アーランドの冒険者   作:クー.

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ハンティング

 

 

 八月の初め頃に出港したはずが、今はもはや十月も終わる頃合いになりました。

 それもこれも全ては白藤明音という男の航海センスのなさが故です。

 冒険者生活も長くて慢心等々ありましたが、文字通り海よりも深く反省いたしました。

 

「だからお願い、早くこの身を縛る縄を解いてください……」

 

 目頭から熱い液体が込み上げてきた。

 しかし本来なら頬をつたわって落ちていく涙は俺の頭上へと流れていった。

 それというのも、現状の俺は何を間違ったかマストに逆さづりにされている。

 

「ぷにさん、大分反省したんでそろそろ降ろしてくださいよー」

「ぷにぷに!!」

 

 甲板の上のぷにからは大層なお怒りの声が聞こえる。

 その非情さに俺は体を空中でクネクネとさせて声を張り上げた。

 

「クソッ! こっちが下手に出てれば! ぷにジュースの件は謝っただろ!」

 

 料理本に載っていた新鮮なぷにを絞ってジュースにするというレシピ、アレを試そうとしただけでこの扱いだ。

 日照りが続いて水がなくなったから仕方がなかったんだ、最終的に反撃で現状に至ったのはご愛嬌だ。

 

「ぷにに!」

「やっとアーランドも近づいてきたんだしさあ、二人笑顔で帰ろうぜ?」

 

 風に乗る方法を覚えて西へ西へと来て、やっと大陸に当たり南下中なのである。

 それなのに、ちょっとしたいざこざで最後の最後にいがみ合うなんて、俺は悲しいぜ……。

 

「ぷに!」

「ぬおっ!?」

 

 ぷにがマストに体当たりをしてきた。なんて野郎だ、こっちが和解の手を差し伸べてるというのに。

 

「てめえ! コラッ! 降りた後覚えてろよ!」

「ぷにに~」

 

 あの畜生は口笛なんぞを吹きながら船室へと入って行った。

 ……呪ってやる、不幸なことが起きるように呪ってやる。

 

「ドが付くほどの不幸よ、オコリタマエ」

 

 目を閉じて念仏紛いな呪文を唱え続ける、これが今の俺にできる唯一の抵抗だ!

 

 

 

………………

…………

……

 

 

 体感時間で一時間程度、流石に空しくなってきて俺は目を開いた。

 

「……マジで?」

 

 海が上にあり、空が下にある逆転した視界に写るのは青一色ではなく青と黒の二色だった。

 

「俺の錬金術士としての魔力が嵐を引き寄せたという事か……」

 

 フッ、っと口から息を漏らしニヒルな笑みを浮かべる俺。

 何、余裕余裕、このまま放っておけばぷにが俺を助けなげればいけなくなる。

 そして俺の操舵で嵐を抜けぷにに感謝の言葉を受ける訳だ。

 

「そして俺はこう言う、何、気にするな二人揃って帰れれば何よりじゃないか」

 

 うへえ、アカネさんイケメンすぎますってちょっと。

 

「まあまあ、これはちょっと盛りすぎかな? ちょっと、ほんのちょっと、ちょっと……ちょっと……ちょっ?」

 

 嵐の見える方角に大きく水柱が上がっているのが見えた。

 それはだんだんこっちに近づいてきてるような……。

 

「んー……――あばわけけれあなれんれ!?」

 

 まだ遠いけど、はっきり分かる。あの薄い水色、キングコブラの様な体格、間違いないフラウシュトラウトさんですよ。

 なんか奥の方に巨大すぎる渦があるんですけど、アレがお家でしょうか?

 

「ぷに様ぷに様!! 助けて俺死にたくない! 早く俺を降ろして!」

 

 振り子の様に体を揺らして、ビッタンビッタンとマストに体をぶち当てて少しでもぷにが気づいてくれるようにする俺。

 もはや体の痛みなど問題じゃない、ピンチだ。俺至上最大のピンチだ。

 このままだと身動きできない逆さづり状態でいらっしゃーい、ってなってしまう!

 

「ぷに様! いままでの事全部謝るから出て来てくだざーい!」

 

 気づいたら涙声になっていた。

 

「ぷ、ぷに!?」

 

 ぷにも俺の鬼気迫る声にただならぬ物を感じたのか、船室から飛び出して来てくれた。

 そして嵐を見て驚いていた。

 違う、君の身長だと船体が壁になって見えないだろうけど驚きポイントが違うんだ。

 

「ああ、たぶん後数分もしない内にあいつはこっちに来るんだろうなあ」

 

 ぷにがマストの上に上がり、その途中に奴の存在に気付き、俺を大急ぎで降ろそうとしている、そんな最中。俺はなんか悟りを開きかけていた。

 

「ぷに!」

「いよっっし!」

 

 束縛から解き放たれた俺は重力に引かれ甲板に降り立った。

 こんなところで飛翔フラムで培った着地スキルが役に立つとは思わなかったぜ。

 

「百八十度反転! とにかくこの海域を抜ける!」

「ぷに!」

 

 俺は舵を力の限り回し、ぷには口で縄を掴みマストの風を調節する。

 とにかくあの渦に引き込まれたら終わりです、さらにフラウシュトラウトさんに追いつかれても終わりです。

 吹き荒れる雨と風の中、俺は恐る恐ると後ろを振り向いてみた。

 

「ああ、死が近づいてきている。というかそこにいる」

「GAAAAA!!」

 

 後ろを向くとそこには上半身を海から出している奴の姿が。

 嵐をバックにギラつく黄金の瞳が俺を睨みつけていた。

 

「ぷに?」

 

 頭上でぷにが疑問の声を上げていた。

 

「ん? 確かに傷が消えている……」

 

 前回フラウシュトラウトの顔面にあったはずの傷が綺麗さっぱり消えていた。

 つまりこいつは前に戦った奴ではないという事か!

 

「チクショー! 子供の喧嘩に親が出てくんじゃねえよバーカバーカ!」

 

 パパー、あの船の連中が僕をいじめたんだー。

 なんだと、よし! パパに任せなさい!

 きっとこんな感じのやり取りがあったんだろう。

 

「クッ……かくなる上は!」

 

 舵の中心にある赤いスイッチ、そこに指をあてて……。

 

 

 ポチッとな。

 

 

「……ん?」

 

 何も起こらない、いかにもチャージしてるような音とか、変形音とか、機械的な音が一切しない。

 

「へいへいへい!」

 

 幻の十六連打をかましてみた。

 

「GAAAAA!」

「うっせえ! こっちは取り込み中だ!」

 

 バカな、マークさんともあろう方がこんなボタンをつけといて何一つギミックを用意してないなんてことあるはずない!

 超圧噴射ジェットとか、潜水モードとかさあ!

 押しっぱなしか? こうやって押しっぱなしにすればいんだろ?

 

「ぷにぷに!」

 

 分かってる分かってるって、じわじわ渦に引き込まれてる事くらい……。

 くそう、こやつ俺たちをなぶり殺しにでもする気だな。

 

「…………――――!!」

 

 今分かった、これ詰んでる。

 爆弾もフラム程度しか最近作ってないから俺の戦闘力はゼロに限りなく近い。格闘で倒せる訳もないし。

 このまま船を壊されるのは誰が見ても明らかだ。

 

「…………ふう」

 

 俺はマストの上のぷにを見上げ口を開いた。

 

「ぷに、お前だけだったら逃がせられるぜ」

 

 俺のポーチに詰めればアトリエのコンテナに出られるだろう、相棒だからって終わりまで一緒にいることもない。

 

「ぷ、ぷに?」

「俺の遺言を伝えてくれ、マークさんのバカ野郎ってな」

 

 俺の言葉を聞いたぷには急いで俺に駆け寄って来た。

 そうの様子を見て少し微笑み、俺は舵から手を離した。顔を前に戻し、遠くの青い空を見上げながらボタンに置いたまま固まっていた指も離した。

 

 

 ――その瞬間、風船から空気が漏れる様な音とともに船首から縦一直線に高らかに水柱が上がった。

 それはもう、モーセが海を割った瞬間をこの目で見たかのような感じで。

 

 

「……しょっぱいなあ?」

「ぷに……ぷに!?」

 

 重力に引かれて降り注ぐ海水を頭から被って、口元に海水の味が広がった。

 何が起こったって、そりゃもう、異能の天才科学者マークマクブライン様の超絶ド級発明品の成果だろ。

 

「こ、これが……超高水圧砲イルカさんレーザーの威力――!」

「ぷに~」

 

 何言ってるんだこの子はイカすネーミングだろう。

 

「俺正直、このイルカさんバカにしてた」

「ぷに」

 

 船首に付いている黄金のイルカさんの像。

 これを五日もかけて作ったトトリちゃんを微笑ましいと思っていた時の自分よ、お前は無知だったな。

 

「マークさんの科学力ってスゴイ、改めてそう思いました」

 

 いいながら舵を切って、もう一度百八十度船体を回転させた。

 なんていうか、気分は銃を持ってウサギに相対するが如しだな。

 

「クックック……」

「ぷににに……」

 

 俺もぷにもその時は壮絶に悪い顔をしていたと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 十一月の中頃、ようやく俺たちはアランヤ村に戻って来た。

 船上モンスターハンターというアクシデントが起こったものの、二人とも完全に無傷だ。

 津波が来た時には焦ったが、イルカ・モーセ様の力にかかれば何のそのだった。

 

「うへへ、お疲れ様ですよイルカ様」

「ぷにに」

 

 港に船を付けた俺たちは真っ先に船首のイルカ様を布で丁寧に隅々までお拭きして差し上げた。

 小一時間丹念にお掃除していると、村の方から知った顔がいらっしゃった。

 

「やあ、帰ってきたんだね」

「ええ、おかげ様で!」

「ぷにー!」

 

 釣竿を手に手を振ってくるはこの船の制作者であるグイードさんだ。

 俺たちは船から降り立ち、船体の横まで来たところで打って変った様子のグイードさんは俺たちに尋ねてきた。

 

「で、どうだった? 俺の作った船は?」

「ええ、そりゃもう大変素晴らしかったですよ」

 

 船のポテンシャルを完全に俺という人間が殺してはいましたが。

 そんな言葉の裏側に気付くこともなく、グイードさんは背中をバンバンと叩いてきた。

 

「そうだろうそうだろう!」

「ええ、特にイルカが凄かったです」

 

 俺がそう言うと、急にグイードさんは真顔になられた。

 

「ど、どうしました?」

「お前、それはアイツの手がけた部分だろうが」

「……あ」

 

 気付いたが時すでに遅し、その日は日暮れまでこの船の良さとかなんやらを語られた。

 ぷにの野郎はちゃっかり逃げていた。あの時一緒に葬っておいた方が良かったな。

 海の危険を一つ消したというのに、何故俺はこんな扱いを受けてるんだろう?

 


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