「お、おい、篠原。今言った事をもう一度頼む」
衝撃が大き過ぎたようで誠司本人も動揺を隠せなかった。
「私は誠司君の彼女です。それが何か?」
優香はさも当然のように。何ヶ月も付き合ってきた彼女のように。再び、答えた。
「はあ、そうか。篠原、ちょっとこっち来い」
誠司はシラを切り続ける優香の袖を引き、千沙斗のいないところへと連れて行った。
「なあ、篠原。あれは一体どういう訳なんだ?意味が分からんのだが」
誠司はうんざりとした様子で質問した。
「そうね。強いて言うなら、あなたの妹さんの初めの反応が面白かったからつい、ってとこね」
「お前、そんな事であんな修羅場を作り出したのかよ……?」
「ふふっ。でも安心して。あなたに手を出すつもりはないから」
なんだこいつ。なんかすごい黒いぞ…。
誠司は優香に新しい印象を抱くのであった。
「さ、早く戻らないと妹さん、ますます勘違いしちゃうわよ」
やっぱり優香は楽しそうだ。
「はあ、わかったよ」
「ふふふっ」
「ったく。あんまり遊び過ぎるなよ」
誠司は念のためにそう優香に注意した。
* * *
「すまんな、千沙斗」
「えっ!?いいよ、いいよ!」
千沙斗は顔の前で手を大げさに振る。
「お前、絶対勘違いしてるよな……」
誠司はそう呟いてようやく部屋の中へと入った。
その誠司に続いて千沙斗、それと優香も部屋に入っていった。
* * *
誠司が部屋に自分の荷物を置いてまとめていた時、
「誠司君」
誠司の部屋のドアをノックする音が聞こえた後、そう呼ぶ優香の声が聞こえた。
「どした?」
「あの、私の荷物はどこに置けばいいのかしら?」
「千沙斗の部屋に置かせてもらえよ」
「妹さんに頼んだんだけど、断られたから聞いてるんだけど」
すでに千沙斗とは交渉済みらしかった。そしてそれは決裂に終わっていたようだ。
「なるほど、で?俺の部屋に置かせてくれって言いたいのか?」
「い、いや、別にそこまでは言ってないんだけど…」
「あそ。ならどうしたいんだ?」
言葉を濁す優香に誠司は再び聞き返した。
「……ね……さい」
「あ?聞こえないぞ」
誠司はこの一切の行動が読めない少女に痺れを切らし、
「あぁ、もういい!俺が千沙斗に頼んどいてやる!」
そう言って誠司は部屋を出て千沙斗のもとへと行った。
「なあ、千沙……」
「やだ」
「早いな。俺はまだ何も言ってないぞ…」
誠司は想定外の妹の即答振りに驚きを覚えた。
「だって、お兄ちゃん。私の部屋にあの女を置けって言いたいんでしょ?なら話は早いよ。絶対嫌。断固拒否」
と、絶対に首を縦には振らない千沙とに
「千沙斗。落ち着いて聞いてく…」
「お断りします」
「だから早えよ!!」
誠司は思ったよりも千沙斗が強情なので、とりあえず千沙斗に理由を聞く事にした。
「なあ、千沙斗。なんで嫌なんだ?理由を教えてくれ」
すると、
「だってあの女、なんかいけすかない。あと、仮面被ってるみたいでヤダ」
ごもっともである。しかも、優香が誠司の彼女を演じていることまですでに察しているという。
誠司は内心、流石、行動残念の天才少女だな。と思った。
「なるほどな。でもな千沙斗。あいつをお前の部屋に入れないと次に誰のところに来ると思う?」
誠司は千沙斗を説得しに入った。
「言うまでもないが、俺の部屋だ。そしてもし、俺があいつを俺の部屋に入れて一晩過ごしたとしよう。何が起こると思う?高校生の男女が部屋で二人っきりだ。何も起こらないわけがないだろう?」
誠司がそこまで言うと、流石に千沙斗も理解してくれたのか、
「………わかった」
まだまだふて腐れた表情ではあったがとりあえず承諾はしてくれた。
「わかってくれて助かるよ。千沙斗、一晩だけだからなんとか我慢してくれな?」
誠司は千沙斗にそう言って優香のもとへと戻った。
「ずいぶんな言われようね」
千沙斗との会話が聞こえていたらしい。
「まあ、俺はともかく、あいつの篠原に対する第一印象は最悪だからな」
「それより、あなた達って本当に兄妹なの?むしろ夫婦に近いものをかんじるんだけど」
「縁起でもない事を言うな。俺と千沙斗は正真正銘の兄妹だ」
優香はそんな事を言っていたが誠司が言ったとおり本物の兄妹である。
余談だが、なぜ誠司がそう断言できるのかと言うと、彼が千沙斗の母子手帳を一度見た事があるからだそうだ。
そんなやり取りをしてるうちに千沙斗がこちらへとやって来た。
「ほら、あんたはこっち!!これ以上お兄ちゃんに近付くのは無し!!」
先ほどとは打って変わって大分威勢が良くなった。見方を変えると小者臭がするようになった、とも言えるだろう。
そして当の千沙斗は優香の腕を掴み、グイグイ引っ張る。
また、優香の方はと言うと、
「千沙斗さん、落ち着いて、ね?ちゃんとそっちに行くから。それとも…」
「篠原、ストップ」
優香が千沙斗に精神攻撃を仕掛けようとしたのを察した誠司は篠原の声を遮った。
そんな2人が千沙斗の部屋に行ってから数十分後、もちろん平和はそう長く続かないのが当然で、
「お兄ちゃぁぁぁん!!やっぱ、あいつ、いけすかないよ!!」
そう言って誠司の部屋に泣きながら飛び込んで来たのは言うまでもない、千沙斗である。
「なんだ、どうした?」
「あの女が…ひぐっ…あの、女が…えっく」
千沙斗の泣き顔がなんか演技っぽいのは置いといてこのままでは先に進めないので、話をまとめると、
どうやら、優香を自分の部屋に入れたのはいいのだが、優香と少し言い争い(笑)になったらしく、それで敗走してここまで来たのだそう。
「どうせ、お前からなんか言ったんだろ?なら一概にも篠原が悪いとは言えんだろ」
誠司はあくまで諭す様に言った。
すると、世の中の物事の起こるタイミングは素晴らしいもので、
「そうよ、千沙斗さん。全く、あなたから言い出したのに、それでちょっと言い返されただけでそんなになるなんて」
と言いつつも優香の目は千沙斗のそんな様子を楽しんでいるように見受けられる。
おい、こいつどんだけ黒い性格してるんだよ…。と、誠司は思った。
そろそろ、誠司の敵にまわしたくない奴リストに加える事を考えないとな、とも思った。
「まあ、いい。それよりも、時間が時間だ。夕飯を用意しないとな」
誠司が話題を反らすようにそう言った。
「なら、私が作るわ。あくまで頼んで泊まらせてもらってるんだし」
と、優香が、もしかしたらこの日一番気の利いた事かも知れない事を言った。
ここで千沙斗が何か呟いたようだが、それは誰も聞こえていなかった。