究極大英雄の山田次郎かく闘えり!   作:うぃっちべーす

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第二十七話『山田くん仇敵を調伏す』

 

教頭は待っていた。味方である教育長がまもなくやってくる筈であった。

だが今現在はいない。そして居るのは凶悪な老人『ミノモンタ』である。

机に片手を置いて寄りかかりながら尋問する。ミノお得意の威圧方法だ。

 

 

 

「おかしいですねぇ?この資料だとゴルフ場の支払いは貴方ですよね?」

 

「それは……あくまで親睦の為でして決して贈賄目的等では無くて……」

 

「でしたらこれは?!学校から支給されている事になりませんかねぇ?」

 

 

 

苦境が続いている。予想通り領収書資料は完璧に押さえられていたのだ。

だが、ここは何とか言い逃れが出来る。ケアレスミスとして謝罪すれば。

それよりも今日のこのタイミングという部分に教頭は引っかかっていた。

 

恐らく映研部の絡みが出てくる。この資料は瀬田ヶ谷の作成に違いない。

彼しか知らない情報がいくつもある。だとすれば急所は領収書ではない。

 

 

 

「学校の経費は血税だって知ってますよね?あなたは公務員でしょう?」

 

「も、もちろんです!次世代の為に国民が搾り出した貴重な財産です!」

 

「貴方の個人的な楽しみに使われてますけど?それはどうお考えです?」

 

 

 

もう一つ彼は待っていた。有名人とは常に多忙であって時間が無い筈だ。

事実ミノモンタは多忙の極致、一時期はギネスブックに載る程であった。

細君を亡くされる前後から仕事をセーブしたが、露出はほぼ毎日である。

 

時間。時間だけが教頭の味方。だから彼は時間を稼ぐディベートをする。

 

 

 

 

 

 

 

 

山田家に約束をしていない客人が訪れていた。

 

二宮家当主、純一郎。そしてビューティアシスタント田中の社長、若葉。

二人は揃って山田家の玄関前に立っていた。そして、呼び鈴を鳴らした。

 

 

 

『……誰かと思えば純一郎さんか。待っててくれ、スッパダカなんで。』

 

『あ、あなた!お待ちになってて純一郎さん。すぐに着替えますから。』

 

 

 

頭を掻きながら苦笑する二宮純一郎。呆れ顔で腕を組んでいる田中若葉。

葛葉が『着替える』と言った時点で中の様子が判る。二人とも裸なのだ。

それがどういう意味を持つか位は玄関の二人にも判る。彼らも子持ちだ。

 

 

 

「久々だな純一郎さん。ささ、上がって上がって。狭いけど我慢だぞ?」

 

「いえいえ、立派なお宅で。……さ、上がろうか若葉さん。いいよね?」

 

「勿論ですわ純一郎さん。でも、私は姉さんと話がしたいんですけど。」

 

「そりゃ構いまんが。おーい母さん!若葉さんを二階に案内してくれ!」

 

「……判りました。若葉、こっちにいらっしゃい?足元気をつけてね?」

 

 

 

和やかに交わされる挨拶、分かれていく男と女。ごく自然な流れである。

まずは男同士。彼らは一階の居間に流れ込んでいく。そして同時に座る。

山田は即座に灰皿を二宮の前に出す。これは喫煙者の一種の儀式に近い。

 

 

 

「次郎くんは頼もしい男に成長したようですね。正直鼻が高いでしょ?」

 

「そうですかねえ?あの馬鹿、よりによって双葉ちゃんに手を出すし。」

 

「何を言ってるんですか。いつも手を出すのは女性ですよ、あの家系。」

 

「うはははははは!そういやそうだ!やっぱりお宅も奥様からですか!」

 

「元、ですけどね。若葉さんもそうですけど、娘たちもなんですよね。」

 

 

 

 

 

 

 

旧華族に連なる二宮家は富豪田中家に比べても格段に上の御家柄である。

お見合いの釣り書きを見た時には二宮純一郎は『またかよ』と辟易した。

娘を嫁がせようという金持ちは多い。彼女もそんな有象無象の一人だと。

 

 

 

「お会いできて光栄ですな。二宮純一郎と申します。お見知りおきを。」

 

「田中若葉、と申します。お忙しい中でお会い頂きまして光栄ですわ。」

 

「しかし見事な乳ですなあ。毎晩のお手入れも大変ではないのですか?」

 

「殿方に心配される程ではありませんわ。胸以外にも手を入れますし。」

 

 

 

そして彼は見合いの時に決まってシモネタを切り出す。所詮夫婦は夫婦。

いくら上辺だけ整えてもセックスをする間柄だ。だからそこが重要だと。

だが、驚くべき事に見合い相手も全く同じ切り口で話し出したのだった。

 

 

 

「……なるほど、確かに貴女は今迄の女性とは違うようだ。しかし……」

 

「なんです?もしかして私が口だけの女だと思われてるって事かしら?」

 

「まぁね。リサーチしてた子も多かったんでね、悪く思わんでほしい。」

 

「言っておきますけど私は家柄だけを気にはしません。ですけれど……」

 

「なんですか?も、もしかして、俺も口だけの男だって思われてます?」

 

「勿論です。私が欲しいのは完璧なオスだけですわ。他は要りません。」

 

 

 

歓談の途中で彼らは会場であるホテルのラウンジを抜け出し部屋を取る。

仲人たちが真っ青になって右往左往しながら探し回る中で、彼らは合体。

30分で第一試合を終了したが、すぐにストレッチを始めて次に備えた。

 

互いに全裸。屈伸ジャンプをする純一郎、床上開脚をして胴を回す若葉。

 

 

 

「あら、少し息が上がってらっしゃるんじゃありません?純一郎さん。」

 

「なに、初めての様でしたし少し無理をしましてね。次は大丈夫です。」

 

「見かけによらずお優しいのね。でも、オスならば生殖に集中なさい?」

 

 

 

そして二人は第二試合を始める。その頃、外界では二宮家警備隊も動員。

犯罪被害の事も考慮され立川警察署の最上層にも内密に話が通り始める。

しかし、二人は真剣勝負中である。誰にも連絡を取る事は出来なかった。

 

そして勝負は続く。まさに喰うか喰われるか。どちらにも、笑顔は無い。

 

 

 

「家柄だけは嫌、お金だけも嫌、肉体だけでも嫌。そうは思いません?」

 

「なるほど、全部無いと駄目って事ですか。若葉さんは欲張りな人だ。」

 

「いけませんか?でなければ私を捧げません。私には価値があります。」

 

「そうですね、貴女には間違いなくそれを言うだけの価値があります。」

 

 

 

6時間もの過酷な戦闘を終えたのちに二人は結婚を約束したのであった。

二宮純一郎には田中若葉を拒む事は出来ない。彼女の全てが光っていた。

共に二人は24歳、まだ焦るほどの年ではない。しかし婚約を即決した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、今日はどんな用向きですか?まさか、双葉ちゃんと別れろって?」

 

「まさか!そんな事をすれば私が双葉に殺されます。比喩じゃ無しに。」

 

 

 

そうだろうと山田大二郎は思った。あの家系の女は本気で殺しかねない。

病室で見た山田次郎の首にくっきりと浮き上がった手形が忘れられない。

そういえば女性陣は大丈夫だろうかと大二郎は思い出した。事件は困る。

 

 

 

 

 

「いい家ね姉さん。記念に『田中若葉寄贈』って彫ってもいいかしら?」

 

「いいわよ別に。次郎あたりは喜ぶかもね?双葉ちゃんと縁が出来て。」

 

「双葉は気味が悪いわ、だんだん姉さんに似てきてるのよ。まさか……」

 

「私が押し付けたとでも?あんな子が娘なら若葉になんかあげないわ。」

 

「じゃあ貰って頂戴。山田双葉にでもしてくれると助かるんだけどね。」

 

 

 

愛しそうで悔しそうな表情の田中若葉。そしてやさしく微笑む山田葛葉。

彼女が何を言い出しているのかが葛葉には判った。双葉の為の根回しだ。

実の娘が男に惚れ込んで毎日の様に直談判している。山田の家に嫁ぐと。

 

その一方でその姉が母に直談判している。山田次郎と縁を切るようにと。

 

 

 

「貰うわよ若葉。言っとくけど山田家も意外と名家なのよ?知ってた?」

 

「それは初耳ね。一応興信所にも調べさせたけど、確か先祖は農家よ?」

 

「馬鹿ね、これからよ。山田次郎は大物になるわ。私はその生母様よ。」

 

「そりゃ凄いわね。じゃあ私はその外戚かぁ。せいぜい利用しますか。」

 

「そうなさい若葉。そして田中の家は権勢を誇るのよ。五百年ぶりに。」

 

 

 

田中家は武士の家系らしい。その先祖は豊臣家との縁がある武将との事。

石田光成の腹痛を治す粥を発案したのも御先祖様だったという程である。

しかし彼女らの家柄は傍系であった為に本家とは違って没落していった。

 

はるか昔の嘘か本当かも判らない、御伽噺に近いような伝承だけの世界。

だが、彼女らは信じていた。田中の血筋は強い男のための血筋なのだと。

 

 

 

「言っとくけど娘達には家柄の話は内緒よ姉さん。面倒くさいからさ。」

 

「あらそう?私はこの話って好きなんだけどね。夢があるじゃないの。」

 

「夢じゃ腹は膨れないわよ。御飯かアレでも無きゃペタンコのままよ。」

 

「そうだ、前から聞きたかったんだけど、若葉の旦那のアレってどう?」

 

「元、よ。でも凄いわよ?初めての時より子供生んだ時のほうが楽よ。」

 

「じゃあ再婚なさいよ。強いオスなんでしょ?捕まえとけばいいのに。」

 

 

 

ここから交わされ始める赤裸々トークは流石に割愛する。タグの問題で。

だがここで問題がひとつ解決する。若葉と純一郎の再婚が決まったのだ。

どうやって葛葉嬢が若葉嬢に言い含めたのか。それは永遠の謎であった。

 

 

 

 

 

「では山田さん、双葉の事は頼みます。一応の作法は覚えてる筈です。」

 

「そんなんいらねえって純一郎さん。次郎がべた惚れ、それで十分だ。」

 

「じゃあ行きましょう純一郎さん。あの、今日は予定はおありですか?」

 

「いや!無い無い!行きましょうか若葉さん!では皆さんお達者で!!」

 

 

 

鼻歌を交えながら、奥さんの手を引いてソワソワと歩き出す二宮純一郎。

まだこの時点では『元』が付くのだが、時間の問題なので割愛をしよう。

ちなみに二宮家の弁護士との噂は全くのガセであった事を付記しておく。

 

 

 

 

 

 

 

そんな幸せな時間もあれば、過酷な時間も存在するのが厳しい現実世界。

車で乗り付けた教育長は、この学校に似つかわしくないバンを見つけた。

後部ドアから見える機材は明らかに不自然。カメラ用の三脚だったのだ。

 

 

 

「あー、失礼だが貴方たちは何者かね?私はこの学校の関係者だがね。」

 

「またスか。あの、俺らTBSのクルーです。今日は取材に来ました。」

 

「ほほう、取材ですか?この学校で?何か発表会でも有りましたかな?」

 

 

 

背広を着た品のいい紳士に応対するクルー。きっとこの爺さんも門番だ。

めんどくせえな、でも、モメると余計に時間が取られそうな気がするな、

そう考えて渋々応対を続ける。もちろんそんな感情は表情に出してない。

 

 

 

「違いまスよ。俺ら『解決ズバッと』のクルーで、教頭の不祥事に……」

 

「おーい、レフ板まだか!ミノさん下からテラさねえとブチギレんぞ!」

 

「判ってますってー!……つーわけでして、すんませんがお騒がせス。」

 

 

 

茶髪で色黒の二十代の男が、車から鏡の様な板を抱えて走り出していく。

教育長は反芻する。彼は確かに『教頭の不祥事』と言っていたのである。

胸騒ぎがするレベルではない。確実に、教頭のピンチ到来なのであった。

 

そして彼は反転し、車に戻って、校門を抜けて、元来た道を戻りだした。

保身の為に援軍は退却した。正にバッドタイミング。時間は過酷だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

山田次郎の口演は始まっていた。

 

山田次郎は立ち上って、周囲の美術部員に向かって視線を流しつづける。

部員たちはそんな視線が巡ってくるたびに、ビクッと体を震わせていた。

 

 

 

「見てのとおり俺と彼女の絵はほぼ互角!だが、そんな事は百も承知!」

 

 

 

両手に持つのは彼の描いていたスケッチブック。そして隣に座る双葉嬢。

双葉嬢も勿論、両手でスケッチブックを抱えている。林檎を見せている。

彼女は山田の言う奥の手の正体に気付く。なぜなら彼女も同じ手を持つ。

 

 

 

「何故なら我々は部長だからだ。拮抗して当然、特に題材は実力勝負!」

 

「あ、あのー、一年部員の権田原です。なんで、題材が実力勝負だと?」

 

 

 

カメラを持った少女に語りかけていた部員。彼女の名は権田原と言った。

ちなみに兄が有名な空手の選手で奨学金も受けているよと自慢していた。

そんな彼女が山田に質問をする。不良の兄と違って前向きな少女である。

 

 

 

「静物画に限らず空間把握と立体把握は基礎だ。そして曲線が難物だ!」

 

「は、はあ。」

 

「曲線は固定観念に引かれやすい!そこを引かれずに描くのは訓練だ!」

 

「は、はあ。」

 

「地味で途方も無いほどの遠い道のり、それが林檎には詰まっている!」

 

 

 

富井有栖は相変わらずの無表情のままだ。しかし内心で踊り狂っていた。

彼が御高説を垂れているのは正しい内容であり絵を志すものの基礎だが、

新品のスケッチブック、鉛筆、机に乗った林檎の素描には意味があった。

 

これは代々の美術部部長が新入生に最初にやらせる伝統的な課題なのだ。

だからこそ田中双葉は激高した。当然だが山田次郎には判らない事情だ。

それを揃いも揃って真面目に取り組ませている富井。二人は道化なのだ。

 

 

 

「じゃあもし林檎の素描だけやらされてても、それって意味有ります?」

 

「あるよ!ありまくるよ!無い訳ない!それは指導者に恵まれている!」

 

「あはは、そうですか。では指導者に感謝しておけばいいんですかね?」

 

「必要ない!指導者は感謝を善しとしない!正しく導く事が喜びだよ!」

 

 

 

頬を染めつつ苦笑しながら視線をそらす双葉嬢。そして権田原嬢を見る。

小馬鹿にしていると思いきや、一年部員は頭を下げた。そして微笑んだ。

自分の意図していた事を叫んでくれた山田、そして汲んでくれた権田原。

 

田中双葉の涙腺が緩みそうになる。しかし山田の声でまた意識が戻った。

 

 

 

「とにかく!そんな林檎といえど、我ら部長クラスには難敵ではない!」

 

「……あの、お芝居はいいですから早く本題に入ってもらえませんか?」

 

「せっかちだな富井君!こっからが良い所なのに!皆も聞きたいよな?」

 

 

 

驚くべき事に部員のほぼ全員が一斉に頷いていた。これには富井も驚く。

山田次郎を見くびっていた。彼は弱小部の部長というだけの男のはずだ。

しかし今現在で場を制圧しているのは、自分でもなく田中でもなかった。

 

 

 

「続けよう!そこで勝負を決めるには一押しが必要だと俺様は考えた!」

 

「あちゃー、やっぱそこに行くんだ。あのさ、山田クン、もしかして。」

 

「そういうことだ田中双葉!空間把握と立体把握を極めた先は、予測!」

 

 

 

そこで山田は、大げさに手を振って自分のスケッチブックを捲り上げた。

 

 

 

 

 

林檎の断面図。

 

 

 

 

 

だが、林檎は割られてはいない。未だもって無傷のまま卓上に鎮座する。

だが、山田の手の中の林檎は割られている。これは一体どういうことか。

 

 

 

「田中双葉も同じ物を描いているだろう!勝負は、そこで決まるのだ!」

 

「言わなきゃ勝てたんじゃない山田クン?だって私のアピール無いし。」

 

「馬鹿を言うな田中双葉!この俺がそんなにもセコい男に見えるのか!」

 

 

 

よく言ったものである。山田次郎からセコさを取って一体何が残るのか。

事実、彼は後悔していた。そう言えばそうだった、馬鹿なことをしたと。

だが彼は表情には出さない。引っ込みが付かなくなった末の意地だった。

 

 

 

「では林檎は誰が切るか。富井君切るかね?ここは言わば分水嶺だぞ?」

 

「困りましたね。私が切ってしまうと贔屓と疑われかねませんからね。」

 

「だが誰かが切らねば勝負は付かん!我こそとは言う者はいないのか!」

 

 

 

山田は確信していた。きっと誰も手を挙げない。自分だったら逃げる筈。

角度で勝負は決まる。山田と田中の座る位置は10度のズレがあるのだ。

誰もいなければ自分がやると言い、角度を合わせれば勝てる。その筈だ。

 

しかし、第三者が突如教室に現れて手を挙げようなどとは思わなかった。

 

 

 

「では私がやりましょうか。これでもナイフ捌きには自信が有ってね。」

 

「あ、あの、失礼ですけど、どちら様です?どっかの先生なんですか?」

 

「おお、これは失敬、ミノモンタと申します。若い子は知らないかな?」

 

 

 

黄色い歓声の巻き起こる美術室。田中双葉ですら驚愕の表情を隠さない。

何故彼がここに来ているのか。それには少しだけ時間を戻す必要がある。

 

 

 

 

 

 

 

 

教頭は沈黙していた。もはや巧言で逃れる術もない。完璧な調査だった。

そして唯一、奨学金の事案だけは出ていない。一番の急所が無事なのだ。

そこから富井への猥褻案件に入れば只では済まない。裁判は必至である。

 

逃げたかった。ここで暴露し手打ちにしたかった。しかし、希望はある。

教育長が来れば。校長の取材許可よりも彼の権限が上。追い出せるのだ。

 

 

 

「おや、高そうな外車だぞ?もっとも私も同じのを持ってますけどね。」

 

 

 

釣られて視線を外に向ける教頭。それは見た事がある外車が出て行く姿。

教育長の車。それが校門から去っていくのだ。ここで彼は全てを諦める。

自分は見捨てられた。恐らくもう仲間とは思っていまい。彼は、非情だ。

 

 

 

「みのりかわさん、負けました。好きにされて結構、全て事実ですよ。」

 

「では、本題に入りましょう。映研の部室を復帰させてくれますかね?」

 

 

 

教頭は耳を疑う。この期に及んで、彼は交渉を持ちかけてきているのだ。

しかし同時に教頭は考える。映研の部室の事はイコールで奨学金の案件。

故障したハンド部員、成績を上げられない空手部員、そして富井有栖嬢。

 

部室の復帰を認める事は、それら『一番の急所』を認める事になるのだ。

だが、教頭は諦めた。恐らく調査は終わっている筈だ。全てが無意味だ。

 

 

 

「約束しましょう。この明石家鶫の教職人生の全てに賭けて、必ずや。」

 

「では今日の取材は一旦お蔵入りですな。いや、大変お疲れ様でした。」

 

 

 

立ち上り握手を求めるミノモンタ。呆然として立ち上がり握手する教頭。

何を言っているのか判らなかった。そしてカメラを仕舞い始めるクルー。

手を離そうとしない教頭に、初老の紳士が笑いかけながら、顔を寄せた。

 

 

 

『お盛んですな教頭。奨学金抜きで富井嬢と話しなさい、喜びますぞ?』

 

 

 

びくりと体を震わせる教頭。やはりこの男は奨学金の一件も知っていた。

しかも富井との間柄も知っていると。だが彼に不可解な点が残っている。

何故奨学金の話を抜きで彼女と話すのか。彼女に刺されてろと言うのか。

しかしどうでも良かった。近日中に露見しよう。彼女に謝罪するべきだ。

 

その一方でミノモンタは憤慨していた。なぜあんなハゲ親父が良いのか。

瀬田ヶ谷は教頭の調査の内に富井有栖への恐喝を知る。そして対談した。

もちろん瀬田ヶ谷はオフレコにしようとしたが二宮が追記の要請をした。

 

 

 

「奨学金を盾に猥褻な行為をしているんなら公務員法に抵触するんだ。」

 

「そうですか。でも私が同意していたら軽犯罪で済みますよね、先生?」

 

「安心しろ富井。教頭は何も出来ん、もう怯える必要なんか無いんだ。」

 

「やるつもりがあったら先にやってます。でも、そうじゃありません。」

 

「じゃあ何か?お前が好きであのハゲとヤッてたのか?違うだろうが。」

 

「好きでやってました。教頭先生って別居してたの知らないんですか?」

 

 

 

瀬田ヶ谷は合点がいった。何故家族旅行と嘘をつきゴルフをしてたのか。

一緒に生活していなければバレはしない。だから、『家族旅行』だった。

もはや会う事も無いほどに冷え切っているからこその技。彼は同情した。

 

 

 

「だがな富井、教頭の奴はハゲだぞ?更に赤シャツだぞ?本気なのか?」

 

「いい加減怒りますよ先生。大体、禿げてるって言っても40代です。」

 

「いや、奴は49だぞ。下手すれば孫だぞお前。それでもヤレるのか?」

 

「やれます。いえ、やらせてます。もっと判りやすく言いましょうか。」

 

「判った、富井は証人の候補から外す。だがなぁ……お前後悔するぞ?」

 

「後悔するとしたら教頭かもしれませんよ?だって私美人じゃないし。」

 

 

 

瀬田ヶ谷は苦笑した。彼の奥さんと同席して食事したことがあったのだ。

自慢自慢自慢。そして旦那を自動販売機呼ばわりする程の恐妻であった。

お世辞にも美人ではない。彼は『昔は美人だった』と寂しく呟いていた。

 

報告書のこの記述を見て、ミノモンタは社会科準備室で声を荒げたのだ。

ちなみに報告書には富井の写真も添えられていた。これは二宮純の発案。

映研きっての参謀は、なんと日本で一番凶悪な男を巧く操っていたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

地下道場では戦闘が収束していた。

 

判りきっていた事だが榎本はなにも無かったようにその場に立っていた。

そして権田原ら空手部のエースたちが畳の上で痛みに悶え転がっていた。

 

 

 

「ば、バケモンかよ……急所とか当てられたら普通は痛がるもんだろ。」

 

「痛けりゃな。だがな、オメーラのパンチにゃ腰が入ってねえんだよ。」

 

「ゴン、こいつ何者なんだよ……格闘技のプロとか、その辺の奴かよ。」

 

「あー、言ってなかったか。こいつ榎本。イチニノサン親衛隊長だぜ。」

 

 

 

空手少年達が痛みも忘れて畳を這いずって逃げ廻る。その顔色は蒼白だ。

彼らとて単なるスポーツマンではない。空手と喧嘩とは紙一重の世界だ。

そして誰もが知っている東京不良の頂点。無敵の一之瀬率いる戦闘集団。

 

親衛隊はその3人の背後を護る鉄壁。不意打ちが効かぬ究極の防衛線だ。

 

 

 

「か、勘弁してくれ!知らなかったんだ!こ、殺さねえでくれ!頼む!」

 

「どうすっかな。……そうだ権田原、おめーコイツラの帯を抜いてけ。」

 

「わ、判った!早く帯とけよ!殺されてもしらねえからな!ほら早く!」

 

 

 

ワタワタと震える手で、腰にある黒い紐状の布を解いていく空手マン達。

それらはすぐに人数分集まった。彼らは10人のブラックベルトマンだ。

にこやかにそれを受け取る榎本。そして、それらを全て腰に巻きだした。

 

 

 

「よし、これで10本か。じゃあ俺って今日から空手十段って事だな。」

 

「は?ナニ言ってんだエノ……もとくん。空手ってそういうんじゃ……」

 

「なんだよ権田原。じゃあ十段連れてこいよ?俺よりつええんだろが?」

 

「む、無理言うなよお前!空手十段なんか連れてこれるわけねぇって!」

 

「じゃあお前が十段になれや権田原。そんで俺からこの帯取り返せよ。」

 

 

 

その場を去る榎本。9人の空手少年達は気が抜けたようにへたり込んだ。

しかし権田原だけは違った。彼も勿論、生還したくなかった訳ではない。

だが、権田原は下唇を噛んでいた。またも榎本に完膚なきまでに負けた。

 

 

 

「エノ、次こそは俺がぜってー勝つからな!空手マンなめんじゃねえ!」

 

「そーいうのは本人のいるところで叫べよゴン。気持ちはわかるがな。」

 

 

 

妹の顔が浮かぶ権田原。真面目になったんだね。頑張ってねお兄ちゃん。

一緒の高校だね。奨学金生徒なんて超エリートだね。凄いねお兄ちゃん。

次々と現れては消える少女の顔。しかし自分はその顔全てに泥を塗った。

 

そして今日また、不良に負けた。彼は誓う。俺は空手の道の鬼になると。

後に権田原は『ゴンさん』と恐れられ、空手道に邁進し十段を手にする。

その時に彼は述懐する。『最強の相手は榎本だった。非情に残念だ』と。

 

 

 

 

 

 

そして遅ればせながら、教頭の最後の希望が失われる瞬間がやってきた。

 

ミノと二宮、それにテレビクルーが去って瀬田ヶ谷教諭は脱力していた。

とにかく一服しようと社会科準備室で灰皿を出して喫煙を始めたその時。

 

 

 

「こ、ここは、映研の部室じゃないか?!本当に大丈夫なのかよ土屋!」

 

「実際誰も居ませんし問題ありません。早く準備を始めましょう部長。」

 

 

 

瀬田ヶ谷はもちろん二人を知っている。3年でも有名な進学組のトップ。

そして明石屋教頭のお気に入りであり、郷土文化研究部の部長と副部長。

教頭がまた悪巧みをしているのかと瀬田ヶ谷は息を潜めて扉に近寄った。

 

 

 

「そ、それで、具体的にはどうすればいいのか予習をしていないんだ。」

 

「受験対策には出ていませんからね。大丈夫です、私が判りますから。」

 

「すまないな土屋。とにかく脱げばいいのか?それとも脱がせるのか?」

 

「最低限だけ脱げばいいでしょう。要は写真が撮れれば良いんですし。」

 

 

 

教諭は小首を傾げる。脱ぐ?何を脱ぐ気だ?それに写真を撮るとは一体?

声音だけでは埒が明かないと瀬田ヶ谷は非常にゆっくりとドアを開ける。

そこに展開されていた光景を見て彼は思う。非常に面倒な事になったと。

 

 

 

「う、うわ、血が出てるぞ土屋!それに君、泣いてるんじゃないのか?」

 

「海亀の産卵をご存じないですか部長。どちらもただの自然現象です。」

 

「そ、そうなのか。何だかんだ言っても人間も大自然の一部なんだな。」

 

 

 

信じるなよ!と、思わず身を乗り出して叫びそうになった瀬田ヶ谷教諭。

目の前では学内成績の双璧が、腰を中心に体を重ね合わせて蠢いていた。

少年は膝元までズボンを下ろし、少女は臍下までスカートを捲っていた。

 

確実に性行為中だ。そして緩い校則といえど不純異性交遊は禁止である。

 

 

 

「まだなのか土屋?早くしないと脅迫より子作りに集中しそうなんだ。」

 

「良いんですか?脅迫して私を服従させないと、部長が不安でしょう?」

 

「と、とりあえず一枚撮って、それで脅迫してもいいんじゃないのか?」

 

「駄目です。この状態では私は性的暴行の被害者にしか見えませんし。」

 

「登校中に言ってた『アヘ顔』か?イメージ的にはアヘン吸引なのか?」

 

 

 

そんな用語のことを知らない瀬田ヶ谷は一応手元の手帳に記載していた。

この場に居たのがもし土屋父であれば、乱入して力説していたであろう。

アヘ顔とは、擬声語の『あへ』と、表情である『顔』が足された造語だ。

 

90年代のアダルト雑誌には既に記載があり、意外と歴史の古い用語だ。

 

 

 

「頑張って表情は作ってみますが、とりあえず部長は続けてください。」

 

「わ、判った!だがな、正直これ以上は難しい。その、何か出そうだ。」

 

「設問を順番に解いても意味が無いのと一緒です。結果が重要ですよ。」

 

 

 

瀬田ヶ谷にも彼女の言わんとしている事が判った。出せ、と言ったのだ。

静観を決め込んでいた教諭であったが、さすがに避妊無しでは大問題だ。

3度ほど深呼吸をして、わざと大きな音を立てて準備室のドアを開ける。

 

 

 

「あー、何も見てない。何も見てないぞ。土屋も郷田も全く見えんな。」

 

「「…………………………」」

 

「学生がセックスするなら勝手にすればいいと思う。もう大人だしな。」

 

「「…………………………」」

 

「だが経済力をつけないうちに子供を作るのは駄目だ。子供が不幸だ。」

 

「「…………………………」」

 

「あと個人的には郷土文化研究部は邪魔だ。出来れば潰れて欲しいぞ。」

 

「「…………………………」」

 

「それなら社会科準備室に施錠して2時間ほど外出してきてもいいな。」

 

「「…………………………」」

 

「鍵は俺しか持ってないから防犯上は至極普通だ。誰も疑いはしない。」

 

「「…………………………」」

 

「ちなみに学校の傍の薬局にはコンドームが売っている。千円程度だ。」

 

「「…………………………」」

 

「今日は特別に俺が買ってきて上窓から投げ込んでやってもいいかな。」

 

「「…………………………」」

 

「ただし!受験生は受験必勝が最大任務だ!進学組が浪人なぞ許さん!」

 

「「…………………………」」

 

「最近独り言が多いなあ俺は。年はとりたくないもんだな。やれやれ。」

 

 

 

こうして瀬田ヶ谷は退出、数分後には独り言の通りに箱が投げ込まれる。

呆然とした表情でそれを手に持っている郷田。そして苦笑している土屋。

箱には簡単な装着方法が図解されており、初心者の二人にも判りやすい。

 

 

 

「……部長、いえ、郷田さん、部活を辞めて郷研は廃部にしましょう。」

 

「そうだな。やはりセンター一本という覚悟がないと駄目だって事か。」

 

「あと……脅迫はどうします?部活を辞めるなら必要ないと思います。」

 

「じゃあ婚約だけをしよう。土屋、僕と結婚してくれ。幸せになろう。」

 

 

 

完全施錠された社会科準備室で愛を育み始める二人。ただしゴム装着で。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな訳で、美術部にミノモンタが現れた頃には裏は全て解決していた。

そして表。映研部長と美術部長の真剣勝負もまた決着しようとしていた。

 

 

 

「は、ははははは、凄いな田中双葉。まるで本物だぞ?このおじさん。」

 

「ソックリさんと思いたいのは判るけど、本物よ。私見たことあるし。」

 

「おぉ双葉ちゃん!すっかり美人になって!お父さんも喜んでるだろ!」

 

「お久しぶりです御法川おじさま。父もずっと会いたがってましたわ。」

 

「み、ミノリカワ?……なんだ、やっぱソックリさんか。驚かせるな。」

 

「ば、馬鹿!ミノモンタの本名よ!……ご、ごめんなさい、おじさま。」

 

 

 

肘で山田次郎を小突く田中双葉。そんな二人を笑って見ている白髪紳士。

そしてミノモンタがテーブルに近寄って、主役である林檎を手に取った。

じろじろと見つめる紳士。そして、少年少女の脇にある画板を見据える。

 

 

 

「巧いもんだな。それだけ書けたら商売になる。うちの会社に来るか?」

 

「いや、俺は物真似とか出来ないんで無理ですよ。話すのも苦手だし。」

 

「だからソックリさんから離れて山田クン!でもまぁ、確かに巧いわ。」

 

 

 

そしてミノモンタは林檎を左手に持ち替え、右手でとある棒を取り出す。

それは、スイッチブレード。その柄の部分には微かにシミが見えている。

器用にスイッチを押すと凶悪な光を湛える刃が飛び出す。少し驚く紳士。

 

 

 

「さて!取り出しましたるこのナイフ!種も仕掛けもございませんよ!」

 

 

 

林檎をクルクルとまわすミノモンタ。そこで山田は舌打ちする。マズイ。

これでは自分の意図した角度になるかは判らない。確率も悪すぎるのだ。

 

 

 

「このナイフ、そんじょそこらのナイフと訳が違う!切れ味抜群だよ!」

 

 

 

軽快に話すミノモンタ。流石は元アナウンサーであり珍プレー集の神様。

有名人を見て浮き足立っていた女生徒たちも、その話術に引き込まれる。

それを横目で見ながら紳士は思う。俺もまだまだ捨てたもんじゃないと。

 

 

 

「この林檎ちゃんもスッパリ切れるから驚きだ。お嬢さん、林檎好き?」

 

「あ、は、はい。大好きです!それに私、毎日林檎を描いてますから!」

 

「なるほど、美人秋田は林檎の産地!お嬢さんはきっと美人になれる!」

 

「えー、それじゃまるで今は不細工だって言われてるみたいですけど?」

 

「こりゃ一本取られた!さて、これも全部林檎のせいだ!憎い林檎め!」

 

 

 

そんなミノモンタと権田原嬢のやりとりに、どっと笑いが起こる美術室。

そしていよいよ林檎に刃が当てられる。息を呑む山田と彼を眺める田中。

林檎は両断された。そして、その断面に殺到していく山田、田中、部員。

 

 

 

「よっしゃああああああ!俺の勝ちだ!完全勝利!映研は必勝不敗だ!」

 

 

 

そして拍手。美術部員達は奇跡を見ていた。割られた断面が同じなのだ。

ありえない。あるわけが無い。割る前の林檎の中を見る事なぞ不可能だ。

それは副部長である富井にも動揺を与えていた。無論、皆とは別の意味。

 

なんだこれは。絵の勝負に完全勝利など有るはずがないのが常識である。

だが山田は勝利していた。田中の絵の断面には微妙なズレがあったのだ。

判り易い決着。これならば確かに一年生であっても勝者は明らかである。

 

でも許せない。そんな訳にいかない。何故なら大事な人と約束したから。

 

 

 

「し、暫く!暫く暫く暫くっ!この勝負には八百長の疑いがあります!」

 

「失敬だぞ富井君!確かに三度の飯よりズルが好きだが今日は本気だ!」

 

「下がりなさい富井さん。これが八百長だと言うんなら証拠はあるの?」

 

「あ、有ります!み、ミノモンタが来るとか変です!それが証拠です!」

 

 

 

確かに変である。普通に考えれば超多忙のMCは高校生の勝負に来ない。

しかしそれが八百長に結びつく論理は無い。富井嬢は狼狽しきっていた。

破綻した策謀、そして消え去ろうとしている大計画、教頭との甘い生活。

 

 

 

「部長代行として宣言します!田中双葉は除籍!これは部の決定です!」

 

「判ったわよキーキーうるさいわね。辞めればいいんでしょ辞めれば。」

 

「な、何を言ってる?!何故に君が辞める?一体何の話をしてるんだ?」

 

「知らなかったの?山田クンに負けたら私除籍よ。OGでもなくてね。」

 

「それは本気なのか富井君!?彼女の実力を知らぬ君では有るまいに!」

 

 

 

肩を掴まれてガクガクと揺すられる富井有栖。更に正常な思考が消える。

何故みんな田中なのか。田中田中田中。なぜ私を認めない。私は天才だ。

この天才の私にこそ美術部部長は相応しいのに。なぜ、田中双葉なのか。

 

 

 

「不要よ!田中双葉は消え去るのよ!それで私が部長!部長なのよ私!」

 

「……もう一度聞く。落ち着いて聞いてくれ。田中双葉は除籍なのか?」

 

「何度も言わせないで!美術部の公式記録から田中双葉は抹消される!」

 

 

 

部員達の冷めた目は富井有栖にも感じられていた。だが、もう遅いのだ。

引き返せない。最悪の状況でもこれだけは譲れない。私は美術部の女王。

憧れていた所に手が届くのだ。誰もいなくなったとしても、あの椅子に。

 

颯爽と辣腕を振るっていた田中一葉が、そして田中双葉がいた、椅子に。

 

 

 

「ふ、ふはははははは!そうか、君は無所属というわけだな田中双葉!」

 

「まー、そうなるわね。もしかしてさ、山田クン、慰めてくれないの?」

 

「誰が慰めるか!そーか、君は美術部抹消か!うんうん、こりゃいい!」

 

 

 

楽しそうに何度も頷く山田次郎。そんな彼氏を、田中双葉は眺めていた。

もしかして、本気で嫌われてたのかしら?ちょっとやりすぎちゃったか。

でもまぁ、それはそれでしょうがない。そしたら、私、どこで逝こうか。

 

 

 

「さぁお立会い!知ってるかね?部長の権限とは、果てしなく大きい!」

 

 

 

にこやかに笑いながら、演説を打ち始める山田次郎。集まっていく視線。

カメラ少女は山田を撮り続ける。そして権田原も山田に惹かれていった。

 

 

 

「我校の生徒手帳を見たまえ!55条細則一項にこうある!勧誘権限!」

 

「うわ、そんなの見てるんだ山田クン。本当に君って学校好きだよね。」

 

「『部活の勧誘は部長の責任においてこれを行使する』とあるだろう!」

 

 

 

そして彼はスケッチブックを再び持つ。そして、手早く余白に書き込む。

『入部届:俺のところに来い!そして俺に従え!署名:_______』

そう彼は書くと、書いたページを引き千切り、その手に高く捧げ持った。

 

 

 

「田中双葉、無所属ならば遠慮せん!俺と、映研の同士になってくれ!」

 

「え?……山田クン、それ、本気??」

 

「冗談でこんな事言えるか!部長として、山田次郎として、勧誘する!」

 

「え、で、でも、山田クン、私は……」

 

 

 

ここで美術室内に大音量の音楽が流れる。それは有名なクラシック音楽。

『英雄』。そう名付けられた曲。これは山田次郎が好きな音楽であった。

そして彼は音楽の出所に心当たりが有った。そして、それを知る人物も。

 

山田は上を見上げる。そこに人懐っこい笑顔。次期部長の一之瀬雄大だ。

彼は自慢の膂力でとあるものを山田に投げる。それは見慣れた大きな布。

 

 

 

「受け取れセンパイ!やっぱ映研だし、勝った時はマントだってばよ!」

 

「受け取ったぞ一之瀬くん!では映研部長の正装姿を、見るがいいっ!」

 

 

 

横に流すように暗幕を受け取けとる山田。そして肩を支点に反転させる。

それは黒マント。代々の映研部長が必ずやる、ごっこ遊びの定番だった。

黒地の裏側の紅色地が、イカニモな雰囲気を醸し出して楽しいのである。

 

空を舞って踊るマントは、田中双葉の肩に当たる。そして胴に巻きつく。

そのまま体は回される。ふと気がつけば山田の胸の中へと収まっていた。

動悸の治まらぬまま、そっと顔を上げる双葉。そこに見下ろす山田の顔。

 

 

 

「ふははははは!もう逃げられんぞ田中双葉!君はもう、俺のものだ!」

 

「あ、うん、その、……私で、いいの?」

 

「くどい!署名などもう面倒だ、印を押せ!この部分に捺印するのだ!」

 

「言ってなかったけど、実は、私は……」

 

「ここにきて躊躇など君らしく無い!ええい、こうなったら強硬手段!」

 

 

 

ここでマントが大きく宙を浮く。そして、田中双葉ごと、山田を包んだ。

そして二人は黒い蛹になった。その中で顔の部分がモゾモゾ蠢いている。

部員達は何が起きているか気付き黄色い声を上げ、そしてカメラは回る。

 

やがて蛹は割れて、一対の羽のように広がり、隠れていた二人が現れる。

山田の手にはまだ紙があった。しかし少し違っている。署名欄に、口紅。

 

 

 

「これで田中双葉は俺のものだ!わが手勢は、より強大になったのだ!」

 

 

 

権田原嬢がそのお芝居に手を叩き始める。それは伝播し拍手の嵐となる。

一向に止まない歓声。双葉も彼の胸に手を添え、その余韻に浸っている。

 

山田次郎の興奮は最高潮に達していた。なにせ新しい部員が増えたのだ。

それも念願であった同世代の部員なのだ。彼の脳内には歓喜が渦巻いた。

ちなみに未だ音楽は流れている。鈴木と山田が設置したスピーカーから。

 

 

 

「田中部長、ありがとうございました!私達、ずっと忘れませんから!」

 

「じゃあさ、悪いけどあの子のお守りお願いね。根はいい子なの彼女。」

 

「え?その、いいんですか?だって副部長って追い出した本人じゃ……」

 

「いいのよ。結果的に私は最高の人生を手に入れたわ。感謝してる位。」

 

 

 

高笑いする山田に抱かれながら、顔だけを向けて権田原嬢と話す田中嬢。

そして流し目で田中双葉は山田次郎を見る。その表情はとても幸せそう。

それ以上権田原は何も言わなかった。抱かれている彼女は、眩しかった。

 

 

 

「でも残念ね!こんな事しでかした馬鹿に部室なんかやるもんですか!」

 

「ぐぬぬ、そこは何とかならんか富井君。一応は俺が勝った訳だしさ。」

 

「嫌よ!絶対に嫌!誰が田中双葉に協力するもんですか!馬鹿らしい!」

 

「……あの、田中双葉、さん?実はちょっと、折り入ってご相談が……」

 

「無理よ山田クン。私が頭下げたって彼女が納得する訳無いじゃない。」

 

 

 

そこに最後の役者が現れる。映像文化研究部顧問にして主任の瀬田ヶ谷。

彼は山田の姿を見て思った。やっぱり部活だと楽しそうだよな、こいつ。

なんでコレが推薦枠の面接で出せないんだ。そうすればラクなのに、と。

 

 

 

「山田、顧問として部長のお前に言っておく事がある。よーく聞けよ?」

 

「は、はひ!……えっと、もしかして、部材を学校に返せって事です?」

 

「そうだな、部の資材は全部返せ。社会科教室に返して、持ち出すな。」

 

「わ、判りました。全部社会科教室に……って、ええ?社会科教室?!」

 

「そうだよ山田。お前らの部室だろ?あとな、準備室は使用禁止だぞ?」

 

 

 

山田次郎は踊る。マントをつけたまま器用に田中双葉の手を取って踊る。

男の顔には歓喜。そして涙。そんな彼をうっとりと見つめている田中嬢。

そしてふと、視界外から視界内に入った顔を見つける。実の弟の笑顔だ。

 

彼女は全て悟った。そして、ウィンクと投げキッスを実の弟に飛ばした。

 

 

 

 

 

 

そんな美術室の前では、映研部員が山田と尾崎以外に勢ぞろいしていた。

天井裏からも一之瀬が、満面の笑みと蜘蛛の巣を湛えて降りてきていた。

皆が美術室を覗く。そこには笑いながら幸せそうに踊っている部長の姿。

 

 

 

「よかったですね二宮センパイ。愛しい愛しいお姉さんに褒められて。」

 

「なんだよ阿形ちゃん。おちょくるとお前でも容赦はシネエからなー。」

 

「でも凄くやな感じしません?山田センパイ含めて、カップルばっか。」

 

「馬鹿言え。俺とサンタは肉体の狩人だっての。カップルは不要だぜ?」

 

 

 

そこで三狩屋はこっそり抜け出そうとする。だが、力無い何かが阻んだ。

それは石川真理子の腕。本気の三狩屋なら彼女は百人いても逃げられる。

だが、彼は逃げられなかった。その腕が、彼の腕に絡みついていたから。

 

 

 

「ちょ、サンタ、お前、まさかと思うけど、石川ちゃんとデキてたの?」

 

「すまんなニノ。だってさ、石川のケツのラインって超エロいんだぜ?」

 

「かーっ!マジかよサンタ!そりゃねえだろ!硬派はどうした硬派は!」

 

「そんなん最初からネエだろニノ。だいたいお前だって姉ラブだろが。」

 

「俺はストイックなの!今日でそれもお終いなの!もう卒業だっての!」

 

 

 

地団駄を踏む二宮純。そして彼の卒業発言は、もちろん嘘ではなかった。

彼は大好きな姉から最上級の感謝をたった今受け取った。それで満足だ。

だが言うとおり寂しくもある。彼は今まで姉以外の為に生きてなかった。

 

 

 

「あー、すっげえヤナ感じだ。阿形ちゃん、組手してやってもいいぜ?」

 

「そりゃ嬉しいですね。でも、竹濤館ですよねセンパイ?流派違うし。」

 

「馬鹿言え、空手の道は一緒だっての。それに俺、寝技も超得意だぜ?」

 

「何で空手に寝技があるんですか!……もしかして、体が目当てとか?」

 

「バレたか!くそ、なんでサンタにはレコが出来て俺はフリーなんだ!」

 

 

 

頭を抱える二宮。そして呆れて眺める阿形。周囲を囲んでいる他の部員。

そして彼らは最後の部員である尾崎が美術室から出るのを待って帰った。

もちろん、勝負をずっとカメラで撮っていたのは尾崎紀世子嬢であった。

 

 

 

 

 

 

 

「どうだ皆の者!新入部員の田中双葉だ!ほれ、挨拶したまえ新入生!」

 

「あはは、嫁の双葉ですー。みんな、短い間だけどなかよくしてねー。」

 

「な?!なんで嫁になる!いいか、誤解するなよ!君は新入部員だぞ!」

 

「さっき凄い告白受けちゃったしさ、もう結婚するしかないわよ私達。」

 

「告白だと?!いつ、どこで!アレは勧誘だ!まごうことなき勧誘だ!」

 

 

 

山田兄の部屋。恐らくもう使われることは無いだろう、映研部の仮部室。

真っ赤になりながら腕を振り払おうとする山田。しかし、出来なかった。

彼女が目を見開いて彼の腕をとっていた。そんな彼女の姿を見たからだ。

 

 

 

「そ、そうだ!二宮くんは弟さんだろ?こんな姉さん赦していいのか?」

 

「超おっけーです。なんだったら目を瞑ってますんで、始めちゃって。」

 

「判ってるわねジュン。だ、そうだから始めちゃいましょ?山田クン?」

 

「何も始めんぞ!いや、部活を始めねば!緑生祭まで日が無いからな!」

 

 

 

こうして山田次郎はまたも勝利し、勝者にふさわしい戦利品も得たのだ。

だが映研部にとって終わりではない。いまだ過酷な戦いの途中であった。

まもなく文化祭が始まる。山田にとっても最後の晴れ舞台が待っている。

 

そんな緑生祭に向けた最後の追い込みと輝かしい結末は、次回のお話に

 

 

 

 

 

 

つづく。

 




呼んでくれている人達、長かったお話もあと少しですよ!

ふぁいとふぁいと!
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