アーランドの冒険者   作:クー.

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塔の悪魔

 

 トトリちゃんと俺とパメラさんに加えて、後輩君とミミちゃん+ぷにの計六人が出港した初日。

 俺は甲板のマストを背に黄昏ていた。

 

「青い海、青い空、麦わら帽子をかぶった美少女」

 

 視線の先にいらっしゃるのは、風に髪をなびかせ船体に両手を置いて海を眺めているパメラさん。

 

 どのような顔で海を見ていらっしゃるのか、きっと笑顔だろう。

 その笑顔はまさしく海の宝石、オーシャンジュエル。

 想像することしか叶わないが、できることならその輝きを見てみたいものだ。

 

 そして、潮風ではためくスカート。

 その白く美しいおみ足はまさしく海の真珠。

 女神に真珠とはまさしくこの事だ。

 

 ふと、横から気の抜けるような声がかかった。。

 

「せんぱーい、飯まだかよー」

「俺は……もうお腹一杯だ」

 

 こんなにも満足しているのは初めてだ。

 

「だが、彼女のためにもご飯は作らなければな。待っていてくれ」

 

 俺は後輩君の肩をポンと叩いて、キッチンへと向かった。

 

 今日の昼食はディナーのために軽くした方がいいかな。

 

 

 

…………

……

 

 

 

「よーし、着いたな」

 

 夢のような三週間が過ぎ、俺たちは再び白銀の大地へとやってきた。

 パメラさんは、楽しそうに雪を何度も踏みしめてはしゃいでいた。

 

「雪よ、雪~。面白いわ~、癖になっちゃいそう♪」

 

 耳あて、緋色のコート、毛糸の手袋、長靴を履いて温かそうなパメラさん。何故か皆はそんな彼女の姿を見ずに俺の方を見ていた。

 

「先輩、俺の分は?」

「私の分がないとか抜かすんじゃないでしょうね?」

「アカネさん?」

 

 皆が皆口々に責めるように言葉を言ってくるが、これって俺は悪くないだろ。

 

「こっちが寒いのわかってるんだから、準備してこなかった方が悪いだろ」

 

 図星を突かれたようで、三人とも黙り込んでしまった。

 

「どうしたのみんな~早く行きましょうよ~」

 

 少し進んだ所でパメラさんはこっちに手を振りならがそう言っていた。

 

「パメラさん、考え直してくれないんでしょうか?」

 

 トトリちゃんはそれを見て不安そうに言ったので、俺は安心させようとこう言った。

 

「大丈夫だ。俺に策ありだ」

 

 アーランドから村に行く前に用意してきた数々の品、これで塔を突破して見せる。

 

 悪魔を無事に討伐する未来を描いて、俺は雪を踏みしめて歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 そこから数時間かけて歩いて、俺たちは塔の扉が見える所まで来た。

 後ろに続いてきている、パメラさんは疲れたように言葉を吐いた。

 

「やっと到着? 思ったより遠かったわね~。わたしもうくたくた……」

 

 疲れた表情をしているパメラさんに、トトリちゃんがここぞとばかりに話しかけた。

 

「あ、着かれてるなら無理しなくてもいいですよ。今からでも帰りましょう。ね?」

「でも、そしたらもう一回ことないといけないし。それはさすがにめんどくさいわ~」

「いえ、なんだったらもう来なくても……」

 

 そんなトトリちゃんの言葉もむなしく、パメラさんにも塔の全貌が見えたようで、一言言って真っすぐ塔に走って行ってしまった。

 

「あ~あれがロロナの言ってた塔ね~。大きいし、思ってたよりきれいかも~」

「あ、パメラさん! ああ、もう本当ににどうしよう……」

 

 追っていくトトリちゃんに続いて、俺とぷに他二人も後を追った。

 

 扉の前に着くと、その塔の大きさがよく分かる。

 俺が両腕を横に広げても足りないほどの分厚そうな木製の扉。

 そして横に広がっていく、石造りの壁。

 

「さて、それじゃ早速やってみましょ~!」

 

 とても軽いノリでそう言ったパメラさんに、俺はパメラさんと塔の間に入り待ったをかけた。

 

「まずは俺に任せてもらいましょうか」

 

 そんな俺にパメラさんは少し考えてこう言った。

 

「ん~、そうね。こういうときは男の子優先よね」

「アカネさん、頑張ってくださいね」

「任せな!」

 

 子供扱いに、微妙な気分だがそんなこと言っていられる場合じゃない。

 

 俺は腰のポーチからおもむろに鉄でできた円錐の形に螺旋が入った機械をを取り出した。

 

 マークさんから借りてきた最終破壊メカ、ドリルさんだ。

 

 俺は石壁の前に立って、スイッチ兼グリップ部分を握りしめた。

 ギュルギュルと音を立てるそれを壁に突き立てた。

 

「はあ! とりゃ! たあ! …………せええい!」

 

 無駄に掛け声だけ張り上げるも、先っぽすら突きたてられず、欠片一つすら落ちない。

 

 ……これは、もしかしたら秘蔵の第三案を使う事になるかもしれねえな。

 

「先輩?」

「待て待て、これで終わりじゃない」

 

 そう、壁が壊れずとももっと脆い部分があるではないか。

 

「俺のドリルは! 地を突く! ――――はあっ!?」

 

 順調に一秒掘ったくらいで、堅い何かにぶつかった。

 

 二、三か所試したが全てアウトだった。

 

「…………」

 

 無言で見詰めてくるミミちゃんの視線に焦りを感じつつ、俺は叫んだ。

 

「Bプランに移行だ!」

 

 ドリルを素早くしまい、手袋とトンカチよりも二回りほど大きいハンマーを取り出した。

 

「技でダメなら、力でゴリ押す!」

 

 両手で木でできた柄を握りしめ、後ろに大きく引き、石壁めがけてフルスイングした。

 手首に凄まじい衝撃がかかった。その瞬間。

 

「ぷにーーーーー!?」

「へ?」

 

 何故か後ろでぷにの叫び声が上がった。

 視界には鉄の部分が取れているハンマーがあった。

 

 後ろを振り返った。

 

「ぷ、ぷにに……」

 

 ぷにの目と口の先にある、黒い何かが目に入った。

 

「アカネさん……」

 

 トトリちゃんがどこか諦めの入った目で俺を見てきた。

 

「プランCを解禁する。ちょっと待っててくれ」

 

 俺は脇の木が生い茂っている所に入り込んで、準備を始めた。

 

「心技体。三つ中二つがダメだった以上、これしかない……」

 

 最後に勝つのは心の強さ、俺はそう信じて服を脱ぎ始めた。

 

 

…………

……

 

 

「待たせたな」

 

 俺が再び扉の前まで、戻ってくると皆が俺を注視した。

 

「ぷに?」

「アカネ……さん?」

 

 ぷにとトトリちゃんが信じられないといった感じで言葉を発し。

 他のパメラさんも含めて、異星人でも見るような目をしていた。

 

「どうも、アカネ改め、アカネコです」

 

 今の俺は黒いフリフリのドレスに身を包み、髪は金髪の長髪のコスプレ野郎である。

 

「そ、それで、アカネコちゃんは一体何を思ったのかしら?」

 

 ミミちゃんが声をかけてくるが、顔が真っ赤で笑いをこらえているのがバレバレだ。

 目をそらしてはいるが、こっちを見るたびに顔をそむけてる。

 

「生贄は女性、もしかしたら俺につられて出てくるかも」

 

 そして出てきた悪魔はこう言う、こいつ男じゃないか!

 今頃気づいたかバカめ、そう言って拳をお見舞いする。

 

「いける筈だ」

「あらあら、でもよく見るとちょっと可愛いかもしれないわね~」

「ううっ」

 

 パメラさんの前でこんな格好を、こんな痴態を晒すことになるなんて……。

 

「ぷににににににに!」

「ちょっと、黙ってろ!」

 

 俺はやけになって、塔の前まで行き、扉を右手でドンドンと叩いた。

 

「オラ! 悪魔、居るんだろ!? 朝飯持ってきてやったぞ! 食うんだろ!」

 

 そして扉は開かない。

 

「…………」

 

 痛々しい、沈黙が場を覆った。

 でもたぶんパメラさん除いて皆笑いを堪えている。

 

「着替えてきます」

 

 俺は極力皆の顔を見ないようにして、木々の中へと溶けていった。

 

 

…………

……

 

 

「はあ、俺、熱でもあったのかな?」

 

 森からあの場に戻るまで、さっきまでの自分の行動を省みていた。

 

「越えてはいけない一線を越えてしまった気がする……」

 

 激しい自己嫌悪に陥りながらも、俺はできれば戻りたくはない塔の前あたりまで戻ってきた。

 

 木の向こう側から、冒険者三人の声が聞こえてきた。

 

「これどうすんだよ?」

「ややこしくなりそうだから、隠しておけば?」

「そうだね、ショック受けるかもだし」

 

 一体なんだ?

 疑問を感じつつも、俺は木の間を通って行き塔の前まで戻ってきた。

 

「遅いわよアカネコ、扉開いたわよ」

「はあっ!?」

 

 左に首を回すと、扉が内側に開いていた。

 

「ま、まさかパメラさんを生贄に……」

「それは大丈夫です。口じゃ説明できそうにないんで、今度パメラさんから聞いてみてください」

「わ、わかったけど……パメラさんは?」

 

 どこを見ても、パメラさんがいない。

 

 そんな俺にトトリちゃんがこう言った。

 

「えっと、先に帰りました」

「どこに?」

「アランヤ村?」

 

 なんで疑問形なんだろ、つか何言ってるんだこの子は。

 

「とにかく村に帰ればわかりますから、今はこっちですよ」

「あ、ああ。そうだな」

 

 言われてみれば、そうだ。

 疑問が山ほどあるが、扉を開けた以上いつ出てくるかもわからない悪魔を放っておくわけにはいかない。

 

「んじゃ、やってやるか」

 

 トトリちゃんに続いて、後輩君とミミちゃんが入って行き、それを追って俺も手袋をしながら駆けて行った。

 

「ぷに?」

 

 ふと、横について来ているぷにが大丈夫か聞いてきた。

 

「平気平気、ここまで来て逃げるわけにもいかないしな」

「ぷに!」

 

 安心したように、ぷにが一声鳴いたところでトトリちゃんたちに追いついた。

 

「いた! あれがきっと……うう、近くにいるだけで怖い……」

 

 そこにいたのは、紛れもなく悪魔だった。

 

 黒いスラックスを履いて、上には黒を基調として金色の装飾が施された荘厳な正装を纏っていた。

 両手には白い手袋をしており、右手をあげて黒のシルクハットを抑えている。

 

 人間のようにも思えるが、顔と背中の部分がただただ異質だった。

 

 顔は黒く大きく裂けた口だけがあった。。三角形の歯の白のみその中で存在を主張していた。

 そして背中には翼のようにも見える、黒い不定形の霧のようなものがはためいていた。

 

「エビルフェイスってところか……」

 

 悪の顔、顔が奴の悪魔たる象徴と思えたから言ってみたが、案外合っている気はする。

 

「いや、でもなんか……」

 

 後輩君が俺の左隣で小さく呟いた。

 確かに、俺もそれには何となく気づいていた。

 

「でも、ちょっと元気がない感じ……?」

 

 そう、圧迫感がありはするけれど、どこか弱弱しい感じがする。

 

「よ、よし、とにかくここまで来たんだし……」

 

 トトリちゃんは顔を引き締めてそう小さく言い、杖を握りしめて悪魔の前へと駆けて行った。

 

「み、皆行くよ! や、やああああ!」

 

 それに続いて、後輩君は剣を取り出し、ミミちゃんは槍を構えて、二人はトトリちゃんの横に付いた。

 

 そんな三人を見て、悪魔は両手を上に掲げて、力を解放するかのように体ごと前へと振り下ろした。

 

「ぷに! 俺らは後ろだ! 挟み撃ちにしてやんよ!」

「ぷにに!」

 

 奴がまだ気を抜いている間に場の制空権を握ってやろう。

 

 俺は右回りに悪魔の後ろへと走り、ぷには左回りで向かった。

 

 奴の真横に来たあたりで、ちらりと見ると奴は腕を組んで顔を上に向けて声こそ出ていないが、高らかに笑っていた。

 

「精々舐めてかかってこいよ」

 

 俺がそう言った束の間、奴は右手持ったに黒いステッキをくるくると回し、顔すら向けずに俺の方へと振ってきた。

 

「なっ!?」

 

 ステッキから赤い何かが放出されたと思えば、俺の周囲の地面が赤黒く浸食されていっている。

 反射的に飛びのこうとしたが、時すでに遅し。

 

「よけられっ――っああっ!?」

 

 視界が黒く染まったと思った瞬間、言い表せぬ衝撃が俺を襲った。

 もしも言葉にするとしたら、全身を炎に包まれているといったところだろうか。

 

「クッ、どういう……」

 

 体勢を立て直し、視界が安定した瞬間。

 

「――――え?」

 

 黒いミストの翼をはためかせて、奴が俺の方へと飛んできた。

 

 動こうにも、さっきの技のせいか体が痺れて動かない。

 

 そして、奴の手が俺を切り裂くように上げられて……。

 

「油断してんじゃないわよ!」

「――悪いっ!」

 

 ミミちゃんがこちらへ来てくれたようで、奴の右腕めがけて下から上に大きく切り上げた。

 

 大したダメージは通らなかったようだが、俺がポーチから薬を出すには十分だ。

 

「ついでにもらっとけ!」

 

 薬を飲み、大きく横に飛びながら俺は魔法の鎖をエビルフェイス目がけて投げつけた。

 

 鎖は生物のようにうねりながら、奴の両腕を体ごと締め付けて体の自由を奪った。

 

 その隙に俺は真っすぐ走り、ぷにと合流し、ミミちゃんも戻りトトリちゃんたちに合流した。

 

「場は整ったか」

 

 鎖は既に引きちぎられたが、なんとか挟み撃ちの形を取ることはできた。

 技もいくつか見る事が出来たし、少なくとも不利な状況ではない。

 

「ぷに!」

「ああ、こっからだ!」

 

 奴はこちらに背を向け、右手をパチンとならした。

 

「ぷ、ぷに?」

 

 ぷにが同様の声を上げる。

 それも、あいつが指を鳴らした瞬間、金色の光に包まれたからだ。

 肌で感じ取れるレベルで、力が上がっている。

 

 そしてトトリちゃんたちと俺らが様子をうかがっていると、奴が右手に黒い力を集め不定形の塊を生み出した。

 

 何が来ても避けれるように体勢を整えていると、奴は予想外にもそれを左手を使い両手でつぶした。

 

「なるほど……悪魔の手下か……」

 

 二つに分かれた黒い塊は奴の両脇に落ちて、その中から黒い角の生えた悪魔が出てきた。

 凶悪指定のモンスタースカーレットあいつが黒くなっただけに見えるが、おそらくアレよりも格上だろう。

 

「スカーレット同タイプなら、弱点は……!」

 

 以前の大量発生から図鑑を読んで確かめたところ、土の属性に弱いと載っていた。

 

「いける! トトリちゃん! とりあえず雑魚から倒すぞ!」

「わかりました!」

 

 土系統の爆弾使うのは初めてだが、なんとか当てる!

 

「ぷには右頼む、俺は左」

「ぷに!」

 

 ぷにが右側に走り、それに合わせて向こう側からも後輩君がぷに側に駆け、ミミちゃんはトトリちゃんの横でガードに徹している。

 

「左は俺だけか、よしやるぞ地球儀!」

 

 エビルフェイスはひたすらにトトリちゃんを狙い、余っている左の手下は俺の方へと飛んできた。

 

 そいつが完全に間合いを詰める前に、ポーチから茶色の地球儀を取り出して天高く掲げた。

 

 すると、奴の周囲の空間が歪み、火山の噴火に押し上げられるかのように、下から上に向かって土の塊が吹きがっていった。

 それは容赦なく奴を襲い、倒したかのように思えた。

 

「ガアッ!?」

「倒れた方がよかったぜっと!」

 

 ふらつきながらも、飛び続けている奴に向かい走って行き俺は十八番をくりだした。

 

「夏塩蹴り!」

 

 重心を移動し、足を大きく奴の顎目がけてけて振り上げた。

 鈍い感触が足に伝わり、着地したときには既に手下は倒れていた。

 

 周囲を見渡すと後輩君とぷには既にエビルフェイスへの攻撃を始めていた。

 だが、奴は剣を軽々と身を反らして避けて、ぷにの体当たりは片手でいなしていた。

 

「それなら!」

 

 俺はポーチから黒の魔石を取り出して、右手で握りしめた。

 体を沈めて、右腕を引き、攻撃をあしらい続ける奴の腹目がけて一直線に飛び右腕で突いた。

 

「おいおいっ」

 

 俺の至高の一撃はこちらに向き直った奴の両手に受け止められた。

 そして、あいつは目こそないが俺の顔を見て……。

 

「え?」

 

 ニタリと、裂けた口で不気味に笑った。

 

 その隙を逃さずにぷにと後輩君が攻撃を加えた。

 

「オラ! オラ! そりゃ!」

「ぷに!」

 

 俺から見て左から、後輩君が胴体を袈裟に切り、勢いで横に薙いで、腕を縦に切りつけた。

 そして、それが終わるのに合わせてぷにが顔めがけてタックルをかました。

 

「なんだよ? 女装を根に持ってんのか?」

 

 その間に離れたが、やつの目のない目線は俺から離れる事はなかった。

 その不気味さに寒気が止まらない。

 

 だが、ダメージ自体はあったはずだ。

 あいつらの攻撃をまともに受けて無傷ってことはありえない。

 

 俺が様子を観察していると、トトリちゃんが魔法の鎖を取り出していた。

 

「頑張ってミミちゃん!」

「任せなさい!」

 

 トトリちゃんが鎖を投げると、やはりダメージが深かったのだろう、奴は避けることなく再び全身を拘束された。

 

「ミミ・ウリエ・フォン・シュヴァルツラング、参ります!」

 

 ミミちゃんは左手で槍の矛先近くを持ち、右手で柄をもってエビルフェイスに突進していった。

 

 奴の前まで行くと槍を右手のみで大きく振りかぶり、右足を深く踏み込みながら左足で土埃が出るほどに勢いに歯止めをかけた。

 結果、奴の前に滑り込む事になったミミちゃんは振りかぶった槍を遠心力をフルに利用して斬り付けた。

 

 その勢いを利用して奴の頭上に飛びながら、二撃、三撃、四撃と視認できないほどの速さで幾度も奴を斬り付けた。

 

 そして、回転しながら踏み込んだ位置に着地したミミちゃんが居合い切りで刀を鞘に納めるように、槍で空中を着るように振り下ろした。

 

 すると、遅れてやってきた斬撃が奴の体と服を切り裂いた。

 

「あなたごとでは、相手にならないわ」

 

 その言葉にもうなずける。

 それは初めて奴をのけぞらせるほどのダメージを与えたのだ。。

 

「す、すげえ……」

 

 後輩君が声を漏らしたのが聞こえた。

 確かにすごい、まさかミミちゃんがここまで成長したとは……。

 

 そう感心していたのも束の間、奴は大きく天を仰ぎ、霧状の翼も空へと揺らめいていた。

 すると、奴を中心として地面が赤く泥のようになって沈んでいき――。

 

「そっちも油断すんなよ!」

「きゃっ!?」

 

 

 完全に気を抜いていたミミちゃんに向けて飛翔フラムを使って水平に飛び、思いっきり突き飛ばした。

 

 地面に足をついた瞬間、視界が黒に沈んだ。

 

 

 

 

 

 

 

「ど、どこだよここ……」

 

 周囲が淀んだ赤色の世界、自分がどこに足をついて立っているのかすらわからない。

 

 目の前には相変わらずニタニタと笑いながら俺を見るエビルフェイスがいた。

 

 そいつが両腕を振り上げると両手が赤黒く光って、視界全体に槍の矛先のような形の、禍々しい巨大な黒色の塊が現れた。

 そして後ろに振り返り、下を見ると、全方位にその巨大な矛が漂っていた。

 

「――まさかっ!?」

 

 奴がステッキを俺に向かって振り下ろすと、無数の黒い塊が俺に引き寄せられるように飛んできた。

 それは俺を貫き、俺の視界を奪い、体の自由を奪った。

 

「ガハッ――ッ!?」

 

 加えて、何も見えず動けすらしない状況で体全体に電撃が走った。

 

「アアアアッ――」

 

 ふと前を見ると、幾何学的な紋章、魔法陣のようなものが浮かんでいた。

 

「な……に?」

 

 パチンと、疑問に答えるかのように奴の指を鳴らす音が聞こえた。

 

 瞬間、目の前が白く光り、圧倒的な熱源が俺を襲った。

 

「――――っ!!」

 

 声すら出ない爆発の衝撃が全身を叩いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 満身創痍で倒れこんだ地面は、塔の内部の物だった。

 

「……戻って……き……た?」

 

 九十度逆転した視界で奴を見ると、右腕を振り下ろし俺に向かって深々とお辞儀をしていた。

 

「アカネさん!!」

「ぷに! ぷに!」

 

 トトリちゃんとぷにがこちらへ走り寄って来る音が聞こえた。

 

「アカネさん、お薬です!」

 

 俺は口に差し出された錠剤を口に入れ、飲み込んだ。

 恐ろしいもので、あれだけのダメージを受けた体に活力が戻ってきた。

 

「ん、後は、ぷににガードしてもらうから平気だ」

「ぷに」

 

 俺はなんとか体を起して、壁まで体を引きずって壁を背に倒れこんだ。

 

「やっばい…………死ぬかと……思った」

「ぷに~」

 

 しかし、おそらく必殺技と思われるアレを使っても俺が生きているあたり、やはりアイツは弱っているようだ。

 この分なら、平気だろう。

 

「はは、後輩君がまたあの必殺技つかってら」

 

 ぼやける視界の中、以前に使っていたすっ飛んだ剣が落ちてきてダメージを与えるという技をまた使っていた。

 しっかりダメージは入っているようだが。

 

「ぷに!?」

「ん?」

 

 ぷにの声で気づくと、あいつはまた新しい技を使っていた。

 

 三人の周囲に鋭い針のような物を無数に生やしたのか、飛ばしたのかは分からないが、身動きが取れない量が突き刺さっていた。

 

 そして、三人には目もくれずにエビルフェイスはこっちへ向かって飛んできている。

 

「ぷに! ぷに!」

 

 ぷにが前に向かって迎撃の態勢を取っている、ぷにが通したら俺はゲームオーバーだな。

 ぷにをいなせないくらいにダメージが通っている事を祈ろう。

 

 ぷにはこちらへ飛んでくる、エビルフェイスに向かって飛んだ。

 

「……おっ」

 

 予想に反して、ぷには奴の足元を通り後ろへ飛んだ。つまり、背後を完全に頂いた訳だ。

 

 そして、エビルフェイスが俺の目と鼻の先にまで来たところで、奴は俺の横に倒れこみ、その背中にはぷにが乗っていた。

 

「ぷにににににに!」

 

 ぷには高らかに笑いながら、奴の上でポンポンと跳ねていた。

 

「グッドだぷに。頭いいよなお前って」

「ぷにん!」

 

 威張るようにぷには一つ鳴いた。

 

「ったく、よくもやってくれやがったよなあ」

 

 俺はもたれこんだまま左の拳を使い、出せる限りの力を使って奴の象徴、顔をぶん殴ってやった。

 

 すると、奴は黒い霧のようになって霧散し、あっさりと消え去った。

 

「はん、消え方はあっさりとしたもんだ」

「ぷに」

 

 ただダメージが深かったのか、気分が悪い。

 正直なところ、こう言う時に寝たら死ぬんじゃないかっていう思いもあるが眠い。

 

「先輩! 大丈夫か!」

「アカネさん、大丈夫ですか!?」

「…………大丈夫なの?」

 

 後輩君が元気に駆けよって来て、トトリちゃんもちょっと涙目になりながら近づいてきた。

 ミミちゃんは……なんでへこんでんの?

 

「ああ、眠い。とても眠いんだ」

 

 ちょっと芝居がかった感じで、俺はゆっくりと目をつぶってみた。

 一生にこういうので驚かせられるチャンスって一回あるかないかだし、ちょっと驚かせてみたかったり。

 

「先輩! 寝るな! 寝ちゃダメだ!」

 

 ガックンガックンと肩を掴んで揺さぶってくる。

 

 

 ガックンガックン

 

 

 ガックンガックン

 

 

「……ああもう! 悪かった、元気だから! ちょっと眠いだけだからやめてくれ!」

 

 痛みがぶり返してきたぜ……。

 

「まあ、適当に運んどいてくれ」

 

 俺はそれだけ言って、意識を沈めた。

 

 


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