の望みだった一之瀬に見捨てられ榎本の退路は完全に断たれていた。

だがチーム復帰の最大阻害要因である宇佐美は嬉しそうに見つめている。

その可愛らしい笑顔を見た榎本は、拘る事がなんだか馬鹿らしくなった。

 

 

 

「3人とも映研には居るわけッスよね?……いわば、チーム映研ッス。」

 

「そういう事になるな。だがチーム宇佐美が上で映研はその次だがな。」

 

「そして俺ら3人が宇佐美のバックに付いてるから!裏切りは許さん!」

 

 

 

悪ノリかつ強引な一之瀬と三狩屋によって祝辞を受ける一年生カップル。

そんな榎本と宇佐美が互いに苦笑しながらモジモジとした視線を交わす。

そして最後に、一年生2人の間に体を捻じ込むようにして二宮が現れる。

 

 

 

「そして俺ら海にナンパに行くんで、姫とエノはお留守番、ヨロシク!」

 

 

 

榎本と宇佐美の手を重ねさせ、二宮はその掌上に豪華な紙の箱を置いた。

にこやかに二人の顔を眺めた後、さっさと離れて別邸を飛び出していく。

ポカンとする二人。そして二宮が渡した黒塗箔字の紙箱の正体を知った。

 

ちなみに二宮はブルジョワの子供である。安物買いだけは絶対にしない。

相模ゴムオリジナルと印刷されたその箱は一般より倍以上高い物なのだ。

そしてその薄さ耐久性共に業界最高水準であり安物の10倍以上である。

 

真っ赤になって手放す榎本。そして大事そうに拾い上げて仕舞う宇佐美。

 

 

 

 

 

上級生3人は別邸を飛び出し、何故か翌朝まで全員戻っては来なかった。

朝方に彼らが戻ると、宇佐美は洗濯機で回るシーツを笑顔で眺めていた。

そして榎本は天蓋つきのダブルベッドで呆然と、ただ中空を眺めていた。

 

とにかく合宿『チーム藤沢』は話題作りも終え、これで終わる筈だった。

だがこの最終日、映研、しかも『チーム藤沢』に未曾有の騒動が起きる。

 

いったい何が起きるのか?それは、次のお話へと……

 

 

 

 

 

 

 

 

つづく。




やっとこさ合宿藤沢編も終わりが見えてまいりました。
ラストで榎本くんの経験した事は謎です。謎なんです。
詳しく描写してしまうとR-38ぐらいいきますしね。
まぁ大人の階段上る榎本君はまだシンデレラなんです。


では、また次のお話でお会いしましょう。

ではではw
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