究極大英雄の山田次郎かく闘えり!   作:うぃっちべーす

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第二十八話『山田くん英雄を戴冠す』

 

 

 

第四次山田新体制が幕開けする。しかも今回も強力な新人の加入である。

翌日には部材は部室に戻され、実写班アニメ班共に急ピッチで作業再開。

実写班の配役にも田中双葉は参戦した。彼女が悪の科学部女王となった。

 

 

 

 

「おほほほほ、覚悟なさい山田クン!この学校も貴方も私のモノよー!」

 

「台詞が違うだろ田中双葉!アフレコするにも尺が違いすぎるっての!」

 

「うるさいッスよー。はい、姉さんはオッケー。センパイはリテイク。」

 

「納得いかん!だいたい俺は実写班じゃない!アニメが間に合わんぞ!」

 

「大丈夫っスよセンパイ。イチと尾崎ちゃんが超頑張ってるんスから。」

 

 

 

ここで驚異的な成長を遂げたのが一之瀬であった。彼は化けたのである。

尾崎紀世子は一之瀬にある提案をしていた。『ムズムズ』を直す条件を。

一之瀬が映研の為に絵を覚えたら尾崎には全身全霊で直す用意があると。

 

一之瀬は非凡な少年だ。そして欲求には忠実で、吸収する素地があった。

彼を皆が認める部長にしてあげたい、そんな彼女の必死の一手であった。

 

 

 

「うははは、アニメ楽しいな!尾崎、そろそろ俺ってばクリアじゃね?」

 

「いえ、まだまだです。ほら、ここの線が乱れてますから。残念です。」

 

「うへー、なんなのこの二人?石川ちゃん、私らが足手まといかもよ?」

 

「――足手まといなんて人間は居ない。積み重ねは絶対に裏切らない。」

 

「ハイハイ、こりゃ負けてられないわっと。あーあ、実写は楽しそう。」

 

 

 

榎本と宇佐美が並んでいる。榎本はレフ板と呼ばれる光線調節鏡を持つ。

そして宇佐美はカメラを持つ。山田はひどく驚いたが、彼女は巧かった。

勿論彼女がカメラ捌きに長けたのには理由があったが、山田は知らない。

 

一年にも二年にも宇佐美の事は伝えられた。そして、全員が赦したのだ。

なぜ、映像文化研究部総責任者であり部長の山田には伝えなかったのか。

 

 

 

「よっし、これで校内撮りは終わり!田中双葉、アニメ製作に入るぞ!」

 

「はいはい。でもさ、私って新入部員なんだし最初は練習じゃないの?」

 

「ハイは一度!……そんなものが必要だと思ってたら先にやっとるわ!」

 

 

 

とっても楽しそうなのだ。何をするにも、田中双葉を連れて歩いている。

その笑顔は山田と付き合いの長い一之瀬たちも初めて見るほどでだった。

思えば彼は出会った時から部長であった。もちろん今でも部長なのだが。

 

やっと巡り合えた同輩との語らいを楽しむ彼を邪魔したくなかったのだ。

 

 

 

「やってるな皆の者!この山田次郎投入の暁には、締切なぞ一捻りだ!」

 

「山田センパイまで来ちゃったよ石川ちゃん。ますます立つ瀬無いわ。」

 

「ある!映研アニメ班の双璧は阿形さんと石川さん!依然変わりなく!」

 

「――山田先輩、進行状況は88%です。計算上では少し厳しいかも。」

 

「だが安心しろ!一之瀬くんと俺がいる!締切直前なぞむしろ大好物!」

 

「そーだぜみんな!特にこの俺様が尾崎に指示すれば、へっちゃらだ!」

 

「駄目ですよ一之瀬さま。そこは嘘でも『俺がいるから』じゃないと。」

 

 

 

田中双葉はそんな光景をじっと見ていた。確かに、ここは競争とは無縁。

遊び感覚の協力作業で物事が進んでいく。規律的には非常に緩い環境だ。

しかし山田がそれを誘導している。怠惰に流れさせない絶妙なバランス。

 

思えば自分の部長時代は孤独だった。副部長でさえ、部長を敵と見做す。

部員たちも互いを敵視する。だからこそ切磋琢磨は起きると信じていた。

もちろんそれは姉の一葉もそれ以前も同様で、受け継がれてきた風土だ。

 

 

 

「でさ山田クン、何をしたらいいの?初めてじゃ判らないんだけどさ。」

 

「アニメ班次期班長の阿形さんが決める!さあ、新人に作業を与えて!」

 

「えーと、それじゃ……山田センパイうるさいんで相手をお願します。」

 

「おっけ。じゃあ山田クンのウルサイ口を塞がないと。歯、磨いてる?」

 

「歯ぐらい毎日磨いて……って、何でそうなる!離れんか田中双葉っ!」

 

 

 

山田次郎の頬に手を当てて、そっと目を閉じて顔を寄せていく田中双葉。

耳まで真っ赤になりながら彼女の顎を掴んで、なんとか逃れようとする。

 

きっと映研が出来た時にも同じ様な光景があったのだろうと双葉は思う。

だからこそ、美術部部長は映研部部長の後を追って入部したに違いない。

美術部部長の自分だからこそ判る。ここは、美術部員が求めた理想郷だ。

 

 

 

「尾崎、アレそんなにイイモンか?チューするだけに見えるんだけど。」

 

「うーん、少々特殊なんですよアレ。帰ったら私達も試してみますか?」

 

「よし、じゃあ今日実験しようぜ!その前に今日の分は終わらせんぞ!」

 

 

 

山田と田中が、一之瀬と尾崎が、阿形と石川が、励ましあい作業が進む。

例え敵対心は無くとも競争心は有る。例え規律は無くとも秩序は有った。

 

 

こうしてアニメ班は怒涛の追い上げを見せて、何とか作品の完成を見る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

緑生祭、こっこだち祭。

 

どちらとも呼べる都立国立国分寺立川高校の文化祭は、その幕を開ける。

夢の無い言い方で申し訳ないが、その出店、展示、出し物は所詮高校生。

手作り感満載で、お世辞にも良い出来な物は無い。だが、主役は学生だ。

 

稚拙な分だけ、困り事の分だけ、運営している学生達には輝かしい記憶。

 

あるクラスは同じサイズでシャツを作り、無理に着る生徒が多かったり。

お化け屋敷に照明を入れ忘れて、誰がお化けで誰が客か判らなかったり。

フランクフルトの屋台でカセットコンロのガスが切れて、生で売ったり。

 

 

 

「おいっ!体育館で上映とか聞いて無いぞ一之瀬くん!どういう事だ!」

 

「ああそれ?それならニノが上と話をつけたゼって言ってたっスけど?」

 

「え、映研には部室以外での上映会の禁止という伝統があってだな……」

 

「嘘言っちゃ駄目よ。確か初代の映研部長も体育館上映してた筈だし。」

 

「よ、余計な事を言うな田中双葉!黙っていれば誰にも判らん事だぞ!」

 

 

 

山田の手元にある緑生祭案内状には、映研部の体育館上映の文字がある。

しかも、よりにもよってオオトリ。いわゆる最後の出し物なのであった。

最後には学校を代表する部活が演じる慣例があり、文化部最大の名誉だ。

 

昨年までは吹奏楽部の演奏が定番だった。それを映研が押し退けていた。

 

 

 

「しかも俺が上映後の監督挨拶に出るとか書いてある!おかしいだろ!」

 

「おかしくないわよ。山田クン総指揮じゃない、出ないほうが変だわ。」

 

「気楽でいいな君は!……そうだ、モノは相談だが、俺の代わりに……」

 

「駄目よ。でもまぁそんなに不安だったら一緒に出てあげてもいいわ。」

 

「そ、そうか!それは心強い!できれば、ぜひ、そうしてくれたまい!」

 

 

 

そっと顔を背けて少し意地悪く微笑む田中双葉。無邪気に喜ぶ山田次郎。

そこにヨロヨロと覚束ない足取りで部室に入ってくる影。それは二宮純。

結局彼は、あれだけ三狩屋に諌められながらも手を抜き続けてしまった。

 

他の部員達の仕事が次々と終わる中で彼の仕事だけが積み重なっていく。

結局編集機を持って帰り、72時間かけて音入れと編集を終えたらしい。

 

 

 

「アニメは準備が終わってるけどさ、実写の方は大丈夫かい二宮くん?」

 

「へへ、だーいじょーぶですってセンパイ。実写も準備はカンペキす。」

 

「目の下真っ黒だぞ……ま、君が言うんだから俺は信じるが、しかし。」

 

 

 

そして後を追う様にして部室に入ってくる阿形直美。彼女もヨロヨロだ。

やはり目の下にはクマが出来ており、腰の所を手で押さえて歩いている。

山田は聞いていた。二宮が手を借りたいとお願いして阿形が受けた事を。

 

 

 

「二人ともお疲れ様!だが、その苦労は必ずや映研の未来に繋がるぞ!」

 

「……はぁ、そ、そうですか。そんなに褒められたもんじゃないかと。」

 

「謙遜するな阿形さん!君ら二人の徹夜は、後塵の部員達の通る道だ!」

 

「いや、それもどうかと思いますけど……真似とかはしないほうが……」

 

「いいじゃんよ阿形ちゃん、俺らと同じ事させたいって言ってんだし。」

 

 

 

真っ赤になりながら横から肘打ちをする阿形。そして、うずくまる二宮。

そんな彼らを山田は誇らしげに見ていた。思えば、去年もそうであった。

鈴木も山田も夜には弱い。そして朝が早い。そんな二人が徹夜の作業だ。

 

 

 

「山田ァ!見ろこのフィルムを!これを何と呼ぶか大声で叫んでみろ!」

 

「我らが魂の結晶!そして未来永劫へと続く約束された勝利のツルギ!」

 

「馬鹿野郎!これは、想像力という無限の宝物庫への扉!王の財宝だ!」

 

 

 

思えば無理があった。仮眠をとった後に見てみれば、出来損ないだった。

だが鈴木は言い放つ。俺達の徹夜は無駄じゃない。無駄なのは恐れる心。

徹夜で出来た出来損ないに合わせて編集をせよ、と非情な命令が降りる。

 

出来上がったアニメ作品は、非常にサイケデリックな出来栄えとなった。

だが鈴木は胸を張る。山田と俺の作品は当代一だ。誰にも負けない、と。

山田は徹夜明けの後輩を見る。きっと同じ光景が彼らにも見えただろう。

 

 

 

「二宮くんの熱い魂のフィルム、この山田次郎、確かに受け取ったぞ!」

 

「たのんますよセンパイ。じゃ、ちょっと俺、疲れたんで、寝ますわ。」

 

「寝とけ寝とけ!聴衆の感動した様を、必ず俺が余す所なく伝えよう!」

 

 

 

リール式フィルムを受け取る山田次郎。そして手渡した二宮純は倒れた。

だが山田は手すら差し伸べずに踵を返して歩き出した。これは魂の譲渡。

二宮の魂はここにある、そう胸に秘めて山田次郎は部室を後にしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

教頭は土下座をしていた。

そして、相手は富井有栖嬢その人。彼女は教頭のものだった椅子に座る。

彼女は相変わらずの無表情で、じっと目の前の人物の頭を見つめている。

 

 

 

「許せとは言わない。だが、私が君の弱みにつけこんだのは謝罪する。」

 

「……はぁ。」

 

「私個人としてはもう幸福を放棄する。妻と私は、正式に離婚をした。」

 

「……はぁ。」

 

「まだ沙汰は無いが、君への陵辱は露呈する。然るべき罰が下りよう。」

 

「……はぁ。」

 

「君の望む罰を言いたまえ富井君。私には甘んじて受ける義務がある。」

 

 

 

教頭は覚悟していた。彼女の青春の一番大事な時期に、彼は犯したのだ。

それは大罪であり、それは純潔であり、うら若き乙女の夢と希望であり。

そして全ての罪がそうである様に、償いでは罪の存在は消えたりしない。

 

償いとは、被害を受けた者が溜飲を下げる為の報復手段でしかないのだ。

 

 

 

「確かに、私の人生が引き返せない所まで来てしまったのは事実です。」

 

「そうか。」

 

「教頭から家族が離れたのは非常に幸いですね。遠慮が要りませんし。」

 

「そうか。」

 

「もし『償い』を与えるというのなら、何を求めるのか判りませんか?」

 

 

 

ここで教頭は覚悟する。彼女は、絶命を欲しているのだと判断したのだ。

彼とて命は惜しい。そして、彼女が手を下せば彼女も傷害殺人犯になる。

富井有栖は決して愚かではない。そんなことは重々承知の上なのだろう。

 

だが、そんな不利益すら気にならぬ位に、彼女は、自分が憎いのだろう。

 

 

 

「……判った。この老いさらばえた身で良ければ、好きにするがいい。」

 

「ほ、本当ですか?!」

 

「しかし君はまだ若い。合法的に目的を果たす方法を一緒に考えよう。」

 

「それなら大丈夫!!」

 

 

 

ぱぁっと表情を明るくさせて、持ってきていた学生鞄を開け始める富井。

そして教頭は考える。思えば彼女がここまで笑顔を見せた事は無かった。

無表情な顔、引きつった様に苦しむ顔、そして睨みつける様な奇妙な顔。

 

初めて見る歓喜の顔が自分への報復とは、なんという皮肉なのだろうか。

 

 

 

「ここにサインください!あと、チャチハタじゃないハンコも一緒に!」

 

 

 

チャチハタとは精巧に作られた工業製品印鑑で、寸分の狂いも無い印だ。

だから証明書類には使えない。その辺で買ってきてしまえば偽造できる。

チャチハタとは登録商標だが、独占の為にそのままカテゴリーになった。

 

 

 

「……婚姻届?!ま、まぁ、賢い君の事だ、何か意味があるのだろう。」

 

「勿論です。私たちは結婚するんです。そして子供も産んで育てます。」

 

 

 

教頭は混乱している。自分は決して一般的な人間に比べて愚鈍ではない。

だが彼女の深謀遠慮が見抜けない。なぜ復讐の為に結婚して子供を生む?

間に儲けた子供にさえ復讐をする?だが、生まれた子供が彼女に似たら?

 

 

 

「富井君、ここから先は修羅の道になろう。それでも君は進むのかね?」

 

「いいえ、ここから先は薔薇色の道になります。私達は祝福されます。」

 

 

 

教頭はここで確信した。富井有栖は精神に異常をきたしてしまったのだ。

強い立場から脅迫されて嫌々ながらも従っていたのにその立場も失った。

今までの自分への暴行は全て無意味と化した。何の利益も生み出さない。

 

 

 

 

 

 

思えばこの富井君は、会った当初から少しだけ心の弱そうな子であった。

最初はハンド部の宇佐美だけに脅迫した。もちろん肉体関係も無かった。

彼女が渋った為、家庭の困窮を突いて怒鳴っての脅迫となってしまった。

 

そして不安になった。あの宇佐美は信用できない、目付け役が必要だと。

そこで富井を見つける。彼女の家は底々裕福であり、名誉を求めていた。

下手な事を言えば逆に自分の身が危ない。そこで、敢えて時間をかけた。

 

 

 

「富井君、忙しいのに悪いな。我校が招聘したエリートだというのに。」

 

「さほど忙しくはありません。特に教頭先生にならいつでも結構です。」

 

「紅茶を入れてくれ。砂糖は二匙、ミルクは入れずレモンをたっぷり。」

 

「そして茶葉がダージリンでしたか。確かその奥の棚にありましたね。」

 

 

 

何度も教材室に呼びつけ給仕を頼む。奨学金の事を会話に匂わせながら。

彼女も痺れを切らし要求を探る筈。そこで宇佐美の監視を匂わせるのだ。

脅迫ではなく理解をさせればいいのだ。ただし圧倒的に有利な立場から。

 

だが彼女は表情一つ変えず、黙々と、淡々と、ひたすら給仕をこなした。

3日で20回ほども呼び出した。しかし富井有栖は嫌な顔せず来室した。

そして4日目、とうとう自分が耐え切れず富井有栖に詰め寄ってしまう。

 

 

 

「毎日毎日何度も何度も私に呼ばれて、変だと思ってないのか富井君!」

 

「……?あ、はい。そう言われてしまうと、確かに変だとは思います。」

 

「君の奨学金は危ないんだ!そして私がそれを管理してる!判るか?!」

 

 

 

そこで彼女は手鎚を打つ。左手の平の上に握った右手を叩きつけるアレ。

今頃気付いたのかと呆れるながら椅子に座る教頭。そして異音に気付く。

衣擦れの音、そして布が落ちる音。それも一回だけではない。二回三回。

 

 

 

「ば、馬鹿な!いったい何をしているんだ富井君!?気は確かなのか?」

 

「いえ、お話を総合すると、教頭先生の要求はこうなる筈なんですが。」

 

 

 

彼女は無表情のまま全裸で立っていた。きっと大きな勘違いをしている。

だが彼は策謀家の教頭である前に、男盛りの中年男、明石家鶫であった。

彼が子を授かったのが30才。その後、細君との営みは完璧に途絶えた。

奥様曰く『子供が必要だから入れさせてあげたにすぎない』とのことだ。

 

そこまで営みに拘ってもいなかった。20年弱、性行為が途絶えていた。

静かに嵩を増すマグマ溜り。そこを現役高校生のストリップが刺激した。

教頭の獣性が否応無く眼を覚ます。獅子が如く、目前の獲物を仕留めた。

 

 

 

「……イヤー。タスケテー。カンニンシテー。オチツイテクダサイー。」

 

「も、もう遅い!こんな肉体を見せつけおって!我慢なぞ出来んわっ!」

 

 

 

そんな必死に逃れようとする彼女の声が教頭の脳裏にこびり付いている。

嫌悪に満ちた叫び声すら、興奮を助長するスパイスに過ぎなかったのだ。

そして教頭は彼女に溺れていく。決して嫌がろうととしない弱者相手に。

 

 

 

 

 

教頭は、一時の愚かな選択で少女の人生全てを踏みにじったと後悔した。

そもそも横領をするという選択から?それとも教師をはじめた時点から?

だがもう何もかもが遅い。目の前の少女は狂っている。自分が守らねば。

 

 

 

「そうだ……富井君、ご両親は私のしていた罪状を知っているのかね?」

 

「罪状……えぇ、教頭の事は言ってあります。私の判断に一任すると。」

 

「そ、そうかね。ではもう憂う事はない。君と私とで、生きていこう。」

 

 

 

教頭とは裏腹に、富井有栖は心中で正拳突きをしながら踊り狂っていた。

無論彼女は狂ってはいない。全てが目論見通り、希望通り、思った通り。

椅子に座ったまま無表情に見下ろす彼女にとって、現状は極めて良好だ。

 

ちなみに部長としても彼女は順調だった。なんと権田原が補佐を始めた。

権田原は一年のキーパーソンであり、旧田中派の中でも最先鋭であった。

彼女の懐柔工作で旧田中派は取り崩されて、富井体制に吸収されたのだ。

 

この英雄譚で最も幸福な幕切れをしたのは、この富井有栖かもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして土屋父もまた土下座をしていた。

 

その場所は意外にも近かった郷田家、そしてその相手は当主郷田龍司だ。

土下座の後ろには呆然と立ち尽くす娘の土屋杏奈、そして郷田家の長男。

二人の高校生は驚いていた。自己紹介もそこそこにいきなりの土下座だ。

 

 

 

「郷田局長、この二人を、許してやってください!お願いいたします!」

 

「いや、理由を抜きにいきなり土下座をされても……武士は判るのか?」

 

「ええと、僕が土屋くんと性行為をした件ではないかと思いますけど。」

 

「なるほどな。それで結果どうなった武士?訴訟ではなさそうだがな。」

 

「婚約しました。お父さんの迷惑になるなら土屋の家に婿に行きます。」

 

 

 

郷田龍司財務省主計局局長は国内の官僚でも確実にトップランクである。

鉄腕と呼ばれる強引かつ絶妙な采配を揮い、国家の利益に貢献してきた。

瞬時の判断の正確さで日本を導く男。そんな男が苦悩する現実があった。

 

自分の息子があろうことか同級生と条例違反の性交渉に及んでしまった。

怒って乗り込んできたのかと思えば何故か最大級の謝罪をする女性の父。

そして自分の息子も、我が家の籍から離脱して相手と婚約をするという。

 

誰が得をするのか必死に考える郷田父。しかし、考えれば考える程に謎。

 

 

 

「武士、婚約となれば二人だけの問題ではないのは判らんのかお前は?」

 

「しかし未遂にはなりましたが盗撮で脅迫しようとした事もあるので。」

 

「あいや局長!盗撮はあくまで未遂ですし娘も気にしておりませんよ!」

 

「はい、気にしてません。家まで来たのに一枚も撮らなかったですし。」

 

 

 

状況を整理する郷田龍司。息子はなんと女子の家に侵入までしたらしい。

そのあげくに盗撮にも失敗して取り押さえられたと見るのが自然だろう。

そこで乗り込んでくる、ここまでは理解できる。だが問題は父の土下座。

 

なぜ娘の父は土下座をしているのか。そして記憶の奥底に見覚えもある。

 

 

 

「土屋さんと申されましたな。どこがでお名前を見た気がしますが……」

 

「はいっ、東京財務事務所立川出張所で財務官をしています土屋です!」

 

 

 

ここで一気に打算のコンピューターが動き始める。この男は身内なのだ。

そして懸念が湧き起きる。次官レース大詰めのこの時期に息子の不祥事。

法に基づいて対応しようと闇に葬ろうと、動き次第では失脚しかねない。

 

取り入って恐喝するなら理解できる。もしや、この男は『刺客』なのか?

 

 

 

昨日土屋父は娘とその相手から話を切り出され困惑を隠しきれなかった。

確かに婚約しろとは言ったが、報告があるとしてもずっと先と思ってた。

若い二人だ、もう猿のように性行為に没頭して3ヶ月後に妊娠発覚だと。

 

なのにたった一回のイベントで一気に婚約だと言う。理解出来なかった。

 

 

 

「杏奈、お前はまだ若い。ロマンスに運命を感じる気持ちは判るが……」

 

「あの、おじさん?婚約を切り出したのは僕の方からなんですけど……」

 

「なにぃ?!君正気か?!男ならもっと体目当てで遊ぼうって思えよ!」

 

「あの、体目当てだったらむしろ婚約した方が何かと都合がいいかと。」

 

「馬鹿か君は!他の女の方が具合が良いかも知れんだろ!判らんのか!」

 

 

 

ここで土屋杏奈の切り札が登場する。土屋葉月、杏奈の母で彼の奥さん。

彼女は婚約を宣言して父を説得していた二人の後ろにそっと隠れていた。

だが相変わらずの夫のモラルの低さに我慢ができずに飛び出していった。

 

手に持っていた傘で夫の胴を一突きし、その後、滅多打ちにしはじめる。

 

 

 

「圭一さん!娘の旦那に向かって浮気をさせようとする親がいますか!」

 

「いたたたたた!か、帰ってきてたのかよ!それならそうと早く言え!」

 

「ちょっとは我慢をしてあげようかと帰ってみれば!恥を知りなさい!」

 

「え?!もしかして……カメラ256台盗撮プレイを許してくれるの?」

 

「杏奈の婚約が先です!それまで指一本たりとて触れさせませんから!」

 

 

 

土屋圭一もまたブレない男の一人である。目を輝かせて成就を約束した。

それを見た奥様は娘に向かいウィンクをする。同様にウィンクをする娘。

愛する奥さんとの変態プレイに比べれば、土下座など何ら苦にならない。

 

 

 

もちろんそんな経緯を郷田龍司は知らない。大の男の土下座に裏を読む。

次官に最も近いライバル鈴木主税局局長によるトラップの可能性もある。

彼の息子が浪人していると省内で吹聴して回った意趣返しかも知れない。

 

慎重に情報を集めて判断すべき場面。しかし鉄腕の二文字が先に動いた。

 

 

 

「武士、婿養子になれば我が家の支援は一切受けられんぞ。いいのか?」

 

「高卒が必ず無職とは限りませんお父さん。自分の有能さを信じます。」

 

「え?あ、いや、ご安心を!必ず二人とも進学させます!大丈夫です!」

 

 

 

土屋父はもう何とか早くこの場を収めたかった。そして帰宅したかった。

成功して帰宅すれば愛する奥さんと念願の特殊プレイが待っているのだ。

微妙なアンバランスさを持つ妻の身体を思い出し、ほくそ笑む土屋圭一。

 

そんな土屋の笑顔を下駄箱に付けられた鏡で偶然見つけてしまった郷田。

あれ程の下種な笑顔を郷田は見たことが無い。そこで更に計算を続ける。

この男が仮に敵の人間だったとしても、味方に引き込んでしまえばいい。

 

こんな下品な笑顔を出せる男だ、必ず目の前の欲望に負けるはずである。

 

 

 

「では土屋さん、息子を頼みます。これで今日から我々は親戚ですな。」

 

「え?!あ、いや、息子さんと縁をお切りにはならないのですか局長?」

 

「血を分けた息子だ、何で縁を切れましょう。私との縁は迷惑ですか?」

 

「滅相もありません!飛ぶ鳥を落とす勢いの局長とご縁が出来るとは!」

 

 

 

更に下衆な笑顔を湛える土屋父。それを見ながら郷田父もほくそ笑んだ。

土屋父は思う。今日は最良の日だ。エロい事と出世が同時に舞いこんだ。

郷田父は思う。この男は裏切った。鈴木の謀略も消え次官はスグそこだ。

 

こうして若い恋人は、両家の親により祝福された婚約となったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして瀬田ヶ谷主任。

今日は文化祭の見回りで冷たいフランクフルトを食べて歩くだけの仕事。

 

だが以前とは違っていた。彼を取り囲む環境が大きく変化してしまった。

映研の一件が解決した後に、彼は正式に二宮会の常駐メンバーとなった。

そして何故か卒業予定者に有名私立大学への合格内定が次々と決まった。

 

 

 

「素晴らしいじゃないか瀬田ヶ谷先生!我が校始まって以来の快挙だ!」

 

「あ、いや、こりゃ多分生徒たちの努力の成果なんじゃないですかね。」

 

「いやいや、謙遜するな!君の様に腕のある進学担当を持てて幸せだ!」

 

 

 

校長が彼をべた褒めする。校長も二宮会に顔を出すが、非常駐メンバー。

瀬田ヶ谷は実質上の最高権力者となったのだ。ないがしろには出来ない。

更にこの後、最大対抗勢力だった教頭も瀬田ヶ谷に恭順を示す事となる。

 

教頭が女子生徒との付き合い方について、先輩の彼に教えを請い始める。

 

 

 

「いやー、やっぱ瀬田ヶ谷派にいて大正解!我が世の春ってもんです!」

 

「なんだお前まだいたのか。そっか、そんなに生活指導がやりたいか。」

 

「カンベンしてくださいよ!それに、実は俺、霊感があるんですよね。」

 

 

 

瀬田ヶ谷の横に、例の男性新人教諭が現れる。彼も学園祭の見回り中だ。

もちろん彼には担任のクラスがある。本来ならそこを手伝うべきだった。

だが、出し物のお化け屋敷に必要な照明を調達し忘れて、追い出された。

 

 

 

「宗教やってるのか?残念だが俺はスターリン派でな、宗教は嫌いだ。」

 

「違いますよ!……実はこの学校、誰かが作ったお話の世界なんです。」

 

「またえらくメルヘンだな。それで、俺たちはその登場人物だってか。」

 

「そうです!しかも名前を出して貰うと軒並みハッピーになれるとか!」

 

「ばっかばかしい。……さっさと行くぞ名も無き教師A。見回り再開。」

 

「ちょ、待ってくださいよ瀬田ヶ谷先生!そ、そうだ!俺の名前は――」

 

 

 

名も無き教師Aである。彼には過酷な運命が待ち受けているのであった。

まず担任ではなくなる。産休を取っていた女教師が復帰するからである。

更にそんな彼女の副担任に戻るのだが彼女が妊娠した本当の理由を知る。

校内の不良グループに弱みを握られていて、毎日の様に陵辱されていた。

更に調査していた事が不良グループにバレてしまい、選択を強いられる。

彼は一秒も置かずにYESと答えて不良と共に彼女を陵辱し始めていく。

だが不良も学生なので次々と卒業していく。飽きた者達は次々と離れる。

気がつくと誰のか判らない子供達に囲まれ元同僚の奥さんを娶っていた。

 

 

 

「――ってお話になったらどうするんですか!俺の人生真っ暗ですよ!」

 

「いや、意外と楽しそうだぞ?確かに那珂野先生は未婚の妊娠だしな。」

 

「へー、そりゃ意外ですね。……って!なんで産休の先生には名前を!」

 

「めんどくせーな。じゃあ婿に入れよ。そしたらお前も那珂野先生だ。」

 

 

 

瀬田ヶ谷主任と未来の那珂野教諭は、再び校内の見回りへと戻っていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

とうとう体育館では映研による上映会がスタートした。

 

まずはアニメ班の上映。生物部部長と花子によるPV風のアクションだ。

科学部の雑魚敵に囲まれる叫ぶ花子。ズッコケながらも彼女を守る部長。

生物部部長のモデルが山田という所には変更は加えられてはいなかった。

 

だが花子のモデルには石川を起用した。少し病弱な、小さくか弱い女性。

そこで生物部部長は、彼女にスティックを投げる。それを受け取る花子。

そして変身。地味で病弱な女の子は元気で派手でパンツ姿のヒロインに。

 

颯爽と見得を切って飛び回るパンツ少女。瞬く間にやられていく雑魚敵。

そして、科学部の女王とロボを前にした所で、アニメ班作品は終了した。

 

 

 

「さすがは山田氏ぞな、パンティーラインの絶妙なエロさに脱帽ぞな!」

 

「去年のサイケ風も良かったけど、今年は安心できた。さすが山田組。」

 

「そっか、部誌は映研まで行かないと買えないのね。後で行かなきゃ。」

 

 

 

コン研、被服部、文芸部、その他の文化系の部長たちが山田作品を見る。

彼らも程度の大小こそあれ、山田と同じ境遇であり同じ思想を持つ身だ。

部活は楽しく激しく。無理、無茶、無謀。そして最高の到達点を目指す。

 

そんな彼らにとって映研は特別。あんな馬鹿が出来る集団は彼らだけだ。

 

 

 

「そうだ田中双葉、君はアフレコに呼ばれたか?俺は呼ばれなかった。」

 

「え、えーと、なんか、ジュンが何とかするから来ないでいいって……」

 

「そうか。俺は声を当てるのが苦手なんでな、何とかなるなら助かる。」

 

 

 

山田はアニメの編集まで関わっている。もう何回となく作品は見ていた。

自作の上映にも見入る事はなく、次に流れる二宮作品の事で頭が一杯だ。

アニメ班が忙しい中で、仮面を被っていたとはいえ役者までさせられた。

 

多忙ゆえ二宮に指示を一切出さなかった。そして彼も聞いてこなかった。

 

 

 

「ほらほら、始まるわよ山田クン。ちゃんと見とかないと駄目でしょ?」

 

「そ、そうだな。……ま、二宮組の初作品だ。不出来でも褒めような。」

 

「そうね。まぁジュンに限っては大丈夫だとは思うけど……始まった!」

 

 

 

リールが廻る音が大きく響く。しかし、これは演出だなと山田は見抜く。

何故なら使っている映写機は8mmフィルム用だ。そんなに大きくない。

そして3、2、1、とカウントダウンが始まるのもお約束の演出である。

 

 

 

『……これは、もしかしたら本当に起こるかもしれない、未来のお話。』

 

 

 

ナレーションが響きだす。背景には宇宙に浮かんだ地球。ズームアップ。

クラシック音源のBGMが段々と音を上げ、やがて効果音も混ざりだす。

 

そこで山田は首を傾げながら画面に見入り、両手を使い耳をそばだてる。

何度も何度も角度を変えて、耳に当てた手の角度も変えて、聞き入った。

 

 

 

「おかしい。今のNAの所さ、効果音と音源と台詞が別々に入ったぞ?」

 

「何がおかしいの?まだ始まったばっかりで笑える所があったかしら?」

 

「その可笑しいじゃなくて。映研のミキサーじゃ3元で録音できない。」

 

「そういう玄人っぽい話は後にしましょ。ほら、お話始まってるわよ。」

 

 

 

驚くべき事にNA、いわゆるナレーションが延々としゃべり続けている。

これは古い映画館にいた弁士のスタイルだ。全ての説明と効果音を行う。

そして非常に流暢かつ小気味いいテンポで、聞くものの心を掴んでいた。

 

 

 

「こりゃ例のソックリさんだな。珍プレー好プレー見てるみたいだぞ。」

 

「あ、そ、そうね。こりゃ確かにソックリだわね。まるで本人みたい。」

 

 

 

 

『出来上がったのは機械人間。ギーコ、ギーコと動く様は異様な光景。』

 

 

 

 

「見ろ、仮面を被った俺だぞ!よかった、素顔だったら即死だったな!」

 

「何で死ぬのよ。それに私は素顔で出てたんだけど、もしかして死ぬ?」

 

「君は自分の顔に自信があるんだろうがな、俺の素顔は御見せ出来ん。」

 

 

 

二宮が丹精こめて作ったマスクとアーマーを山田が着こみ、演じている。

山田は感慨にふける。そうだ、二宮くんには後で礼を言わないとならん。

大事な初作品に、先輩の顔を立てるという意識で出演させてくれた事を。

 

 

 

『愛する我が相棒、暴れなさい。貴方の素晴らしさを見せ付けるのよ!』

 

『ガー、と一啼きすると、機械人間は動き出した。恐ろしきかなロボ。』

 

 

 

「ん?今、透過光処理が入ったな。だがフィルム抜けが無い、一体……」

 

「だからー、イチイチ気にしちゃ駄目。楽しまなくちゃ失礼じゃない。」

 

「そ、それもそうだな。しかし全体的に巧すぎる。まるで、本職の……」

 

 

 

言っても止めぬ事に痺れを切らした田中嬢。彼の口に人差し指を当てる。

ビックリして叫びだしそうになった所で、彼は周囲の状況に気がついた。

 

彼は今、挨拶の準備として体育館壇上の脇の緞帳の中から見ていたのだ。

文化祭のスタッフ達が、ブツブツと呟く山田の顔をうらめしそうに見る。

彼らとて映画は見たいのだ。だが、見入ろうにも山田の声が邪魔だった。

 

 

 

『暴れ廻るロボ。逃げ惑う群集。高らかに勝利を宣言する科学部部長。』

 

 

 

 

「一応俺のホンだとここで花子が……いや、なんでもない。すまない。」

 

「あ、いいですよもう。映研の作品って確かDVDで売るんですよね?」

 

「大丈夫です、山田クンがタダでスタッフさんに配りますから。ねえ?」

 

「う、うむ!非常に申し訳ない皆さん。この埋め合わせは必ずします。」

 

「じゃ、上映が終わる頃にまた来ますんで。御二人とも、ごゆっくり。」

 

 

 

肩を竦めて去っていくスタッフ。そして緞帳の脇には山田と田中だけに。

大きな体を精一杯小さくして謝罪する山田。彼とてマナーは知っている。

 

だが、それを忘れるほどに山田次郎は二宮の作品に違和感を覚えていた。

彼には持てる限りの知識を与えた。編集機材やミキサーの限界も伝えた。

しかし上映されている作品には山田の知識以上の技術力が使われている。

 

 

 

『ロボのプログラムには致命的なミスがあった。それが自我を生んだ。』

 

『何故、私の言う事を聞かないの?問う部長。しかし、ロボは無言だ。』

 

 

 

物語は佳境に入っていた。悪の女王然とした科学部部長の焦りのシーン。

山田は隣にいる彼女の姿を銀幕で見る。そして、そのしぐさに絶句する。

その目を見開き、焦り、そして自信無さげに戸惑っている田中嬢の演技。

 

だがこのシーンは笑いどころだ。事実、体育館の観客から笑いが上がる。

なのに山田は魅入られていた。こんな光景を、確かに、俺は、見た気が。

 

 

 

『データを再構築します、失敗しました、そうロボは何度も繰り返す。』

 

『初期化するのよ、全てを最初から。また新しく、やり直すのよロボ。』

 

『虚しく響く部長の声。ロボも必死に応えようとする。しかし、失敗。』

 

 

 

「な、なんだ?こんなホンだったか?初期化したら駄目だろ二宮くん。」

 

「そ、そうね。でもさ山田クン、やりなおせたらって思う時って無い?」

 

 

 

恐らくこれは、二宮純による山田次郎へのアプローチだと双葉は思った。

弟には全てを話していない。だが、彼はもちろん双葉の変化を見ていた。

姉の二宮双葉が、山田次郎の為に田中双葉に変身していく様を、である。

 

田中双葉も知りたかった。二宮双葉と田中双葉、どちらが正しいのかを。

 

 

 

「無いな。俺は全ての選択肢に正解して生きてると信じているからな。」

 

「そうなんだ。……私はあるよ?凄い自分にリセット出来たらなって。」

 

「無意味だな。リセットしようが必ず同じ所に辿りつく。変わらんさ。」

 

 

 

山田の言う事はいわゆる運命の必然性とか宇宙の意思といわれる思考だ。

全てに決まった結論があり、未来を知る者が干渉したとしても元に戻る。

もちろん正解は不明だ。タイムマシンでも出来ぬ限りは判ることは無い。

 

 

 

「じゃ、もしさ?私が実は凄く地味な不細工女で、リセットしてても?」

 

「なんだそうだったのか?だったら早く元の姿に戻したほうがいいぞ。」

 

「なんでよ。こーんな可愛くて綺麗な彼女に不細工になれって変だわ。」

 

「自分で言うかね。ま、リセットは所詮リセット。本質は変わらんよ。」

 

 

 

呆れたように画面に視線を戻す山田。対する田中は、少し不満顔だった。

場面はクライマックス。リセットによりバグったロボが暴れ廻っている。

立ち尽くす科学部部長の彼女。そして、ロボが科学部部長に向き直った。

 

 

 

「くるぞくるぞ!ここで俺が君と一緒に大爆発だ!やっぱ爆発だよな!」

 

「ねえ、山田クン。あのさ、もし、本当にリセットしてたらどうする?」

 

「あ?なんだよ良い所なのに。そうだな、きっと嬉しいかな。多分な。」

 

 

「わかったわ。」

 

 

 

画面から目を離す事無く適当に返答している山田。思いつめている田中。

そして山田の耳に場にそぐわぬ音が聞こえる。じゃきじゃきという破音。

いぶかしんで視線を移した彼は硬直した。そこに田中双葉は居なかった。

 

 

 

「どう?……地味で、不細工で、何も出来ない女の子、好きになれる?」

 

 

 

立ち上がっている彼女。そして、そんな彼女を穴が開く程に見つめる彼。

 

髪を肩の辺りまで短く切っていた。何も工夫は無い。ただ、短いだけだ。

そしていつもの半目は無い。大きく見開いて、逆八の字にしかめる眉毛。

自信に満ちた口元も鳴りを潜めている。少し開かれ、歯の先端が見える。

 

 

 

「……君は、誰だ?……いいや、知ってる……でも、思い出せない……」

 

 

 

山田の脳内に虹彩が満ちる。フィルムのように小さな少女の顔が流れる。

 

髪が短く、おかっぱで、目を大きく見開いていて、自信なさげな女の子。

いつもチョコチョコと彼の横に付いてまわり、嬉しそうに微笑む女の子。

肩を並べて落書きをして、互いの兄と姉の事を、自慢しあっていた間柄。

 

 

 

「私、知ってるのよ。山田クンはお姉ちゃんの事が好きだったのよね?」

 

 

 

山田を見つめる双葉。何かのきっかけで記憶を戻すだろうと聞いていた。

それまでに自分が、二宮一葉になるのだ。そう決意してリセットをした。

姉の仕草を真似て、姉の画才を真似て、容姿を真似て、喋り方を真似て。

 

もちろん一葉は成長する。中学生の価値観は、やがて高校生の価値観に。

二宮一葉は田中一葉になり、髪型も変え、仕草も変え、口調すら変わる。

だが双葉は中学一年生の一葉を忠実に再現する事に、全ての時間を使う。

 

全ては山田次郎の為に。あの憧れ続けていた、クラスのヒーローの為に。

 

 

 

「二宮一葉になれたのよ?なのに、貴方はこんな子が本当にいいの?!」

 

「何を言っているのかサッパリ判らん。……だが、今、判る事もある。」

 

 

 

山田も立ち上がる。そして田中の肩を掴み、触れる程に引き寄せて睨む。

少し唇を伸ばせば口唇が触れ合えるほどの距離。だが、彼女は動かない。

いつもなら冗談めかして行う真似事すら、今の彼女には、出来なかった。

 

 

 

「怒らないで聞いて欲しい。君の今の姿を見て、俺は勃起が収まらん。」

 

「……ふふ、馬鹿みたいね私。すごく、すごく苦労してきたんだから。」

 

「馬鹿なんだろうな。俺みたいな何の取り得も無い奴が好きなんだろ?」

 

 

 

山田の言葉に嘘が無いことは彼女にも判った。血走った目と、荒い鼻息。

そして、まるで下手な万引き犯のような、隠し切れないほどの彼の巨砲。

彼は二宮一葉だった自分の裸に欲情していなかった。だが、今はしてる。

 

 

 

「じゃあ馬鹿でいいわ。でさ、どうする?私は昔に戻った方がいいの?」

 

「今まで築いた物を捨てるな。苦労に無駄は無い。見た目は二の次だ。」

 

「……じゃあ山田クン、真面目に聞いて。私は山田次郎が欲しいのよ。」

 

「欲しければくれてやる。この山田次郎の全てをやる。それで満足か。」

 

 

 

彼女は自分の肩を掴んでいる野太い指の動きに気付く。震えているのだ。

自分と同じ様に、山田次郎もまた、結果の如何がどうなるか不安なのだ。

思えば長い道のりであった。そして彼女は知った。果実は実ったのだと。

 

 

 

「じゃあいただきます。でも正直言えば、私を貰って欲しかったかな。」

 

「もちろん貰うさ。下品を承知で続けるが、パンツの中身を見たいし。」

 

「素直でよろしい。……ねぇキスして。かなり盛り上がってるのよね。」

 

 

 

二人はかなり冷静さを欠いていた。今、どこで、何をする為にいるのか。

かなり話し込んでいた。時間は進んでいた。何が起きるのか忘れていた。

いや、山田だけは若干冷静だった。爆発音が聞こえない、まだ大丈夫と。

 

しかしここで誤算が起きる。そもそも爆発シーンは編集で切られていた。

爆発シーンの代わりに差し替えられた映像とは、山田のマント姿の演説。

美術部での勝負の後の、田中双葉の肩を抱いて勝利を宣言したシーンだ。

 

そして入部届の押印シーン。蛹になった二人の殻が開く所で暗転をする。

流れるエンドロール。流れる『英雄』の音楽。そして観衆は黙っていた。

出来の良さに絶句していた。これは高校生が作るレベルのモノではない。

 

 

 

 

 

 

 

では、二宮純が超高校生級の腕前で作り上げたのかといえば、違うのだ。

なぜ彼が映画製作において終始余裕を見せていたのかの秘密があるのだ。

それは彼が徹夜を始めると言い出した、三日前に戻らなければならない。

 

二宮純に指名されて伝えられた住所に向かう阿形直美。そして到着した。

宇佐美から二宮の金持ちぶりは聞いていたが、現れたのは一軒家だった。

『だいたい噂ってそういうもんよね』と独りごちて、呼び鈴を押す阿形。

 

 

 

「お、待ってたぜ阿形ちゃん。ちゃんとお着替えとか持ってきたかよ。」

 

「持ってきてませんけど?姫が言うには服は山ほど貰えるんだよって。」

 

「まーな。じゃあさ、とにかく入れよ。こっからは体力勝負になるぜ。」

 

「まかしといてくださいよ。その辺の女の子じゃないですからね、私。」

 

 

 

玄関から中に入る阿形。しかし、そこにはもう一枚扉があるだけだった。

横にはコンクリートの壁。そして天井には鉄板がびっしりと張ってある。

 

 

 

「……二宮センパイ?失礼ですけど、この家って変じゃないですかね?」

 

「本当に失礼だな。でもまあしょうがないか、ここは入り口の家だし。」

 

 

 

彼は説明し始める。大豪邸を建てれば非常に目立つ。目立つのは危険だ。

二宮家といえば富豪の部類に入る。ただでさえ敵も多くて危険であった。

そこで二宮純一郎は奇策を講じた。地面の下に住めば目立つコトはない。

 

 

 

「つーわけで、この家は入り口。地下に入って俺の部屋までは歩きな。」

 

「ば、馬鹿馬鹿しい!じゃあ何?この辺の地下全部センパイんちなの?」

 

「木を隠すには森の中、家を隠すには住宅地ってわけなのさ。わかる?」

 

 

 

頭を抱える阿形直美。彼は扉の前で手を上げたり顔を上げたりしている。

カメラによる指紋認証と眼球虹彩認証だ。そして重厚な扉が横にすべる。

そこには地下に続く階段があり、照明が次々と光りだして通路を照らす。

 

 

 

「そんじゃあ、おうち自慢も聞きましたし早く行きましょうセンパイ。」

 

「おっけー、ヤル気になってくれて俺ってば嬉しいんだぜ阿形ちゃん?」

 

 

 

例え地下といえども区画丸ごととなれば、それは広大な面積になるのだ。

ちなみに地上の住宅に住む人々は、地下にある二宮邸の存在は知らない。

地上人にとっては非常に格安で借りられる借家であり、無改造が条件だ。

 

階段を下りた先には、高輝度LED照明とコンクリート壁の廊下が続く。

左右の所々で無骨な鋼鉄製の扉が点在する。何かの施設のようであった。

その中のひとつに二宮は手を掛けて、ゴトゴトと重い音を立てて開いた。

 

 

 

「ま、ここまで引っ張ってなんだが、中は普通の部屋なんだ。悪いな。」

 

「そこは謝るトコじゃないですけど……へぇ、普通のお部屋、ねえ……」

 

 

 

60型の液晶テレビと4人は寝れそうなベッド、そして本棚とパソコン。

有っても意味がない筈だが窓があり、そこに掛かるカーテンもシルク地。

どれをとっても一級品なのは阿形直美レベルの一般人にも判る程だった。

 

そして呆けている間に服を脱ぎ始めていた二宮。気がつくと全裸だった。

 

 

 

「ちょ、な、ナニ脱いでるんですか!?締め切りギリギリなんでしょ?」

 

「大丈夫だって。実はな、編集は外注した。TBSの製作班使ってる。」

 

「はぁ?!TBSの製作班って、プロじゃないですか!怒られますよ!」

 

「大丈夫だって、校則には書いてネエ。それより阿形ちゃんも脱げよ。」

 

 

 

こめかみの辺りを人差し指で押さえて、苦々しく顔を顰めている阿形嬢。

そして、両手で派手な音を立て頬を張った。短く息を吐き気合を入れる。

二宮純に向き直ると、彼女は目力を込めたままで一気に服を脱ぎ捨てた。

 

 

 

「正直言いまして、そんな気がしてました。多分こうなるだろうって。」

 

「中々察しがいいじゃん。そーいうクレバーな所が姉さんソックリだ。」

 

「似てる所無いと思うんですけどね。ま、褒めてるつもりでしょうし。」

 

 

 

そして引き出しから何かを取り出す二宮。それはピンクと黒色の物体だ。

非常に高級そうな黒く艶光りをするウィッグと、安そうなカチューシャ。

それを胸元に投げつけられ、しっかりと受け取る阿形。そして装着する。

 

 

 

「背も違うし声も違う。本当にいいんですかセンパイ?後悔してない?」

 

「ああ、ビックリするぐらいカンジが違うよな。でもイケてるよマジ。」

 

 

 

阿形はその場でターンして、ポーズを取った。半目の笑みにも挑戦する。

しばらく続けた後に彼女は一旦動きを止める。そしてウィッグを撫でる。

目を数秒閉じて、カチューシャを外した後にウィッグだけを二宮に返す。

 

 

 

「考えてみればカツラ無しでも自前で出来ますけど?なんでカツラを?」

 

「判ってねえなぁ阿形ちゃん、カツラにするから楽しいんじゃねえか。」

 

 

 

阿形の顎を軽く右手で摘んで持ち上げる二宮。その視線は柔らかかった。

そして視線を受け止める阿形の表情も、決してとげとげしい物ではない。

ゆっくりと顔を寄せる二宮。しかし阿形は顔の前に左手を出して拒んだ。

 

 

 

「……お願いあるんですけど、こんな時くらい『ちゃん』やめません?」

 

「判ったよ。おっぱいの大きい阿形直美さま、俺とイッパツやろうぜ。」

 

「いや、それはカンベンして。だったらいっそ呼び捨てにして下さい。」

 

 

 

苦笑する二宮。そして彼の左手が動いて塞いでいた障害物を掴みあげる。

阿形は左手に力を入れて抵抗するが、彼との力比べは彼の勝利に終わる。

二人の唇が交わり、隙間が出来て、その隙間から互いの舌が絡み合った。

 

 

 

「遠慮はしねえぜ阿形。言っとくがな、俺はフェミニストじゃねえぞ。」

 

「女に負けそうな時の言い訳ですよねソレって。センパイ大丈夫です?」

 

「この俺と寝て最後まで威勢の良かった女はいなかったぜ。安心しろ。」

 

 

 

二人の勝負は三日三晩続いた。お互いに全力やらナニやらを出し合った。

そう、二人の目の下のクマは勝負の跡であり映画製作には関係なかった。

ではその肝心カナメの映画製作の方はどうなっていたのか、というと……

 

 

 

「ミノさん、あの、俺らこんな事しててイイんスか?P怒りませんか?」

 

「大丈夫だって言ってるじゃないの。それより手を抜くんじゃないよ?」

 

「ま、いつもの紙芝居作るよりも楽ですしね。8mmとか学校以来ス。」

 

 

 

映画はミノモンタが先導し、『ズバッと土曜班』が製作に当たっていた。

彼らの言っている『学校』とは、別に山田くんたちの母校の事ではない。

調布市の多摩川沿いにある映画学校『にっかつロマン芸術学院』を指す。

 

 

 

「ミノさん、これフィルムに戻す位ならデジタル保管した方が楽じゃ?」

 

「クライアントの意向に文句が出るとは、時代が変わったねえ。んん?」

 

「あ、す、すんません。そーいうツモリで言ったわけじゃなくって……」

 

「なら手を動かしなさいな青年。言っとくけどね、あたしゃ短気だよ。」

 

 

 

ミノモンタは奇人変人の多い芸能界の中でも有名な銭ゲバ守銭奴である。

無駄な仕事を極端に嫌うし、無駄に時間を浪費して激怒する事も日常だ。

しかしなぜ二宮純一郎の要請とは別に、彼の息子の願いまで聞いたのか。

 

 

 

「ちゃんと撮ってる?学生と交流してるミノモンタ、売れるよこの絵。」

 

「判ってますって。灼熱大陸に話マワしてますし、最悪夕方放映ッス。」

 

「最近少し時間が空いてきたしね、ここらで一発新天地を求めないと。」

 

 

 

常人の感覚ではミノモンタの今現在の多忙さは発狂しかねないレベルだ。

しかしあくまで常人の感覚。彼は世界レベルで見ても類を見ない化け物。

カメラを回しているのは人間。しかしそのフィルムは化け物の撒き餌だ。

 

彼は中高年のオピニオンから、若者を巻き込む日本の総合司会を目指す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何も知らずにそんな阿形と二宮の幸せそうな寝顔を見ていた映研部員達。

だがもちろん山田ですら出来上がりを知らない。彼らもまた同様なのだ。

二人をそっと暗幕に包んで部屋の隅に隠すと、彼らも体育館に向かった。

 

 

 

「アニメはもう終わっちまったな。……山田センパイの演説シーン?!」

 

「ほら、あれ尾崎の撮った絵じゃねえの?!やるじゃん尾崎!偉いぞ!」

 

「は、はい!なにせ一之瀬さまの名代ですし、アレくらいは当然です!」

 

 

 

時々『撮った絵』という表現をするが、絵画を撮影していた訳ではない。

撮影した画面の事であり、『画』と書くと『が』と読んでしまうためだ。

SS上のやむをえぬ処置であり本来の表記と若干異なる事を許されたい。

 

 

 

「ま、カチンコして撮る時より普通のセンパイの方が映画向きだよな。」

 

「あははー、それは言っちゃあ駄目でしょー三狩屋センパイったらー。」

 

「そうか?コレだって尾崎がカメラ向けてたんだろ?一緒じゃねえの?」

 

「――子供ね榎本。この時の山田先輩はそれ所じゃないの、判らない?」

 

 

 

場面はクライマックス。山田が双葉を抱きしめ、マントに包まれていく。

そして暗転。流れ出すエンドロールのスタッフ表記に部員の目が集まる。

それはそうだ、自分の名前が出るのだ。気にならない方がおかしいのだ。

 

だが、榎本はおかしい人間だった。彼にはそれより気になる物があった。

皆の見る映写用銀幕の横、体育館舞台の緞帳の脇で蠢いている二つの影。

予定では山田と田中の二人による挨拶がある。だがその姿は変であった。

 

 

 

「あれー?榎本くんってばどこいくの?もうすぐ山田センパイだよー?」

 

「大丈夫、ちょっと確認するだけだ。すぐに戻ってくるから安心しろ。」

 

 

 

山田の隣の女は田中ではない。榎本の3.0の視力は、そう捉えていた。

もちろん髪を切ったせいなのだが、彼には判らない。そして誤解をする。

髪が短く眼鏡もかけている背格好の同じくらいの女性の、富井副部長と。

 

 

 

 

 

 

 

 

緑生祭実行委員の花形は本部詰めよりもイベント仕切りと言われている。

招かれる芸能人の応対、派手な照明演出、タイムテーブル管理、etc。

しかし一番の役得は、一番の特等席で誰にも邪魔されずに見れることだ。

 

だが今年の体育館リーダーは落ち込んでいた。今年の目玉は勿論映研だ。

数年ぶりの体育館上映であり、しかも教師たちからの強引な推薦なのだ。

恐らく緑生祭の歴史に名を残すほどの映画に違いないと期待をしていた。

 

だが作品の上映中、あろうことか身内自身ネタばらしを始めたのである。

 

 

 

「ああいう芸術家肌の変人ってさ、ゼッテー魚座だ。あームカツク……」

 

 

 

体育館の壁面2F廊下に設置されたスポットライトの脇に座るリーダー。

本日のスポットライトの役割はもう無い。軽音楽部の演奏が最後だった。

せめて少しでも見晴らしのいい場所で見ようかという、彼なりの意地だ。

 

頬杖を突きながら眺める彼の目に、壇上に向けて走っていく姿が見えた。

イベント妨害かと飛び出そうとするが、腰を上げた所で動きが止まった。

その顔は、先ほどから見ていた映画の中に出たモブキャラの一人である。

 

おそらくこれは演出だ。あの空気の読めない映研部長ならやりかねない。

 

 

 

「馬鹿だな、照明が無きゃ何やっても判らんだろうに。しょうがねえ。」

 

 

 

役目を終えたはずのスポットライトの取っ手を握る体育館部門リーダー。

もちろん彼もピンスポットと呼ばれる観劇独特の操作方法は知っている。

そのタイミングは恐らくほんの一瞬。先走っても遅れても興醒めだろう。

 

だが、彼は不敵に微笑んでいた。それこそリーダーがリーダーたる由縁。

 

 

 

 

 

 

 

 

山田次郎と田中双葉の、互いの気持ちが重なる熱いベーゼは続いていた。

うっとりと目を閉じていた双葉嬢であったが、ふと、その片目を開ける。

そこには固く目を閉じている意中の彼の顔。その必死さに苦笑いをする。

 

何をどうして良いのか判らないまま、舌だけが彼女を求めて蠢いている。

すこし余裕の出た彼女から、暴れる軟体をそっと誘い込んで奥へ導いた。

山田の右眉がピクリと上がり、そして長い鼻息と共に彼は感触に震える。

 

 

 

「そこでいったい何やってんだよ、山田セン、パ……イ……あれ?……」

 

 

 

榎本の予想は外れた。そこには何故か髪の短くなっている田中双葉の姿。

そして山田次郎と彼女が情熱的に互いの顔を重ねて、接吻に励んでいた。

硬直する榎本。少し平常心があれば捲った緞帳を戻してたかもしれない。

 

そしてピンスポット。体育館リーダーの技量が遺憾なく発揮されていた。

 

誰もが予想をしていた、マントが広がり暗転したラストシーンの続きだ。

自我の芽生えたロボと、ロボを作り上げた科学者との、ハッピーエンド。

なんともベタベタな、予想通りの、しかし『そうあってほしい』結末だ。

 

 

 

「お、おおおおお!山田センパイやるぅ!こりゃ役に入り込んでるな!」

 

「いや、これは多分事故ですよ一之瀬さま。でも、ちょっと羨ましい。」

 

「あーあ、しらねーぞエノの奴。後でメチャクチャ怒られるぞアイツ。」

 

「大丈夫だよー、田中センパイがいるしー。多分笑って終わりだよー。」

 

 

 

拍手が始まる。照明が戻ればおしまいだ、そう観客の大半は思っていた。

しかし戻る寸前で、銀幕の脇にスポットライト。そしてまさかの大展開。

だがそんな観客の割れんばかりの拍手にも、スポットにも気付かない彼。

 

それどころではない。彼の人生で一番、性的興奮に翻弄されているのだ。

 

もちろん田中双葉はその変化の一部始終を見ていた。そして少し考える。

だが彼女は、山田を振りほどきはしなかった。彼の気持ちが判っていた。

嬉しそうに彼女も目を閉じると、そっと背中に両腕を回して抱きしめた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ヤーマダちゃーん?どういうことか説明してくれるよなー?んんー?」

 

 

 

山田次郎は囲まれていた。そして囲んでいる方は明らかに学生ではない。

日に焼けた顔が並ぶ。そう、彼らは映研のOBであり現役の職業映画人。

文化部とはいえ非常に先鋭的な活動を続ける部活、本職になる者も多い。

 

 

 

「あ、あれはマグレで撮れたというか、偶然巧く編集できたというか。」

 

「おいおい、俺らにバレねえとか思ってねーべ?ありゃプロの仕事だ。」

 

「まさか!ただの高校生の部活映画にプロが関わるなんて、ある筈が!」

 

「じゃあよ、どうやって2チャンネルの8mmで5.1にできんのよ。」

 

 

 

山田も漠然と違和感を覚えていたが、やはり音声の被せ具合がおかしい。

5.1、つまり6方向サラウンド音響用の音源が使われていたのである。

もちろんTBSクルーには片手間で出来る仕事。しかし、機材は高価だ。

 

 

 

「ですが、今年の後輩の実力です!映研部長として絶対に譲れません!」

 

「まぁまぁ先輩方、奴は馬鹿だが嘘はつきません。それは保証します。」

 

「ま、イチローが言うんなら信じてやるか。よかったなヤマダちゃん。」

 

 

 

今年OBになった鈴木も上映には顔を出していた。そしてキスシーンも。

もちろん隣には田中一葉の姿もあった。彼女は鈴木に、こう告げている。

『見てよ双葉の間抜けな顔。やっぱ初恋なんてろくなもんじゃないわ。』

 

鈴木はその問いかけに何も答えなかった。なぜなら彼はクレバーなのだ。

昨日の夜のお前とまるっきり同じ顔だぞ、と言えば喧嘩になりかねない。

 

 

 

「た、助かりましたよ鈴木センパイ!やっぱOBの人たち怖いですよ!」

 

「馬鹿だな山田。俺もOBだしお前だって来年にはOBになるだろが。」

 

「そりゃそうですけど……でも、あの人たちと同じには無理ッスよー!」

 

「いいか、映画の仕事してりゃ偉いわけじゃねえ。要は、映研愛だな。」

 

 

 

鈴木の袖を摘んだままで、情けない顔で泣き言を浴びせかけ続ける山田。

鈴木は苦笑をしたままで、映研部長の心得を淡々と彼に説き続けていた。

そんな山田を遠巻きに見つめている現役部員達。だが軽蔑の目ではない。

 

 

 

「いつまでいんだろなOBって。いいかげん文化祭も終わっちまうが。」

 

「えっとねー榎本くん、このあと居酒屋だってさー。もう帰ると思う。」

 

「――さすがは姫。何でそんなOBの今日の予定まで知ってるんだか。」

 

「それより一之瀬さま、二宮さんと阿形さんの姿が消えちゃってます。」

 

「ふっふっふ、付き合いの長い俺には判るぜ!やつらきっとトイレだ!」

 

「なんでニノと阿形でツレションすんだイチ。いい加減すぎるぞお前。」

 

 

 

だが、三狩屋の正論よりも一之瀬の経験則の方が結果として正解だった。

二人は人の気配の無くなったトイレにいた。何をしているかは割愛する。

もうここまで読んだ皆さんには理由はお判りだろう。タグの問題である。

 

 

 

「はろー山田クン。クラスで質問攻めにあっちゃってて大変だったわ。」

 

「ま、マジかよ!実はまだ俺、クラスの人間と顔合わせてないんだよ!」

 

「大丈夫、たいした評判じゃないわ。山田クンは英雄で私は王女様よ。」

 

「うあああああ!無理だ!もうクラスに戻れん!明日から引き篭もる!」

 

 

 

OB達と入れ替わりで現れた田中双葉。顔には半目の笑みが戻っている。

そしてまたいつものやりとり。田中双葉、なによ山田クン、何でもない。

だが彼の脳裏には目を見開く彼女の残像がある。そこが今までと違った。

 

 

 

「――それにしても思い切りましたね田中先輩。テクノカットですか。」

 

「ロングも気に入ってたのよ?でも、山田クンはこの方がスキだって。」

 

「あ、いや、その、なんだ、田中双葉には断然ショートが似合うかな。」

 

「ね?この髪型なら山田クンが私にボッキするんだって言ってくれて。」

 

「い、い、言うなー!そんなん後輩達に言っていい事じゃないだろが!」

 

 

 

腕を組んで微笑む田中双葉、そして真っ赤になりながら暴れる山田次郎。

呆れて笑う三狩屋、釣られて笑う石川。冷やかす一之瀬、同調する尾崎。

顔を赤らめ背ける榎本、その顔を追う宇佐美。別室で励む二宮と、阿形。

 

山田次郎をして『史上最強の10人』と言わしめたベストテンであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ちなみに山田は引き篭もってしまったのかというと、そうではなかった。

彼は卒業をふいに出来るほどの勇気は無い。しぶしぶ皆勤賞を続行する。

そしてクラス内では、映像文化研究部の山田を卒業までこう呼んでいた。

 

 

 

『究極大英雄の山田次郎』と。

 

 

 

 

 

 

 

これは、そんな冷やかされた地味目な少年山田次郎の半年に亘る冒険譚。

そして、憧れだった少年に狂気が宿るほどに恋してしまった少女のお話。

だから、我々はこの逸話をこう呼んで締めくくるのが一番しっくり来る。

 

 

究極大英雄の山田次郎かく戦えり、と。

 

 

 

 

 

 

 

おしまい。




皆様お疲れ様でした。山田くんの英雄譚もやっとエンディングを迎えました。
ヒーローとヒロインは結ばれて幸せになるべきだ、というのが私の自論です。
癖のあるキャラばかり出てきて、とても感情移入がし辛かったかと思います。

ですが、やるなら思い切りやらなければツマラナイ。大は小を兼ねるのです。
そしてキャラの名前にやる気が見えないかもしれませんが、私は真面目です。

一二三とあいうえお。この並びは覚えて貰い易いからとずっと考えてました。
ちなみに富井有栖は美味し○ぼの山岡の上司から。明石屋鶫は赤シャツから。
瀬田ヶ谷と那珂野は地名から。ただ、権田原だけはカンペキに思い付きです。
強そう→HxHのゴン→ゴンさんでゴンがつく一番自然な名前が権田原でした。
追記登場した郷田くんと土屋さんは『郷』『土』文化研究部の部長と副部長。

そして私はレスが欲しくてしょうがないレス古事記です。ホント申し訳ない。
二次が本趣味なので、ここはひとつアンケート形式でコレの二次を書きます。
それってスピンオフなのでは、と?いえいえ、れっきとした二次創作ですよ。


候補1:山田くんたちが異世界(もしくは過去)に?脅威のトリップもの。
候補2:タグの問題で伏せられていた部分を書いちゃうまさかのR-18。
候補3:ベストテンのキャラ以外のその後とか語られなかったエピソード。
候補4:断固拒否。この作品の二次とか誰得だよいい加減にしろよゴルァ!

このへんで一番希望が多かったのを書こうかと思います。
ご希望に関しましてはメッセージにてお送り下さいませ。

それでは皆様のレスを心待ちにしております。




では、また新しいお話でお目にかかりましょう。


ではではw

追伸:アンケートを感想に求めることは規約に抵触するので該当部分はメッセージへの誘導に修正いたしました。
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