ステルクさんと別れてから、ピアニャちゃんとしばらく歩いていたところ、ピアニャちゃんが突然。
「お腹すいた!」
と申したので、今俺たちはサンライズ食堂へとやって来ていた。
「あにき、早く早く!」
「ういうい」
ぷにが先導する形で、それを追うピアニャちゃんに手を引っ張られる俺。
お腹が空いてるのに子供って言うのはなんでこんなに元気なんだか。
「ぷに!」
「ここ?」
「ここです」
左にピアニャちゃんの手をつないだまま、右で扉を開けると、いつものようにイクセルさんの姿が見えた。
「お、いらっしゃい! ……ってなんだその子?」
「義妹です」
「あー、なるほどな」
カウンター越しにイクセルさんがピアニャちゃんの事を見下ろした。
こんな奴に絡まれて大変だなあ、っていうのを目から感じ取れるぜ。
「可哀想になあ……名前は何ていうんだ?」
口に出しやがった。
「人の名前を聞く時は自分から!」
「お、そうか、悪い悪い俺は……」
「わたしはピアニャです!」
「…………」
イクセルさんが笑顔から一転して、鋭い目つきを俺に向けてきた。
大してピアニャちゃんはうまくできたと言った様子でニコニコしていた。
弁解はしない。妹とは、兄の背を見て育つ者ゆえ、致し方が無き事。
「ピアニャちゃん、あんまりこいつのマネしない方が良いぜ?」
「……?」
イクセルさんの言葉に対して可愛らしく小首をかしげるピアニャちゃん。
まあ確かにマネをしない方が良いな、これがクーデリアさんとかだったら確実に怒られてたしな、俺が。
「まあいいか、俺はイクセルっていうんだ。よろしくな」
「うん! よろしく!」
「……よし!」
突然イクセルさんが声を上げると、指を一本立ててこちらに向けてきた。
「ピアニャちゃんに免じて今日は何でもタダにしてやるぜ!」
「ホント!?」
「ああ、なんでも食べてってくれ!」
「わーい!」
無邪気に喜ぶピアニャちゃん、対して俺の反応と言えば……。
「イクセルさん……ロリコ――」
「違うからな?」
打って変って包丁を取り出すイクセルさん、だって笑顔の小さい女の子見て気を良くするとか傍から見たらねえ。
「ったく、その代わり、アーランドに来た時にまた来てくれればいいんだよ」
「うん! またあにきと一緒に来るね!」
ああ、そう言えばこの人って性格もイケメンな方でしたね。
前の料理騒動ですっかり忘れていたぜ。
「まあ、それなら好きに食べさせてもらうか」
「ぷに!」
「ああ、シロの分は別枠だからな」
「ぷに!?」
ですよねー。
「それなりにおいしかった!」
「アカネ……」
会計を済ませた後、感想を聞いたピアニャちゃんのコメントに睨まれる俺。
「それなりの部分が俺のせいだと決めつけるのは早計ですよ」
「どう考えてもお前の影響だろうが……」
確かにピアニャちゃんの教育方針を少し改める必要はありそうだ。
「ピアニャちゃん、ワンモア」
「とってもおいしかったよ!」
「ああ、ありがとうな。そしてできれば最初からそう言ってくれ」
少し疲れたような表情のイクセルさん、少し申し訳ない気分になってしまう。
すると突然左手が引っ張られた。
「それじゃあまた来るね!」
「ああ、それじゃあまたな」
バイバイと手を振るピアニャちゃん、せめて一言言ってから手をつないでもらいたい。
それにそんなに急いで外に出たら……。
「わっ!?」
「あら?」
予想通り人に衝突してしまったピアニャちゃん、まあ止めようと思えば止められたが、まあいいだろう。
痛くなければ覚えませぬってどこかの武士も言ってたし。
「ご、ごめんなさい!」
「大したことないから、気にしなくていいわよ?」
慌てて離れて謝るピアニャちゃん、まあミミちゃんは普通に受け止めてたから大事はないだろう。
「そこで吹っ飛ばされるエンターテイナー性がミミちゃんにあればな……」
「あるわけないでしょうが」
呆れたような目線と共に突っ込まれてしまった。
そう言い終わると、急にちらちらと俺の後ろを見たりとそわそわし出した。
「えっと、トトリはいないのかしら?」
これ、たぶん本人的には素っ気なく言ったつもりなんだろうな……。
「今日は妹と二人です」
「…………そ、そう! それならそれでいいのだけれど」
流石にあからさまにガッカリした様子はないが、顔赤くしてたら台無しですよね。
ここでツンデレツンデレと突っ込みたいが、ピアニャちゃんの教育によろしくなさそうなので却下だ。
「そ、それであんたはその子連れて何してるのよ?」
「冒険!」
「です」
「ぷにに」
露骨に話題を逸らしてきたその発言にピアニャちゃんが一番に答え、足りないところを俺が補い、ぷには何を言ったのか分からない。
「へ、へえ、そうなの」
「うん、ミミちゃんも一緒に来る?」
ここでピアニャちゃんからのキラーパス、トトリちゃんもいないしここでミミちゃんが乗ってくるとは思えないが……。
「それじゃあ一緒させてもらおうかしら」
「えっ?」
優しく微笑んでそう答えるミミちゃん、思わず口から声が漏れてしまった。
年下の子には優しかったりするんだろうか。
「ふむ、しかしこれで四人パーティーだな」
格闘家、槍使い、魔物、妹、なかなかに個性的なメンバーだな。
「いや、俺は格闘家よりも錬金術士なのか……?」
「むしろ遊び人とかにぎやかしじゃないの?」
ちょっと酷くないですかねえ。
「遊び人!」
「ぷにに!」
「…………」
俺は泣いても良いと思う。
打ちひしがれ落ち込みながら歩くこと数十分、ミミちゃんがピアニャちゃんの面倒を見てくれるので比較的俺は楽になった。
やっぱり女の子は女の子同士のが良いのかもしれない。
「後はマークさんとハゲルさんの所にでも行くかね?」
「ぷに」
頭の上のぷにが同意してくる、マークさんとかはアレで子供好きなところもあるし邪険にはしないだろう。
ハゲルさんは……ミミちゃんの事苦手なんだよなあ、あの人。
「夕方までに家に帰れば良いだろうし、あとは適当に街を一周して――――グエッ!」
「ぷに!?」
いきなりジャージの襟を掴まれ、まさに潰れたカエルのような声が出てしまった。
猫の様なニャってなるのよりはマシだが、一声かけてくれればいいじゃないか。
「一体俺に何の恨みが……」
「あんたがぶつぶつ言いながら通り過ぎようとするからでしょ」
そういって武器を背にしまうミミちゃん、妙に力強いと思ったら武器の柄に襟を引っかけたんかい、テコの原理の無駄遣い甚だしいな。
「それで一体なんなんでしょうか?」
「アレよアレ」
そう言ってミミちゃんは少し後ろにいるピアニャちゃんを指差した。
「わ~」
なんか店のガラスに両手を張り付けて、何かを見つめてるようだが……。
「アレは……指輪?」
「ええ、なんだかんだで女の子だもの。興味あるんじゃないの?」
「な、なるほど……」
ちょっと意外だが、まあ無理もないか。
あんな辺境の村で育ったんだし、アクセサリーとかも珍しいんだろう。
「ここは買ってやるのが優しい兄貴か、それとも我がまま言うなと厳しい兄貴か」
「安いものじゃないけど、あの子初めてアーランドに来たんでしょ?」
「う、うむ。ならやっぱり……」
指輪を見る度にあの日を思い出す、っていうのも良いよな。
それにあんなにキラキラ輝いた瞳を裏切る事は俺にはできない……。
「ぷに~?」
そんなに甘やかして良いのかいと問われた。
「ま、まあ確かに欲しがれば何でも買ってもらえると思われても困るしな」
「それならどうするのよ? 買ってやらないってことはないんでしょ」
「つまりは欲しがったからじゃない、俺が買ってあげたいから買うんだ。決してピアニャちゃんの為じゃない」
思い出の値段はプレイスレス、俺が少し節約するだけで喜んでもらえるならそれで十分だろう。
「人にツンデレツンデレ言う割には、あんたも大概よね」
「うっさい」
そう言い残して俺はこっそりとピアニャちゃんの後ろに回り込んだ。
そしてさっきまでの決意が揺らいだ。
「――――っ」
じっと見つめる視線の先には指輪と数字、0が四つもついていた。
確かにアクセサリーならこれくらいいくのかもしれないが、絶賛借金生活の身には身を切る思いだ。
「んっ、お嬢さんそれがほしいのかい?」
「え? えっと、うん……」
こっちを振り向いたピアニャちゃんは躊躇いがちに首を縦に振った。
「よし、んじゃ店に入るか」
「! 買ってくれるの!?」
「うむ、勘違いするなよ。俺がピアニャちゃんに似合いそうだと思ったから買うんだからな」
……あ、これツンデレだ。
「うん、あにき大好き!」
「そ、そうか」
引き締めようとしてもついつい頬が緩んでしまう、ふふんたかが0が四つ程度安いもんだぜ!
店内に同じので小さいサイズのものがあったのでそれをもらい、ピアニャちゃんの指に嵌めてあげて外に出たところ……。
「えへへ~、ミミちゃん、似合う?」
「ええ、お似合いよ」
「えへへ、あにき、ミミちゃんに褒めてもらった!」
「ん、そうか」
ご機嫌ゲージがメーターを振り切ったようで、倍に輝いた笑顔で指輪を眺めていた。
改めてみてもまあ、緑の宝石? がよく似合っている。
「シロも似合うと思う?」
「ぷに」
俺の頭に飛び乗ってきたぷにが、肯定の声を上げた。
「えへへ~、あにき大好き!」
「おうっ」
喜びゲージも振り切ったようで、俺のジャンプして背中にくっついてきた。
ここまで喜ばれると兄貴冥利に尽きると言うモノだが。
「ほら、乗るならちゃんと乗れ」
「うん!」
そのまま背に手を持っていておんぶしてあげる事に。
日ごろつけた筋肉が役に立つ日が来たぜ。
「そんじゃあ、もうちょっと街を冒険するか」
ぷにを頭に、義妹を背にと重装備のまま俺たちはアーランド中を練り歩いた。
そして日が少し傾いた頃。
「すー……」
「寝たか」
「寝ちゃったわね」
「ぷに」
耳元に聞こえる小さな寝息、初めてのアーランドではしゃぎすぎて疲れてしまったようだ。
となれば今日はここでお開きか。
「ふう、今日は付き合ってもらい感謝の極み」
「別にお礼なんていらないわよ、まったくお礼に聞こえない事は別として」
溜め息を吐きながらそう言葉にするミミちゃん、だって素直に礼を言うのもなんとなく恥ずかしい。
「……それじゃあまた今度ね、その子にもよろしく伝えといて」
「あいよ、んじゃまたな」
軽く手を振ってミミちゃんと別れ、俺は腰のポーチからトラベルゲートを取り出した。
「寝てる時に使っても起きたりしないよな?」
「ぷに」
大丈夫らしい、ぷにの実体験だとどうも信用し辛いが、まあ帰るしかないからな。
俺はそっとトラベルゲートを使い、トトリちゃんのアトリエまで飛んだ。
「よっと」
「ぷにん」
「きゃ!?」
アトリエに降り立つとそこに偶然にもツェツィさんが、不可抗力ながらも驚かせてしまった。
「えっと、お帰りなさい。あら? 寝ちゃったの?」
俺の背にいるピアニャちゃんに気付いたようで、ツェツィさんはくすりと小さく笑って口を開いた。
「それじゃあ、お布団の用意してくるからちょっと待っててくれる?」
「あいよっと」
アトリエを出て行くツェツィさんを見送りながら、俺はピアニャちゃんを膝に乗せつつソファにもたれかかった。
「すー……」
まったく起きる気配もなく、相変わらず聞こえないくらいに小さい寝息をたてて寝ている。
「はあ、俺も一休みさせてもらうか……」
「ぷに」
流石に一日中街を歩くと疲れるもので膝の上の寝顔を見ていると自然に眠気が襲ってきた。
「街の話はまた明日……だな」
「ぷに……」
そしてその日は静かに過ぎていった。