究極大英雄の山田次郎かく闘えり!   作:うぃっちべーす

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第十六話『山田くん史学を教授す』

 

夏は終わらない。

 

 

忘れられがちだが山田は受験生である。よってその本分としては勉強だ。

合宿が終われば彼とて受験ウォーズの一兵士、勉学に勤しむ宿命なのだ。

図書館に行ってくると家族に言い残して、毎日の様に外出する山田くん。

 

 

 

「では図書館に行くでゴザルよマイマザー。受験生は本当に過酷ナリ。」

 

「次郎、ちょっとそこに座りなさい。今日こそ貴方にお話があります。」

 

「な、何用ですかなマイマザー。そのように怖い顔をなさってからに。」

 

「これの理由を言いなさい。言うのが嫌ならお父さん呼びますからね。」

 

 

 

山田母が出したのは山田次郎が昨日着ていたごく普通のTシャツである。

それは奇妙な折り方をされており、裾の部分だけが上向きになっていた。

言わんとしてる事が判り、山田は表情も含め全ての動きを止めてしまう。

 

裾口にはホンのちょびっとではあるがペンキの様なものが付着していた。

 

 

 

「こ、これは……あ、あの、そう!図書館が改装中だったでゴザルよ!」

 

「どこの世界にピンク色をした図書館がありますか!馬鹿おっしゃい!」

 

「いや、その、もしかしたら、その、えーと、帰りに寄った部活で……」

 

 

 

彼はクレバーなのだが実母を欺ける程ではない。やはり善性もあるのだ。

もう少し粘れただろうにと思われるかもしれないが、山田次郎とて人間。

心にやましい事があれば、ついうっかりとボロを出す事だってあるのだ。

 

 

 

「御覧なさい。いいこと、部活も結構だけどね、貴方は今年受験生よ?」

 

「も、申し訳ない。しかし、ちょっと、部の方で込み入った問題が……」

 

「受験生に頼る程度なの?大したことないのね、貴方のいる部活って。」

 

 

 

そして実母である彼女は、山田次郎を世界で一番良く知る人物でもある。

本人には伝えていないが、嘘をついている時の彼の癖を知っているのだ。

これまで見逃していたが、あまりに度が過ぎていた為に注意をしたのだ。

 

 

 

「そ、そんな訳ないでゴザル!皆は来ないで勉強しろと言ってるナリ!」

 

「じゃあ全部次郎の責任じゃない。部活を言い訳にしては駄目でしょ。」

 

「ザッツライトかつイグザクトリィでゴザル。非常に申し訳ないナリ。」

 

 

 

後輩らの要請は本当であった。特に阿形は山田の日参に呆れ果てていた。

工程表は見てますか?アニメ班の進捗はもう9月始めまで来てますけど?

そう彼に言い放って、山田を何度も部室から追い出そうとさえしていた。

 

だが山田は作業の進捗以上に情報が欲しかったのだ。特に一之瀬たちの。

部室に来れば何か判るかもしれない。もしかして顔を出すかもしれない。

そう考えると居ても立ってもいられず、彼は部活に顔を出していたのだ。

 

 

 

「映研の矜持の為にも、貴方は家でちゃんと勉強をするべきです次郎。」

 

「わかったでゴザルよマイマザー!山田次郎、ちゃんと勉強するナリ!」

 

 

 

こうして彼は自室に帰っていく。そして隣室から中年男がそっと現れる。

この男の名は山田大五郎。山田次郎の実の父親であり社長さんであった。

もっとも、社長以外の従業員は奥様だけという小規模家族経営なのだが。

 

 

 

「あいかわらず不器用だよな次郎のやつ。もう少し俺に似てればなあ。」

 

「あら、似すぎなほど似てますよ。次郎だって、あの時の事件さえ……」

 

「それは言わないと決めただろう母さん。次郎が自分で決めた事だぞ。」

 

 

 

山田くんはこうして自室に帰っていく。ベニヤ製の扉を空けると、熱風。

 

彼の部屋にはエアコンがない。彼の部屋は後から増築された部屋なのだ。

その為にエアコン設置の為のスペースもなく、室外機すら置けない場所。

だが隣には兄が以前居た部屋がある。その部屋はエアコンも稼動可能だ。

 

しかし、山田次郎はそれでも自室が好きであった。不便な部分も含めて。

 

 

 

「暑い!暑すぎる!埼玉名物熊谷気温より暑い!行った事ないけどな!」

 

 

 

これは猛暑の部屋に入る時の合言葉に近い。何故なら彼は笑顔だからだ。

もちろん被虐嗜好者ではない。修行の場所として自室を捉えているのだ。

どっと出る汗。そして外出用のデニムパンツを脱いでトランクス一丁に。

 

間の抜けたそのファッションすら昭和の下宿漫画の主人公みたいと喜ぶ。

 

 

 

「今日は世界史的な予感がするな。よし、野生の勘を信じるとしよう。」

 

 

 

そして意外な事に彼の成績はそこまで悪くない。むしろ学年上位である。

授業中は授業に熱心なふりをして教科書に線を引いて板書を写している。

そのポーズ付けを3年も繰り返しているうちに、授業が身についたのだ。

 

そんな彼でも有名私立や国立は遥か彼方。困難だからこそ、難関なのだ。

 

 

 

「ササン朝ペルシアの……ホスロー……一世が……どこ滅ぼしたっけ?」

 

「あーエフタルか。って知るか!中央アジアの五流国とかマニアック!」

 

「726年の……東ローマの……聖像禁止令を……誰が発布したっけ?」

 

「レオン3世かよ!ローマの帝王だったらアヌスつけろよ、アヌスを!」

 

 

 

彼は暗記する時に対象にツッコミを入れる。非常に気色悪い行為である。

だがこれは彼なりの思考法である。そして、五感を使って暗記するのだ。

没頭していくに従って、彼の思考はどんどん問題集へと潜りこんでいく。

 

 

 

「次郎、貴方にお客さんがみえてるわよ。降りてきてご挨拶をなさい。」

 

「拙者に客でゴザルか?間に合っていると伝えてくだされマイマザー。」

 

「貴方ね、間に合うほど来客ないじゃないの。いいから早くしなさい。」

 

「いつもの教材の勧誘でゴザろう?追い返す時間が惜しいのでゴザル。」

 

「教材勧誘なら断ってあげてるじゃない。こーんな顔した可愛い子よ?」

 

 

 

自室の扉から顔を覗かせている母親に視線を移す山田。その表情に驚く。

来客を真似た母の顔は半目で微笑。そして、少しだけ呆れたような仕草。

山田に電流が走る。その表情をした人物こそ彼が待ちわびた相手なのだ。

 

 

 

「そ、それはいかんでゴザル!すぐにお通ししてくだされマイマザー!」

 

「あらいいの?部屋にいきなり通しちゃっても。母さん知らないわよ?」

 

「大丈夫でゴザルよ!この程度の部屋で参る様な鍛え方はしておらぬ!」

 

「鍛え……???まぁ、次郎がそこまで言うなら一応上げちゃうけど。」

 

 

 

彼の家を知る人物は少ない。クラスメイトに到っては誰一人知らない筈。

映研ですら2人しか知らないという秘密主義ぶりだ。一人は近所の阿形。

そしてもう一人は、半目で薄笑いがトレードマークの髪の長い中核人物。

 

階段を上がる足音が段々と大きくなる。山田は目を輝かせ扉の前に立つ。

そして部屋の扉が開くや否や、大袈裟に腕を開き満面の笑みで出迎えた。

 

 

 

「良く来てくれた二宮くん!話したかった事がたくさんあるんだよ俺!」

 

「旧姓で歓迎されちゃうとは思わなかった。会いたかったわ山田クン。」

 

 

 

硬直して動きを止める山田くん。目の前に居るのは確かに半目の微笑だ。

だが、そこには彼の待っていた相手ではなく、ごく最近会った彼の仇敵。

ポロシャツとデニムパンツで大きな麦藁帽を手に持った田中双葉である。

 

 

 

「な、なぜ田中双葉がここに!我が秘密要塞は教えていない筈なのに!」

 

「まぁね。でもジュンに聞いたら教えたわよ?秘密って言っといたの?」

 

「……ならば聞こう!ここに現れた理由を!返答次第では一戦交える!」

 

「大袈裟ねえ。受験生同士なんだし一緒に勉強しようと思って来たの。」

 

 

 

確かに山田の前にいる田中双葉はその肩に学生用のバッグを抱えている。

ゆっくりバッグを開くと、そこには問題集やノートなどが詰まっていた。

理由としては至極真っ当。そして侵略戦争の口実には程遠い物ばかりだ。

 

 

 

「阿形さんから伝言よ。『映研の伝統が留年とか困りますから』って。」

 

「う、うむむむむむ!ならば仕方がない!図書館にでも行くとするか!」

 

「駄目よ。図書館って改装中なのよ?確かピンク色に塗り替えるって。」

 

「ピンクに塗装?!ま、マジか!写真とっておけばよかったああああ!」

 

「山田クンがそんなにピンク好きだったと思わなかった。意外だわね。」

 

 

 

もし写真を撮っておけば、あと3日くらいは映研に行けたかもしれない。

もっとも、改装中の図書館は閉鎖されてると言われては終わりなのだが。

 

双葉は極めて自然に山田の前を通り抜け、さっさと部屋の中央に向かう。

彼が今まで勉強していたガラステーブルの脇へ、チョコンと腰を掛ける。

 

 

 

「へー、世界史か。ちょーどよかったわ。私、歴史系統苦手なのよね。」

 

「美術部長は多摩美の学校推薦枠が使えるだろが。なんで今更勉強を?」

 

「あー、去年お姉ちゃんが受かっときながら蹴っちゃってさ、枠消失。」

 

 

 

田中双葉の姉は田中一葉と言い、現在は新進気鋭のイラストレーターだ。

そんな彼女が卒業直前になって『進学しない』と言い出し騒ぎになった。

進学校ではないにしても推薦枠は学校にとって重要だったが、後の祭り。

 

多摩美とは多摩川美術大学の略称で、芸術系大学では中堅クラスである。

美大は学科と実技の両面で受験を行う為に、一般入試では意外と難関だ。

 

 

 

「鈴木先輩もあの件にはビックリしていたな。『ワケわからん』って。」

 

「私は理由は知ってるんだけどさ、ちょっとここでは言い辛いのよね。」

 

「無理に聞く事はしない。家族の秘密を詮索する様な趣味はないしな。」

 

 

 

双葉は山田のスペースの隣に参考書を広げて、部屋に橋頭堡を確保した。

雑談に終始するなら追い出そうと思っていた山田には少々意外であった。

多少あきれ顔になりつつも、そんな彼女の前であぐらをかいて座り込む。

 

 

 

「言っとくがこの部屋はエターナルヒートブリザード。婦女子は死ぬ。」

 

「暑い吹雪って何とかなりそうな気がするけど、確かにキツいわよね。」

 

「そうだろう?二宮くんだったらいざ知らず、君のように軟弱者が……」

 

「部長たる者、不可能を可能に、可能を絶対にする存在だったりして。」

 

 

 

この金言は彼女の創作ではない。前部長である鈴木一浪氏の格言である。

それを彼女の口から聞かされた後に反論ができる山田次郎ではなかった。

 

やがて二人は会話をやめ、参考書をめくりつつノートに書き写していく。

シャープペンシルの音が響く室内。電化製品も無く非常に静かであった。

そこで不意に扉をノックする音が部屋に響き、びくりと背を伸ばす山田。

 

 

 

「次郎ちゃん、お菓子と飲み物を持ってきたわ。開けてもいいかしら?」

 

「いや、気にせずともいつもどおり開けて良いでゴザルよマイマザー。」

 

「そう?今開けてお友達の方も大丈夫かしら?服とか直さないで平気?」

 

「???大丈夫に決まっているでゴザル。服とお菓子に何か関係でも?」

 

 

 

ゆっくり扉が開き、顔を中に差し入れる山田の母君。そして双葉を見る。

二人が向かい合って座っているのを見つけ、安堵の表情を浮かべている。

その手にはジュースと菓子の乗ったおぼんがあり、入り口の傍に置いた。

 

 

 

「次郎ちゃん、何か足りないものとかある?買いに行ってあげるわよ?」

 

「大丈夫でゴザルよマイマザー。勉強するだけ故、特にないでゴザル。」

 

「次郎ちゃん、ちゃんと準備してる?そういうのって男の子の義務よ?」

 

「?????準備なら彼女も自分で持ち込んでるでゴザルよ?????」

 

 

 

母の言葉に訳がわからぬまま扉を閉める山田くん。しかし鍵はかけない。

もちろん施錠設備はこの部屋にもあった。しかし使う事はごく稀である。

彼は特に家族への不満もなく、反抗期すら経験をしていないからである。

 

そんなやりとりを見ていた田中双葉が、クスクスと声を殺し笑っていた。

 

 

 

「な、なんだ?!失礼だぞ田中双葉!他人の家族を笑うとは無礼千万!」

 

「お母様、きっと山田クンが女連れ込んでエッチしてると思ってるわ。」

 

「何を馬鹿な。当家の智将たるマイマザーに限ってそのような事が……」

 

「賭けてもいいわ。次はきっとお父様が顔を出すわよ。ほぼ確実にね。」

 

 

 

そして彼女の予言どおり、今度はノックも無しに父親が顔を出してきた。

 

これには山田くんもさすがに焦り、ドアまで歩み寄って押し返し始める。

しかし父は退散しなかった。山田の父はガタイも大きく筋力も相当ある。

文科系で衰えてしまった彼では、押し返すのは物理的に不可能であった。

 

 

 

「か、菓子と飲み物だったら間に合っているでゴザルよマイファザー!」

 

「安心しろ。これから母さんと買物に行ってくるって報告だけだから。」

 

「そうでゴザったか!かたじけない!しかし、勉強ゆえ歓待は不要……」

 

「いや、普通に家の買物だ。しばらく帰らん。だから家は好きに使え。」

 

 

 

そしてやはり覗き込む山田父。少々気恥ずかしくなって息子は父を押す。

いくらやっても押し返せない息子をよそに、父は息子の来客を観察する。

視線に気づいた双葉は精一杯の笑顔で覗き込んでいる男に微笑みかける。

 

 

 

「……台所でも風呂でも好きに使え。勢いで汚しても一向に構わんぞ。」

 

「いや、勉強をするのに台所や風呂なぞはぜったい使わんでゴザルが。」

 

「父さんは初めての時につかったぞ。次郎も俺の子、絶対気に入るぞ。」

 

「????勉強で、でゴザルか。マイファザーは意外と苦労人ナリな。」

 

 

 

部屋の中の双葉に手を振りながら去っていく父。結局押し切れなかった。

屈託のない笑顔の山田父に双葉もニコヤカに手を振りながら答えていた。

そして疲れ果てたような表情で肩をもみつつ部屋に戻っていく山田くん。

 

 

 

「マイファザーたちが買物でしばらく帰らんそうだ。部屋を変えるか。」

 

「別にこの部屋でも私はいいけど?それとも見られて困る物でもある?」

 

「十分にある。ここは最終防衛ラインだ。極秘事項が山の様にだな……」

 

 

 

視線を戻すと彼女は手に本を持っていた。それを見た山田の顔は蒼白だ。

彼とて男の子である。全く女子に興味がないという不健全さは無かった。

薄い本と呼ばれる冊子。第80回コミックケツァルコアトルの刊行物だ。

 

表紙には、某ロボットアニメのヒロインであるメガネをかけた少女の裸。

 

 

 

「き、貴様ァッ!部屋を物色するとは!盗賊か!大盗賊か!智多星か!」

 

「別に盗みはしないわよ。それに梁山泊って確か盗賊じゃないはずよ?」

 

「まぁそこについては諸説あるがな……って!それは渡してもらおう!」

 

「これならガーさんの本を買えばよかったのに。ゼオライガー本だし。」

 

「す、鈴木先輩が同人誌を?だってあの人は今受験生だぞ?本当か?!」

 

「間違いないわ。お姉ちゃんの部屋にあったし。……知らなかったの?」

 

 

 

ここで山田次郎は致命的なミスを犯す。彼はカタログを出してしまった。

絵を描く人間がコミケカタログを出す、それは脱線の合図なのであった。

ぺらぺらとページを捲る双葉。そして、固唾を呑んで見守っている山田。

 

 

 

「ほらコレ。『ガンジーも女装を着けて嬲るレベル』ってサークルね。」

 

「うわ、た、確かにコレは、紛う事無く鈴木先輩の絵だ。間違いない。」

 

「砂吐くほどラブい前段で半分使ってて、エロは少なめだったけどね。」

 

「ますます鈴木先輩に間違いない。先輩は直球エロ大嫌いだったしな。」

 

 

 

鈴木一浪は部活に関しては真面目で剛直だが、性格は若干ヒネクレ者だ。

古いアニメを模写したり、そうかと思えば人気漫画も模写したりする男。

 

彼が題材にしたゼオライガーとは古いエロ漫画のアニメ化された作品だ。

しかしアニメ化した際にエロ要素を完全に抜いたという作品なのである。

彼はそこからまたアニメ用のデザインでエロを描き起こしたのであった。

 

 

 

「先輩の父親は凄く厳しい人の筈なんだが、本当に大丈夫なのかな……」

 

「あー、うん、そうね、ガーさんちも色々大変なのかもしれないわね。」

 

「大変なんてもんじゃないぞ。鈴木先輩のお父さんって確か官僚だし。」

 

 

 

そして手元のノートに鈴木一浪のサークルカット絵を模写し始める山田。

流石の直弟子、寸分違わぬ所か見えない部分すら補完して全体像を描く。

双葉は感心しながら自分も模写を試みてみるが、やはり微妙に線が違う。

 

 

 

「ねえ、このカットちょっと良くない?山田クンってさ、コレ描ける?」

 

「あー、これはユナイテッドスネイクだろ?一回だけ練習した事ある。」

 

 

 

更に脱線を始める山田氏と双葉嬢。もうこうなると軌道修正は不可能だ。

二人は受験生という立場を忘れて、漫画求道者として没頭してしまった。

 

 

 

 

 

 

 

一方、部活に顔を出さない3人組のうち、三狩屋太一は既に動いていた。

立川の繁華街から少し外れた人気のないカラオケボックスの一室に居た。

彼以外には少し強面のガタイの良い作業着の少年が8人程集まっていた。

 

 

 

「三の隊全員集合って事はまた地味な仕事なんスね?三狩屋センパイ。」

 

「俺はイチと違って喧嘩は好きじゃねえし。裏方が性に向いてんだよ。」

 

「うへ、そういうのは相手の顎を砕かない人が言うセリフッスけどね。」

 

 

 

奥まった席で脚を組んで腰掛ける三狩屋。隊員達はきちんと座っている。

薄暗いボックス内は歌われている気配も無く画面にもデモ映像ばかりだ。

テーブルには飲み物が人数分置かれてはいるが、食べ物などは一切ない。

 

 

 

「で、イチをハメようって命知らずがいるらしい。そいつを探しだす。」

 

「マジすか?!あのヒト敵に回すなんて今時ヤクザだってしないスよ?」

 

「だな。つまり今度のマトは俺らみたいな連中じゃねえってこったな。」

 

 

 

メモを取っている三の隊の面々。ちなみに三の隊とは三狩屋直属隊の事。

以前映研に入部し辞めてしまった一人も、ここにいるメンバーの一人だ。

実は『一の隊』『二の隊』『三の隊』それぞれ一人づつ入部をしていた。

 

そして榎本くんは一の隊出身と思われるかもしれないが、実は違うのだ。

イチニノサンの親衛隊として3人全ての護衛を任されていた重職だった。

もちろん現在はイチニノサン親衛隊から宇佐美親衛隊へと異動している。

 

 

 

「ヒントは少ししかねえから、ちゃんと聞いとけよオメーラ。まず……」

 

 

 

ヒント1:一之瀬の喧嘩を撮る事が目的だった(二宮は不要だった)

ヒント2:チーム『三年暴組』の集会に来ていた(写真からの推測)

ヒント3:一之瀬の旅行予定をある程度知っていた(宿泊場所以外)

 

 

 

「オメーラに頼みたいのはこの『2』の部分だ。ちと遠出になるがな。」

 

「確か三人で潰したんスよねソコ?だったら表出てこねぇッスよ多分。」

 

「大丈夫、俺らのやる事に一切隙はねえよ。特にこのサンタくんはな。」

 

 

 

プリントアウトされた写真の束が8つほど、彼らの前に放り投げられた。

その束を解くと、土下座をした金髪少年らが免許証と一緒に写っていた。

 

 

 

「言っとくがコイツラじゃねえ。持ち物はパンツも全部燃やしたしな。」

 

「相変わらずエゲツネエっスね……そうすっと、一体誰を探すんスか?」

 

「この集会に来てて途中で逃げた奴、もしくは、見学に来てた奴だな。」

 

「それマジすか?!普通の集会でも見物人って無茶苦茶いるんスけど?」

 

「……三の隊のチャームポイントは、俺の言うとおりに動くって所だ。」

 

 

 

組んだ足を高く上げる三狩屋。そして打撃音と共にテーブルへ落下した。

その靴先からは刃渡り5cmほどのナイフが飛び出し、鈍く光っている。

三の隊のメンバーは、その靴先を見て一斉に屹立して腕を後ろに組んだ。

 

 

 

「ウーッス!三の隊心得イチ!三狩屋センパイには絶対服従たるべし!」

 

「ウーッス!三の隊心得ニイ!三狩屋センパイへのご報告は完了のみ!」

 

「ウーッス!三の隊心得サン!三狩屋センパイからの命令は疑わない!」

 

「忘れて無くて良かったわ。新しい隊員選ぶのって結構大変なんだぜ?」

 

 

 

顎を左右に動かしつつ配下に視線を送る。8人はその視線を受け止めた。

そして我先にと飛び出していき三狩屋だけがカラオケボックスに残った。

そしてテーブルの上にあるプラスチック板を手に取り溜息をつく三狩屋。

 

 

 

「カラオケボックスの領収書は……映研の経費じゃ清算は無理だよな。」

 

 

 

足元にあった小金庫を開けようとする手を止め、黒い財布を取り出した。

中身を覗きこみ再度溜息をつく。財布とは別にカード入れも出す三狩屋。

そして机の上にバラバラと中身を並べだし、何かを必死に計算している。

 

 

 

「割引チケット使ってギリかよ。くそ、ニノでも連れてくんだったな。」

 

 

 

この三狩屋という少年は、他の二年二人に比べてお金持ちではないのだ。

昔は『カンパ』でけっこう金回りは良かった様なのだが今は違うらしい。

清く正しいサンタくんは今日も賢く質素に節約生活して凌いでいるのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ちなみに、そんなお金持ちの他の二人は何をしてるのか、というと……

 

 

 

「イチ、コレ本当にそんなに面白いか?ただの作業ゲーじゃねえのか?」

 

「馬鹿だなニノ!流行ってんだってばよアルテマオンライン!マジで!」

 

 

 

外出できない一之瀬は紆余曲折の末、なんとネットゲームに嵌っていた。

そして何か楽しみを見つける度に彼は決まって二宮を誘って一緒に遊ぶ。

一之瀬と二宮は幼稚園よりも前からの知り合いであり、遊び仲間である。

 

ちなみに『アルテマオンライン』とは稼動から10年という老舗MMO。

可愛いグラフィックに定評がある女性向けの低難易度型ネットゲームだ。

 

 

 

「お、何か親切な奴がギルド入れてくれるって!入ってみようぜニノ!」

 

「お前どこまでやりこむつもりなんだよイチ。暇つぶしじゃねえのか?」

 

「『そんなことよりも』だって!面白え名前!きっと面白えヤツだぜ!」

 

 

 

一之瀬はキャラ名『絶対超無敵豪快丸』、ゴリラ風のムキムキ男剣士だ。

二宮はキャラ名『姫宮アンジェリカ』、清楚で髪の長い回復型女司祭だ。

2人がパーティプレイで遊んでいる所で『面白え名前』が勧誘したのだ。

 

 

 

【そんなことよりも:お二人さん可愛い!ギルドには女の子もいるよ?】

 

【姫宮アンジェリカ:えーどうしよっかー。別に二人だけでいいしね。】

 

【絶対超無敵豪快丸:いいから入ろうぜ?レベルが低くてもいいのか?】

 

【そんなことよりも:大丈夫、ギルド装備あるからすぐに上がるって!】

 

 

 

一之瀬らのゲーム画面の向こう側では太った中年がニヤニヤ笑っていた。

その脇では前歯が欠けている少女が物憂げにパソコンの操作をしていた。

ただしその少女の画面は少し変でゲーム画面の上に別画面が開いている。

 

悪戦苦闘しながら、少女はその別画面のボタンをせっせと操作している。

 

 

 

「いい加減にしろよグズ!botプログラムってクソ高いんだからな!」

 

「ご、ごめんなさい……本当にごめんなさい……ちゃんとやります……」

 

「それより久々にゲームさせてやる。この姫宮って奴フォローしとけ。」

 

「あ、あの、ログインしてもいいの?私のキャラってまだ残ってたの?」

 

「名前目立って垢売りできねえんだよ。それより奴の情報を引き出せ。」

 

 

 

botとは自動操作プログラムの通称で、経験値重視ゲームで使われる。

だがネットゲームでは公平を期する為とサーバー保持の為に禁止である。

だがそれだけ使用効果が高いとの評判もあって高値で取引がされている。

 

そして垢売りとはアカウント販売の略であり、キャラクター販売の事だ。

bot等で不正に促成栽培された強いキャラクター直接を取引するのだ。

もちろんbotで作成されたと判ればアカウントは即凍結されるのだが。

 

 

 

「オイ!返事しろよ!楽しい写真展でアフィ立ち上げてもいいんだぞ!」

 

「写真もう返してくれるんでしょ?!この前、そう言ってたじゃない!」

 

「うるせえクズ!ウリも嫌だ泡踊りも嫌だじゃ通んねえんだよバシタ!」

 

 

 

何の躊躇も無く男の平手が少女の頬に炸裂し、その首が90度近く回る。

そして彼女は震えながら泣き出す。だがそこまで。それ以上反抗しない。

平手を打った男の胸元には、黒と緑を基調とした絵が肌に描かれていた。

 

 

 

「いいか、この『姫』は女だ。この女が金蔓になりゃ見逃してもいい。」

 

 

 

耳元でそう囁く太った中年男。そして舌が耳朶や耳孔にヌラヌラと這う。

数え切れぬほど少女に繰り返されてきた行為。そして常に嘘だった約束。

この男は決して獲物を手放したりしない。しかし彼女には選択肢が無い。

 

 

 

【豪炎寺流星龍覇撃:にぎやかだね新人さんwギルドの育成担当だよw】

 

【絶対超無敵豪快丸:スゲエ強そうな名前!それに装備もギラギラだ!】

 

【姫宮アンジェリカ:よろしくお願いします。まだ始めたばっかりで。】

 

【豪炎寺流星龍覇撃:ゲームなんだし楽しもwゆっくりでいいからさw】

 

【絶対超無敵豪快丸:それよりギルド装備って何だ?カッコイイのか?】

 

【豪炎寺流星龍覇撃:てきとうな装備だけどねwまずアジトに行こうw】

 

 

 

そして画面のこちら側。そこでは一之瀬が文句を言いながら暴れていた。

勝手に誘っておいて勝手にキレてしまうあたりがいかにも一之瀬らしい。

二宮は心中で一之瀬に苦笑しながら、育成担当のチャットを眺めていた。

 

 

 

「だいたい何だよ!カッコイイかって俺聞いてるのにテキトウってよ!」

 

「イチの言い分も判る。テキトウな格好良さって意味が通らんかもな。」

 

「いきなり『ゲームなんだし』とか言うし!そんなの俺も判ってるよ!」

 

「大して喋ってもいないのに『にぎやか』ってのも変だよな……んん?」

 

 

 

チャット画面を更に注視する二宮。指で何度か画面を押さえ首を傾げる。

そこで一之瀬は不意に荒げていた声を収めて二宮の動向を見守り始める。

隣の男が妙な行動を取る時には何か意味があるのだと知っているからだ。

 

 

 

【豪炎寺流星龍覇撃:あたし達のアジトがココwけっこうイイでしょ?】

 

【姫宮アンジェリカ:よさげな場所だね。青と黒の壁がシックだしね。】

 

【豪炎寺流星龍覇撃:ブルー最高だよねwキャラも青装備が好きだしw】

 

【姫宮アンジェリカ:めっちゃブルー押しだね。ところでココ会費は?】

 

【豪炎寺流星龍覇撃:なしw会費なんて無いですw誰でもウェルカムw】

 

【姫宮アンジェリカ:てきとうな装備っていっても安くないんでしょ?】

 

【豪炎寺流星龍覇撃:イヤイヤw高いのあげてたら破産しちゃうってw】

 

【姫宮アンジェリカ:マジで安い装備だったら入るの考えちゃうなー。】

 

【豪炎寺流星龍覇撃:よしてよwここで帰られたら全部私のせいだしw】

 

【姫宮アンジェリカ:素敵な装備をくれるんだったら内緒にしとくね。】

 

 

 

 

半目の微笑を浮かべつつ二宮は育成係とのチャットに夢中になっていた。

ただ一之瀬はその画面を眺めてチグハグさに困惑の表情を浮かべていた。

確かにぱっと見では普通の会話にしか見えない。しかし違和感を感じる。

 

 

 

「おかしくねーかニノ?お前らさ、本気で会話する気ねーんじゃねえ?」

 

「良く判ったな。これ一文字目の縦読みだぜ。面白い事になりそうだ。」

 

 

 

『に』『ゲ』『て』『あ』『ブ』『な』『イ』『よ』と彼女は打ちこむ。

それに対して二宮は『よ』『め』『て』『マ』『素』と返事をしていた。

逃げろと警告をする画面の向こう側に向かって二宮は理解を伝えたのだ。

 

だが、それで二宮がすごすごと逃げるのかといえば、それはまた別な話。

更に二宮は独特の嗅覚で相手の正体を知る。こいつは女に違いない、と。

山田が危機を感じられるのと同じ様に、二宮も女性の気配を感じられる。

 

山田が小指によって能力を発揮する様に二宮は生殖器で能力を発揮する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その頃、映研の夏の活動は事件によって一年のみで行われる事になった。

アニメ班は旅行により阿形と石川の結束も固まって全く問題がなかった。

問題なのは榎本と宇佐美の実写班。二宮が全く資料を残してないからだ。

 

 

 

「とりあえず何かしないとねー。二宮センパイからは何か聞いてるー?」

 

「……え?!……いや、全部センパイに任せっきりだったんだよな……」

 

「だと思ったー。榎本くんさー、ちょっとセンパイに甘えすぎだねー。」

 

「……かもしれねーな。何かってーとあの人らが全部すませちまうし。」

 

 

 

夏の旅行から戻った宇佐美と榎本は、前に比べて良く話すようになった。

もちろん衝撃的な事件が有ったからでもあり、衝撃的な既成事実もあり。

しかしそれ以上に、榎本は宇佐美の芯の強さに惹かれていっているのだ。

 

 

 

「最悪、二人だけで映画作らないとなんだよねー。どうしよっかねー。」

 

「じゃあな、俺が悪の大王役をやっからよ、宇佐美をヒーローにさ……」

 

「それは無理があるかなー。二宮センパイの作った衣装、アレだよー?」

 

 

 

二宮は旅行に行く前に、榎本と宇佐美のデザインと衣装を作ってあった。

ハイレグレオタードの刺々しい武器装飾の女幹部。当然、宇佐美が着る。

そして確実にロボット警官を意識したヘルメットも既に完成されていた。

 

露出が多すぎると文句をいう榎本に宇佐美は『カワイイね』の一点張り。

 

 

 

「このままじゃ衣装だけで撮ることになんぞ。二人だけ出る映画かよ。」

 

「それいいかもー。ロボットと女幹部の愛の物語とかやってみよーか。」

 

「あ、愛ってありえねーだろ!あ、いや、その、話的にあわねえって。」

 

 

 

「(石川ちゃん、榎本なんか変だよね?宇佐美ちゃんに凄い素直だし)」

 

「(――支配されてる、間違いなく。榎本くんも、ナニかされたのよ)」

 

「(また?!まさか榎本もピンクのパンツはかされてちゃってるの?)」

 

「(――たぶん違う。もっと何か、物凄いテクノロジーを使ってるわ)」

 

 

 

顔を寄せあい噂話に花を咲かせる石川と阿形。もちろん想像でしかない。

石川嬢の予想が当らずとも遠からずであるとは二人に走る由もなかった。

だがそれは『テクノロジー』でなく『テクニック』なのかもしれないが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

山田邸ではガラス机から漫画の求道者は去り、再び受験生が戻ってきた。

そして日差しは天頂から更に傾き、時刻は午後2時。今夏最大の気温だ。

山田くんは西日に朦朧としながらも隣の双葉さんへと教導を続けていた。

 

 

 

「いいか、世界史っていうのは比率は西高東低だ。だから山は張れる。」

 

「……そうね。」

 

「特に西洋近代史は山の中では非常に高めだ。ここを外すのは論外だ。」

 

「……そうね。」

 

「現代史は逆に外していく。歴史が近くイデオロギーに関わるからだ。」

 

「………そう。」

 

「ただベルリンの壁と共産国の崩壊は出題率が高いから注意が必要だ。」

 

「…………う。」

 

「それとだな……聞いてるのか田中双葉。……どうしたんだよ、おい!」

 

 

 

ふと隣を見ると、双葉はガラステーブルに頬を押し付けてニヤけていた。

ただし、目は虚ろ。山田の方向を見据えてはいたが焦点が定まってない。

そんな双葉による妙な角度からの妙な視線に、山田は悪い予感がよぎる。

 

 

 

「……舌を出してみろ田中双葉。大きく口を開けてだぞ。できそうか?」

 

「なによ。べろちゅーしたいの?だったらやってあげてもイイけどね。」

 

「ああそうだ。貴様と舌を絡ませてキスがしたい。イイから早く出せ。」

 

 

 

いつもと似ている様で違う、少しトロンとした目で大きく口を開く双葉。

もちろん山田はそんな彼女の舌を吸うわけではなく、指で触りはじめた。

そして顔の横に置かれている右手の爪をぐっと押しこんで、そして離す。

 

 

 

「なんつーめんどくさいコトだ!熱中症になってるじゃないか田中双葉!」

 

「そんなの今まで罹ったことないって。山田クンの気のせいじゃないの?」

 

「ええい、とにかくこの部屋を出る!……すまないが、体、触るからな。」

 

 

 

グッタリしている双葉は意外と重かった。その理由を山田は知っている。

体の力が抜けきっている人間は通常よりも重く感じてしまうものなのだ。

それは相手の為に重心をずらす事すら出来ないということに他ならない。

 

 

 

「山田クンのえっち。かわいい女の子のカラダ触りまくって満足かな?」

 

「俺はエッチだし満足だ。嫌なんだったらもうウチに来なければいい。」

 

「……嫌だったら今日だって来ないわよ。私も少し期待してたのかも。」

 

「とにかく応急処置して駄目なら救急車を呼ぶからな。俺を恨むなよ。」

 

「相手が弱ってるのをいい事に初めてを強引に奪うとか頼もしいわね。」

 

 

 

山田は彼女を胸元に抱えたまま、揺らさない様に台所へと降りていった。

台所とは直射日光も入らず夏場は空調無しでも充分涼しい部屋だからだ。

そこで彼は床に彼女を寝かせ、履いていた短い靴下をまず脱がせていく。

 

 

 

「靴下も好きなんだ山田クン?フェチが過ぎるわね、私の旦那様って。」

 

「あーはいはい、これ使って抜かせてもらう。これで満足か田中双葉。」

 

「じゃあ山田クンのも頂戴ね。そしたら私もご自愛メソッドするから。」

 

「いつにも増して品が無いな貴様。だが気を失わないでくれればいい。」

 

 

 

今度は流し台にあった食器用の布巾を水に浸たして、彼女の首へと巻く。

さらに先ほどの靴下も同様に濡らし、今度は彼女の両脇へと挟みこんだ。

そして最後に彼女のデニムパンツからベルトを抜いて、一気に脱がした。

 

 

 

「山田クン、私、初めての時は辛くても顔を見ながらがいいんだけど。」

 

「大丈夫だ、俺も裏返す趣味はない。脚を少し上げるが気にするなよ。」

 

「いいわよ、好きにしちゃって。せっかく積極的になってくれてるし。」

 

 

 

双葉の下半身はお気に入りのダークグレーのショーツのみとなっていた。

そして上半身のシャツもタオルと靴下により濡れて下着が透けて見える。

山田はそんな光景には目も奪われず足首を両脇に抱えて少し持ち上げる。

 

しかし性交渉をする為に準備をしている訳ではない。別な意図があった。

これらは熱中症の応急処置である。涼しい場所に寝かせて体温を下げる。

首元に濡れた布、脇に濡れた布、足を上げて少し持ち上げる行為全てだ。

 

どれも動脈の熱を抑えて頭部をクールダウンさせる事を目的としている。

 

 

 

「少し楽になったか田中双葉?これで駄目なら119だ。正直に言え。」

 

「さっきからもう楽になってるわよ。だから最初くらい優しくしてね?」

 

「……本当か?本当に楽なんだな?大事に至らんで本当に良かった……」

 

 

 

流石に気が抜けたのか脚を小脇に抱えたまま前に倒れこんでしまう山田。

ちょうど彼の頭が彼女のおへその辺りに着地し、安堵の表情を浮かべた。

 

そして山田くんが熱中症の応急対処が出来たのにはもちろん理由がある。

彼は中学時代に男子テニス部にいたが、地道な練習は大の苦手であった。

しかし3年になり、単に籍を置くだけの幽霊部員は部活的に問題である。

 

そして彼は特例で男子でありながらマネージャーに就任をしたのだった。

 

 

 

「ねえ、けっこう今の山田クンはカッコイイって気がするわ。本当よ?」

 

「それは気のせいだろう。からかいが過ぎると俺だって本気で襲うぞ。」

 

「だからー、今がそのタイミングだって言ってるの。判らないかなー。」

 

「ちーとも判らん!弱ってる女を強姦とかどんだけ鬼畜なんだよ俺は!」

 

「なんでそこで看病してて愛が芽生えたって言えないのかな山田クン。」

 

 

 

双葉の表情は馬鹿にした様な微笑では無い。伏目がちの柔らかい笑顔だ。

そんな優しげな視線に吸い寄せられる様に、山田の顔は近寄っていった。

折り曲げられた脚の角度は次第に上がっていき二人の顔が近づいていく。

 

そして……

 

 

 

「帰ったぞ次郎!気を利かせて大声で宣言してから父さん入るからな!」

 

「え?」

 

「え?」

 

 

 

山田家の構造は非常にシンプルである。玄関先に吹き抜けと階段がある。

吹き抜けには扉が据え付けられており、キッチン兼リビングへと繋がる。

山田くんのお父さんは大声を出しながら階段を無視してリビングに到達。

 

二人が重なっている部屋、すなわち台所の扉を勢い良く開けてしまった。

 

 

 

「……。」

 

「……。」

 

「……。」

 

「……。」

 

 

 

無言のままで見つめあう、山田父、山田母、山田本人、山田嫁(自称)。

山田くんは田中さんの足を持ち上げて脚の間に体を差し込んでいる状態。

更に言えば、覆いかぶさる様な体勢で双葉の顔に向かい最接近していた。

 

ちなみに双葉の格好はといえば、下半身はショーツのみ。更に透けブラ。

乱暴に脱がされたのだと判るデニムパンツがポツンと脇に置かれていた。

 

 

 

「……お嬢さん、一応聞いておくが、この行為は、合意の上ですかな?」

 

「……もちろんです。でも、その、山田クンてけっこう激しいので……」

 

「ちょ、おま、テキトウ吹くな!全くの事実無根でゴザルよファザー!」

 

「……次郎、お母さんは貴方を信じてますからね。大丈夫、なのよね?」

 

「おおー!流石は大賢者たるマイマザー!もちろん大丈夫でゴザルよ!」

 

「……良かったわ。ちゃんと付けて出来たのね。お母さんは嬉しいわ。」

 

「つ、付けるって?!何を言ってるでゴザルか?!信じてくだされー!」

 

 

 

 

 

 

夏は暑い。茹で上がった脳細胞では規範意識もたやすく崩壊してしまう。

ちょっとしたことがきっかけでも重大な事故が起きたりするものなのだ。

山田くんの暴走により双葉さんが性の捌け口にされても仕方がないのだ。

 

 

 

 

「世界に悪意を感じる!無実だ!冤罪だ!清廉潔白なのでゴザルよー!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

つづく。

 




夏が終わりませんが仕方ありません。夏休みとは学生にとって最重要です。

榎本くんに比べ何故か冷遇されがちな山田くんと思われるかもしれません。
主人公の寸止めは鉄板演出です。宇宙の法則です。もう仕方がないのです。

そして一之瀬くん達は、何か妙な事件に頭を突っ込み始めてしまいました。
そして三狩屋くんだけが、ある意味真面目に映研のために動いております。
榎本くんと宇佐美さんのリア充コンビはもう、爆発するまでイチャラブで。

冬までに夏が終わるといいですね……
では次の話でまたお会いしましょう。

ではではw
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