アウルが最後の代償を告げる。
『ーー《召喚者ガタリ》の《命》を頂きます』
「ふざけないで!」
アウルが条件を提示した次の瞬間、マルカがドスを利かせた声で凄み、タクトとカマク、ワールンが怒気を孕んだ眼差しと共に俺を守るように前へと進み出る。
俺がその場で立ち尽くしていると、カマクがアウルに訊ねた、
「アウル?それはどういった意味だ?まさか本当にこいつの命を奪うとはおもわねぇが、少なくともそれに相当する何かを要求するってことだろ?」
『慧眼ですねカマク。流石は《棋士》と呼ばれーー』
「あまり苛つかせるなよ⁉︎」
アウルの言葉も終わらないうちにカマクがピリシャリと遮って続ける。
「ただでさえ俺たちはこのデスゲームに囚われて苛酷な日々を送らされているんだ。その上この世界に俺たちが現実世界と変わらず持っている《命》を捧げろだと?」
そこまで一気に語りきると、カマクは冷たい瞳を宙空を睨みつけて、告げる。
「返答次第じゃ、俺はこのゲームを壊すぞ?」
喉の渇くような緊張感が場を満たす。
……ゲームを壊す?カマクは何を言ってるんだ?カマクの発言に思考が停止していると、マリが作り笑いを浮かべてアウルに訊ねた。
「え、ええと、アウルさん。実際的には、何を要求なさいますのですか?」
しかし、その言葉でカマクの周囲にピリッとした雰囲気が出る。……マズイ。何かわからないけど、本当に返答次第でカマクはこのゲーム〈ソードアート・オンライン〉を壊す気だ。ただただ、1プレイヤーなだけの俺の為に。
一触即発の空気の中、アウルは……それでも淡々と、意外な解答を告げて来た。
『私が今回『ガタリ』に求める代償ーー《命》とは、つまり《記憶》のことです』
「記憶?」
俺が聞き返すと同時に、場の緊張が少し和らぐのを感じた。
アウルは『そうです』と続けると、いよいよ代償の詳細を語った。
『《召喚者ガタリ》の、ここ約一時間分の記憶ーーこの《代償の迷宮》内における試練の記憶を全て、捧げて頂きます』
「「⁉︎」」
その言葉に、俺たちは動揺を隠せなかった。マルカがその長くは無い髪を揺らしながら訊ねる。
「それは、私達の記憶もじゃないのよね?」
『はい。頂くのはあくまで《召喚者ガタリ》の記憶のみです』
「……しかも、たった、ここ一時間程度の……」
『はい。ただしこの代償は、試練クリア後に返還されません。とはいえ、周囲から失った記憶部分の話を聞くことは禁止していませんので、貴方達の危惧するような、彼の今後に大きな支障をきたすような代償ではないはずです』
「それは……そうでしょうけど……」
どう考えたものかよくわからない様子の皆が、俺を見つめる。
まぁみんなを誘ったのは俺だし、他の奴が払うよりはマジだろうと、そんな悩むこともなく、アウルに返答する。
「いいぜ、別に」
「ガタリ」
マルカが嗜めるように俺を振り向く。みんなもまた心配げな目をしていたものの、俺はそれに笑顔で応じた。
「大丈夫だって。最初に《命》って言われたから重く捉えてるだけだって。よく考えれば戦闘力とか居場所とかと、そう重さは変わらないぞ?」
「それは……そうかもだけど……私は……」
マルカがまだ渋る。けれどその顔にはどこか安堵していることも伺えた。
まるでこの場に特定の誰かが居なくて良かったというような。
少し待ってからマルカが渋々といった表情で引き下がった。
俺は改めて、アウルに宣言した。
「よし。なら貰ってくれ代償。いつでもいいぞ、アウル」
『了解しました。では、代償を徴収します』
アウルがそう告げると、俺の体が光り始め、そして…………
………………あれ、思っていたより広い部屋だな。
俺は外観からの想定より大分広い室内に戸惑い、みんなの方を振り返った。
「なぁ、これ明らかに広くないか?確かピラミッド形の頂点くらいから入ったよな?みんなもそう思わーー」
「「…………」」
「な、いか?」
何だろう?みんなの俺を見る視線がおかしいような。それによく見れば俺たちの入ってきた入口がない、これは一体……。
「ガタリ……あなた本当に、ここでの記憶を?」
「? 何の話だ、マルカ?」
意味の分からない問い掛けに首を傾げると皆が顔を見合わせ……そしてマルカ、カマク、ワールン、マリが、手短に現在に至るまでの経緯を説明してくれた。
曰く、俺はここの試練の一環で、ここ一時間程の記憶を自ら捧げたらしい。
……正直、本当に、なに一つ思い当たらなかった。俺としては《代償の迷宮》に足を踏み入れた次の瞬間には今の状況だったわけで。
その他にも、現在カヤが自制心を失っているという話だの、タクトが言葉を取られて面白いことになっているだのと聞いたものの、いまいちピンとこなかった。
軽くストレージを見ると戦闘があったらしくその時手に入ったアイテムが幾つかあることは確認できたので自分の状況を理解することはできた。
「そ、そっかとりあえず、話を聞く限りじゃこれで試練は終わりなんだろ?」
その問いには皆んなではなく、久しぶりに聞くアウルの声だった。
『その通りです。そこの魔方陣に乗ればーー』
「お、アウル!久しぶりだな」
『……はい。お久しぶりですね。ガタリ。』
なぜか少し声に張りのないアウルは、だけど少し間を置くと、またいつもの無機質な女性の声で淡々と告げる。
『そこの魔方陣に乗れば、例の通りカーディナルの中枢へ皆さんを導きます」
「メメメェ!」
タクトが急に奇声をあげる。何事かと俺がぎょっとしていると、アウルがそれに応えた。
『ご安心ください。《戦闘力》《自制心》《言葉》に関してはここを移動すると同時に自動的に元に戻ります。ではーー』
とアウルが、そこまで言ったところで魔方陣が光った。
「カーディナルの中枢って何なの?」
ワールンの問いに応えたのはマルカだ。
「女神の試練をクリアすると毎回そこに一人一人別で呼ばれるらしいのよ。まぁそこで報酬も貰えるからそこまで気にすることも無いと思うわよ」
そう言ってマルカは一足先に魔方陣に飛び込んだ。すると転移するかのようにマルカの体が光り消えた。
「なるほど、じゃあ僕も行くね」
続いてワールン、タクト、カヤ、マリが光の中で消えていく。
それを同じように見ていたカマクが呟く。
「……ストレア……」
その言葉を理解する間もなくカマクは皆んなと同じように光に消えていく。
俺もその後に続くように俺も魔方陣へと足を踏み入れた。
気付くと見覚えのある空間に浮遊していた。
少しの間ぼやっとしていると、前回同様アウルから労いの言葉がかけられる。
『ガタリよ。まずは見事《代償の迷宮》を突破されましたこと、心よりお祝い申し上げます』
「ありがとう、アウル。って言っても今の俺としては、入った途端にクリアを言われたも同然だから、達成感もなにも無いんだけどな」
『それでも貴方は、確実にこの試練を皆さんとクリアなさいました。……もう今はこの世に存在しない、この一時間の、貴方が』
「……」
そのあまりに微妙な表現に、俺は思わず押し黙る。……今はもういない、この一時間の、自分。マルカ達の話によると、最後の代償は最初《命》だとかって表現されていたらしいけど……なるほど、少しその意味が理解出来たかもしれない。
「……この《代償の迷宮》をクリアした俺は……もうどこにもいない……」
さっきの皆の、俺を見る悲しげな瞳。
『貴方が《命》を失うということの影響を、多少なりとも理解されましたか?』
「え?」
まさか、俺の気持ちをアウルは知っていて……。
しかしアウルはそれ以上追求することなく、話題を変えてくる。
『さて、今回のガタリへの報酬ですが、これを授けたいと思います』
目の前に獲得ウインドウが現れ、始めにコルと経験値が書かれその後に……
「ユニークスキル⁉︎ アウルこれって?」
『このアインクラッドで全十種存在し、私に選択権のあるユニークスキルです』
俺は戸惑いながらもアウルに質問を投げかけた。
「どうして俺に?」
『何故と聞かれれば貴方が一番適正であったと答えるのが普通なのでしょう…………』
少し間を置くと無機質ながらも優しさを感じる声音で語りかけてきた。
『私は貴方に託そうと思ったのです。そのスキルは自由のスキルです。アインクラッドにおいて役が無く自分のなりたい様になれます』
俺はアウルの言葉をただ黙って聞いた。
『ガタリ。《命》の重さを知った貴方だからこそ、そのスキルの本当の価値を見つけることができると私は信じています』
俺はそのスキルの名前を見つめ、アウルに告げた。
「ありがとう、アウル。大事に使わせてもらうよ」
『お願いします。私が出来るのはこの程度です。ガタリ、最後に一つだけ言わせてもらってもよろしいですか?』
珍しくアウルからの問い掛けに俺は少々驚くも笑顔で応えた。
「いいよ」
『ガタリ、……無茶無謀と勇気を履き違えないでください』
「それってどういうーー」
俺の言葉言い切る直前に部屋の光が増していき、俺の体が消えかけていく。
『ーー貴方の命と他の方の命はいつでも等しく平等であることを…………」
その言葉を最後に光は一気に瞬き、気が付くとピラミッドの外へと出ていた。
「ガタリ‼︎」
先に出て来ていたマルカが俺に気づき心配そうに駆け寄って来た。
他の皆んなも俺が記憶を失ったことから、心配してくれたが、俺がいつも通りなのを見てホッとしていた。
ともかく、クエストはクリアしたのでいつまでもここに留まる必要もないので俺たちは街を目指し、歩き出した。
しばらく歩いたとこで、俺は逆ピラミッド形の《代償の迷宮》を振り返り考える。
「(アウルの最後の言葉どういう意味なのだろうか、それに俺の考えを読まれていた様な)」
自分の《命》をかけてもタクトやマルカ達を現実世界に返すという俺の想いに、釘を刺されたような。
少しの間耽っていると、タクトが大きく手を振って声を掛けてきた。
「おーい、ガタリ、何してんだ、早く来いよ。ようやくまともに喋られるようになった俺が、お前の失った一時間のことを説明してやろうってんだ。ちゃんとありがたく聞きやがれ!」
「なんだそれ、押し付けがましすぎるだろ!」
青紫の少年に黄緑の少女、茶髪の大剣使い、棋士と呼ばれる金髪のランス使い、藍色の刀使い、黒髪のメイド服を着た少女が仲よさ気に俺を待っている姿が、瞳に映る。
「……そうだな」
別に何か変わるわけじゃないんだ、今は焦らなくてもいい、ゆっくり進めばいい。
こいつらだけじゃない、チヒロやユウマ、ナオキ、ワカナ、キリトに攻略組のみんな、それにローエルさんだっているんだ。
このゲームは絶対にクリアできる。
気持ちをあらたにして俺は、みんなに追い付くべく駆け出した。
「ごめん、今行く!俺の失った時間の話、聞かせてくれ!」
☆
吹き荒れる砂漠の仲で一人の男が遠くから彼らを見ていた。
「……へーまさか、こんなところにあいつがいるなんてな。こりゃそろそろ動かなねぇと行けないかもしれないね」
男は彼らの姿を黙って見送る。
「すまねぇなガタリ。もうお前といれる時間はそう長くないらしい」
☆
女神の試練とやらを終え俺はワールンと共に自分達のホームへと帰宅した。
扉を開けると俺目掛けて勢いよく突撃してくる黒い影が一つ。
「カ・マ・クーーー!」
俺は咄嗟に臨戦態勢を取ってしまい、盾を取り出し目の前の黒い物体から身を守ってしまった。
ドテンッという重たい音が響き、覗くと俺の彼女であるメユがいた。
「酷いですよ!カマク!私のお出迎えを盾で受け止めるなんて!」
頭をさすりながら涙目で訴えるメユ。
流石に俺も罪悪感を感じたのでメユの頭を撫でて謝る。
「悪い悪い、メユが鍵を持ってることすっかり忘れてたわ」
笑顔で告げると、メユは俺の手からは離れずにプイッと顔を背ける。
「それ、全然フォローになってないですよ!!まぁ、撫でてくれたんで許しますけど」
可愛いな俺の彼女。と思っていると後ろから声がかかった。
「鍵を渡した僕が言うのもなんだけど玄関でイチャイチャするのはやめてくれないかな?」
ワールンの声でメユの頭から手を離すと、メユは見て分かるほどにふくれっ面になった。
何とか宥めて奥のロビーに向かう。
するとワールンが真剣な顔つきで訊ねてきた。
「カマク、あの時言ってたことどういう意味か教えてもらってもいい?」
流石にいつかは言われると思っていたが帰ってそうそうとはかなり気にしていたらしい。
「あの時っていつだ?」
それに対して惚けて返すとワールンは特に怒る様子もなく淡々と告げた。
「まぁ、カマクのことだから考えがあってのことだと思うけど、教えてくれなかったら僕も力になれないからね?」
こいつのこういうところは本当に助かる。
除け者にされているメユも特に気にするそぶりも見せず、キッチンに向かってくれた。
「ああ、そのうち教えるから待っていてくれ」
ワールンは「わかった」とそれだけ告げ、部屋に戻っていった。
俺だってまだ全部を理解したわけじゃない。
全てを知ってからでもあいつらに教えるのは遅くないはずだ。
俺のそんな考えが今後みんなを窮地に追いやるとも知らずに。
読んで頂きありがとうございます。
次からはラフコフ討伐に向けて書いていきたいと思ってます。
少し長くなっていくとは思いますが気長に待っていて下さい。
では、また次回。