今回はピア君の中の人の話です(中の人はいたんです)
では第十七章どうぞ!
~数百年前~
荒れ果てた大地、見る影もない自然、そこらじゅうを漂う瘴気。ここは魔界。人間界から恐れられ、神界からは敵視されている闇の世界。その魔界の大地を、一人の悪魔が歩いていた。
「うぅ~!これはいい頭蓋骨だなぁ!魔王様に献上すれば、盃として重宝してくれるかも!楽しみだなぁ~!」
その悪魔の名は『ヒューイ』。魔界を統べる王、ディザスター・ガールードに仕える悪魔で、今は盃にふさわしい人間の頭蓋骨を探していた。
「~♪~~~♪……ん?」
骨を探していたヒューイは、骨以外の物を見つけた。それはどこからどう見てもただの人間の女だったが、少し様子がおかしかった。
「……何だこりゃ?人間が封印された状態で、魔界に流れてくるなんて……。珍しいや!これも魔王様に献上しようっと!!」
ヒューイは女性を軽々と持ち上げると、そのまま魔王城へと帰っていった。
魔王城に着いたヒューイは、玉座の間へと向かった。衛兵から許可をもらい、部屋へと入っていった。
「魔王様っ!面白いものを見つけましたぁー!!」
「やかましいっ!ヒューイ!貴様……ディザスター様に向かって、馴れ馴れしいぞ!!」
ヒューイを怒鳴ったのは、“魔王の半身”の異名をとる、親衛隊長の『ディス』だった。その隣には、“魔界頭脳”と呼ばれる策謀家、『クェルド』もいた。
「まぁ待て、ディスよ。……どれ、ヒューイ。何を見つけたのか、我に申してみよ」
「はい、クェルド様!魔界に封印されていた人間を見つけました!」
「ふむ……魔界に封印、とな。ヒューイ、見せてはくれぬかの?」
「はい、コイツです!」
ヒューイは先程運び込んだ人間を見せた。それを見たディスは吐き捨てるように呟いた。
「ふん……人間(そと)の女(ネコ)か。そんな女(ネコ)、さっさと切り捨てろ」
「まぁ待て、ディスよ。はやるでない。……さて、いかがなさいますかな?魔王様……」
クェルドは後ろを振り返り、玉座に座っている男『ディザスター・ガールード』へと意見を求めた。
「……ヒトより見放され、現を追われ流れ着いた女(ネコ)など……余が下すまでもなし。……捨てい」
「お待ちを、魔王様。魔界に封じられしヒトは過去に例がございませんゆえ。ここはひとつ、このクェルドにお任せを……」
「いらぬ。所詮はヒトよ。いずれにせよ……朽ちるが運命(さだめ)よ」
「そうおっしゃらずに……ほれ、このとおり……」
「クェルド……貴様、余に意見するか?」
「いえいえ、決してそのようなことは……」
「……よかろう。旧知の身に免じ、女(ネコ)は任せる。ただし……」
「承知しております。おかしな真似をすれば、即座にこやつの魂を魔王様に……」
「……よい。封を解け」
「はっ……」
クェルドは人間にかけられている封印を解いた。封印から解放されると、人間はすぐに意識を取り戻した。
「う……ん……。こ……ここは……?」
「おう、起きたか人間。ここは魔界だ。お前は封印されたんだってさ」
ヒューイが説明すると、人間はあたりを見回すように首を動かした。
「魔界……?では、私は……」
「ここで死ぬ」
「ディスよ。だから待てと言うておろうに……。さて、人間よ……ぬしは生きておるか?」
「生きて……います……」
「さようか。ならば、ぬしは魔界の存在は知っておったか?」
「知っています……それなりに……」
「さようか。ぬしは我らが魔王、ディザスター様の名のもとに生かされておる。ぬしが我らに抗う術など、もとよりなし……。さて、どうする?」
「ディザスター……?」
「貴様っ!魔王様の名を軽々しく……!!」
「よい、ディスよ。言うでない」
「……!は、ははっ!」
ディザスターに制止され、ディスはおとなしくひきさがった。ディザスターはゆっくりと人間の方へと顔を向けた。
「……名乗れ」
「あ……。聖……白蓮です……」
「…………」
白蓮と名乗った人間を、ディザスターはしばらく眺めるような目で見ていた。やがてディザスターは立ち上がり、白蓮の前まで歩み出た。そのまましゃがみこむと、白蓮のあごを軽くと持ち上げ、顔がよく見えるようにした。
「…………」
「…………」
やがてそれもやめると、再び玉座に腰掛けた。しばらく考えるような素振りを見せていたが、やがてディザスターは決定を下した。
「……女(ネコ)よ。許す……我がもとへ下れ」
「なっ……!魔王様、よろしいのですか!?」
「我が良いと言うたのだ……。ディスよ……まだ何か言うか?」
「い、いえ……魔王様の仰せのままに……」
ディスを再びさがらせ、白蓮に近くに来るように指で合図した。白蓮はそのまま導かれるように、ディザスターの近くに近づいていった。
「よい。他はさがるがよい」
「ははっ!!」
「仰せのままに……」
「了解です」
三人は命令通りに部屋から出ていった。二人っきりになった白蓮は、ディザスターに訊ねた。
「あの……なぜ、私を……?」
「なぜ、ソレを聞く?知ったところで、貴様に何ができる……」
「いえ、ただ……お礼を言いたくて……」
そう言った直後、ディザスターは白蓮の首を片手で締め上げた。
「う……ぐっ……!」
「礼……?何を寝言を抜かすか。余が貴様を救うた覚えはなし……。いつ死ぬとも知れぬ貴様の命……この手で摘み取ることもたやすい……」
「あっ……かはぁ……!」
「が……余が貴様を生かすは、ヒトに忌み嫌われるがゆえ……忘れるでないわ」
ディザスターは手を離した。白蓮は何度か咳き込み、何とか呼吸を整えた。何とか顔をあげたが、ディザスターは白蓮を見ていなかった。
「はぁ……はぁ……。す……すみません……」
「……ヴェイン」
「はっ……」
魔王が名前を呼ぶと、別の悪魔が現れた。『ヴェイン』と呼ばれた悪魔は素早く膝をつき、魔王への忠誠を示した。
「ディザスター様。お呼びでございますか?」
「女(ネコ)に部屋をよこせ。躾は貴様とクェルドでするがよい」
「仰せのままに……」
ヴェインは立ち上がると、白蓮の方を見た。
「女(ネコ)。来い」
「は、はい……」
ヴェインは白蓮を連れて部屋を出ていった。ディザスターは一人になった部屋で、そのまま眠りについた。
ヴェインに案内されている白蓮は、ヴェインに様々な質問をした。
「あの……私は一体……」
「どうなるか、か?知らん。そもそも、あのひとが人間(そと)の女(ネコ)を拾い、部屋を与えることそのものが有りえんというに」
「“ネコ”?」
「貴様のような女のことだ。男はイヌで、女はネコ……分相応だ。奴隷にはふさわしい呼び名だ」
「私も……奴隷なのですか?」
「……残念だが、どうやらそうではないらしい。俺としては、そうあってほしかったがな」
「…………」
白蓮が黙り込んだので、今度はヴェインの方から質問をした。
「実にどうでもいいことだが……報告によると、お前は人間たちの手によって、この魔界に封印されたそうだな?ふん、哀れだな。同族に裏切られて、さぞかし憎かっただろう?」
「いえ……そんなことはありません」
「強がるな。人間なんてものはそんな動物だ。天使の皮をかぶっただけの、ただの悪魔も同然だ。俺たちと同じだよ」
「そんなことは……」
「いいや、一緒だよ。自分のためなら、仲間だって平気で裏切る。些細な嘘だって何度もつく。結局は自分の身が一番かわいいのさ」
「違います!」
白蓮は力強く言い返した。さすがにヴェインも驚いたが、それでも冷静に言い返した。
「違わないさ。お前の視野は随分と狭いんだな。長所だけを取り上げて、短所を隠した自己紹介で他人はその人間のすべてを知った気になっている。お前も同じだよ。そこらへんの悪魔と変わらな……」
「ですが……逆もまた然り……」
「……何?」
白蓮は強いまなざしをヴェインに向けた。輝きを失っていない瞳に、ヴェインは圧倒された。
「あなたは……人の悪いところばかりしか見ていません。闇ばかりが、人の心ではないんです!あなたこそ、人の短所しか見ていないのではなくて?」
「ぐっ……。貴様……調子に乗るなよ……!」
「私は負けません。たとえ人間に裏切られようと、悪魔に襲われようと、私は決して逃げたりはしませんっ!」
「…………」
ヴェインは何も言い返せなかった。これまで様々な人間が流れ着いてきたが、白蓮のような人間は初めてだった。
「……忠告する。今の言葉……絶対に魔王様の前で言わないことだ。……死にたくないならば……な」
「……ありがとうございます」
「……ったく、礼を言われるとは……。俺たち魔族も世も末だな……」
そして部屋へたどり着いた。ヴェインは白蓮を部屋に入れると、さっさとどこかへ去っていった。一人部屋に取り残された白蓮は、先ほどまでの態度からうって変わり、ベッドに顔をうずめて涙を流した。
「あぁ……村紗、一輪、雲山、星、ナズーリン、ぬえ……。私は……」
「…………」
一通り話し終えた白蓮は、そのことを思い出しながら胸に手を当てた。
「……これが、私があの人と出会った時のこと。あの人は……人間である私を生かし、復活するまで共に生きることを許してくれたんです……」
「なるほどね」
「私は……初めは恐れていたあの人に、次第に惹かれていきました。……悪魔を好きになる人間なんて、珍しいかしら?」
「いや……それは……」
白蓮の話を聞いたピアは、自分の世界の神のことを思い出していた。生きるものならば、悪魔でも愛する。ピアにとって、そんな存在は許されるものではなかった。
「私が復活する直前、あの人は言ってくれました。“いずれは人間界にも姿を見せる”、と。私は彼を待ちました。ですが……あの人が現れることはなかった」
「…………」
「私は……彼は死んでしまったのではないか?私と同じように、封印されてしまったのではないか?そう考えるようになっていました。でも、あなたが……ピア君が、私の前に現れた」
「…………」
「新聞を見て、博麗の巫女の使いが魔王であることを知り、私はもしかしたらと思いました。あの人が……幻想郷に来てくれたのだと……そう思いました」
「…………」
「ピア君……私にもう一度、あの人に会わせてはもらえないでしょうか?きっと、あなたの中にあの人がいるはずだから……」
「それは……」
「ピア君……」
二人が話をしている中、その様子を陰で見ている者たちがいた。白蓮を慕う妖怪、村紗水蜜、雲居一輪、そして封獣ぬえの三人だった。三人はひそひそと声が漏れないように話し合っていた。
「ねぇねぇ!聖と話をしてる人って、新聞に載ってた悪魔ってやつよね?」
「そうみたいね。でも、悪魔ってたしか……魂を取ったりするって、人里にある本に書いてたよ。聖……大丈夫かなぁ?」
「大丈夫よ。村紗もぬえも、あの人の話をしている時の姐さんの顔を知ってるでしょ?あんなに幸せそうな姐さんは、初めて見たわ」
「私、知ってるよ!その人って、聖の初恋の人なんだよ!」
「ちょっと、なんでぬえが知ってるのよ!?私たちだって知らないのに!」
「えっへっへ~。聖にこっそり教えてもらったんだぁ。悪魔だけど、心は人間と同じだったって、よく言ってたよ」
「そうなんだ……」
水蜜と一輪が納得していると、後ろから雲山が声をかけた。
「これ、おぬしたち。あまり人の話は盗み聞くものではないぞ。聖殿に失礼じゃ」
「雲山、ちょっと黙ってて。話が聞こえないわ」
「…………」
雲山が注意してもまったく聞かず、三人は盗み聞きを続けた。
「それは……無理だ」
「えっ……?」
「無理だと言った。その魔王は確かに俺の中に封印した。だが、長い年月をかけて、魔王の意思は俺の意思に溶け込んで、今はもういない。死んだってこと」
「そ……そんな……!」
「本当だよ。だから……今の魔王はヤツじゃない。この俺だ」
「…………」
白蓮はうなだれてしまった。しかし、ピア自身は悪びれる様子はまったくなく、そのまま続けた。
「だから、お前が惚れていた魔王は、とっくの昔に外の世界で滅んだんだよ。残念だったな、もう会えなくてさ」
「……確かに……あの人にはもう会えません……。ですが……」
白蓮は顔をあげた。彼女はまったく悲しんではいなかった。
「ですが……あの人の優しさは、今の魔王の代まで受け継がれていることがわかって……すごく嬉しいです」
「なに!?」
ピアはただただ驚いた。今の白蓮は、あの神と同じことを言っている。それがピアにとって驚きであり、同時に脅威でもあった。
「(こいつは……!!あいつと同じことを!?)」
「たとえピア君がそれを否定しても……私の手紙を読んで、ここに来てくれたこと……。それが、立派な証になっていますから……」
「…………!!」
「ありがとう……ピア君。また……あの人に会えた気がしたから……」
「くぅ……」
今の自分に、感謝される価値があるのか。魔王であり、稀代の殺戮者である自分が、異世界で感謝されるようなことがあってもよいのだろうか。裁かれ、罰を受けるはずの自分が、誰かに愛され、敬われるなどあってはならないのだから。
「それは……ちg」
「うわぁっ!?」
「きゃあ!」
「わぁっ!!」
ピアが白蓮の言葉を否定しようとした時、盗み聞きをしていた三人と雲山が部屋になだれ込んできた。
「なっ!?」
「む……村紗!?こんなところで何を……?」
「あ、その……違うんだよ、聖!別に、覗いていたわけじゃなくて……」
「“覗いていた”?」
「あ、あの!姐さんが人を呼ぶっていうから、どんな人なのか気になって……」
「い、いたずらをしようとか、そんなこと全然考えてないよ!?聖のことが心配で、それで……」
「聖殿……申し訳ない。皆に盗み聞きをやめるよう言ったのだが……」
「みんな……」
「白蓮、その子たちは?」
「私を慕ってくれる、頼もしい家族です。皆さん、自己紹介を」
聖にそう言われ、四人は自己紹介をした。
「初めまして。『村紗水蜜』です。よろしく」
「私は『雲居一輪』。こっちは『雲山』よ。よろしくね」
「ピア殿、よろしく頼む」
「私……『封獣ぬえ』」
「ぬえ、人見知りしないの!」
「だ……だって……」
「よろしくな、ぬえ」
「あ……あぅ……」
ぬえは人見知りらしく、一輪の陰に隠れてしまった。しかし、一輪はぬえの後ろに回り込み、その背中を押してあげた。
「ちょ!?一輪!!」
「ほら、ぬえ。恥ずかしがってちゃダメでしょ?」
「でも……一輪……」
「大丈夫よ。この人は優しい人だから……そうでしょ?姐さん?」
「……!えぇ、その通りよ」
「ちょ、お前……」
ピアが何かを言おうとしたが、白蓮はそれを無視してぬえに言った。
「この人はね、私が愛した人の子孫なの。だから……大丈夫よ、ぬえ」
「誰が子孫だよ……」
「う……うん」
聖に励まされ、ぬえは一歩前に出た。
「あ……あのさ……」
「ん?」
「いきなりだから、変な奴だって思うかも知んないけど……“兄貴”って呼んじゃダメ?」
「ん~……?えっ、はぁ!?」
ピアは驚いた。なぜ幻想郷で三人の少女から兄呼ばわりされなければならないのか。とにかくピアは理由を聞いた。
「いや、あのさ……それってどういうこと?」
「えっと……その……」
ぬえが口ごもっていると、水蜜がポンッ、と手を叩いた。
「あっ!もしかして……」
「村紗、心当たりあるの?」
「うん。一輪が聖のことを“姐さん”って呼んでるのが羨ましいって、前にぬえが……」
「あーっ!村紗それを言わないでぇーっ!!」
「そんなことだったの?ぬえ、本当?」
「あぅ……。だって……なんか家族みたいでさ……。ちょっと……羨ましくって……」
「俺は別にかまわんぞ」
ピアがそう言った途端、ぬえが驚いた顔をして振り向いた。
「えっ?本当!?」
「呼びたいなら好きにしろよ。俺は何も気にならんからな」
「ほ……本当に?……やったー!じゃあ、これからもよろしくね!兄貴!」
「(はぁ……なぜこうなった……)」
結局ぬえにも“兄”と呼ばれることになった。ピアは少しだけ納得できなかった。
「ピア君」
聖が話しかけてきた。ピアはそちらの方へと向き直る。
「ピア君でよかったら、私たちと一緒に命蓮寺で修業をしませんか?」
「えっ!?」
「私にとって……ピア君はあの人の息子も同然……。私はピア君のことを守りたいんです。そのこともかねて、一緒に命蓮寺で……」
「いぃやいやいやいや!!ま、待てよ!なんでそういう流れになるんだ!魔王は俺の先代だが、俺はあいつの子孫でも息子でもないっての!!」
「いえ!私にとっては、ピア君は我が子のようなものです!!」
「だから一緒に暮らして守りたいってか?あいにくだが、俺は“博麗の巫女の使い”だ!お前に従うことも、仕えることも出来ない!」
ピアははっきりとそう言った。これで諦めてくれるかと思っていたピアだったが、さすがにそうはいかなかった。
「そうですか……。ですが、私はいつでも待っていますから……。またいつでも来てくださいね」
「お……おう……」
待っている、と言った。それは白蓮自身は、まだ諦めていないということでもあった。先代を知る白蓮は、ピアにとってはとても厄介な存在だった。それでもピアは、白蓮に手を出せなかった。
「(同じだ……あいつと……。あいつ……アベル……)」
人妖魔を問わずに慕われる自分たちの世界の神、『アベル』。
ピアの最大の敵にして、最も苦手な存在だった彼女のことを思い出していた。
大勢の者たちに囲まれ、笑顔に満ち溢れるアベルを、ピアはどうしても許すことが出来なかった。
とりあえずピアは用件を済ませたとして、命蓮寺から帰ることにした。
「ピア君、またいつでも遊びに来てください。私はここで待っていますから……」
「(俺は……できれば会いたくないよ……)」
命蓮寺を出たピアは、そのまま博麗神社へ帰ることにした。
おそらくは、もう何度かここを訪れることになるだろう。
そのたびに白蓮から誘いを受けるのだろうが、ピアは今後も断ることにした。
その意思を示すべく、白蓮に別れを告げた。
「じゃあな、白蓮。この際はっきり言っておくが、あんたは俺の苦手対象だ。もしかしたら、命蓮寺に来るのもこれっきりかもな」
「あら。それならこちらから伺わせてもらいますね、ピア君」
「(うわぁ……。やっぱりだよぉ……俺、この人苦手だわぁ……)」
白蓮は最後まで折れることなく、ピアに別れを告げた。ピアははやく命蓮寺から離れようと、大急ぎで飛んで行った。
ピアがいなくなり、すっかり夜になっていた。霊夢は夕食の準備をするべく、萃香を呼びつけた。
「萃香ぁ、晩御飯の用意するから手伝ってぇ~」
「はいよぉ~」
萃香は霊夢の指示通りにテキパキと仕事をこなした。外の畑から野菜を取ってきた萃香に、霊夢はため息をついた。
「はぁ……日頃からよく働いてくれたらいいのに……」
「なんか言ったかぁ、霊夢?」
「言ったわよ。居候しているだけのあんたが、急に働き始めたから天気が荒れるって」
「おいおい、酷い言い草だねぇ。ちゃんと働いているじゃないか」
「……あんたが働き始めたのって、ピアがウチに来たころからじゃない……」
「そーだったねぇ。いやぁ、あんな色男は滅多にいるもんじゃないしさ。他に男がいたとしても、フラグクラッシャーとか呼ばれているやつしかいないし」
「霖之助さんか……確かにあの人とピアは違うのよね……。なんていうか……ピアは……」
「いいやつだけど、人の好意を好意として受け取らないんだよね。ただの親切心としか思っていない」
「……萃香?」
「だから、そんなピアの飄々とした態度がわずらわしい。かと言って、はっきりと自分の気持ちを伝えても、ちゃんと伝わるかどうかもわからない。最近は距離を置かれているような気がして、余計にイライラする。だからピアを求めてやってくる魔理沙やレミリア、幽々子を追い返すことでストレス発散……」
「もう、やめて……」
霊夢の声がか細くなってきたので、萃香はそれ以上言うのはやめた。
「誰かにとられるのが怖いなら、自分のものにするのも手だよ。まぁ、ピアはあんまりそういうのに縛られるのは嫌そうだけど」
萃香は野菜を洗いながら、少し不安げに言った。
「霊夢。私さぁ……ピアを信じていいものか、悩み始めたんだよね」
「どういうこと……?」
霊夢が恐る恐る聞くと、萃香は一度手を止めて腕を組んだ。
「ピアは確かに嘘をついていない。嘘はついていないんだけど……それが真実かと言えば、そうではないような……」
「何それ……?」
「曖昧なんだよね。白黒はっきりしないっていうか……外では黒くいるのに、たまに白でいることもある。だから鬼である私たちでも、ピアの言うことが嘘かどうか見抜けないんだよ……」
「…………」
「まぁ、いまさら気にすることじゃないよ。……霊夢、焦げてる」
「え……あぁっ!!」
霊夢は慌ててフライパンを火の上からかわした。焼いていた魚がわずかに焦げてしまった。
「あちゃぁ……やっちゃった……」
「その魚は私がもらうから、次のを焼いちゃいなよ?その魚って、ピアが好きなやつだったよね?」
「たしか……“穴子”とか言ったかしら?最近ミスティアが新しく仕入れた魚だって……」
「ピアは魚は穴子って魚の話しかしないからねぇ。多分、これはすっごく喜ぶよ」
「喜ぶ……かな……。えへへ……」
霊夢が楽しそうに穴子という魚を焼いていると、いきなり台所へ天子が入ってきた。
「ちょっと、霊夢!?大変なことがわかったわよ!!」
「何よ……天子じゃない。何の用なのよ?」
「だから!大変なことがわかったって言ったでしょう!?」
「だったら、それをさっさと言いなさいよ。それとちょっと落ち着きなさい」
霊夢にそう言われ、天使は一度落ち着いた。呼吸を整えて、再び話した。
「八雲紫の目的はわかってるわよね?」
「あら?あんたにしては珍しく賢いじゃない?そうよ。ピアの抹殺……紫はそう言ってた」
「そう、それがあの妖怪の目的。でも、本当にそう思う?」
「え……どういうこと?」
「ふっ……やっぱり知らなかったようね」
天子は自慢げな顔をして、霊夢を鼻で笑った。霊夢は湧き上がる怒りを抑えつつ、天子に聞き返した。
「……で、どういうことなのよ?」
「八雲紫の目的は、いろんなところで実行されかけている(・・・・・・・)ということよ。まぁ、ぶっちゃけ未遂みたいなもんね」
「未遂って……どういうことよ!?」
「落ち着いて聞きなさい。あの話の後、私と衣玖は幻想郷中を飛び回って、ピアがまだ訪れていない場所にあらかじめピアの情報を流しておいたのよ」
「そ……そうなの?」
「それはそうとしてさぁ。それでどうにかなったのかい?天子?」
「なるのよ。さすがに鬼にもわからないでしょうね。この比那名居天子の本気ってやつを!」
天子はさらに得意げに笑った。霊夢はもはや天子のことなどどうでもよくなっていた。天子はさらに話を続けた。
「まぁ、八雲紫のせいで、誤解を受けている人もいたわね。特に人里の寺子屋の教師なんかが、歴史を食べて消すようにそそのかされていたわね」
「でも、それを天子が阻止したってこと?」
「当然っ!私がその教師に言ってやったのよ。“子供たちの人気者を消してもいいのか?”ってね!くぅ~っ!かっこいい~私ぃ~!!」
「あっそ……でも助かったわ」
「私が本気になったから、衣玖もいろいろと協力してくれたわ。今は八雲紫の動向を探らせている。すぐに報告があるはずよ」
「天子……あんたって本気になればすごいのね」
「当たり前でしょ?天人をなめないでくれる?」
「いや、私らはどちらかっていうと、天人よりも天子をなめてたね」
「そうね。天子の方だったわね」
「ちょっと!?それ、どういうことよ!」
憤る天子を無視して、霊夢は腕を組んで考え始めた。
「どうしよう……このままじゃ紫がピアを……」
「今はピアの帰りを待とう。ピアには……このことは内緒だね」
「わかってるわよ……」
「……後ろめたいなら、話してやりなよ?」
「でも……ピアは紫に感謝している……。恩人に命を狙われているって知ったら、多分ピアは……」
「なら、話さないことだね。それがピアのためにもなる」
「わかったわ」
「さぁて、晩御飯の続きといこうかねぇ」
「それじゃあ私は、もうしばらく衣玖と一緒に八雲紫の動きを見張っておくわ」
「お願いね、天子」
天子に紫のことを任せ、霊夢は萃香と晩御飯の準備の続きをした。
「ただいまぁ―」
博麗神社にようやくピアが帰ってきた。
ピアがいない間に買ってきたアナゴを見たピアは大興奮した。
アナゴを嬉しそうに食べるピアを見て、霊夢は安堵した。
今この時間だけは紫の行動を気にしなくて済む。
この時間がいつまでも続いたら、霊夢はそう思った。
お気に入り登録本当にありがとうございます
そして読んでくださる方々ありがとうございます
すごく元気がでますm(_ _)m