とある日の人里にめずらしく夜雀の屋台が出歩いていた。とある人物との出会いをきっかけに森の中から出てきたようで、かなり繁盛していた。今日も今日とて、屋台には四人の客がそろっていた。全員が変装しているが、一人は七色に光る羽、一人は青い第三の目、一人は赤と青の二色の羽、一人はすぐ近くを半霊がふよふよと浮いていた。
「……うん、みんなそろってるよね?」
「大丈夫。予定通りだよ」
「今日と言う日をどれだけ待ち望んだか……もう楽しみで仕方ないね」
「あの……」
そのうち、半霊の一人が気まずそうに三人に声をかけた。
「何?」
「あの、私はやっぱり場違いなんじゃ……」
「そんなことないよ!あなたも、私たち“お兄ちゃんを癒し隊”の立派な隊員なのよ!」
「それに、いろいろと調査を重ねた結果……私たち三人のほかに、あの人を“兄”と慕う人はあなたくらいなのよ?ほかの人はなんとなくとか、とりあえずとか、いい加減な理由で呼んでたからね」
「……さて、諸君!コップを持って立ちたまえ!」
七色の合図とともに、全員がコップを手に持って立ち上がった。
「いよいよ明日から出動よっ!明日は明朝、夜明け前にターゲットと接触。ポイントまで気づかれずに連行する!あそこの神社の巫女にバレれば、すべてが終わるだろう……。だが、我々は必ずあの人のために憩いの場を築いて見せる!行くぞぉー!お兄ちゃんを癒し隊、ファイトォー……」
「「おーっ!!」」
「お……おぉー……」
半霊を除いて、全員が高らかに声をあげた。屋台の女将、ミスティアは四人の正体に気付いていたが、あえて何も言わなかった。
翌朝、夜明けよりも早い時間に、ピアは神社の掃除をしていた。なんとなく目が覚めただけだったので、適当に掃除をしたら朝食を作ることだけを考えていた。ピアが朝食に何を作ろうかと考えているそんな時だった。
「お兄ちゃん♪」
「あ・に・き♪」
「あ?」
ピアが呼ばれた声に反応して、振り返ったその直後だった。
「えいっ!!」
「とりゃ!!」
振り返った先にいたのはこいしとぬえで、二人はピアが振り返ると同時に大きな袋でピアを包み込んだ。
「おわっ!?ちょま……ふごふごっ!!」
「ターゲット、確保ぉっ!!」
「ターゲット確保!撤退ぃ!!」
「んぐーっ!んん、んんーっ!!」
暴れるピアを抑えつつ、二人は袋を担ぎ上げると、そのままどこかへ飛び去ってしまった。
「おい、ピア!!いったい何が……って!どこに行ったんだ、ピア!?」
騒ぎを聞きつけた萃香が慌てて飛び出したが、そこにはすでにだれもいなかった。
「……ん、んんう……」
「あ、お兄様?気が付いた?」
「ん……フ、フラン……?ここは……?」
ピアは袋の中で、いつの間にか酸欠で意識を失っていた。ピアが頭をあげて辺りを見渡すと、そこは人里の一軒家だった。人里をすぐに気付けたのは、外から人の声が聞こえたからだ。
「ここは……ここはどこだ?」
「やっほ!お兄ちゃん!!」
「兄貴、気分はどう?」
「あっ、お前ら!いきなり人をさらうとは、いったいどういうつもりだ!?ちゃんと説明してもらえるんだろうな?」
さすがのピアもこればかりは看過できないようで、少しだけ怒っていた。
「ま、まぁまぁ!お兄ちゃん、そんなに怒らないで?」
「怒るよ。で、どういうことかをちゃんと説明しろ」
「あ、あのね?怒らないで聞いてくれる?」
「……わかった。ほら、教えてくれ」
ピアがようやく落ち着いたところで、フランは自信たっぷりに説明を始めた。
「えへへ……あのね、フランたちは……」
「お前たちは……?」
「「「お兄ちゃんを癒し隊!!」」」
「……(;゚Д゚)はぁ!?」
さすがのピアも、この展開には驚いた。さらに、馬鹿丸出しなネームセンスにもやや呆れ果てていた。
「なんだそりゃ……呆れたぜ……」
「呆れないでよ!フランたちは本気なんだから!!」
「そうだよ!日頃から多忙な兄貴のために、私たちが一肌脱ごうって言ってるのに!!」
「あ~……気持ちはありがたいんだが、少しやり方がな……」
「すいません。この方法は私が推奨したんです」
後からコソコソと出てきたのは、妖夢だった。意外すぎる人物の登場に、ピアは言葉を失った。
「なっ……妖夢!?お前まで……?」
「あ、あの……本当にすみませんでした!!私……なんて謝罪をすればいいか……」
「……いや、なんかいろいろと……まぁいいや」
「いいって、どういうこと?」
「この際だから、お前たちの口車に乗ってやると言っているんだ!……というか、腹が減ったな……」
「あ、それなら私が……すぐに作ってきますね、お兄さん」
「あぁ、ありがとう」
「あ、妖夢。フランたちの分もー!」
「わかってますよ、フランさん」
妖夢は笑顔で台所へと向かった。妖夢がいなくなったところで、ピアは話を戻した。
「……それで?なんなんだ、癒し隊って?言葉通りの意味か?それとも卑猥な意味か?」
「卑猥って……期待してたの?」
「してない。いいから説明しろって」
「ぶー……はぁーい」
フランはこいしとぬえと、三人でピアを囲むように座ると説明を始めた。
「あのね……お兄様って、いつも忙しそうにしてるでしょ?だからね、ちょっと仕事のこととか忘れて、ゆっくり休めたらなって思って……」
「それでこんな大それたことを……」
「お兄ちゃんからすれば、大それたことかも……。でも、考えてみてよ?お兄ちゃんを休ませたいって霊夢に言っても、追い返されるだけでしょ?」
「まぁ……確かに」
「兄貴!私たちはね……私たちで、兄貴を休ませてあげたいの!私たちの……やり方で」
「う~ん、でもなぁ……」
ピアが悩んでいると、奥からもう一人姿を現した。アベルだった。
「いいんじゃない?ピア」
「……っ!テメェ、アベルっ!!」
ピアはアベルを見るなり殺意をむき出しにした。するとすぐ近くにいたフランたちが途端におびえ始めた。
「お、お兄様……!?」
「……!!す、すまない。驚かすつもりじゃ……怖かったか?」
「う……うん……」
「ごめんな」
ピアは三人の頭を撫でて、ひとまず落ち着かせた。その後、アベルをきつく睨み付けた。
「アベル……なぜここに?」
「なぜ……って言われても……この子たちがここに……」
「なんだと?」
「前に来たことがあるから知ってると思うけど、ここは紫さんに用意してもらった私と刹那の家なの。でも、刹那が出て言った直後に、この子たちが……」
「だってアベルお姉さま、お兄様のことをよく知ってたから……仲良しなのかなって……」
「……フラン、ありがとう」
ピアはフランにお礼を言って、アベルの顔を見ずに言った。
「……今日一日だけ、ここで世話になる。アベル、台所に妖夢って子がいただろ?あの子の手伝いを頼めるか?」
「……!うん……!!」
アベルはにっこり笑うと、そのままパタパタと台所へ向かった。
「あの人……アベルお姉ちゃんだっけ?お兄ちゃんのことを知ってるみたいだけど……フラン、頼りになるの?」
「うん!大丈夫だよ、こいし!あのアベルお姉さまは頼りになるもん!!」
「そっかぁ。まぁ、フランが大丈夫っていうなら大丈夫かな?ね、兄貴?」
「……あぁ」
ピアは若干気まずそうに答えたが、妹たちはそんなことはお構いなしだった。
「さて、お兄様!肩をもんであげるね!」
「へ?」
「あ!じゃあ私はその後で、お兄ちゃんに耳掃除してあげるね!」
「お、おう……」
「じゃ、じゃあ私……お茶を持ってくる!」
「あ、すまん……」
ぬえはお茶を取りに台所へ、フランはピアの後ろに回り込むと、肩をもみ始めた。
「どう?お兄様?」
「ん……あぁ、気持ちいいな……。お、そこそこ!フラン、上手だな」
「えへへ~、咲夜に頼んで、いっぱい練習したもんねー!」
「咲夜か……今回は余計なことをしていないようだな……」
「へっ?何のこと?」
「いや、何でも……」
「お兄さん、朝食が出来ました」
フランに肩をもんでもらっている間に、妖夢が朝食を作り終えて持ってきた。ぬえもお茶を持って隣に立っていた。
「は、はい、兄貴!お茶を入れてきたよ!!」
「あぁ、サンキュー。お、朝は味噌汁にご飯と、シンプルに来たな」
「あ、お気に召しませんでしたか?お兄さん?」
「いいや、ちょうど俺が神社で作ろうとしていた朝食と同じだ。ありがとう、妖夢」
「そ、そうでしたか……よかった……」
妖夢はホッと安心した。すると、奥からアベルも一緒に出てきた。
「ふふっ……可愛い妹さんたちね、ピア」
「アベルは黙ってろ」
「こら、お兄様!アベルお姉さまにも優しくしてよ!」
「いや、あのなフラン。こいつは……」
「そうだよ、お兄ちゃん。博麗の巫女の使いは、みんなに優しい人なんだよ。なのに、アベルお姉ちゃんだけ仲間はずれにするの?」
「うぐっ……」
「アベルさんはすごくいい人なんだって!いきなり押しかけてきた私たちに場所をくれたんだから!」
「あぁ、もう!わかったわかった!!……優しすぎるから困るんだよ……」
「お兄さん?」
「いや、なんでもない。さぁて、ご飯を食べたらどっか出かけるか……」
「じゃあ、フランはお留守番をしてるね!」
フランが珍しく笑顔でお留守番と言ったので、
「ん?てっきりついてくるもんだと……」
「そのかわり、ぬえと妖夢がお兄さまについていくもん」
「私とフランはお留守番。アベルお姉ちゃんの手伝いをするんだぁ♪」
「あら、ありがとう。こいしちゃん、フランちゃん」
「……ちっ、わかった。またここに戻ってくるよ……行くぞ妖夢、ぬえ」
「はぁーい!!」
「わ、わかりました!!」
「っと!その前に……お兄ちゃん、耳掃除!」
「……そうだった。じゃあ、ちょっと横になるか……」
ピアはこいしの膝の上に頭を乗せ、耳掃除をしてもらった。こいしも耳掃除がとても上手だった。
「……ん。ありがとう、こいし」
「えへへ……お昼寝の時も、枕にしていいよ?」
「……検討は、しておく」
ピアは短く答えると、妖夢とぬえを連れて出て行った。三人を見送ったフランとこいしは、アベルの方へと振り返った。
「ねぇ、アベルお姉さま?」
「お、お姉さま!?」
「アベルお姉ちゃん、お兄ちゃんのことを知ってるんだよね?」
「お、お姉ちゃんって……うん、知ってるよ」
「あのね!お兄さまのことを教えてほしいの!フラン、お兄さまのことをもっと知りたい!!」
「うん!いいよ」
「本当?」
「もちろん!こんな可愛い妹さんに頼まれたら、断れないもんね」
「「やったぁ!!」」
二人が興味津々になる中、アベルは静かに語り始めた。
ぬえと妖夢を連れて歩くピアの姿は、人里ではとても珍しく映っていた。ピアは一軒の八百屋に入った。
「いらっしゃい!……おや、ピアさんじゃあないですか!今日はどうしたんですかい……っと、妖怪の娘も一緒ですかい?」
「すまんな。迷惑なら、すぐにでも……」
「とんでもない!ピアさんと仲のいい妖怪に、悪い奴なんかいやしませんよ!ささっ、嬢ちゃんもゆっくり見ていってくんな!」
「あ、ありがとう……おじさん……」
ぬえはピアの後ろに隠れていたが、店長の笑顔を見て少し安心したようだった。妖夢は言うまでもなく、半分人間なので特に何も言われなかった。妖夢は白玉楼の食料調達も兼ねて一人で見て回るとのことだったので、ピアはぬえと一緒に野菜を見て回っていた。
「兄貴!このキャベツ、美味しそう!!」
「ん?どれどれ……おぉ、かなり新鮮なやつだな!ぬえ、偉いぞ」
ピアはそう言ってぬえの頭を撫でてあげた。ぬえは心から嬉しそうな笑顔を見せた。
「えへへ……兄貴に褒めてもらえちゃった!」
「おいおい、ピアさん!こんな可愛い妹さんがいるたぁ、あんたも隅に置けないねぇ!」
「うっせぇぞ、店長!とりあえず、このキャベツは買うぞ」
「いやいや、そいつはサービス!!持って行ってくんなせぇ!」
「いや、流石にそれは……」
「いいですから!その可愛い妹さんに免じて、サービスしときますよ!!」
「はぁ……。まぁ、いただくとしようか。妖夢、そっち用の買い出しは済んだか?」
「はいっ!先ほど済ませたところです!」
「そうか。悪いな、店長。また来るわ」
「あいよ!毎度ありぃ!!」
三人が店を出たあと、店長は小さくため息をついた。
「……はぁ。アベルに頼まれて先回りしたのはいいものの……。こんなことを、あと何回やらされるんだか……。さて、次へ行くか」
店長は脱いだ帽子から露わになった白銀色の髪をいじりながら、同じく店を出て行った。
八百屋を後にしたピアたちは、その道中で八目鰻の屋台を見つけた。
「あれは……穴子の屋台ぃっ!!」
「鰻です、お兄さん」
「待てええぇぇぇっ!待ってくれええぇぇぇっ!!」
「ちょ、兄貴!?」
ピアは何かにとりつかれたように、ものすごい勢いで屋台を追いかけた。ぬえと妖夢は呆然としていたが、急いでピアを追いかけた。屋台は止まっており、女将のミスティアと妹紅がいた。
「ありゃ、妹紅?なんでこんなところに?」
「それはこっちのセリフだよ。あんなすごい勢いで迫ってくるなんて、一体どうしたっていうのよ?」
「いや、それはだな……って、妹紅、それはなんだ?」
ピアは妹紅が持っていた、土嚢のような大きさの袋を指した。妹紅が袋の中を見せると、そこには竹炭が大量に入っていた。
「炭?」
「そう、炭よ。私は女将に炭を売っているのよ。少しは力になりたくてね」
「妹紅さんのおかげで、本当に助かっているんですよ。ピアさんもどうですか?」
「いや、そんなことよりも穴子をくれ」
「……ピア、なんか目がすごく怖いんだけど……」
「そんなことはないぞ?俺は至って普通だ」
普通といったピアの目は、まるで獲物を目の前に捉えた獣の目をしていた。ミスティアはにこりと笑うと、穴子を数匹ほど箱に詰めて渡してくれた。
「はい、穴子です」
「ひゃっほぉぉい(*≧∀≦*)!!穴子ゲットだぜえぇぇっヾ(*´∀`*)ノ!!」
穴子を手に入れたことにより、ピアは狂喜乱舞した。
「……まるで子供だね。穴子だけでこんなに素直に喜ぶなんて……意外な一面を見たかも」
「私も……です」
ピアは喜びながら、穴子を持ってぬえ達と合流した。
「ぬえ!妖夢!見ろよ、穴子だぜぇ!」
「あ、本当ですね!でも、よかったんですか?これって売り物じゃあ……」
「何を言う。これはもう貰った物なのだ。今更返すのは相手に悪いのだ」
「……お兄さん、初めから返す気がないですよね?」
「ないぜ( ̄― ̄)bグッ!」
「あぁ、やっぱり……」
妖夢は諦めて現状を受け入れることにした。穴子とキャベツをタダで手に入れたピアは、昼食について考え始めた。
「(さて、昼は何にしようか……。せっかく穴子が手に入ったんだから、こいつを盛大に使ってやらないとな!ん~っと……)」
「……っ!お兄さん、あれをっ!!」
「あ?」
妖夢が指示した場所へ目をやると、アベルが五人ほどのゴロツキに話しかけられて、困っているようだった。しかし、相手がアベルだったので、ピアは無視をした。
「……あんなやつ、そのまま拉致されて監禁されて強姦されたらいい」
「そんな……どうしてそんなひどいことが言えるんですか!……いいです!私だけでも助けに行きます!!」
「おいっ、妖夢!!」
ピアの制止を振り切り、妖夢は荷物をぬえに預けると走り出した。
「……兄貴……。妖夢、剣も持たずにどうやって……」
「…………」
「へへっ!君、すごく可愛いねぇ!俺たちと一緒に遊ばないかい?」
「あの、気持ちは嬉しいのですが、今は急いでいるので……」
「いいじゃんかよ!おたくにいい夢見させてやろうって言ってんだよ、素直に付いて来なよ?」
「あ、あの……通れないんですけど……」
「本当に可愛いねぇ!怪我はさせたくないから、おとなしく……」
「待てぇっ!!」
「あぁ?いったいなn……へぶっ!!」
アベルに言い寄る男の一人に、妖夢の飛び蹴りが見事に炸裂した。
「アベルさん!大丈夫ですか!?」
「よ、妖夢さん……」
「いってぇな……。おいおい嬢ちゃん、いきなり蹴りなんかしたら危ないだろ?」
「この人に手を出すな!私が相手になるぞ!!」
「ほ~、コイツは勇ましい……。だが、丸腰でどうやって俺たちとやるっていうんだい?」
「くっ……!」
男たちは大笑いをした。妖夢は家に刀を置いてきてしまっていたのだ。それでも妖夢は逃げる素振りを見せずに、構えをとった。
「だったらどうした……?女だと思って油断していると、痛い目を見るぞ!!」
「そうかい。だったら……見させてもらおうじゃねぇか!!」
男の一人が殴りかかったが、妖夢はすばやく懐に飛び込んで掌底を放った。
「てやぁっ!!」
「ぐふっ!!」
「このガキぃっ!」
「遅いっ!!」
妖夢は次に襲ってきた男にも、綺麗に回し蹴りを決めた。素早く二人を倒して、残り三人となった。
「コイツ!ガキのくせにっ!!」
「あなたたちに、女性を口説く心はないようですね。私が知っている殿方は、人の痛みを誰よりも知る優しさを持っています!その心もないあなたたちに、ナンパなんて到底無理な話ですね!」
「こいつぅ……ガキだからって調子に乗りやがって!!」
男達は三人同時に襲い掛かったが、妖夢は流れるような体術ですべてを蹴散らした。遠くから見ていたぬえとピアにもそれがわかった。
「すごい!妖夢ってやっぱり強いんだね、兄貴!」
「…………」
ぬえは素直に喜んだが、ピアはいつまでも無言だった。その視線の先には、常にアベルを捉えていた。
「さぁ、もうおしまいですか?」
「……ざけやがって!」
すべて倒したと思われていたが、男の一人が起き上がって妖夢の両腕をつかんだ。
「なっ!?」
「へへっ……油断したな!おい、今だ!!」
男の掛け声と同時に、全員がその場から立ち上がった。やがて一人の男が妖夢に近づいた。
「コイツ……散々ふざけやがって!!」
男は妖夢の鳩尾を思いっきり殴った。
「がはっ!!」
妖夢が殴られ、喘いだその直後だった。
「おい」
「あぁ?」
ドグシャアァァッ!!」
呼ばれて振り返った時には、男二人が地面にたたき伏せられていた。
「なっ!?なんだぁ、テメェは!!」
「人の妹に……手ぇだしてんじゃねぇぞ……殺すぞ?」
「あぁ、なんだぁ?このガキの兄貴かよ。妹の教育ぐらい、ちゃんとしとけよ……な!!」
男がピアを殴ろうと、ピアに拳を喰らわそうとしてカウンターを喰らっていた。
「な……はえぇ……」
「お前ら……相手もちゃんと見れねぇのかよ。馬鹿なのか?死ぬのか?」
「お、お前は……」
「は、博麗の巫女の使い!?に、逃げろおぉぉぉっ!!」
男たちはピアの顔を見るなり、大慌てで逃げ始めた。ピアは男たちが走って言った方向に向かって、唾を吐き捨てた。
「けっ……。クズがぁ……一回死んで来い……」
「げほっ……げほっ……」
妖夢は殴られたせいでむせていた。ピアはすぐに近くに駆け寄り、妖夢の背中をさすった。
「大丈夫か?妖夢?」
「は、はい……何とか……」
「…………」
ピアはアベルを黙って睨み付けた。酷く殺意のこもった視線に、アベルは思わず首をすくめた。
「ピ……ピア……?」
「しゃべるな。殺すぞ」
「ひっ……!」
「……っ!お兄さんっ!!」
妖夢はアベルとピアの間に立ち、妖夢もピアに睨み返した。
「妖夢……!?」
「いい加減にしてくださいっ!どうしていつも優しいお兄さんが……いつも温かいお兄さんが……!どうしてそんな冷たい顔をするんですか!?お兄さんの優しさは……嘘だったんですか……?」
「妖夢、俺は……」
「こんなのお兄さんじゃないです!私の知ってるお兄さんは……どんな小さなことにも手を差し伸べてくれる優しい人なんです!!私の……私の強くて優しい兄は……悪魔なんかじゃないんです……!!」
「……っ!!」
妖夢はその場に泣き崩れ、そのまま泣き始めた。ピアはゆっくり近づくと、妖夢を優しく抱きしめた。
「う……うぅ……うああぁぁぁぁ……!お兄ぃ……さぁぁん……!」
「妖夢、すまない……俺は……」
最後まで何も言えず、ピアは妖夢を抱きしめることしかできなかった。その間に、アベルの元へぬえが駆けつけた。
「アベルさん!大丈夫!?」
「え、えぇ……。ぬえさん、すみません……」
「えぇ!?なんでアベルさんが謝るの!?」
「だって……私のせいでこんなことに……。私が外を歩かなければ……」
「そうだ……テメェのせいだ」
ピアはゆっくりと立ち上がると、先ほどよりも強くアベルを睨んだ。
「全部テメェのせいだ!お前は何もせず、ただじっとしてりゃあいいんだよ!!なのに、余計なことをぉ……!!」
「あ、兄貴!やめてってば!!」
ぬえにも止められ、ピアはようやく落ち着きを取り戻した。しかし、アベルに対する憎悪はかつてよりも増していた。
「覚えとけ……。今日一日はすべて水に流してやる……!!」
妖夢をおんぶすると、荷物を両手に持って歩き出した。ただ立っていることした出来ないアベルにぬえが手を差し伸べた。
「ほら、アベルさん。行こ?」
「……はい」
「(これは普通じゃないなぁ……。兄貴とアベルさん……いったい何があったんだろう……?)」
二人の間に深い溝があることに気付いたぬえだったが、今はそれには触れないでおこうと自分に言い聞かせた。
家に帰ってきた一同だったが、そのただならぬ雰囲気にフランとこいしは驚きを隠せないでいた。
「あ、お兄様?何かあったの?」
「あぁ、大丈夫だよ。何でもないから、お昼ご飯を作ろうか」
「はぁーい!」
「じゃあ、私とフランが作ってあげるね!」
「!?」
フランとこいしが自信満々にそう言ったが、ピアにはかえって不安でしかなかった。
「ちょ……お前たち、作れるのか……?」
「もう!お兄ちゃん、私たちのことを馬鹿にしてるでしょ!」
「私たちだってお兄様のお嫁さんを目指して、いっぱい頑張ってるんだから!」
「そ、そうなのか……。ま、まぁ俺としてはお嫁さんより妹の方が嬉しいかな。家族だし」
「え?夫婦って家族じゃないの?」
「血が通っている方がいいだろ?」
「なるほど!さすがは兄貴!!」
「(ふぅ……うまく言いくるめれた……)」
ピアの苦労を察していたのか、アベルが隣で苦笑いをしていた。フランとこいしは昼食を作るために台所へ向かう途中で、アベルの手を握った。
「え?」
「アベルお姉様!手伝って!!」
「お兄ちゃんのために美味しいご飯を作りたいの!」
二人に小声で説得され、アベルは小さく頷いた。そのまま二人に連れていかれたアベルを見て、ピアはわかりやすく舌打ちをした。
「……けっ、アバズレが……」
「あぅ……お兄さん……」
「おぉ、妖夢。さっきはすまなかった」
「いえ、こちらこそ……。でも、あんなお兄さんの姿は、もう二度と見たくないです……」
「……善処する」
ピアは苦々しく答えた。ぬえはそこに食いつくように質問をした。
「ねぇ、兄貴ってどうしてアベルさんのことが嫌いなの?聖みたいに優しい人なのに……」
「……あいつの優しさは、俺には必要ないものだ。俺に向けるくらいなら、他の連中に優しくすればいい」
「兄貴って、アベルさんの話をするといっつも不機嫌だね……」
「……そうする必要があるからだ。俺は魔王で、あいつは神だ。ましてや、アベルは全知全能の創造神……俺とは対極に位置する存在だ。あの狐みたいに、慣れあっていいもんじゃない」
「そうなんだ……」
「そうだ。だから、この話はもう終わりだ。ぬえもフランたちの手伝いをしてやってくれ」
「……はぁい」
ぬえは少し納得していないようにも見えたが、それでも手伝いに行った。ピアは少し考え込むように腕を組んだ。
「(うーん……なんて説明してやったものか……。一口には言えんことだからな……)」
ピアがかなり悩んでいるところへ、今度は妖夢が質問をした。
「お兄さんは、アベルさんのことが嫌いなんですか?」
「……嫌い、だな」
「本当に……?でも、あの時は……」
「あれは妖夢を助けたんだ。あんな奴を助けた覚えはない」
「でも……なんとなく違う気がするんです」
「なんだと?」
ピアは妖夢の方へと目をやった。
「お兄さんはさっき、“俺は魔王で、あいつは神だ”と言いました。つまりそれは、“悪魔であるが故に神を嫌う”と言っているようにも聞こえます。もしかして、本当はお兄さんは……」
「もうやめろ、妖夢」
「お兄さん……!!」
ピアは妖夢から視線を外す。その表情はとても憂鬱だった。
「俺はあいつが嫌いだ。偽善にまみれ……優しささえあれば和解出来るなんて思っているような奴は、永遠に俺の敵だ」
「お兄さん……」
妖夢が何かを言おうとした時、昼食を作り終えたフランたちが戻ってきた。
「じゃじゃーんっ!できましたぁー!!」
「上手に焼けましたー!」
「いや、それはなんか違うような……」
三人が机の上に料理を並べていく。それを見たピアは思わず目を見開いた。
「おぉ!かなりおいしそうだな!!」
「でしょ?早く食べて!お兄様!!」
「まぁ、慌てんな。どれどれ……」
ピアはそこに用意された料理を箸でつまむと、一口だけ食べてみた。
「……!!」
「ど、どう?お兄ちゃん……?」
「おい……しい……」
「本当!?やったぁー!」
「一生懸命頑張ったもんね!!」
「兄貴も感動で言葉も出ないって!」
三人が無邪気に喜ぶ中、ピアは一人だけ驚愕してた。
「(これ……この味付け……フェンの味……?どうして……まさか、アベルが……?余計なことをっ!!)」
ピアはアベルを睨もうとしたが、すぐ近くで大はしゃぎする妹たちを見ると、その気も失せてしまった。
「(……やめよう。フランたちが純粋に喜んでいるところに、水を差すわけにはいかない……。だが、どうしてフェンの味をアベルが知っているんだ?)」
ピアの脳内で、謎が一つ増えた!
「いらんよ」
「兄貴?誰に言ってるの?」
「いや、何でもない。アベル……さっきはすまなかった」
「えっ!?」
「いろいろ言って悪かったと言っているんだ!!それくらい察しろ、アホ!それと……今日は刹那は帰ってこないのか?」
「うん?うーん……紫さんに呼ばれたとか言って、出ていっちゃったのよね……。まだ帰ってこないかな……?」
「そんなことはどうでもいい。今日はお前一人なのか?一日?」
「うん……ずっと留守番かなぁ……」
「……あのバカ、一緒に連れていってやれよ……」
「えっ?何?」
「何でもねぇよ、ボケ!いちいち聞き返すな!!」
「あぅ……ごめん……」
「……そうだ、アベル。実にどうでもいいんだが、お前は幻想郷の神には会ったのか?」
「え?う、ううん。まだだけど……」
「一応だから言っておく。お前も神なんだから、同業者と顔合わせくらいしとけ。この世界の神も捨てたもんじゃないぞ?そうじゃなくてもお前はなぁ……」
「あ、あうぅぅぅ……」
気が付かないうちにピアの説教が始まっていた。それを見ていた妹たちはひそひそと話し始めた。
「やっぱりお兄様って、アベルお姉様のことが心配なのかな?」
「そうなんじゃない?本当に嫌いなら、そもそも話すらかけないと思うけど……」
「嫌よ嫌よも好きのうちって、聖が言ってた!やっぱり兄貴はアベルさんのこと、好きなのかな?」
「古くからの付き合いだと言っていたので、多分……そうなんじゃないんですか?」
「えぇ!?それじゃあ、フランたちは……?」
「だ、大丈夫だよ!……多分」
「そ、そうだよ!まだアベルさんが本命とか、決まったわけじゃないし!!」
「お兄さんは……どうなんでしょうか?」
四人はいまだにアベルに説教をしているピアを見つめた。ピアは呆れ半分で説教をしていたが、四人にはピアが半分楽しそうにも見えた。。
日が沈み始め、夜になろうとしていた。月が上り始めたことを確認したところで、ピアは一日中神社に帰っていなかったことに気付いた。
「おぉ、もう夜か?随分と早いな」
「よ、夜になるまでピアが説教をやめなかったんでしょぉ~……」
「それは、お前が悪い」
「そ、そんなぁ~・゜・(ノД`)!・゜・」
「お前はまたそうやって……同情を買おうとするな!たまには自分で、何とか言い返してみたらどうだ?」
「そ、そんなこと言われても……」
「お兄様!」
「お兄ちゃん!」
二人に呼ばれたピアが振り返ると、ふくれっ面のフランとこいしがいた。
「もう、お兄様!さっきからアベルお姉様と話してばっかり!!」
「私たちの相手もしてよ!」
「あぁ、すまんな。コイツがあまりにもアホすぎるもんだから……」
「わ、私のせいっ(゚д゚lll)!?」
「そうだ。他に誰がいるんだ?」
「うぅ……」
ピアはアベルを無視して、フランとこいしと話を始めた。
「(でも、あの子たちも嫉妬ってするんだ……。あんまり気にしていないのかなって思ったけど……ピアったら、モテモテね!)」
「あの、アベルさん」
「……はい、なんですか?妖夢さん?」
「お夕飯のことでお話が……今、いいですか?」
「えぇ、もちろんです!ピアが大好きな、穴子を使いましょう」
「あ、それならお兄さんも喜んでくれますね!」
「えぇ。それじゃあ、メニューでも考えますか」
「はい!」
妖夢はアベルとともに、台所へと向かった。その間も、フランとこいしはピアにじゃれついていた。
「おにぃさまぁ~♪ギュってして!ギュ~って!」
「わかったわかった!ちょっとま……」
「あぁ!フランばっかりずるいよ!お兄ちゃん、私にもしてぇ~!」
「こ、こら!二人一緒に来たら……うわぁっ!?」
二人が同時に抱き付いてきたので、ピアは後ろに倒れこんだ。そして、ピアに最大の生き地獄が襲い掛かった。
「うーっす。ただいま……」
「げぇっ!?」
「……あ」
フランとこいしが抱き付いているタイミングで、刹那が帰ってきてしまった。ピアと刹那はしばらく目が合った後、刹那は背を向けた。
「……プッ」
「テメェ!今笑ったな!?テメェ、ぜってぇに笑っただろうが( ゚Д゚)ドルァ!!」
「笑っていない。馬鹿にしてやった」
「なおさら許すかぁ!!表にd」
「あなたね!お兄様をいじめるわるい狐は!!」
「……へっ?」
刹那を見るや否や、妹たちは刹那に敵意を向け始めた。
「ちょ、待ってくれ。確かに俺は神だが……」
「お兄様をいじめるやつは、フランたちが許さない!」
「そうよ!何でもかんでもお兄ちゃんのせいにしてっ!もう許さないんだからっ!!」
「いやいや、少し話を……」
「兄貴に近づくなぁーっ!!」
刹那が一歩前に出ただけで、妹たちは刹那をグイグイと押し返していった。
「ちょい!待て、話を……!おい、アベル!!これはどういう……!?」
「m9(^Д^)9mザマァ」
「ピア、貴様ぁ!!」
「……冗談だ。お前たち、ほどほどにしてやれ」
「あ……お兄様が、そういうなら……」
「うん……まぁ、特別に……ね」
「兄貴に言われたらね……でも、完全に許したわけじゃないんだからね!!」
「…………」
妹たちの強い気持ちに、刹那は少しだけ頭を抱えた。
「ピア……お前、いい妹を持ったな」
「お前が言うなロリコン、お前がな」
「ロリコンゆーな。アベルが小さかっただけだ。それと、今のお前には言われたくはない」
「不可抗力だ。だが、追い返すわけにはいかん」
「さっすがお兄ちゃん!!」
ピアの言葉に、こいしが頬ずりをしてきた。ピアは少しだけ逃げながら話を続けた。
「んで?お前は紫に何の用だったんだよ?」
「逆だ、逆。彼女が俺に用があったんだよ。だが、さすがは妖怪の賢者と呼ばれるだけはあるな。紳士的な態度で、感服したぞ」
「胡散臭いだけだっつーに。だが……さすがの紫も、お前には頭が上がらないか……」
「あぁ。どうやら俺は伝説上の妖怪として知られていたらしい。紅魔館と言う屋敷の図書館にも、俺に関する書物がいくらか存在するらしい。かなり曖昧な内容らしいがな」
「当たり前だ。幻想郷風にいうなれば、『幻影を操る程度の能力』と『認識をずらす程度の能力』を持っているお前を、誰が明確に記録できると思う?」
「……それもそうか。ところで、俺はなんで彼女たちに嫌われているんだ?」
刹那がピアの後ろから感じる敵意に目をやりながら聞いた。ピアはニヤリと笑うと、皮肉たっぷりにこう言った。
「そんなの簡単だ。お前は“大好きなお兄ちゃんをいじめる悪党妖怪”だからだ」
「……幻想郷にいる間は、お前の扱いを気をつけなければな。下手をすれば、この世界を敵に回しかねん」
「そう思うなら幻想郷から出ていけ」
「だが、断る」
「あっそう」
「……そういえば博麗神社の巫女が、血眼になってお前を探し続けてたぞ?ありゃあ、一日中飛んでるな」
「なっ!マジかよ!?」
「あぁ。ずっとお前の名前を呼びながら飛び続けていたぞ。途中ですれ違ったが、かなり不安そうな表情をしていた。お前、ここに来ることを彼女に伝えていないのか?女を泣かせるとはいい度胸だな」
「れ、霊夢……」
「……行ってやれよ。ここに戻って来るかどうかはともかく、まずは安心させてやれ」
「…………」
ピアはゆっくりと立ち上がると、フランたちの方へ振り返った。
「……すまん、フラン。俺は一度帰るぜ」
「えぇ!なんでぇ!?」
「霊夢を安心させてやりたい……。俺はもう二度と、あいつを泣かせないと決めたんだ」
「でも、それだとお兄ちゃんが……」
「兄貴……戻ってきてくれるよね?」
フランたちもまた、不安なまなざしでピアを見つめた。ピアは三人を一度に抱き寄せると、頭を撫でて落ち着かせた。
「あぁ、ちゃんと戻って来る。……約束する」
「約束……だよ?」
「破ったりしたら駄目だよ!」
「わかってる!……じゃあ、刹那。フランたちを任せる。触ったら……殺す」
「わかってる。嫌われている時点で、触る触らない以前の問題だがな」
「……それもそうか。今はどのへんだ?」
「たしか……妖怪の山あたりかもな。あそこを最後に探すと言っていった」
「助かる!!」
ピアは走って家を出ると、妖怪の山に向かって飛んで行った。外まで見送った刹那は、小さくため息をついた。
「はぁ……。あいつ、もう少し素直になりゃあいいのにな……フェンのことを引きずっているなら、それはあいつだけの問題なんだがな……」
夜の幻想郷の空を、霊夢はひたすら飛び続けていた。今朝からいなくなったピアを、ずっと探し続けていたのだ。
「ピア……ピア……!いったいどこに行ったのよ……まさか……アベルさんと一緒に帰っちゃったの……?」
霊夢の中に不安だけが募り始めていた。そして、その不安を拭い去るようにひたすら飛んだ。
「もし……もうピアに会えなくなったら……もう帰ってこなくなったら……!!」
「霊夢ぅー!!」
「……!!」
自分を呼ぶその声を聞き、霊夢の表情は一気に明るくなった。そして、振り返った先にはやはりピアがいた。
「霊夢!すまn」
「馬鹿っ!今までどこに行ってたのよ!?今朝からずっといなくなって……心配したんだからっ!!」
「す、すまない……。朝から拉致されちまって……なんて、言い訳してもしょうがないか……悪い!霊夢!!」
「もう謝ったって許さないんだから!!人が……いったいどれだけ心配したと思って……!!」
「すまない、霊夢……」
霊夢はピアに抱き付いた。ピアもまた、霊夢の背中に手をまわした。
「馬鹿……馬鹿ぁ……!帰ったのかと……思ったじゃない……」
「帰るわけねぇよ。俺の居場所はここ……幻想郷なんだからさ」
「う……うん……。そ、それで……今までどこにいたのよ……?」
「あぁ、ちょいと説明させてくれ」
ピアは今日一日のことを説明した。霊夢がそれを納得して聞いてくれたかはわからないが、ピアはとにかく説明できる範囲で説明した。
「……そう、妹組のせいなのね?それにしても、妖夢まで巻き込むなんてあいつらったら……いよいよ何を考えているかわからないわね」
「まぁ、そう言ってやるな。あいつらも俺のことを思ってやってくれたんだからさ」
「そうだけど……私の方が、誰よりもピアを……」
「ん?」
「な、何でもない!!今日は特別に、一日中フランたちのそばにいてもいいわよ」
「本当か?」
「ただし!明日から三日間は外出禁止!ピア、ちょっとは神社でゆっくりしなさいよ」
「了解したぜ」
ピアは身を翻すと、人里に向けて飛ぼうと翼を広げた。
「ちょ、ちょっと待って!!」
「うん?」
「う、浮気は禁止なんだからね……」
「なんのこっちゃ?そいじゃ、俺は戻るぜ」
霊夢の言葉の意味も特に考えず、ピアは人里に戻っていった。ピアがいなくなったことで、霊夢はまた不安になった。
「……大丈夫かしら?本当に……ピアは何を考えているんだろう……」
考えても仕方がない。そう呟くと、霊夢は博麗神社に戻っていった。二人が先ほどまでいた場所に、スキマが一つ現れた。その中から現れたのは紫と刹那だった。
「……やれやれ。あの二人はどうしてこう……本当に煩わしいわね」
「まったくだ。お互いに心配し合っているというのに、それ以上発展しないとはな」
「霊夢なんか、結構アプローチをかけているのよ。それなのに、あの男と来たら……」
「まぁ、人を好きになることを恐れる悪魔だからな。過去にもそうやって、自分に好意を向けてくれた人間に本音を打ち明ける前に死なれたからな」
「……ある意味でトラウマ、かしら?」
「トラウマ……か。そうだな。黒歴史とは言えん……トラウマだな。その女性も世間から非難されたうえに、死んだあとはピアが非難を受けた……。こういう負の連鎖を恐れたアイツは、誰かを愛する情を捨てた……。それでは何の解決にもならないし、死んだ彼女も浮かばれないというのにな……」
「そうね……あなたたちでどうにも出来なかったことを、私たちに出来ると思っているのかしら?」
「出来る。そう確信している。博麗霊夢を始め、多くの人妖に取り囲まれている今なら……何とかなるかもしれない」
「と、言うと?」
「決まっているだろう?」
刹那は横目で紫を見た。紫もまた、目を細めながらつぶやいた。
「ピアに人間として、この幻想郷で生きてもらう……かしら?」
「その通りだ。だがその第一段階として、“誰かを愛する”ことが必要不可欠……そのためには……」
「こちらから、裏で後押しをしてあげないとね。あなたも彼に後押ししてもらったのだから、当然……ね」
紫の言葉に、刹那は何も言わずにニヤリと笑った。幻想郷の月は、それぞれ反対方向へ飛んで行く巫女と悪魔を照らし続けた。神子はやがて神社に着き、悪魔は人里に下りていった。二人の距離の真ん中に居座る妖怪も、やがてスキマの中へと消えていった。