「さて、この時間に話す事は、朝に伝えたと思うんだけど、今日の放課後の会議の内容についてとその時までにそれに沿った案を考えてきて欲しいんだ」
と、眼鏡を指で押し上げながら英一朗は言った。
「へぇ、で、何するんですか?」
と一応、関心はありますよぉ、と言わんばかりに好織はあざとく質問する。とは言いつつも若干、とりあえず聞いとけばいい感じかな。みたいな雰囲気が見え隠れしている訳であって、だが、
「よくぞ聞いてくれたね!」
英一朗は待ってました、と言わんばかりの勢いで話し出した。
「この学校の行事で一番初めにあるやつは知っているよね?」
と、勢いと元気はあるがここで確認を取るのを忘れないのがこの生徒会長である。
その問いに「強歩大会、ですか?」と緊張混じりの小さな声が答えた。声の主は平岡 姫那である。
普段の会議ではもう少し気楽な感じで喋る彼女だが(本当に少しで、付き合いが浅い人間は結構気付かない場合があるレベル)、今回は初見の人が居るせいか声が硬い。
「そうだよ。それって来月にあるでしょ?そこで、僕は考えたんだ」
誠司はこいつ、絶対ロクなこと考えてないな、絶対面倒な事させるつもりだ。とか思っていたりする。
「毎年、こんな無駄に長い距離を歩くんだ。まあ、目的はちゃんとあるんだけどね。そこそこ馴染んできたクラスの仲間と励まし合いながらゴールを目指してより絆を深めようってね」
なんか、これは名案だよなぁ。とか自分で染み染み思っているのが丸わかりな、正に文字通りのドヤ顔をしている生徒会長に一同は若干の苛立ちを覚える。
ちなみに、強歩大会とは誤字ではなく、本当にそう書くのである。
この強歩大会はこの天水高校創立時からある伝統と由緒のある行事である。毎年、違ったコースが選ばれる。(これにはいくつかパターンがあって、それをローテーションしているらしい)
そのコースも全て大体距離は同じでどれも約30kmはある。
1年生は受験勉強があったので結構、途中でリタイアしてしまう者も少なくない。2年生以上になると運動部員はほとんどがこの距離を走り、その他の人も大抵歩き切る。
かく言う誠司も1年生の時は両足を攣って、見事に途中リタイアを果たしている。
「それで、一体その考えというのはなんなんです?」
言葉使いは好織に似ているが、好織のそれとは別の、あざとさとかをとった、寧ろ若干冷めた印象を受ける声が誠司の背中の方から聞こえてくる。
新生徒副会長、兼会計の篠原 優香である。
誠司は、
「(どこかで、見た気がするんだが、一体、どこでだったか…)」
と全く別の案件について考えていた。というより全くの違う世界にいた、と言ってもいい程である。
「うん。それはね……、」
英一朗はそこで言葉を切る。
「この、伝統ある強歩大会を今年はやめて全く違う、新しい行事にしようと思うんだ!!!」
そう言い切った英一朗は目で「どうだ、名案だろ?」なんて訴えかけてきた。
だが、誠司を始め、生徒会メンバーは「ああ、やっぱりか」と思ったり、この会長の無駄な熱意とドヤ顔に心底ドン引きしてたりしている。
それを感じ取った会長・英一朗は
「ゴホッ、ゴホン。ま、まあ、とにかく!だ!放課後に会議をするから全員、1つ以上は何か案を持ってきてくれ!!じゃあ、解散!!!」
わざとらしい咳で誤魔化しつつ無理矢理終わらせた。
誠司はその後、まっすぐ自分の教室へ戻っていた。
昼休みの時間がそこそこ終わりに近かったので廊下や階段にはほとんど人はいない。もちろん、廊下に人はいなくても教室からは生徒達がまだ騒いでたりする。
流石、進学校だな。こんな早くから教室に戻って待機してるなんて。
と誠司はちょっと皮肉を交えてそんな事を思っていた。
「流石、進学校ね。こんなに早くからほとんどの生徒が教室で待機してるなんて」
今、自分が考えていた事をほぼそのままの台詞が聞こえたので、誠司はばっと後ろを振り返る。
そこに立っていたのは肩まで垂らした黒い髪が映えた少女、篠原 優香であった。
「篠原、か」
誠司はボソリと呟き、再び前を向いて教室へと向かおうとした。
そんな誠司の制服の袖をキュッと掴んでくる人がいた。もちろん、篠原 優香である。
「少し、話しがあるんだけど。いいかしら?」
彼女の身長は誠司の顎の辺りまでなので結果的には誠司を上目づかいで見ることになる。
「…!?べ、別にいいが」
篠原 優香の見た目はかなり、と言っていいくらい美人なので健全な男子高校生である誠司は本能的にドキリとし、自然と顔が火照ってくる。
そして篠原 優香に連れられたまま人気のない廊下の隅へと引っ張られて行った。
「少し相談なんだけど……」
彼女は少しの恥じらいを含ませながらそう言って少し顔をうつむかせた。
「(なんだ、この学園ラブコメの典型の様な状況は!?これは結構ずるいだろ!?)」
誠司は完全に冷静さを失ってしまっていた。
当然だろう。なんたって以前、チラッとだが出会い(プロローグ参照)、少し気にかけていた少女が同じ生徒会に参加し、しかもその参加した日に、この人気のないところであんな台詞を吐いているなんて。
大抵の男子高校生ならこんな状況に陥ったら必ずと言っていい程こう思うだろう。
告白か、デートの誘いか、どっちだ!!?と、
「明日の放課後、空いてるかしら?」
篠原は意を決した様にそう続けた。
「(デートのお誘い来たぁぁ!!)」
誠司は篠原がそう言った瞬間にそう確信した。
そして、
「お、おう。別に、いいぞ?」
いや、だからなぜそこで上からなんだ!俺は!
誠司は内心、己のそのミスに憤りを覚えた。
が、篠原は、
「そう、じゃあ、明日の放課後、よろしくね」
と嬉しそうに言って自分の教室の方へと小走りで行った。
そして、そこに一人残された誠司は、
「フフ、ハハハ、はあーはっはっはっ。ついに、遂にこの俺にも春がっ!!」
そう言ってガッツポーズをする。
すると、直後に5限目の開始を告げるチャイムが鳴り、誠司は慌てて教室へと走って行った。