ーある晴れた春の日のことである。
私立天水(しりつあまみ)高校に通う朱坂誠司(あかさかせいじ)は平日であるにも関わらずコンビニでバイトをしていた。
現在、彼の高校は春休みである。
なので誠司は社会勉強という大義名分の下、小遣い稼ぎをしているのである。
週3で通うこのコンビニは誠司の家からバスで数分移動したところにある。
彼の家の近くにもコンビニはあるが、あえて誠司はそこを選ばなかった。単純にバイト中に近所の知り合いに会うのが嫌だったからである。
その日もいつものごとくレジ打ちをしたり商品棚を整理したり、とまあ、そこそこしっかり働いていた。
「ちょ、誰かゴミ袋交換しといてくれる〜?」
バイトの先輩が休憩室の方へと声をかけてきた。
偶然なのか必然なのか誠司はたまたまそこで休憩がてらジュースを飲んでいた。
「あーい」
ダラダラと椅子から立ち上がり、カウンターを通って外へと向かう。
「しっかし、ほんっとに今日は陽射し強いなぁ」
この日は春であるにも関わらず気温は23度と夏日を記録していた。
なので、店の中が涼しかったのと相まって誠司は一層、この日の暑さを感じていた。
誠司はゴミ袋を持っていない方の手で陽射しを遮るようにして空を見上げた。
替えのゴミ袋とすでにいっぱいとなったゴミ袋を入れ替える。そしてそのまま指定の場所へ………。
誠司は足を止めた。 止めた、と言うよりはむしろ止まった、と表現した方がいいかも知れない。
誠司の視線の先には、少女がいた。
背中まで伸ばした黒髪は艶やかで、表情はどこか涼しげな雰囲気をかもしだしている。服は白のワンピースで髪の美しさをより一層引き立てていた。
彼女はなに食わぬ顔で誠司の横を通り過ぎる。そして、店内へ入る際、誠司の方をちらりと見て微かながら微笑んだ。
誠司と少女の視線がその一瞬、交わる。
その時、誠司は自分の顔が微かに紅潮するのを感じた。
しばらくその場で惚けていた誠司の頭の中はその少女のみとなっていた。
「…って、さっさと終わらせんとな」
はっと我に返った誠司はさっさと手に持っていたゴミ袋を指定された場所へと持っていった。
店内に戻ると正面にはあの少女がいた。
誠司はいたたまれなくなりさっさと休憩室へと引っ込んだ。
椅子に座り、飲みかけのジュースを一口飲んで、
「しっかし、なんだろうな今日のこの暑さは。季節違いにも程があるだろ」
一言、今日の気温に文句をつけた。
事実、この日の気温は春であるにも関わらず20度を軽く超え、夏日を記録しているのだ。それにより、このコンビニでもアイスや冷たい飲み物がかなり売れている。
誠司がふとカウンターの方を見るとレジの方に2、3人の行列ができていた。
あまりお客を待たせるのも接客業をする者としてあれなので誠司は空いているカウンターに入って、
「次にお待ちの方は、こちらのレジへお願いしまぁす」
と、とりあえず待っている客を自分の方へと呼び込んだ。
そうこうするうちに時間が来たので、
「じゃ、今日は上がらせてもらいます」
そう言って帰路についた。
外へ出ると陽はすでにほとんど沈んでいて、空は少し暗くなってきていた。誠司家へ帰るためにバス停へと向かった。
誠司がバス停にたどり着いて数分、時間通りにバスが来た。
誠司はそのバスに乗り、いつものバス停に着くまでボーッと流れていく外の景色を眺めていた。しかし、実際は景色を眺めていたのではなく、バイト中に見た少女のことばかりを思っていた。
「それにしても、かなり可愛かったな…」
いつものバス停で降り、いつも通り家への道のりを歩く。そしていつも通りの何も変わらない家が彼を迎える。
「ただいまぁ」
返事は、ない。暗い部屋の中に誠司の声が 木霊する。
誠司は家の扉を開け、暗い玄関の先に向かって気だるそうに言った。
誠司は靴を脱ぎ、玄関に上がり、自分の部屋に荷物(と言っても財布くらいなのだが)を置き、キッチンへ行って夕食の支度をする。
誠司には母親がいない。この世にいない、のではなく、一緒に住んでいないのだ。母が家を出たのは2年程前だった。なのでこの家には父と二人暮らしである。誠司の父は仕事の都合で帰りが遅い。
母が家を出てからの2年間は自分で夕食を作っている。もちろん買い出しも自分でしている。おかげで料理には結構な自信があった。
この日の献立はトンカツとカレーである。
誠司は自分で作ったそれを自分の分だけ皿に盛り、椅子に座ってそれを食べる。
「うん、これはかなり上手く出来たな」
カレーを食べつつそんな事をつぶやく。
玄関の方で扉の開く音がした。
足音がこちらに向かってくる。
その足音はやけに慌ただしい。
「ま、どうせ親父だろ」
誠司は構わずカレーを食べる。
そしてカレーを一口、口に運ぼうとしたその時、
ドアが壊れるのではないかと思うくらいに勢いよく開かれる
「はあ!?」
あまりに突然だったので、思わずカレー皿を床に落としてしまいそうになる。
「ひっさしぶりーー!!」
ドアを破壊しかけた張本人はそう言ってまっすぐ誠司の方へと勢いをつけてダイブする。
「あぶねぇえ!!」
すんでのところでそれを慣れた様子でかわし、飛んできたそれをあまり危なくない方へ軌道修正をしてやる。
まあ、それでも思いっきり壁に激突はするが、それはさておき。
「確かに久しぶりだけど、全く成長してないな、千紗斗(ちさと)」
誠司は額に手をあて、わざとらしくため息をつく。
「成長してないとは失礼なっ!!私だって色々成長してるもんっ!」
いててて、と壁にぶつけた頭を押さえ、千沙斗と呼ばれた少女は涙目になりながら反論する。
この少女のフルネームは、朱坂千沙斗(あかさかちさと)。
苗字からわかる通り誠司の妹である。見た目は小学生と見間違える事が出来る程に幼いが、実は今年から中学三年生である。
因みに、千沙斗は中学に入ってからはテストで校内一位の座から落ちたことはないらしい(本人談)。
だがしかし、勉強は出来てもそれで実際に頭が良いのかと言われれば決してそうだとは言い切れないのが世の中である。
そんな千紗斗に
「で、何しに来たんだ?」
誠司は質問した。本来ならこのあとに「用が無いなら帰れ」くらいは言うのだが、時間が遅いので言わなかった。
「あっ、そうだった!!」
千紗斗は完全に忘れていたようで、ポンッと手を叩く。
「今日はとっっても大事なお話があるのです!!」
千紗斗は小さく慎ましい胸を大きく反らして言った。
誠司は、どうせ実は大した事ないんだろうな。と声には出さずに心の中で呟いた。
「あ、でもお父さん帰って来てからの方がいいかな」
「親父が帰ってから?面倒くさいから今話せ」
誠司と千紗斗の父の頭の中は仕事と千紗都で構成されている。まあ、要するに誠司たちの父親は娘離れの出来ていないという、まあどこにでもいそうな父親なのである。
なんともベタな話だ、と誠司は常日頃思っていたりする。
なので、父に妹の姿を見せると話が進まなかったり、その他色々とあるので面倒くさいのだ(それが理由で母が千沙斗を引き取ったのを本人はまだ知らない)。
千沙斗は僅かに考える素振りを見せてから、
「わかった!!じゃあもう話しちゃうねっ」
あ、親父は別にいいんだ。
「ごほん。実は、これからお兄ちゃんにはこの家から出て行ってもらいます!!」
千紗斗は一度わざとらしい咳ばらいをしてそう言い切った。
・・・は?何を言ってるんだ?いや待て、意味がわからん。俺にこの家から出てけ、だと?何を言っているんだこのガキは。
誠司は思わずスプーンを動かす手を止め、カレー皿を見つめながら頭の中を必死で整理した。
だが、わからない。一体、俺が何をしたって言うんだ?いや、何もしていない。なら、なぜ?
そこまで考えたところで、
「ふふ〜ん。なんでかわかんないでしょお」
千紗斗がニヤニヤしながら誠司の方を見る。
誠司は、
「ああ、全くわからん。そもそも何故急に、しかもこんな中途半端な時期なんだ?」
純粋な疑問を妹にぶつける。こいつは何か知っているのではないか、と思ったから。
千紗斗は、誠司の質問に対してこう答えた。
「それは、私もよく聞かされてないんだけど、なんか、大人の事情ってやつ?」
ますますもって意味がわからん。そもそもなんだ大人の事情とは。
「そうか、わからないか。親父はなんか知ってるのかな…」
大人の事情とやらならば、自分の保護者である父であれば何か知っているだろうと誠司は考えた。
誠司の呟きが聞こえていたらしく、千紗斗は少し肩をつりあげてみせた。さあ、どうなんだろう?という意味だろう。
「仕方ないな。親父が帰ってくるまでゆっくりしてろ。飯も用意してやるから」
誠司はそう言って千紗斗の分のカレーを皿に盛る。
「わぁ、ありがとうっ、お兄ちゃん!!大好き!」
「暴れるな。埃が舞うだろ」
誠司は飛び跳ねる妹にカレー皿を渡しつつ、注意した。
それからしばらくして、千紗斗も夕食を食べ終わり、さっさと風呂を済ませ、ダラダラとテレビを観て時間を消費し、時計の短針が大体9と10の間に来た頃。
玄関の方でドアの開く音がして、気だるそうな、疲労感のつのった様な足音がこちらへと向かってきた。
そして、
「おぉ、帰ったぞぉ。って千紗斗っ!?」
歩く事さえ面倒だと言うような目から一変、愛する娘を視界に捉えた瞬間に生気が一気にもどってくる。
「おお、親父。おかえり」
「やあ、お父さん!!久しぶり!!」
誠司と千紗斗はほぼ同時のタイミングで言った。
「千紗斗ぉぉ!!」
父は涙を浮かべながら妹へダイブした。が、案の定、綺麗に避けられテーブルに頭から激突する。
ほんっとこの親子はやる事が同じだよなあ。と、誠司は思いつつテーブルに激突した父親を介抱する。
「親父、千紗斗から俺の事で大事な話があるんだとよ。なんか知ってるか?」
誠司は父親を椅子に座らせ、問いかけた。
「ん、どんな話だ?とりあえず聞かせてくれ」
誠司の気持ちが伝わったのか彼の父親にしては珍しくおふざけはなかった。
千紗斗が説明をしてから、
「ああ、それか。確かに俺も知ってるぞ。なんたって俺が母ちゃんと決めた事だしな。別居する前に……」
なんかめちゃくちゃ重要な事言ってから地雷踏んだぞ、こいつ。
つか、2年も前に決めてたって一体何のために!?
「て、そんな前から決めてたのかよ!?んで、一体どういう事なんだ、親父」
「いや、ホントはな、お前が高校に入る時に言っておけば良かったんだが、中々見つからなかったんでな」
「何が見つからなかったんだよ?面倒だから結論から頼むよ」
父親が言葉を濁すので痺れを切らした誠司はそう言った。
「わかった。結論から言おう。来週から、誠司、お前は一人暮らしだ。ちなみにマンションの方はもう部屋をとってあるから」
「はあ!?」
誠司は父のその言葉に思わず席を立った。
「どういう事なんだ、親父!?」
「そういう事だ。それに結論から言え、と言ったのはお前だ。だから結論から言った」
父はそう言って自分の夕食の用意を始めた。
「ああ、そうそう。今週の土曜に引っ越しセンターの人が来るから部屋の荷物まとめとけよ」
父は自分のカレーを皿によそいながらこちらを向かずに言った。
誠司は風呂に入ったのにも関わらず疲れがどっと押し寄せてくるのを感じた。
ちなみに千紗斗は好きな番組がやっていたので誠司たちそっちのけでテレビを観ていた。
その後もいくつか話し合いがなされたのだが、現在伝える必要はないので省略ということで。
それから誠司は父親に言われた通り部屋の荷物をまとめ、着々と引っ越しの準備をしていったのであった。
本日からこちらのサイトでも連載させてもらいます!
まえだ有機です!
この「俺のラブコメは緩すぎる!?」は小説家になろう様の方でも連載させてもらっています。
タイトル通りのゆるい学園ラブコメです。
今後ともよろしくお願いします