アーランドの冒険者   作:クー.

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小さな冒険・前編

 五月の半ば、トトリちゃんの家のリビングで遊んでいた日の事。

 

「ずるいっ!」

「にゃ?」

「ぷに?」

 

 色々な意味で疲労感満載の冒険から帰って来て、久しぶりにピアニャちゃんと戯れていたら急に大声を上げられた。

 

「あらあらどうしたの? またアカネ君が何かしたの?」

「いや、誤解だからな?」

 

 ピアニャちゃんの声に反応してすかさずキッチンから移動してくるツェツィさん。

 というよりもまたって言われる謂われはないと思うんだけどな、ピアニャちゃんに関しては。

 

「それで妹よ、なにがずるいって?」

「だってだって、あにきもトトリもぷにも皆、外に行って楽しそうなんだもん!」

「むっ、そういう事か」

 

 ちょうど今、島での俺およびぷにの冒険譚を聞かせていたところだったところだ。

 それでピアニャちゃんも何かしら思うところがあったのだろう。

 

「ピアニャも皆と一緒にぼうけんに行きたい!」

 

 口先を尖らせてわかりやすく拗ねている。

 こういった行動を咎めるのも兄としての義務であろう。

 

「待て妹、冒険なんてあんまり楽しいものでもないぜ?」

「でもあにき話すときいっつも楽しそうだもん」

「うん? あー……まあ、確かになあ……」

 

 昔は義務的にやってたところがあったけど、今となっては結構楽しんでるのかもしれない。

 島での冒険は七割方意味のない、ぷにの進化以外まったく意味のない冒険ではあったが……。

 

「やっぱり楽しいんだ!」

「そ、そうっすね」

 

 うん、冒険は楽しいもんだな。

 

「ちょっとアカネ君どいて」

 

 ピアニャちゃんの前に座り込んでいる俺をどけてツェツィさんが割り込んできた。

 そして諭すような口調でピアニャちゃんに語りかけた。

 

「良いピアニャちゃん? ピアニャちゃんみたいな可愛い女の子は、外で危ない事なんかしちゃいけないのよ?」

「うー、でもでも……」

「でもでもツェツィさんだって、子供のころは金棒片手に大暴れしてたって話を聞いた気がするしー」

「アカネ君!!」

 

 まさに射抜くような視線を携えて、俺の方に顔を振り向けてきた。

 なんだい、なんだい、微妙に誇張してる気もするけど大体あってるじゃないか。

 

「ぷに~」

「空気は読むべき時とそうじゃない時がある。常識だ」

 

 あからさまに落胆した様子のツェツィさん、そして自分も出かけたいと駄々をこねるピアニャちゃん。

 

 ……致し方がない。

 俺は立ち上がり、親指を外の方に向けて口を開いた。

 

「よし妹には優しいアカネさんが、ピアニャちゃんを冒険につれて行ってやろう」

「本当!?」

「ちょ、ちょっとアカネ君」

 

 あからさまに慌てた様子でツェツィさんが俺に声をかけてきたが、まあそんな不安がる事はないさ。

 ツェツィさんの耳元に手を当てて俺はそっと囁いた。

 

「ちょーっとアーランドまで一っ飛びしてくるだけだって」

「そ、そう、それなら……」

 

 それでもなお心配そうなツェツィさん、これは過保護が過ぎるのか俺への信頼のなさなのか、一体どちらなのだろう。

 

「それじゃあピアニャちゃん気をつけてね? 知らない人について行ったりしちゃだめよ?」

「はーい!」

「アカネ君とシロちゃんもピアニャちゃんから目を離さないでね?」

「ぷに!」

「オーケー」

 

 ぷにを頭に右手にピアニャちゃんの手を、俺はトラベルゲートを片手にアーランドのアトリエまで飛んだ。

 

 

 

 

「わー! すごい! ぴゅーって飛んだら変なばしょに来た!」

「初々しいな」

「ぷに」

 

 トトリちゃんの事を痛い子扱いしていた時期が懐かしくなるな。

 

「あれ? ぴあちゃん?」

「あ、ロロナだ!」

 

 ちょうど師匠もアトリエでくつろいでいたようで、ピアニャちゃんがソファに座っている師匠に駆け寄った。

 

「どうしたの? こんな所まで来て」

「今日はね、あにきがぼうけんに連れてってくれるんだよ!」

 

 えへへと笑いながら嬉しそうにそう答えるピアニャちゃん、そんなに喜んでもらえるなら嬉しい限りだ。

 師匠も感心したように頷いている。

 

「へえ、そうなんだ。…………ってええ!?」

「出た! 師匠の一発芸、時間差ビックリだ!」

「ぷにー!」

「一発芸じゃないから! それよりもアカネ君! 冒険って、へ、平気なの!?」

 

 膝に置いていた本も落っことす慌てよう、説明しても良いけど面白そうだからそのまま出て行こう。

 

「さあ行くぞ妹よ!」

「うん! 行ってきまーす!」

「あ、うん。いってらっしゃーい……じゃなくて!」

 

 待って待ってという声を無視して俺は冒険者ギルドに向けて歩みを進めて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「広い、大きい! あにきあにき! すっごく広いよ!」

「ああ、そうだな」

「ぷに~」

 

 目を輝かせて大はしゃぎで俺の手を引っ張るピアニャちゃん。

 ここに来るまでに建物の大きさ、石畳、人が多い、いろんな事ではしゃぐピアニャちゃんを見て俺もぷにもずっと温かい目をしている。

 

「よし、まずは受付だ。行くぞ妹よ!」

「うん!」

 

 先導してクーデリアさんのカウンターの前まであと数歩のところで、俺は思わず目をしかめてしまった。

 と言うのも、心の中から湧きあがってきたこのワードが原因だ。

 

 『あれ? クーデリアさんってピアニャちゃんよりも小さくね』

 

 マズイ、このままじゃピアニャちゃんが失礼な行動をとって俺が酷い目に合うパターンだ。

 なんとかしなければ、そう思っているのにその時のクーデリアさんのリアクション見たさに俺の足が止まらない……!

 

「あらアカネじゃないって……何よその小動物」

 

 クーデリアさんの疑問の目の中、俺は確信した。

 ピアニャちゃんの方がでかい、たぶん最低でも5センチは差がある。

 

 ダメだ。まだ笑うな、堪えるんだ……っ!

 

「むー、ピアニャの方がおっきいのに」

「ああ、そうだよな妹よ。お前は139センチよりは大きいもんな」

 

 あ、クーデリアさんの眉が一瞬跳ね上がった。

 

「いやしかしもしかしたら、よしんば、いふ、あるいは! 140の壁を越えてたとしても……家の子は145はあるからな~、ぷにもそう思うだろう?」

「ぷ、ぷに~……」

 

 とぼけた表情のぷに、ちっノリの悪い奴め。

 

「アカネ、あんたは一体何しに来たのかしらね~?」

 

 分かる、俺には分かるぜ、あと一押しで爆発寸前の爆弾状態だ。

 

「話は変わるんですけど、この子義妹のピアニャちゃんです。推定12か13歳くらい」

「クッ!」

 

 ギリッっと歯ぎしりの音が聞こえた。

 こんな小さい子の前で切れないための最後の我慢と言ったところだろう。

 

「そして妹よ、こちらはクーデリアさん。ロロナ師匠の幼馴染でこのギルドで一番偉い人だ」

「へー、こんなにちっちゃいのに大変なんだねー」

「あ、あはははは、そうでもないわよ。あと口を慎みなさい小娘」

「へ?」

 

 一瞬切れたよこの人、これ以上攻撃すると本気でピアニャちゃんも巻き込まれかねないな……。

 

「ほら妹、ちょっと俺は話があるから隣のカウンターの人と遊んでなさい。

「うん、わかったー」

 

 そう言ってフィリーちゃんの下へてくてく歩いて行くピアニャちゃん。

 俺は改めてクーデリアさんに視線を戻し、拍手と共に口を開いた。

 

「ゴングラッチレーション、コングラッチレーション」

「黙りなさい、命が惜しかったらね……」

「はい」

 

 このとき意外にも俺素直、こんなにどす黒い感情をぶつけられたらそうもなります。

 

「あんたは本当に喧嘩売るのが得意よね」

「買われるのは苦手ですけどね、ハッハッハ!」

「アッハッハッハ!」

 

 この形だけの笑いを終えた瞬間が俺の最後だ。

 

「ハッハッハっは……はあ?」

 

 ふと最後にピアニャちゃんを見ようと視線を横にずらしたら、そこにはフィリーちゃんがぼーっと立ってるだけだった。

 

「はあーっ!?」

「な、なによいきなり」

「あんたのところの職員は子供の面倒一つ見れないんですか!」

「え、あら? さっきの子いなくなってるわね」

 

 冷や汗をかくクーデリアさん、そして俺もまた同じだ。

 俺はすかさざフィリーちゃんに近寄り事情を尋ねた。

 

「ヘイ、ユー!」

「さ、さっきの子でしたらシロちゃんと一緒にどっかにいっちゃいましたよ?」

「あ、あいつ――」

 

 反逆のぷにということか、カラーリング的に俺の方が反逆する側だろうが奴め。

 

「くっ、だがフィリーちゃんと会話させると言う明らかに情操教育に良くない事を避けられた事は事実だ」

「酷いですよ! 流石にわたしだって自重しますから!」

「お前らみたいな人種はいつだってそう言うんだ!」

 

 俺はその捨て台詞と共にギルドの外へと走り去って行った。

 しかしクーデリアさんのお仕置きもまぬがれて、良い事ばっかだな。

 

 

 

 

 

 

 

 

「お、いたいた」

 

 幸いあんまり遠くには行ってなかったようで、ぷにを頭に載せたピアニャちゃんをすぐに見つける事が出来た。

 

「は!?」

 

 その目の前には全身黒づくめの怪しい奴が、俺は瞬間的に駆けだしていた。

 

 あんな黒い奴がまともなはずがない! なんか目つきも悪いし! あれ――?

 

「ステルクさんは、ロリコンっと……」

「待ちたまえ、何か不名誉な事を言っていないか君は」

「あ、見て見てあにき、この人顔がすっごい怖いの!」

「あーうん、そうだな。可哀想だからそのへんにしとけな」

 

 ステルクさんもステルクさんで、怖がられてない分良いのだろうかみたいな微妙な表情になってるし。

 

「つかぷに、お前は一体何を連れ出しているんだ」

「ぷに! ぷに!」

「むう、まあ確かにな……」

 

 あのままだったら俺とクーデリアさんとの話で大分時間食ってただろうし、退屈にならないようにって気遣ったのなら……まあ良いか。

 

「それで、そのぷにを連れていると言う事は、やはりこの子は君の知り合いかね」

「ああ、はい。義妹のピアニャちゃんです」

「よろしくー」

「あ、ああ、よろしく頼む」

 

 屈託のない笑顔を向けられて満更でもなさそうなステルクさん。

 ……子供の笑顔を自分に向けられるなんていつぶりなんだろう。

 

「君、そんなに人を憐れむような目で見るんじゃない」

「ええ、なんかすいません。それでこの怖そうで怖くない人はステルケンバッハさんだ」

「すてるけ……?」

「ステルクで構わない。君も一体何故この場でフルネームを……いや理由は聞かずとも分かる」

 

 まあ、困った顔のピアニャちゃんが可愛いからなんですよね。

 

「しかし、この街中で一人で何をしていたのだね」

「ぷにぷに」

 

 ぷには俺もいるぞと自己主張するが、それを遮ってピアニャちゃんが返事をした。

 

「ぼうけん!」

「……ふっ、そうか冒険か。ならば次からは仲間とはぐれぬよう気をつけるんだな」

「はーい」

 

 珍しく笑ったステルクさん、ちびッ子相手に優しくする機会なんてあんまりないもんなあ。

 

「だからその目はやめろとい言っている!」

「はーい」

 

 返事もそこそこに、俺はピアニャちゃんと手をつなぎステルクさんに別れを告げてまた街を歩き始めた。

 

 


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