究極大英雄の山田次郎かく闘えり!   作:うぃっちべーす

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第二十二話『山田くん告白を拒絶す』

 

臨時部室である山田邸の空き部屋で活動を再開して一週間が過ぎていた。

映研部の第三次改造は、またも山田の目論見通りに効果を発揮していた。

特に顕著であったのが実写班。三狩屋の参入により一気に進捗が進んだ。

 

 

 

「ニノ、言われてたプラ板10枚揃えてあんぞ。あと何が要るんだよ。」

 

「あ、あー、ちょっと待てってサンタ。俺の腕は二本しかねえんだよ。」

 

「エノと姫の腕もあんじゃねえか。工程組んだのニノじゃねーのかよ?」

 

「わーってる、わーってるって!この二宮くんに全て任せとけってば!」

 

 

 

壁には部員の夏用ブレザーの上着がハンガーに掛けられてズラリと並ぶ。

9月も後半とはいえまだまだ暑い。エアコンも付いているが人数が多い。

山田父が寄贈した低いテーブルは二つ。実写班用とアニメ班用であった。

 

アニメ班用のテーブルには阿形、石川、尾崎が三方に向かい合っていた。

そして実写班テーブルには二宮と三狩屋が並び、向かいに榎本と宇佐美。

特に実写班用の机の上には工具と造形物が並ぶ。その中心に二宮がいる。

 

二宮は三狩屋に急かされ、サボっていた時間を急速に取戻しつつあった。

 

 

 

「石川さん手が遅くなってますよ。それとも速描模写は未経験ですか?」

 

「――大丈夫。ただ、山田先輩は正確に描けば書き直すより速いって。」

 

「可愛がられてますね。でも部長さん驚かせたいんじゃないんですか?」

 

「山田センパイ、あたしには何も言わないけど。見捨てられちゃった?」

 

「阿形さんには私も何も言いません。持ち味が無くなっちゃいますし。」

 

「あたしもっとスパルタでも頑張れるけど?そんなに弱そうに見える?」

 

「では今までどおり動画を描いてください。それが一番スパルタです。」

 

 

 

以前は山田を中心としていたアニメ班だったが今は尾崎が仕切っている。

立場的にも最高責任者の一之瀬氏の補佐なので問題は無いし意欲も高い。

それ以上に、彼女に非常に高いスキルがある事を二人は思い知ったのだ。

 

尾崎は思春期にありがちな親への反発を持て余して数年を過ごしていた。

親戚に罪は無く、味方になってくれている事は彼女にも判っていたのだ。

ゲームに没頭するまでは尾崎は自立を模索し、人生目標に漫画を選んだ。

 

真剣に漫画に打ち込んだ期間なら、現在の映研の誰よりも長いのである。

 

 

 

「――尾崎さん、このアップの振り向きが巧くいかない。なんでかな。」

 

「無理に球面から顔の組み立てるからです。設定を良く見てください。」

 

「山田センパイから渡された設定ってさ、そこまで描いてあったかな?」

 

「部長さん凄い几帳面です。ほら、顔アップの角度が15度づつです。」

 

「――ほんとだ。毎日見てた筈なのに見落としてた。ごめん尾崎さん。」

 

「ただ写すだけじゃ駄目ですよ?そのシーンは5度角づつで回ります。」

 

 

 

尾崎にアニメの経験は無い。しかし彼女は先週よりかなり研究していた。

それは無論一之瀬の為だ。自分の頑張りが一之瀬の為になるからである。

一之瀬家での役割をこなしつつ、夜遅くまでアニメ製作も研鑽していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ちなみに尾崎の一之瀬家での役割とは何か。それは実は既に多岐に及ぶ。

親戚の家でお客様待遇だった彼女をもってしても一之瀬家は悲惨だった。

 

まず洗濯はしない。週に一度、父親がクリーニング屋に袋で渡していた。

そして料理はしない。基本的にケータリングか外食。お弁当は作らない。

一之瀬家には母親がいない。父親は警察官僚で多忙だ。仕方がないのだ。

 

 

 

「あの、お父さま、よかったら、洗濯くらいはわたしがやりますけど?」

 

「……君をそんな為に呼んだ訳ではない。気遣いは無用だ、尾崎くん。」

 

「いえ!やらせてください!お役に立ちたいんです!おねがいします!」

 

 

 

尾崎は未経験ながらも洗濯機を回し、洗濯物を干し、そして料理を作る。

 

数年来不在だった家の守り手に父と息子は諸手を挙げて感心し感謝する。

出来がどうのというレベルではなかった。やるだけで彼女は褒められる。

こうして彼女は想い人に喜ばれることを噛み締めながら仕事を増やした。

 

炊事、洗濯、掃除、布団干し、ありとあらゆる家事が一之瀬家では必要。

そして彼女はその必要とされていながら足りなかった部分に手をつけた。

何をしても素直に喜び褒めてくれる一之瀬雄大の無邪気な笑顔を見つつ。

 

 

 

「くそー、イチの彼女なら実写班だと思ったんだがな。センパイめー。」

 

「妥当だろ。向こうは作業のワリに手が少ないしな。手を動かせニノ。」

 

「そんでこっちは小姑か。紅一点の姫はエノの女だし、やる気出ねー。」

 

「えへへ、大丈夫ですよー?なんだったらパンツでも見ちゃいますー?」

 

「や、やめとけって宇佐美!二宮センパイの女の武勇伝ハンパネエぞ!」

 

「おっとそこまでだエノ。お前が吹いて廻るせいで俺は女日照りだぞ。」

 

 

 

二宮の行っているのは、機械化人間の頭から頚にかけての造形であった。

その向かいでは、荒く組み上げた腕パーツの周囲を紙やすりで削る二人。

二人のやっているのは地味な作業だが重要だ。着用時の事故につながる。

二宮が作って、榎本と宇佐美が手で触っても傷つかないように仕上げる。

 

つまり二宮は二人に追いつかれないように二倍の速度で作る必要がある。

 

 

 

「スーツアクターはサンタで決まりな。アクションだらけにすっから。」

 

「いいぜ別に。言っとくがな、適当に作って壊れても俺知らんからな。」

 

「馬鹿言うなよサンタ。この二宮純さまが作るスーツに隙なんざねえ。」

 

 

 

流石は田中双葉の実の弟というべきなのだろう。言うだけのことはある。

何も見ずにやっているように見えるが実に精巧にプラ板を加工している。

彼の脳裏には三次元設計図が格納されており、その手順までも記入済だ。

 

そんな部活の活気あふれる状況に不自然さが残っている。山田の存在だ。

いつもならニコニコしながら眺めるであろう彼の姿がここには無いのだ。

 

では、彼は何処へ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

都立国立国分寺立川高校の放課後。部室がある部活は己が拠点で活動中。

普通は部外者は立ち入らないし、立ち入ろうとする気も普通は起きない。

しかしコンピューター文化研究部、通称コン研に招かれざる客が現れる。

 

 

 

「あのー、映研の山田です。あの、部長さんはいらっしゃいますかね。」

 

「おおー、山田氏か!おひさしブリーフ!確か去年の夏コミ以来ぞな!」

 

 

 

ボサボサ頭に大きな丸眼鏡の小男であるコン研の部長が彼の元に現れる。

彼と山田は、以前に東京湾岸で行われている同人漫画のイベントで会う。

しかも二人が並んでいたのは三国志を模した学園物巨乳漫画のH同人誌。

 

 

 

 

 

 

二人は4列の大行列で隣り合わせても互いを誰だか判らずに俯いていた。

さもありなん、周り中に似た人間がいる。数万人の山田くんがいるのだ。

だが偶然は彼らを引き合わせる。コン研部長の携帯が鳴ったのであった。

 

 

 

「おおー!完売ぞな!われらコッコダチは三国無双のツワモノぞなー!」

 

 

 

『コッコダチ』とは、国立国分寺立川高校の学生が使う自校の隠語読み。

地名の頭文字である『国』『国』『立』の音読みと訓読みの組み合わせ。

山田は自分の高校が嫌いではないので使わない。シニカルな学生向けだ。

 

 

 

「……あの、違ったらすみません、国立国分寺立川高校の方、ですか?」

 

「おおー?!誰かと思えば名物部長の山田氏か!はじめましてぞなー!」

 

 

 

山田くんは知らなかったが向こうは知っていた。彼は意外と有名なのだ。

鈴木部長と山田といえば学内を走り回ってカメラを回し続ける変人ペア。

キャスター付の椅子に座りカメラを構える鈴木、そしてそれを押す山田。

 

 

 

「君もやっぱりコッチ側だったぞな!何となくそんな気がしてたぞな!」

 

「あ、あははははは……内緒でお願いします。下級生には秘密なんで。」

 

「カミングアウトしないってツライぞな。その気持ち判りすぎるぞな。」

 

 

 

こうして山田とコン研部長は知り合った。列が終わった後も彼らは話す。

互いの戦利品を見せ合い相手の凄さを褒める、即売会特有のお付き合い。

ちなみに山田くんの戦利品は鈴木部長に指示されただけのオツカイだが。

 

 

 

 

 

 

そういう経緯もあって二人は面識があった。ある種の戦友だとも言える。

 

 

 

「一体どうしたぞな山田部長?もしや、CGアニメに興味が出たぞな?」

 

「あはは、我が部はアナログ一直線ですから。コンピュータ難しいし。」

 

 

 

大振りなコンピューターを前にし向かい合わせに座る山田とコン研部長。

 

俯きながらチラチラと視線を向ける山田に対し、部室の主は愛想がいい。

以前田中嬢が山田両親に言ったとおり山田くんの評価は文化部では高い。

特に製作発表をするタイプの部活にとっては映研の作品は一目置かれる。

 

 

 

「……で、実は、ちょっと問題があって、映研が部室を追われまして。」

 

「それ我輩も聞いたぞな。何でも映研の部室が郷研の部室になるとか。」

 

「あの、その、それで、相談なんですが、その、部室の隅っこでも……」

 

「それは無理ぞな。山田氏ならOKしたいが、君の後輩は怖すぎぞな。」

 

「いや!あの子達は確かに一見怖そうだけど、本当に根はいい奴らで!」

 

「コン研を甘く見ないでほしいぞな。特に二年の3人は無理すぎぞな。」

 

 

 

コン研部長はパソコンに向き直り、指先が別の生き物のように動き出す。

画面には次々と枠が現れ、6重枠になったあたりで大きな写真が現れる。

それは、以前に田中嬢が山田くんと歓談したときに出した写真であった。

 

一之瀬、二宮、三狩屋が中央にしゃがんでいる写真。周囲には怖い少年。

スクーターやバイクが無造作に並べられており、外装は改造されている。

 

 

 

「我輩らは純度の高い草食男子の部活ぞな。ガゼルの様に怖がりぞな。」

 

「……今は、もう、彼らは立派な映研部員です。これは、過去、です。」

 

「では映研だけで解決するぞな。申し訳ないが、我輩も部長なんでな。」

 

 

 

山田は視線を感じて振り返る。そこには十数人の部員たちの不安な目が。

もちろん彼らは口を一切挟んでいない。しかし、その目が全てを物語る。

不良は来ないでほしい。この楽しい部活に波風を立ててほしくない、と。

 

山田は席を立って右手をコン研部長に差し出す。これは友好の証である。

利き手を預ける、つまり攻撃する意思が無い事を示す。いわゆる握手だ。

コン研部長もその差し出された利き手に応え己の右手で相手の手を握る。

 

 

 

「東方アレンジは良い出来でした。作品のBGMに使って良いですか?」

 

「山田氏の願いだタダで良いぞな。ただしテロップは絶対入れるぞな。」

 

「あはは、テロップは言われなくても出します。作品の格が上がるし。」

 

「うれしい事を言ってくれるぞな。山田氏になら協力は惜しまんぞな。」

 

 

 

山田組の作品は校内でも評判が高い。主に創作系の部活には好評である。

こだわらず、斜に構えず、奇をてらわず。ひたすら手をかけるアニメだ。

ちなみに作成集団を『組』と呼ぶのは映画独特の慣習で暴力団ではない。

 

にこやかにコン研部室を出る山田。後ろ手に重いスライドドアを閉める。

そして、肩を落とす。このような『お願い』を繰り返して数日が経った。

しかし良い返事は出てこない。それ程部活にとって部室とは重要なのだ。

 

 

 

「映研の山田次郎さん、ですよね?」

 

「はぁ、そうですが。……何の用?」

 

「好きです。付き合ってください。」

 

 

 

コン研部室を出たところで顔を合わせた、眼鏡をかけた短い髪の美少女。

そして前触れも無く行われた告白。彼女は、いったい何者なのだろうか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

職員室内の瀬田ヶ谷の席は空いていた。もちろん退職したわけではない。

彼には本来もうひとつの活動場所があった。社会科教室の準備室である。

いつもは映研に気を利かせて利用していなかったが、久々に顔を出した。

 

 

 

「さすが山田だ。他の部長の時はエロ本が普通に投げ出してあったが。」

 

 

 

席はきちんと整理されていた。教材も科目別に揃えられて鎮座している。

しかし鈴木部長時代から顧問の席は4S徹底せよと躾けられていたのだ。

4Sとは、『整理』『整頓』『清掃』『清潔』のローマ字読みの頭文字。

 

鈴木部長時代もそうだったのだが、残念な事に瀬田ヶ谷氏は来なかった。

 

 

 

「さて、と。俺だってたまにはサボっても良いよな。最近お疲れだし。」

 

 

 

そう独りごちて、手元の鞄から紙束を机の上に広げる瀬田ヶ谷映研顧問。

サボると言っていた割には、その表情は真剣だ。そして眼鏡を取り出す。

彼ももういい歳だ。若干だが老眼が入っている為に遠視用レンズを持つ。

 

 

 

「見てろよ赤シャツ、この俺様に歯向かう奴はどうなるのか思い知れ。」

 

 

 

彼に言う赤シャツとは教頭の蔑称である。主に職員室内の隠語であった。

 

瀬田ヶ谷は取り出した紙束を見ながら、時々ペンでラインを引いていく。

ある程度紙束が減ったところで、今度は足元の鞄からノートPCを出す。

手馴れた感じでキーボードを叩く顧問。そして胸元から煙草も取り出す。

 

 

 

「やっぱり個室は捗るな。映研に言って準備室使用禁止にさせるかな。」

 

 

 

火をつけた煙草を唇の脇に挟み込みながら、再び鍵盤を叩き始める顧問。

時折鼻の穴から煙が吐き出されているが、打つ手はまったく止まらない。

月産600本の吸殻を作り出す瀬田ヶ谷教諭。その灰皿は、大きく重い。

 

 

 

 

 

 

 

 

「冗談は部内で留めてくれないか富井さん。美術部の流行りか何かか?」

 

「あら、私の事ご存知でしたか山田部長。お会いするのは初めてかと。」

 

「田中双葉に何度も聞かされているよ。美術部で第二の実力だってね。」

 

「あの人らしいです。面と向かって褒めてくれれば私も嬉しいですが。」

 

「それをしないから田中双葉なんだろう。そこは汲んでやるといいよ。」

 

 

 

目の前の少女を腕を組んで見定める山田くん。そう、先程の告白少女だ。

以前、田中は山田に影からこの女生徒を紹介していた。美術部の右腕と。

ちなみに田中嬢はどの部分かというと、顔であり頭であると言っていた。

 

この小柄で眼鏡をかけたショートカットの彼女の名前は富井有栖という。

敬語を使って話す彼女は、いかにもナンバー2らしい佇まいをしている。

だが彼女の目には敬意は無い。その事が慇懃無礼さをかもしだしていた。

 

 

 

「苦戦しているようですね部室。失礼とは思いましたが尾行しました。」

 

「本当に失礼だぞ君!まぁ事実なんだがな。それで一体、何の用かね。」

 

「実は私、共同ではなく独立した部室のツテを持ってます。条件付で。」

 

 

 

山田も完全独立の部室は理想であった。しかし、すぐに不可能と知った。

都立国立国分寺立川高校では、一般教室の部室使用は認められていない。

そして特別教室棟の部屋はすでに飽和状態で、空き教室には理由がある。

 

 

 

「……それは喉から手が出るほど良い話だな。ただ条件が気になるが。」

 

「確かに条件は厳しいですが、常勝無敗の映研部長なら造作も無い事。」

 

「なるほど、そういう事か。俺に付き合えと言われるのかと思ったよ。」

 

「それでもいいですよ?どちらにしてもこちらの目的は果たせますし。」

 

「いや、やめとこう。手看板を持った田中双葉の笑い声が聞こえるし。」

 

 

 

山田はお約束のバラエティが大好きである。その一つが『ドッキリ』だ。

芸能人が仕掛け人によって騙される。そして手看板を持った男が現れる。

明らかに仕込み、明らかに了承済み。しかしそんなショーが好きなのだ。

 

 

 

「コンペの日時はこちらから追って連絡します。簡単な勝負ですから。」

 

「田中双葉の部下らしくない言い方だな。どんな勝負にも簡単は無い。」

 

 

 

富井副部長は心の中で苦笑する。なるほど、確かにこの男は部長向きだ。

いいカッコしいなくせに部長としての筋をもつ。田中部長が好きそうだ。

なぜあの唯我独尊の部長が御執心なのか富井副部長にも判った気がした。

 

 

 

「そうだ、ひとつだけ聞きたかった事が。田中部長のどこが好きです?」

 

「誤解せんで欲しいが田中双葉は嫌いだ。だが、彼女の実力は本物だ。」

 

「いかにも映研ですね。判りました、当日を楽しみにしててください。」

 

 

 

全く手を加えられていない制服のスカートをひらめかせて立ち去る少女。

そこで山田くんは大事なことを思い出す。コンペの相手を聞いていない。

急いで後を追い走り出す山田。しかし廊下の角を曲がると姿は無かった。

 

 

 

「やっぱ中学時代にサボるもんじゃないな。女の子に追いつけんとは。」

 

 

 

頭を掻きながら来た道を戻る山田くん。その肩は若干下がり気味である。

昔はもっと早く走れたのにと思い、ふと昔っていつの事だろうと考える。

思えばテニス部時代も大して活躍していない。試合では常に座っていた。

もちろん座りながらテニスをする程の超絶達人ではない。単に応援側だ。

 

その前はどうだっただろうと考える彼。しかし、頭痛がしたのでやめた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

郷土文化研究部の部長と副部長は、珍しい場所で向き合って座っていた。

 

それはファミレス。立川駅から国道に向かった途中にあるチェーン店だ。

夕食時ともなれば数多くの客で埋め尽くされるが昼間は閑散としている。

ちなみにここは二宮たちも良く使うが、彼らは深夜にしか来た事が無い。

 

 

 

「図書室も図書館も使えないとはいえ、もっと静かな場所はないのか?」

 

「申し訳ありません部長。大きめのテーブルとなると他では難しくて。」

 

「まぁいいよ。これでは勉強にならないから郷研の会議に変更しよう。」

 

 

 

土屋杏奈は驚いた。秀才少年が少し呆れ気味にだが笑顔を浮かべたのだ。

彼女の知る郷田は、常に目を吊り上げていて風船の様に張り詰めていた。

彼はこんな表情も出来るのかと考えた途端、彼女の体温が少し上がった。

 

 

 

「もう時間が無いのは土屋も判ってるだろう。このままじゃマズイな。」

 

「でも教頭は動くなと言ってますし下手に動けばもっとマズイのでは?」

 

「残念だが僕はもう動いているさ。すでに映研のネガキャンをしてる。」

 

 

 

郷田は手元の鞄から紙の束を取り出して、目の前の土屋へと放り投げる。

それを受け取った土屋は驚く。その表紙には凶悪な顔をした少年の写真。

二枚目以降には彼らの悪行や素行不良の様子が事細かに記載されていた。

 

もちろん『イチニノサン』に関する資料。現在の写真も添えられている。

 

 

 

「これを各部の部長に送った。まだ山田の資料は無いがいずれ揃える。」

 

「なぜ部長だけに?いっそ全校生徒に見せればいいのではないですか?」

 

「目的は映研に部室を諦めさせる事だが、騒ぎが大きくなると厄介だ。」

 

「確かに大騒ぎになれば足元を掬われますね。私が浅はかでした部長。」

 

 

 

ここで土屋は確信する。この調査能力は決して郷田個人のものではない。

資料には数年来の3人の補導歴からチーム成立時期、構成人員まで有る。

高校生に出来るレベルを遥かに超えている。恐らくは本職の仕事だろう。

 

 

 

「それにしても詳細な資料です……あ、すみません!私としたことが!」

 

「いいよ僕が拾うから。まったく、君にしては珍しいミスをするよな。」

 

 

 

土屋は資料の正確さに動揺したのか、手元の資料を床面に取りこぼした。

不機嫌そうな声を上げながら体を机の下に入れて印刷物を拾い出す郷田。

しかし紙を拾い上げる音がした後も彼の体はいつまで経っても戻らない。

 

いぶかしんだ土屋は小首を傾げ、ある仮説にたどり着いた。それは……

 

 

 

「……部長、取り辛いところに行った様ですね。やはり私が拾います。」

 

「え?!あ、いや、大丈夫だ!もう少しで取れる!気にしないでくれ!」

 

 

 

声が上擦っている。やはりと彼女は確信した。そこで更に行動に移した。

少しだけ開いていた自分の足を非常にゆっくりとした動きで更に拡げる。

そして彼女は聞く。机の下から荒い息遣い。そう、彼は覗いているのだ。

 

目前の少年の動揺は自分を遥かに超えたものだろうと容易に想像できた。

 

 

 

「それで部長、この資料で映研を追い込むとして最終的な落とし所は?」

 

「あ、ああ、そうだな、その、部室を、その、なんだ、僕らのものに。」

 

「それはそうでしょうけど、メソッドとプロセスとが判りませんので。」

 

「め、メソッドは、そうだな、方法論だろう?それだったら、えーと。」

 

 

 

強固な意思と冷静な判断で他者を利用する事だけを考えてきた受験戦士。

そのマシーンの様な郷田が自分による他愛もない悪戯に翻弄されている。

あえてそんな彼を机から出させずに会話を続ける。彼女は高揚していた。

 

 

 

「頼りになるのは部長だけですから。状況をよく見て動いてください。」

 

「えぇ?!……あ、ああ、状況か。大丈夫だ、良く見る、良く見てる。」

 

 

 

結局なんの結論も得ないまま会話は終了し彼らはファミレスを後にした。

しかし少し変な所が二つあった。一つは郷田が前屈みで赤面している事。

もう一つはそんな郷田を見る土屋の表情に小悪魔的な感情が混じった事。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

部活の終了時間は夕方6時である。それは山田家部室でも同じであった。

二宮のスマートフォンからアラームが鳴り、全員の緊張が一気に解れる。

真面目だった表情が年頃の高校生らしい無邪気な笑顔に変わっていった。

 

 

 

「お疲れちゃん、ニノ。これでやっとこさ進行表のペースに乗ったぞ。」

 

「もともと大丈夫だったってーの。サンタがガミガミ言わねえでもな。」

 

「我が映研の精鋭達よ、ご苦労さん!褒めて遣わす!俺は偉いからな!」

 

「チューッス!お疲れ様っシタ一之瀬センパイ!ほれ、帰るぞ宇佐美。」

 

「褒めていただけるなんて光栄です一之瀬さま!明日もがんばります!」

 

「――山田先輩、今日も遅いですね。聞きたいこと有ったんだけどな。」

 

「尾崎ちゃんに聞けばいいんじゃない?……もしかしてラブな話かな?」

 

「――ちがうわよ、阿形さん。映研、どうなっちゃうのかな、ってさ。」

 

 

 

少し寂しげに呟いた石川の一言に明るい雰囲気だった部屋の中が沈んだ。

山田は笑顔で大丈夫だと言い続けているのだが、やはり不安は拭えない。

部室が無い。そして部室が簡単に手に入らないことは全員が知っていた。

 

 

 

「あ、あれあれー!あれってさー、山田センパイなんじゃないかなー?」

 

「え?どこどこ?……ほんとだ!石川ちゃん、愛しの山田センパイよ!」

 

 

 

道路に面した窓に殺到する8人。そこにちょうど山田の自転車が入った。

8人はヒソヒソと相談し、扉の左右に分かれ、壁に密着して声を潜める。

数秒後、駆け足で近づいてくる足音。階段を上る音の後に木の扉が開く。

 

 

 

「間に合った!みんなお待たせ!山田次郎恥ずかしながら帰ってき――」

 

 

 

山田の脳裏には部活に精出す部員たちの姿。その光景があるはずだった。

何故帰宅したと思わなかったのか。それは玄関先に大量に並んでいた靴。

しかし、もぬけの殻。壁に掛かった男女のブレザーはそのままなのにだ。

そこで山田は小考する。脇から小さい笑い声がするのだが気がつかない。

 

 

 

「ま、まさか!?あいつら、もしかして俺の部屋を荒らしてるのかよ!」

 

 

 

駆け足で部屋を飛び出す山田くん。声を上げずその後を追う部員の面々。

山田くんは自室の戸を叩きつけるように開く。しかしそこは無論無人だ。

胸を撫で下ろす山田くん。そこで急いで枕の下の秘密の存在を確かめる。

 

 

 

「よかった、バレてない!これがバレたら皆にどんな顔すればいいか!」

 

「へー、ショーツっスか。これってもしかして双葉姉さんのですかね?」

 

「そうなんだ!この山田次郎、唯一の変態行為といってもいいだろ――」

 

 

 

譲渡された二人分の下着を握り締めている山田くん。覗き込む二宮くん。

その二宮くんの声を聞き硬直する部長の背から、次々と部員達が現れる。

彼らもその光景はしっかり確認してしまう。硬直した上に蒼ざめる山田。

 

 

 

「――私のも袋入りですか。新しいのが欲しければ言ってくださいね。」

 

「やべー、センパイってば超ヘンタイだぜ!パンツかくしてやがんの!」

 

「いいじゃないですか一之瀬さま。なんでしたら私だってあげますよ?」

 

「あー、田中センパイの手綱ってこういうことかー。あの人らしいわ。」

 

「やっぱり山田センパイもオトコノコだー。榎本くんも欲しいかなー?」

 

「ば、馬鹿いうなよ宇佐美!俺は硬派なんだよ!ヘンタイじゃあねえ!」

 

「いんじゃねえ?パンツくらい記念で貰ってもさ。ニノよりはマシだ。」

 

 

 

山田の脳内にある『部長』という大きく威厳に満ちた象徴は、崩壊した。

その瓦解したシンボルの下から現れたものは『ヘンタイ』という文字だ。

そして泣きそうになりながら山田は二宮の右手を両手で掴み、見つめる。

 

彼の持っているのは二宮純の実の姉の下着なのだ。そして現在は断交中。

 

 

 

「ナンでもする!だから田中双葉にだけは捨ててあったと言ってくれ!」

 

「いいじゃないスカ。姉さん喜びますよ?姉さんがあげたワケですし。」

 

「そういうわけにはいかんのだ!……その、彼女だって嫌がるよ多分。」

 

「じゃあそう言いますよ。そのかわり、姉さんを嫌いとか言うなよな。」

 

「え?あ、そ、それは……わ、判った!言わない!彼女は尊敬してる!」

 

 

 

最大限の譲歩をする山田くん。対する半目の長髪少年は苦笑を隠さない。

二宮は山田の事を熟知している。この部長は口にした事を必ず守るのだ。

この言質を取ったことで二宮は山田部長の完全敗北を確信したのだった。

 

 

 

「……さってと、センパイのオモシロいもん見れたし、帰るぞみんな。」

 

「そーだな!俺もそろそろチ●コがムズムズしてきたから帰んねーと!」

 

「それは大変です一之瀬さま!さ、一刻も早くお部屋に帰りましょう!」

 

「じゃーねー山田センパイー。色々忙しそうだしー、がんばってねー。」

 

「――汚れてきたら返してくださいね。その、新しいのをあげますし。」

 

「やめときなよ石川ちゃん。……山田センパイ、泣かしたら殺すから。」

 

「山田センパイ、そーいうの、気持ちは判んけどさ、やめ方がいいぜ?」

 

「わかってねーよエノ。リア充のお前には寂しい男の気持ちは判らん。」

 

 

 

好き勝手言い放ち、部屋を後にして帰宅する映像文化研究部の部員たち。

彼らを見送らず呆然としながら手に持ったパンツを握り締める山田くん。

そして手を振り上げパンツを投げようとする。しかし、やはり投げない。

 

山田くんはヘンタイではない。ただ、思春期で、かつ満たされないのだ。

 

 

 

「み、見てろよみんな!部室入手の暁にはギャフンと言わせてやるぞ!」

 

 

 

いまどき真面目にギャフンと言う人間が世界にどれほどいるのだろうか。

しかし彼を馬鹿には出来ない。それほどまでに固有部室とは貴重なのだ。

もしかすると、本当に全部員がギャフンと言う日は来るのかもしれない。

 

もちろん彼が富井副部長の用意したコンペに勝てればである。

後日連絡のコンペは思ったよりも早く山田を呼び出すのだが、

 

それはまた次回のお話へと……

 

 

 

 

 

 

つづく。




私から読んでくださる皆さんに、重要なお願いがございます。
規約違反とか重大な問題点とかありましたら教えてください。
二次創作してるときにも規約違反で削除したことあるんです。
その時は連アップ回数制限違反で内容では無かったんですが。

決められたルールの遵守、これはSS書きの大前提なのです。
ただもし私が見過ごしている所があったら是非お願いします。
それなりに目配り気配りしてるハズですが、事故もあるので。

とりあえず山田くんもだんだんと佳境に入ってまいりました。
こんなとこで未完では流石に読み手としての私も許せません。
評価では規約違反を確認できぬ情けない奴ですのでご協力を。

では、また次のお話でお会いしましょう。

ではではw
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