その日、比企谷八幡は珍しく部室に居なかった
部室には雪ノ下と由比ヶ浜がいつも通り思い思いに時間を潰していた。しかし、そこにはほぼいつも文句を言いながらもちゃんと部室に来ている比企谷八幡の姿がいなかった。万が一にも億が一にも用事がある場合は由比ヶ浜に連絡するのだが、今日に限ってはそれすらなかった
「由比ヶ浜さん、比企谷君から何か聞いてないかしら」
「ううん、何も聞いてないよ。何か急いだようにすぐ教室を出ていったからもう来ていると思ったんだけど」
「……由比ヶ浜さん、彼に用事があると思う?」
「ん~ヒッキーだし、普通に考えてないよね」
「そうよね。彼に用事なんてあるわけないわ」
「じゃあ、なんだろう?」
「……ちょっと探してくるわ」
「じゃあ、私も」
「由比ヶ浜さんはここにいてもらえるかしら。もし依頼人が来た時のために」
「うん、分かった」
雪ノ下は比企谷八幡を探しに部室を出ていった
探すと言ってもどこを探すべきか考え、由比ヶ浜がメールで連絡を入れた方が早かった事に気がついた。しかし、今更戻るわけもいかず思いつく場所をいくつか探すことにした。由比ヶ浜より先に教室を出たのだから教室には居ないだろうし、あと思いつくのは
雪ノ下はある場所に足を向けた
そこで、雪ノ下は衝撃の光景を目の当たりにした
時は昼休みに遡る
比企谷八幡の昼休みの過ごし方はいつも通りのベストプレイスで飯を食べていた。飯を食べ終え時間がくるまで涼んでいた
「ふぅ、最近は依頼者が来なくて平和なもんだ」
そう、独り言をつぶやきながら横で丸くなっているブチ猫を撫でていた
「お前はカマクラと違っておとなしく撫でられているな」
「な~」
「ん、気持ちいいか」
時間を確認するため携帯を取り出し目線を猫から外しもう一度戻すと
「……あれ、さっきまで1匹だったよな」
猫が二匹になっていた。目をつぶって目頭をつまみもう一度目線を戻した
「………えっと、1、2、3。また増えてやがる。まさか、目を離すと増えるのかよ」
比企谷が目を外すたびに猫が1匹ずつ増えていった。最初はブチ猫だけだったが白猫と三毛猫がいつの間にか増えていた
「お前らいつの間に来たんだよ。あ、この三毛猫オスか。珍しい」
「うな~」
そう、三毛猫のオスはかなり珍しくどこぞの某SOS団に所属する平団員の押し付けられた飼い猫と同じ種類の猫である
「ったく、野良にしては人懐っこいな」
「な~」
「にゃ~」
「なう」
3匹を順々に撫でてまた目を離してしまった
「うにゃ~」
「……もう、驚かないからな」
また一匹、アメリカンショートヘアが増えていた
「おい、こいつ、絶対野良じゃねえだろ。うかつにも驚いちまったじゃねぇか」
さて、ここで問題だ。片側でここまで猫が増えているとなると、その反対側だったり後ろ側のように視線を向けていない方向はどうなっているのか
正解は
「うわ、なんだ」
四方八方からの弾丸と言う猫、いや猫と言う弾丸が降りかかった。あっと言う間に、比企谷はありとあらゆる猫を体にぶら下げていた
「重い!」
「くな~~~」
頭に乗っている黒猫(子猫)が鶴の一声ならぬ猫の一声を上げた
そして、無情にもチャイムが鳴り昼休みが終わった。比企谷はこのまま身動きが取れずサボる事になるだろう、と思っていたのだが素直にも猫達は比企谷から降りた。最後までおりなかった頭の子猫をおろし制服を払って教室に戻ろうとして立ち止った
「放課後また来てやるよ」
「『【([{〈にゃ~〉}])】』」
と、全ての猫が返事を返した
そして放課後に時間が戻る
比企谷八幡はずっとそこで待っていた猫達の相手をしていた。来た瞬間に猫たちがわらわらと寄ってきて座った途端、定位置と言わんばかりに体中にぶら下がった
やはり頭には子猫(黒猫)が鎮座した
「あ、やべ。由比ヶ浜に言っとくの忘れてたな。今から連絡を…携帯だせねぇ」
そう、体中が猫まみれで連絡が取れなかった
「あ~まぁ、いいか。特に俺がいた方がいいって訳じゃないし。こうやって猫を撫でていた方が有益な時間の使い方だ」
「な~な~」
「はいはい、ほら撫でて欲しいところはどこだ」
1匹ずつ撫でて欲しそうな猫を撫でながらこの光景を写メって雪ノ下に送ったら悔しがるだろうなと思ったが、そもそも携帯を取り出せないし雪ノ下のアドレスも知らないので断念した
「ひ、比企谷君?」
そんな事を考えていたからなのか、後ろから雪ノ下の声が聞こえた
「ん、雪ノ下か。悪いななにも連絡入れずに」
「い、いえ、そんな事はいいのよ。それより、これはどういう状況なのか教えてもらいたいのだけれど」
言葉自体はいつもの雪ノ下だが、口調は心底嬉しい物にであってそれを押しこめているけどそれでも押し込めきれないほどの歓喜をおびていた
「見た通りだろ、猫まみれだ」
「これは、触っていいのかしら」
「おい、聞けよ。まぁ、この状況じゃ無理か。雪ノ下こいつら撫でて欲しそうにしているから撫でてやれよ」
「にゃー」
「あ、駄目だ。すでにトリップしてやがる」
雪ノ下はふらふらと近づき寄ってきた数匹の猫に意識を奪われ、そこに比企谷が居ることなんてすでに忘れていた。比企谷はそんな雪ノ下を動画に残そうと思ったがいまだ携帯を取り出せず、これまた断念せざるをえなかった
「な~」
「にゃ~にゃ?」
「にゃ」
「にゃ~」
「にゃにゃ」
「にゃんん」
「うな~」
「にゃー」
猫と会話しているように見えた
「うにゃ~」
「にゃん」
「うにゃにゃ~」
「にゃ~にゃん」
「にゃにゃにゃ」
「にゃん」
「うにゃにゃ~」
すごく楽しそうな笑顔をしている雪ノ下の頭の上にも猫が乗っていた。子猫ではなかったが鈴をつけた小さな白猫で、なぜか分からないが『うたまる』と名付けたくなった比企谷八幡であった
「おい、雪ノ下」
「にゃ~」
「お~い雪ノ下、戻ってこ~い」
「うにゃ~」
「にゃー」
「動画に撮ったぞ」ボソッ
「比企谷君、携帯を出しなさい」
「聞こえてんじゃねぇか!」
「いいから、出しなさい」
「嘘だよ、撮ってねぇよ。つか、この状態じゃ携帯なんてだせねぇよ」
「そう、ならいいわ……いえ、良くないわね。この事を誰かに話しでもしたら」
「誰にも言わねぇよ」
「そうね、言う友達がいなかったわね。ごめんなさい」
「謝るなよ、余計に悲しくなってくる」
「ところで、この猫達はどうしたのかしら?」
「知らねぇよ。多分、外から入ってきたんだろ」
「ねぇ比企谷君、こんな事前からあったの。あったのなら私に言わなかったのは何故かしら?」
「今日が初めてだよ。てか、なんでお前に言う必要があるんだよ」
「あら、部長に逆らう気?死刑だわ」
「おい、どこのSOS団だよ。って、なんでお前がハルヒを知ってんだよ」
「えっと、ハルヒって誰のことかしら?」
「素かよ!そっちの方が怖ぇよ」
「比企谷君、もしこの先こう言う事があったのならすぐに私に言いなさい」
「百歩譲ってそれはいいが、お前のアドレス知らねぇよ」
「なら、あとで教えるわ。それと、こう言う事以外で連絡しないでくれる」
「まだ何も送ってねぇよ。あと、お前とメールのやり取りなんて想像もつかねぇよ」
「にゃー」
「くそ、言いたい事言って戻りやがった」
ぶつくさ言いながらも比企谷はそんな雪ノ下を見て、少し笑った
その後、由比ヶ浜が全然戻ってこない雪ノ下を探しに来るまで比企谷八幡と雪ノ下雪乃は猫と戯れていた
たまにこう言う時間が過ぎる事があるのは、また別の話
比企谷八幡の放課後、猫まみれ