今回の舞台は地霊殿です
では第十三話ですどうぞ!
相変わらずの朝、ピアは掃除をしながら空を見上げる。遠くには入道雲が出来ており、太陽は容赦のない熱を浴びせてきていた。
「……暑い……。さて、ちょっと様子を見るか……」
ピアは箒を納屋にしまうと、神社の裏へとまわった。
「おぉ~。いい感じだ」
そこには立派な畑があった。トマトやトウモロコシなど、この季節の野菜が立派な実をつけていた。
「うんうん。やっぱり人里で野菜の種をもらって正解だったな。育てがいがあるってもんだ」
ピアはそう言いながら、鍬を持ち出すと、畑を耕し始めた。しばらく同じところ何度も耕していると、土に変化が現れた。
「…………?」
ピアは眉をひそめたが、気にせずに耕し続けた。すると
ゴゴゴゴゴッ!!
「……!なんだ?」
ピアは自分が耕していた場所をまじまじと見つめた。するとそこからものすごい勢いで、水が噴き出した。
ドカアァァンッ!!
それは温泉だった。季節は夏。勢いよく噴出した温泉は、ピアを容赦なく襲った。
「あぁちいぃぃぃぃぃっ!!」
温泉が噴き出す博麗神社の裏庭で、ピアの悲鳴がいつまでもこだました。
博麗神社に、大きな虹が出来ていた。神社でお茶を飲んでいた霊夢は、萃香に冷たいタオルを巻かれたピアの顔を見て、唖然としていた。
「……何それ?」
「ふぉんふぇんは、ふひふぁふぃふぁ」
「……萃香、なんて言ってんの?」
「うん。“温泉が噴き出した”、だって」
「あぁ、萃香。そいつのタオル、もう取っていいわよ」
「ん?どれどれ……」
萃香がタオルをほどくと、ピアの顔はすっかり元通りになっていた。ようやくほどかれたことで、ピアは新鮮な空気を吸うことが出来た。
「はぁ~っ!!やっぱり空気がうまいなぁ。……ところで霊夢。温泉はどうなった?」
「あぁ、その温泉なら私のスペルで栓をしておいたよ」
「?」
「符の壱、『投擲の天岩戸』でね。温泉が噴き出ないようにはしておいたけど……まぁ、時間の問題かな」
「そんなぁ……俺の畑が……」
「そんなのは……絶対に許さないわ」
霊夢はスッ、と立ち上がった。そして、そのままふすまを開けると、外を見たまま話し始めた。
「ピアが人里からもらった野菜の種を、丹精込めて育てて、ようやく立派な実をつけたばかりなのに……。間欠泉で畑を台無しにするような奴は、私が許さないわ!この異変、解決するわよっ!!」
「れ……霊夢……お前ってやつは……」
「もちろん、ピアがね!」
「……えぇ??」
「あたりまでしょ?私と萃香で畑を戻しておくから、あんたは旧地獄にある、『地霊殿』ってところに行ってきて。……まぁ、『間欠泉地下センター』に行けば早いんでしょうけど……あんたの場合、そのセンターの管理人と会話にならないから」
「嘘だろぉ~……。あんなかっこいいことを言っといて、なんで一緒に来てくれないんだよ?」
「だるい。暑い。面倒くさい」
「ああぁぁんまぁりだああぁぁぁっ!!」
「うるさいっ!!つべこべ言わずにとっとと行く!」
「……へ~い」
理不尽な扱いを受けつつも、ピアは出発するため外に出た。そして、外に出てすぐ
ドオォォンッ!
「んべっ!?」
空から降ってきた石に押しつぶされた。その石の上には少女が乗っていた。
「霊夢!遊びに来てやったわよ!」
「……はぁ」
「……なによ?なんか文句でもあるの?」
「……ん」
霊夢は石を指さした。先ほど少女が乗ってきた石に、ピアが潰されていた。
「あら?誰かがつぶれてる」
「とっとと助けてやんなさい。そいつ、死ぬわよ(嘘)」
「えぇ~……。はいはい……」
少女はめんどくさそうに石をどかした。潰されていたピアはすばやく立ち上がり、少女に詰め寄った。
「何すんだよっ!あぶねぇだろうが!!」
「はぁ?あんたがそこにいただけでしょ?ねぇ~霊夢ぅ~。このうるさい人間は誰ぇ~?」
「なにぃっ!?」
「あぁ、そいつは博麗の巫女の使い。私が……」
「あぁー!!そうだ!地上の新聞とかいうやつに書いてたって、前に衣玖が言ってたわ!!あんたのことだったの?」
「……そうだよ」
「ふぅ~ん。ねぇ、あんたの名前って、ピア・デケムっていうんでしょ?」
「……そうだよ……」
「へぇ~!そういえば、新聞に書いてあったわね!なんか、滅茶苦茶強いんですって?本当に強いかどうか、私と弾幕勝負をしましょ!」
「いえ、結構です」
「じゃあ、私から行くわよっ!!剣技、『気炎万丈の剣』!!」
「……龍炎刃」
少女が取り出した剣を、ピアはエッジで軽々と受け止めた。
「なっ!!私のスペルを止めた?!」
「やめときなさい天子。あんたじゃ、ピアには勝てないから」
「う、うるさいっ!!この『比那名居天子』様が、こんなただの人間に負けるわけ……」
天子と名乗った少女が霊夢の発言に反論している間に、ピアはすばやく剣をはじいた。
「えっ……?」
「……『雷神撃(らいじんげき)』」
そしてキャリバーを抜くと、雷を纏わせた剣の形のまま、思いっきり振り下ろした。
「ぴぎゃああぁぁ!!」
雷に感電した天子は、そのまま黒こげになってしまった。バタリッ、と倒れると、目をまわしているのか、全く動かなくなった。
「……弱い……」
「やっぱり駄目だったねぇ~」
「ま、パターンだけどね」
三人が口々に感想を呟いていると、空から別の女性がふわふわと降りてきた。
「すみません……総領娘様がご迷惑をおかけしました」
「それはいいとして……あんたは?」
「私は竜宮の使い、『永江衣玖』と申します」
「…………」
ピアは衣玖を見つめた。衣玖はピアの視線を感じ取ったのか、笑顔を向けた。
「ちょっと、ピア。なんで衣玖を見つめてんのよ?」
「ん?いや、別に。普通に美人だって思ってただけだ」
「んなっ?!」
「あら……ありがとうございます」
「それに……衣玖、少し疲れてないか?顔に疲労の色が出ているぞ」
「あら?そうでしょうか?」
「そうだ。ちょうどうちには温泉が湧いてるから、入っていくといいぞ。問題ないな?霊夢」
「……あんた、私の時と衣玖の時とで、態度が全然違うじゃない……」
「あぁ。衣玖は労われるべきだと、俺の勘が言っている」
「結局あんたも勘じゃない!!」
「うふふ。それでしたら、お言葉に甘えてもよろしいでしょうか?」
「大丈夫だ、問題ない」
「こっちには大ありよっ!!」
霊夢は怒鳴っているが、ピアはそれを無視した。衣玖に温泉の場所を教えると、萃香が近くに寄ってきた。
「よ、色男。竜宮の使いも口説くのかい?」
「違うっての。……ちょっとな」
「……?どうしたの?」
「俺……ああいう人が苦手だ……」
「苦手?」
「なんかさ……“母親”って感じがしてさ……。俺、そういうのとかはちょっと……」
「ははぁん……なるほどね。母親を自分の手で葬った身としては、母性溢れる女性の優しさが苦手なわけだ」
「……ほんっと、鬼は容赦がねぇな……」
「鬼は容赦はしないよ?ほらほら、とっとと地底に行かないと、霊夢に怒られちゃうよ?」
「その地底の場所も知らないってのにか?」
「あぁ、そっか。じゃあ、私が案内してやるよ」
「本当か!?」
「あぁ、もちろんさ。一昨日は私が酔いつぶれるまで、酒に付き合ってくれたからねぇ~。そのお返しだよ」
「ありがとう、萃香。よし、行こう」
「あいよ~」
萃香に案内をされ、ピアは地底の入り口まで案内してもらった。そこはとても深く、底がまるで見えなかった。
「うわぁ……暗いな」
「そりゃそうさね。ほら、早く行ってきなよ」
「了解。じゃあ、行ってくるぜ」
「いってらっしゃ~い」
萃香に見送られ、ピアは地底へと降りていった。
長く深い穴を進み続けると、底が見えてきた。ピアは一度着陸し、洞窟の中を見渡した。
「やっぱり暗いな……。とっとと行くか」
ピアは地霊殿を目指して歩き始めた。しばらく歩いていると、ピアは頭上から気配を感じ、とっさに回避した。
「よっと」
「あっ!!」
ピアの頭上から、桶に入った少女が落ちてきた。落ちてきたというよりも、ピアの頭を狙ってきていた。
「危ないな。何をやっているんだ?」
「へぇ~。キスメの攻撃をかわすなんて、お兄さんやるねっ!」
後から、もう一人少女が現れた。
「褒められてもな……。あ、そうだ。俺、地霊殿ってところに行きたいんだ。また間欠泉が噴き出してね」
「地霊殿?お空に用があるならセンターに行けばいいのに、なんで地霊殿なの?」
「なんか……依頼人から、センターの管理人とは会話にならないって言われた。だから直接、地霊殿を尋ねろと……な」
「ふぅ~ん。……ん?お兄さん、ちょっと背中のそれ……」
もう一人の方がピアの背中を指さした。ピアがよく見えるように背中から抜いた。
「あ、やっぱり!最近ちまたで噂になってる、“博麗の巫女の使い”のピア・デケムってお兄さんのこと?」
「…………」
やはり噂になっていた。それも、地底にまで広まっているとなると、もはや幻想郷でピアを知らない人はいないのだろう。
「……知ってたんだ……」
「うん!天狗のおねーさんが言ってたからね。“博麗の巫女の使いは、とっても心優しい悪魔だ”って」
「うわぁ……」
文はとんでもないことを言ってしまっていた。いい人だ、といってもらえたことはともかく、ピアにとっては非常にやりづらかった。
「うわぁー!まさかあの有名な博麗の巫女の使いのピアさんが地底に来てくれるなんてっ!!私、『黒谷ヤマメ』!よろしくね、ピアさん!」
「私は『キスメ』。初めまして」
「あ、あぁ……どうも……」
「地霊殿なら、私たちが案内してあげるよ!ピアさん、ついてきてくださいね!」
「……はぁ」
「ついてきて」
「わかったよ……」
ひょんなことで、ヤマメとキスメに案内してもらうこととなった。
「あぁ……妬ましい……!」
橋の上に立っていた少女は、文々。新聞を読みながらそう呟いていた。そこには大きく、“博麗神社に仁徳あり!ピア・デケム人里から厚い信頼を受ける!!と書かれてあった。しかし、少女はその新聞を握りつぶすと、嫉妬心を露わにして愚痴り始めた。。
「妬ましいわ……!外から来た外来人のくせに、いきなり住み込みで働いているですッて?!しかも悪魔とかいう化け物のくせに、人間から好かれているですって?!何もかもうまくいく人生なんて……妬ましいわっ!!」
「おぉーい!パールスィー!!」
「…………!」
少女が振り返ると、ヤマメとキスメが歩いてきていた。知らない人間を連れながら。
「……誰……はっ!!」
少女は慌てて握りつぶした新聞を見た。見出しの写真に写っていたのは、二人が連れている男と同一人物だった。
「あの男……妬ましい……!」
そうこうしているうちに、三人が近づいてきた。
「おっす、パルスィ。ちょっと橋を渡らせてもらうよ」
「待ちなさい、ヤマメ……。その男……妬ましいわ……!!」
「え?」
「ちょ、パルスィ!いきなりそれは……」
「何もかもがうまくいくのも、今のうちなんだから……!あなたなんか川に溺れて死ねばいいのよっ!!あぁっ!妬ましいっ!!」
「…………?」
「あぁ、ピアさん。紹介するね。こいつは水橋パルスィ。嫉妬妖怪なんだ」
「嫉妬……?それでさっきから“妬ましい”と言っていたのか」
「そうなんだよ。ねぇパルスィ、この人はさっきここに来たばっかなのに、何がそんなに妬ましいわけ?」
「この新聞よっ!あなたが幻想郷に来てから、この新聞の内容はあなたのことばっかりじゃない!!それなのに、誰も文句ひとつ言わずに読んでるし……ああもう!妬ましいったらありゃしないわっ!!」
「嫉妬を操る能力ってことか……。そりゃ、俺もパルスィのことが妬ましいな」
「なっ!?何が妬ましいっていうのよ!!」
「だって、パルスィは自分の能力の使い方をよくわかってるじゃないか。それに比べて俺と来たら……ふっ、妬ましいな」
「~~~~っ!!」
パルスィは顔を真っ赤にして歯ぎしりしていた。その顔を見たピアが思わず微笑むと、パルスィはどこかへ走って行ってしまった。
「……パルスィ、帰った」
「うん、キスメ……。パルスィ、帰っちゃったね」
「お兄さん、すごい。私、驚いた」
「私も驚いた……。ピアさん、すごいね!」
「(本音だったんだけどなぁ~)」
パルスィがいなくなった橋を渡り、三人は『旧都』へと入っていった。
「妖怪の数がすごいな」
「そりゃもう!ちなみに、皆ピアさんのことは知ってるよ」
よく見ると、周りの妖怪たちがピアに向けて手を振っていた。どうやら、地底ではピアは有名人らしかった。
「ほう。そいつが噂の人間……いや、悪魔っていう種族か」
「ん?」
「げっ!勇儀……」
三人の前に、一人の女性が立ち塞がった。その女性には、萃香と似たような角が生えていた。
「あの人は……?」
「あいつは『星熊勇儀』。鬼の一人だよ……」
「鬼……?萃香と同族か」
「そ。地上の鬼と同族。おまけに……めちゃめちゃ強いんだ」
「ふ~ん……」
「答えな。あんたが噂になってる悪魔ってやつか?」
「鬼に嘘は通じない……ピアさん、素直に答えた方がいいよ」
「……わかった。確かにそうだ。俺が悪魔だ」
「あっはっはっ!なるほどねぇ~。……うん、なかなかいい面構えだねぇ」
「……そうかい」
勇儀は愉快に笑うと、盃に入っている酒を飲んだ。
「どうだい?ここで一つ、手合わせをするっていうのは。悪くないだろう?」
「手合わせか……」
「や、やめときなって!鬼に勝てるわけがないよ!?」
「いや、やる」
ピアは一歩前に出た。そして、そのままエッジを抜いて構えた。
「いいねぇ。楽しくなってきたよ!」
「その前に……その手の盃を置いた方がいいんじゃないか?」
「あぁ、これは気にしないで。ただのハンデだから」
「ハンデ……」
「そう。これが私のルールさ。だから気にせずに、とっとと始めようじゃないか!!」
勇儀はそういうと、先に仕掛けてきた。
「鬼符、『怪力乱神』!!」
「『烈風撃』!」
ピアも素早く反応し、技を繰り出した。
ドオォォンッ!
二人の技がぶつかり、地底が大きく揺れた。ピアと勇儀はお互いに距離を取った。
「へぇ、悪魔ってのもなかなかやるもんだねぇ」
「そう思うなら、その盃から手を離せ。手を抜かれていると思うと腹が立つ」
「それは無理だね。私が本気を出したら、あんたの身が持たないよ?」
「……気を遣っているつもりか?」
「私も命までは奪う気はないからね。これもあんたのためで……」
勇儀がそう言ったところで、右手から盃が弾かれた。盃の中にはいった酒はすべて零れ落ち、そのまま地面に落ちた。
「……何のつもりだい?」
「ふざけんな。自分の力をどれだけ過信しているつもりだ?俺は本気を出さない奴とは戦うつもりはない」
「…………」
「お前が強いのはわかる。さっきの一撃で、十分理解した。……だがな」
ピアはエッジを抜いて、右腕の封印を解いた。そして、その右腕を勇儀に突き出した。
「俺だって全然本気じゃないんだよ。悪魔をなめんな……殺すぞ?」
「…………」
勇儀は盃を拾いに行かず、ピアと向き合った。そして、ニヤリと笑った。
「……なるほど、そいつは失礼だったね。それなら……」
勇儀は地面を思いっきり踏みつけた。地面はめり込み、大地が震動した。
「全力全開でッ!!行かせてもらおうかねええぇぇぇぇっ!!」
「来いよっ!!完膚なきまでに叩き潰すっ!!」
ピアは自分の武器を放り投げた。そして、勇儀の鬼の拳とピアの悪魔の拳がぶつかった。その激突で生じた衝撃は、地底を突き抜けて地上にまで響いた。
「うりゃああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
「うおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」
二人は壮絶に殴り合った。時に殴られ殴り返し、一方的に殴っていたかと思えばカウンターが入る。しかし、二人の一撃がぶつかるたびに地底は震動した。
ゴオォォォンッ!!
ドオォォォンッ!!
ズガアァァンッ!!
さまざま衝撃が地底を、そして地上を襲った。しかし、誰一人として二人を止める者はいなかった。
「どうしたよっ!!鬼の力ってのはそんなものかっ!?」
「なんのっ!鬼を本気にさせて、ただで済むと思うんじゃないよっ!!」
しかし、この二人。なぜか楽しそうである。
「……ねぇ、誰かあの二人を止めない?」
「私、無理。ヤマメ、止めて」
「私に言われても……」
ドゴオォォンッ!!
「うひゃああっ!!」
「二人、暴れる。地底、崩れる」
「そんなことより、誰か止めてよぉーっ!!」
再び二人の拳が激突した。そのたびに地底が揺れた。
ここは地霊殿。地底の間欠泉や地底そのものを管理している場所である。ここには地霊殿の主である、『古明地さとり』が住んでいる。
「……これは……」
地霊殿が揺れている。というよりも、地底全体が揺れている。このままでは、地底が崩れてしまうかもしれない。さとりがそう考えている時だった。
「さとり様ぁ―!大変ですー!」
一人のねこ妖怪が走ってきた。酷く慌てていたが、さとりは冷静に対応した。
「落ち着きなさい、お燐。状況の説明を」
「は、はいっ!!あの、勇儀さんと見知らぬ人間が、けっこうガチな喧嘩を現在絶賛進行形でやりやっちゃってます!!」
お燐と呼ばれた少女、『火焔猫燐』は、落ち着かないうちに答えたため、言ってることがややわかりにくかった。
「落ち着きなさい。……星熊さんと知らない人間が戦っている……ということ?」
「はいっ!!でも、その人間普通じゃないです!右腕がすっごく変な形してるし、勇儀さんが本気を出してるし、つまりやばいし!」
「…………」
山の四天王のひとりにして、鬼である勇儀を本気にさせる人間。どんな人間なのだろうか。さとりは少し興味を持った。
「……私が様子を見てきます。……お空は?」
「それが……」
「…………?」
「いなくなっちゃいました……」
「……はぁ」
さとりはため息をつくと、椅子から立ち上がった。
「……理由は?」
「なんか……新聞を見たらしく、“博麗の巫女の使いを探してくる”と言って、出ていっちゃいました」
「……そうですか。お燐、地上に行ってお空を連れ戻しなさい。私は外の様子を見てきます」
「“こいし様”はどうなさいますか?」
「…………」
さとりには妹がいた。その名は『古明地こいし』。彼女は悟り妖怪特有の『第三の目』を閉じたことにより、無意識の世界にいる。それにより、さとりですらも、こいしの心を読むことが出来ない。さらに、無意識の中にいるので、どこで何をしているのかもわからない。
「……こいしのことも気がかりですが、今は事態の収拾が最優先です。お燐、行きなさい」
「……はいっ!!」
お燐は急いで地霊殿を出た。さとりはいなくなった妹のことを思いつつ、旧都へと向かった。
「はぁ……はぁ……」
「はぁ……ふぅ……。あんた……魔王って言ったかい……?やるね……」
「そっちこそ……な」
「鬼を本気にさせて……ここまでやるやつは初めてだよ」
「(五割出しても勝てないとは……さすがは鬼……といったところか……)」
「だが……これで終わりだっ!!」
勇儀はスペルを詠唱した。
「四天王奥義……『三歩必殺』っ!!」
「…………っ!」
勇儀はスペル発動と同時に歩き始めた。
「一つっ!!」
勇儀は一歩踏み出した。ピアもそれに合わせて一歩踏み出した。
「二つっ!!」
「……!!」
さらに一歩踏み出した。ピアも、次の一撃で決めるべく、右手に力を込めた。
「みっ……つううぅぅぅぅっ!!」
勇儀の最強の一撃が、ピアに向けられた時だった。
「(『????』)」
ピアの中で、何かの声が無意識に聞こえた。そして、ピアが気付いたときには、そこに勇儀が倒れていた。
「(……なんだ?今、何か変な感じが……)」
ピアは自分の中に、今までにない感覚を感じた。それは、そこにあるようで何もない、よくわからないものだった。
「……やるねぇ……」
「……まぁな」
「馬鹿にしてたつもりはなかったんだけどねぇ……いやはや、参った参った」
「……あぁ」
「なぁ、あんた。名前、聞かせてくれないかい?」
「……ピア・デケム」
「そうか、ピアか……。ピア……あんたはいける口かい?」
「……もちろんだ」
「それじゃあ……付き合っておくれ」
「あいよ」
「これは……」
さとりの目に飛び込んできたのは、荒れ果てた旧都だった。建物は吹き飛び、地面も滅茶苦茶に割れていた。
「ひどい……どうしてこんなことに……」
さとりが見て回っていると、ヤマメとキスメが駆け寄ってきた。
「あ、さとり様!」
「さとり様、なぜここに?騒動、気づいた?」
「黒谷さん、キスメさん。いったい何が起きたのですか?」
「は……博麗の巫女の使いのピアさんに、勇儀が本気になっちゃったみたいで……」
「殴り合い、すごかった。みんな、避難した」
「そうですか。……わかりました。星熊さんは?」
「あっちです」
「殴り合い、終わった。どうなったかは、わからない」
「では、私が見に行きます。黒谷さんは土蜘蛛たちを集めて、旧都の復旧をお願いします」
「わかりました!」
「キスメさんは、けが人がいないかを見てきてください」
「わかった。パルスィに手伝い、させる」
「お願いします」
的確な指示を出し、さとりは再び歩き出した。
「さとり様ぁ―!!」
「……!お燐ですか」
お燐が地上から戻ってきた。彼女の隣には黒い羽に白いマント、さらに制御棒を右手に装着した少女がいた。三人は歩きながら話をした。
「ご苦労様です、お燐。……さて、お空。歩きながらで構いません。どこで何をしていたかを、ちゃんと報告しなさい」
「あぅ……」
お空と呼ばれた少女、『霊烏路空』は右腕の制御棒を外し、指をもじもじとさせながら答えた。
「えっとね……鴉のおねーさんから新聞をもらって……博麗の巫女の使いって人に会いたくなって……地上にいました」
「あなたが地上に出てしまったら、灼熱地獄跡の温度調節の仕事はどうなるのですか?誰が管理をするのですか?」
「うにゅぅ……ごめんなさい……」
「……あなたの代わりはいないのよ、お空。だから、あなたにきちんと仕事をしてほしい、自分に課せられた仕事に誇りを持ってほしい……それが私の願いなのです」
「さ、さとり様……!」
「これからも……よろしくお願いするわ。お空」
「さとり様ぁ―っ!!」
さとりの慈悲深い優しさに、お空は大号泣を始めてしまった。さとりは泣きつくお空の頭を撫でてあげた。
「ごめ゛んなざい゛!ごめ゛んなざい゛っ!も゛うじま゛せんっ!!」
「泣いてはだめですよ、お空。反省しているなら、今後もきちんと管理をお願いできますね?」
「は……はいぃっ!!」
「あっ!さとり様、あれっ!!」
お燐が指をさした方を見ると、そこには勇儀と酒を飲むもう一人の人間がいた。
「……あの人間でしょうか。お空。あの人は新聞の写真と同じ人ですか?」
「あ……あーっ!!新聞に載ってた人ぉー!!あの人だよ、さとり様っ!!」
「……わかりました。行きましょう」
さとりは徐々に二人に近づいていった。
「あっはっはっ!!それで博麗の巫女に仕えているのかい?ピアって、見た目と違って義理堅い男だねぇ!!」
「それを言われたらすっごく痛いんだが……間違ってはいない」
「ふふっ。ピアと全力で戦えたこと、一生の思い出になりそうだ。またいつか、手合わせできないかねぇ?」
「俺は構わんぞ。何度でも相手になってやる」
「あっはっはっ!力だけじゃなく酒も強いっ!鬼にとっちゃあ、このうえなく最高の男だねぇっ!!なんだか惚れちゃいそうだよ!!」
「おいおい、マジか?」
「あの……」
後ろから声を掛けられ、二人は振り返った。
「おや、あんたはさとりさんじゃないか?どうかしたのかい?」
「どうかしたじゃないですよ。星熊さん、こんなに暴れまわってしまって……黒谷さんたちに、あとでお礼を言っておいてくださいよ?」
「アハハ……面目ない。いやぁ~、久々に本気になれたもんでさぁ。つい嬉しくて……」
「はぁ……。それで、あなたが星熊さんを本気にさせた人間ですか?」
「……君は?」
「初めまして。私は『古明地さとり』といいます。この先にある地霊殿で、この地底全体の管理をしています」
「……古明地さとり」
「さとりさんはね、人の心が読めるんさ。覚り妖怪だからね」
「なるほど……」
ピアは能力を使って、さとりの能力を効かないようにしようとしてやめた。そもそも、この男に心など存在しない。
「(読まれるような心も、持ってなかったな……俺)」
「……?どうかしましたか?」
「あぁ、いや。何も。俺はピア・デケムだ」
「ねぇねぇ!!お兄さんって、新聞に載ってた人だよね?!私、『霊烏路空』!!みんなからは『お空』って呼ばれてるよ!」
「そうか……よろしく、お空」
「あ!あたいはお燐。『火焔猫燐』っていうんだ!よろしくね!」
「よろしくな、お燐」
「二人とも、いきなり名乗っては失礼でしょう」
「あっはっはっ!まぁまぁ、さとりさん。ここは大目に見てやんなよ。あの新聞を見た誰もが、コイツに会いたくて仕方がなかったのさ!な、ピア」
「……そうですね。私も、噂程度ならお伺いしてました。よろしくお願いします、ピアさん」
「よろしく」
「(さて……星熊さんと渡り合うあなたは……何を見せてくれるのかしら?)」
さとりはピアの心を見ようと、第三の目に手をかざした。
「(えっ……?)」
しかし、そこには何も映らなかった。何も見えず、何もない。そんな闇のような真黒な世界が広がっていた。
「(心が……読めない?!)」
「どうした?心を読もうとしてるなら、やめることをお勧めするぞ」
「!?」
さとりはピアの顔を見た。ピアは特に興味がなさそうな顔をしていた。
「……どうして?」
「俺には能力を無効にする程度の能力があるんでね。そいつで効かなくしてるんだよ」
「能力を……!?そんな力が……」
「(本当の理由は別にあるんだけどな……話す必要もないか)」
さとりはピアの能力について思考を巡らせていたようだった。しかし、今のピアにはそれを待つつもりはなかった。
「それよりも……だ。さとり、地下からまた間欠泉が噴き出して、博麗の巫女が怒っていたぞ」
「……お空」
「はい……」
「今すぐ灼熱地獄跡へ行きなさい」
「わかりました」
お空はさとりに言われるままに、飛んで行った。それを見送った後、さとりはピアの方へ向き直った。
「申し訳ありません。私のペットの監督不行き届きが原因で……」
「いや、これで解決したならオッケーだ」
「お詫びと言ってはなんですが、あなたを地霊殿へ招待します」
「いいのかい?」
「はい。ぜひ地霊殿でゆっくりしていってください。旧都の修復は、こちらでやっておきますので」
「あぁ、ありがとう。それじゃあ、お邪魔しようかな」
「地霊殿はいいところだよ!あたいは新聞を読んだ時から、ぜひピアさんと話がしたいって思ってたんだ!」
「そうなのか。じゃあ、俺が住んでた世界のこととか、いろいろと話してやるよ」
「私も聞いてみたいですね。ご一緒してもいいでしょうか?」
「あぁ、大丈夫だ」
勇儀との一件を終え、ピアは地霊殿に招かれることとなった。
ふわり。
と、三人が通り過ぎた道に、少女が降り立った。
「ふぅ~ん。お姉ちゃんが心を読めない人間かぁ~。どんな人なんだろう?なんだかワクワクするなぁ~!」
少女は瞳を閉じた青い第三の目を、優しくなでながら消えていった。
一方、博麗神社では霊夢と萃香が畑を耕していた。
「いやぁ~、こうしてみるとピアのありがたみがよくわかるねぇ~霊夢?」
「うるさいわね……別に感謝してないわけじゃないわよ」
「うぅん?最近いろんなところでちやほやされているピアに、焼きもちでも焼いているのかな?」
「やっ……焼きもちなんか!!」
「ねぇ、竜宮の使い?正直ピアのことどう思う?」
萃香は衣玖に話を振った。天子と一緒にお茶を飲んでいた衣玖は、う~ん、と考えてから言った。
「そうですね……素敵な殿方だと思います。総領娘様にも手加減をなさってくれましたし、気遣いがとってもお上手な方だと思います」
「ふんっ!あんな奴……地底から戻ってきたら、即コテンパンにしてやるんだから!!」
「総領娘様……まだ懲りてないんですか?」
「あっ……う、うそうそっ!!天界に案内してあげようかな~とか思っただけ!!」
「それはそれは……素晴らしいことですね」
「あ……あはは……」
天子に念入りに注意したところで、衣玖は話を戻した。
「そうですね……総領娘様ではありませんが、ぜひピアさんには天界に来てほしいですね。私としても、総領娘様のお相手をしてくださると喜ばしいのですが……」
「だってさ。霊夢、ピアはどこに行っても人気者だねぇ~」
「だから何よ……。私には……関係のないことだし……」
「おやおや~?関係ないなら、地底で勇儀たちと宴会をやってても問題ないんだね?」
「なっ!ちょ、宴会なんて認めないわよっ!!そんな、勝手にやるなんて!!」
「例えば、だよ。たとえ話にムキになって答えるとは、霊夢にしては珍しいねぇ~」
「う、うるさいっ!萃香は黙って畑を耕すっ!!」
「はいはい。……ん?」
「……?どうしたの?」
「ずいぶんと殺気がだだ漏れだねぇ?そんなにピアが嫌いかい?……紫」
「えっ……?」
萃香に言われて、紫が隙間から姿を現した。紫からは霊夢や天子にもわかるほどの殺気が感じ取れた。
「……地上の妖怪が、ずいぶんと殺気立ってるじゃないの」
「天人は黙っててちょうだい。これは私と霊夢の問題よ」
「な……なんですって……!」
「天子、黙ってて」
「……!霊夢!!」
霊夢は鍬を置き、紫の前まで歩み出た。紫の冷徹なまなざしに対し、霊夢は負けじと睨み返す。
「……で、何の用かしら?」
「ピア・デケムの引き渡し……いい加減、受け入れる気になったかしら?」
「何度も言わせないで。私はピアを渡す気はないわ!」
「……そう、残念ね。あなたなら理解してくれると思ったのだけど……」
「それは無理な相談ね。紫……なんでそこまでしてピアを手に入れようとするの?」
「……幻想郷を守るためよ」
「一体何から守るっていうの?ピアの力があれば、幻想郷を守れるっていうの?」
「霊夢……私は以前にもいったはずよ。彼が幻想郷を滅ぼすと。どうしてそれがわからないの……?」
「わかるわけないでしょ?あいつはどこからどう見たってただの人間……もとい悪魔よ?それがいきなり“幻想郷を滅ぼす”って言われたって、信じられない。信じられるわけがない!」
「それはそうだねぇ~」
二人の会話に萃香も混ざってきた。萃香は瓢箪の酒を飲むと、声のトーンを一気に低くした。
「紫……それは私も信じられないねぇ……。あいつはそんなことをするような人間じゃない。鬼の名義に誓って、そう言わせてもらうよ」
「萃香……幽々子に続いてあなたまで……」
「……?どういうことよ?説明しなさいっ!紫!!」
「…………」
紫は黙っていた。このまま黙秘を続けるのかと思ったが、紫は話し始めた。
「……私の目的……それは、ピア・デケムの抹殺よ」
「……え?」
霊夢は自分の耳を疑った。ピアの抹殺。紫は確かにそう言ったのだ。
「本気なの……紫?」
「……本気よ」
「なんで……?なんでそんなことを……」
「決まってるじゃない。幻想郷を守るためよ」
「嘘よっ!!紫がそんな……」
「本当よ。本来なら、幽々子の能力で殺す予定だったんだけどね……幽々子の裏切りは、私も想定外だったわ」
「…………!!」
「だから次は山の上の神に吹き込んでやったわ。“幻想郷を滅ぼす力を持った悪魔がいる。幻想郷が滅べば、早苗の居場所もなくなる”……とね」
「まさか……神奈子がピアをやたら嫌うのは、全部あんたのせいなのっ!?」
「……その通り。しかし、所詮は山の神ね。彼の世界にいるという、全知全能の創造神でなければダメかしら?」
「……紫ぃっ!!」
霊夢はスペルカードを取り出した。
「霊符、『夢想封印』!!」
夢想封印は紫にまっすぐ飛んで行き、爆発した。
「霊夢……」
「霊符、『夢想封印 散』!!霊符、『夢想封印 集』!!神霊、『夢想封印 瞬』!!」
「ちょ、霊夢……」
「散霊、『夢想封印 寂』!!回霊、『夢想封印 侘』!!霊符、『夢想封印 円』!!」
「霊夢、やりすぎ……」
「神技、『八方鬼縛陣』っ!!」
「…………」
萃香は何も言わなかった。煙が晴れた場所には、紫はすでにいなかった。
「……ふざけてる……!!」
「霊夢……」
「だってそうでしょ?!あのピアが幻想郷を滅ぼすって言われて信じる?紫が殺そうとしたって聞いて信じられる?!」
「霊夢……!」
「あいつを雇ったのは私よ!!だからあいつは私のものよ!!魔理沙もレミリアも、幽々子も早苗もわかってないっ!!私が……私がっ!!」
「落ち着きなよ、霊夢っ!!」
パンッ!
萃香に頬をはたかれ、霊夢は我に返った。萃香もいつになく真剣な顔をしていた。
「……紫がピアの命を狙ってるのは、本当だろう。ただ、問題なのは“何故命を狙うのか”でしょ?今の私たちには、それがまったくわからない状態なんだ。今ここで焦ってもしょうがないよ。ピアには心当たりはないだろうし……こっちから探るしかないだろうね」
「……なんかすごいことになってるわね……」
「天子……」
「霊夢……私も協力する。ちょくちょく地上に降りてきて、なんとか調べるから。……衣玖、いいわね?」
「はい。総領娘様の仰せのままに……」
「ありがとう、天子」
霊夢は空を見上げた。山の向こうには大きな入道雲が見える。
あたりからは静まり返っていた蝉が、再び鳴きはじめた。
今はピアを待つことしかできない。
とにかく無事に帰ってくることだけを、今は祈り続けた。