五月も終わり、六月に入った今日この日、討伐の依頼をこなして酒場から出て、トトリ家に向かおうとしていた。
「ん? ……アレは」
「ぷに?」
馬車の前にペーター(仮)がいた。
ただ……こう、全身から、得体のしれない瘴気が発せられてる。
そして俺の視線に気づいたようで、奴は笑って。
「おお、おお! アカネじゃあないか!」
「――――っ!」
一瞬で俺の眼前に立った。
ペーター如きの動きを俺が目で追えなかった……だと。
そしてこいつの目、いつぞやの希望に満ちた光り輝く目ではない。
もっとどす黒い、希望が欲望に移り変わったかのような、鈍い光を放っていた。
「うへ、うへへ。聞いてくれよアカネ」
「あ、はい……」
「ぷに……」
離れようと思えばいつでも離れられそうなのに、できない。
まるで粘液にでも絡め取られているかのようだ。
何これ、ペーターが凄い怖い。
「祭りが! 数十年ぶりに豊漁祭が開催されるんだよ!」
「豊漁祭?」
字面から推測するにまんま豊漁を祝うような祭りなんだとは思うけれど、ペーターの様子から推測するに絶対そうじゃない。
「ああ、そうさそうなんだ! 俺はやるぜえ、恥も外聞も捨ててなあ、うへ、うへへ」
「うわあ……」
「ぷに~」
理解した。本能的に理解した。
欲望だ。欲望だけがこいつの身を加速させている。後も先もない、今見えている者だけがこいつにとっての全てなんだ。
……なんて漢だ。
「それでなあ、お前にお願いがあるんだよ。頼まれてくれるだろ?」
どうしよう、絶対にロクでもないお願いだこれ。
ただ受けないと、受けるまで絶対に粘着される。もはや命令だろこれ。
「ま、まあ、この間イエスっていった手前断らないさ」
「そうか、そうか、持つべきものは親友だな」
「ぷ、ぷに……」
ぷにも頭上で戦慄に身を震わせていた。俺もだ。
「で、そのお願いっていうのはだな。祭りの日までに、八人の、若くて、美しい女性を連れてくるんだ」
「へっ?」
おおよそ祭りにいらない条件だけだったような……。
「いいか? 重要! な事だから、もう一回言うぞ。八人の、若くて、美しい女性を連れてくるんだ。これが祭りの開催の必須条件だ」
「うわあ……」
嫌な予感しかしねえ、若くて美しい女性、多人数、祭り、海……数々の漫画の知識によって生まれた知恵の泉が俺に語りかけてくる……。
「水着でミスコン……」
「――――っ!?」
な、何故分かった。そう言いたいような表情で固まっていた。
「分かるだろ、そりゃ」
「だ、だけど、それなら尚更協力してくれるよな! 男のロマンだろ! 夢だろ!」
「はっ!」
まるで俺が同類だとでも思ってるかのような、そんな笑顔で笑いかけてくるペーターに俺は嘲笑を浴びせかけた。
そして、一段階声を下げ、言葉を吐きかけた。
「ふざけるなよ」
「へ?」
「確かに、俺は可愛い女の子が可愛い格好をするのは好きだ」
事実、俺はカメラ片手にネコミミフェスティバルを開催したこともある。あの時は悔いの残る結果ではあったがな……。
だが、それとこれとを一緒にされてはたまらない。
「水着だって見たい、ああ見たいさ」
「だ、だったら良いじゃないか」
違う、何もかもが違う。
「ミスコンっていうのが、気に入らねえ……気に入らねえよ!」
俺のその雄叫びに、ペーターは短く悲鳴を発し一歩後ずさった。
「彼女たちを見世物にする、そんなんじゃあ俺は心の底から楽しめないのさ……」
罪悪感を心に抱いたまま楽しめるだろうか、否、断じて否。
そして不愉快だ。彼女らを衆人観衆の中に立たせることが不愉快だ。
「俺には俺のやり方がある。そんな頼みは聞けないな」
まずお前と俺では欲望の根源が違う、信義が違う。
「ペーターお前は恥も外聞も捨て去ると言ったな」
「あ、ああ」
「舐めるなよ、元からあってないようなものじゃないか。最初から賭け金が釣り合ってないんだよ」
まったく、仕事もロクにやらない男が何をのたまっていのか。
「俺は違う、俺は俺として、何も捨てず、白藤アカネとして行動している」
俺のその言葉に、ペーターは悔しそうに俯くだけだった。
「……くっ」
「まあ頑張るだけ頑張ってみろ、なあに祭りが開かれたら盛大な花火を上げてやるさ」
「ハーーッハッハッハ!」
高笑いをしながら、俺はヘルモルト家への坂道を登っていくのだった。
そして俺は妹にネコミミをつけていた。
「おいおい、これはマジヤバだろ」
「ええ、アカネ君。これはマジヤバね」
髪の色に合わせ黄色っぽい金のネコミミ、俺とっツェツィさんはそれをつけているピアニャちゃんを見ていた。
一言で言って、マジヤバだった。
ふふん、やはりネコミミは素晴らしい。うへへ、こんなに可愛いモン見れるなら恥も外聞もいらないぜ。
「ぷに~」
「なんだよ、文句があるなら言ってみな?」
「…………」
黙りこくってしまった。
「ただいまー」
ピアニャちゃんが遊んでいる様を、ツェツィさんと鑑賞していると、トトリちゃんが帰ってきた。
そしてピアニャちゃんを見て、またですか、そんな具合に俺の事を見てきた。
「可愛い事、それ即ち正義なり」
「深いわね」
ピアニャちゃん関連になると、なんでこの人はこんなダメになるんだろうなあ。
「……もういいや」
トトリちゃんが呆れたように肩を落としてそう口にした。
まあ、姉のこんな様子を見せられたら仕方がないんだろうな。
「あ、そうだお姉ちゃん、ちょっとお願いがあるんだけど」
「あら、何かしら?」
そしてトトリちゃんは俺に少し目線を持っていき、何か言いづらそうにしていた。
俺は空気を呼んだ上で空気を読まない事をするが、まあ今回は空気を読むところだろう。
女の子の秘密話に首を突っ込むほど野暮じゃない。
「……ふむ、んじゃ俺は退散するかね」
「ぷに」
「あ、すみません」
「いや、どうせこの後にも予定あったし良いさ」
俺は一言そう言って、ピアニャちゃんに別れを告げ、師匠のアトリエへとトラベルゲートを使って飛んだ。
アトリエに着くと、師匠は不在で仕方なく俺は適当に錬金術で物を作りながら待っていた。
「人参、ピーマン、キャベツにトマトに野菜をたくさんっと」
作ってるのは野菜ジュース、我ながら釜をミキサー代わりにするのはどうかと思うが。
「依頼のせいで最近肉と果物ばっかだったからなあ」
「ぷに」
狩り、採取、野営、この流れで大体は肉がメインになってしまう。
コンテナに野菜が入ってる時はもうちょっと良い生活ができるのにな。
「よーしできたできた」
出来あがった野菜ジュース、推定五十種配合、果汁0%、野菜100%、お世辞にもうまいとは言えなさそうだ。
ただ食欲を少しでもそそらせるために、オレンジジュースの様な色にしている。着色料なんて体に悪いものでは断じてない。
コップに移し、完成品をテーブルの上に置き、とりあえず余った材料をコンテナに片づけようと釜近くで片づけをしていたところに。
「ただいまー、あ、アカネ君来てたんだ」
「ん、お邪魔してるぜ」
「ぷに」
それにしても誰もいないのにただいまって言うんだな。
……毎日、今日は弟子の誰かがいると期待して、ただいま、そう言って扉を開ける師匠の姿が脳裏をよぎった。
もうちょっと頻繁に来るとしよう。
「ふう、今日は暑くて喉かわいちゃった」
「ああ、確かに」
六月に入って日差しも強くなってきた。
俺もこの片づけが終わったらジュースを飲んで喉を癒すとしよう。
「あ、そうだ師匠」
そのジュース、見た目うまそうだけど飲むなよ。
そう言おうと振り返ったが、遅かった。師匠は、おいしそーと言って、コップを口元で傾けて……。
「に、にがあい!」
「人の物を勝手に飲むから……」
「な、何これ! 苦くて辛くてドロドロしてて……うう、まだ口の中に味が残ってるよお」
半泣きになりながら、必死に苦みに耐えていた。憐れ師匠、でも俺は悪くねえ。
「人の物は勝手に飲んだらいけないんだぜ?」
「うん、わたしが悪かったよ……」
身を縮めて、まるで叱られた子供の様になってしまう師匠。
師匠って三十代近かった気がするが、うん、俺の中では十代と言う事にしておこう。
「お邪魔しまーす」
「あ、トトリちゃん」
「え?」
扉を開けて入ってきたのはトトリちゃん、なんという偶然か。
「あ、あれ? アカネさん」
「まあ、こんな日もあるさ」
「ぷに」
そう言いながら、俺は野菜ジュースを飲み干しテーブルにコップを置いた。
「えっと、あのアカネさん……」
「おーけー、何も言うな」
次は師匠に何か相談ごとなのだろう。
ギルドにでも言って暇をつぶすとしよう。
フィリーちゃんと談笑中。
「あ、アカネさん……」
「またですか」
道端で出会ったミミちゃんと談笑中。
「アレは……」
こっちに向かってくるトトリちゃんを発見、移動を開始する。
…………
……
俺はアーランドの街を当てもなく歩いていた。
「一体なんだと言うのか」
「ぷに~」
行くとこ行くとこトトリちゃんが現れる、ここは美少女たちとの会話はあきらめてマークさんとかイクセルさんあたりの所に行くしかないのかもしれない。
「まあトトリちゃんもいろいろ悩みがあるんだろうし、今日のところはサンライズ食堂で暇をつぶすか」
「ぷに!」
女性との交友関係が美少女に傾きすぎていた。これが原因であんな事になるとは、このときは思ってもいなかった。