究極大英雄の山田次郎かく闘えり!   作:うぃっちべーす

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第二十四話『山田くん決戦を覚悟す』

 

 

都立国立国分寺立川高校の文化祭は、『こっこだち祭』と呼ばれている。

もちろんこれは俗称であり、昔から『緑生祭』というのが正式名である。

だが現在では文化祭恒例の巨大ゲートや看板も『こっこだち祭』とある。

 

しかし、頑なに『緑生祭』の文字に拘る部活がある。映像文化研究部だ。

 

 

 

「緑生祭は我らが映研の双肩にかかっている!各自の奮闘に期待する!」

 

「あいかわらず大げさッスねセンパイ。まー、実写班は万全ですがね。」

 

「おおー!さすが二宮くん!その頼りになり過ぎる所が痺れる憧れる!」

 

「冗談で言ってんだよなニノ?お前まだ脚本全然手付かずじゃねーか。」

 

 

 

父との邂逅から一週間がたった今日、二宮の強化服は既に完成していた。

学生服にパーツを付けた状態で立つ三狩屋の勇姿は、いかにも近未来的。

あの無数のプラ板は見事に装飾となり、メカとなり、武器となっていた。

 

その隣に立つ宇佐美は悪の女帝。スパッツとシャツに突起が生えている。

頭には豪華な冠が添えられており顔面は完全に隠れる仮面で隠れていた。

 

 

 

「だーかーらー、安心しとけってサンタ。ホンは全部頭の中だっての。」

 

「それが信用できねえんだよ。ニノは昔からギリギリまでサボるしな。」

 

「まぁまぁ三狩屋くん。古人曰く、映画は生き物である。安心しよう。」

 

「甘いっ!甘いっスよセンパイ!ニノはホンキで適当な奴なんだって!」

 

 

 

山田は二人を見て寂しげに微笑む。自分には彼らのような同輩は居ない。

だがもしも自分に同輩がいたら、きっと映研には山田次郎は居なかった。

同輩がいないからこその自分なのだ。いたとすればこの場は存在しない。

 

そこで彼の脳裏に半目の微笑を浮かべる少女が浮かぶ。もちろん彼女だ。

 

 

 

「皆に聞きたい事がある。た、大した事じゃないから軽く聞いてくれ。」

 

 

 

山田は昨日にとある情報を入手した。その情報を吟味し、仮説を立てた。

あまりにも突飛で、あまりにも自分勝手な意見。しかし、可能性の一つ。

さて、何を入手してどんな仮説を立てたのか。それには時間を少し戻す。

 

 

 

 

 

 

学業を終えて山田は学校を出ようとしていた。ここ数日では珍しかった。

いつも彼は放課後には各文化部を廻って、部室の談判を繰り返していた。

なぜ昨日はそれをしなかったのか?それは非常に簡単で、全滅したのだ。

 

全ての文化部からNOを受け取っていた。進退窮まるとはこの事だった。

 

 

 

「見つけましたよ山田部長。……好きです、私と付き合ってください。」

 

「はいはいそこまで。大方コンペの日取りが決まったのだろう富井君?」

 

「確かに日取りは決まりました。お付き合いも吝かではないんですが。」

 

「で、相手は誰なんだ?いっとくけどプロ相手とか絶対無理だからな。」

 

 

 

下駄箱で遭遇した抑揚の無い少女こそ、現美術部副部長である富井嬢だ。

山田よりも頭一つ下の身長であるこの少女も、決して不細工顔ではない。

ただ、その喋り方と表情が冷たく、そのせいで取り付きにくい雰囲気だ。

 

そんなアイスドールの彼女から、決闘の相手の名前が山田に告げられた。

 

 

 

「現美術部部長、田中双葉です。真剣勝負の相手は、貴方の恋人です。」

 

「いやいやいや、恋人じゃないし。……だが彼女、一切手は抜かんぞ?」

 

「でしょうね。敵対するなら例え子猫だって笑って叩き潰すでしょう。」

 

「実力勝負と言っても得手不得手がある。……題材は決まってるのか?」

 

 

 

そこで彼はさりげなく重要情報を引き出そうとする。勝負の題材である。

もしも題材が事前に判れば作戦も立てられるし、練習だって出来るのだ。

情報を制すれば勝負を制するのは、どんな世界であろうとも同じなのだ。

 

 

 

「教えてはコンペになりませんよ。当日まで楽しみにしててください。」

 

「だが君は俺に勝って欲しいのだろう?多少の融通はすべきなんじゃ?」

 

「駄目です。そんな事を見抜けない田中部長なら貴方には頼みません。」

 

「うまく隠す自信があるんだがなー。そこをなんとかしてほしーなー。」

 

 

 

高い背を思い切り下げ、胸元あたりから哀しそうに富井を見上げる山田。

母性本能に訴えかけてみようという彼の作戦なのだが少々無理があった。

どう考えても、自分より遥かに大きい相手に母性本能が働くわけがない。

 

 

 

「不思議な人ですね山田部長。貴方はちっとも部長らしくありません。」

 

「精進が足りないな富井君。部長は組織に応じて姿すら変える存在だ。」

 

「しかし集団の統率には規律と制圧が必須です。貴方にはそれが無い。」

 

「真面目だな君は。……判った、勝負は受けよう。日付は何時になる?」

 

 

 

すっくと立ち、富井有栖を見下ろす山田次郎。だが見くだしてはいない。

未熟な目前の後輩に対し、諭す様な素振りで笑みを浮かべるに過ぎない。

それを知ってか知らずか、富井副部長もまた微笑を浮かべて見つめ返す。

 

 

 

「日取りは明後日の土曜、時間は午後1時。勝負の場所は美術部です。」

 

「心得た。そうだ、くれぐれも田中双葉にも勝負の題材は伝えるなよ?」

 

「私が田中部長に手心を加える理由がありませんよ。そこはご安心を。」

 

 

 

そして山田次郎はその場で踵を返し、副部長に背を向け歩き去っていく。

富井有栖もまた、その場で踵を返し、山田部長に背を向けて去っていく。

そのまま姿勢を崩さず姿を消した富井に対し、山田は姿を隠し座り込む。

 

 

 

「ま、マジかよ!なんでよりによって田中双葉なんだ!勝てるのか俺!」

 

 

 

頭を抱えて膝をつく山田。もちろん富井嬢が周囲に居ない事は確認済み。

田中双葉とは箱根合宿で一度、勝利している。だがあくまで奇策による。

恐らく今度は通じない。策を弄した時点で負けが確定するかもしれない。

 

山田はその姿勢のまま数分動きを止め、そして意を決して立ち上がった。

 

 

 

「予防線を張ろう!負けるが勝ちとか、納得できる言い訳をつくろう!」

 

 

 

こうして冒頭のシーンに続くのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……というわけで、俺は部室を賭け田中双葉と勝負する事になった。」

 

「なるほど、そりゃ頼もしいこってすね山田センパイ。で、勝てます?」

 

「あ、阿形さん?それは時の運ちゅーか、女神の微笑み、ちゅーか……」

 

「――愚問よ阿形さん。映研部長に敗北の二文字は無いって言うわよ。」

 

「あ、あのね、石川さん?あくまで心構えちゅーか、なんちゅーか……」

 

 

 

焦りの表情が早速浮かぶ山田。阿形が勝負に厳しいのは覚悟をしていた。

しかしクールな石川真理子さえも勝ちに期待すると言っているのである。

一年アニメ班には助けてもらえないと判った彼は実写班の集団に向かう。

 

 

 

「すごーい、さすが山田センパイだー。みんなで応援に行きますねー。」

 

「宇佐美さん?応援とか、許されてるわけじゃないんで、ちょっと……」

 

「煮えきらねえっスね山田センパイ。まさかハナから負ける気っスか?」

 

「ち、ちがうよ榎本くん!もちろん勝つ気でいるってば!ほんとだよ!」

 

 

 

宇佐美はともかく考えてみれば榎本も勝負には非常に拘るタイプである。

今では見た目の怖さこそ克服しているが、正論で凄まれてはたまらない。

結局、彼の女々しい言い訳を聞いてくれそうな空気は何処にもなかった。

 

尾崎を除く一年生に囲まれて詰問される山田。二年生は一歩引いている。

ちなみに尾崎嬢は一之瀬の横から一歩も動かない。無論、本人の意思だ。

山田は汗だくになりながら想定外の反応で崖っぷちまで追い詰められた。

 

 

 

「無論勝つ!だが、場所は完全なアウェイだ、不利は十分考えられる。」

 

「そんな事はどうでもいいです。山田センパイは、本当に勝てますか?」

 

「阿形さん……勝つ!必ず勝つ!映研部長に敗北は無い!俺は部長だ!」

 

「最初っからそう言ってくださいよ。なんか今日のセンパイ変ですよ?」

 

 

 

怪訝な顔をして覗き込んでくる阿形直美に、山田はハッとして思い返す。

自分を慕い信じる彼らに何という後ろ向きな考え方をしていたのか、と。

脳裏に鈴木一浪の叱咤する顔が浮かぶ。貴様がそんな事でどうする、と。

 

 

 

「ふ、ふははははは!なに、たまには不安にさせようと思っただけだ!」

 

「よぉし、ヒヨコの皆さん、山田センパイいじめは切り上げて作業だ。」

 

「よっし!尾崎、俺の代理としてアニメ班を統率せよ!代理としてな!」

 

「はい、わかりました一之瀬さま!この尾崎、代理として頑張ります!」

 

「そーだニノ、買出し行くけど一緒に来てくれ。ちょっと手が足りん。」

 

「しょーがねーなー。エノ、つーわけで俺は出るが、後は頼めっかな。」

 

「大丈夫っス!かなりやる作業残ってンで、俺らだけでやれますって!」

 

 

 

こうして平常運転を再開する映研後輩の面々。山田はポカンと見ている。

そして山田はにっこりと微笑み、二宮たちに続いて部屋を去っていった。

これなら大丈夫。仮に負けても、映研は滅びない。負ければ去ればいい。

 

 

 

 

 

 

 

 

二宮と三狩屋は山田宅を出て、程近い月極のパーキングに向かっていた。

そこには小さなバイク。そう、彼らの原付バイクが駐輪されているのだ。

長期戦を見越した二宮が、山田たちには内緒で契約していたのであった。

 

ちなみに原付もヘルメットが入るからという理由だけで購入されていた。

 

 

 

「で?買い出しとか嘘なんだろサンタ。話があるんなら手短に頼むぜ。」

 

「かなり面倒な事になってんだ。正直俺にもちょっと判断がつかねえ。」

 

「カメコ少女が判ったってか。サンタが迷うってのも珍しいじゃんか。」

 

 

 

胸元から煙草を取り出し火をつけ、座席にゆったりと横座りになる二宮。

三狩屋はそんな無礼に特に気にする様子もなく、耳元に顔を寄せていく。

背の高い彼の口元が小さく開閉され、受ける二宮の表情が曇っていった。

 

 

 

「なーる、確かにマズイ。センパイにバレたらあの人悩み死んじまう。」

 

「だろー?言われて入った部活だけどよ、今じゃ俺、気に入ってんし。」

 

「それを言うなよ。感謝してんだぜサンタ?……切り札、使い時かな。」

 

 

 

座席に座ったまま片膝を立てて親指の爪を噛む二宮。これは彼の悪癖だ。

だが目の前の三狩屋は特に何も言わない。以前は言っていたが、諦めた。

真剣な表情で考え込んでいる目の前の長髪少年に、親友が言葉を掛ける。

 

 

 

「切り札が何か知らんがセンパイに秘密にするの大変だぜ?しかも……」

 

「ああ、明日だもんな。よし!サンタ、ファミレス行こうぜ!会議だ!」

 

「もちろんニノのオゴリな?俺ってば今月、調査で完全に赤字なんだ。」

 

 

 

ニッコリと笑いながら親指を立てて是を伝える二宮。そして、席を立つ。

二人は座席からヘルメットを取り出し、そして防犯用のチェーンを外す。

やがて二台のバイクは軽い音を上げながら駐車場から走り去っていった。

 

 

 

 

 

 

 

その頃、美術部の部室では相変わらず田中嬢が椅子に座って待っていた。

重い扉がスライドし、部室に副部長の姿が現れる。一瞥して、向き直る。

 

 

 

「遅いわよ?みんなで勝手に始めちゃってるけど大丈夫なのかしらね?」

 

「大丈夫ですよ。やるべき事が判らない彼女たちじゃありませんから。」

 

「そういうの無責任って言わない?ま、これからは貴女に任せるけど。」

 

「それよりお待たせのコンペが確定しました。明後日の土曜日、です。」

 

「おっけー。せいぜいギャラリー集めときなさい。襲名するんでしょ?」

 

 

 

そう言い終わると、田中双葉は再び部員たちのいる教室に視線を移した。

視線を感じた後輩らの背筋が伸び、キャンバスに向かい描画を再開する。

一瞬だけ富井副部長の表情が険しくなるが、すぐに無表情に戻っていく。

 

 

 

「……私はまだコンペの相手をお伝えしてませんが。宜しいのですか?」

 

「興味が無い訳じゃないけど、嫌だと言っても変えてくれないでしょ?」

 

「もちろんそれは出来かねますが、相手を知れば作戦も立てられます。」

 

「不要よ。部長の席にはダモクレスの剣が下がってるの。常在戦場よ。」

 

 

 

ダモクレスの剣とは。

強大な権力を持つディオニュシオスにダモクレスという男が仕えていた。

ダモクレスは王の権勢を賛美し羨んだ。王はダモクレスを宴に招待する。

金銀の飾られた王の座に導くディオニュシオス。しかしその座の上に剣。

か細い馬の毛によって吊るされている剣は今にも切れて落ちそうなのだ。

 

『座るがいいダモクレスよ。これがそなたの欲していた王の座である。』

 

上に立つ者の覚悟、羨望の眼には見えぬ玉座の正体を表した逸話である。

 

 

 

 

「ではお好きに。一応言っておきますが、相手は貴女と知ってますよ。」

 

「ふうん?私を知ってて逃げ出さないなんて意外と根性あるじゃない?」

 

「それだけの相手を用意してありますから。良い勝負となるでしょう。」

 

「だといいけどねー。隠れた逸材とやらに期待しとくとしましょうか。」

 

 

 

半目の笑みを浮かべ眺める田中双葉。表情を崩さず受けとめる富井有栖。

もし心象表現が現実化するなら雷雲巻き起こる大惨事となったであろう。

もちろん、この会話に耳を立てている部員達には、そう感じられている。

 

 

 

「……皆さん、手が止まっていますよ。緑生祭も近いですし、手早く。」

 

 

 

再び部室に筆が奏でる音が響き始める。ちなみに富井嬢も『緑生祭』派。

田中双葉嬢は『こっこがたちまくり』とまで原型を崩して楽しんでいる。

 

二人の間の溝は、深い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

図書室に現れない。メールにも返事がない。そして、クラスにも居ない。

だが何処かに必ず居る筈。なぜなら欠席日数は変えられない事実だから。

内申書の記載にこだわる受験生がズル休みをするなど有ってはならない。

 

 

 

「……こっちだ、そのまま振り向かないで右に曲がって扉に入るんだ。」

 

 

 

気がつくと、自分を追い越していく背中がすれ違い際に話し掛けてきた。

その背中には土屋杏奈は見覚えがあった。しかし髪型には見覚えが無い。

洒落たウルフカットに整髪された後頭部。しかもほんのり脱色している。

 

言われたとおりに右に曲がって扉を開ける土屋。そこは資材室であった。

 

 

 

「……部長!その、随分とイメージが変わりましたね。今風というか。」

 

「似合っていないのは判ってるさ。笑いたければ笑えばいいと思うよ。」

 

「それではお言葉に甘えまして。あははははははははははははははは!」

 

「笑いすぎだぞ土屋!僕にだって似合っていない事なんて判ってるよ!」

 

 

 

正面から見て大声で笑い出した副部長。しかし実際の心中は全く違った。

恐らく親の手配であろうが非常に完成度の高いヘアスタイリングだった。

メガネも黒縁の大きな物からツーポイントと呼ばれる二点支えに変えた。

 

これが郷田なのかと彼女は思った。隠れていた素材は悪くなかったのだ。

 

 

 

「ここまでして何がしたいんですか?もしかして受験は諦めて恋愛に?」

 

「馬鹿を言うなよ。僕から受験を取って何が残る?それくらい判れよ。」

 

「もしかして脅迫から逃げる為ですか?……少し気にしすぎなのでは。」

 

「でも昨日も誰かが見張ってた気がした。感じるんだよ、視線って奴。」

 

 

 

本当なのかもしれない、そう思って消沈した面持ちの郷田から話を聞く。

しかし、その後に続いた郷田の陳述に土屋は別な意味で同情をしていた。

 

ずっと後ろに付いてきていて自分が振り返る前に必ず隠れてしまう尾行。

地下だろうと屋内だろうと何処でも分かる発信機が体に仕込まれている。

自分の知り合い全てに手が回っており誰かと接触する度に情報が流れる。

 

 

 

「映研なんかに手を出すべきじゃなかった。僕はもう我慢が出来ない。」

 

「大丈夫ですよ部長。それは全て気のせいです。相手の無策の策です。」

 

「なんでそう言い切れる?!だいたいこの前、君と……ま、まさか……」

 

 

 

土屋は郷田に両肩を掴まれて、触れる寸前まで顔を押し付けられていく。

さすがに彼女は赤面したが、押し込んでいる当の本人は真剣そのものだ。

視線を彼女の顔全体にぐるぐると這い回るように動かし、そして止まる。

 

郷田武士は土屋杏奈の瞳孔を、微動だにせず何分も凝視し続けていった。

 

 

 

「判った、判ったぞ。土屋、君が僕にずっと従ってきたその理由がな!」

 

「まさか、私を疑っているのですか?!映研騒動の前から一緒の私を?」

 

「だが奴らも馬鹿だな!むしろ僕が土屋を脅迫すればいいのだからな!」

 

 

 

瞳孔を覗けるのは土屋も同様であった。郷田の焦点は完全に泳いでいた。

そんな狂気の世界に足を踏み入れた彼が、なんと自分を脅迫するという。

しかしそこで土屋杏奈に疑問が沸き起こる。彼の探偵はもう辞めた筈だ。

 

勉強しか出来ないタダのガリ勉の受験生。見た目だけ少しかっこいい男。

 

 

 

「好きになさったらいいでしょう部長。私はそもそも裏切ってません。」

 

「言ったな土屋!この僕が本気になれば想像だに出来ない策を出すぞ!」

 

 

 

こうして郷土文化研究部は、あらぬ方向へと迷走を始めていってしまう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

社会化準備室では分厚いプリント用紙とUSBメモリーを持つ男が居た。

映研顧問である瀬田ヶ谷教諭である。顧問の贈り物は準備を整えていた。

しかし達成感を得た晴れやかな表情かといえば、曇りきった表情だった。

 

 

 

「都高教経由でも教育長と事を荒立てる奴は居ない、か。困ったな……」

 

 

 

準備室に添え付けられたソファーに深々と座り、携帯を握りしめる顧問。

彼の握っている電話機の発信履歴には錚々たる面々の名前が残っていた。

東京都教育委員会、文教族国会議員、近隣公立高の労働組合、ETC……

 

履歴をどんどんと遡るうちに不意に動作が早くなり、夏まで戻っていく。

 

 

 

 

「……そうだ、オボッチャマにも話は通しておかんとな。忘れてたぜ。」

 

 

 

瀬田ヶ谷の持つ携帯は8年前の旧式。バッテリーも3度ほど換えている。

ただ、その分だけ習熟度合いは高められており、あっという間に繋がる。

しかし電話装置は片側の操作だけでは繋がらない。相手ありきのものだ。

 

 

 

『ちょうど良かった瀬田ヶ谷先生。僕も掛けようかと思ってたんです。』

 

「質問があるなら生徒が先だな。とはいえ、勉強の事じゃねえんだろ?」

 

『ええ、実は例のイチを隠し撮りした奴の正体が判ったところでして。』

 

 

 

周囲を見渡し声を潜ませる瀬田ヶ谷。ここで二宮と彼の情報が合流する。

最初に驚愕が、次に嘆息が、そして全てを理解し沈痛の面持ちが現れる。

無言になり二宮の言葉を耳で拾い続ける瀬田ヶ谷。最後にやっと、喋る。

 

 

 

「流石は二宮というか……幾らお前でもそんな事が本当に可能なのか?」

 

『失敗したらタダでは済まないでしょうがね。先生も覚悟して下さい。』

 

「なに、教師って仕事は毎日が覚悟の連続だ。子供が変な心配するな。」

 

『それを聞いて安心しました。では、明日は必ず職員室に居て下さい。』

 

 

 

苦笑しながら電話を切る瀬田ヶ谷。二宮は年長への敬意を持っていない。

だがその堂々とした立ち振る舞いと逃げない姿勢が、それを許している。

ここで顧問は考える。山田と二宮、どちらがリーダーに向いているのか。

 

やはり山田だろうと彼は結論付ける。二宮の調整能力は参謀向きだ、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

そして夕方6時。山田邸の部員らは作業を終え、帰宅の途についていく。

結局二宮と三狩屋は買出しから帰ってこなかった。しかし連絡はあった。

三狩屋の携帯からのメールが石川に入ったのだ。遅れるので待つな、と。

 

 

 

「一応言っておくが、明日の俺と田中双葉との勝負は非公開だからな。」

 

「それで勝負の結果はちゃんと教えてくれるんですよね山田センパイ?」

 

「安心してくれ阿形さん、映研勝利の凱旋は俺の部屋でとりおこなう。」

 

「――山田先輩なら大丈夫だと思うけど、相手が卑怯な手を使うかも?」

 

「それこそ杞憂だよ石川さん。この山田次郎に奇策は一切通用しない。」

 

「なぁ山田センパイ、勝っても負けても、映研裏切ったりすんなよな?」

 

「当たり前だ榎本くん、部長は部活を裏切らんさ。根が茎を裏切るか?」

 

「なぁセンパイ、次期部長として俺くらいは立ち会ってもいんじゃね?」

 

「駄目だぞ一之瀬くん。部長同士とはいえあくまで美術部内の私闘だ。」

 

「では今日はもう切り上げましょう、一之瀬さま。休息も重要ですし。」

 

 

 

現部長の山田次郎が歴代映研部長の中で確実に抜きん出ている物がある。

それは返答。彼はどんな質問にも全て返す。それも丁寧に、ゆっくりと。

ちなみにその部分で一番悪かったのが鈴木前部長。うるせえ!で済ます。

 

山田はそんな鈴木を懐かしく想い、部員たちの去った後で感慨に浸った。

 

 

 

 

 

 

 

二宮と三狩屋はファミリーレストランが好きだ。会合はほぼファミレス。

それも奥まった4人席を二人で使えるほどの空き具合が大好きであった。

この日は一件目で遭遇でき、通されるままに奥の4人掛けの席に座った。

 

 

 

「サンタ、瀬田ヶ谷ちゃんも動いてたぜ。裏側には教頭と教育長だと。」

 

「マジか……てことは気まぐれで俺らの提出した合宿申請書見たのか。」

 

「んでアイツ、奨学金受けてるんだと。そのセンで間違いネエってさ。」

 

「なるほどな。……ウチって確か、奨学金で有力生徒誘致してたよな?」

 

 

 

そこで二人の前にユニフォームを着たウェイトレスが料理を運んでくる。

二宮の前にはカルボナーラのパスタ、そして三狩屋にはミネストローネ。

二人はウェイトレスに会釈をして、料理を受けとる。赤面して去る少女。

 

 

 

「だな。確かそれも教頭と教育長の肝入りだぜ?柔道とか剣道もいる。」

 

「うへー、勘弁してくれよ。今回俺って働きすぎだし明日は休むかな。」

 

「残念だが却下だ。俺がお偉いさん対応、イチがセンパイのフォロー。」

 

「ちょ、待てよ!じゃあ俺が耳の潰れた奴らを相手すんのか!無理だ!」

 

「大丈夫だって。イチニノサンに無理はネエ。サンタだって判んだろ?」

 

 

 

パスタをズルズルと吸い上げる二宮。もちろんこれはマナー違反である。

パスタは音を立てずに食べるのが礼儀だ。彼もそれは十分承知している。

だが彼は蕎麦が好きで、その食べ方が体に染み付いてしまっているのだ。

 

一方の三狩屋は音を立てない。別に彼は味噌汁派でもなく空気も読める。

 

 

 

「じゃあよ、アイツどうする?俺ら流ならフルボッコでマワしだがな。」

 

「ま、そこは現場判断だな。必要だと思ったらやれ。後始末はするぜ。」

 

「……ニノって変な所でヒドイ奴だよな。まぁ悪いとはいわねえけど。」

 

「歯向かう奴にはフルボッコで今迄やってきたんだ、今更変えねえよ。」

 

 

 

二宮少年は半目の笑みを浮かべながら顔を伏せてパスタを頬張っていく。

三狩屋は知っている。彼はこの表情を崩さずに男女問わず殴打が出来る。

しかしその表情を崩さないことが無理をしていることの裏返しだ、とも。

 

 

 

「センパイはどうする?ゲロって知らせるのは論外だが、完全隠蔽か?」

 

「もちろんだ。センパイには裏は見せネエ。姉さんと幸せになるんだ。」

 

「いいのかニノ?ホントにお前のねーちゃん、センパイに盗られるぞ?」

 

「姉さん言ってた。もしセンパイと二度と会えないなら自殺するとさ。」

 

 

 

パスタの皿はすぐに空になった。そして、満面の笑みでフォークを置く。

だが三狩屋は見逃さない。直前の一瞬に、寂しげな笑顔を見せたことを。

 

 

 

「俺の人生は姉さんの為だからいいが、サンタにはマジで感謝してる。」

 

「まーな。ニノには随分世話になってるし、意外とマジメも面白いし。」

 

「イチは多分本気で俺が頼んだ事忘れてるけどな。尾崎の事もあるし。」

 

「そーだな。しかし尾崎は本気でスゲエな。ありゃ本気で嫁になれる。」

 

「50人イチに粉かけさせたのが全滅したのにな。偶然って怖いよな。」

 

 

 

一之瀬の旧友である二宮も、彼のイビツな精神には多少危惧をしていた。

チーム配下のレディースも動員し、一之瀬の恋人候補をかき集めていた。

そして彼も決して不細工ではない。むしろ中性的な美少年ではあるのだ。

 

だが、彼の圧倒的な暴力思考と幼稚さ、そして凶悪な歯止めの利かなさ。

これらが仇となり集まった50人の恋人候補は泣きながら去っていった。

 

 

 

「とにかく俺らがいる以上負けは許されネエ。イチニノサンは無敵だ。」

 

「お、とうとうニノもセンパイが伝染ってきたな。クールじゃねえぜ?」

 

「かもな。だが映研は楽しいぜ?だからこそ入れ込んでる。わりーか?」

 

「悪くねーさ、俺もそうだかんな。さて、そろそろ切り上げるぜニノ。」

 

「帰る前に全部喰えよサンタ。奢るのは好きだが残されるのは許せん。」

 

 

 

皿に残るミネストローネを指差し口を尖らせる二宮。肩を竦める三狩屋。

もちろん、そんな事を知らない三狩屋ではない。敢えて残しての所作だ。

こうして彼の奢りを確認し、そして奢って貰っている負い目を思い出す。

 

二宮流の、そして三狩屋流の、ファミレスでの一種の儀式なのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

東京都下のとあるマンションの一室。そこに寝そべる目つきの悪い青年。

その枕元の携帯電話が、けたたましく鳴り始める。目を擦って手に取る。

画面の表示には『山田次郎@自宅』。音を立てず携帯を持ち部屋を出る。

 

 

 

『鈴木先輩の携帯でしょうか?あの、その、お、俺、山田ですけど……』

 

「……判ってる。ただ寝起きだからな、声が不機嫌なのは許せよ山田。」

 

『す、すみません……あの、じ、実は、その、俺と、その田中双葉が。』

 

「聞いたぞ。コンペするらしいな。言っとくが俺には関係の無い話だ。」

 

 

 

ここで鈴木の耳元に山田の声が届かなくなる。別に切れたわけではない。

恐らく山田が何かを言おうとしては躊躇しているのだと、鈴木にも判る。

だが鈴木も山田の部員たちへの指導は以前見ている。自分相手だからだ。

 

 

 

「別に怒ってるわけじゃない。正直、勝負は五分五分だろうと見てる。」

 

『そ、そうですか。鈴木先輩、あの、何か、アドバイス貰えませんか?』

 

 

 

苦笑する鈴木。部屋の戸の前で立ちながら話す彼の姿は素っ裸であった。

だが別に彼は何かで隠そうともしない。それよりも電話の応対に夢中だ。

鈴木一浪の頭の中で次々と言葉が浮かぶ。かわいい後輩への助言を探す。

 

 

 

「いいか、勝っても負けてもお前は部長、最後まで部長らしく振舞え。」

 

『わ、わかりました。……けど、正直に言います。辞めたくないです。』

 

「なら辞めるな。勝負とは、負けを認めるまで続くもんだ。忘れるな。」

 

『で、でも今度のコンペは確実な結果が出ます。それでも認めるなと?』

 

「田中双葉が消えて無くなるのか?違うだろ。ならば一生追えばいい。」

 

 

 

鈴木一浪は山田次郎の電話の癖を知っている。彼は受話器を口に付ける。

だから、その息遣いまで耳に入る。彼が今、感心し息を呑んでいる様も。

 

 

 

「いいか、田中双葉とお前は浅からぬ因縁を持つ。そこを忘れるなよ。」

 

『い、因縁、ですか?いや、でも、俺と田中双葉は、高校で初めて……』

 

「思い出せ、そして忘れるな。お前と田中双葉には『思い出』がある。」

 

 

 

そこで鈴木一浪は、おもむろに電話を切る。話したい事は全て終わった。

締めの挨拶も無い。鈴木は礼儀を重んじる。だが敢えて彼は電話を切る。

何故鈴木一浪前映研部長は電話を急に終えたのか。それは、背後の影だ。

 

 

 

「鈴木クン?今の電話って例の山田でしょ。私が出ても良かったのに。」

 

「馬鹿を言うな、話をややこしくしたいのか。山田には重過ぎるだろ。」

 

「可愛がってるわよねー相変わらず。妬けるから殺しちゃおうかしら。」

 

 

 

背後に立つ女性の影に気付き鈴木は電話を切った。それは全裸の女性だ。

前美術部部長にして双葉の姉、ペンネーム『一宮』を冠する、田中一葉。

ほぼ同じ顔の姉妹だが決定的な違いがある。彼女の目元は半目ではない。

 

 

 

「普通にバラせばいいのにさ。お前を殺しかけたのは双葉の姉だって。」

 

「奴が思い出すなら止められんが、思い出さんのなら知る必要は無い。」

 

「まぁ実際バラせば双葉が怒るしね。ねぇねぇ、それより、……しよ?」

 

 

 

全裸女性が全裸男性に向かって、行為をせがむ。何の行為かは描かない。

彼女は上半身を密着させ、何かをアピールしている。あくまで『何か』。

一応の事実確認をするなら、本日既に行為は行われた。二回戦であった。

 

 

 

「俺が言うのもなんだが、山田のおかげで俺は『おこぼれ』を貰った。」

 

「あら、私ってばおこぼれなんだ?別にいいけどね。満足してるしさ。」

 

「しかし高卒のままお前の事務所には入らんからな。俺は大学に行く。」

 

「無理無理!ボッチで寂しい4年過ごしてジエンドよ!判るでしょ?!」

 

「俺は地道に働き家計を支えるのが夢だ。成り上がるのは性に合わん。」

 

「ウチの事務所で地道に働くのがいいって。絵の腕なら私より上だし。」

 

 

 

肩に顎を乗せ後ろから抱きしめる田中一葉。短い髪が彼の首をくすぐる。

その心地よい掻痒感を受けながらも、敢えて鈴木一浪は彼女から離れた。

鈴木一浪は別に女嫌いではない。むしろ女性への興味は山田以上だった。

 

 

 

「……よし、やるか!言っとくが、さっきみたいに泣き言は無しだぞ。」

 

「ナニ言ってるのよ、演技よ演技。私ってオトコを立てる女だしねー。」

 

 

 

若い男と若い女は、再び元いた部屋に戻っていく。照明は点いていない。

だが彼らは知っている。足元に障害物がどこにあるのか。何があるのか。

そして一番大きい障害物はダブルベッドであり、その上で乱れた布団だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

電話が切れた山田は鈴木の言葉を反芻している。田中双葉との『因縁』。

そんなわけが無い。彼女と会ったのは高校からだ。敵対部の縁だからだ。

だが、そこで彼は不思議な記憶に驚く。彼女とは部長就任前にも会った。

 

鈴木と出た文化部総会。そこで彼は、旧友の様に彼女に話しかけられた。

 

 

 

「久しぶりね山田クン!覚えてるかな私のこと!もしかして忘れてる?」

 

「いや、申し訳ないが君の事はよく知らないな。確かに俺は山田だが。」

 

「……そっか!ごめんね、驚かしちゃって。私、田中双葉っていうの。」

 

「俺は山田次郎だ。映像文化研究部の2年生で、鈴木先輩の付き添い。」

 

「あー、映研に入ったんだ……。いや、なんでもないわ。よろしくね。」

 

 

 

思い返してみれば、確かにその時の彼女の応対は少しばかり変であった。

しかしその後の彼女の独特なキャラにアテられて、記憶は色あせていく。

山田は思う。鈴木の言う『因縁』という存在がもしかしたらあるのかも。

 

だが、夜も更けて日付も変わる頃に彼に睡眠欲が襲う。彼は欲望に弱い。

もう遅いし今日は寝るかと彼は言い訳して、早々に布団に入ってしまう。

 

 

 

 

 

 

翌朝、山田次郎は戦うことになるのだが、次の展開は次回のお話へ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

つづく。




お約束過ぎる!と思われてるかもしれません。
そういう話が大好きなので勘弁してください。
山田くんのハッピーエンドはもう近いのです。

では、次のお話でまたお会いいたしましょう。



ではではw
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