赤いジャージを着た二人の女子が白っぽいボールをせっせと磨いている。
球の大きさは60センチ弱。カゴにはいっぱいのボールが積まれている。
ちなみに今年の一年生は赤のジャージ、二年生は緑、三年生は青である。
来年になると一年生が青に変わり他のそれぞれの色が繰り上がっていく。
「ウサちゃんってさー、たしかカケモチしてるんだっけ?きつくない?」
「ん?ぜーんぜん。だって向こうは文化系だし体力使わないからねー。」
良く見ると片方の女の子は長い髪の先を弄りつつ適当に球を磨いている。
『ウサちゃん』と呼ばれた女の子はニコニコしながらも丁寧に球を磨く。
ウサちゃんとは女子ハンドボールの一年マネージャー宇佐美恋子の愛称。
「でさー、ゲー研だっけ?変な人が集まってるってクラスで聞いたよ?」
「ちがうよ、映研だよー。……確かに変かもしれないねー。あははー。」
「なんか一回潰れかかったとかしたらしいよ?女の奪い合いとかでさ?」
「あー、あったらしいねー。でもあたし一年だしよく知らないんだー。」
特に表情を変える訳でもなく目の前の球を熱心に磨いているウサちゃん。
隣の女子はもう完全にタオルすら握らずに枝毛探しだけに熱中していた。
やがてカゴの中の白っぽかった球は、全てきれいな白球へと変っていた。
「ウサちゃーん、先輩らのタオルも用意しないとね。ホント面倒だね。」
「あー、それもう用意してあるー。ロッカーの上に置いといたからー。」
そしてウサちゃんはゆっくり立ち上がると、組んだ両手を挙げ伸身する。
反らした上半身を後ろに倒し、そして回して固まった筋をほぐしていく。
その後に色々な箇所を伸ばし、まだ枝毛探索に夢中な同輩に声をかけた。
「じゃあ大体の準備終わったみたいだからさー、あたし映研行くねー。」
「わかった。ウサちゃん、嫌になったら早くハンド一本にしなさいよ?」
走り去っていくウサちゃん。にこやかに手を振り見送る枝毛切りの彼女。
そしてそこに、入れ違いで緑色のジャージの女の子が彼女の前に現れた。
緑色のジャージ、つまり2年生。枝毛切りの女子は先輩を見て起立した。
「一年、コート準備!ボール準備!タオル準備!……ん?宇佐美どこ?」
「準備できてまーす。ウサちゃんだったらぁ、映研行っちゃいました。」
「またか宇佐美。いっつも居ないじゃないか。ヤル気あるのかアイツ。」
「ウサちゃん映研おもしろいって言ってましたよ。向こうが本業かも。」
腰に手を当てて呆れ顔をする先輩と、平然と受け答えする枝毛切り女子。
しかし運動部のスケジュールは過密を極める。立ち止まれはしないのだ。
話題を深く掘り下げずに練習は始まる。ウサちゃんの評価だけを下げて。
都立国立国分寺立川高校のある多摩郊外には多摩川と呼ばれる川がある。
時に市境、時に県境になる一級河川であり橋か舟でしか渡れない大河だ。
むろんその河岸は川遊びも可能だが水難事故も多く、見つかると停学だ。
去年、無視した生徒が水難事故を起こし水遊びは全面的に禁止となった。
多摩川だけに限らず相模湾でも東京湾でも九十九里浜でも禁止となった。
もちろん国内に限らない。保護者同伴以外はハワイですら禁止となった。
「というわけで、国立国分寺立川高校では水遊び禁止なの。わかった?」
「そんなこと言ってさ、去年も合宿すら行かなかったじゃないスかー。」
「当たり前だ二宮くん。急に学校が水遊びを認めてくれれば別だけど。」
一学期が終わろうとしていた。そして梅雨明け宣言のニュースも流れた。
雲もなくギラギラと照りつける太陽、そして熱と光で浮かび上がる陽炎。
だが太陽も遮光カーテンには勝てない。熱も業務エアコンには勝てない。
ふてくされる二宮とは対照的に山田は涼しい顔で(本当に涼しいのだが)
黙々と手元の作業を進めていた。もちろん先日決まったアニメの作業だ。
彼が行なっているのは蛍光灯の入った作画机、トレス台での作業である。
「みなさんおっそくなりましたー!宇佐美恋子、ただいま到着でーす!」
「おお、宇佐美さんは相変わらず真面目だな。無理してるんじゃない?」
「大丈夫ですよー、これでもねー、体力だけは自信がありますからー。」
そこにジャージを小脇に抱えた宇佐美が息を切らせて部室に入ってくる。
いつもの笑顔を浮かべつつ榎本を横切り実写班の自分の指定席に座った。
だが、何も無い。困った様に机の上を見て、さっそく二宮の袖を引いた。
「二宮先輩ー、海とか別にいいですからー、ウチも作業しましょうー。」
「大丈夫だって宇佐美!二宮センパイに秘策ありだよ!そうッスよね?」
「あー、いや、まぁー、エノのロボットスーツは設計済んでるからな。」
「俺のからスタートしてたんスか?マジで?うひょ、俺嬉しいッスよ!」
ちなみに二宮は二日前にイメージイラストをたった一枚作り上げていた。
髪の長い軍服を着た男、仮面をつけた軍服の少女、そしてなんだかロボ。
ロボの外観は……その……とってもデトロイト市警のロボ警官風な何か。
そして二宮が『設計』と言ったのはそのイラスト一枚だけのコトなのだ。
「だからー、夏満喫でエンジョイしようっての判ってもらえないスか?」
「残念だが、地道な作業でしか前進はしない。二人ともそう思うだろ?」
そんな山田の言葉に、折れんばかりに首を縦に振って肯定する石川女史。
しかし、もう一人の女の子は、複雑な表情でそこまで肯定はしなかった。
そこに隙を見た二宮の例の半目笑いの顔が、ゆっくりと忍び寄ってくる。
「……阿形ちゃんさー、アニメの工程管理やってる?ケツカッチンか?」
「え?!あの、たぶん、予定より7日早いペースで進行してる筈かと。」
「ほらセンパイ、阿形がゲロりましたよー!余裕あるじゃないスかー!」
「あぁ、そこは『忙しくてもげそう』とか言って欲しかった阿形さん!」
「いよーし!イチ、サンタ、計画立てるぞ!こっちきて手伝えってば!」
一ノ瀬くんと三狩屋くんはダンサーではない。更に彼らは踊っていない。
そんな二人の手には、蛍光灯で作られたライトセイバーが握られていた。
割れない様にとの配慮で、周りには硬い透明のビニール管が覆っていた。
つまり二人は、新しく出来たおもちゃで早速遊んでみているという訳だ。
「なんだよニノ、ライトセイバー使いてえの?サンタの貸してやるよ。」
「馬鹿言うなイチ!二本とも俺が作ったんじゃねえか!なんで俺のを!」
「あーわかった、俺だけで手配するわー。二人とも後で文句言うなー。」
ちなみに一ノ瀬三狩屋の管理班チームは意外と真面目に取り組んでいた。
ライトセイバーの製作以外にも、ロケットやドリルと予定には暇が無い。
ただ問題は、未だにどんなキャラなのか全く考えていないというだけだ。
ライトセイバーを抱えたまま見せびらかしてくると飛び出す一之瀬たち。
二宮はといえば、やはり早々に部室を出てどこかに走り去ってしまった。
山田はそんな後輩たちを少し呆れ顔で眺めて、またトレス台に向かった。
しかし、そんな山田の裾を引いて中断する存在があった。宇佐美である。
「あのー、二宮センパイいないとー、ムチャクチャ暇なんですよねー。」
「実際のところ衣装とか装置とかは二宮くんが居ないと進まないしな。」
リーダー二宮が不在の間ならば黙っているだけで堂々とサボれる宇佐美。
だが彼女は無駄な時間をあまり良しとはしない。性分だというのもある。
それ以上に彼女はカケモチでやっている。無駄な事をしたくはないのだ。
だが明らかに二宮の領分だ。判断に困っている山田に助け舟が現われる。
「―――ここに縄跳びがある。榎本君を踏みながらコレで叩けばいい。」
「おいおい、なんだそれ!何で俺が叩かれなきゃいけねーんだよ石川!」
「―――キミが悪のロボで、宇佐美さん女幹部だよ。叩くのはお約束。」
本当にお約束なのかどうかは、榎本氏にも宇佐美嬢にも知る余地がない。
そこで阿形と石川が、イメージイラストをせっせと描いて二人に見せる。
榎本くんは土下座のような格好、そして宇佐美さんはその頭を踏む格好。
「おい、やっぱオカシイって。だいたい宇佐美のパンツが見えてんぞ。」
「え、そうなのー?ねえアガっちゃん、石川ちゃん、コレあってるー?」
少し赤面しながらスカートの裾を押さえ同級生である女子に意見を仰ぐ。
しかし宇佐美が頼る女性陣二人は笑顔を見せて親指を力強く立てるのみ。
関係無い山田ですら同じポーズをとっている始末。無論面白がっている。
そして宇佐美は迷わなかった。迷いは流れを変えると経験してるからだ。
「……榎本くんさー、パンツ見ていいからー、ちょっと我慢してねー?」
「おい!ほ、本気かよ宇佐美?!ちょ、おま、いてっ!やめろってば!」
榎本くんといえども男の子である。正直、パンツにはとても興味が有る。
そして対する宇佐美さんといえば、だんだん役回りに嵌まり込んでくる。
そこには高笑いをする女幹部と失敗したロボットの競演が始まっていた。
そしてマジメチームこと映研アニメ班は、そんな光景をよそに一旦休憩。
山田の作業に区切りが付いて出来上がりのお披露目の時間となったのだ。
灯火の消えたトレス台の上で、ペラペラと動画用紙をめくり続ける山田。
そして班員である阿形と石川は興味深くその仕上がりを覗き込んでいた。
「一応、身長対比表からの回り込みと振り向き作ってみた。どうかな?」
「―――えっと、こんなにメガネ光らせる必要ってあるんですか先輩。」
「確かにギャグっぽいかも。……てか、ロボットアニメみたいですね。」
「メガネの中を描くのがメンドくてさ。ちょっと待って、修正するわ。」
再び山田の前のトレス台が光りだし、カツカツと軽快な音を立て始める。
山田の鉛筆は迷いなく滑り続け、次々とメガネの内側が埋まっていった。
よく訓練されている山田。その20枚近くの修正には3分もかからない。
そして彼はまたトレス台の灯を落とし、動画用紙を手早くめくりだした。
「あー!これって結構カッコイイですよ!これ本編で使いましょうよ!」
「いや、あくまで試験動画なんだって阿形さん。本番は別に作ろうよ。」
「―――私も、阿形さんに賛成です。ターンって、汎用性ありますし。」
「いや、尺とかもあるしさ、これぐらいなら君らでもすぐ出来るって。」
このようなやりとりは、新生アニメ班結成から少なからず行われていた。
これイイですよ、使いましょう、駄目駄目、君たちも出来るからその時。
鈴木直伝による山田の指導もあり、彼女たちの動画能力は上がっている。
しかしいざ山田の仕上げた動画を見てみると、その差は歴然なのである。
何とか使いたい阿形たち。だが山田は何故か自分の動画を不採用にする。
「―――あの、山田先輩、今度の二宮先輩の旅行に、行かれるんです?」
「そーだなー。卒業旅行にはいく予定もないし、顔を出してもいいか。」
「―――じゃあ、折角なんで、旅行の風景とか、スケッチしませんか?」
「背景作成か……そうだね、アニメってば動画だけじゃあないからね。」
この時に石川の眼が光る。実は彼女は中学からマンガの訓練をしている。
そして稚拙ながらも女性向けの同人誌に寄稿をおこなった事もあるのだ。
マンガとなれば白い背景だけでは済まされない。パース等も必要とする。
そして彼女は、指導者たる山田くんの資質につねづね疑問を抱いていた。
どうも何かから逃げようとしている。もしや、自信が無いのではないか。
そして映像文化研究部には、自分が居るだけの価値が無いのではないか。
「ええ?!それじゃあ石川ちゃんって、二宮先輩の旅行に行くんだ?!」
「―――ええ、そのつもりだけど。もしかして、なにかまずかったの?」
「ううん逆だって!もしかして石川ちゃん来ないのかって心配してた!」
嬉しそうに微笑みかける阿形に、石川は目線を外して動画用紙に向かう。
阿形は吸収が早い。そして上達も早い。いずれ比肩する程になるだろう。
しかし阿形には技巧は見受けられない。石川にはそこが不思議であった。
石川真理子、彼女は上達を目指す求道者。だからこそ彼女は迷っている。
一方、二宮少年は壁に背を預けて最新型のスマートフォンを握っていた。
そこは特別教室校舎の非常口の外側。違反なのだが鍵を開け外に出れる。
そして胸元にその板状の通信機材を押し当て、何事かを呟き続けていた。
「……あー、うん、そうそう、でさ、藤沢の家、今年も使っていいか?」
「……ありがとなオヤジ。……わーってる、あんな事はもうしねえよ。」
右耳にイヤホンを挿し、伸びる紐の膨らみがシャツの襟元まで来ている。
その膨らみを左手に持ち会話をしている。いわゆるハンズフリーである。
そして空いた右手はペンを握っており、小さな紙にメモに走らせていた。
そして紐を器用に抜き取り、丸めたメモと一緒にポケットに仕舞いこむ。
「よっし、これで準備完了っと。うーん、我ながら、カ・ン・ペ・キ!」
二宮は空を見上げる。夏特有の強すぎる太陽光線が彼の網膜を射抜いた。
そう、既に夏なのだ。そして高校生の夏はやはり楽しくあるべきなのだ。
そんな文学的な感傷にちょっと苦笑した二宮は、また校舎に戻っていく。
もう1学期は終わろうとしている。
暑い夏が始まる。山田次郎は、そして映研はどうなってしまうのか?!
次回、『阿鼻叫喚?!地獄の映研強化合宿!山田次郎、暁に散る!』へ
つづく!
今回は石川さん宇佐美さんのキャラ説と部活の日常です。
そして次回からは地獄の(笑)合宿編がスタートします。
SIDE使ってながーくやるか話を分けるかは考え中。
ではではw