究極大英雄の山田次郎かく闘えり!   作:うぃっちべーす

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第十五話『映研部、旅行を終了す』

 

 

最終日の朝。榎本は呆けてベッドの中、宇佐美はご機嫌で脱衣所にいた。

ナンパが成功したのかは不明だが上級生3人はそんな別邸に帰ってきた。

何が起きたのかは二宮と三狩屋には判っていた。一之瀬には判らないが。

 

そして旅行の行程は既に最終局面を迎えている。つまり帰宅の途である。

 

本来一番大変なのは家を出た時に比べ凄く荷物が増えてしまった宇佐美。

しかし彼女は遠征なども経験しており、短時間でも荷物をまとめられる。

最後まで残ったのは精神年齢が極限まで低い一之瀬、そして放心の榎本。

 

 

 

「はやくしろよイチー!いい加減にしねーと電車に遅れるだろーがよ!」

 

「急かすなよニノ。よく言うだろ?むせる匂いは炎が染み付くってさ。」

 

「まず焦れよ!最初が違うから全部グダグダになってんじゃねーかよ!」

 

 

 

口を尖らせてベッドの上で駄々をこねる一之瀬。素っ裸の彼を囲む二人。

なんとか着替えだけでもと、三狩屋がトランクスを持って彼に忍び寄る。

一之瀬は動物を凌駕する勘でその動きを察知し、飛び跳ねる様に逃げる。

 

二階部屋では榎本の分の荷物も準備した宇佐美が持ち主を揺らしていた。

宇佐美の献身的な働きによる所が大きいが榎本の荷物は元々少ないのだ。

だが本人は今だベッドの中だ。さすがに彼が動かずに準備は終わらない。

 

 

 

「榎本くんてばおそいー。もうみんな待ってるよー。早くしないとー。」

 

「あー、そ、そうだな。……もう、帰るん、だよな。終わり、だよな。」

 

「そっか、なるほどー。そーいうコトなんだー。しょうがないわねー。」

 

 

 

上半身が裸のまま、下半身の部分に毛布がかかっているだけの榎本少年。

宇佐美はゆっくり猫の様にベッドに乗りこみ、そんな榎本に顔を寄せる。

放心しっぱなしの榎本の耳元に唇を寄せて、ぼそぼそと呟く宇佐美さん。

 

 

 

「ば、ちげーよ!そんなつもりじゃねえよ!そんな目で見てたのかよ!」

 

「じゃあいいんじゃなーい?もう私と榎本くんは、他人じゃないよー?」

 

「あ、そ、そうだな!そっか、俺がセキニンとんねーとだな!だよな!」

 

「そーそー。とりあえずこの家にいてもさー、何にも始まらないよー?」

 

 

 

詳細描写は避けるが、榎本氏は宇佐美嬢に対し責任を取る様な事をした。

まぁ実際にどちらの主導だったかのは彼等にしか判らない部分なのだが。

しかし、榎本くんにとっては、宇佐美さんに責任を取るべき事柄らしい。

 

 

 

「おまたせー。宇佐美と榎本、準備できましたよー。出発しましょー?」

 

「それが、イチがまだなんだ。こいつ、去年も帰り際にグズっててさ。」

 

「俺達の旅行はまだ始まったばかりだぜ!この果てしない旅行坂をな!」

 

「だから終わるっつーの!いい加減帰ろうぜ!ニノも何か言えっての!」

 

 

 

その時、二宮の携帯から短い電子音が鳴る。なんとなく彼は画面を見る。

『未読メール数:1通』と書かれた部分を二宮は人差し指で軽く触った。

開かれた文面を目で追う二宮。そして、早々に画面を閉じて息を吐いた。

 

 

 

「イチ、オヤジさんからだぞ。昨日の喧嘩、もうバレてるみたいだぞ。」

 

「ま、マジかよ!?やべえ、俺、次に喧嘩したらお小遣い抜きなんだ!」

 

「でもよニノ、ちょっとおかしくねえか?あいつらがチクると思うか?」

 

「うんにゃ?仮にチクってても聴取と届け出で普通はもっとかかるし。」

 

 

 

確かに二宮の言うとおりである。では一体、何が起きているのだろうか。

ここで時間を巻き戻して、彼にメールが来るまでの状況の整理をしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

映像文化研究部の顧問は3年の学年主任であり、現職教師では最古参だ。

しかしあくまで主任とはいえど一般教師である。夏休みにも登校をする。

進路資料の作成や推薦枠選定なども行わなければならず、意外と多忙だ。

 

そんな彼は職員室でノートPCに向かって国産ワープロソフトと格闘中。

そこに、やはり夏休み登校している若手の男子教諭から手招きを受けた。

 

 

 

「どうしたんだ?……まさか、また誰か万引きで補導でもされたのか?」

 

「いや、それが『偉い奴出せ』の一点張りでして。どうしましょっか。」

 

「しょーがねえ、俺が代わってやるか。お前さ、後で俺に何か奢れよ?」

 

 

 

手を合わせて拝み倒している若手教諭に苦笑し、学年主任が外線を押す。

すると予想よりも随分若い声が耳に入ってくる。保護者ではなさそうだ。

 

 

 

「代わりました、主任の瀬田ヶ谷です。失礼ですがどちら様でしょう?」

 

『アンタが偉い人か!お前の所の映研部の一之瀬に怪我させられたぞ!』

 

「当校に一之瀬という生徒はおります。失礼ですがどちら様ですかな?」

 

『教育長に抗議してやるからな!出るとこ出たって良いんだぞ俺はな!』

 

「教育長への抗議でしたら我々には止められません。ところでどち……」

 

『いいか、一之瀬だ!あいつが喧嘩で暴れたんだぞ!よく覚えとけよ!』

 

 

 

プラスチックの衝突する雑音のすぐ後、通話を終えたツー音に変わった。

発信者番号通知の表示欄には『ハッシンシャ:ヒツウチ』となっていた。

肩を竦めながら受話器を置く瀬田ヶ谷。そして椅子を回し向きを変える。

 

 

 

「悪いけどダイエットコーク買ってきてくれ。最近太り気味なんでな。」

 

「マジですか?!校外までとか暑くて死にますって!牛乳にしません?」

 

「爆弾処理させといて暑いとか良く言えるよな。いいから行ってこい。」

 

 

 

なおもぶつぶつと文句を言いながら、職員室を後にする若手の男子教員。

その姿が消えると同時に映研顧問の瀬田ヶ谷は外線電話を掛けはじめる。

 

 

 

「あぁ、お世話になっております。私、都立国立国分寺立川高校の……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一之瀬雄大の父は一之瀬雄二郎という。怖い顔をした中年紳士であった。

彼は非常に真面目で、仕事中も背筋を伸ばして一分の隙なく机に向かう。

机の上には書類と本と写真立てと電話機。写真立てには少年と女性の姿。

 

書類に目を通していると、置かれた電話から電子音と共にランプが光る。

もちろん彼はそのサインが何を示すのか熟知していた。内線の呼出しだ。

 

 

 

「一之瀬だが。」

 

『署長、トリツクニタチの瀬田ヶ谷先生から息子さんの件でお電話が。』

 

「繋いでくれ。」

 

『お忙しいところ申し訳ありません。雄大君の事でお聞きしたい事が。』

 

「今旅行中だ。」

 

『その旅行中に彼から喧嘩の被害にあったとの電話がありましてな……』

 

「折りかえす。」

 

 

 

早々に電話を切る一之瀬。そしてボタンを操作しなおして外線をかける。

ほぼ何も見ずに操作しているが、決して近所の番号ではなさそうである。

13桁の番号をきちんと打って、背筋を曲げずに受話器を持ちなおした。

 

 

 

『こちら藤沢警察署少年課です。』

 

「立川署の一之瀬と言いますが。」

 

『署長ですね、お待ちください。』

 

 

 

一之瀬雄二郎の耳元に古めのビジネスフォンの保留音がしばらく流れる。

そして保留中の音楽が切れて現れた声は、非常に人懐っこいものだった。

 

 

 

『一之瀬先輩、いやー、お久しぶりですなー!もう何年ぶりですかな?』

 

「約15年だな。」

 

『少年課って事は、ウチの管内でお子さん困ってらっしゃるんですな?』

 

「息子の雄大だ。」

 

『あぁ、雄大くんですな!今年で17でしたかな、懐かしいですなあ!』

 

 

 

話が続く受話器の向こうではドアが開く音がして硬い音がリズムを刻む。

これは一之瀬にもある程度の予想が付く。電話の相手が歩いているのだ。

立川署の据付型と違って、藤沢署はPHS式ビジネスフォンなのだろう。

 

 

 

『えーと、昨日からウチは平和ですな。被害届すら出ておりませんな。』

 

「夏に平和なのか。」

 

『いやー、頭痛の種だったマル走がちょうど一昨日に解散しましてな。』

 

「それは重畳だな。」

 

『喧嘩とカツアゲがピタリと止んだんで少年課は半分が夏休みですな。』

 

「ではまた呑もう。」

 

『確か15年前にもそれ言ってましたな。期待はせずに待ちますかな。』

 

 

 

そうして電話を切ると、背筋を伸ばした一之瀬雄二郎はその目を閉じる。

真一文字に結ばれた口元、微動だにしない頬、そして、硬く閉じた目元。

約3分後、彼は急に擬音が出そうなほど刮目し、ふたたび電話を取った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お待たせしましたー、ダイエットコークですよね?瀬田ヶ谷センセ?」

 

「お、そこに置いといてくれ。……くそ、また電話か。今日忙しいな。」

 

 

 

教師は夏休みにも登校してくるが当然全員ではない。彼らとて労働者だ。

夏季休暇は学生たちには遠く及ばないにしても順番に取ってはいるのだ。

本日の職員室には学年主任の瀬田ヶ谷と、先程の若手教員だけであった。

 

 

 

「大変お待たせしました、都立国立国分寺……あ、お待ちしてました。」

 

『藤沢署に問い合わせてみたが、傷害事件も被害届も無いそうだがな。』

 

「……そうですか。ちなみに教育長に報告すると相手は言ってました。」

 

『立件が無ければ警察は動けないはずだ。無視してもいいと思うがな。』

 

「ご協力感謝します。では、また何かありましたらご報告しますので。」

 

 

 

通話相手が切ったのを確認して、ゆっくりと受話器を置く瀬田ヶ谷教諭。

そして買出しさせた手元の黒い缶を引き寄せてプルトップに手をかける。

しかし、またもや職員室の卓上電話の外線着信ランプが光りだしたのだ。

 

瀬田ヶ谷は若手教諭の方をチラリと見る。拝む姿勢で手を合わせている。

 

 

 

「お待たせしました、都立国立国……おや珍しい。どうなされました?」

 

『教育長の七瀬だ。つかぬ事を訊くがな、一之瀬という生徒はいるか?』

 

「確かにおりますが……もしかして喧嘩騒ぎの報告でも行きましたか?」

 

『ああそうだ。ご丁寧に写真つきファックスが我が家に届いたんでな。』

 

「こちらでも調べたのですが、警察には事実はないと言われましてね。」

 

『ではファックスを転送しよう。問題になる前に処置しておきたまえ。』

 

 

 

また同じように確認し、また同じように受話器をそっと置いた瀬田ヶ谷。

嫌な予感がして手を受話器の上で待機させ着信ランプをじっと見つめる。

しかし、さすがに今度はもう職員室の電話は鳴り出さないようであった。

 

 

 

「いやー、申し訳ありませんね。なんだかずいぶん面倒な事みたいで。」

 

「じゃあな、東京牛乳たっぷりミルクシュークリーム買ってきてくれ。」

 

「あはは、またまたご冗談を。もうさっきので汗だくなんですからね。」

 

「じゃあ俺はもう電話取らないからな。警察と教育長の話を聞いとけ。」

 

「き、教育長?!……判りましたよ!あと他に何か買う物無いですか!」

 

「馬鹿だな。いっぺんに済ませる気があるんならとっくに言ってるよ。」

 

 

 

それを聞いて泣きながら炎天下に向かって駆け出していく男性若手教諭。

彼が出た時にちょうど送られてきた教育長からのファックスに目を通す。

そこには、まるで映画のスチール写真のようにポーズを取っている少年。

 

そして足元には薄い髪色の少年たちが残念な顔で無数に倒れている状況。

 

 

 

「あちゃー。これはまたマズイ写真が出てきたな。一応知らせとくか。」

 

 

 

こうして写真は更に立川警察署の署長である一之瀬雄二郎にも送られる。

そして一之瀬は、慣れた手つきで『とある人物』にメールをしたためた。

しかし、不思議な事に一之瀬署長の表情には何故か笑顔が浮かんでいた。

 

 

 

 

 

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Title:<大変なのじゃよ!にのみー!>

 

Body:

 

我が愛しのマイサン雄大きゅんが喧嘩したって?Σ(@ロ@

もう、怪我とかしちゃったらパパったらすごく悲P(>_<。

にのみーがついてるから大丈夫だって信じてるけど(^-^)

でもって雄大きゅんの喧嘩の写真が撮られてたぞー(=w=;

超かっこよかったのでナショナルトレジャーに決定(>ワ<

 

あと、警察絡みではこの情報って出回ってないよ?(@w@;

もしかして雄大きゅんってお友達と仲が悪いの?!(;w;

困った時には雄大きゅんに内緒で頼ってちょうだい(=w=

あんじょうよろしゅうたのんますにゃーん!(^-^)ノシ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

このような情報が錯綜した経緯があり、二宮の携帯にはメールが届いた。

これは以前も言及したが、二宮もまたクレバーな思考が出来る男である。

限られた情報から現状を把握し、自分が取り得る最も有効な手段を探す。

 

 

 

「喧嘩を見てた奴が警察にも行かずに、写真を撮って学校にチクった。」

 

「珍しいな。普通は警察か、ケツ持ちのヤクザにチクるもんだけどな。」

 

「じゃあ金髪組で決まりじゃねえか!くそ、息の根止めとくんだった!」

 

 

 

一之瀬が興奮し暴れだそうとする。そこで三狩屋がそっと着替えを出す。

暴れん坊は何の躊躇もなく、目の前に出された着替えを身に纏い始める。

ほくそ笑んでその光景を見守る三狩屋とは対照的に、二宮の表情は渋い。

 

 

 

「いや、あの手の連中が学校にチクるなんて回りくどい事しねえだろ。」

 

「今時ガッコ真面目に通ってる不良なんていねーしな。俺ら以外はな。」

 

「つまり俺らが真面目に通って部活してるのを知ってるヤツって事だ。」

 

 

 

そんな緊迫した会話に気付き、榎本が拳を握り締め立ち上がろうとする。

しかし、肩に手をかけて制する存在があった。隣にいる宇佐美嬢だった。

苦笑しながら頭を横に振る彼女。数秒の間を置き初心者彼氏は席に戻る。

 

 

 

「ニノ、もし『映研部の』俺らを罠に嵌めるつもりだったらどうする?」

 

「馬鹿だなサンタ!俺らに歯向かう奴は絶滅させるのが流儀だろうが!」

 

「『イチニノサン』だったらな。だが映研部の俺らがヤって良いんか?」

 

「サンタの言うとおりだ。特にイチは次期部長だし、問題起こせば……」

 

 

 

あの場には一之瀬以外に二宮も三狩屋もいた。しかし敵は一之瀬を指名。

無論、彼が一番目立って活躍していたが、他の二人だって見えたはずだ。

つまりこの仕掛け主は『一之瀬がウィークポイントである』と知る人物。

 

二宮はこのように状況を整理した。しかしまだ完全に納得できていない。

そもそも何の目的で?正直な所、映研部は弱小部で人数も乏しいし無名。

そんな部活の内情をかなり深く調査して、罠に嵌めて何の得があるのか?

 

しかし楽観は出来ない。悪い想定は必ず実現するのがマーフィーの法則。

そして彼にも山田に劣らない特殊な才能がある。悪い予感は当たるのだ。

 

 

 

「イチ、わりいけどな、明日から家を出るな。コンビニにも行くなよ。」

 

「お、おう……ニノ、難しい事きいても忘れるから一つだけ。厄介か?」

 

「そうだ。どうも金髪連中の事も含めて俺ら嵌めようとしてるらしい。」

 

「ニノ、そういうのはこのサンタくん得意だぜ?まず何をしたらいい?」

 

 

 

顎に手を当て目を閉じる二宮。大体の人はこのポーズで考え事はしない。

考えるフリをしていると言っていい。それは二宮にとっても例外はない。

頃合を見計らって目を開けて、悪く微笑んだ後に悪友二人を呼び寄せる。

 

 

 

「まず3人で退部届を作る。理由は一身上でいいから真面目に書けよ。」

 

「ちょっ!待ってくださいよ二宮センパイ!退部とか、本気っスか?!」

 

「うるせーぞチーム宇佐美。これは『イチニノサン』の幹部会だから。」

 

「さ、三狩屋センパイまで……一之瀬センパイ!俺も一緒に退部を……」

 

「馬鹿者!お前の上は宇佐美ちゃんだろが!レツをちゃんと見極めろ!」

 

 

 

上級生の3人はそれぞれ机に座って、レポート用紙に何かを書き始めた。

もちろんそれが何かとは言わずもがな、映像文化研究部の退部届である。

呆然とその光景を見守る榎本に背中を突かれる感触。宇佐美の指だった。

 

宇佐美が榎本を見上げ自分の隣のソファーをぽんぽんと軽く叩いている。

それを見て榎本は、精気が抜けたようにゆっくりとソファーに座り込む。

 

 

 

「で、どうすんだニノ。まさか相手の思い通りになってやるつもりか?」

 

「まさか。相手の出方を待つ。相手がこれを望んでれば必ず動く筈だ。」

 

「ニノ、サンタ、暴れる時は呼べよな!騙したらお前等でも許さねえ!」

 

「わかってるってイチ。暴れる時にお前ハブった事が今まであったか?」

 

 

 

こうして退部届が3人分は出来上がった。そして二宮は迅速に動き出す。

まず、別邸にタクシーを呼び出して立川までの長距離輸送の依頼をする。

無論自分達3人の分だけではなく榎本と宇佐美の分のタクシーもである。

 

 

 

「姫、映研実写班の指揮はお前に任せる。エノとちゃんと協力しろよ。」

 

「判りましたー。榎本くんいい子だし大丈夫ですよー、二宮センパイ。」

 

「宇佐美、コレは他言無用だぞ?裏切ればサンタくんでも怒るかんな。」

 

「宇佐美ちゃん、エノの事ヨロシクな!奴隷と思って大事にしてやれ!」

 

「ちょ、一之瀬センパイ!奴隷って大事にされねえッス!酷いっスよ!」

 

 

 

こうしてチーム『イチニノサン』とチーム『宇佐美』は藤沢を出発する。

だが、まだ終わりではない。帰りの二宮は早くも映研として動き始める。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

もう何度目の電話だろうか。責任職の宿命とはいえ些か辛い立場である。

瀬田ヶ谷学年主任は自分の仕事が一向に進まない。すべてが電話である。

シュークリームを頬張っていた瀬田ヶ谷に、再び外線着信が襲い掛かる。

 

 

 

「お待たせいたしました、都立国立……おや、教頭先生。ご旅行では?」

 

『映研部が何かやったみたいだね瀬田ヶ谷くん。私も報告は聞いたよ?』

 

「……そうですか。確か、一之瀬君が女子と海に行ったとの連絡が……」

 

『ごまかさんでいい。江ノ島で暴走族と喧嘩だろう?コレは問題だよ?』

 

「どこでそれを?まだ警察からも連絡のない噂話程度の情報ですがね。」

 

『生徒の動向には常にアンテナを立てとるよ。それよりどうするかね?』

 

 

 

送話口を持ち上げて、シュークリームの最後の一片をその口に放りこむ。

時間にして4秒ほど。しかし、たった4秒が相手は不快に思えたらしい。

怒鳴り声が受話口から迸り、瀬田ヶ谷主任は驚き受話器を顔から離した。

 

 

 

『映研の不祥事なんだぞ?!顧問の君が考えんで誰が考えるんだね?!』

 

「不祥事といわれましても……被害者申し出も警察の連絡もないので。」

 

『停学なり退学なりあるだろう!訓戒にしても残る結果を出さんとな!』

 

「この件は生活指導と担任と学年主任が相談すべき案件かと思います。」

 

『だが事件は部の旅行で起きているんだ!部としての責任は免れんよ!』

 

 

 

瀬田ヶ谷顧問は電話を受けながらメモに文字を走り書いては矢印を書く。

『朝から電話が多すぎる』→『しかも変な電話ばかり』→『特に教頭』→

『なんで映研の責任なんだ』→『学校来いよハゲ頭』→『愛人宅か?』→

『それに話の展開早すぎるだろ』→『まるで待ってたみたいじゃねえか』

 

最後の一文をメモに書いた主任は、流し聞いている教頭の話を思い出す。

教頭も教育長も、学校に居なかった人間である。しかし、連絡を受けた。

特に教頭は完全に家族旅行で、確か今日は伊豆に逗留の予定だったはず。

 

 

 

「……教頭先生、我校の伝統は貴方もご存知でしょう。自主自立です。」

 

『言われるまでもない。『自主は努力から』『自立は責任から』だろ。』

 

「彼らに責任意識があって行動できるのであれば、校義に反しません。」

 

『……少し回りくどいな瀬田ヶ谷先生。具体的にはどうしたいのかね。』

 

「彼らに選ばせてみようと思います。何を残して、何を捨てるのかを。」

 

 

 

教頭は良く判らぬまま言いくるめられ、しぶしぶ納得して電話を切った。

瀬田ヶ谷は電話を切ると、吐息と共に椅子に深く座りなおし、頭を掻く。

そこにタイミング良く、先程の若手教員が買い物袋を提げてやってくる。

 

 

 

「えっと、栄養剤とチョコとタバコと、あとガムも買ってきましたよ!」

 

「……残念だな。ほんっとーに残念だ。ちょっとだけ足りなかったな。」

 

「ええっ?瀬田ヶ谷先生の好物ってコレだけですよね?違いました?!」

 

「タヒボベビータが飲みたい気分なんだよな。あとは冷やしあめかな。」

 

「た、タヒボベビータ?!聞いた事ありませんよ俺?!何ですソレ?!」

 

「E電の静岡駅に売ってるドリンクでな、原材料がタヒボなんだとさ。」

 

 

 

その場でへたり込む若手の男性教諭。さすがの若手も限界を感じたのだ。

そしてタバコとチョコを袋から取り出した瀬田ヶ谷は、職員室から出る。

彼が向かった先は屋上でも体育館裏でもなく、職員用男子トイレだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おー、二宮か。瀬田ヶ谷だ。ちょっと話したいコトがあるんだがな。」

 

『ちょうど良かったです先生。僕も先生と少しお話がありましたんで。』

 

「一之瀬な、かなりの恨みを買ったみたいだな。教頭まで出てきたぞ。」

 

『一之瀬君のお父さんからも連絡が来ましたよ。相手は誰なんですか?』

 

「さあな。だが一筋縄じゃいかなさそうだ。旅行中の教頭捕まえてる。」

 

『……一応、僕と一之瀬君と三狩屋君で、退部届は作ってありますが。』

 

 

 

瀬田ヶ谷は新しいタバコを取り出し、電話を続けつつ起用に梱包を解く。

そして一本抜き出して深く吸い込んでから火をつける。その間約22秒。

しかし今度の電話口は長い待ち時間ながらも全く怒り出したりはしない。

 

 

 

「二宮、ぶっちゃけるとお前の親父さんに連絡すれば終わると思うが。」

 

『じゃあ俺もぶっちゃけますがね、父は女が絡まないと動きませんよ。』

 

「そーかー。だがこの件で退部届を出すのだけは待った方がいいわな。」

 

『もちろん一応で作ったに過ぎませんよ。だけど、展開次第ですかね。』

 

「楽な方法としては部室の明け渡しがある。退部なんかは必要ないぞ。」

 

 

 

瀬田ヶ谷も教員歴は長い。部活動のトラブルの処し方も熟知をしていた。

校内に決まった部室を持たぬ部活は多い。持てる者とは優遇と映るのだ。

体育館のエリア争いは熾烈を極め、運動場に至っては衝突も起きている。

 

部室を手放すというのは部活の対処としては大きな意味を持つのである。

 

 

 

『瀬田ヶ谷先生、それは誰かから要請を受けた、という事でしょうか?』

 

「いや、俺の思いつきだが。古株の先生方なら誰でも知ってる方法だ。」

 

『だったら結構です。……この件は、山田センパイは知りませんよね?』

 

「その筈だ。だが山田は悲しむかもしれんな。あいつ部活好きだしな。」

 

『……番号を伝えますから先生からセンパイに連絡してもらえません?』

 

 

 

タバコの灰を便座に中に落とした瀬田ヶ谷教諭。その顔に苦笑が浮かぶ。

通常考えれば、そこまでするのは部活顧問の範疇を超える。しかし……

 

 

 

「判った。山田には俺から伝えよう。親父さんに宜しくと伝えてくれ。」

 

『父は気に入った人に礼をするのが好きなだけですよ。お気遣いなく。』

 

「そうだったな。とにかく無茶はするなよ。お前らは特別なんだから。」

 

 

 

公務員とは権力行使で個人や団体から利益供与を受けてはいけないのだ。

これは地方公務員法で定められており、抵触をすれば火傷では済まない。

しかし、特定の人物から飲食等の提供すら受けなければ、抵触はしない。

 

二宮の父はちょっとしたお金持ちで、非常に顔の広い有名経営者である。

仲の良い人間を集めて、適度な会費を募って不定期で会合を開いている。

ごく稀に、会員達にとって非常に有益なコネクションが出来上がるのだ。

 

この『二宮会』と呼ばれる会合に、現校長と各学年の主任級が呼ばれた。

校長は知り合った『ある高級文部官僚』に異動差止めを取りつけていた。

かく言う自分も、定年退職後の講師の約束を進学予備校から貰っている。

 

 

 

『それをもし山田センパイに伝えたら、俺は貴方を許しませんからね。』

 

「判ってる。しかし二宮は少し威張ったほうが可愛げ気があるけどな。」

 

『充分利用していますよ。足元をすくわれない程度には、ですけどね。』

 

「それが可愛くないと言っているんだがな。まあ、協力は惜しまんよ。」

 

 

 

こうして話はやっと、藤沢編と箱根編のラストシーンに繋がるのである。

瀬田ヶ谷教諭は二宮に教えられた通り番号を打って、通話ボタンを押す。

彼からの情報どおり、まずそこに出たのは一年生部員の女の子であった。

 

 

 

「あーもしもし。確か石川さんだったね、君らの顧問の瀬田ヶ谷だが。」

 

『――あ、あの、私は、確かに石川ですけど。……こ、こんにちは……』

 

「そこに、山田次郎部長が居るはずだ。ちょっと代わってくれないか。」

 

 

 

策士の二宮と違って、こちらの女子の雰囲気は穏やかで非常に初々しい。

瀬田ヶ谷が二本目のタバコを咥えたところで、やっと山田が電話に出た。

相変わらずな山田の聞き取りにくい挨拶に苦笑しながら話を切り出した。

 

 

 

「実はちょっと問題が起きてな、2年生の一之瀬が喧嘩したそうだぞ。」

 

『え?!……ぁ、ぃぇ、……それで?』

 

「それで苦情が入ってな、合宿中だったというのが問題になってるぞ。」

 

 

 

瀬田ヶ谷は音量レベルを上げるボタンを連打する。彼は声が小さいのだ。

そうかと思えば部活をのぞいた時には、結構大きい声を張り出している。

山田という男は少々恥かしがりやなのだなあ、と瀬田ヶ谷は認識してる。

 

 

 

「部員としての責任なら退部相当、部活としての責任なら部室相当だ。」

 

『…………………………………………』

 

「廃部も無くは無いだろうが、それより部室が無い方がまだいいだろ?」

 

『…………………………………………』

 

「一之瀬たち3人はな、映研に迷惑がかかるんならと退部も考えてる。」

 

『…………………………………………』

 

「今日明日の話にはならんと思うが、一応考えとけよ山田。判ったな?」

 

『……はい判りました、失礼します。』

 

 

 

 

相変わらず山田の返事には歯切れがない。噛み切れないグミの様である。

もしや、情報を上手く引き出す為にわざとやっているのかと考える教諭。

しかし本人の顔を思い出して、笑いをこらえながら頭を振って否定した。

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうしたんですセンパイ?……まさかエロい事してたのバレました?」

 

「だったらまだ良かった……映研は、潰れるかもな、だってさ…………」

 

 

 

実際に山田は瀬田ヶ谷顧問からそうは言われていない。退部か部室かだ。

 

しかし山田の認識には、部員の退部は候補にすら挙がってはいなかった。

もちろん都立国立国分寺立川の伝統である『退部権』の考え方も有った。

しかしそれ以上に、あの3人が抜けた映研を山田自身で想像ができない。

 

そして部室は映研の初代部長が征服し、後輩へと大事に伝えてきた遺産。

そしてアニメカラーやパテやプラ板などは、物理的な保管場所が必要だ。

そしてなにより、山田次郎にとって部室とは青春そのものなのであった。

 

 

 

「しょうがないわね。映研潰れるなら山田部作りましょ?私が部長で。」

 

「なんで山田部で田中センパイが部長なんですか。おかしいでしょう。」

 

「大丈夫よー。将来的に山田双葉になれば問題なんか無いわけでしょ?」

 

「――その時は、どっちの先輩も卒業してますよね?それとも留年を?」

 

「いいわね!二人揃って大番長夫婦!今年で高校八年生!ばばーん!!」

 

 

 

おどける様に会話を続けて何とかこの場を和ませようとしている女性陣。

しかし山田の表情は完全に虚ろだった。悲しそうでも苦しそうでもない。

ひたすら無表情で目線も泳いでおらず、ただ正面をじっと見据えていた。

 

 

 

「映像文化研究部は弱小部だ。それに関しては否定するつもりも無い。」

 

「そうでもないわよ?映研って文化系じゃ一目置かれてる存在なのよ?」

 

「活動的にではなくて人数的にだよ。正直、ギリギリのラインなんだ。」

 

「――3年生1人でも、2年生3人1年生4人は安泰だと思いますが。」

 

 

 

山田の表情がここでやっと変わる。しかし、決してポジティブではない。

目線を下げて瞼を少し下げて口角が下がる。つまり、ためらいの表情だ。

幾度か口をパクパクと開けて、しかしまた結び、それを何度も繰り返す。

 

やがて思い切った様に、パクついていた口元から山田の声が流れ始めた。

 

 

 

「一之瀬くんたちがな、藤沢でケンカに巻き込まれてしまったらしい。」

 

「――なるほど。つまりイチくん警察沙汰になっちゃったってことね。」

 

「たぶんな。その連絡がもう学校には何回か行っているとも言ってた。」

 

「それで喧嘩は負けたんですか?勝ったんですか?どっちなんですか?」

 

「負けてれば普通は被害者だし、恐らく一之瀬くんが勝ったんだろう。」

 

 

 

興奮気味に勝利の報告を聞いている阿形嬢。しかし、他の人間は違った。

少し嫌な表情をする石川、勝敗には興味のなさそうな山田、そして……

 

 

 

「でも変よね。ジュンがそんなヘマ打つとはとても思えないんだけど。」

 

「……ジュン?嫌に馴れ馴れしいな田中双葉。二宮くんと呼びたまえ。」

 

「ジュンはジュンよ。……まさか、山田クンってば聞かされてないの?」

 

「ま、まさか?俺相手はフェイクで、本当は二宮くん狙いだったのか?」

 

「違うわよ馬鹿!ジュンは弟よ。親の離婚で別々に暮らしてるけどね。」

 

 

 

それを聞きキョトンとする山田。そして納得がいった様な顔をする阿形。

そして双葉嬢は山田の表情を見て、頭を抱えてしゃがみこんでしまった。

しかし、石川だけはポケットから小さなノートを出し何かを書き始めた。

 

 

 

「いきなり合宿に何の関係も無いあたしがいて、変だと思わなかった?」

 

「いやー、その、さすが二宮くんだ、凄い仕切りするよなあ、としか。」

 

「何でそんなに山田クンに信頼されてるのかしらジュン。妬けるわね。」

 

「仕切は2年ではピカイチだし、画力も妙に……そうか、君の弟か……」

 

「んっふっふ、愚弟をお褒め頂き大変光栄ですわ、山田映研部長さま。」

 

 

 

山田は理解した。崩れるように地面に手を付き、がっくりとうなだれる。

思い出してみれば二宮純という少年は入部した時から非常に器用だった。

初めて部誌のイラストを依頼してみても二宮だけはそつなく描き上げる。

 

映画の基礎知識や構図、バランスを教えても二宮はすぐに覚えるていく。

 

しかも中学は帰宅部だったという二宮。それを聞き山田は更に感心した。

 

 

 

「でもね、ジュンと一緒に居たのは小学校の頃までよ。これは本当よ?」

 

「やはり才能というアドバンテージが世界には存在するというのだな。」

 

「――それでも、山田先輩は田中先輩には負けてないと思いますけど。」

 

「いいこと言うわね石川さん。山田クンの努力は何物にも勝ってるわ。」

 

「あたしもそう思いますセンパイ。空手だって稽古が全てですからね。」

 

 

 

藤沢組と箱根組の分け方は、立案の二宮が性的意図で決めただけである。

しかし、ここで奇しくもタイプ別の人選になっていたという事が判った。

藤沢は才能を持つ人間が集まっていて、箱根は努力型の人間が集まった。

 

小さな体格で、不利は逆も承知で、だが諦めずに空手を追いかけた阿形。

漫画家になる夢を見て、全てを犠牲にしてでもマンガに励み続ける石川。

映研存続の重圧と期待とをその身に受けて、必死に駆けずり回った山田。

 

超人的な肉体と子供的なムチャクチャさで常識を跳ね返している一之瀬。

天性の勘と器用さ、閃きと慎重さを併せ持った超大金持ちの息子、二宮。

恵まれた体格を生かし喧嘩も強く、更に調整能力で巧く立ち回る三狩屋。

 

因みに宇佐美と榎本は才能と努力を併せ持っている特別な存在なのだが、

彼と彼女は『チーム宇佐美』なので映研内では例外にしておくとしよう。

 

 

 

「ただ下手踏んだってジュンが思ってるんなら、かなりのオオゴトね。」

 

「やはりそう思うか。実は彼ら、退部届まで準備しているらしいんだ。」

 

「――本当に3人が辞めたら、映研って、終わりますね。ほぼ確実に。」

 

「そんなことはないわよ石川ちゃん。一年生が皆で力を合わせれば……」

 

「いや、石川さんの言う通り。彼らが辞めれば我々は『5人』なんだ。」

 

 

 

皆さんは覚えているだろうか。山田が映研に入部をした『きっかけ』を。

鈴木前部長の時代にも、映研は一度、廃部の危機を迎えていたのである。

その時のキーワードも『5人』。つまり、部活動の最低必要人数以下だ。

 

映像文化研究部は再び存亡の危機に直面しかけている、という事なのだ。

 

 

 

「ま、それはそれとして。もうそろそろ電車が出ちゃうみたいだけど?」

 

「えぇ?!ちょ、ま、まずい!けっこう乗り継ぎがギリギリなんだぞ!」

 

「とりあえず早く出ましょうって!今は映研よりも帰宅が重要ですし!」

 

「――最悪、3人でラブホテルでシッポリ、なんて展開になったりと。」

 

「ば、馬鹿を申せ!だいいち今の俺にそんな金はない!無理なんだよ!」

 

 

 

自分の荷物を持ち駆け出す阿形、二人分の荷物と共にダッシュする山田。

少し嬉しそうに後を追う石川、そして、満面の笑みを浮かべている双葉。

皆は急いで切符を買い、何とか登山鉄道の出発予定時刻には間に合った。

 

 

 

「間一髪!危機一髪!幸運の女神に愛されてんな俺は!なんちゃって!」

 

「あら、幸運の女神さまとか言われちゃうと、流石に私も照れるわね。」

 

「――そこまで平然としてて、照れちゃうとか言われても、説得力が。」

 

「で、なんで田中センパイ居るんです?まさか一緒に帰るんですかね?」

 

「違うわ、山田クンに渡し忘れがあるの。ちょっとだけ待っててねー。」

 

 

 

箱根登山鉄道の車内でスカートの上あたりをモゾモゾし始める田中双葉。

山田は懐から、くたびれてきた『旅行のしおり』をまた再度取り出した。

しかし、最後にお土産があるなどとは何処にも書いておらず首を傾げる。

 

そうこうしてる内に、双葉は右足をすこしだけ上げて手に何かを持った。

 

 

 

「はい。旅行終わっちゃうとお互い忙しいだろうしさ、先に渡しとく。」

 

 

 

山田に手渡されるダークグレーの塊。手に持つ感触は非常に軽く温かい。

そしてそれは丸まっており、良く見ると細かな刺繍細工が施されていた。

呆然と観察していた山田は、それらの情報から手の中の物の正体を知る。

 

 

 

「これ、パ、パン……(おい!ここは公共交通機関だぞ!恥を知れ!)」

 

「(ちゃんと回りは見てるわよ。男の子だし、色々と物入りでしょ?)」

 

「(意味判って言ってるのか?!性的用途に使ったらどうする気だ!)」

 

「――いったい、どうしたんです?急に二人で、内緒話なんか始めて。」

 

「な、なんでもない!パン……パンダコパンダは面白いなって話だよ!」

 

「へえー。山田センパイって意外と可愛いアニメがお好きなんですね。」

 

 

 

真っ赤になりつつも戦利品だけはしっかり上着のポケットに仕舞う山田。

馬鹿にしたような半目で見つめる双葉に気づいて、彼は目線をそらした。

そして電車は山肌を走り降りていき、気がつけばそこは箱根湯本だった。

 

 

 

「山田クン、一応は精一杯もてなしたつもりだけど、楽しかったかな?」

 

「……では、後輩たちに代わって礼を言おう。すばらしい旅行だった。」

 

「山田センパイ、お礼なら自分で言えますから。自分の言葉でどうぞ。」

 

「――ありがとうございます田中先輩。色々楽しめて良い旅行でした。」

 

 

 

彼なりに目一杯格好つけた謝礼だったのだが、阿形たちには不評の様だ。

そしてペコリとお辞儀をした石川は、表情を変えずに上級生を見ていた。

双葉の方をチラリと見た後に、一歩前に出て山田に向かって話しかけた。

 

 

 

「――映研の活動はこの後どうしますか先輩。二年生は様子見ですか?」

 

「いや予定通りにやる。一之瀬くんたちは戻ってくる前提で進めよう。」

 

「実写班と管理班がほぼ動きませんけどね。ソコどうしますセンパイ?」

 

「大丈夫よ。山田クンのフォローだったらこの田中双葉がするからね。」

 

 

 

山田次郎は計算高い男だ。特に損得や苦楽に関しては人一倍敏感である。

彼は脳裏に映研での田中双葉のサポートを受けている光景の想像をする。

指導、状況判断、実力、フォロー、どれをとっても申し分が無い存在だ。

 

 

 

「……いや、これは映研内の問題だ。君には美術部統括があるだろう。」

 

「だいじょーぶよ。普通この時期に3年に頼ったりなんかしないから。」

 

「部長とは支柱だ田中双葉。常に中心で部の信頼を支える義務がある。」

 

 

 

呆れたような笑顔で肩をすくめる双葉。感心した様子で拍手する阿形嬢。

そして石川嬢においては、嬉しそうな、悲しそうな、微妙な笑顔だった。

 

 

 

「山田クンがそう言うなら我慢しとくわ。残念ねー、楽しそうなのに。」

 

「一つだけ言っておこう。映研は絶対滅びない!危機は必ず克服する!」

 

 

 

山田次郎は田中双葉に向かって、不敵な笑みと共に右手を差し伸ばした。

出された手を双葉は力強く握り、目の前の少年に向かって不敵に笑った。

交わされる握手。そこに手を重ねる阿形。石川もそれに習い手を重ねる。

 

 

 

「映研旅行箱根班のガイド、ありがとう。個人としては評価を改めた。」

 

「いえいえ、楽しませてもらったのは私よ。個人的にも楽しめたしね。」

 

「田中センパイ、少しは顔を出してくださいね。少しでいいですけど。」

 

「――困った時は、また相談します。山田センパイより頼れそうだし。」

 

 

 

やがて重なっていた手は離れていく。それぞれの時間は動いているのだ。

 

こうして長いようで短かった映研夏の旅行<箱根班>の行程も終了する。

もちろん映像文化研究部の、学生の夏休みはまだ終わったわけではない。

映研の苦難もまた然り。問題は起きたばかりで、解決の糸口は見えない。

 

しかしイベントとしての旅行はこれで終了する。そして日常が戻るのだ。

 

 

 

 

 

どうする映研?

 

どうする二年?

 

パンツをどうする気だ山田次郎?

 

波乱含みの今後の展開は、次回以降のお話へと……

 

 

 

 

 

つづく。




やっと映研の夏の旅行が終わりました。
気がつけばリアルな8月はもう終わり。
ですが、まだ映研の夏は終わりません。

いつまでこのSS続くんだとご心配の方もいるかもしれません。
大丈夫です。英雄譚とは長いのがお約束。約束事は守りますよ。

そういえば日間ランキングで何の間違いか一瞬だけ載りました。
けっこう嬉しいもんなんですねアレ。顔がすこしニヤけました。
コレも一重に読み子の皆さんのおかげです。ありがとさんです。

でも、このSSって人選ぶんでランキングは今後載らないです。
賭けてもいいです。もっとも賭けるコマなんて有りませんがねw

では、次のお話でまたお会いしましょう。



ではではw

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