究極大英雄の山田次郎かく闘えり!   作:うぃっちべーす

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第二十六話『山田くん仇敵と再戦す』

 

 

山田次郎の駐輪場所はいつも同じ場所である。

 

愛馬を降りた先に待ち受けていたのは、山田と背格好だけ似た色黒の男。

映像文化研究部会計、三狩屋太一であった。その横から石川も出てくる。

二人は特に何も言わずに、山田の自転車の両サイドを固めるように立つ。

 

 

 

「……三狩屋くん、石川さん、応援は出来ないって言ったはずだけど?」

 

「ええ、覚えてますってセンパイ。ここで励まして、あとは野暮用ス。」

 

「――言っておきますけど、負けても、山田先輩は、ずっと部長です。」

 

「安心しろ石川さん、負けるつもりなぞ無いよ。だが、覚えておくよ。」

 

「いや、みんな心配してたんスよ?センパイ辞めんじゃねえのかって。」

 

 

 

その言葉を聴き山田の涙腺が緩みかける。昨日はそんな素振は無かった。

しかし後輩達は、ハッタリと奇策が取り得の自分を心配してくれている。

だが彼の目から涙は流れなかった。まだその時間ではないと知っている。

 

 

 

「しっかし、二人が仲良しになったとは知らなかったぞ。いつからだ?」

 

「あー、えっと、石川ちゃんが俺にベタ惚れでしてね。そうだったな?」

 

「――三狩屋先輩、後輩に人気無いんで、理由を探るのに、無理やり。」

 

「うはははは、そうだな、三狩屋くんすぐ居なくなるしな!うんうん!」

 

 

 

山田は背の高い後輩の背中をバンバンと叩いて笑う。ムッとする三狩屋。

さもありなん、彼が部活を離れる時間は全て映研の裏活動の為であった。

口を開こうとした瞬間に左手の袖口を軽く引っ張る感触がそれを妨げる。

 

もちろんそれは石川。彼女は苦笑しながら左右に小さく首を振っていた。

 

 

 

「ま、とにかく安心してさ、思いっきりやってきちゃいなよセンパイ。」

 

「言われるまでも無い!この山田次郎の全身全霊で戦い、そして勝つ!」

 

 

 

腕を振り上げて力説し、そして二人と握手を交わす山田。苦笑する二人。

鼻歌を謡いながら揚々と歩いていく山田の姿は校舎の入り口へと消える。

そこで手を振っていた三狩屋が石川に向き直る。二人の表情は固かった。

 

 

 

「さて、こっからが正念場だからな石川。言っとくが怪我は覚悟だぜ。」

 

「――大丈夫です三狩屋先輩。私だって映研です。やる時はやります。」

 

「いい返事だ。さっきの段取り覚えてるな?まずは俺らも中に入るぞ。」

 

 

 

身長差が20センチ近くあるデコボココンビが山田の後を追って消える。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして国立国分寺立川高校の正門では、ちょっとした騒ぎが起きていた。

校門前には黒く大きなワンボックスカーと白いミニバスが停まっている。

その車の前で、用務員の初老の男性と茶髪に帽子を被った若い男が立つ。

 

 

 

「看板が見えないのかね!ここは学校だぞ!そんなもの乗り入れるな!」

 

「いや、違うんデスって。俺ら今日、ちゃんと話通してありマスから!」

 

「車の来客の事なぞ聞いとらんぞ!これ以上入ったら警察呼ぶからな!」

 

 

 

用務員の言う『看板』とは、立ち入り禁止の旨を書いた看板の事である。

『関係者以外の許可なき入校を禁ず。学校長』という一文は金科玉条だ。

もちろん門番がホイホイ部外者を入れることなどは、あってはならない。

 

しかし門番は困った事に確認をしていない。だからこそモメているのだ。

 

 

 

「どーしたんだい?ボクも忙しい身でね、早く終わらせたいんだよね。」

 

「あ、スンマセンです!すぐこのわからず屋どけて中に入れますから!」

 

「ナニがわからず屋だ!ここは神聖な学び舎、そんな事も判らんのか!」

 

 

 

黒塗りのバンから降りる、頭髪がほぼ白くなりかかっている初老の紳士。

その人物を胡散臭そうに見る用務員。そこで彼の動きがピタリと止まる。

この人物を自分は知っている。だが、しかし、まさか、そんなはずは……

 

 

 

「守衛の方、ここは神聖な学舎。おいそれと侵入させてはいけません。」

 

「は、はわわ……」

 

「ですが今日我々は学校長の許可も頂いております。問題ありますか?」

 

「は、はわわ……」

 

「お判り頂けたようですね。貴方の様な護り手を我々は賞賛しますよ。」

 

「は、はわわ……」

 

 

 

丁寧に優しく喋りかける初老の紳士は、手には許可証を捧げ持っていた。

用務員の老人は急いで大きな鉄門に走って、大急ぎで防御を無効化した。

だが用務員の老人は許可証は一瞥しただけ、ほとんど見てはいなかった。

 

それほどまでに目の前の人物に圧倒され、そして唯々諾々と従ったのだ。

 

 

 

「よーし、A班B班前進ー!テキトーなトコに駐車して準備入るぞー!」

 

「「「「「「チュース!」」」」」」

 

 

 

初老の紳士はすぐ黒塗りの車に乗りなおす。そして二台の車が動き出す。

用務員の老人は直立不動で立ち尽くすのみ。なぜなら彼を狙う物がある。

黒光りする重厚なメカニック、そしてその先に付いている太い筒状の物。

 

それを彼は見据え、そして恐れ、姿が消え去るまで老人は動けなかった。

 

 

 

 

 

 

 

教頭はまだ職員用教材室に居た。別に彼が動くまでも無い。全て無関係。

そして結果を運んでくる者をただ貪ればいい。そして全て手に入るのだ。

文部科学省の旧友も焼きがまわったもんだ、昔は切れ者で評判だったが。

 

そこで教頭は、あるアイディアを生み出す。そうだ、教育長を呼ぼうと。

 

 

 

「……あ、もしもし、私ですが。いやいや、問題など起きてませんよ。」

 

「――――。」

 

「とうとうあの瀬田ヶ谷と映研の息の根が止まる算段が付きましてね。」

 

「――――。」

 

「不祥事の証人は人格が必要でして、ぜひ教育長に参上いただきたく。」

 

「――――。」

 

「判ってますよ。日教組の公認は取れます、次の衆院選は楽勝ですよ。」

 

「――――。」

 

 

 

豪華な椅子の背もたれに深く身を預けながら、短い話の末に電話を切る。

思い通りになって満面の笑みを浮かべているかと思えば、そうでもない。

電話を切って置いた受話器の先を見る目は、不損と軽蔑の眼差しだった。

 

 

 

「センキョセンキョとうるさい奴だ。ま、俺にはどうでもいい話だが。」

 

 

 

彼の脳裏に瀬田ヶ谷の顔が浮かぶ。思えば彼と教頭の因縁は浅くはない。

別な学校の教師として赴任した時が彼との初顔合わせ。そこで衝突する。

教頭もまだ若くて、そして瀬田ヶ谷も若かった。彼らには信念があった。

 

教頭になる男は学年主任になる男に言った。学校の名誉が第一であると。

学年主任になる男は教頭になる男に言った。生徒の実益が第一であると。

彼らは年を経るごとに道を違え、そして地位を得て、頑固になっていく。

 

 

 

「どちらが正しかったかを知るがいい瀬田ヶ谷!お前はもう終わりだ!」

 

 

 

ハゲかかった頭を押さえながら彼は声高く笑う。無論聞かれる事は無い。

職員室は無人であるし、更にこの自分の部屋は完全防音が施されている。

女生徒が破瓜の激痛に叫んでも針の音にも満たない音しか漏れないのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

勝負の会場である美術室。そこには制服姿の少女達で溢れかえっていた。

彼女らは皆、立って中央を囲んでいた。その空いたスペースには、椅子。

二つの椅子が用意されており、その一つには、田中双葉が腰掛けていた。

 

 

 

「集めたわねー。一応訊くけど、部員以外も居るのかしら副部長さん?」

 

「特に出入り禁止はしてませんが部員しか知りません。確認しますか?」

 

「いや、その必要は無いわ。私ってば見られてるほうが燃えるのよね。」

 

 

 

周囲のギャラリーたちを見渡す双葉。その中にカメラを持つ少女もいた。

双葉はそんな少女を目敏く見つけて、投げキッスとウィンクをしている。

そんな部長の仕草を見る副部長は、苦笑しながら腕時計の針を確認する。

 

入室の時間は伝えてある。だがあと2分も無い。まさか逃げ出したのか。

そう思った矢先に美術室の鉄の扉が勢い良く開いた。そこには男性の影。

 

 

 

「待たせたな!故あって俺が勝負を請け負う事となったぞ、田中双葉!」

 

「あら、誰が相手かと思えば山田クンなの?こりゃ意外と困ったわね。」

 

 

 

ちなみに山田次郎は10分前には美術室前に到着して、時計を見ていた。

彼は演出家であり、そして策士である。わざとギリギリまで待ったのだ。

ちなみに2分前だったのは単に彼の時計が母によって進められたせいだ。

 

 

 

「それでは時間も押してますので勝負を説明します。よろしいですか?」

 

「うむ!動画即描でもフィルム編集でも何でも来い!準備は出来てる!」

 

「そんな勝負をここでやる訳無いでしょ山田クン。お絵かきするのよ。」

 

「お二人には静物画をやって頂きます。今回の勝負の題材は林檎です。」

 

 

 

富井有栖がさっと手を振ると、取り囲む部員たちの壁が割れ、机が出る。

準備をしていた部員が運ぶ小さな机には、小さな林檎が一つ乗っている。

呆れるような笑顔を浮かべる田中双葉。その目を輝かせている山田次郎。

 

 

 

「判ってるな彼女!模写は入り口にして到達点!真剣勝負に相応しい!」

 

「あのね、たぶん馬鹿にされてるのよ私達。静物画って基礎の基礎よ?」

 

「あくまでコンペです。そして審判は、集まった部員全員の投票です。」

 

 

 

ざわめきだす美術部員の女生徒たち。さもありなん、聞いていなかった。

きっとOGか顧問でも来るのであろうと思っていた。それが自分達とは。

しかも勝負は現美術部長と、その不倶戴天の敵である現映研部長なのだ。

 

彼女らはそこで気が付く。これは踏み絵。次期部長への恭順のテストだ。

 

 

 

「よかろう!要はどちらが林檎を巧く描けるかで認めてもらうのだな!」

 

「え?!いいの山田クン?私が言うのもなんだけど、ここ美術部よ?!」

 

「常在戦場!映研部長の席には、常にダモクレスの剣が下がっている!」

 

 

 

更にざわめく部員達、そして苦笑する副部長、頭を抱えうずくまる双葉。

言い放った当の本人は得意げであった。だが、どうにも反応がおかしい。

それもそのはず、全く同じ事を田中双葉も部員達に伝えていたのだから。

 

 

 

「おっほん!とにかく、題材は判った!早く原画用紙とピグマを出せ!」

 

「チョコチョコせこいわね山田クン。ライトボックスなんか無いわよ。」

 

「画材も既に用意してありますよ。新品のスケッチブックと鉛筆です。」

 

 

 

出された画材を素直に受け取る山田。だが対戦相手の田中は違っていた。

凶悪な目つきで富井を睨む双葉。その眼差しは射殺さんばかりの迫力だ。

しかし副部長は冷めた表情のまま顔色一つ変えずに、説明を続けていく。

 

 

 

「時間は、まぁ30分もあれば充分かと思いますが、異論はあります?」

 

「そんなトコじゃないかな。田中双葉、遅筆の君に合わせてもいいぞ?」

 

「……え?そ、そうね。30分で問題ないわ。早く終わらせましょう。」

 

 

 

何故彼女は取り乱しているのか。その理由の説明は後段に譲る事とする。

とにかく、椅子に腰掛けた両部長による林檎勝負は、もう始まったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

山田家の両親は必ず同じ部屋で就寝する。そして布団は必ず隣り合わせ。

だが今日に限っては違った。いや、数年ぶりに違う形となっていたのだ。

敷き布団が乱れて重なっている。そして、掛け布団もまた乱れて重なる。

 

そんな乱れた布団たちに包まれ、山田家の父と母は、天井を眺めていた。

 

 

 

「ねぇあなた?言い忘れてたけど、わたしまだ閉じてないわ。大丈夫?」

 

「そんな歳じゃないのは知っとるさ。今度こそ女がいい、俺に似るぞ。」

 

「そんなゴツゴツした娘は嫌だわ。やっぱり女の子だったら私似よね。」

 

「……次郎の彼女ってやっぱり、義妹さんちの双葉ちゃんだったのか。」

 

 

 

そのセリフを聞き、体を回して夫に向き直る妻。そして視線を彼に送る。

夫は片腕を枕にしつつまだ天井を見ていた。しかし、意識は向いている。

その証拠に彼女の方に向いた耳だけがヒクヒクと動いている。彼の癖だ。

 

 

 

「ごめんなさいあなた。でも私、姉は嫌いだけど双葉ちゃんは好きよ?」

 

「まぁな。だが大丈夫か?あの身なりはどう見ても一葉ちゃんだろが。」

 

「彼女言ったわ、姉の責任もすべて私が取る、次郎が好きだからって。」

 

「もったないなー、次郎がそこまで惚れられる奴には俺には見えんが。」

 

「自分の子なんだし贔屓しなさいよ。それにあなたにソックリでしょ。」

 

 

 

そう言って優しく夫に向かって微笑みかける山田葛葉。苦い顔をする夫。

そこで山田大二郎は回想する。今のように息子が元気なのは奇跡である。

 

 

 

山田次郎は小学校の階段下で生徒によって発見された。首に痣があった。

すぐさま救急車が呼ばれ、彼はすぐさま救急指定病院に緊急搬送された。

担当した医師は、頸部圧迫による窒息と階段落下による打撲と診断した。

 

だが何故か病院長と法人格の責任者が駆けつけ、彼はICUに移動する。

ICUとは緊急性の高い危険な患者を収める『集中治療室』の事である。

もちろん彼の緊急性は低くない。対応を間違えれば死に繋がるであろう。

 

だが必要なのは適切な処置であり、手術するかも決まっていない状態だ。

これは通常の対応ではなかった。この病院は二宮家の運営病院であった。

 

 

 

「山田大二郎さんですね?申し遅れました、二宮純一郎、と申します。」

 

「病院のお偉いさんか!どうでもいい、次郎と会わせろ!今すぐにだ!」

 

「それは出来ません。今は危険な状態です、集中治療室に入ってます。」

 

「階段から落ちて集中治療室だ?……あの馬鹿、どんだけ鈍いんだよ。」

 

 

 

この時点で山田大二郎に入っていた情報は限られていた。息子が救急車。

そして、階段で転んで怪我をした。だが、意識が戻らない。そんな程度。

 

 

 

「申し訳ありません、実は彼は鈍くありません。殺されかけたのです。」

 

「……言ってる意味がわかんねえな。もう少し判りやすく言ってくれ。」

 

「わかりました。ウチの娘が次郎君の首を絞め、階段から投げました。」

 

 

 

二宮純一郎は覚悟していた。きっとこの父は自分を殴るだろう。何度も。

もし自分が娘に同じ事をされていたら、きっと息絶えるまで殴るだろう。

だが、甘んじて受けるしかない。なぜなら、それが父である自分の責任。

 

しかし彼は殴られなかった。目前の山田次郎の父は、豪快に笑ったのだ。

 

 

 

「そーかそーか、次郎の奴、痴話ゲンカで殺されかけたか!なるほど!」

 

「あ、いえ、申し訳ありませんが、そうではなく、私の娘がですね……」

 

「ま、女の子相手なら死ぬ訳ないか!好きなだけ入院させてください!」

 

 

 

ここで二宮純一郎は思い出す。そういえば息子の怪我には腹が立たない。

目の前の父親に圧倒されながら、なんとなく彼の気持ちが判る気がした。

 

だが、病院の別室では和やかな父親同士とは逆の光景が展開されていた。

質素な出で立ちながらも凛とした美しさを持つ、長い黒髪を冠した女性。

豪奢な出で立ちに負けず劣らずの美しさを持つ、短い黒髪を冠した女性。

 

その二人が、眼光で相手を睨み殺す競技でもしているかのようであった。

 

 

 

「……久しぶりね若葉。私が実家を出てからだし、もう18年かしら。」

 

「……老けたわねぇ姉さん。お金、困ってるんでしょ?受けなさいよ。」

 

 

 

二人を挟むテーブルの上には山のような札束。比喩ではなく本当に山状。

百万円づつを紙の帯で纏めた札束が、標高を1mにも伸ばしていたのだ。

だが、山田葛葉はその光景に顔色一つ変えなかった。緊張すら無いのだ。

 

 

 

「生憎と大二郎さんの仕事の腕は確かよ。お金に困るほどじゃないわ。」

 

「底辺じゃないのあの男。よくもまあ田中の家を抜けれたもんだこと。」

 

「男を地位や名誉や金で計る貴女の気のほうが知れないわ。可哀想に。」

 

「雑魚の幸せって奴かしら?まぁ取り得の無い姉さんにピッタリよね。」

 

 

 

田中若葉と山田葛葉は、実の姉妹である。田中家の二輪の薔薇であった。

おっとりとしていながら気を配れる、親戚筋からの人望の厚かった葛葉。

ハキハキとして何事にも腕を見せる、会社筋からの人望の厚かった若葉。

 

この二人の令嬢がいるかぎり田中家は安泰だと誰もが思っていたのだが。

 

 

 

「私、山田大二郎さんと結婚します。赦して貰えるとは思ってません。」

 

 

 

田中葛葉はそう父親に宣言し、更に御腹に彼の子供がいると打ち明ける。

父親は激高しなかった。孫の顔を見に行くよ、そう言って彼女を赦した。

この時の葛葉はまだ18才。もちろん同級生である山田大二郎も同じ年。

 

ちなみに結婚の決め手は、半ば強姦とも思える初体験で命中したせいだ。

 

 

 

「で、一葉の首くらいは次郎に締めさせるけどね、文句は無いでしょ?」

 

「ナニ言ってるの?元はと言えば姉さんの馬鹿息子が原因じゃないの!」

 

「旦那が女と浮気してたんでしょ?次郎が教えてあげたんじゃないの?」

 

「うるさいわよ馬鹿!とっとと金持って失せなさいよ!貧乏人風情が!」

 

「言ったわねこのブス!学校じゃみんな言ってたわ!乳だけ美人って!」

 

 

 

よく女性同士のケンカは金切り声と爪の引っかきとビンタだと言われる。

だが実際はそうではない。相手によって戦い方を変えているだけである。

力の勝る男相手なら有効だというだけ。同じフィールドならば全く違う。

 

まず殴る、蹴る、髪を引っ張る、噛む。そして、投げる、打つ、極める。

特に彼女らは護身術を習っていた。もちろん誘拐や暴行に備えるためだ。

だが護身術はそのまま攻撃術にもなる。部屋の中に戦闘の嵐が渦巻いく。

 

 

 

「……覚えてなさい姉さん、今度は必ず息の根を止めてやるんだから。」

 

「……それは無理だわ若葉。姉より優れた妹はこの世に存在しないわ。」

 

 

 

豪華な調度品の揃った病院の応接室は二人の争いによって傷ついていた。

そして髪を乱しきっている美人だった姉妹。今は鬼女にしか見えないが。

妹は散らばっている床の上の散乱物から紙幣の束を選り抜き拾いだした。

 

そして姉に渡す。姉も何も言わずにそれを受け取る。商談の成立である。

 

 

 

「姉さん、言い方が悪かったわ。次郎くんの事は私が謝罪したいのよ。」

 

「約束するわ若葉。次郎に手を出さなければ今回の件は秘密にするわ。」

 

 

 

山田葛葉も田中若葉も、暴れた事で落ち着いた。頭を冷やしたのである。

こうして彼女らはまた別れ、それぞれが己の生活へと戻っていったのだ。

ちなみにこの資金で山田家は自宅と土地を即金で購入し起業も果たした。

 

 

 

 

 

「ま、次郎の記憶障害はどうでもいい。それより双葉ちゃんはどうだ?」

 

「私は賛成よ。こう言うのも何だけど、彼女は母親より私に似てるわ。」

 

「まーな。本当に若い頃の君にソックリだ。外面と内面の違いが特に。」

 

「あら失礼ね。今でもご近所では評判のお上品な奥様で通ってるのよ?」

 

「だが太郎を仕込んだ時の事が未だに忘れられん。あれは凄かったぞ。」

 

 

 

そこで真っ赤になりながら横にいる夫をペチペチと軽く叩き続ける細君。

叩かれている夫は、豪快に笑いつつその可愛らしい感触を楽しんでいた。

ちなみに結婚の決め手になった半ば強姦だが、襲ったのは葛葉嬢である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

目を覚ますと郷田の上には見知らぬ天井、そして隣には見知らぬ中年男。

そっと体を起こして掛け布団をめくる郷田。幸いにも着衣の乱れは無い。

行きずりの中年男と一夜を過ごした訳ではないと知って彼は一息ついた。

 

 

 

「……そうだ、土屋の盗撮をするのに泊まったんだっけ。忘れてたよ。」

 

 

 

そう独り言を呟きながら学生服に着替えだす少年。そして洗面所に行く。

まずは顔を洗い、スタイリストに言われた通り髪を摘んで逆立てていく。

ある程度体裁が整うと、彼は土屋父の歯ブラシで歯を磨き、濯いでいく。

 

別に土屋父との間接キッスを狙った訳ではない。青色が好きだったのだ。

 

 

 

「しかし中々収穫が無いな……そもそも何を撮れば良いのか……むむ!」

 

 

 

郷田はその出会いを神に感謝した。まさに『盗撮』と書かれている円盤。

そのディスクに書かれていた全文はこうだ。『盗撮JK言いなり地獄』。

さっそく部屋主の許諾も取らずにディスクをプレーヤーに押し込む郷田。

 

すると全く音量が上がらないまま、何故か映像だけが流れはじめていた。

首を傾げる郷田。しかし映像だけでもと彼はテレビ画面へと膝を進める。

自分の横でヘッドホンをつけたままで寝た振りをする中年に気付かずに。

 

 

 

「こ、これは、性行為をしてるじゃないか!しかもそれを撮影だと?!」

 

 

 

いちいち感想を述べる郷田少年に苦笑しながらも土屋父は思案していた。

確かにAVコレクションは200にも及ぶし好事家垂涎の逸品もあった。

だが自分はJK、いわゆる女子高生物だけは全て破棄をしたはずなのだ。

 

娘が進学した際に妻に言われたのだ。娘と同い年のAVだけは捨てろと。

 

 

 

「こ、これは、性器のアップだと?!パンツの方がエッチじゃないか!」

 

 

 

これには土屋父も、起き出して郷田と論戦を始めようかと何分も迷った。

下着なのか直接なのか。それは性癖の中でも永遠に続くテーマの一つだ。

隠されているからこそ神秘性は維持される?獣欲こそが尊く自然なのだ?

 

永遠に判り合えないテーマでもある。どちらも男の勝手な意見なのだが。

 

 

 

「しかし生殖行為ということは夫婦になるという事だろう?違うのか?」

 

 

 

首を傾げている郷田に土屋父は奥さんとの出会いを思い出してしまった。

有名私立に入ってサークル三昧の土屋父。そこで出会った清楚な美少女。

そんな彼女はキスを迫る彼に向かって正座をしながら、こう告げだした。

 

 

 

「キスをするということは夫婦になるという事です。結婚して下さい。」

 

 

 

浮名を馳せていた土屋父は適当に口約束をし、最終段階まで突き進んだ。

しかし彼女は婚約を確信したのか、毎日手弁当を届けて寄り添い続ける。

夜には土屋父を実家に招いて手料理を振る舞い、二人の将来の夢を語る。

 

ふと気がつけば付き合っていた女性は次々と減って、彼女だけが残った。

 

 

 

「一つ聞いていいか?俺がけっこう遊び人なのって、知らなかったの?」

 

「もちろん知ってました。でも、皆さんにも婚約したと伝えましたし。」

 

 

 

思えば強くて天然な嫁であったと土屋父は思い出した。そして決心する。

嫁には頭を下げて戻ってきてもらおう。そしてカメラの台数も減らそう。

いまだにプロポーションの崩れていない嫁。まだまだ愛し足りないのだ。

 

 

 

「やはり盗撮行為とはフィクション、僕は空想に踊らされてたのか……」

 

「ムニャムニャ、盗撮した後に脅迫で婚約すれば一気に解決だムニャ。」

 

「そ、そうか!その手があったか!ありがとう!おじさん……の寝言!」

 

 

 

そして土屋父は知った。これは確か5年ほど前に紛失した一枚であった。

その時はまだ自室に鍵をつけておらず娘が自由に出入りできていた時期。

自分のパソコンを娘が勝手に使ってネットをしているのが判り施錠した。

 

つまりこれを持っていたのは。そして何も知らぬ少年に見せているのは。

 

 

 

「起きろ土屋!早く学校に行くぞ!婚約した後に脅迫して盗撮するぞ!」

 

「起きてます部長。あと順番が逆になってますので気を付けて下さい。」

 

「そうか。ケアレスミスをするとは僕らしくもないな、気をつけよう。」

 

 

 

郷田武士の横で微笑んでいる土屋杏奈。父は思った、娘は嫁に似たなと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

山田次郎と田中双葉の静かな戦いは既に始まっていた。両者は横に並ぶ。

これには意味がある。それは視点。同じ視点で描く事で違いが判るのだ。

もしも両者が拮抗して違う視点で描かれていれば、その判断に迷うから。

もちろん相手の手の内は見せないように、間には大きな板が立っている。

 

 

 

「……富井君、細かいルール説明が無かったから聞くが私語はOKか?」

 

「美術部の不文律ではNGですが、両者の合意で決めてよろしいかと。」

 

「私だったら別にOKよ?そーいえば山田クンと話すのって久々だし。」

 

 

 

先ほど動揺を見せた田中嬢であったが、すでにリカバリーが済んでいる。

二人は同じ様に椅子に腰掛けて、膝の上にスケッチブックを置いていた。

そして左手で大きな帳面を支えながら、右手を使い対象物を描いている。

 

 

 

「映研では模写をする時に線取りをしない。当たりをつけて修正する。」

 

「その辺は一緒だわね。輪郭に拘ってるとかえって歪んじゃうからね。」

 

「まず対象物と画面のバランスで路線を決めるのは一緒か。なるほど。」

 

 

 

首を傾げる富井有栖。何をこの二人は言ってるのだろう?勝負中なのに?

しかしそこで周囲の光景を見てその真意を知る。そして表情を曇らせる。

一般部員達の一部、特に新入生部員がその二人の話のメモを取っていた。

 

山田次郎は、敵地である美術部でさえ『部長』として活動しているのだ。

そして山田の『部長の波動』にさらされた部員たちが惹かれているのだ。

 

 

 

「皆さん、研鑽は結構ですが今はコンペです。ちゃんと御二人を見て。」

 

「いいじゃないか富井君。ここまで囲まれていて不正など出来ないよ。」

 

「不正だけではありません。御二人の戦う姿を見ることも勉強ですし。」

 

「あらイイこと言うわねー。じゃあ山田クン、ここらで熱いキスでも。」

 

「なんでそーなる?!いいか、みんな誤解するなよ!俺達は好敵手だ!」

 

 

 

頬を紅に染めて必死に否定する山田次郎。そして優しく微笑む田中双葉。

そんな二人の光景を見た部員達の肩から力が抜け、修羅場が一気に和む。

 

 

 

「御二人共、仲が良いのは充分判りましたから手を動かしてください。」

 

「ちょ、富井君まで何を?!山田次郎は勝負に一切の手は抜かん男だ!」

 

「カンバンが邪魔で見えないけど、まさか手を動かして抜いてるとか?」

 

「おいっ!!君の大事な後輩達が見てるだろうが!品が無さ過ぎるぞ!」

 

「それなら大丈夫よ山田クン、うちの後輩ってウブな子ばっかりだし。」

 

 

 

そして山田次郎は恐る恐る『ウブな』という女子部員達を見回していく。

確かに彼女らは赤面している様子も無く、平然とした表情で山田を見る。

だが角度がおかしい。彼の顔を見ずにスケッチブックも見ていなかった。

そしていつの間にか彼の前方に集まってきていた。そして視線は、下に。

 

山田はそこでハッと気が付き、すぐ足を閉じてしまう。聞こえる舌打ち。

 

 

 

「ど、どこがウブなんだっての!俺の股間見たって楽しく無いだろが!」

 

「あ、あのー、田中部長が、山田部長のアレは大根より大きいわって。」

 

「た、た、田中双葉ー!貴様、なんでそんな個人情報を暴露するのだ!」

 

「だって本当じゃない?大根だってもうちょっと控えめかなって位よ?」

 

「しょーがないだろ!別に好きで大根と勝負してる訳じゃないんだぞ!」

 

 

 

こうして大根談義に花が咲くコンペだが、二人の鉛筆は止まっていない。

部員達はざわめき雑談さえ始めているが、二人の手は僅かな淀みも無い。

 

勝負はまだ序盤である。

 

 

 

 

 

 

空手部、という部活がある。実は都立高の数ある中でも空手部は少ない。

ほとんどが私大付属だったり私立だったりで公立の高校にはあまり無い。

何故なら高体連では柔道に重きを置かれており、空手はマイナーなのだ。

 

そこで教頭は策を講じ、空手部を創立させ有力選手を奨学金で誘致した。

ちなみに奨学金誘致の実態は、無償還型奨学金制度という破格の優遇だ。

無償還型とは普通の奨学金と違って、返却の必要がない学費融資制度だ。

 

奨学金に見合う成績を残せる有望な生徒のみが対象であり、バーは高い。

だが全国レベルへのバーは低い。そして、公立校一番の一線が低いのだ。

 

 

 

「――あと1時間だけ、皆さんに、ここにいて貰います。いいですね?」

 

「なんだぁ?お嬢ちゃん、俺ら忙しいんだよ。スマンがどいてくれや。」

 

「――駄目です。今だけは、ぜったいに、ゲホ、いかせ、ゲホ、ません。」

 

 

 

教頭肝いりの空手部には特別に体育館地下道場の利用が認められていた。

本来ならば柔道部が利用していた場所だが事件を起こして廃部となった。

その廃部原因は暴力事件。昨年の合宿中に不良とケンカをした為だった。

 

そんな地下道場の入り口で手を広げて咳き込む石川。服装は制服である。

対して空手部は全てが道着であり、その身長は全員180cmを越える。

まるで駄々をこねた子供が大人をトウセンボしているような状態なのだ。

 

 

 

「どうする?この子って具合悪そうだぜ?殴って出てくとマズくねぇ?」

 

「馬鹿言え、奨学金無しじゃ俺ら中退だぞ。どいてもらうっかねえな。」

 

 

 

しかし緊張で石川は咳が段々と酷くなり、ついには尻餅をついてしまう。

それが良くなかった。その瞬間チラリと彼女のスカートがめくれたのだ。

その光景を見る屈強な空手部員達。それは山田次郎をも悶絶させた光景。

 

 

 

「しょ、しょうがねえな!俺らはジェントルマンだ!この子を看病だ!」

 

「それだ!特に彼女は超暑そうだ!色々脱がさなきゃ命に関わるかも!」

 

「―――――ゲホゲホ、いや、やだ、こ、来ないで、やぁ、やだぁっ?!」

 

 

 

屈強な空手部員達が石川真理子を取り囲む。そして無数の手が伸びだす。

ジャケットに届き、リボンに届き、そしてスカートやブラウスにも届く。

抵抗をしていないわけではない。しかし、彼らの膂力に比べれば無力だ。

 

 

 

「お、おお、おおおおおおおお!俺、初めて女の子のパンツ見たぁっ!」

 

「もっとだ、もっといくぞ!俺らはジェントルマンだ!人助けだって!」

 

「ジェントルマンが聞いて呆れるわ!この腐れ強姦魔ドモがぁぁぁぁ!」

 

 

 

最後の雄叫びに振り向いた空手部員。そこに見た光景も、やはりパンツ。

学校指定室内用シューズ、いわゆる上履きと共に彼は横縞パンツを見る。

その直後に眉間に強烈な衝撃を受け、そして彼は道場の畳の上に沈んだ。

 

 

 

「大丈夫石川ちゃん?!……このクズ!!空手マンの誇りは無いの?!」

 

「なんだぁ?!女が増えたって俺らがジックリ看病しちゃうんだぜ?!」

 

 

 

阿形直美は半裸になっていた石川に、そっと自分のジャケットを掛ける。

だが見た目には劣勢は明らかだ。特に阿形は石川より更に背が低いのだ。

対する空手部は人数でも体格でも大幅に勝っている。勝ち目は見えない。

 

しかしそれでも阿形は石川を背に護る姿勢で立ち、体を横にして構える。

そこで彼らも相手が同業と知る。少し距離を空けて同様に構えはじめた。

 

 

 

「こいつ知ってるぞ!確か中体連女子の部に出てた西立川の阿形だろ!」

 

「だったら話は別だな。確かこいつの道場って極神だろ。俺同派だぜ?」

 

「極神の名前を出してんじゃないわよ!自分のやった事判ってんの?!」

 

「馬鹿言うなよ、極神はヤクザ空手だぜ!実戦重視派のフルコンだぞ!」

 

 

 

極神館空手とは日本一の勢力を誇る流派である。世界中にも支部がある。

ファミリー向け女性向けにも門戸を開いており、非常にメジャーなのだ。

一方で創始者は激しい気性の持ち主で強さこそ正義という側面もあった。

その為に、反社会的な面々が鍛える空手という悪いイメージもあるのだ。

 

 

 

「……あんたらみたいな馬鹿がいるせいで真面目な空手はイイ迷惑よ。」

 

「女子空手なんぞお遊戯だぜ!めんどくせえ、この女もボコって犯す!」

 

 

 

もちろん空手も有利不利は存在する。体が小さければ不利。威力が軽い。

そして彼らの腰に巻かれている帯は全て黒。いわゆる有段者という訳だ。

女子の部では無敗を誇る阿形でも、さすがにこの面々が相手では厳しい。

 

だが阿形の顔に焦りは無い。むしろ笑みすらある。何故彼女は笑うのか。

 

 

 

「よーよー、楽しそうじゃネエか?確かお前さ、日野の権田原だろが?」

 

「んだよ、誰だよお前――あ、あああ!!ちょ、待て、なんでお前が!」

 

 

 

驚愕する権田原。声の先に浅黒い肌の短髪の少年。権田原は知っている。

権田原は空手の腕試しと欲望を満たす為に恐喝行為等をおこなっていた。

そこで自分の支配地域を飛び出し、とある少年の支配するエリアに入る。

 

イチニノサンに加入する前の榎本由紀夫が支配していたエリアであった。

 

 

 

「ボコくれてやったら泣いて謝ったんだよな?それがイイご身分だな。」

 

「え、エノ、そ、そうだ、この女、マワせるぜ?お前も一緒にどうだ?」

 

「んだよゴン、そんなハンチクに何ビビッてんの?お前有段者だろが?」

 

 

 

馬鹿にしたように言い放つ隣の部員。周囲に合図し榎本へ構えを取った。

しかし榎本少年は不思議そうに首をかしげて、ただ棒立ちになっていた。

そこを隙と見た空手部員が数人で彼に突きかかる。そして全て命中する。

 

だが次の瞬間に数人の部員達は宙を舞い、バウンドしつつ転がっていく。

 

 

 

「だっせ!こんな程度に手こずってたのかよ阿形。しょーがねーなー。」

 

「う、うるさいわね!三狩屋センパイがアンタを待てって言ったのよ!」

 

「とりあえず予定通り石川連れて戻れ。ここは俺だけで充分だかんな。」

 

 

 

その時、阿形は榎本の表情を見る。そして苦笑しながら石川の手を引く。

子供がオモチャを見る目よりも、もっと純粋でもっと凶暴な原始的な目。

ごちそうを見る目。彼にとって空手の有段者は獲物としか映らないのだ。

 

 

 

「―――阿形さん、なんで、ここに?三狩屋先輩って、言ってたけど。」

 

「ああそれ?三狩屋センパイ、石川ちゃんは無理するから護ってって。」

 

「――でも、三狩屋先輩は、石川一人で、何とか空手部を止めろって。」

 

「止めてたじゃない。でもまぁあの人、根性悪いのかもしれないけど。」

 

「――根性悪い?もしかして、私じゃ止めきれないって、思ってたの?」

 

「わざとタイミングをずらしたのよ。石川ちゃんに頑張らせる為にさ。」

 

 

 

地下の道場から地上に出るための螺旋階段を駆け上っていく阿形と石川。

阿形と榎本は山田の裏切りに備えるべく校舎内で待機していたのだった。

そこに三狩屋からの電話が阿形の携帯に入り急行した、という訳である。

 

 

 

「――ねぇ阿形さん、本当に山田先輩が、映研を裏切るって、思うの?」

 

「正直信じられないけどね、姫が言うんだし一応準備しとこうかって。」

 

「――宇佐美さん、か。ねぇ阿形さん、山田先輩のいる所、いこっか。」

 

「いやでも三狩屋センパイは帰れって……石川ちゃん、何か判ったの?」

 

「――たぶん。もしも予想通りだったら、姫を救えるのは、私達だけ。」

 

 

 

ここで阿形直美は地上に出た後に、まず先に教室に向かおうと提案する。

もちろんそれは石川の提案とも三狩屋の命令とも違った目的地であった。

しかし理由を耳打ちされた石川は従う。置きジャージを取りに行くのだ。

 

ちなみに現在の石川の格好は、下着姿にジャケットを羽織っているだけ。

同性である阿形直美にとっても、そんな石川真理子の姿は刺激的なのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

和やかなムードの中で山田と双葉のスケッチ対決は中盤戦を迎えていた。

林檎の輪郭がどんどんと鮮明になっていき、凹凸や陰影も加わっていく。

そして、流石にこの段階になると二人の部長の表情も険しくなっていく。

 

 

 

「残り10分です。……ですが、早く終わらせることも勿論可能です。」

 

「なるほど、ちなみに早く終わると加点されるという条件はあるのか?」

 

「そういうゲームではありません。あくまで絵の出来による投票です。」

 

「そいつは残念だ。それだったら確実に田中双葉に勝てると思ったが。」

 

「山田クン手が早いもんねー。私という者がありながら浮気するしさ。」

 

「そもそも君があるという所が無い!そして浮気なぞ死んでもしない!」

 

 

 

互いに軽口を叩きながらは同様だが、二人はもう目線を外してなかった。

目の前のスケッチブックにだけ視線を落とし、手は休み無く動いている。

美術部員たちはその光景を見て部長達の集中力の凄まじさを思い知った。

 

もちろんそれは副部長である富井有栖も感じていた。だが無論、無表情。

 

 

 

『……これだけ拮抗してれば山田部長の負けでも充分納得できるわね。』

 

 

 

彼女のシナリオでは山田は負ける。田中の勝利でこの勝負は幕を閉じる。

そこで映研の一年生が乱入してきて、山田の八百長を主張しつつ暴れる。

そして証拠の写真撮影、多数の証人、空手部による鎮圧で映研は終わる。

 

 

 

『田中も山田との八百長の片棒を担いだと除籍、私だけの部活になる。』

 

 

 

教頭とも話はついている。そこで田中双葉が獲得した名誉を差し替える。

現部長が荒らしまわった数多くの賞は部名義に。そして指導者の功績に。

富井が率いる美術部の功績として、奨学金の支給に関する報告書に載る。

 

副部長の富井有栖は全く表情を崩さない。しかし内心は小躍りしている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この日の天気は南南東の風が吹く曇り空。だが俄かに風向きが変わった。

北東の風が入り、濃い灰色の雲の隙間から陽光が光の筋を伸ばし始める。

都知事の息子のお天気キャスターが不思議ですねとテレビで話していた。

 

 

 

「はじめまして。わたくし映像文化研究部顧問の瀬田ヶ谷と申します。」

 

「お噂はかねがね。純くんと私は古い付き合いでね、今後とも宜しく。」

 

 

 

白髪の壮年男性が瀬田ヶ谷に手を伸ばす。躊躇せず瀬田ヶ谷は握手する。

背は決して高くない。そして好々爺然とした表情は非常に好感が持てる。

だがその存在感は、流石にそのへんの一般人には及びもつかないほどだ。

 

 

 

「早速で申し訳ありませんが、先生のお作りになった資料はどこです?」

 

「あ、それならここに。判り難い所があれば遠慮せず言ってください。」

 

「私は門外漢ですからね、嫌だと言われても質問させてもらいますよ。」

 

 

 

老眼鏡をかけて書類をめくりだす白髪紳士。時々ウンウンと頷いている。

固唾を呑んで見守る瀬田ヶ谷と二宮をよそに、紳士はとても自然だった。

そして大きく溜息を吐いて、その書類を机に置き大きく手を叩きつけた。

 

 

 

「ヒドイ!いや、思ってた以上にヒドイですよこれは!そうでしょう!」

 

「あ、いや、私の至らないのは謝罪します。それで、内容はどうです?」

 

「書類は素晴らしかった!問題はこの内容ですよ!これは本当ですか!」

 

「一応事実確認が出来た部分だけを書きました。確実に本当の事です。」

 

 

 

瀬田ヶ谷はチラリと横に視線を移す。男の肩には黒い大きなメカニック。

メカを構える男が首を振って視線を否定をする。急いで視線を戻す教諭。

一方の白髪紳士は次第に感情を高ぶらせアクションが大きくなっていく。

 

 

 

「瀬田ヶ谷先生、今すぐ彼の元に案内してください!よろしいですか!」

 

「も、もちろんです。教頭先生は職員教材準備室にいるはずですから。」

 

 

 

風が変わった。吹いていた逆風が一気に順風へ吹き返し始めたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

美術室前に、ある人物が立っていた。この人物は、ある約束をしていた。

連絡をすれば駆けつける約束になっている。そして自分の指示に従う筈。

しかし指示をしていないのに人影が現れた。約束していた人物でもない。

 

 

 

「よう姫、どうしたんだよこんなトコで。まさか乱入でもする気かよ?」

 

「えー?ナニ言ってるんですかー三狩屋センパイー。何ですかそれー。」

 

「エノと阿形には別な所に行くように指示したぜ?もう来れねえよな。」

 

 

 

とある人物とは宇佐美恋子であった。親しげな笑みで三狩屋を見つめる。

手には大きなデジタル一眼レフカメラ。今日は広角レンズを付けていた。

対する三狩屋はいつもの冷めた笑顔よりも少しだけ優しげに彼女を見る。

 

 

 

「ニノは金持ちでイチはケーサツの息子だ。やり直すなら手を貸すぜ?」

 

「やーだー、言ってる意味がわかないんですけど?変なセンパイだー。」

 

「……姫、映研を潰すつもりなら俺は容赦シネエって言ってんだけど。」

 

 

 

宇佐美恋子の表情が変わる。貼り付けたような笑顔から寂しげな笑顔へ。

そして彼女はくるりと向きを変えて、いきなりダッシュ走行をはじめた。

舌打ちして後を追い続ける三狩屋。彼の身体能力も他の二人に負けない。

しかし二人の差はグングンと開いていく。まるで跳ねる様に走る宇佐美。

 

だが差は一気にゼロになる。宇佐美が途中で倒れて左脚を押さえたから。

 

 

 

「かー、やっぱり駄目かー。少しくらいならイケると思ったけどなー。」

 

「脚の故障、直せねえのか?若いうちなら手術無しでもいけんじゃね?」

 

「だめですよー、実はわたし、痛めた逆もやっちゃったんですよねー。」

 

 

 

スポーツ選手の故障の本当の恐怖はリハビリにあると言う専門家もいる。

完治しても故障の記憶から無意識のうちに逆の筋肉を酷使して再故障に。

気がつけばバランスが完璧に狂ってしまって故障だらけになってしまう。

 

 

 

「姫、もうエノも阿形も空手部も全員来ねえ。俺は全部知ってんだぜ。」

 

「そっか。じゃあもう映研には居れないですね。ま、退学ですけどね。」

 

「……戻って来いよ姫。映研全員がお前を待っているぜ。逃げんなよ。」

 

「無理ですよ、ウチ貧乏ですもん。奨学金無しじゃ生活できませんし。」

 

 

 

低所得者の為の控除は日本には沢山ある。そして支援も充実をしている。

しかし弱者をあまりに優遇しすぎてしまうと勤労意欲が削がれてしまう。

『最低限』のレベルまでは護られている。しかし、その先は護られない。

 

そして残念な事に思春期の女子高校生を支えるには『最低限』は厳しい。

 

 

 

「まー世の中ナンダカンダ言って金だしな。そこは俺も否定はしない。」

 

「センパイ理解ありますねー。でもー、たぶん榎本くんは違うかなー。」

 

「エノ?残念だがエノは理解してるぜ。一昨日エノがウチに来てな……」

 

 

 

 

 

 

 

一昨日。榎本由紀夫は夜遅くに、三狩屋不動産の門戸を叩き続けていた。

一応警戒しながら、チェーンロック越しに門外を窺ったのが三狩屋太一。

彼は榎本の姿を見つけると、すぐさま開錠をして自室へと導いていった。

 

 

 

「三狩屋センパイ、俺、働きたいんス!どっか紹介してくれませんか!」

 

「ちょ、おいおい、落ち着けエノ。別に紹介は出来るが理由はなんだ?」

 

「え、あ、あの、その、実は、俺、ちょっと本気になっちまいまして。」

 

 

 

そこで榎本は先輩に宇佐美との初めての夜の事、交際の事を打ち明ける。

真っ赤になりながらも真剣な表情で話す榎本に対して三狩屋は無表情だ。

腕を組みながら無表情で話を聞く部屋の主。決して祝福の表情ではない。

 

 

 

「……ってわけで、宇佐美、俺にはイワネエけど困ってるらしくて……」

 

「おし、その件は俺に任せろ。……確認してもいいか?処女だったか?」

 

「あいつずっと笑ってたけど、マタグラ血だらけでガクガクしてたス。」

 

 

 

ここで三狩屋は思わぬ所で調査の終了を見る。カメラ少女の捜索調査だ。

思えば自分たちに同行していた宇佐美はシロと彼自身ずっと思っていた。

金髪不良に輪姦された宇佐美。そして榎本に付き添っていた筈の宇佐美。

 

だが輪姦が不成立だった場合に全ての前提が崩れる。そして浮かぶ疑問。

何故宇佐美は秘密だった藤沢合宿の存在自体を知っていたのか、である。

阿形と石川は知らなかった。榎本と一之瀬に藤沢組の集合情報を尋ねた。

 

宇佐美は黒幕、もしくは黒幕側の一員であり、カメラ少女の正体なのだ。

 

 

 

 

 

 

 

「残念だったな姫。エノはな、本気でお前と一緒になりたいそうだぞ。」

 

「すっごく嬉しい。でも、駄目。榎本くんは、裏切り者は許さないよ。」

 

「勘違いするな、エノはチーム宇佐美のメンバーだ。姫は裏切らんさ。」

 

 

 

パチンと言うバネの弾ける音。振りかえった三狩屋に体を預ける宇佐美。

そして彼の肉体から流れ出る赤い筋。それはヘモグロビンを含んだ液体。

だが三狩屋は表情を崩さない。動いた方の宇佐美が事実に驚愕していた。

 

 

 

「さすがハンド少女。俺クラスに喧嘩慣れしてなきゃマジヤバだった。」

 

「……さっすが三狩屋センパイ。でももうこれで、私を庇えませんね。」

 

「そうだな。イチニノサンは歯向かう奴は滅ぼす。たとえ誰でも、な。」

 

 

 

スイッチブレード。柄に折り畳まれた刃がスイッチで飛び出すナイフだ。

それが宇佐美の手の中に納まっていた。しかし、その凶刃は隠れていた。

三狩屋の手の中に納まっている刀身部。しかし、生身で刃物は防げない。

 

流血しながらも固く握っている左手。そして、右手を大きく振り上げる。

三狩屋の目に躊躇は無い。まるで日課の歯磨きの様に、ごく自然に殴る。

自分に向かってくる拳を見定めて、目を閉じて衝撃に備える宇佐美恋子。

 

 

 

「そこまでです三狩屋センパイ。姫の護衛としてこれ以上許しません。」

 

「何だよ阿形ちゃん、殴った後にゴーカンすんだから邪魔すんなよな。」

 

「――する気も無い癖に。大体、さっきからチラチラ見てましたよね?」

 

 

 

拳を受け止める阿形。宇佐美を抱きしめる石川。彼女らは到着していた。

そして宇佐美は知る。自分の告白をおそらく彼女らも聞いていたはずだ。

それでもなお彼女らは自分を慕ってくれている。自然と涙が流れだした。

 

 

 

「あはは、馬鹿みたいー。もう、死んじゃいたいー。手伝ってくれる?」

 

「――うん。榎本と結婚して子供作って幸せな家庭築いて、それから。」

 

「そこまでやらないと駄目かー。意外に石川ちゃんってシビアだねー。」

 

「――姫はズルイ。あんなに想われてるくせに。モテ子は贅沢だよね。」

 

 

 

宇佐美の喉には数多くの反論が湧き出している。チガウ、ソウジャナイ。

しかし全て泡沫の如く消える。石川の体温が宇佐美の反論を叩き消した。

その消えた泡沫は水の流れに変わり彼女の双眸から流れ落ちていくのだ。

 

 

 

「ち、そこはオトコの役だろ石川ちゃん。女同士って生産性が悪いぜ?」

 

「――じゃあ、三狩屋センパイも抱いてあげます。それで満足ですか?」

 

「いいのか?いっとくが俺はニノよりも野獣だぜ?腰立たなくなるぜ?」

 

「――――私、山田先輩を忘れたいんです。先輩にそれが出来ますか?」

 

 

 

疑問を疑問で返すのは非常に失礼である。それで怒鳴る人もいるらしい。

しかし石川と三狩屋は気にしない。二人は互いに本心を探っているのだ。

 

 

 

「ちょ、なになに?!三狩屋センパイと石川ちゃん、そういう関係?!」

 

「――そうじゃない。けど、山田先輩は違ったの。あの人は私と違う。」

 

「あの人は特別だよ石川ちゃん。山田センパイって映研一の変人だし。」

 

 

 

石川は思う。自分と山田とは同病だと思っていた。そして頼りあえると。

しかし彼とつきあう内に気付く。彼の根源は決して病んではいないのだ。

何かが原因で表面的に病んでいるだけ。きっと判りあえない間柄なのだ。

 

 

 

「ま、石川ってケツのラインがエロいからな。俺なら大歓迎なんだぜ?」

 

「そういうの女の子本人に言いますかね?デリカシー無さ過ぎですよ?」

 

「――ストレートですね先輩。でも、女の子として、みてくれるんだ。」

 

「そりゃ見るだろ。男として見てて欲情するとか変態にも程があんぞ。」

 

「いや、ソッチ系かもって噂ありましたよ?三人ホモカップル疑惑が。」

 

「どーりで最近モテねえと思ったぜ。エノのせいじゃなかったのかよ。」

 

 

 

宇佐美は思った。彼女らは自分を無視して楽しげに雑談に花を咲かせる。

だが石川はそれでも自分を抱きしめて放さない。正直苦しくなるほどに。

そこで宇佐美は自分の右手を見る。血の着いたナイフを握っている右手。

 

そっと右手を開く。しかしナイフは落ちない。三狩屋が握っているから。

 

 

 

「じゃあじゃあー、石川ちゃん私とつきあうー?すごくいい匂いだし。」

 

「――駄目。姫の体からは、榎本くんの臭いしかしない。私には無理。」

 

「マジなの石川ちゃん?!姫、もっと自分を大事にしないと駄目だよ!」

 

「えへへー、だって榎本くん凄いのよー?強化合宿よりも疲れるしー。」

 

「だろーな。エノは超タフだかんな。それに女より喧嘩な奴だったし。」

 

 

 

だが榎本とて全くのウブ男ではない。二宮の下にもついていた男である。

男女の交わりの現場も幾度となく見ている。彼配下のカップルも同様だ。

だが彼は宇佐美との情事で呆然としていた。彼女が初めてと知ったから。

 

彼はそこに宇佐美嬢の『本気』を見たのだ。やむをえぬ謀略とは知らず。

 

 

 

「ま、あのバトル馬鹿も黙ってりゃソコソコだしね。姫、教育すれば?」

 

「だねー。でも、榎本くんってそーいうところもカワイイかなーって。」

 

「――ごちそうさま。とにかく、三狩屋先輩は私と付き合うって事で。」

 

「おっけ。じゃあ阿形、ニノと付き合えば?アレはかなりの変態だが。」

 

「嫌ですよ。私の理想はね、喧嘩が強くて、優しくて、しかも知的で。」

 

「じゃあ俺とだな。まいったなー、三狩屋様大ハーレム時代到来かー。」

 

「あと自意識過剰じゃないところかな。三狩屋センパイは、あうとー!」

 

 

 

沸き起こる爆笑の渦。宇佐美が気がつくと三狩屋の左手にナイフは無い。

ナイフは彼のワイシャツのポケットにあり、左手には布が巻かれている。

 

 

 

「あれぇー?三狩屋センパイー、いつの間に手当てされたんですかー?」

 

「これか?さっき石川が。……そういやこれ何?どっから出したんだ?」

 

「――それは内緒です。けど安心してください。今朝おろした奴です。」

 

 

 

阿形にだけは判った。三狩屋の手に巻かれている布の正体はショーツだ。

先ほどの暴行シーンで阿形だけは彼女の下着の模様をはっきり見ていた。

滲んでいる水分が彼の血なのか、そうでないか、少し考えてしまう阿形。

 

思ったより自分がイヤラシイ想像をしている事に気付き、彼女は悶えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな騒動が行われていた室外の音も勝負中の美術室内には届いてない。

かなりの物音だったが部員たちの雑談と部長たちの軽口で防がれていた。

勝負の時間はもう殆んど無い。そこで二人共が同じタイミングで動いた。

 

スケッチブックを捲って次の紙に向かいだしたのだ。驚くギャラリー達。

 

 

 

「……部長もエーケンも何で次のページに描きだしたんだろ?わかる?」

 

「スケブだからじゃない?間違えて消しても鉛筆の溝が出来るでしょ?」

 

 

 

カメラを構えて撮影を続ける少女に、隣にいた新入生部員が話しかけた。

何故彼女は気軽に話せたのか。それはリボンの色。緑色のリボンだった。

この学校では学年でカラーが決められている。ジャージもリボンも同様。

 

 

 

「溝くらい強く描けば大丈夫じゃない。結構二人とも神経質なんだね。」

 

「溝くらいの小さな差が結果を分けるくらい接戦なんだって判らない?」

 

「そーなんだ。……そういえば貴女見ない顔だね。いつ入部だったの?」

 

「あはは、最近かな。それよりもう時間が無いけど、間に合うかしら。」

 

 

 

田中双葉は美術部の女王として君臨し、その座に相応しい実力を有する。

山田次郎は映研部の宰相として統治し、その座に相応しい実力を有する。

そんな二人は相手を尊敬しあい、そして欲情しあい、勝負にのめり込む。

 

そして目覚まし時計のベルが鳴る。もちろん夢ではない。終了の合図だ。

 

 

 

「……そこまで。手を上にあげて下さい。これ以上描いたら失格です。」

 

「あぶなかった。紙を回収されるまでが勝負中だとばっかり思ってた。」

 

「そーいうセコさってイカニモ山田クンだわ。ほんとブレないわよね。」

 

 

 

富井有栖は回収したスケッチブックに『田』『山』とマジックで書いた。

もちろん誰が描いたのかを判るようにする為だ。何故それが必要なのか。

富井は背筋に冷たい物を感じていた。二人の絵が複写の様に同じなのだ。

 

 

 

「さぁ見たまえ美術部員よ!この映研部長の山田次郎の実力とやらを!」

 

「自分の絵じゃないの山田クン。……しっかし、やっぱり巧いわねー。」

 

 

 

部員たちも困惑している。確かに二人は壁を隔てて描いていた筈である。

それは自分たち全員が証人だ。なのに二人の絵は全く同じものであった。

まるで手品を見せられている様な不思議な感覚に部員達は襲われていた。

 

 

 

「流石は田中双葉、まがりなりにも部長だな。だが勝負は俺の勝ちだ。」

 

「そうかしら?意外といいセン行ってると思うけど。決め手はあるの?」

 

「ある!君と俺とでは決定的に違う!俺のポテンシャルを甘く見るな!」

 

 

 

自信満々にそう叫ぶ山田次郎を傍目に見て、富井有栖は絵に向き直った。

しかし全く見分けがつかない。恐らく周囲の部員も同様の感想であろう。

しかしそれでは困るのだ。勝ち負けを自分がはっきりさせる必要がある。

 

そうでなければ富井新体制に傷が付く。実力差が有ると言う様なものだ。

 

 

 

「審査までの間、休憩に入ります。部員も二人も、30分後に集合で。」

 

「ならば絵はどうする?なんなら各自が保管でも一向に構わんぞ俺は。」

 

「その執念には脱帽するわ山田クン。でも駄目。絵は休憩中も展示よ。」

 

「ちぃ、見抜かれたか!もうちょっと抜けてるほうが可愛げがあるぞ!」

 

「安心して?いつでも抜いてあげるから。もっとも、ベッドの中でね。」

 

 

 

半目の微笑を浮かべる田中双葉と、赤面して椅子に座りなおす山田次郎。

そして心の中で舌打ちをした人物がいた。副部長の富井有栖嬢その人だ。

彼女は休憩中に絵を回収し小さな傷でも入れようかと画策していたのだ。

 

想定外の出来事が多すぎる。そんな流れの違和感を富井嬢は感じていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

教材室にノックの音が響いた。教頭は時計を見た。約束の時間ではない。

だが多少の計算違いは良くある事だ。練習を重ねた学校行事ですらある。

豪華な椅子から腰を上げ、教材の列をすり抜けつつ扉に向かい、開ける。

 

そこには知人ではない人間が立つ。小首を傾げる教頭。笑顔の白髪紳士。

 

 

 

「……失礼ですがどなたですかな。もし不審者ならば通報しますがね。」

 

「明石家教頭ですね?どうもはじめまして、御法川モン太と申します。」

 

「みのりがわさん、ですか。さてはて、どこかで聞いたような気が……」

 

「本名はご存じないかもしれませんな。芸名はミノモンタと言います。」

 

 

 

二宮純の用意した爆弾が破裂した。彼は父親に人生最後のお願いをした。

映像文化研究部の存続の為に、日本で一番危険な男の力を借りたい、と。

そして二宮純一郎は二宮会の財力と影響力を捧げこの男を召喚したのだ。

 

政治家をも殺せる男。日本の茶の間の支配者。テレビオピニオンの権化。

 

 

 

「帝都ブロードキャストシステム調査によると、不正をされてるとか。」

 

 

 

ここで教頭は思い出した。知人の文部科学省の職員が警告していた事を。

民間放送局『TBS』とは帝都ブロードキャストシステムの略称である。

彼がほぼ毎朝出演し司会する情報番組『解決ズバッと』はTBS配信だ。

 

そして公務員には悪名高い番組でもあった。彼は根っからの役人嫌いだ。

 

 

 

「あくまで取材ですし、校長にも許可は頂いてます。お気を楽にして。」

 

 

 

彼には思い当たる節がある。ゴルフ場領収書を親睦費名目で出している。

それに奨学金審査も自分が一任し、他の誰にも関与させてはいないのだ。

更に校史編纂室の改装に伴う業者指定も、教育長経由で特定業者に斡旋。

 

だが彼は若くは無い。そして踏んできた場数は同年代の誰よりも多い筈。

 

 

 

「学舎に篭ってると疑わしく見える事もある様で。ですが、無実です。」

 

「ご安心なさい。確たる証拠も無しで糾弾する程は若くありませんよ。」

 

 

 

しかし、ディベートで禄を食んでいる政治家も官吏も、彼には勝てない。

ミノモンタとは、それ程までに危険な男なのだ。それを教頭は知らない。

彼が登校までの時間に見るテレビは公共放送のみであり、民放は見ない。

 

都立国立国分寺立川高等学校教頭の明石家鶫。彼はこの後に地獄を見る。

 

 

 

 

 

 

 

山田次郎は椅子に腰掛けたままだった。

 

勝負の時は終わった。ここから先は天命が下るのをひたすら待つだけだ。

大きな看板はとり外され隣に座る田中双葉の顔がはっきりと見えていた。

 

 

 

「どうしたの?惚れ直したんだったら口に出してくれると嬉しいかな?」

 

「ふん、余裕だな田中双葉。だがこの勝負は勝つ。例え負けても勝つ。」

 

「残念ね、私はこの勝負に負けたら終わりなのよ。どうでもいいけど。」

 

「……?そうか。だがな、映研の勝負とは負けを認めた時点で負けだ。」

 

「ガーさんの受け売りね。でさ、山田クン本人はどう思う?同じなの?」

 

 

 

顔を寄せて覗き込む双葉嬢。彼の鼻腔には、汗と柑橘類の混じった香り。

だが山田は違和感を覚える。自分の中の欲情が機能しない。何故なのか。

半目の笑みも、長く綺麗な髪も、この香りも、彼の知る田中双葉なのに。

 

 

 

「俺は勝負とは一期一会だと思う。だからこそ、必勝には価値がある。」

 

「やっぱりか。ガーさんね、お姉ちゃんと勝負して何度も負けてるわ。」

 

 

 

驚愕の表情で隣の少女に振り返る山田次郎。わが意を得たりと笑う少女。

山田次郎はその事を聞いていなかった。そもそも勝負した事自体が初耳。

必勝不敗を叩き込んだ鈴木一浪が、田中一葉と勝負を繰り返し負けてた。

そんな事実は有ってはならない事の筈。しかし、彼女は嘘つきではない。

 

 

 

「山田クンの為にって、週一くらいやってたかな。……知らなかった?」

 

「そ、そうか。だが、鈴木センパイが全て負ける程の実力差、かよ……」

 

「でもね、お姉ちゃんもズルかったわ。だって、勝負って油絵だもの。」

 

「油絵だと?!無茶苦茶だ!映研じゃアクリル水彩くらいしかせんぞ!」

 

「だってガーさん、どんな勝負でも受けるって。それに部長同士だし。」

 

 

 

田中一葉にも立場があった。実力だけが物を言うのが美術部部長の座だ。

手心を加えて勝てる相手だとは思っていなかった。だからこその油絵だ。

鈴木はゼロからの練習となった。そして付け焼刃で勝てる相手ではない。

 

 

 

「お姉ちゃん、山田クン大嫌いなの。でもガーさんは大好きなのよね。」

 

「そんなに嫌われるような事は……したな。しかしセンパイもだろう?」

 

「もしかして去年のこっこたちまくり祭?あんなの気にしてないわよ。」

 

「緑生祭な。だとしたら納得いかんぞ?ほとんど俺と面識無いだろう?」

 

 

 

そこで双葉は山田の顔を更に覗き込む。そして、無意識に目も見開いた。

彼は自分の体の変調に驚く。そんな彼女の表情に山田は勃起をしたのだ。

山田次郎はすぐに視線をそらして、モジモジと足を内側に刷り合わせる。

 

 

 

「……そうね、確かに変。ガーさん山田クンべったりだし、焼餅かも。」

 

「そういうもんなのか?変だな女って。男同士の付き合いに焼餅かよ。」

 

「そういうの好きなのよ女って。判らないのは『勉強不足だぞ山田!』」

 

「その言い方はよせ。鈴木センパイの真似だと判ってても驚くだろう。」

 

 

 

カラカラと笑い転げる田中双葉。苦笑しながら彼女を目で追う山田次郎。

そんな二人を見て待機していた富井有栖が教壇の上の椅子から立ち上る。

 

 

 

「休憩は終了です。山田部長、勝負に決め手があると言ってましたね?」

 

「ああ、あるぞ。この山田は必勝不敗の映研部長、勝負には必ず勝つ!」

 

「ならば御説明を。ここは美術部、ハンデとして貴方だけに許します。」

 

「そうか!いや、君は中々物わかりがいい!そうこなくっちゃイカン!」

 

 

 

苦笑したのは田中双葉ただ一人。他の誰もが富井の采配に感心していた。

しかし田中双葉には判っていた。富井は実力の差を見つけられないのだ。

けれど口には出さずに静観する。彼女もまた奥の手とやらを見てみたい。

 

 

 

「見てのとおり俺と彼女の絵はほぼ互角!だが、そんな事は百も承知!」

 

 

 

山田の説明が始まる。はたして何をもって彼は勝利を確信しているのか。

そして奥の手とはいったい何なのか?その正体は、次回のお話へと……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

つづく。




盛り上がってまいりました!
え?全然盛り上がってない?
こりゃまた失礼致しました。


ですが山田くんのエンディングはすぐそこです。
なぜなら私の悪い癖で、文字数がマッハですし。
そして今日は有給を使ってのネカフェで執打中。

まもなくです。究極大冒険はもう終わるのです。



皆様にお願い。終わったらぜひに感想を下さい。
楽しめなかった人も、うっかり楽しめてた人も。
我々SS書きの栄養は、レスだけなのですから。

では、最終話でお会いいたしましょう。



ではではw
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