地球の自然環境を再現したリラクゼーション区画へハマーンとプルたちでピクニックに来ることはそう多くはない。
ハマーンは私の宰相としてアクシズの全権を任せているため、当然ながら休みなどないようなものだ。斯く言う私も政務や研究所の統括で忙しい。それ故にプルたちにはあまり構ってやれないのだが、それでも空いた時間には顔を出すようにしている。
一人目のプルは一番初めに生まれて幾らかの期間を一人で過ごしていたため、私やハマーンに甘えたがり、他のプルたちにはお姉さんらしく接しようとする。まぁ、根が天真爛漫なだけに上手くいっていないが。
プルツーはしっかり者だ。物事をはっきり口にする。プルたちの面倒を見ているのはむしろ彼女だろう。ハマーンに憧れているようだ。しかし、実は姉妹の中でも一番の寂しがり屋さん。
プルスリーは押しの強いプルツーと同じタイミングで生まれたからか少々気が弱く、姉妹の後ろを歩いてフォローをしている。しかし、その内にある意思は強い。
プルフォーは運動が大好きなお転婆娘で、サイコミュへの親和性でプルツーに譲るものの、身体能力は飛び抜けて高く、汎用モビルスーツでの模擬戦は負け知らずだ。プルスリーに世話を焼かれて育ったためか相互理解がよくできている。
プルファイブとシックス、セブンは三つ子として生まれ、諸事情あって姉たちとは一定年齢まで隔離されていたからか三人だけの独特な世界がある。排他的ではないが、三人で顔を見合わせてくすくすと笑っていることが見られる。
プルエイトとプルナインは上の姉たちを踏襲した双子であり、二人で一人前だ。サイコミュ適性が他の姉妹より一枚落ちるからか、引け目があるようだ。しかし、二人とも頭が良く、私が気紛れに教えた宇宙工学に惹かれたのか最近はモビルスーツの設計を学習したいとねだってくる。
プルテンは誰に与えられたか知らないが、少女漫画にのめり込んでいるらしい。お淑やかな令嬢を目指しているということで、髪を伸ばし、化粧を覚え、お洒落な服を欲しがる。グレミーが好きなんだとか。部下が齢十にも満たない女児と結ばれたらと考えるとぞっとしない。
プルイレブンは不思議な子だ。ぼやーっと全天モニタで宇宙を見ていることが好きで、コミュニケーションが得意じゃないかと思うとスキンシップが凄まじい。
プルトゥエルブは末っ子でまだまだ分からないことが多いのか大人しい。姉たちに代わる代わる世話を焼かれてあたふたしていることもあったりと、愛されている子だ。
訓練とピクニックに来てからはしゃいだせいか、ぐっすりと寝てしまったプルエイトとプルナインの頭を膝に乗せて、プルと他愛もないことを話しながら意識圏を広げるとハマーンとプルたちの意識が私を許容し融和する。
十三人の暖かい心が私を包み込んで軽やかな旋律を響かせた。虹色に美しく、儚く、しかし力強く色付いたサイコフィールドが生まれた。
唐突に、私を押し倒すようにプルとプルツーの意識が流れ込み、驚きで目を丸くする。
――――――、ミネバ大好き!
――――――……プル。ミネバ様だろう。
本当に驚いた。二人を皮切りに十二人の意識が次々飛び交った。交感に成功したとは聞いていたけれど、まさか十二人全員が自在に精神を通わせることができるようになっているとは思いもしなかったのだ。
膝を枕にして寝ていた二人の意識は夢としてそこにいる十二の精神へと伝播する。夢の中では私と二人が論議を交わし、思いも寄らないアイデアをその身の内から掬い上げてモビルスーツの開発に従事していた。それを他の姉妹たちが乗って星の海を飛ぶ。
「……優しい夢。」
頬をくすぐると嬉しそうに笑う彼女たちの夢が深い眠りに飲まれてしまうと、少し遠くで悪者役のプルファイブたち三つ子とヒーロー役のプルフォーが転げ回っている姿へ視線を移す。
三対一では流石に分が悪いのか捕まってもみくちゃにされているプルフォーも楽しそうにしているから彼女たちなりの遊びなのだろう。しばしして、おずおずと止めに入ったプルスリーが何故か悪役と結託したヒーローに追いかけられて悲鳴を上げていた。
「あらあら……。」
「転んで怪我をするなよ!」
ハマーンの呼びかけに元気良く返事をした彼女たちは終いに互いを捕まえたまま団子のようになって、なだらかな丘をごろごろと転がっていった。
眉間を押さえて溜息を零したハマーンは背中にしがみつくプルイレブンの重さに少し眉を潜めたように見えたが、すっと立ち上がって遠ざかる団子を追っていった。
「ミネバ! 私もあれやりたい!」
「プル! 無礼だぞ。」
「ふふ、いいのよ、プルツー。……ごめんなさいね、プル。私の力ではハマーンのようにはいかないわ」
「えぇー。」
「その代わりに髪を梳いてあげる。後ろ向いて? プルツーはハマーンのポーチをとって頂戴」
「やった!」
いそいそと背中を向けたプルの頭を幾度か撫でる。細く柔らかで少しひんやりした髪を手のひらに流して傷みがないか見てから、櫛を入れていく。
髪の流れが揃っていくと金にも見える茶髪の艶がはっきりとしていく。しかし、致し方ないとはいえ研究所の薬液などの香りが可愛い盛りの少女を象徴するというのは可哀想か。
私が使っている香水をつけてあげよう。手首とうなじに香水をつけるとふわりと花の香りが広がった。こういうことに目敏いプルテンがやってくる。
「それはミネバ様が使っている香水ですか?」
「ええ、そうよ。プルテンもつけてみる? プルツーもいらっしゃい」
「いえ、私は……。」
「お姉様、香水はまず手首に少しつけて反対の手首でこうするのですって。」
「だから、私はだな……。」
微笑ましい光景だ。プルツーもはしゃぐ妹には勝てないらしい。プルテンの真似をして香水をつけたプルツーも満更ではないのか頬が緩んでいる。
「ミネバ様と同じ匂いがする!」
「きゃあ! もう、プルったら……。そうよ。私のお気に入りの香水なの。」
ひしと抱き着いてきたプルが胸に顔を埋めて鼻を鳴らすものだから少し驚いてしまった。梳いたばかりの髪を撫でてあげると嬉しそうな声がした。
丘の下からハマーンが四人を連れて戻ってくる姿が見え、視線を動かした時にプルツーとプルテンが恨めしそうな顔をしていることに気が付く。そんな顔をするくらいなら言えばいいものを、手招きして腕を広げれば直ぐにプルテンが来て、おずおずとプルツーも寄り添ってくる。
三人を抱き締めて背中を撫でていると膝が動いてしまったからか、大きな欠伸をしてプルエイトとプルナインが起き上がった。
「おはよう。二人とも良く眠れたかしら?」
「はいー、ミネバ様のお膝良い匂いがして大好きですー。」
「あ、三人ともずるい。」
「ちょっと五人は……きゃっ……ふふふ、仕方ない子たちね」
五人の重さに勝てず草原に寝転がってしまい、そのまま彼女たちを抱き締める。
ああ、私はこんなにも愛おしい相手が、ハマーン以外に十二人もいたのか。心が高揚して意識が広がる。“私”が止めどなく溢れ出してアクシズを覆い、宇宙へと流れ出していく。
広大なソラを進む“私”の周りをプルたちが舞い踊った。ハマーンに抱かれた“私”は刻の中に身を流してアクシズを見ている。
私の王国。アクシズ……。
――――お前は、まさか……。
――――…………。
振り返り、母なる地球の浮かぶ宙域を視界に収めたハマーンから動揺が感じられた。
視線の先には一人の女性がプルたちと戯れて、佇んでいた。浅黒い肌と黒い髪、翡翠の瞳。
何より、その繊細で深い意識圏。刻の中にいる彼女は静かに微笑んだ。突き動かされるように彼女のそれと意識圏を重ね合わせようとして、重ねられなかった。
彼女のいる刻が離れていくことを感じる。
気付くと、私はアクシズの中の草原で横たわっていた。
「あの人が、ララァ・スン……。初めてニュータイプとして戦争に身を投じ、シャアに刻を見せて逝った女性……。」
「ミネバ様?」
「何て、何て人……。」
「死者の感情を吸ってはいけません、ミネバ様。引きずり込まれます。」
「ハマーン……。だけど!」
「いけません。貴女は生きているのです。逝った者の思いに感応し過ぎると見るべきものが見えなくなってしまう。」
「……ごめんなさい、ハマーン。」
顔を伏せた私の顔を、不思議そうに覗き込んでくる子たちを思い切り抱き締め、私なりに整理をつけた後には不思議とあの刻の中にいる彼女に引き込まれるようなことはなかった。
「シャアはきっと、私にとってのハマーンやプルたちがいないから引き込まれたまま帰って来れないのね。」
「あれは、馬鹿な男ですから。」
「まあ、そんな言い方。好きだったのでしょう?」
「昔の話です。今はミネバ様一筋なもので。」
「あら、誤魔化すなんて」