アーランドの冒険者   作:クー.

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凶兆

 

「ん……んん……頭が悪い……」

 

 今日も今日とて素敵な頭痛と共にベッドの上で目を覚ます俺。

 あれから三日、定期的に苦しみを与えてくるこの子にはそろそろ俺も辟易しつつある。

 

「ぷに?」

「起きれない、動きたくない」

 

 まるでダメ人間のようなセリフを吐きつつ、布団を頭まで被ったり。

 本当になんなんだかこの頭痛は、アレか、俺の第二の人格でも芽生え始めてたりでもするのか?

 

 これはアカネですか?いいえベンです。

 

「ぷにはマイケルな」

「ぷに~?」

 

 まるで分かってないぷにの言葉に当然だろうなとか思っていたら三度頭痛が俺を襲った。

 

「――――っ!」

 

 激痛に思わず目を瞑ると、足元からぷにの心配する声がかかった。

 

「ぷに?」

「…………あれ?」

 

 足元?

 

「…………どういうこっちゃ」

 

 目を開けると、俺は日本の脚で立派に大地に立っていて目の前に海があった。

 こう、潮風と波の音に身を任せると何もかもがどうでもよくなりそうな気が……。

 

「するか! アホか!?」

「ぷに!?」

「待て待て! 5W1Hを大切にしよう!」

 

 いつ、どこで、だれが、なにを、なぜ、どうした。

 人間の行動原理を分かりやすく言い表せる素晴らしい言葉だ。

 

 さて、俺はいつここに来たんだろうな……。

 

 空を見上げ太陽の位置を確認すると、ちょうど南に位置していた。

 お腹がぐうっと鳴って、なるほどお昼なんだなと納得した。

 

「…………れいだ」

 

 俺の口からは意図せずに一つの単語が零れ落ちた。

 

「ぷに?」

 

 ぷにに聞こえなかったようなので、俺はもう一度声を高らかに上げた。

 

「徐霊だ!悪霊退参!」

「…………ぷに?」

 

 ぷにのとぼけた声を無視して、俺は全速力で元の宿へと戻ってきた。

 

「小皿小皿……」

 

 棚から四枚の小皿を取り出し、ポーチから塩を取り出した。

 古来より日本に伝わる盛り塩、これを部屋の四隅に配置する。

 

「この部屋だ。きっとこの部屋は呪われているんだ!」

 

 今までに殺してきたモンスターや塔の悪魔の恨みがここに集結している。

 そして今にも我が身を殺さんとしける。

 あな恐ろしや、あな恐ろしや。

 

「他には……そうだ窓を閉めると霊が入ってこないとか聞いた事がある」

 

 開いているガラスの窓を横にスライドして閉め切る。

 

「あとは式神だ。今こそ目覚めろ俺の陰陽の血……」

「ぷに…………」

 

 ポーチから数枚の紙とハサミを取り出して、人型に切っていき三十枚ほど作り上げた。

 そのいくつかをテープで窓に張り付け枕の下にも一枚配置しておいた。

 

「林、票、闘、写、界、神、在、禅、裂!」

 

 自分でも間違っている気がする九字も切った。

 さあ来い化け物、この錬金術士から陰陽師へジョブチェンジした俺の力を見せつけてやる!。

 

 瞬間、扉の方に禍々しい気配を感じた。

 

「そこだ!」

 

 俺が式神を投げつけると同時に扉が開き、悪しき根源(メルヴィア)を式神がズタズタに引き裂いた。

 

「ちょっと、何よこの紙切れ」

 

 張り付いた式神たちは片手で振り落とされてしまった。

 

「くっ! 邪神クラスだったか!?」

 

 ここまで来ると、かの有名な草薙の剣があっても倒せるかどうか微妙な線になってくる。

 だが俺はやり遂げてやる、この身に流れる先祖代々受け継がれてきた血にかけて!

 

「喰らえ! 十字架!」

 

 陰陽師ご用達アイテムの一つ、十字架をポーチから取り出して真っすぐと諸悪の根源に向けて掲げた。

 

 ちなみにこれは錬金アイテム、呪いを解いたりとかしてくれる。断じて俺が達の悪い宗教に引っかかっているわけではない。

 

「メルヴィアの悪しき魂が浄化されていく!」

「誰の魂が穢れてるって?」

「もういいからとりあえず帰れ! この部屋に入ってきたらいかん!」

 

 もしかしたらメルヴィアのオーラでこの部屋の怨霊たちが消え去るという可能性が無きにしも非ずだが。

 

「何よ?なんか変なものでも隠して……って何よこの部屋」

 

 メルヴィアが部屋の隅と窓を見てそんな感想を漏らした。

 ふっ、どうやら彼女は見えない側の人間のようですね。

 

「これは由緒正しい結界なんだよ。ほらほらジャパニーズ以外はお断りだよ」

 

 俺が部屋から閉め出すと、ジャパニーズって何よとか呟きながら意外にも素直に出て行ってくれた。

 

「これが……陰陽の力!」

 

 まさかバーサーカーことメルヴィアをあそこまで簡単に帰らせるとは、恐ろしい技を会得してしまった。

 これなら今後何があっても平気、そんな思いを胸に俺は隅の盛り塩に目を落とした。

 

「…………」

 

 視線を上げた。

 

「…………んー」

 

 落とした。

 

「ぶっ!?」

 

 思わず吹き出してしまった。

 

 そこには山の頂点が黒く変色している塩があった。

 いかにも霊的な圧力を受けていますみたいな事を身を持って表現してくれている。

 

「こ、こんな所にいられるか!――――っ!?」

「ぷに!」

 

 いかにもな死亡フラグを立てて部屋から出て行こうとすると、今日何度目かの頭痛が俺の脳内を揺さぶった。

 

「――っ」

 

 膝を地面について倒れ込んだ俺の視界には、ぼんやりと、どんどんと黒に浸食されていっている塩の姿が映った。

 

 

 

 

 

 

「あらら?」

 

 気づいたらトトリちゃんのアトリエが目の前に、これは俺の集合的無意識がトトリちゃんに会いたいと言う願望をうんたらかんたら。

 

「俺何してたんだっけ?」

 

 足元にいるであろうぷにに問いかけたが、返事はなかった。

 また仕事にでも出かけたのだろうか、結構最近は仕事熱心なせいで俺が怠け者みたいで困る。

 

「アトリエの前に来て、何かしらあって悟りの境地に至ったという事か……」

 

 ブッタが助走をつけて殴ってきそうな言葉を呟きながら、俺はアトリエの方の扉へと歩みを進めて行った。

 

「アカネさん?」

「にゃ!?」

 

 扉に手を掛けたところで、突然後ろから声がかかった。

 振り返るとそこにはトトリちゃんの姿が、間が悪いというかなんというか、あと数秒早かったらもうちょっと心にゆとりがあったはずだ。

 

「どうしたんですか?もしかしてまた体調が悪かったり……」

「いやいや! これは……そう! ピアニャちゃんに会いに来たのさ!」

 

 変に心配されるのも嫌だし、そもそも何故ここにいるのかも分からないので、俺は適当にそれらしい言葉を吐いた。

 

「あ……そう、なんですか」

「う、うん?」

 

 何故か妙に落ち込んでいるトトリちゃん、別段変な事を言ったつもりはないんだが。

 わ、わたしに会いに来てくれたんじゃないんだ……みたいなフラグを立てた覚えもないし立つはずがない。

 

 ……なんでだろう、軽い絶望感が肩にのしかかってきた。

 

「と、とりあえず入ってください」

「あ、うん」

 

 トトリちゃんが扉と俺の間にに割って入り、その言葉と共に俺はアトリエへと入っていった。

 

「あ、トトリちゃんおかえり。あれ? アカネ君も来たんだ」

 

 アトリエの中には師匠と、前と同じように釜の前に立つピアニャちゃんの姿があった。

 ピアニャちゃんは俺たちがアトリエに入るなり、こちらへ何やら握りしめて近づいて来た。

 

「二人とも見て見て! これピアニャが作ったんだよ!」

 

 笑顔のピアニャちゃんが両手に乗せて差し出すは赤い筒、俺が最も得意とする錬金アイテムのフラムだった。

 これって確か初心者には結構レベルの高い物だった気がするんだが……才能溢れすぎじゃないか?

 

「え?もうこんな物まで作れるの?」

「爆弾マイスタ的に見ても、結構良い出来……」

「えへへ、頑張ったもん」

 

 そう言って、誇らしげというよりも子供が作った工作を褒めてもらいたい。そんな笑顔を浮かべた。

 

「すごいんだよぴあちゃん。まだ基本しか教えてないのに自分で考えて作っちゃったって」

 

 なるほど、つまりいつもの俺の新しい爆弾作りのように理知的に考え抜いた結果出来あがったという事か。

 ……俺ってもしかしてこの子よりも頭悪いんだろうか。

 妹が兄よりも勝るって、そんなラノベの世界の住人みたいなことってねえよ……。

 

 つか、師匠。笑顔なのはいいんだけどさ、結局はピアニャちゃんが頑張ったんてことだろ。

 師匠は一体何をしていたんだ?

 

 俺は笑顔でそのフラムを見ながら、そんな師匠へ対する不信感を募らせていった。

 

「ふーん……そうなんだ」

 

 そんな俺の横でトトリちゃんが面白くなさそうな声のトーンでそう呟いた。

 どうしたんだろうか? 今日はなんか機嫌が悪い気がする。

 

「ひょっとしたら、わたしやアカネ君、トトリちゃんより立派な錬金術士になっちゃったりして」

 

 そんな大分近そうな未来図を語る師匠を尻目にトトリちゃんを見ると、眉をつりあがらせてちょっと強い口調で言葉を発した。

 

「で、でも!まだわたしの方が上手だし、わたしの方がもっとすごい物作れるし!」

「え……?」

「うん?」

「あ……」

 

 俺と師匠が少し驚いたような声を上げると、トトリちゃんはすぐに、しまった。そんな表情をして小さく声を漏らした。

 

「トトリ、怒ってるの?どうして?」

「あ、ち、違うの。今のはその……その……」

 

 ピアニャちゃんの戸惑ったような声に、トトリちゃんは視線を横に逸らしてかなり焦った様子で言葉を濁した。

 

「どうしたの、急に。ぴあちゃんがかわいそうだよ」

「うむ、トトリちゃん、才能への嫉妬の炎は俺の心にも多少は燃えてるけどさ……」

「だ、だからその……あの」

 

 トトリちゃんはさらに追い詰められた様子になってしまい、かける言葉を間違えたか。そう思ったところでピアニャちゃんが涙目で言葉を発していた。

 

「トトリが喜ぶと思って、頑張って作ったんだけど……」

「うっ……ご、ごめんなさい!」

 

 そう大きく言葉を放って、トトリちゃんは大きく反転してアトリエの外へと出て行ってしまった。

 師匠が制止の言葉を言ったが、止まる様子はなかった。 

 

 どうしたもんかと茫然としていると、後ろから扉が開く音がしてツェツィさんが入ってきた。

 

「はあ、いつまで経っても子供なんだから。仕方ないわね」

「わあ!? トトリちゃんのお姉さん。見てたんですか?」

「ええ、最初から最後まで余すところなく覗いてました」

「ツェツィさん、それ自信満々に言う事じゃないような……」

 

 最近ツェツィさんのスキルに覗きがデフォルトで装備されている気がする。

 ピアニャちゃんが来るまではもうちょっと印象違ったのにな。

 

「まあまあ、細かいことは気にしないで。あの子のことは私に任せといてください」

 

 ツェツィさんは一旦そこで言葉を区切って、俺と師匠を交互に見て言った。

 

「ただ、先生とアカネ君ももう少し気を使ってあげてくださいね……私も人のこと言えないけど」

 

 そう言い残して、ツェツィさんはトトリちゃんを追って外へと出て行ってしまった。

 トトリちゃんには個人的に大分気は使っていたつもりだったんだけれど……何かマズッたか?

 

「ああそっか、そういうことなんだ……だからトトリちゃん……」

 

 師匠がそう心得たように頷いている、もしかして分かってないの俺だけ?

 

「トトリ、どうしちゃったの?ピアニャ、何かしちゃったのかな?」

「ううん、ぴあちゃんは悪くないよ。はあ、ダメだなあわたし。一番大人なはずなのに……」

 

 そう言って落ち込む師匠、ここでどういうことって聞けるほど俺は精神が図太くはない。

 トトリちゃん……一体どうしちゃったんだろうか。

 


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