ピー……
耳元の無線に走る連絡音。
〝各員、状況報告を。〟
〝こちらルキ、中枢システムのジャックに成功よ!〟
〝ナサです。艦体に仕掛けた爆薬を爆破します。〟
「……」
〝リオ、リオ=バンクロフト! 報告しろ。〟
「うっせぇなぁ……聞こえてるよ。配置ならとっくに完了してる。さっさと始めさせてくれ。」
月夜の光を背に、崖の上に威風堂々と立つ一人の男が、面倒臭そうに耳元の無線へ答えた。
この男も含め、声の主は皆十代を思わせる若者達である。
彼等は今、たった四人で敵の施設へ攻撃を仕掛けるという常識外れの作戦を実行しているのだ。
〝よし今だ、行け、リオ!〟
「はいよぉ。ド派手にブチかませばいいんだろ。……行くぜ!」
無線の声から指示を受けたリオと呼ばれた男は、体勢を低くし、拳を引いて身構える。
次の瞬間、高さ数百メートルはあろう崖から一気に地上へ全身ダイブしたのであった。
状況に反し、何の恐怖も感じさせないリオの見据える落下先には、砲台や大量の軍備で固められた施設があった。
口元に歓喜とも思える不敵な微笑を浮かべたリオは、両腕に稲妻をまとった黒い輝きを灯す。
黒く発光するその拳を一気に地上へと叩きつける。
施設の建造物は崩落し、二次災害によって周辺の施設も崩壊していく。
その場は一帯が激しい揺れと炎に包まれ、一瞬にして大混乱と化したのであった。
「今度は何事だ!?」
「更に適襲です! 確認できる数は……1!」
「一人だと!?馬鹿な!何者だ!」
謎の襲撃を受けた軍事施設では、状況もわからぬ
まま兵士が出撃し、一斉にリオを取り囲んでいった。
「いいねぇ! もっときやがれぇ!!」
炎から顕わになったリオの姿に、目撃した敵は口をそろえてこう言った。
「悪魔の両腕……!!」と。
リオの両腕はまるで獣か神話に出てくる悪魔のような、生々しく禍々しいものであった。
「こいつ、ガイア使いか!」
紫色の腕は赤い光を灯し、熱で蒸気を湧きあがらせている。
「悪魔か、いいねぇ。見たまんまだけどなぁ!!!」
地面を叩いて跳躍したリオの拳が、上空のヘリを一撃で撃墜する。
〝次、ルキ、問題は?。〟
「ないなぁい☆ってか、もう中枢システムはジャック済み!後は派手にやっちゃって!」
無線の指示を受けた赤い短髪の女性ルキは、予め施設内へ潜入していた。
彼女の能力は、自らの意識を身体から分離させ、システム内へウイルスとして入り込むというものである。
これにより、軍事施設では早くも異変が生じていた。
その最初の異変がルキによる各通信システムの麻痺。相手の連絡手段を絶つことで、命令系統を遮断し混乱を拡大させた。
次はヘリや戦車などの各兵器のコントロールシステムを麻痺。これにより敵増援を防ぐ。
これで敵の指令系統は麻痺し、さらに敵戦力の大半をリオがひきつけている。
〝ナサ、敵の位置、確認できるか?〟
「えぇ勿論。『読心術』を使います。」
ナサと呼ばれた男、彼は直接戦闘へは参加しない。
軍事施設の近くで一人、静かに意識を集中させて
いた。
彼の能力は、人の心を読むことができる非戦闘系の特殊なものである。
一度に数百人の心を同時に読むことができるため、戦闘に応用すれば、敵の位置や人数などを正確に把握できるのだ。
しかし多ければ多いほど、常人離れした集中力と精神力が必要となる。
「!。読めた。第三ブロックから敵の増援が来ています。」
〝了解した。後は任せろ!〟
声の持ち主、ルノ=アイゼンは旧ドイツ軍を思わせる形の赤い軍服を翻す。
手慣れた手つきで愛刀を操り、炎上する戦場を駆けていく。
リオとルノの独壇場により、基地は完全なる壊滅状態と化し、たった四人の作戦は一晩にして完了した。
まだ薄暗い朝日を浴びてメンバーが現場に集結する。
「俺らインフィニッツの……勝ちだ!!」
『インフィニッツ』……ルノ、リオ、ルキ、ナサ、彼ら四人のチーム名である。
このインフィニッツによる、作戦。後の世に通称「ギルハイム奪還戦」として名を残していくのであった。
そしてこの一戦を機会に、インフィニッツの名が軍内部で大きく轟くこととなったのである。
インフィニッツの誕生、それは今からちょうど数ヶ月前に遡った。
ここはヴェイツ王国。物語はここ、春を迎えたユーラスラ地方軍の、養成アカデミー校の校長室から始まる。
「失礼します。」
校長室に入室するマクア=ソグルスキー少佐。まだ二〇代後半になったばかりと若いが、誠実で今では校長の右腕として優秀な教官を務めている。
無論女性からも大人気のさわやか教官だ。
「おぉ、君かね少佐。」
入室早々にマクア少佐は、目の前の校長が何かに悩んでいることに気づく。
困った時に眉毛をいじる癖が出ていたからだ。
「校長、何かお悩みなので?」
「実は、まだ配属先が決まらない者がいるのだよ。」
桜が咲くこの時期、アカデミーからは今年も優秀な若き兵士が卒業し、それぞれが軍の各小チームへ配属されていった。
しかし今年はある問題が生じていた。
校長の悩みはズバリこれ。先も口にしていたように、この時期にまだ配属先の決まらない者がいるようなのである。
「それは、リオ=バンクロフトのことですか?」
「そうだ。全く、あの問題児は……」
呆れるように口を濁す校長。
リオ=バンクロフト、彼はアカデミー内でも何かと問題を起こす、まぁいわゆるトラブルメーカーと言えばわかるだろう。それだ。
戦闘訓練以外ではまるで使いものにならない上に、軍人のくせに言うこと聞かない挙句の果てに、喧嘩などの暴行事件を起こす面倒くさい奴なのである。
その戦闘訓練における成績だけは何故か訓練生とは思えないほどの好成績。
そんな戦闘以外無能な男を、軍のチームが受け入れてくれるはずもなく、校長は就職試験堕ちたサラリーマンみたいに頭を抱えているのである。
「それだけではない、ルキ=ソーラもなのだ。」
「はぁ!? 彼女がですか?ルキ=ソーラはたしかチーム:バラッドに配属されたはずじゃ……?」
「チーム:バラッドは元々メンバーの一人が入院中ということで彼女の配属が決まっていただけだ。」
「退院して復隊した……と?にいてもそんな急に……退院はまだ当分先と伺っていましたが……」
「ハルデン司令の命令だ。」
マクア少佐の予想に校長は黙って頷いた。
「良い娘なんだが……」
今度は非行に走った、娘の父親みたいな台詞を吐く校長。
命のかかった仕事、同じ情報処理専門でも実践経験の浅い小娘より長年のキャリアをとるのは道理である。
そんな先の見えない悩みを話す二人の思考を、不意に鳴ったノックオンが止める。
中に入室してきたその男に、校長は目をカッと見開き起立した。
「こ、これは、ハルデン指令!」
ハルデン=フォード中将。
四〇代半ばには見えない容姿で、カリスマ的な冷静で穏やかな雰囲気が特徴だった。
「一言ご連絡頂ければ、迎えを出しましたのに。」
「いや、私にそんな気遣いは無用さ。今日は、このアカデミーから二名配属が決まっていない者が出ているはずだが……?」
「は、はい……お察しの通りですが……?」
「リオ=バンクロフト、ルキ=ソーラの二名は私が連れて行くとしよう。」
「あの、失礼ですが何をなされるので?」
校長が問うと、ハルデンは手元の資料に目を通し、
校長の悩みを一瞬でモミ消すかのようにこう言った。
「あぁ、彼らの配属先が今決まったということさ。」
あっさりと。
「え? しかしどこのチームも今年は空きがないと聞きましたが。他地方の軍に配属となるので?」
マクア少佐が尋ねる。
「まさか。近々新発足されるチームのメンバーになってもらうのさ。」
「新チーム……?」
「そうだ。チーム名『インフィニッツ』。対ガイア使い並び奇鬼用に、私が新設することにした。主には私の勅令で動いてもらう。」
「ち、勅令!?し、しかし、リオ=バンクロフトがそんな重要なミッションをこなせるとは思えません!」
校長の不安はむしろエスカレートしていった。
「リオを軍に入れたのはこの私だ。面倒は私が責任を持って見るさ。最初からそのつもりだったのだから。」
「ですが必ず問題を起こします!」
校長は、マイナスな方で絶対的に確信していた。
「心配はいらない。リーダーにはクレイモアのルノ=アイゼンに一任したからね。」
ハルデンの言葉にマクアが驚愕する。
「クレイモア!?女王直轄のグランドロイヤル級が一般の正規軍に配属なんて……評議会がよく承認したものですね。」
「彼とは顔見知りでね。それに奇鬼が相手となればそれくらいの人選は必要だ。」
「指令の決定なら異論はありませんが……」
ここはとある大学病院の一室。室内の壁は一面白く、向かい合った長いソファーと膝高さのテーブルが置かれているだけの、シンプルな部屋だ。
この部屋で唯一の色と言えば、部屋の一面が天井から床まで大きなガラス壁になっており、その片隅に置かれた大きな観葉植物だけだった。
印象的には天井の高さが解放感を感じさせるこの上ない清潔感と、差しこんだ日差しが部屋の爽やかさとマッチしたリラックス空間だった。
「気分が沈んでいる時、心に余裕がない時、人はどうしても偏った考え方をしてしまいがちです。」
今、この部屋では白衣に身を包んだ少年ナサ=アーベルが、心理士の学生十数名にゼミでの講義をしている最中であった。
少年は僅か十六歳。周囲の新人は皆一回り程年齢の離れた年上の若者達だ。しかしその物腰はふわふわの綿のように柔らかく、不思議と心に響く。
十代中頃の少年とは思えない程の、落ち着いた態度と、この物語において唯一片目だけ違う色をした少年だ。
「例えば、朝すれ違った友人が挨拶を返してくれなかった。普通であればさほど気にならないことです。しかし心の病になると、これを被害的にとってしまいます。」
青年は学生に配布した資料と同じ物を持っているが、一文字も目を通すことなく講義を続けていた。
話すべきことがすでに頭の中にあるかのように。
「あなたの立場なら、どう感じますか?」
ナサは身近にいた女性に話を振った。
「私なら、『友人は今日機嫌が悪かった』もしくは『聞こえていなかった』『急いでいた』と考えると思います。」
「ありがとう。彼女の言う通り、本来はこのように考えますが、精神疾患を持つと『自分が嫌われたのでは』等と自身に対する過度の過小評価をしてしまい、考え方が極度に狭小化します。」
ナサは広い窓辺に足を運びながら講義を進めている。
「そして、そう言った被害的考えが、『相手は自分を嫌っている』という投影に変わり、『ならばこれ以上自分の心が傷つかぬよう自分も相手を嫌いになればいい』という投影同一視へと変わって行ってしまいます。皆の知る、いわゆる防衛機制というやつです。」
彼の目には地上九階からの晴天の景色。下を除けば院内の中庭で患者と白衣を着たカウンセラー達が点在している。
その少し先に病院の敷地と外とを隔てるフェンスがある。
ナサがふと目を止めたのはそのフェンスの向こうで二人の男女が何やら言い争いをしている光景だった。
お互い上半身を乗り出してかなり激しい言い合いをしている様子。
そして終に女が男の頬にキツイ一撃をお見舞いしている。
ビンタされた男の方は去って行く女性を特に追いかける様子もなく、面倒臭そうに頭をポリポリかいていた。
「………」
「先生…?」
男女の修羅場につい瞬間的に見入っていたのか、いつの間にやら講義していた口が止まっていた。
「あ、すまない。」
「どうかされたんですか?」
「いや、話を続けましょう。つまり、我々が患者に促さなければならないのは、物事を多面的に捉える思考の柔軟性です。認知行動療法をベースに、心理療法は――――」
ナサは何事もなかったかのように講義を続けた。
「アーベル先生!」
講義を終えたナサが会議室を出ると、講義を受けていた数人の女性学生がナサの下に歩み寄る。
「先生の講義感動しました。さすがIQ五〇〇、オルヴァン大学を首席で卒業した天才児の噂は本当だったんですね!」
「いえ、心理学はあくまで補足の知識に過ぎない。カウンセラーに必要なのは多面的思考と患者の本質を見抜く観察力。何より共感と傾聴の態度、後は経験です。知識だけに囚われないようにしてください。」
「はい。とても参考になります!」
「年下の僕が言う台詞ではありませんが、あなた達達はとても良い視点を持っていると思います。期待していますよ。」
「はい!ありがとうございます!」
ナサの激励に、生徒達は表情良くその場を立ち去って行った。
それと入れ違うように、生徒を送りだしたナサの背に声をかけたのは一人の男だった。
「やぁナサ。約束の時間に少し遅れてしまった。すまなかったね。」
男の声はやや年輩の穏やかで温厚な、落ち着いた雰囲気だった。
「いえ、僕も今授業が終わったところですから。それよりハルデン司令、急用って何です?」
ナサに促された人物、ハルデン=フォードは傍らに同行させている人物を促して本題に入った。
「ナサ。先日、君に軍への協力を提案しただろう?その件で、今日は君の配属となる新設チームのリーダーを連れて来た。」
「クレイモア:ルノ=アイゼンだ。」
ハルデンに促された男、ルノ=アイゼンは襟元がネクタイの、赤いロングコート状の軍服に身を包んだ見たところナサと同い年くらいの少年。
クレイモアという階級は軍に接点の少ないナサでも知っていた。
女王直轄の騎士団『グランドロイヤル』の中にある階級だ。
つまりは超エリートというやつである。
「この大学病院で臨床心理士をしています。ナサ=アーベルです。よろしく。」
ナサの差し出した握手を求める手を、ルノ=アイゼンは物珍しそうに直視した後、半ば義務的とも思えるように冷たく握手に応じた。
あまりこちらと交流を深める気がないのか……しかしそれはお互い様。
元々ハルデンの助手であり専属のカウンセラーでもあるナサもIQ五〇〇を誇る超天才。
軍に何の義理もないナサにとって、今回の配属は応じたものの、正直気乗りしなかった。
だから判る。このルノ=アイゼンも同じ心境だと言うことを。
女王直轄のエリート騎士がわざわざ一介の正規軍、それも能力者だけで構成されるシルバーナイツに配属など、快く引き受けたとも考えにくい。
この手のキャラは融通が効かず頑固。仕事とプライベートを白と黒とに真っ二つに考える理論タイプだ。
正解を求めずグレーゾーンを重視する、カウンセラーという職種のナサとは正反対の人物。
だから仕事上での人間関係もさほど重要視していない可能性があった。
握手に応じにくい、必要以上の自己紹介をしない、そしてこの会話の自発性が殆ど見られない生粋の朴念仁ぶり。
この一瞬のやり取りだけで目の前のルノ=アイゼンという男がだいぶ絞り込めた。
第一印象としてはどこか機械的な冷たい印象を受けた。クールと表現すればまだ馴染みももてるのだろうか。
ルキ=ソーラは考えていた。
「んん~~~~~~~……」
彼女が仁王立ちして直視しているのは宙に表示されたお菓子のレシピ。
「ホットケーキって……確かソースと鶏がらスープの素入れたはずよね……」
何処で学んだ知識かは不明だが、彼女の考えるホットケーキと、一般的に知られているホットケーキはどうやら違うらしい。
「ったく、最近のレシピデータって適当!消えてなくなればいいのよこんな糞役にも立たない下衆レシピッ!……ま、いいや、入れちゃお♪」
ホットケーキの生地に鶏がらスープの素とソースの二刀流を大量投入するルキ。
でもきっと、彼女はこう思っている。料理に勤しむ自分って、なんて乙女チックでいい女なんだろう…と。とッ!
その男勝り……いや、あえてフォローするならボーイッシュ(?)な性格と口の悪さ、殺人的な料理センスの無さから、今まで彼女のビジュアルに群がって来た男達は皆逃げ出した。
でもきっと、彼女はこう思っている。私の良さがわからないなんて、器の小さいカス男共…と。とッ!
赤い短髪に右に流した前髪。フレッシュな印象が特徴の一六歳女の子。
ルキ=ソーラはとってもポジティブな性格だった。
物事をマイナスに考えず、常にプラスへ考え直す。
そんな彼女はついこの間まで軍のアカデミーに通っており、今期卒業した軍人だ。
と言っても彼女の場合、ガイアと呼ばれる特殊な力の持ち主である為、能力者だけで構成された『シルバーナイツ』という階級に入ることになる。
まぁこの辺の詳しい話は後ほど折を見て話すとしよう。
「あたし、軍人やめて料理人にでもなろうかな!」
ミキサーの先についた生地を指で一口味見。
味は正直考えたくないが、彼女の中ではこの上ない美味となったのだろう。
ここまで来るともはや味覚の問題である。
「そうだ!ここに生チョコと白米入れてみようっと♪」
こうして彼女のオリジナルレシピは底なしに広がって行くのだった。
とまぁルキ=ソーラとは大雑把に言えば、こんな風に天然で奇抜な面を持つ女の子だ。
出来上がったホットケーキを包み、鼻歌など歌いながらルキはマンションを出て街へ足を延ばすのだった。
「新設チームかぁ~どんな人と組むのかなぁ~」
今度新たに新設されることになったシルバーナイツの一チーム。
ルキはそのチームへの配属が決まっていた。
最初にその話が浮上したのは先日自分宛てに贈られた一通の手紙だった。
それはここユーラスラ支部のトップ、ハルデン=フォード中将直筆の手紙だった。
内容は、今度新設するチームへ自分を配属させたいというものだった。
しかも読めばハルデン司令の勅令で動くチームだとか。
そんな異例のチームに自分の様な新星を入れるのにも、手紙の内容は非常に丁寧で、しかも命令ではなくお願いするかのような表現で書かれていた。
なんと腰の低く寛大な人なのだろう。
その時丁度チーム:バラットへの配属の話が無くなり、あたふたしていた時にきた話でもあった。
だからこそ尚更ありがたい。
アカデミー時代、以前一度会った際にも一介の学生にハルデンは丁寧に挨拶していった。
多忙な中でのたった一回のアカデミー訪問。
しかも学生の名前を全て知っていたから驚きだ。
到底付け焼刃で記憶したとは思えない量の学生の名前をだ。
軍では一兵士など所詮替えの効く駒扱いになる。
しかしハルデンの目には初めから、常に一人一人が映っていた。
その時から感じさせたカリスマ性。
真の意味で人の上に立つ器、ルキは一目見た時にそれを直感したのを今でも鮮明に覚えていた。
今日のホットケーキはそんなハルデンへの贈り物のつもりで焼いたものだった。
ホットケーキの入った袋を、中身も気にせずブンブン振り回しながら陽気に街を歩いていると、ある光景が目に飛び込んでくる。
「お?」
それはとある大学病院前へ続く一本道。
一人の女が泣きながらトボトボ歩いてくる光景だった。
何かあったのかと気にはなりつつも素通りしようとしたその時だった。
泣いて俯きながら歩いていた女は足元の僅かな段差に躓き前のめりに転倒したのだった。
「あ……」
さすがにシカト出来ないルキは女のもとへと歩み寄り、「だ、大丈夫?」という言葉と共に立ち上がるのを手伝った。
しかし女は泣くのをやめず、ひたすら意味不明な泣きごとを繰り返していた。
「何があったの?」
と声をかけたところ、どうやら今しがた男に振られたらしい。
男の頬に一撃喰らわしてから別れたらしいが、その理由と言うのがまたちょっと複雑。
女は同時に三人の男と交際していたらしい。
最低だ。
男から金だけ巻き上げる典型的な悪女ってやつだ。
それだけでも酷い話だが、一方の振られたその男と言うのも更に酷い。
男はなんと同時に五人の女と交際していたらしい。
クズだ。
しかも男はこの女が浮気しているのを知っていた上に、好みでも無ければ正直興味も無かったらしい。
付き合っていた理由も「浮気女の言動がマジ受けるから、暇つぶしに。」という観察理由。
その証拠にその振られた男だけはこの女に一円もお金を出さなかったとのこと。
どっちもどっちの下衆下衆カップルだった。
「あたし、悔しくて悔しくてッ…うぅ…!」
「いや…あんたもあんたでどうよ……」
何だか励ます気が皆無になってしまったルキ。
とはいえこの女もこれで少しは痛い眼を見たのだし、今までよりは改心もするだろう。
望み薄な考えを持ちつつも、ルキは手に持っていた紙袋を差し出した。
「ん。」
「え?あの…これは…?」
「あげる。今朝作ったばっかのホットケーキ。」
「え?いいんですか?」
「まぁ同じ女だしね、お互い様ってやつよ。これ食べて元気出す!そしてその男のことは忘れる!いいわね!?」
頓狂な反応をしながらも、女は笑顔でそれを受け取った。
「あ、ありがとうございます。優しいんですね。」
「言っとくけど、それあたしのオリジナルホットケーキなんだからね、ありがたく食べるのよ!」
「はい。」
こうして別れたルキ。
しかし、これがきっかけで明日の新聞に、『女が突然痙攣を起こして瀕死の状態、原因はホットケーキと思われる。殺人未遂の可能性も―――』等と言う記事が載るなど、この時のルキは知るはずもなかった。
「任務お疲れ様であります、クレイモア。」
戦地から戻った一人の男を軍の兵士達が出迎えた。
いずれの兵士も少尉から大尉までと将校の地位にある軍人達だ。
そんな彼等が物々しくヘリから出迎えたのは、とある一人の年下少年。
黒髪に赤い瞳、腰には愛刀を帯刀している。
ヴェイツ軍独特の、首元がシャツにネクタイ、ロングスーツ姿の制服を風になびかせている。
他の兵士達が青なのに対しの少年の制服は赤と異質な違いが見受けられた。
呼称のされ方も一般階級の物ではない。
彼の名はルノ=アイゼン。
正式にはクレイモア:ルノ=アイゼン。
『クレイモア』とはこの国の『グランドロイヤル』と呼ばれる、特権階級の称号の一つ。
ヴェイツ王国が世界に誇る最強の、女王直轄の特殊な組織だった。
女王の騎士にしてグランドロイヤルの最高位、『シュヴァリエ』を筆頭に、次いで『デュランダル』『エクスカリバー』『クレイモア』と四階級に分けられている。
いずれも国内で女王に認められた強者だけが得られる、この上なく名誉な称号であった。
その一つ、『クレイモア』は正規軍にして少尉~大尉の地位に値する。
その称号を、このルノ=アイゼンは僅か十五歳という若さで得た天才。
最年少のグランドロイヤルである。
それを証明するかのように、今もたった一人で反政府組織の討伐を終えて来たところである。
戦いの後の帰還だと言うのに、傷はおろかその容姿には返り血一つなく綺麗だった。
息切れも、戦果をあげた達成感も、その表情には微塵も浮かんではいない。
その手はとても戦ってきたとは思えない程に綺麗だった。
ただ淡々と、当たり前のことを当たり前のようにこなしてきただけ。
彼にとっては、ちょっと近くの店に買い出しにでも行くぐらいの手間なのだろう。
どんな戦い方をすれば、こうも平然と勝利を収められるのだろう。
『クレイモア』。これでグランドロイヤルの最下級だと言うから聞くに恐ろしい。
エクスカリバー級やデュランダル級、更に言えばシュヴァリエ等はどんな実力者だと言うのか。
「さすがです、軍でも手を焼いていたのに、お一人で殲滅するとは……」
大尉の称賛も、ルノは特に言葉を返すことなくスタスタと支部へ向かうのだった。
彼にとって戦果の称賛など何の意味もなかった。
ましてや相手が人間なら尚更容易い。
与えられた敵をただ討てばいい。
女王の為、ヴェイツの為、ただ敵を殺す機械であればいい。忠実な番犬であればいい。
それ以外の事を求められることもない。
求められたこともなければ、求められる必要性もない。
物心付いた時からずっとそうやって生きて来た。
これからもそれでいい。
人はそれを時に冷徹、時に孤独と呼ぶ。
だがそれでいい。独りでいい。殺戮人形に温かさなどいらない。
しかし、そんな風に思っていた孤高のルノに、人生最大の転機が訪れたのはあまりにも唐突な出来事だった。
東のプロイセン地方にある王都、クロイツベルグ。
支部に戻ったルノを待っていたのは、とある来訪者だった。
「自分に?」
「はい。至急人事部に来るよう支部長が。」
「…了解した。」
よくわからず言われるがまま人事部に向かうと、そこでルノを待っていたのは彼にとっても意外な人物であった。
「やぁ、ルノ。久しぶりだね。」
「ハルデン=フォード中将……!」
南部、ユーラスラ地方の司令官が単身で面会を希望することは極めて稀であった。
上層部の者達はよほどのことでない限り、大体が遣いを出して用件を済ませるからだ。
この二人の関係は、遡ればルノの幼少期にまで至る。
元々両親を失いまだ赤子だったルノを、グランドロイヤルの養成施設へ入れたのは他ならぬハルデンだったからだ。
生まれて間もない為、当時の記憶はルノには無い。
後から聞いた話とはいえ、しかし確実に孤児か野たれ死んでいた自分を拾ってくれたのは事実。
ルノにとっては個人的に恩がある人物であった。
養成施設にいた頃にも何度かハルデンとは面識があった。
彼が養成施設に視察へ来た時、殆ど会話もした事が無かったが、こうして立派な地位を得た今、ハルデンともこうして堂々と対面することができるわけだ。
「最後に会ったのは、去年君がクレイモアになった時だったかな?」
「はい。一年ぶりになります。」
「はは。その素っ気無さは相変わらずのようだね。任務の方も順調、最年少でクレイモアになっただけのことはある。他のクレイモアからの風当りも心配だな。」
「いえ雑音には流されません。自分はただ、与えられた敵を討っているだけですから。」
表情一つ変えず、淡々と言葉を並べていくルノ。
けしてハルデンを嫌っているわけではなかったが、こういう時にどう反応したらいいのかが判らない。
「ルノ、今日は君に転属命令を与えに来た。」
「転属……ですか?」
「あぁ。今度、私が個人的に発足することになった、シルバーナイツの新チーム。そこに、君をリーダーとして迎え入れたいんだ。」
「降格……ですか?」
「確かに、女王直轄のエリートが、一介のチームに配属となれば、評議会の反発は津波のようだったよ。しかし、私の管轄ならば、と元老院がそれを承諾してね。」
「……」
「勘違いしないで欲しいのは、これはけして降格ではない。この新チームは私の直轄、つまり勅令で動くシステムをとる。中には軍人でない者にも協力してもらわなければならない。」
「だから自分にまとめ役を、と?」
「君を見て来た私だからこそ、迷わず君を推薦した。それに、君にはこのチームで学んでほしいこともあるしね。」
「……俺が、学ぶべきこと…ですか?」
「入れば、判る。今日は私と一緒に、今からユーラスラへ来てもらいたい。君に紹介したい人物がいるんだ。これから同じチームでやっていく仲間をね。」
ハルデンの言葉、その意味が全く分からなかったルノは、この時初めて表情を曇らせて首をかしげたのだった。
高速飛行艇で二時間。南部ユーラスラへやって来たルノが最初に連れられて来たのは、軍の支部と思いきやとある大学病院だった。
ここにチームとなる仲間がいるのか。しかし何故病院なのか、入院でもしているのだろうか?
「司令。」
「ん?何だいルノ。」
「チームのメンバーとは、どんなメンバーなんです?」
と、ルノ。
「今から君に会わせる人物は、私の専属カウンセラーであり、助手もしてくれている人物だ。」
「?」
「全ての学校を繰り上げ卒業し、オルヴァン大学さえも首席で卒業した。IQ五〇〇を誇る天才児。」
「軍人ではないのですか?」
「そうだ。」
そんなまさか……そんな口調のルノにハルデンは何ら違和感なく返答した。
ルノが紹介されたのは白衣を着た一人の少年だった。
年相応の落ち着きではない。無論それは自分にも言えるのだろうが。
紹介された人物の名はナサ=アーベル。
目の色が左右で異なる変わった印象を与える少年だった。
軍人でもない人間とシルバーナイツでチームを組む……。
ルノにはハルデンの考えがよくわからなかった。
優秀そうではあるが、どう見ても民間人。
戦闘などできる気配は皆無だった。
何故自分なのか。シルバーナイツの指揮ごとき、他にも人選はあったはずだ。
なのに、確実に足手まといになることを承知で民間人を入れ、恐らくではあるがクレイモアを入れることで戦力の均一化を図ろうとしたのだろう。
しかし、正直やっていられなかった。
深入りする気もなければ、『仕事仲間』と簡単に割り切れる。
要は任務さえ遂行できればいいのだ。
ならば自分一人いればそれでいい。
慣れ合う必要性を感じない。
ルノにとって重要なのは一〇〇パーセント任務を完遂すること。
それこそが自分の存在意義。
その為には犠牲も、手段さえ選ばない冷徹な面をも持っていた。
その後ユーラスラ支部へ戻ったルノはそのまま司令室へハルデンと向かった。
そこでルノは改めてハルデンに尋ねる。
ハルデンが口にしていた、『学ぶべきこと』について。
クレイモアのシルバーナイツへ転属。
この異例の事態には必ず理由があるはずだ。
任務の達成率は一〇〇パーセント、ミスはない。
リスク、コストを抑え、人的、物理的損害も最小限に止めている。
完璧なはずだ。なのに、今の自分に何を学べと言うのか。
「学ぶべき事とは、一体何ですか?」
プロイセンからここまで、ずっと喉元にシコリとして詰まっていたこの問いを訊かずにはいられなかった。
しかしハルデンの反応は至って変わらなかった。
まるで正解を知りつつこちらを弄ぶように微笑し、ただ正解への道を示すだけ。
「気になっているようだね。」
「はい。自分の任務に、何か問題があるからこそ、シルバーナイツへ転属になったはず。正直この処置に納得はしていません。」
「だろうね。君は人一倍、正義感が強く、グランドロイヤルに誇りを持っている。」
「無論です。俺は、その為だけにこの軍服を着ているのですから……ッ!」
そう語るルノの口調からは、納得できないが故のもどかしささえ感じた。
自然と上がってしまう語調の強さ。
淡白なルノが見せた本の僅かな感情の揺れだった。
「だが、君は『そこから』始めるべきなのだ。」
「そこから……?」
「そう。自分に何が足りないのか、何を求められているのかを。答えを提示するのは容易い。」
だが、その場合、ルノは理論的にそれを拝借し、自らの五感で感じようとしなくなる。
それを見越し、あえて原因の追及から始めることをルノへの課題としたのだ。
これは、彼の性格や気質などをよく理解しているが故の言葉だった。
「ルノ。君は、いずれ人の上に立つ人間となるだろう。その素質も十分ある。だが、それに必要な決定的要素が、欠けている。」
「決定的要素……それを見つけろ……と?」
「そうだ。」
これ以上は恐らく何のヒントも与えてはもらえないだろう。
ルノはそう直感した。
部屋を後にしたルノの心境は少し複雑だった。
学ぶべきこと……ハルデンの意図が全く以って理解できなかったから。
司令室の扉前に十秒程だろうか、足を止めて思考していたルノ。
そんな彼をふと我に返らせたのは、見知らぬ少年だった。
「おい、おめぇ邪魔だぞ。」
どうやらこの少年は司令室に用があるらしい。
ルノは「失礼」と一言交わすと、扉の前から足を動かしたのだった。
少年は案の定、ルノと入れ違うように司令室へ入室していった。
民間人…?年齢は自分と同じくらいだろうか、軍の支部に不釣り合いな全身黒い私服に、ボサボサの長髪を後ろで束ねた少年。
そんな一瞬の些細な疑問はすぐに消え、そしてハルデンの言葉の意味もまとまらないまま歩き出すのだった。
「いってぇ~。あの女本気で殴りやがって!」
街を歩くリオ=バンクロフトは、虫歯の様に真っ赤に腫れた頬を、痛々しくなでなでしていた。
パープルの長髪を後ろで一つに束ね、鼻の上にある横傷が特徴の少年。
この物語の主人公である。
実はこの男、つい今しがた女と喧嘩別れしたばかり。
やけ食いでもしようと今飲食店で一人食事を選んでいた。
「冷やし中華一つ温麺で!あとライスの小を大盛り!」
「ハァ……?」
注文を取りに来た店員の冷ややかな視線も気にせず、未だに痛む頬に手を触れた。
「ったく、浮気してたくせに逆ギレかよあのドブス…。まぁ俺も五股だけど(笑)。しかし何がウケるって、自分の嘘がばれてないと思いこんでるとこが傑作だったなぁ。あの糞女。次もやろー。」
初っ端から、主人公とは思えない最低発言で一人盛り上がるリオ。
彼を言い表す言葉は結構ある。
理不尽で、マイペースで、女ったらしで、人の不幸大好きで、血の気多くて、おまけに執念深くて。
唯一マシな表現があるなら楽天家ってこと。
それに目的の為に手段を選ばない強引さや、自分が敵と認識した相手は誰であろうと徹底的に潰す非情ささえも持っている。
他にも色々あるが、中でも女絡みの揉め事に関しては、心当たりが無数にあり過ぎて本人でも特定できない程だ。
腹ごしらえも終えて、さてこれから遊びに行く前に、大好きなアイスミルクを飲もうとストローに口を運んだその時だ。
「やぁ、捜したよ、リオ。」
そう優しい口調と柔らかい物腰でリオに相席してきたのは一人の男だった。
「ソグルスキー教官!」
リオが名指ししたのはマクア=ソグルスキー少佐。
軍アカデミー養成校時代の教官である。
「アカデミー卒業おめでとうリオ。」
マクアは一先ず伝えるべき私情を会話のクッションに入れた。
「んなことより何しに来たんだよ、教官がこんなとこで油売ってていいのかよ?」
仮にも教官であり年上であり上官であり、本来ならば敬語の一つも使うのが礼儀だが、リオの性格を知っているからこそ、マクア少佐も弟感覚でよしとしていた。
「僕は、もう教官じゃない。今年からユーラスラ支部配属になってね。今日はハルデン=フォード司令の遣いでここにきた。」
「へー。遣いって?」
「君への伝言。指令が呼んでいるよ。」
「は?ハルデンのオッサンが俺を?」
「そう。」
「なんで?」
「君の今後について、さ。話があるそうだよ。」
「面倒臭ぇ……」
リオは露骨に嫌な表情を浮かべながら、マクアと共に席を立つのであった。
「シルバーナイツ……?」
店を出た二人はユーラスラ支部へ向かう車の中。運転手はマクア少佐、助手席で足を延ばして態度のデカイのがリオだ。
「そう、ってゆーか知ってるよね?僕授業で教えたよね?」
「んんん~……記憶の片隅にあるような無いような…」
要するに覚えていない。それでもマクアは怒り一つ見せることなく丁寧に説明を始めた。
「『シルバーナイツ』って言うのは、正規軍に属し、『ガイア使い』だけで構成された特殊チームの総称だよ。」
一チーム三人~五人で組まれ、そのチームが各地方に数多く存在する。
この南部、ユーラスラ地方にもシルバーナイツのチームは何十組とあった。
「で、そのシルバーナイツってのに俺も入んの?」
「そうだね、君はガイア使いだし、一般の正規軍には配属にならない。自動的にシルバーナイツに組み込まれる。」
「チームかァ~また面倒臭ぇなぁ~」
「君はどちらかと言うと一匹狼だからね、少し窮屈に感じるかもしれない。でも、仲間ができるのはいいことだ。」
「仲間………か。」
その時だった。それまでグダグダと会話していたリオが急にしんみりとその言葉を復唱した。
何か想うことがあるのか。
アカデミー時代からずっと、周囲から変わり者と忌み嫌われ、落ちこぼれてきたリオ。
彼が誰かと一緒にいるところなどあまり見たことがない。
常に軽いノリで天然馬鹿キャラだったリオは、周囲の注意や笑いを取ることはあった。
しかしそれは友情ではなく中傷。馬鹿にされていただけだった。
だからそんな彼が、今更仲間と上手くやろうなど思えるのだろうか。
そんな彼にとって『仲間』と言うのはどんな意味を持つのだろうか…。
マクアはそんなことを考えていた。
車で三〇分も走ると、支部へ到着した。
二人は車を降り、マクアは仕事があるので、先に司令室へ向かうようリオに言った。
リオにとっても複雑だった。
司令室へ向かう彼の足取りは少し重かった。
司令室の前まで来ると、一人の男が入れ違うように退室してくる。
真っ赤なグランドロイヤルの制服に、澄ました顔。
いかにもエリートな雰囲気を全身から感じさせる壮麗な容姿。
歳は自分と同い年くらいか、尚更嫌味な奴である。
「おい、おめぇ邪魔だぞ。」
扉の前に立ちつくす男に、思わず語尾も荒くなる。
男は「失礼」と謙虚にその場から一歩身を引き、リオへ道を開けた。
中へ入室すると、早速ハルデン=フォード中将が出迎えた。
「やぁリオ。」
「『やぁ』じゃねぇよハゲ!俺を呼び出した理由が『配属』たぁどーゆーこったよ!大体な―――」
笑顔で迎えるハルデンに温度差をつけ、リオは入室早々文句のマシンガントークをぶつけた。
「よーするに、最初の約束通りあんたは俺に『あの男』の情報を流し、俺は軍を抜けて一人で捜す!はい決まりッ!」
と、まとめは自分の望みだけを一方的に押し付けた、まぁ恐ろしいご都合主義発言で締めくくったリオ。
「リオ、私もしゃべっていいかい?」
「おー。なんだ?」
「あれから六年、少し事情が変わってね。君が軍を抜けてしまうと私は一切君に関与できなくなってしまうんだ。わかるかい?」
「ぜぇーんぜん!」
「いいかい?民間人に軍の情報は漏らせない。内密に君へ情報を送ることもできる。しかし仮にそれがばれてしまったら、私は罪に問われ、情報さえ送れなくなる。つまり―――」
「あん?」
「形だけでも君は軍に属していた方がメリットがあるんだよ。」
「えええええぇぇぇ――――――ッッ!!」
「情報がなければ、彼を捜す手立てはない。君が憎くてたまらない………『アンドラス=キッド』はね。」
「!」
その名を耳にしたとたん一転、リオの表情に戦慄と憎しみが浮かんだ。
「それは困るだろう?その為に君は、私の下で血の滲む努力をしてきたはずだ。」
「アンドラスッ……!」
ハルデンの言葉に反応したのではない、復唱したその名は頭から焼きついて離れない傷跡のようなもの。
名前を聞くだけでも過去の傷跡がうずき、悪夢が脳裏をフラッシュバックした。
そう、六年前のあの日のことが……
「だから、君の所属するチームは他チームのような通常の命令形態から脱し、私から直接指示を出す勅令式にしておいた。」
そうすることで、基本的に行動の規制も無ければ、ハルデンから贈られる任務にのみ応じるという意味で自由度が増すということだ。
これならば人探しをしつつハルデンから必要とあらばいつでも情報が受け取れる形となる。
リオにとってもメリットの方が高い。
「わかった。……それでいい。」
リオは心にしこりを残したまま、それを受け入れた。
だがリオにとって軍に残りたくない理由は他にもあった。
それが『仲間』である。
「やはり……辛いかい……?」
「……別に。けど、今更だぜ。」
「君にとっての『仲間』の意味は知っているつもりだ。だからこそ私は、チームを通じて君に見出して欲しい。」
「何を?」
「『仲間』というものの、別の意味を。」
「別の意味……?」
ハルデンは知っていた。かつてリオに何があったのか、その過去を。
リオにとって仲間と言うものは特別な意味を持つことを。
リオは仲間を得ることに恐れを抱いていることを。
そう、失うことに、恐れを抱いていることも。
かつてリオが無力だった故に失った、『命』を知っているから。
「仲間と言うのはね、君が思っている以上に強い存在だ。」
「思ってる以上に……ねぇ。」
リオは苦笑と共にそう復唱した。
ハルデンは書斎の引きだしからある物をリオへ手渡した。
「メダル?」
それはヴェイツの国旗が刻まれた小さな純銀の六角メダルだった。
ネックレス型になっているそれを首に通したリオ。
「それはシルバーナイツの称号を意味する証。君の復讐はこれからだ、リオ。」
その時、リオの口元に不敵な笑みが浮かびあがる。
気分の高揚を抑えようとメダルを握り締める。
復讐という言葉こそが彼の原動力。
彼を突き動かす言葉は、それだけで十分だった。
それから一週間後の早朝。
この日、東のプロイセン地方にある王都、クロイツベルグには総勢数百を超えるシルバーナイツが集結していた。
次世代のヴェイツの未来を担い、後の世に名を残していくであろう礎となる若者達である。
理由は一つ。『開軍式』と呼ばれるイベントの為である。
年に一度、新星を交え新チームの発足やチーム内編成などが行われ、それに伴い各チームの顔合わせも含めた式が執り行われるのが仕来たりであった。
いわゆる始業式や入社式みたいなものである。
全てのチームが整列し、シルバーナイツの総指揮者が各チームの名を読み上げ、そのチームのリーダーは最前列から一歩前へ出ていく。
そしてとあるチームの名が呼称された。
「インフィニッツ!」
しかし周囲の者達が違和感を覚えたのはその直後である。
なんと、呼ばれたそのチームは誰一人出席していなかったからだ。
各チームが綺麗に整列している中、一か所だけ欠けたように抜けている。
本来そこには、呼ばれたチームのメンバーがいなければならないはずだった。
周囲のざわめきが次第に大きくなっていく。
しかしそんな会場の異変とは別に、王都内の一郭では別の異変が生じていた。
街の中を爆撃の狼煙がいくつも上がって行く。
まだ肌寒さが残る早朝、ある人影が猿のようにビルからビルへと屋上を飛び移って行く。
「逃がさねぇ…ッ!」
それは少年。鼻の上に横一文字傷を付け、紫紺の長髪を後ろで一つに束ねた少年。
名をリオ=バンクロフト。彼の獲物を追う鋭い眼差しの先には、下のハイウェイの上を爆走している『それ』がいた。
それは筋肉質な黒い巨体に手や足からは鉄さえも切り裂くであろう強力な爪が伸びている。
一目で見たそれは一般的に言うところのモンスターだ。
人型をしたそれは人間がトルフィリンウイルスによって感染した為に変貌した姿。
人々はそれを、平和を脅かす魔物としてこう呼んでいる。
理性無き魔物『奇鬼』と。
リオが追っているのは正にそれである。
およそ人間がかなう相手ではない。
奇鬼は人を喰らう魔物。強固な皮膚と、人間の何十倍ものパワーを持つ正真正銘の魔物だからだ。
しかしリオには自信があった。例え一対一でも奇鬼を葬るその自信が。
何故なら彼もまた、人とは異なる力を持っているからである。
「見せてやるぜ、俺の『ガイア』を!」
『ガイア』それは人の中に潜在的に眠る特殊能力のこと。
このノルヴァの世界では、人は生まれつき体内に『スピリット』と呼ばれる特殊な力を持っている。
スピリットの大きさは人それぞれ個人差があるが、ガイアはこのスピリットを消費エネルギーとして使うことができる力だった。
ガイアの種類もまた人それぞれ。
空を飛ぶ者、火や水、風など自然の力を操る者、身体を自在に変化させられる者など世界には何千、何万という種類のガイアが存在した。
そしてこのリオもまた、その一人である。
では彼の力を紹介しよう。
それは悪魔の両腕……
「『ベルガリオン』だァァァァッッ!!」
奇鬼へ追い付いた瞬間、ビルから一直線に奇鬼へ飛びかかったリオ。
奇鬼の頬へ重い拳がヒットする。
象と同じ重量を誇る奇鬼の巨体であったが、リオの打ったその拳はまさしく常人離れした威力。
奇鬼の身体が宙を舞い、駐車していた車を押し潰して叩きつけられたのである。
ベルガリオン……筋肉質で一回り大きく、角ばった肘に鋭利な爪、骨ばったドス黒い紫紺の両腕。それは神話に登場する悪魔の腕そのものであった。
銃弾や剣でも歯が立たない奇鬼に、人間が唯一肉弾戦で抵抗できるのがガイアだった。
「足りねぇ……足りねぇんだよ刺激がァ!もっと楽しませろバケモンがァァァ!!!」
暴言を吐き捨て、再びリオが奇鬼へ殴り飛びかかる。
しかし奇鬼はその巨体と重量に見合わず、身軽にもその場から空高く跳躍したのであった。
スカシたリオの拳は、今まで奇鬼がいた位置へそのまま叩きつけられる。
奇鬼の体重でぺしゃんこにつぶれていた車は、リオの拳で終に爆発した。
「だからぁ~…逃がさねぇっつってんだろォ!!」
炎上する車を持ち上げ、振り向き様に奇鬼が着地すると思われるそこへ投げつける。
狙いは完璧。着地した奇鬼は炎上する車の直撃を受けたばかりか、更に爆発した衝撃さえも受けることに。
姿勢の崩れた巨体は、ハイウェイから下の一般道路へと転落していった。
「そのまま潰れろォォォォォ!!!」
リオは自身の足元へ悪魔の拳を叩きこむ。
後は想像に苦しくない。
ハイウェイはその一角が崩落し、巨大な鉄の塊が転落した奇鬼を押しつぶす状態に。
まるでスノーボードでもするかのように、徐々に大きく傾斜していくハイウェイを滑り下りていくリオ。
気がつけば、辺りはたった一人の能力者によって大惨事に発展していた。
「死んだか…?いや、まだ生きてやがんな。」
山積みになったハイウェイの残骸の上から、足元の奇鬼へ気配を配るリオ。
そして次の瞬間、足元から突如伸びた巨大な手がリオの足首を捕えた。
「いぃ!?」
瓦礫の山を強引に押し上げ、奇鬼が息を吹き返す。
掴まれたリオはそのまま分回しにされ、身近な建造物へ直撃させられた。
ビルは大きな崩落音と共に、その威力を物語っていた。
普通の人間ならこれでまず一瞬であの世行きだが、能力者の場合は少し違った。
「痛ってぇ―なド糞がァァ!!何してくれてんだオォ!?」
リオはさほどダメージもなく生きていた。
ガイア使いの特徴は常人の数倍の身体機能・構造をしているということだ。
臓器から骨の固さ、傷の治癒速度まで常人以上のタフさを持っているのだ。
故に車に引かれたり、ビルから転落したくらいではせいぜい骨折程度にしかならないのである。
この身体機能の高さも、同じ能力者間で個人差がある。
軍人のように鍛え抜かれた者であれば尚更タフだ。
「今度こそ決めてやるぜ化け物がァ!」
再び奇鬼と正面から身構えるリオ。
しかしそんな中、両者の戦いに割って入る一人の人物がいた。……いや、人物『等』がいた。
それは奇鬼を頭上から狙う火炎だった。
奇鬼は横へ跳躍してそれを回避する。
ビルの上から降り立ち、リオと奇鬼の間に、着地したその人物は一人の男。
赤い軍服に、肩から革ベルトで吊るした日本刀を帯刀している。
それは黒髪の赤い眼をもった少年だった。
「あああ!!まったテメェか!さっきから事あるごとに邪魔しやがって!」
「繰り返すぞ、貴様は下がっていろ民間人。これ以上は公務執行妨害とみなす。」
リオの喧嘩口調に、冷静な態度で冷たく言い捨てる少年の名はルノ=アイゼン。
彼もまた、リオ同様に先程からあの奇鬼を追っていた。
「人の狩りに横槍入れやがって糞軍人が!第一誰だテメェ!」
「貴様に名乗ると名がすり減りそうだから断固拒否する。」
「名前すり減るって意味わかんねェし!バーカバーカ!」
「消し炭にされたくなければ今直ぐ消えろ。これは軍の管轄だ!」
「その前に俺が始めた喧嘩だ!横取りすんなっボケがァ!」
二人の男が同時に走り出す。
ルノ=アイゼン。彼もまたガイア使いである。
彼の能力は炎を自在に操ること。
攻撃力とバリエーションに特化したテクニック系能力者である。
「逃がさん!『火龍』!」
彼の拳から放たれたのは龍を模った炎。
蛇の如くうねりながら奇鬼へ狙い撃った。
更に跳躍し、頭上へ逃げた奇鬼を逃さずルノが捉える。
そして二発目の追撃をしようとしたそこへ、頭上の奇鬼めがけて跳躍する人物がいた。
「!、またあの男か!」
そう、リオである。
「落ちろォォ!!」
空中で奇鬼を捕えたリオは再び拳をおみまいする。
空中だった為か、威力が吸収され止めとは行かなかった。
奇鬼の身体はバランスを崩して地に落下した。
すぐさま体勢を立て直した奇鬼はリオへ襲い掛かる。
正面から衝突した魔物と悪魔の拳。
一瞬の衝撃が周囲を震撼させた。
リオの足元が衝撃を吸収しようと地にめり込む。
それだけで奇鬼のパワーを感じさせた。
「力比べと行こうぜ!!」
さぁこの状態から押し戻そうとしたその時。
それを遮るかのように、リオと近接状態にあった奇鬼へルノの炎が襲う。
「!」
奇鬼とリオは互いに左右へ跳躍してそれを回避する。
「てめぇ今俺ごと殺ろうとしやがったな糞軍人!邪魔すんなっつってんだろうが!」
リオの怒声も無視し、ルノが抜刀した剣を構え、姿勢低く奇鬼へと切り込んでいく。
だがそんなルノと奇鬼を更に隔てる物があった。
それは突如目の前に出現した都市防御用の緊急障壁であった。
「またか!さっきから何故軍の管理下にある防御壁が作動している!?一体誰だ!」
リオとルノ以外にも奇鬼を追う者はいた。そしてそれはすぐ傍に、そして常に戦いの様子を見張っていた。
「あぁもう、邪魔だなぁ~この二人ぃ!」
都市で一番高いタワーの屋上で愚痴を溢しているのは一人の少女。
奇鬼と二人の配置を示したコンピュータ片手に、タワーのネット回線を通じて軍の管理システムをジャックしているのがこの少女、ルキ=ソーラである。
同じくガイア使いである彼女の能力は、自身の意識の一部をPCウイルスとして回線に潜入させること。
彼女の能力を阻害することは誰にもできない。
「えぇっと、西ブロックへ追い込んで…その後袋小路に追い込んで、対奇鬼用の迎撃システムを使って終わり!……なんだけど、何?この邪魔な二人。」
ルキの戦術は王都内の軍兵器を駆使して奇鬼を追い込むことにあった。
護りの固い王都なら迎撃や防御のシステムは山程ある。
ルキにとって街を逃げる奇鬼は盤上の駒でしかなかった。
この王都全てが、彼女のテリトリーなのだから。
ルキの思惑通り逃走していく奇鬼。それを追いかけながら戦うリオとルノ。
「すばしっこい奇鬼だぜ。けどそれぐらいじゃねぇと張り合いねぇよなぁ!!」
混線する戦いはどんどん範囲を拡大し、その度に被害も拡大していった。
開軍式の会場まで車で移動中だったナサ=アーベル。
しかし何やら車が全く動かない。
何度か細道に入り抜けようと試みるも、意味不明なことに防御壁が至る所で作動しているじゃないか。
完全に一部の都市機能が停止しかけている混乱状態。
一体何が起こっているのかと、備え付けのモニターでニュースから情報を得ようとするナサ。
どうやら郊外から侵入したと思しき奇鬼を二人のガイア使いが追走中。
戦闘による被害から都市機能が混乱状態。
おまけに軍の管理システムが何者かにジャックされ、正規軍の機能が低下しているとか。
「最悪だ……。何だ、この最悪な状況は……。」
ナサはニュース番組の情報を頼りに、現在戦闘中の場所まで車で急行することにした。
戦闘は激化し、終に一区半壊にまで至っていた。
「あぁもうウっザいなぁこの糞ったれ共!どこのボンクラよ…ッたく!全然計画通りのルートに追い込めねぇじゃない!もういい、直接行くっ!」
女子の発言とは思えない暴言を吐き捨て、ルキはコンピュータ片手に、タワーからのバックアップを借りて遠隔操作に乗り出した。
バイクに乗って移動しながら操作しようと言うのだ。
その一方で奇鬼を徐々に追い込んでいくルノとリオ。
とても協力しているとは思えない、と言うかしていないバラバラな戦い方は、正に我先にと言った感じ。
「テメェいい加減にしろよ!今ので確実にやれたじゃねぇか!何邪魔してくれてんだよ!」
「貴様こそ無駄に被害を増やして、それで戦っているつもりか素人が!」
「テメェの邪魔がなけりゃもっと速く終わってんだよ!タコ!何で赤なんだよ!タコかテメェ!」
「それは俺の台詞だ!というか服の色は関係ないだろ!馬鹿なのか貴様は!」
この無駄な言い合いが既にタイムロスを生み、今に至っている。
周囲への被害を防ぐため、力を加減するルノに対し、容赦なく暴れるリオは正に野性的な戦いぶり。
行き当たりばったりの出たとこ勝負な戦い方だった。
そんなリオの戦い方もルノにとっては疎ましいことなのだろう。
当然だが奇鬼にはそんなことお構いなし。容赦なく攻撃が繰り返されていた。
奇鬼の口から滴る粘着性の唾液が、鉄をも溶かしていく。
二人の攻撃が流れるように速く、交互に奇鬼を追いこんでいく。
「例え速くとも、足場さえ奪えば…!」
ルノの掌から放たれた火炎が、地を伝って奇鬼の足元を崩していく。
一瞬姿勢の崩れたその隙を、間髪容れずにリオが殴りこむ。
「いっただきィィッ!!」
重い拳。メキメキと粉砕音を立てながら、その一撃が奇鬼の腹部へヒットする。
その巨体に蓄積されていくダメージ。手ごたえとしてはあと少し。決め手になる一撃があれば倒せる。
リオはそう直感した。
再び起き上った奇鬼も反撃に出る。
狙いを定めたのはルノだった。
巨大な爪と日本刀が火花を散らす。
間合いに入った今を好機と見たルノは、身軽な剣さばきで爪を受け流し、身体を回旋させながら更に懐へ入りこむ。
「ハァ!」
そしてルノ剣が奇鬼の腹を横一文字に捕えた。
しかし最初に感じた手ごたえは鉄を打っただけの感触。
奇鬼の鋼のような皮膚に通常の斬撃は効果を得られなかった。
攻撃が失敗すれば当然だが奇鬼は懐にいるルノへ反撃する。
強力なアッパーがルノの身体をいとも容易く上空へ押し上げた。
剣の腹でそれを受け止めたルノに直撃はない。
「チッ!」
「だからどいてろってのォォォ!!」
奇鬼の注意が上空のルノに向いている正にこの一瞬がリオの狙い。
「!」
だが背後から殴りかかるリオへ、奇鬼は身体を回旋させ、振り向き様の裏拳をお見舞いする。
巨大な手背がリオの身体を真横から直撃。
「ぐあァ!!……っくそ、ホント速ぇなこいつ!」
間一髪で受身を取ったリオは、ふっ飛ばされるも建物の壁に見事着地する。
「もういっぱァァつ!!」
身体が重力の影響を受ける前に、リオは建物の壁を蹴り、奇鬼一直線に跳躍した。
悪魔の拳と奇鬼の拳が激突する。
さすがの巨体、拳一発では地に足の付いている奇鬼の胴体はびくともしなかった。
それでもリオは拳を打ち続ける。
現場近くまで到着したルキが目にしたのは、見るも無残にも街が破壊された戦いの痕跡。
「道理で……あたしの誘導が効果ないわけだ。」
戦いかがら移動している為、被害は更に増える一方。
ルキは仕方ないと言わんばかりにもう少しバイクで戦いの痕跡を辿ってみることに。
すると程なくして見えてきたのが今まさに戦闘中の三つの人影。
「見つけた!」
一つは人影と呼ぶにはふさわしくない巨体にシルエットの違い。残りの二つは間違いなく人間だ。
しかも内一人は見覚えのある赤い制服。
あれはグランドロイヤルの、クレイモアの制服ではないか。
「グランドロイヤルが動いてる。でも未だに止めに至っていない理由は……」
間違いなく周囲への被害を抑えての戦い方。
ルキは瞬時にして状況を察し、把握に努めた。
無論この被害の殆どが奇鬼と、もう一人の見知らぬ人間によるものだと言うことも。
「だったらあたしがさっさと追い込んじゃえば話が速ぇんじゃない!」
ルキはその場にて再び都市の防衛システムを起動させる。
地下から現れた防御壁で奇鬼の逃げ道を塞ぎ、袋小路を造り上げる。
「喰らえ化け物!」
ルキは対奇鬼用の機銃を発動。建物の屋上から現れた機銃が奇鬼の足元を撃ち抜いた。
一瞬のひるみ。リオはそれを逃さなかった。
「遊びは終わりだぜバケモン野郎ッ!!!」
脇をしめ、悪魔の右腕を力強く引く。
リオの腕が徐々に稲妻をまとい、それが拡大していく。
そして奇鬼へ向かって一気に跳躍する。
「!」
この時である。リオの腕から異質な何かを感じたのは傍にいたルノだけではない。
それを目視していたルキや、たった今この場に到着したナサ=アーベルも同様の何かを感じていた。
「な、何だこれは……!?こんなスピリット、感じたことがない……!」
ナサ=アーベルは車から降りるや否やその光景に目を奪われていた。
「雷属性……だけじゃない。別の力を感じる。」
ルノは感じているそれを冷静に分析した。
「こいつのガイア……じゃぁこいつがアカデミーで噂だった……!」
ルキは思い当たる結論を呑みこみ、その様子を静観しつつ、手に持っていたPCで能力の測定を始めるのだった。
跳躍したリオと、奇鬼との距離が互いの間合いとなる。
「これが悪魔の両腕『ベルガリオン』だァ!!」
技名を叫びながらリオの拳が奇鬼の胴体へヒットする。
それは正に一瞬であった。
眩い閃光が目を射した次の瞬間、奇鬼の身体は鋼の防御壁を突破し、更に向こうの建物へ一瞬で叩きつけられてしまったのである。
叩きつけられた瞬間、奇鬼の身体はそのあまりの衝撃に爆散し、跡形もなく吹き飛んでいた。
突き破った防御壁がまるで障子のように容易く見えた。それが今のリオの一撃を物語る破壊力でもあった。
未だ周囲に残る稲妻の残光。
ルキが見たリオの能力、それは……
「が、該当データ無し!?それにこのスピリット値……八五〇って……低ッッ!アホ見たいに低ッ!」
スピリット値八五〇。このように人間の体内にあるスピリット値は数字で表示することができる。
しかしリオのこの数値は、通常の人間より若干高い程度のもの。
ガイアを覚醒している『能力者』であれば最低でも平均にして二〇〇〇以上はあってもおかしくない。
逆にこれだけの数値でガイアをコントロールできている方が不思議なくらいである。
「見たか、これが俺のベルガリオンだ!」
豪語するリオの背中。そこに最初に声をかけたのはルノだった。
「貴様、何者だ?」
唐突なその問いに、何だこいつ馬鹿か?という露骨な表情で返すリオ。
「いや、貴様の正体などどうでもいい。そのガイア、ただのガイアではないな?」
「おうよ、よく気づいたな。俺は悪魔だからよ。」
含みを持たせ口角を上げたリオ。
「悪魔……?ではやはり……」
と、ルノが言葉を繋げようとしたその時であった。
「ううううお前るらァァァっァァァッッ!!!」
巻舌でこちらに駆け寄ってくるのは、何やらえらい剣幕で怒りを剥き出しにする赤髪で短髪の女。
一瞬どこのヤクザかと思った二人だが、それほど動じる様子もなく女の到着を待った。
「あんたらか!あたしの邪魔ばっかしてた糞○ン共はァァッ!!」
全力ダッシュで二人の下まで到着したルキ=ソーラは、着くなり若干の放送禁止用語と暴言を撒き散らしながら二人を攻め立てた。
「「誰だ?」」
リオとルノは暴言を気にもせず率直な感想を述べた。
しかし最初に気付いたのはルノだった。
「まさか、都市の防衛システムを乱用していたのは貴様か……!?」
「乱用って、薬中みたいに言わないでよ赤っ服が!そーよ、あたしよ、あんたらが余ッッ計なことさえしなけりゃとっくにあの奇鬼倒せてたわよ、ドアホが!」
「ちょっと待て、何故貴様等俺の服の色ばかりツッコむ?」
やはり暴言には目もくれず、ルノは本日二人も服のネタで絡んできたことの方に少々遺憾であった。
「んな事より、テメェ等こそ最ッ強に邪魔だったぞクラッ!オメェ等こそいなかったら俺がさっさと片付けてた!」
更にルキやルノを煽るかのように反論したのはリオだ。
当然だが、二人も「はァ?何言ってんだこいつ」という反応になる。
「貴様等こそ、余計なことをしなければこんな街に被害は出なかった!第一、軍の仕事に勝手に介入するなど公務執行妨害ならびに憲法だい―――――」
何やらぐちゃぐちゃ言い始めた目の前の赤っ服に、リオとルキはもはや無視。
そこへ更に現れたもう一人の男がいた。
「ちょっと待ったァァァ!!!」
今度は誰だと三人が視線を向けた先にはこちらに歩み寄る、白衣を着た少年の姿が。
一瞬医者とも思える容姿だが、年齢は明らかに同い年程度。
しかも左右の目で色が違っている。
違和感たっぷりのその少年を、ルノだけは知っていた。
「ナサ=アーベル……」
その人物だ。
「君達、一体どういうつもりですか!?おかげで僕は無断欠席扱いじゃないですか!」
いきなり私情から(まぁ全員そうだが)入って来たナサはこの一連の被害で都市機能が停滞し、行くべきところへ行けなかったことに腹を立てていた。
「何故貴様がここにいる?」
「そう言うあなたこそ、まさかこんなお粗末なクレイモアとは思いませんでしたよ。」
何やら陰険なムードになりつつある空気。
「いきなり来てどいつもこいつも苦情ばっかだな!」
リオは頭をポリポリ掻きながらそう言い捨てた。
だがそんな空気を変えるかのように、その場に集まった四人に歩み寄る男がいた。
「見事だったよ。」
そう口にした男は、背後に正規軍の大部隊を引き連れ四人の前に現れた。
「「「「ハルデン司令!」」」」
四人の男を呼ぶ声が重なる。
何でお前らが知っている?と言った疑問符を浮かべながら、互いに顔を見合わせる四人。
それもそのはず、四人の接点は目の前にいるハルデン=フォードだったが、それは互いに知らないことだからだ。
「司令。クレイモアの権限とはいえ、申し訳ありませんでした。」
そう謝罪するルノだったが、ハルデンは叱責するどころか、四人をみてこう言った。
「まさか、『インフィニッツ』の晴れ舞台としては、合格点だよ。ルノ、ナサ、ルキ、リオ。」
「インフィニッツ?どういうことです?」
ルキが口した言葉は他の三人にも同様に疑問の表情を浮かばせていた。
「今いるこの四人が、新たなシルバーナイツ……『インフィニッツ』だよ。」
それは四人にとって驚愕の言葉だった。
まだ見ぬ新設チームの仲間が、まさかのこの四人。
「い……いやいやいやいや……!」
「アハハハハハ…・・…・ねぇ?……」
「うん、無理。」
「無理だな。」
満場一致で『無理』という結論に即決した。
「何故?」
「『何故』!?いや無理っしょ!今の戦い見てなかったと思うけど、酷いよ!?ホント!」
とリオ。
「そうですよ!こんな非常識な人達、僕は嫌です!」
とナサ。
「司令、お言葉ですが、彼等は足手まといです。」
とルノ。
「つかこんなチームワークも糞もないようなメンバーじゃ絶対無理!まともに任務がこなせるわけないわ!」
とルキ。
全員全力で否定した。
しかしハルデンは相変わらずの穏やかな雰囲気を崩さず、こう問いかけた。
「ルキ、チームワークがないと、そう思うかい?」
「は、はい。」
「私はそうは思わない。」
「?………なぜェ…ですか?」
「君達は王都内に起きたこの問題を誰よりも早く感じ取り、そして個々の判断で対処しようとした。誰に命じられた訳でもない。自分達の力で、四人が同じ目的の為に動いた。」
「そ、それは……」
四人は互いに顔を見合わせる。
「今君達がここに集まっているのは偶然じゃない。『インフィニッツ』という言葉で結ばれた、必然なのだよ。私は、こんな素晴らしいチームは初めてだ。」
ハルデンは新たに四人一人一人に目を配りながらそう言った。
「今日ここで、この瞬間、『インフィニッツ』が生まれた。君達の『誕生』の瞬間だよ。」
ハルデンは去り際に、四人へそう言った。
『誕生』、その言葉の意味は何だったのか。
この時、四人はただただ、疑問を浮かべるしかなかった。
「本当に、これでよろしかったのですか?」
南部、ユーラスラ地方へ戻る飛行艇の中、ハルデンの隣席に一人の男が肩を並べて腰を下ろした。
「君か…」
ハルデンは名前こそ口にしなかったが、その男の持つ雰囲気はどこかハルデンに似ていた。
全身白いスーツに、首元まである金のウェーブヘア。切れ長の青い眼。
印象としては爽やかな、正に超美系と言ったところだ。似ているとすれば、カリスマ性のある雰囲気だろうか。
そんな男はハルデンの横顔をみてこう言った。
「嬉しそうですね。『念願』の駒が四つ、ようやく揃ったからですか?」
「さぁ……。」
「私に嘘は通用しませんよ、ハルデン。一見寄せ集めのチーム。周囲からみれば滑稽なメンバーでしょうが、あの四人を集めたのは偶然じゃない。」
「何が言いたいのかね?」
「特にリオ=バンクロフト。恐らく目的はそのガイア…。世界にたった五人しか確認されていない希少中の希少属性……『闇』でしょう?」
『闇属性』。それはこの世界に置いて数ある属性の中で最も希少とされる幻の属性であり、その発生理由や能力の詳細など、一切が謎に包まれた未知の力であった。
リオ=バンクロフトの持つ悪魔の腕。
ガイアのモデルになったのが悪魔なだけあってイメージもしやすい。
物語の主人公、彼の持つこの力こそ正にその『闇属性』なのであった。
闇の力には大きく二つの特徴があった。
一つは『二重属性』だと言うこと。通常能力者が持つ属性は一つだけ。
しかし闇属性にはもう一つ属性が付いていた。
リオの場合で言えば『闇』と『雷』である。
また、『闇属性』は併存する属性の力を増幅させる力があると言う。
二つ目は『負の感情』に反応し、スピリットの増減があるということ。
負の感情とは怒りや悲しみなどといったマイナスの感情のことだ。
これは闇属性最大の特徴といってもいい。
通常、術者の様々な精神状態によって増減が見られるのがスピリットである。
それこそスピリットが『第二の精神』と言われる由縁である。
しかし闇属性は違う。負の感情によって起こる精神状態にのみ反応する異質な力だった。
「彼の力は承知しているよ。その危険性も含めてね。闇属性に関しては前科がある。扱い方を一つ間違えると………というやつだ。」
「そこまで判っていて……物好きですねあなたも。まぁリオに限ったことではありません。他の三人にも同じことが言えますが。」
「君がそこまで私を心配してくれるとは、珍しいじゃないか。」
「まさか。ハルデン、あの四人に何をさせようとしているんです?」
「私はただ、みたいのだよ。」
「何を?」
「人が如何にして変わって行くのかを……。今はただ、風に踊る小さな漣に過ぎない。しかし、彼等はいずれ、時代を動かす、津波へと変わるだろう。」
「だから?」
「だから『時代を変えてもらう』。ただ、それだけさ。」
「時代……を。」
男はハルデンの言葉を復唱した。
ハルデンの思惑により集められた四人。
全ての鍵はこの男の思惑の中に、今は潜んでいた。
インフィニッツの結成はこうして成立し、そして全ての物語は、ここから始まった。
Continued